一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜 作:葉振藩
子供を傷つける奴に、きっとロクな奴はいない。
ボクが最も嫌う事の一つは、幼児に手を出すことだ。
子供というのは、理屈を差し挟むまでもなく弱者である。肉体的な強さもそうだが、社会的立場という意味でも実に薄弱な存在だ。
子供の非力さにつけ込んで暴力で従わせる奴、子供の無知さにつけ込んで間違った認識を吹き込んで都合良く動かす奴、こういった手合いを見ると五〇〇
ボクは、子供に暴力を振るうのは嫌いだ。
しかし、しかしである。
もしも子供が勝負を挑んできて、なおかつその子供が自分と同等の強さを持ってたら?「子供だから」とナメてかかると逆に足元をすくわれかねないような相手だったら?
この場合、選択肢は二通りに分かれる。
——それでも「子供だから」と手を出さない。
——実力の世界に大人も子供もない。手加減無用だ。
ボクはというと、上記した自分のポリシーが壊れる事を覚悟の上で、後者を選んだ。
「決定。ここなら十分な広さがある」
謎のツインテール幼女の抑揚に乏しい一言で、ボクは足を止めた。
そこは、【武館区】南西にそびえる巨大な壁面だった。その壁と建物群との間には、それなりに横幅の広い道がある。その中央部に、ボクと幼女は向かい合って立つ。
端から見ているのは連れの三人だけではなかった。どこから情報を聞きつけたのか、結構な数の武法士が集まって見物に来ていた。おかげでそれなりにざわついており、壁の上にいる治安局の武官も緊張の面持ちでこちらを
「ねえ、本当にやるの?」
ライライが困惑した様子で訊いてくる。
「やる。みんなも武法士なら見えるでしょ?この子が持つ実力の片鱗が。この子はただの子供じゃないよ」
「それはそう……だけど」
やっぱり引っかかるものがあるのか、ライライは納得いかないといった表情で口ごもった。
彼女の気持ちはよく分かる。ボクだって、ライライの立場なら同じ態度だったはずだ。いや、むしろ止めに入っていたかもしれない。
けれども、ボクはこの子と少し立ち合ってみたかった。
無論、ボクの事をどこで知ったのか、この子が何者なのかが知りたいというわけではない。
ただ、見たいと思ったからだ。この幼さで、一体どうやってこれほどの功力をつけたのかを。
……ホント、どれだけ武法狂いなんだボク。
自嘲の笑みを浮かべていると、ツインテール幼女はおもむろにその小さな指を三本立てた。
「補足。わたしの年齢は三十を超えている。あなたが気に病む理由は皆無」
「さんっ……!?」
「じゅう!?」
ボク、ライライがテンポ良く驚愕を呈した。他の野次馬もザワッと喧騒に山を作った。
嘘でしょ?こんな幼女幼女した子が三十路?信じられない。
けれど、あながちあり得ない話でもない。
肉体の「内」と「外」を同時に強健にする武法の修行は健康に良いだけでなく、老化の抑制にも効果がある。実際、お肌真っ白すべすべスタイルグンバツな妖艶系美女が実は六十歳でした、なんてこともたまにある。
いや、だけどさ、これは流石にオーバーじゃないかな。少女なら分かるけどさ、こんな幼女だよ?ジェットコースター乗り場で門前払い食らうくらいの。
そんな三十路幼女はおもむろに両手を上げる。鼻の前まで持ってくると、右拳を包む形の【
ボクも慌ててそれに倣う。なんだか相手のペースに乗せられている気がしないでもなかったが、今は考えないようにする。腹を括ろう。
互いに手を下ろす。
瞬間——ボクは石畳を蹴り抜いて加速した。
両者の間隔をほぼ一瞬で一
ツインテール幼女は右へズレた。直前まで彼女の姿があった虚空を貫く。
外した。けど、その突きは当てる事だけが目的ではない。突き出した拳を掌に変え、ツインテール幼女の腕を掴もうとする。
すると、相手は一瞬先に腕のリーチから離脱。何も掴めなかった。
ボクは空を掴んだ手を拳にして手前に戻し、鋭く前へ踏み込むと同時に【衝捶】。
それもまた体の位置をスライドして避けられた。
ボクは突き出していた拳を脇へ引きつつ、もう片方の拳を突き放ち【衝捶】。回避される。
避けられる。【衝捶】。避けられる。【衝捶】。避けられる。【衝捶】。
そのやり取りを幾度も続ける。
【衝捶】は真っ直ぐ前に飛び、震脚で踏みとどまると同時に真っ直ぐ突くというだけの技。しかし動作が単純な分、ちょっとした工夫を加えるだけで何度も何度も追撃できる。なので、今のようなガンガン押して防戦一方にさせる戦い方も可能なのだ。
が、ボクが放つ正拳のことごとくに、あっさりと空気を打たせるツインテール幼女。まるで事前に攻撃が来る軌道でも読んでいるようなその身のこなしは、敵ながらあっぱれである。
しかし避けるたびに、その小さな背中は徐々に壁際へと近づいているのだ。
さらに怒涛の連撃を重ねる。それをただただ避けるツインテール幼女。
やがて、彼女の背中が壁面と密着。
ここだ!
ボクはこれまでで一番の脚力を込めて瞬発し、敵との距離を一気に食い尽くす。
強烈な震脚で踏み込み、さらにその足に捻りを加えて全身を鋭く左右へ展開。一拍子にいくつもの勁を爆発させ、一直線に拳を疾らせた。【
壁を後ろにしている彼女に取れる行動は限られてくる。横へ移動して避けるか、もしくは何らかの方法で真正面から受け止めるかだ。
さあ、どう来る?
見ると、ツインテール幼女は自らの胸の前で蝶のような形の両掌を構えていた。
ボクの拳が、その両掌の中へ吸い込まれる。
互いの肌が触れた瞬間、その小さな両掌がボクの拳の周囲を撫でるように絡みついた。
途端——勁が"溶かされた"。
複数の糸をねじり合わせて作った紐をバラバラに解かれたように、拳に集約された勁の重みが四方八方へ分散したのだ——【
「
ツインテール幼女の小さな唇から鋭い吐息。同時に、ボクの拳と彼女の両掌の接触部で衝撃が爆ぜた。
衝撃を受ける側であったボクは【
ジンジン痺れる拳を解いて左右に振りながら、ツインテールを見据える。あの独特の発声から察するに、今のは呼吸法によって体内に生まれる空圧を打撃力に転化した【勁撃】だろう。【
ということは、このツインテールが使う流派は【心意把】なのだろうか?……いや、さっきのような見事な【化勁】は【心意把】には無い。
ならば、同じく【
けど、ボクはそれを正解と断定することをためらった。それは理屈ではなく、本能のようなものがそうさせていた。
彼女の技からは、なんだか未知の匂いがするのだ。ボクの既成概念だけでは答えを出す事の出来ない「何か」を感じる。
何より——彼女はまだ自分から攻めていない。
とてつもなく嫌な予感がする。
壁際から離れ、ゆっくりこちらへ歩んでくるツインテール幼女。
物理的重量はボクより軽いはずなのに、その小さな足からは巨人の歩行のような重々しさを錯覚した。
シンスイと幼女の戦いを、センランは顎に手を当てて見つめていた。
「……なにか引っかかるな」
奥歯にものがはさまって取れないような心境だった。答えがすぐそこまで出かかっているのに、あと一歩のところでそれが姿を見せてくれない。そんなもどかしさがあった。
「どうしたのセンラン?もしかして、あの自称三十代の幼女の事について知ってるの?」
「う、うむ……もう少しで手がかりになる情報を思い出せそうなのだが……」
ミーフォンの問いに、曖昧に返した。
もう少し。本当にもう少しなのだ。今まさに、あの娘に関するものと思われる情報の片鱗が見れそうなのだ。
まるでおもちゃ箱を漁るように、自分の知り得る武法関係の情報の数々を掘り進む。
特徴的な形容詞は「優れた【化勁】」「呼吸法を用いた【勁撃】」「優れた回避技術」。これらの情報に合致する流派を探る。
該当した流派は【龍行把】。この答えはきっと我が同士シンスイも出している事だろう。
だが、ここでさらにもういくつか情報を付け足す。「小柄な幼女という見た目に反して三十代」「達人と呼べる功力」など。
その新しい情報も合わせ、総合的に考えを巡らせる。
巡らせて、巡らせて、巡らせて——閃いた。
聞いたことがある。見た目と年齢が合致しない、とある達人のことを。
その昔、一人の少女がいた。
少女は流行り病で両親と死別し、幼くして天涯孤独の身となった。
終わりの見えない飢えと孤独に蝕まれながら、目的地もなく亡者のように各地を
そんな少女に憐憫を覚えた「ある大流派」の大師は、少女を養女として引き取り、自分の持つ秘伝の武法を教え始めた。
師が嫉妬しそうになるほどの武芸の才を持っていた少女は、驚くべき速度で上達。成人を迎える頃には、大勢の門弟を持つその流派の中で一番の高手となっていた。
ここまで聞けば、「よくある達人録の一つ」と認識されるだけで終わるだろう。
ただ一つだけ、少女には奇妙な点があった。
それは、修行を開始した幼少期から——ほとんどその姿が変わっていないことだった。
少女が習った武法には、非常に高い健康効果と、老化を極端に遅らせる効果があるらしい。それこそ、不老不死の伝説を持つ仙人のごとく。
そんなとんでもない武法を秘匿し続けている、その流派の名は————
「まさか、あの者は……!!」
最初、【
なぜなら、「あの武法」は秘伝中の秘伝。門外不出の技。【黄龍賽】などという目立つ場で見せるわけがない。そう思っていたからだ。
だが仮に、その流派が「禁」を破ることを良しとしたとしたら?
今、シンスイと戦っているあの少女は「本人」である可能性が非常に高い。
もし、そうだとしたら。
シンスイは、あの少女に勝つことはできないかもしれない。