一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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第一回戦

 

 どうやらボクらは、随分と早く帝都に着いてしまったようだった。

 

 【黄龍賽】まで、結構な日数暇があった。

 

 その間、ライライは宮廷へ赴き、ルーチン様の傍付きの任を務めていた。

 

 聞くと、その仕事はなかなかにハードなものらしかった。

 ルーチン様がじゃじゃ馬な事もそうだが、宮廷内で職務を行うために宮中作法を叩き込まれたという。間違えようによっては打ち首になりかねないようなものもいくつか存在するので、案外バカにできないらしい。

 

 一方、ボクはというと、本戦にむけてひたすら修業あるのみだった。

 

 一人練習ばかりだと、対人感覚が鈍ってしまう。なので時々ミーフォンも特訓に誘った。彼女は快く協力してくれた。

 

 各々のやり方で、ボクらは運命の日までの余暇を消費していった。

 

 長かろうが短かろうが、確固たる目的と、それを達成する意思のこもった時間は過ぎ去るのが早いものだ。努力をしすぎるという事はない。武法の世界では特にそれが顕著。

 

 やがて――その「運命の日」はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の西方面にその巨躯をそびやかす【尚武冠(しょうぶかん)】は、【滄奥市(そうおうし)】で目にしたものよりはるかに巨大な闘技場だった。

 

 巨大なすり鉢状になった【尚武冠】の内側。その斜面は観客席で、おびただしい数の人が座していた。彼らの視線は、すり鉢の底辺にある円形の闘技場に熱く集中していた。

 

 その円形の広場の上には、計一六人の武法士が横並びで立っていた。ボクは一番左の位置だ。

 

 煌国の東西南北で行われた予選大会で選りすぐられた猛者たち。

 

 観客席を二等分する形で、分厚い石壁が立っている。それには大会運営しか入れない部屋が集まっており、その最上段にはバルコニーのような柵付きの足場があった。そこに立つ官吏風の男が、声を高らかに響かせた。

 

『――皆様、こんな朝早くから集まっていただき、大変ありがとうございます!!』

 

 この大歓声を貫くほどの声量。肉声のはずなのに、スピーカーを使ったような強みがあった。

 

『ご覧ください!! 今、闘技場に集まる彼ら一六名こそが、厳しい予選を勝ち上がってきた強者たちに他ありません!!』

 

 ボクシングの司会役を思わせる、解説がかったテンション高めの口調。やはり、よく通る声だった。

 

 この異世界に拡声器の類は存在しない。あれは声量を増幅させ、さらにその音波を拡張して広域に響き渡らせる特殊な呼吸法を用いて喋っているのだ。武法の技術の一つである。

 

『今日、この日まで、皆様は一日千秋の思いであったかも知れません! 退屈で退屈で仕方がなかったのかも知れません! ですがもう大丈夫です! ここにいる彼らが、己の武と勇をもって、皆様の心に巣食う退屈を跡形もなく吹き飛ばしてしまうことでしょう!!』

 

 ドォッ!! と歓声が爆発する。耳が痛い。

 

 司会者もだんだん気分が乗ってきたのか、口調が弾みを帯びてきた。

 

『さて、続いて、この【黄龍賽】本戦まで勝ち上がってきた一六人の強者達を一人ずつ紹介致します!!』

 

 ドォォッ!!! と嵐のごとく湧き立つ歓声。

 

 彼の言葉に、ボクも緊張を覚えた。これからどんな相手と戦っていかなければならないのか、知っておくべきだからだ。

 

『左端から順に紹介しましょう。まず最初に三つ編みの彼女――可憐な少女と侮るなかれ! その細腕に宿るは無双の怪力、その骨身に宿るは無双の勁撃!! 剛力の妖精と呼ぶに相応しい彼女の名は…………李星穂(リー・シンスイ)!!』

 

 ええっ、ボクからっ?

 

 司会役の仰々しい紹介が終わるとともに、観客の声が突出した。

 

 うーん……なかなかイカす紹介だけど、今のは女の子を紹介するのにはあんまりふさわしくない気がする。怪力だの剛力だのと。

 

 一応、ファンサービス(いるか分かんないけど)は大事かなと思い、観客席へ両手を振る。歓声が一段高まった。

 

『次は、前回の【黄龍賽】をご覧になった方ならば見知った顔でしょう――前回の準優勝者が満を持して登場!! 果たして、四年前の雪辱を果たす事は出来るのか!? 類稀なる【軽身術(けいしんじゅつ)】を駆使して見せつける、風のように舞い、風のように刺す神速の拳技! 風の申し子…………勾藍軋(ゴウ・ランガー)ッ!!』

 

 声援が、ボクの隣に立つ青年へ降り注いだ。目つきの鋭い、細身の男だった。

 

 その鋭利な眼光は、右隣に立つ白髪の少女へ真っ直ぐ向いていた。

 

 まごう事なき美少女であるのは間違いない。けれど、羊の毛を思わせるボサボサで膨らんだ髪、丈が余りまくった衣服、柔和に整った美貌に浮かぶ眠そうな表情が、なんというか……台無しにしていた。いかにも寝坊して来たって感じの女の子。

 

 けど、彼女もまた本戦参加者なのだ。

 

 次の瞬間、ボクは勾藍軋(ゴウ・ランガー)が彼女を睨んでいた理由を悟った。

 

『続いては…………その勾藍軋(ゴウ・ランガー)に雪辱を植え付けた張本人!! 前回の【黄龍賽】の優勝者!! 勝因は「立ってボーッとしていたから」!! 前【黄龍賽】における全ての試合を、一歩も動かぬまま勝利したのはもはや語るまでもない伝説!! 『天下無踪(てんかむそう)』と畏怖された、少女の姿をした要塞!! その名も…………姫兎飛(ジー・トゥーフェイ)!!!』

 

 ボクは思わず、羊みたいな女の子――姫兎飛(ジー・トゥーフェイ)を見た。

 

 彼女が……前回優勝者?

 

 その前回優勝者サマは、寝ぼけまなこでこっくりこっくり舟をこいでいた。いつ寝入ってもおかしくない。……それは王者の貫録なのか、それとも彼女の素なのか。

 

 だが、なんとなく分かる。仮に今打ちかかっても、間合いに入った瞬間に何かが起きる。そんな根拠のない、けれども感覚的には極めて濃厚な予想が脳裏に浮かぶ。

 

 ――あれ?

 

 そこでボクは異変に気付いた。

 

 なんか、ボクと勾藍軋(ゴウ・ランガー)氏の時に比べて、観客たちの声援が薄めだ。

 

 トゥーフェイは前回優勝者なのだ。もっと盛り上がってもいいはずなのに。

 

 そんな思案をよそに司会役は選手の紹介を進めていくが、トゥーフェイの圧倒的存在感にあてられたせいで、ボクにはその他大勢の顔がジャガイモにしか見えなくなっていた。名前も頭に入ってこない。

 

 しかし、一番右端、すなわち最後の選手の紹介を耳に入れた瞬間、ぼんやりしていた意識が一気に冴えた。

 

『――最後に紹介するのは、もしかすると、今大会の台風の目となるかもしれない彼女! 悠久の歴史の中、今まで一度も表舞台に現れることの無かった存在が、今日、この場に姿を現した!! そのしなやかな肉体に宿る、悠久の技と知恵の数々!! 【太極炮捶(たいきょくほうすい)】の数多の技法が、この闘技場で花火のごとく放たれる!! 彼女こそ【太極炮捶】宗家の次期当主――紅梢美(ホン・シャオメイ)!!』

 

 【太極炮捶】宗家。

 

 その単語にボクは脊髄反射に等しい反応を示した。その紅梢美(ホン・シャオメイ)なる選手を見る。

 

 全体的に「鋭さ」を感じさせる長身の女性だった。

 大きすぎず小さすぎない丈の衣服によって、曲線美をゆるやかに主張している。女性特有の柔弱さ薄弱さは感じられず、力強く跳ねそうなしなやかさがあるように見受けられる。

 ややキツめに整った美貌。その切れ長の瞳は、睨みつけてくる猫のソレを思わせる。

 

 一目で分かる。只者ではない、と。

 

 さらに、もう一つ分かった事があった。

 

 彼女の顔立ちは――ミーフォンに似ていた。まるで彼女が大人になったみたいな顔だ。

 

 それだけじゃない。【太極炮捶】の宗家という素性。同じ苗字。

 

 これらの要素が、ミーフォンとの関連性をさらに揺るぎないものにしていた。

 

 確かミーフォンは、(ホン)一族の三女だった。するとあのシャオメイは次女、あるいは長女なのかもしれない。

 

 ボクはしばらくの間、シャオメイに視線が釘付けとなっていた。

 

 

 

 その後、この大会の詳しい概要説明がなされた。

 

 勝ち抜き戦であること。

 気絶、もしくは先に棄権を宣言した側の負けであること。

 打った相手を高確率で死に至らしめる【毒手功(どくしゅこう)】は禁止であること。

 

 それらの説明は、予選と全く変わらなかった。

 

 開会式はつつがなく終わった。

 

 

 

 その後、さっそく第一回戦が始まった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 とうとう始まった【黄龍賽】本戦、第一回戦。

 

 その第一試合で、さっそく自分は戦うことになった。

 

 ここまでようやく来たかという思いを抱きつつ、ここはまだ始まりに過ぎぬと自戒する。

 

 葉奮(イェ・フェン)は自らの巨体に中腰の構えを取らせ、眼前にたたずむ少女を見据えた。

 

 小柄で華奢な肢体。太い三つ編みを一本結った、妖精のごとき美少女。

 

 武より茶と華が似合いそうなその少女の名を、李星穂(リー・シンスイ)

 

 技など使わずとも、腕の力だけで容易に捻り潰せそうに見える。しかしそれは有り得ない話だ。ここまで勝ち残ってきた以上、それなりの実力があることは明白。

 

 ……が、それを勘定に入れても、この勝負は自分が優位に立てると自信を持って言える。

 

 フェンは呼吸を整え、心に(なぎ)のような静けさを呼び込む。

 

 細密な意念をもって、体内を流動する【気】を操作する。

 

 ――思い浮かべるは、自分の頭頂部から体の表面を滑って尾骶骨へと流れる水。その水は尾骶骨へ至ると、体軸の中を駆け上り、再び頭頂部へ達して流れ出す。そんな延々と続く水の円環。

 

 すると、その想念の通りに【気】が流動していく。普段はバラけて不定形である【気】は、フェンの皮膚表面を覆う膜の形となり、槍さえも通さない不可視の鎧と化す。

 

 【周天硬気功(しゅうてんこうきこう)】。フェンの特技にして奥義。

 

 通常の【硬気功】は、一ヶ所から一ヶ所へ【気】を移動させるだけの「一方通行」の道筋を辿る。その効果は一時的なもので、しばらくすると【気】のまとまりがバラけ、大気中に霧散する。その【気】は体から抜け、体力の消耗へと繋がる。

 

 しかしこの【周天硬気功】は、常に膜状の【気】の塊が「流動」して「循環」している。それはつまり、防御のたびにいちいち【気】を消費しなくても、一定量の【気】だけでしばらくは肉体を守れるという意味。

 

 非常に精緻な【気】の操作が求められるこの高等気功術を、フェンは箸で飯を食うがごとく自在に操ることができる。

 

 さらに、流動している不可視の膜の上に――さらにもう二枚の【気】の膜を生成。肉体表面に、三層の【周天硬気功】が生まれた。フェンが一度に操作できる限界枚数だ。

 

 ここまで来ればこちらのもの。刃を通さない鎧を三枚重ねで身につけた今の自分はもはや城壁に同じ。

 

 李星穂(リー・シンスイ)が地を蹴り、鋭く距離を詰めてくる。迷いのない足取り、手の動き、視線、意念。

 

 フェンは無鉄砲とも呼べる彼女の行動に勇敢だと称賛する一方、憐れみのような感情も抱いていた。

 

 たとえどれほど強大な勁撃(けいげき)であろうと、この【周天硬気功】の前では意味をなさない。たとえ一層を破壊できても、まだ二層残っている。その破壊された一層も、すぐに再生可能。

 

 破壊しようと躍起になって体力を消耗させ、それからゆっく

 

「り————!!?」

 

 起こるはずのない、起きてはならない激痛がフェンを襲った。

 

 なんと、踏み込みを交えて放たれたシンスイの拳は、【硬気功】の膜をすり抜けて(・・・・・)直撃したのだ。

 

 あり得ない。なんだこの拳は!? 今まで出会ったことのない異質な技。

 

 それ以上の思考を、シンスイの一撃は許しはしなかった。

 

 墨汁の海に落ちたかのように意識が薄れていき、やがて真っ黒になった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

  一回戦の相手は相性が良かった。【硬気功】を得意とする武法士だったからだ。

 

 ボクの【打雷把(だらいは)】の前では、【気】の鎧などあって無きがごとし。無敵の守りを固めたと油断した相手にどデカイ一撃をくれてやった。油断していた分、ショックも大きかったようで、その一発で相手はぐったりとのびていた。

 

 ともあれ、これで一回戦を勝ち抜いた。優勝まで一歩近づいたのだ。

 

 それは素直にめでたいと思うことにしよう。

 

 それ以外に、ボクは一つ、気にしていることがあった。

 

 さっきの試合の最中にも、思考はずっと別の方向に向いていた。

 

 紅梢美(ホン・シャオメイ)

 

 ミーフォンと同じ紅一族の人間。おまけに、【太極炮捶】の次期当主だというではないか。

 

 【太極炮捶】のトップを担う人材が、この表舞台に出てきた。——これを、どのように考えるべきか。

 

 彼らは、全ての武法の源流であるという事実と歴史の長さゆえに、非常にプライドが高い。会って間もないミーフォンを思い出せば、そのプライドの高さは一目瞭然だろう。

 

 【太極炮捶】に言わせれば、この【黄龍賽】は数多の田舎拳法がぽこぽこ殴り合うための卑俗な催しに過ぎないだろう。高みから冷笑こそすれ、自らすすんで飛び込む事は無いと思われる。

 

 しかし、ミーフォンという前例がある。彼女も次期当主でないけれど紅一族だ。

 

 いや待て。そもそも、ミーフォンはどうして【黄龍賽】に出ようなんて考えた?

 

 分からない。今度聞いてみよう。今は自分で考えられる範囲で予想してみよう。分からない。

 

 考えを巡らせれば巡らせるほど、答えから遠ざかっていく感覚を覚える。

 

 こうなったらマトモに知恵が働かなくなることを知っていたボクは、一度考察を打ち切った。

 

 それに目の前には、もっと優先すべきモノがあるではないか。

 

 ボクは参加選手用の観客席から、闘技場にいる顔ぶれを俯瞰していた。

 

 正午の日差しに当てられながら立つ、二人の武法士。

 

『さぁ、先ほどの第一試合は一瞬で決着がついてしまい、ご来場の皆様は唖然としてしまったかもしれません……ですので、今から始まるこの第二試合で存分に盛り上がると致しましょう! 第二試合――前【黄龍賽】準優勝者の勾藍軋(ゴウ・ランガー)選手と、【太極炮捶】宗家次期当主の紅梢美(ホン・シャオメイ)選手の一戦です!!』

 

 声援が湧き立つ中、これから武を競う二人の反応は実にマイペースであった。

 

 試合開始の合図までの合間を持て余しているかのように、片足を上下にゆすっているランガー。対し、シャオメイは真竹のように涼やかで落ち着いた立ち姿勢。

 

 ボクは無意識に唾を呑みこんでいた。

 

 シャオメイが一体、どんな戦い方を見せつけるのか。それに対してももちろん興味はある。

 

 しかし一方で、前【黄龍賽】で優勝したほどの腕前を持つランガーも気になった。ヘタをすると、今大会の驚異の一人となる可能性があるからだ。

 

 この試合で勝った方が、あさってに行われる第二試合でのボクの対戦者となる。

 

 数多の声が重なって響く会場に、司会役の男は満足げにうんうん頷く。

 

『いいですねぇ、いい感じに場が盛り上がって参りました……この大会を膳立てした者の一人として、その盛り上がりを決勝戦まで保ち続けてくださることを切に願っております!! それでは第二試合――――始めぃっ!!』

 

 試合開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。

 

 瞬時、ランガーが最初の立ち位置から霞のごとく消え失せ、シャオメイの背後へ転移していた。

 

 刃の横薙ぎを思わせるランガーの回し蹴りが見舞われる。

 

 だが、シャオメイはそれが振り抜かれる前に蹴り足の奥へと滑るように退歩し、背中からぶつかろうとした。

 

 彼女の背撃が当たる直前に、ランガーの姿が急激に跳ね上がった。まるで質量が無いに等しい羽毛が、風に吹かれて舞い上がったような突発的跳躍。

 

 シャオメイを飛び越え、落下の軌道へ移った瞬間、ランガーは空中で身を捻じり、もう一度回し蹴りを振り放った。

 

 シャオメイは身体をのけ反らせて蹴りから逃れた。それから空中に浮いているという最大の隙をさらしたランガーめがけて、拳と一緒に鋭く歩を進めた。

 

 鋭利な勁力を込めた正拳が突き刺さる寸前、ランガーの身体が"跳ねた"。

 

「な!?」

 

 ボクは身を乗り出さずにはいられなかった。

 

 ランガーは足場の無い空中で、さらに跳躍したのだ。

 

 地球でやっていたアクションゲームに出てくるような「二段ジャンプ」。それを実現してみせたのだ。

 

 さらにランガーは空中を幾度も跳ね、シャオメイの上空を蜂のごとく高速で飛び回った。

 

 翼の無い人間が――空を飛んでいる!!

 

『で……出ましたぁぁ!! 勾藍軋(ゴウ・ランガー)選手の得意技【飛陽脚(ひようきゃく)】!! 自身の体重を自身の足で蹴りつけることで、足場の無い空中でも跳ねることができる【軽身術】の発展技能!! 彼の持ち味である速度と併用すれば鬼に金棒! 幾多の武法士が制空権を奪い取られて敗北へと追い込まれた光景は、前【黄龍賽】を目にした方々ならば今でも鮮明かと思います!』

 

 シャオメイの頭上に、残像の直線が幾本も幾本も幾本も引かれる。まるで彼女の頭上で銃弾が飛び交っているみたいだった。

 

 が、不意に直線は角度を大きく変え、斜め下へ直進。直前までシャオメイが立っていた位置を、ランガーの蹴りが落下した。土でできた地面が爆砕し、粉塵が巻き起こる。

 

 ランガーはまたも宙を飛び回る。時折また地上へ落ちるように蹴りを放ち、また上空へ戻って飛行。ときどき落下、飛行……

 

 そんな流れが、延々と繰り返された。

 

 シャオメイは反撃できず、ただ避けるだけだった。一発も食らっていないが、かわりに一発も攻撃を当てていない。

 

『シャオメイ選手、防戦一方の様子! さあ、この難所をどのように切り抜ける!? どうするんだぁ――!?』

 

 司会役のテンションが高まっているのを感じた。

 

 時間が経つにつれ、飛行するランガーが落下してくる回数が多くなっていった。

 

 今なお、避けるだけのシャオメイ。

 

 避けて、避けて、避けて、避けて――

 

 その流れがパターン化し、心に飽きが生まれてきた時だった。

 

 シャオメイの口がぱくぱく動き、それに対して空中のランガーがギョッと驚きを表した。

 

 歓声のせいで声は聞こえなかった。しかし、唇の動きで読むことができた。

 

 ――盗んだぞ(・・・・)お前の技を(・・・・・)

 

 そんな発言を。

 

 次の瞬間、

 

 

 

『シャ……シャオメイ選手が――――飛んだ(・・・)ぁぁぁぁぁ!!?』

 

 

 

 司会役が、心の底から驚愕を露わにしたような声を上げた。

 

 ボクも彼と同じような反応だった。

 

 なんと、シャオメイが――【飛陽脚】を使ったのだ!

 

 虚空を蹴っ飛ばして跳ねるように宙を飛び、ランガーめがけて上段蹴りを叩き込んだ。

 

 撃ち落とされた鳥のように地へ背中から落下するランガー。すぐに体勢を取り戻したが、その顔には尋常ではない驚愕と、誇りを傷つけられたような屈辱感が浮かんで見えた。

 

 彼女が【飛陽脚】を使ったことに、ボクは今なお開いた口が塞がらなかった。

 

 そんな馬鹿な。【太極炮捶】には【軽身術】はあるが、【飛陽脚】があるなんて話は聞いたことがない。なんでシャオメイは使えるのだ。

 

 ――盗んだぞ、お前の技を。

 

 そのセリフから鑑みるに、シャオメイはもともと【飛陽脚】を持っていたわけではなく、今、この試合の中で「盗んだ」ということになる。

 

 そんな事信じられなかった。いくら技に使われている原理が分かっても、それを実際に自分が使うとなれば話は別だ。鍛錬の積み重ね無くして、技の奇跡は起こせない。

 

 けれど、目の前で起こっている現実は、その主張を許さない。

 

 間違いなく、シャオメイはこの試合の中で、ランガーの技の理合いを読み取り、自分のモノにしたのである。

 

 そんな紅家の次期当主が動き出した。稲妻のようなギザギザ軌道を空中で描きながら、ランガーへ横から襲いかかった。

 

 速度はランガーには及ばない。けれど技を簡単にマネされたという事実にショックを受けたのか、ランガーの反応が遅れた。蹴りを避けきれず、両腕で防いだ。

 

 当ててから、次の行動へ移るのは早かった。蹴られた勢いで地を滑るランガーの背後へ、シャオメイは【飛陽脚】で先回りし、回し蹴り。今度こそまともに当たり、横へ跳ねとんだ。

 

 またもシャオメイは追い打ちをかけようとするが、その前にランガーは体勢を立て直し、風のような速度で後ろへさがって突きを回避する。両者の間に、大きな間隔が出来上がった。

 

 おおおおっ、と大きく湧き立つ観客たち。

 

『す……素晴らしいぃぃ!! なんという燃えるやり取りでしょうか!! 互いの技を出しつくし、工夫し、しのぎを削る!! これこそ我々が望んでいた勝負ではないでしょうか!? どちらが勝ってもおかしくは無い!! 観客の皆様はどちらに声援を送るのでしょう!? 私めは立場上、両方を応援しなければならないので、皆様が羨ましいです、はい!!』

 

 リップサービスではなく、本気で燃えていることがうかがえる司会役。

 

 しかし、またしてもシャオメイの口がぱくぱく動いた。

 

 ――出し尽くした? 笑止。まだ一〇〇分の一も出してはいない。

 

 と。

 

 次の瞬間、シャオメイは何の前触れも見せることなく瞬時に敵との距離を詰め、正拳を胴体へ打ち込んだ。ランガーは当たった後にようやく驚きと苦痛を顔に出した。――【霹靂(へきれき)】。予備動作の一切を排し、初速から最高速度を叩き出す速度重視の突き技だ。

 

 あまり威力は無いようで、ランガーが少し後ろへ滑るくらいの勢いしか出なかった。が、牽制としては申し分無い一発だったようで、シャオメイが懐まで近づき、強力なもう一発を当てるお膳立てとなった。

 

 地を叩くような深い踏み込みを交えた拳が直撃。ランガーは今度こそ勢いよく吹っ飛び、闘技場に直線を描くように転がる。

 

 かろうじて受け身を取って立ったランガー。苦痛と憤怒が等量混じった表情を浮かべると、稲妻じみた速度で相手の背後へ回り込んだ――速い!

 

 対し、シャオメイは常に冷静だった。背後から体ごと放たれた正拳を、背を向けたまま横へ一歩動いてかわす。拳が体を横切る瞬間に肘を真後ろへ突き出すと、直進中だったランガーの体へ吸い寄せられるように刺さった。

 

 相手の推進力を利用した攻撃。大した労力もかけずに、決して少なくない痛みを与えた。

 

 だがそれで苦しむ暇を与えない。シャオメイは振り向きざま、蹴り足に鋭く弧を描かせてランガーの頬を殴りつけた。横倒しになろうとする相手へ追い打ちをかける形でもう一蹴り打ち込み、元の方向へ叩き返す。

 

 ランガーの体が地面と垂直に戻った途端、彼女の双拳が豪雨となって敵に浴びせかけられた。一度の吐気に莫大な手数の正拳を打ちだす【連珠炮動(れんじゅほうどう)】。

 

 息を吐ききる前に連拳を中断すると、シャオメイは斜め下へ我が身を挿し入れるように深く踏み込んで掌底。鋭く重い勁力が胴体を打ち抜く。

 

 うしろへよろけるランガー。

 

 シャオメイは天高くへ背筋と双拳を伸ばしながらそれに追いすがる。まるで獲物に飛び掛かる虎を思わせる姿だ。

 

 敵を自らの射程内へ呑んだ瞬間、シャオメイは掴んだ天を引っぺがすように急降下。観客席にまで響く震脚とともに、斜め下へ向かう軌道で双拳を叩き込んだ。

 

 【恨天虎撲(こんてんこぼく)】。凄まじい重心移動に上半身の急降下を加えた、強大な一撃。

 

 それをまともに受けたランガーは、くるりと白目を剥いて仰向けとなった。

 

 しばらく経っても、起きる気配はない。完全にのびている。

 

『しょっ……勝者、シャオメイ選手――――!!』

 

 勝敗が決した瞬間、場が歓声の渦に包まれた。

 

『信じられない!! 前回準優勝者であるランガー選手を子ども扱い!! 無傷で下してしまったぁ!! なんということでしょう!! これこそが我々の武法の偉大なる母【太極炮捶】の悠久の歴史が持つ凄みなのかぁ――――!?』

 

 司会役の力説。

 

 彼女は勝利に喜びもしなければ、手ごたえの無い相手だったとガッカリもしていない。

 

 この結果が当然とでも言わんばかりの姿勢。

 

 その姿は、悠久の歴史の体現者を思わせた。

 


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