一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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団結の旗印

 【尚武冠(しょうぶかん)】の円環状の観客席を分断する形でそそり立つ、長方形の建築物。

 

 「管理塔」と呼ばれているその建物の下層は【黄龍賽(こうりゅうさい)】運営部の詰所であり、上層は皇族たちのための特等観戦室となっている。

 

 その特等観戦室にて。

 

「何だとっ!?」

 

 緊急の鐘が鳴ってすぐ聞かされた急報に、煌国第一皇女の煌雀(ファン・チュエ)は我が耳を疑った。

 

「はっ! 繰り返しお伝え致します! 街に突如として、正体不明の武装集団が出現! 民衆を無差別に殺害しているとのこと! 死者の数は現在、約二百人!」

 

 皇族の前で片膝をついたまま、先ほどと同じ情報を口にした衛兵。

 

 もたらされた情報の凄惨さに、チュエは現実感を感じられなかった。寝ぼけていたところに冷水をぶっ掛けられた気分だった。

 

 しかし、臣下が冗談でそんな事を言うわけが無い。チュエは気を強引に引き締め、言葉を発した。

 

「治安局の者は何をしている!?」

 

「はっ! 執行部隊が制圧に向かいましたが、約七割が死亡、三割が負傷!」

 

 その情報がさらにチュエの心を揺さぶった。治安局は下級とはいえ武官だ。武法もそれなりにたしなんでいる。それがあっさりやられた。

 

 つまり、その武装集団は大多数が武法士であるということ。

 

 長兄である煌天橋(ファン・ティエンチャオ)が、その妖精のような美貌に緊張をかすかに帯びさせながら問うた。

 

「治安局の手に負えなかったら、いよいよ国軍の手を借りるしかない。もう要請は済ませたのかい?」

 

「はっ! しかし、兵を向かわせることはできませぬ!」

 

「何故だ! 大事であろう!? なぜ動けぬ!?」

 

 チュエが思わずそう鋭く訊く。衛兵は悔しげに歯噛みしながら、驚くべき言葉を発した。

 

「はっ! ……兵舎にて待機中であった兵士のほぼ全員が、全身に麻痺を訴え、その場から一切動けない状態なのであります……!!」

 

 頭が真っ白になる。

 

 軍が、動けない……!?

 

 それでは、反撃さえできないではないか。その武装集団が民を虐殺する過程を、指をくわえてながめていることしかない。

 

 現皇帝である父が低く、重く言った。

 

「武装集団とやらが現れたのと同じ時機に、多くの兵士に同じ症状が現れた。……同一犯の仕業としか思えぬな。おそらく、何か特殊な薬によるものだろう?」

 

「はっ! 気付け薬を飲んだ衛兵らが兵舎に入って調べた結果、兵舎のいたるところに『通雷塔(つうらいとう)』を焚かれた痕跡を発見!」

 

 その情報に、皇族一同が大なり小なりの驚愕を示した。

 

 『通雷塔』とは、医療用の薬香(やくこう)の一瞬である。主に感覚を鈍らせて、負傷による痛みを和らげる用途で用いられる。

 

 だが、取り扱いが難しい上、悪用するとろくなことにならないので、強力な睡眠誘発効果を持つ『円寂塔(えんじゃくとう)』と同じく、医師の資格がある者しか買えぬようにしている。

 

 その『通雷塔』を、兵士の大半が戦闘不能になる量を用意するとなると、結構な金がかかる。

 

 おまけに使用期限があるため、長年にわたって買い貯めておくという手も不可能だ。

 

 つまり、今回の計画の実行のため、急激に『通雷塔』を買い占めたということ。

 

「そういえば、つい最近、砂糖を大量に帝都に運び込んでいた妙な連中がいたと聞いているけど……もしや、「このため」かな」

 

 ティエンチャオが静かに呟いた言葉は、チュエが行き着いた考えと全く同じものだった。

 

 大量の金品をそのまま帝都の関に運び込むと、高確率で怪しまれてしまうだろう。なので、その大量の金品を砂糖に替えることで、怪しまれにくくする。

 

 そうして帝都に運び入れた砂糖をまた金に戻し、それで大量の『通雷塔』を購入する。

 

 ティエンチャオは壁に寄りかかり、考え込むように目を閉じながら、

 

「だとしたら用意周到なことだ。計画性を感じずにはいられないね。その武装集団とやらも、かなり組織立っている。単なる暴徒と思ってかかるのは危ういだろう。ところで、もう近隣都市に駐留している軍への応援要請は済ませたんだろう?」

 

「はっ! ですが、近隣の兵力が帝都に到達するまでの時間は……最低でも三日はかかるかと」

 

「そうか……そういえば、その武装集団とやらはそれほどまでに強いのかな? 治安局も下級武官とはいえ、それなりに訓練を積んだ武法士だ。暴徒程度に遅れをとるとは思えない。なのに七割も戦死者が出ている。これは普通に考えて異常なことだ。近隣国から侵攻してきた軍隊を相手して七割死んだ、という方が説得力に満ちているよ」

 

 「戦死者」という重い言葉をあえて用いて、事の重大さを強調するティエンチャオ。

 

 衛兵はやや歯切れ悪そうに、

 

「はっ! ……実は私も、かろうじて生き残った治安局の者にそのことを訊いたのです。すると、彼らはみな口々にこう言いました。『まるで、「自分たちよりも速い時間の流れ」に身を置いているかのような、異質な素早さだった』と」

 

「よくわからないぞ!」

 

 父のかたわらに立っている末妹のルーチンの非難に「はっ! 申し訳ございません!」と謝罪する衛兵。

 

 チュエも今回ばかりは、愚妹の感想に同感だった。

 

 自分たちよりも速い時間の流れ? 異質な素早さ? どういう意味か。

 

 そんな武法、聞いたことがない。むしろ、そんなとんでもないものがあったら、不謹慎だが、自分が見に行きたいくらいだった。

 

 ――いや。待てよ。どこかで聞いたことがある気がする。

 

 膨大な武法知識の中に、引っかかりを覚えた。しかし、その具体像が見えてこない。

 

 チュエが頭を悩ませている間に、ティエンチャオが「分かった。ありがとう。もういいよ、下がって」と衛兵を下がらせた。それからため息をつき、

 

「……さて、困ったぞ。こうしている今でも、くだんの武装集団は帝都を我が物顔で闊歩している。にも関わらず、それを止める役目を持つはずである帝都の兵力は機能不全。援軍の到着も三日またいだ後だ。あまり考えたくはないが……援軍が来るまでにこの帝都が陥落させられる可能性もあると言える」

 

 それはつまり、この国が滅びるということ。

 

 チュエの中に、強い焦りが生まれる。それを懸命に押さえるが、どうしても殺しきれない。

 

 不意に、皇族の側で常に控えていた宮廷護衛隊隊長、郭金昆(グォ・ジンクン)が片膝をつき、次のように告げた。

 

「僭越ながら申し上げます。兎にも角にも、まずは皆様と民の避難が先決かと。これは、戦乱期後に初めて訪れた国家的危機です」

 

「……そうであるな」

 

 疲れたような、重い腰を上げたような皇帝の反応に対し、ジンクンはさらに申し出た。

 

「陛下、差し出がましい事だとは百も承知でございますが、私めより一つ提案がございます。口に出すことだけでも、お許しいただけませんでしょうか?」

 

「申してみよ」

 

 皇帝があっさりと許可した瞬間、ジンクンは「では」と前置きしてから話し始めた。

 

「まず、皆さまは【煕禁城(ききんじょう)】地下にある皇族専用の避難場所へと身を隠すべきです。あの場所は皇族と、ごく一部の護衛官しか知り得ない秘密の場所。入れば見つかる心配はありません」

 

「……建国以来一度も使った事のない、あの場所を使うのか」

 

「はい。さらに、民の避難場所はこの【尚武冠】にすべきかと。【尚武冠】は闘技場であると同時に、砦と同じような軍事的防御力も兼ね備えております。出入り口も少なく、周囲を覆う壁も帝都の外壁と同等の強固さと登りにくさ。……ただ、問題点が一つございます」

 

「申してみよ」

 

「はっ。援軍が来るまでの食糧でございます。【尚武冠】には防御力はあれど、備蓄の食糧がありません。兵糧攻めを受けたなら、ひとたまりもありませぬ。……あくまでも「提案」です」

 

 一同、苦々しい顔をした。

 

 この選択ならば、国の旗印たる自分たちは助かるだろう。

 

 しかし、代わりに民が飢えと殺戮に苦しむこととなる。

 

 もしそうなれば、たとえ援軍が賊どもを打ち破ったとしても、民の不興を買うこととなろう。現状しか見ずその先をまったく見ていない、向こう見ずな対処療法だ。

 

 国の下地を支えるのは民。皇族は旗印。どちらも軽視してはならない。

 

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 

 なにか、他に手はないのか。チュエはそっと目を閉じ、考えた。

 

 そもそも、今回これほど苦境を強いられているのは、戦力となる者がほとんどいないからだ。兵も全員が毒に冒された訳ではないだろうが、残った兵を集めたところで、武装集団には敵わないだろう。無駄死にさせるだけだ。

 

 援軍もすぐには来れない状況。

 

 他に、どうやって戦力を確保すればいい。

 

 しばらく考えた末、ある手を思いついた。

 

 チュエが沈黙を破った。

 

「父上、兄上、それにルーチン。妾(わらわ)から一つ、提案がある」

 

「なんだ?」

 

 返事をした皇帝を含む一同が、こちらに視線を向ける。

 

 チュエは大きく息を吸い込み、覚悟を決めて口にした。

 

「――妾を置いて、即刻ここから逃げて欲しい」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 鐘の音が鳴り響いてからというもの、【尚武冠】の客席はざわめきっぱなしだった。

 

 緊急の鐘であることは、危機感を煽るような鳴らされ方でもう察しているに違いない。けれど、なぜそれを鳴らしているのか分からない。

 

 その未知の危機感が、ざわめきをさらに高めていた。

 

 かくいうボクも、奇妙な焦燥感を覚えていた。

 

 何が起きているのか分からない。だが、たぶん、とんでもないことが起きているのだ。

 

 観客の何人かが、席を立って客席から立ち去ろうとした、その時。

 

「――静粛に!!」

 

 会場を包み込んでいたざわめきを、凛とした女の一喝が剣のように貫いた。

 

 一気に場が静まり返る。

 

 今の声には聞き覚えがある。ありまくる。

 

 ボクは視線を横へ向ける。

 

 そこには、思った通りの顔があった。

 

 猫目石のように光沢が強い、チョコレート色の長髪。玉(ぎょく)のように白い肌の顔に、美しくも威厳ある顔立ちが浮かんでいる。

 

 豪奢な衣装に身を包んだその少女は、伊達眼鏡を外して三つ編みを解いた羅森嵐(ルオ・センラン)。すなわち――

 

 

 

「妾は煌国第一皇女、煌雀(ファン・チュエ)である!!」 

 

 

 

 闘技場まで降りてきていた皇女殿下は、先ほど同様、貫くような声でそう名乗った。

 

 この声は普通の人が出そうと思っても出せないものだ。武法によって内部器官を鍛錬しなければ、これだけの声は出せない。

 

 厳かな語気で、皇女殿下は続けた。

 

「先ほどの鐘の音は、断じて訓練にあらず。……皆の者、どうか落ち着いて聞いて欲しい。今この【尚武冠】の外、市井では大変な事が起きている。突如として湧き出た賊どもが、無辜の民を虐殺しているのだ」

 

 ざわっ!! と観客の声が跳ね上がった。

 

 あまりに予想外な内容に、ボクも驚愕を禁じ得なかった。

 

「その者どもは、賊とは思えぬほどに武の腕が卓越している。治安局の手には負えず、帝都の兵も賊徒どもの姦計にまんまとしてやられた。じきに近隣都市から援軍が駆けつけるが、それも何日かかるか分からない」

 

 ざわめきがこれまで以上に高まった。パニックに発展する一歩手前で踏みとどまっている状態だ。

 

 無理からぬことである。なにせ、暴れ回っている賊に対し、抵抗する術が何もないというのだ。それでは、ただ黙って皆殺しにされるのを待つだけではないか。

 

 その恐慌を、皇女殿下は神妙な面持ちで受け止めていた。

 

「まさに我らの不徳の致すところである。それを我が肝に銘じた上で――厚顔無恥ながら皆の力を頼りたい」

 

 全ての視線が、いっせいに皇女殿下へ向いた。

 

「まず始めに言っておく。今から言うことは強制ではない。妾は、名乗り出た者に「命をかけろ」と告げねばならぬからだ」

 

 そう前置きしてから、殿下は本題に入った。

 

「妾は父と兄、妹を宮中に逃し、ここに残った。無論、賊どもと戦うためだ。そこで、この【尚武冠】に集まる武法士たちで義勇軍を結成し、妾とともに戦って欲しい。我々は今、何一つ戦力を持たぬ状態だ。なので、民衆の中から戦える者がいたら、どうか力を貸して欲しい。もし、協力してくれたならば、謝礼として一人あたり10万綺鉄(きてつ)を約束する。――どうか、お願いしたい。我らのためではなく、この国のために」

 

 そう言って、皇女殿下はこうべを垂れた。

 

 困惑の声が幾重にも重なり合う。

 

 皇女が頭を下げてまで頼み込んできたこと、10万綺鉄という少なくない謝礼があること、国家の危機であることなどを踏まえると、参加すべきではないかと言う声が多かった。

 

 だが、相手は治安局を軽くあしらい、国軍さえも策略で木偶の坊にしてみせるほどの連中だ。返り討ちにあって命を落とすかもしれない。……そんなリスクとリターンの勘定が、彼らに二の足を踏ませていた。

 

 でも、はっきりと分かることがある。

 

 皇女殿下は、裏表なしの本心で助けを求めている。

 

 ずっと「管理塔」の最上階にいたはずの彼女が、わざわざこの闘技場まで降りてきた理由。

 

 それは、民衆と同じ高さに立つことで、「命令」ではなく「依頼」であることを強調するためだ。

 

 正規兵でもない庶民を無理やり戦地へ送るような真似をしたら、あとあとになって感情的なしこりを残しかねない。それに、強引に動かした非正規軍ほど士気が低く、もろいものはない。

 

 それを分かっていたからこそ、皇女殿下は「命令」で義勇軍を作ることをしなかったのだ。

 

 会場は、今なお明確な返事を出せずにいる。

 

 このままでは、ずっと決まらずじまいだ。

 

 なのでこの場合、きっかけとなる「一人目」の存在が必要だ。「一人目」の有志が現れれば、それを皮切りにどんどん増えていく。人間とはそういうものだ。

 

 ボクはおもむろに皇女殿下へ歩み寄る。

 

 その御前にて片膝をついて跪き、右拳左掌の抱拳礼をした。

 

 

 

「皇女殿下、どうかこの私を、あなた様の指揮下に加えては頂けませんか」

 

 

 

 会場が静まり返った。

 

 ボクは目を見開いた皇女殿下を見上げながら、さらに続けた。

 

「今はまごうことなき国家の大事。どうしてあなた様の頼みを袖にできましょうか? ――【雷帝】強雷峰(チャン・レイフォン)が一番弟子、李星穂(リー・シンスイ)、義勇兵としてここに志願致します。どうかこの総身を護国の槍として、あなた様の随意にお使いください」

 

 再び場がざわめいた。「おい、聞いたか今の?」「【雷帝】って、あの【雷帝】だよな?」「ああ、どんな相手も一撃で殺してきたっていう」「あの子、【雷帝】の弟子だったのか」「道理で強ぇわけだ」……口々にそう言っていた。

 

 ――【雷帝】の武名、死してなお健在なり、か。

 

 レイフォン師匠の名前を出したのはワザとだ。

 

 かの有名な【雷帝】。

 その一番弟子が戦いに参加する。

 その事実を見せつけることで、その他大勢にかすかながらの安心感と士気を与える。名声に頼るのはあまり好きではないが、この際かまっていられない。

 

 皇女殿下は泣き笑いのような表情を浮かべていた。

 

 だが、すぐに公人の表情に引き締めた。

 

「かたじけない。そなたほどの使い手が味方になってくれるのなら、これほど心強いことはない。そなたの命、妾が責任を持って預からせていただこう」

 

 そこまで言うと、ボクの隣にスイルンが跪いた。同じように抱拳をし、抑揚に乏しい声で告げた。

 

「【道王山(どうおうさん)】最高位門人【太上老君(たいじょうろうくん)】であります、劉隋冷(リウ・スイルン)です。わたしも、国の命運を賭けたこの戦に参加したく思います」

 

「そなたもか! 【太上老君】の力まで借りられるとは、なんと運が良いことか。感謝する。ともに戦おうぞ」

 

 そう嬉しげに感謝を告げるお姫様をよそに、ボクは隣のスイルンに横目を向け、

 

「意外だね。引き受けるとは思わなかったよ」

 

(いな)。そして心外。今は誇張を抜きにしてこの国の危機。ここで武を振るわない理由はない。実利の面から考えても、ここで手を貸しておく方が【道王山】の名誉のためになる。その頂点であるわたしが尻込みすれば、【道王山】は山賊風情に恐れをなした臆病者の集まりだと揶揄されかねない」

 

「そういうもんかな」

 

()。そういうもん」

 

 ボクの口調をマネて頷く三十路幼女。意外とノリは良いのかも。

 

 さらに、観客の中から、次々と挙手し、義勇兵に志願する者が現れだした。

 

 俺も、俺も、私も、俺も――

 

 それはやがて、観客席全体にまで及んだ。

 

 全員が挙手したわけではない。けれど、大多数の武法士たちが戦う意志を示した。……その中には、本戦参加者も含まれていた。

 

 皇女の頼み。謝礼金。他の人が志願したからそれに便乗。理由はいろいろあるだろう。

 

 けれど、みな心の中でこうも思っているはずだ。

 

 「座して死を待ちたくない」と。

 「戦うべき時に戦わぬ武法などただの踊りだ」と。

 「故国をタチの悪い害虫から守りたい」と。

 

 皇女殿下は眩しいものを見るような微笑みを見せていた。

 

 きっと、彼女も望み薄だと思っていたのだろう。だがその予想に反し、多くの有志が集まってくれた。

 

 それが驚きであり、同時に、たまらなく喜ばしいのだろう。

 

 皇女殿下は幾度か深呼吸すると、表情を戦意で引き締め、鋭く大きな槍のような声を発した。

 

「では、まずは作戦の概要を説明する!! 義勇軍を二つに分け、それぞれ分担して行動をとってもらう!! 「防衛班」と「遊撃班」の二組だ!!」

 

 息を吸い込み、発する。

 

「「防衛班」の任務は、この【尚武館】を死守することだ!! 【尚武館】は、闘技場であると同時に、軍事施設と同じだけの防御力を備えている!! その機能を生かし、民の避難場所として使用する!! 「防衛班」はこの【尚武冠】の正門と、民の避難場所として扱うこの闘技場を死守してもらう!!」

 

 息を吸い込み、発する。

 

「「遊撃班」の任務は、敵を各個撃破しながらの民の救出、ならびに帝都にある食料の確保だ!! つまり「遊撃班」には、民と食料をこの【尚武冠】に運ぶ役割を担ってもらう!! 民の安全はもちろんのこと、何日立てこもるか分からぬ以上、食料の確保は死活問題!! 今回の作戦の如何は、この「遊撃班」の活躍にかかっていると言っても過言ではない!!」

 

 息を吸い込み、発する。

 

「次に、「防衛班」「遊撃班」に参加する者を分別する!! 分別基準は、武法の流派で決めさせてもらう!!

 「防衛班」には、【太極把】【番閃把(ばんせんは)】【扎捶(さっすい)】【閃穿脚(せんせんきゃく)】【心意把(しんいは)】【蛇形番閃把(じゃけいばんせんは)】【空霊衝(くうれいしょう)】【弓形把(きゅうけいは)】【牛鶏双意把(ぎゅうけいそういは)】【延扎招(えんさつしょう)】【游山派(ゆうざんは)】【鶴形把(かくけいは)】【六合嵐手(ろくごうらんしゅ)】、これらの者たちに加わってもらう!!

 「遊撃班」には、【打雷把】【龍行把(りゅうぎょうは)】【心意盤陽把(しんいばんようは)】【通背蛇勢把(つうはいじゃせいは)】【刮脚(かっきゃく)】【転纒擺殲招(てんてんはいせんしょう)】【奇踪把(きそうは)】【九十八式連環把(きゅうじゅうはちしきれんかんは)】【五元把(ごげんは)】【虎勢把(こせいは)】【虎隼双形把(こじゅんそうけいは)】【(りゅう)()双形(そうけい)転墜(てんつい)穿崩(せんほう)殲遍(せんぺん)(てん)()(しょう)】【酔漢把(すいかんは)】、以上の流派に担ってもらう!!

 固定された特徴の無い【太極炮捶(たいきょくほうすい)】および、名を呼ばれなかった流派の者は、自分の技の向き不向きを確認した上で、どちらへ加わっても良しとする!!」

 

 ずらりと並べられた流派名の数々に、ボクは目を見開いて驚いた。

 

 今の流派は全て、帝都およびその周辺に伝承がある武法に他ならない。さらに、それらの武法の向き不向きを考慮した上で、適任と思える役割に分けたのだ。

 

 これは、ボク同様に武法をこよなく愛する彼女にしかできないことだ。

 

 周囲の興奮を感じる。皇女殿下の指揮に、何か凄みを覚えたのかもしれない。

 

 さらに、禁止事項など、いろいろと細かい説明がなされた。

 

 それを終えると、皇女殿下は最後にこう言った。

 

「厳しい戦いになるだろう。死者も出るやもしれぬ。そんな危険な戦に身を投じてくれた諸君らに、妾は深い感謝の意を示し、武運の長久を切に願う。――我らが煌国に、恒久なる煌めきがあらんことを!!」

 

 会場全体から、太陽に届かんばかりの(とき)の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 皇帝の膝下たる帝都にて多くの血が流されたその争乱はのちに——『帝都事変』という、戦乱後最悪の事件の一つとして語られることになる。

 


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