一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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遊撃班①

 

 そういうわけで、ボクは遊撃班として市井に出た。

 

 一応、この異世界に転生してから、流血沙汰を目にする機会はそれなりにあった。

 

 元文明社会人としては好ましくないことではあるが、武人としての胆力をつけるという意味では無駄ではなかった。

 

 もしそうやって見慣れていなかったら、血が流れているのを見ただけで体も思考も動かなくなっていただろうから。

 

 だとしても。

 それを踏まえたとしても。

 目の前に広がる光景は、立ち止まらずにはいられないものだった。

 

「なによ……これ」

 

 呆然としたライライの声。

 

 ボクも同じことを心の中で思った。

 

 曇り一つない青空の下に広がっているのは、帝都の変わり果てた姿だった。

 

 あらゆる建物が無惨に半壊し、石材や木材の破片が無数にちらばっているさまは、まるで台風が去った後のようだ。

 

 無数の破片に混じって倒れているのは、人間。すでに息が無いことが一目で分かる死体ばかりだった。

 

 あちこちに横たわった死体からは、赤黒い血が水たまりのように広がり、石畳の溝を伝ってさらに広がっていく。

 

 風に乗って流れてくるのは、悲鳴、血臭。

 

 今、目の前に広がっているその光景は、誇張無しの地獄絵図だった。

 

 戦場。

 

 その二文字が頭に浮かんだ。

 

 ここはもう、あの賑やかで笑顔にあふれていた街並みではない。

 血と殺戮が跋扈する、慈悲のかけらも転がっていない戦場。

 おぞましい。

 そう思った。

 

 が、それ以上に――どうしようもないくらい頭にきた。

 

 ボクらはついこの間まで、この街でお菓子を食べたり、酒を飲んだり、そんな楽しく平和な日常を過ごしていたのだ。

 

 そんな日々を、血の赤色で塗りつぶされたのだ。

 

「い、いやあああああああ!!」

 

 女の悲鳴。近い。

 

 振り向くと、そこには尻餅をつく若い女性と、その上で刀を振りかぶった「黒い男」がいた。目元を除いてすべてが黒づくめという怪しさ満点の格好。

 

 敵だ――即座にそう判断したボクは、足元に転がっていた石畳の欠片を蹴っ飛ばした。

 

 黒づくめがそれを防ぐために費やした一瞬の隙を突く形で、風のように間を詰めた。

 

「この畜生がっ!!」

 

 震脚による強い踏み込みによって増幅させた自分の重心を拳に込め、矢のごとくぶつける一撃。渾身の勁力と義憤を込めた【衝捶(しょうすい)】。

 

 当たる。避けられるタイミングじゃない。どうにかしようとする前にボクの拳がこの畜生を貫くだろう。

 

 ――そのはずだった。

 

 瞬間、黒服の身体の輪郭が、(おぼろ)のようにボヤけた。

 

 かと思えば、確実に当たる距離であるはずのボクの拳が達するよりも、さらに速く動いた。……その動きは、まるでビデオテープを早回ししたことで高速で動き回る、テレビの中の人物を連想させるものだった。

 

 胸騒ぎを感じたボクは、踏み込みと同時にその足に強い捻りを加え、身体を左へ展開。【衝捶】から【碾足衝捶(てんそくしょうすい)】へと急きょ変更させた。

 

 体を開いたことで、相手から見た体の面積が小さくなった。そのためだろう。一瞬後、すれ違いざまに黒服が放った太刀筋が、さっきまでボクの左腕があった位置を通過した。

 

 ――刹那の時間で、それらの薄氷のやりとりが繰り広げられた。

 

 黒服はボクの後方まで来ると、そのおぼろげだった輪郭がハッキリとした形に戻る。さらに、テープの早回しみたいな異質な速度も消えた。

 

 すると、そいつの動きがそこで止まった。まるで、足全体が麻痺したかのように動かなくなった。

 

 ボクは胸中の困惑をいったん無視して距離を詰め、【衝捶】。今度は回避どころか防御さえせず、黒服は甘んじて衝突を受けて吹っ飛び、民家の壁に当たって破壊した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 どうにか撃退こそできた。

 

 しかし、バクバクと心音が耳に響き、嫌な汗が出た。

 

 今の相手、積み上げた功力こそ大した事はなかった。

 

 だが、使っていた技が普通じゃなかった。

 

 まるで技を使用する人物だけが、「周囲より流れが速い時間」の中に身を置いて動いているかのような、異質な速度。

 

 頭の中で引っかかる。

 

 今の加速には見覚えがあった。

 

 まさか、今の技は――

 

「……そんなバカな」

 

 ボクはすぐに首を振った。そんなわけがない。「あの技」を使えるのは、今やこの世でボクだけのはず。こんなゴロツキに使えるはずが――

 

 それ以上黙考する時間はもらえなかった。横合いの脇道から次々と、さっきの奴と同じ格好をした黒服の人物が大勢飛び出してきたからだ。

 

 二つの軍勢がぶつかり、攻防が始まった。

 

 遊撃班の武法士が、各々の武器を振るって攻撃を仕掛けた。

 

 しかし、黒服はいずれも自分の武器で攻撃を防ぎ、すぐさま相手の体を斬りつけた。

 

 なんの変哲も無い、ありふれた反撃のし方。だが――その速度が異常なほどに速かった。遊撃班が一回斬りかかる時間に、黒服は「防ぐ」「斬る」の二動作を行ったのだ。

 

 あっという間に、数名の遊撃班士が犠牲となった。

 

 その光景に憤激したのか、残った遊撃班の武法士たちも怒号を上げて黒服へと突っ込んでいった。

 

 遊撃班の方が、数の上では疑いようもなく勝っているのだが、

 

「やめろ、君たち!! ヤケになるなっ!!」

 

 ボクはそう叫ばずにいられなかった。

 

 次の瞬間、懸念通りの惨劇が起こった。

 

 勇猛果敢に攻めに行った遊撃班士たち。黒服の集団は、そんな彼らの間を風のように縫った。

 

 銀閃をともなった黒風が幾本も地に吹き荒れ、それらが黒服の集団という元の形を取り戻した瞬間、遊撃班の武法士たちの体から赤黒い徒花(あだばな)が咲いた。

 

 しとしとと降る血の雨に打たれながら、ボクはこれ以上ない驚愕とともに、確信を得た。

 

 間違いない。

 もはや疑う余地はない。

 知らないフリは許されない。

 

 

 

 

 

 あれは――――【琳泉把(りんせんは)】だ。

 

 

 

 

 

 人間の行う動作の一つ一つに、必ず含まれている「拍子」。

 「(すう)動作」と同じ数だけ生まれた「(すう)拍子」を、特殊な呼吸法と意識操作によって『一拍子』に変える。

 それによって、常人が「一動作」を行う時間で、術者は「数動作」を行えるようになる。

 結果、「相対的な最速」が手に入る。

 

 かつて、『琳泉郷(りんせんごう)』と呼ばれる村の中でのみ伝承されてきた、極秘伝の武法。

 

 先代皇帝『獅子皇』が行った賊徒討伐によって『琳泉郷』が消滅し、それと一緒に【琳泉把】の伝承も途絶えた。

 

 一部の「例外」を除いて。

 

 その「例外」の一つが、ボクだ。

 

 ――この黒服の集団も、その「例外」だ。

 

 もし、滅亡した『琳泉郷』の住人が、ごくわずかながら生きていたとしたら?

 そんな彼らがこの国への報復を夢見て、密かに武を練り続けていたのだとしたら?

 この黒服たちが、そんな「彼ら」なのだとしたら?

 

 国是(こくぜ)として殺された同胞たちの、復讐。

 

 彼らには、この国を憎み、牙を向ける権利があるだろう。

 

 そう、これらは正当な「戦」なのだ。

 

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 

 冷静になって考えろ。予想外の状況に心を呑まれるな。

 

 仮に、『琳泉郷』の生き残りとやらがいたとしよう。

 いたとしても、その数は、両手指で数えられるくらいわずかなものだろう。【琳泉執行】の被害は、生き残りの確認が困難なほどに甚大だったのだというのだから。

 それが『琳泉郷』滅亡から数十年しか経っていない時間で、ここまで人口を増やすことができるだろうか? 人間の繁殖能力では無理だ。

 

 ならば、この連中の正体として考えられる答えは、たった一つ。

 

 『琳泉郷』の生き残り達から、【琳泉把】を与えられただけの連中だ。

 

 【琳泉把】という素敵なオモチャを手に入れて遊んでいるだけの、ただの人殺しにすぎない。

 

 そもそも、「戦」とは戦闘員と戦闘員の殺し合いだ。こいつらは、戦う術を持たない女の人まで殺そうとしていた。

 

 こんなものは「戦」を名乗ることさえおこがましい「虐殺」だ。

 

 「虐殺」に、大儀など欠片も存在しない!

 

 ボクは現実に立ち戻った。

 

 一瞬、自己保身の気持ちでためらいが生じた。だがそれを振り切り、大声で叫んだ。

 

「みんな、気をつけろ!! 連中が使う技は【琳泉把】だ!! 絶対に自分から近づくな!! 距離を大きくとって戦え!!」

 

 遊撃班の群雄達が驚きでざわめいた。

 

「【琳泉把】って、まさか、あの……?」

 

 ライライも、信じられぬような目で黒服を見つめていた。

 

 ミーフォンは困惑した顔で、ボクと、黒服連中を交互に見ていた。

 

 ボクは続けて、遠雷のような声量で叫んだ。

 

「いいか、よく聞きたまえ!! 【琳泉把】の能力は、数拍子を一拍子に圧縮し、相対的速度を速めるものだ!! 見たところ、連中は一拍子行う時間で「二拍子分の動き」が出来ている!! つまり、普通の武法士が一回動く間に、連中は二回動けるということだ!!」

 

 武法をたしなむ者には、今の説明だけで十分理解できたはずだ。

 

 ボクはこの時点で、国の法を破っていた。「【琳泉把】の伝承・使用・修行の一切を禁ずる」のうち、「伝承」を破ってしまっているのだから。

 

 けれど、情報は伝えておいた方がいい。でなければ無意味な死が増えるだけだ。

 

「強力な能力だけど、完璧じゃない!! 距離を十分にとって戦え!! 確かに連中は一拍子の時間で二拍子分の動きができるけど、その二拍子分の動きをした後、わずかな間だけど「硬直」がある!! そこを突くんだ!!」

 

 ライライが、懐疑的な表情でボクを見つつ、つぶやく。

 

「シンスイ、あなたは……」

 

 ――なぜ、【琳泉把】のことをそこまで知っているの。

 

 そう言いたいのだろう。

 

 【琳泉把】は、その技術内容はおろか、見た目すらも国によって秘匿されている極秘機密だ。

 

 普通に考えれば、ボクのようなそこそこ良家というだけのお嬢様が、知っているはずはないのだ。

 

 ならばなぜ知っているのか。その答えを出すのは、難しくはないだろう。

 

 きっとライライも、ミーフォンも、その「答え」を見つけているはずだ。この娘たちは賢いから。

 

 それを踏まえた上で、ボクは目を向けぬまま二人に告げた。

 

「ごめん、二人とも。ワケはすべてが終わった後にキチンと話す。だから今は何も聞かず、ボクと一緒に戦ってほしい」

 

 沈黙する二人。しかしすぐに頷く息づかいを聞かせてくれた。

 

「ありがとう」

 

 ボクは静かにそう感謝してから、ミーフォンの方を向いた。

 

「それと、ミーフォン、君にはこのことを【尚武冠】にいる皇女殿下に伝えに行ってほしい。きっと皇女殿下も、まだこのことを知らないはずだ」

 

「え……あ、あたしも戦いますよ!」

 

「その気持ちは嬉しいけど、君に行って欲しいんだ。君は足が速いし、何より、一番信頼できる奴だから。だからお願い。敵が使う武法の正体が【琳泉把】だっていうこと。その【琳泉把】への対処法。その二つを、皇女殿下に伝えに行って欲しい。それだけで、無駄死にはかなり減ると思う」

 

 ボクのお願いに、ミーフォンは何秒か黙ってから、すがりつくような目を向けながら言った。

 

「……死んじゃだめですからね、お姉様」

 

「分かってる。そっちもね」

 

 ボクは伝えるべきことを、愛すべき妹分に話しだした。

 


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