一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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遊撃班②

 戦場と化した市井では、人の叫びと、金属のぶつかる音が絶えず響いていた。

 

「もう少し下がれ! 連中の間合いに入るぞ!」

 

「ほんのわずかな隙も見逃すな!」

 

「闇雲にかかったら死ぬぞ!」

 

 遊撃班のそんなやり取りが、よく聞こえてくる。

 

 彼らは最初のように、闇雲に敵に突っ込んだりはせず、必ずある程度の距離を取ってから戦うようにしていた。

 

 黒服の一人が【琳泉把(りんせんは)】を発動させ、あのビデオの早送りを思わせる速度で急迫してくる。しかし十分距離をとっていた遊撃班士には届かず、速力は途切れ「硬直」を見せる。その時には、黒服は遊撃班の間合いにすっぽり納まっていた。【硬気功】で防御する暇さえ許さず、手持ちの刀で叩っ斬った。黒い衣類の傷から赤黒い血がほとばしる。

 

 遊撃班士の後ろから、黒服の一人が襲いかかる。連中の【琳泉把】のリミットである「二拍子」の範囲内で余裕に斬れてしまう距離。いざ手に持っていた直剣で突き刺そうとしたその黒服だが、他の遊撃班士が投げた石つぶてがその側頭部にぶつけられ、それによってひるんだことで刺突の狙いが大きく逸れた。【琳泉把】の効果が切れ、黒服の速さが元に戻る。そこへ遊撃班の武法士が決め手級の一撃を叩き込んで黒服を沈めた。

 

 ——今ボクの目の前には、最初の時のような劣勢ぶりは見られなかった。みんな、各々のやり方で、黒服の集団に応戦できていた。  

 

 それはひとえに、ボクが「敵の武法の正体は【琳泉把】である」と教えた上で、その対策も伝え広めたからであった。

 

 最初は未知の武法に圧倒されていた遊撃班だが、「未知」はすでに「既知」となった。そうなれば、人間は考える生き物だ。きちんと対策をとって応戦しだした。

 

 かくいうボクは、彼らよりもスマートに敵へ当たっていた。

 

 眼前から、動画を早回ししたような動きでボクへと急迫してくる黒服。大きく開いていた間合いをまばたきする程度の一瞬で詰めた。

 

 しかし、ボクの間合いへと入った瞬間、あらかじめ早めにスイングしておいたボクの長槍の柄が、狙い通りのタイミングで黒服の足を払った。さらに一歩退くことで槍のリーチ内から敵を外し、重心を崩して虚空に浮いた黒服めがけて刺突を叩き込んだ。

 

 肉を貫く生々しい感触に気づかないフリをしつつ、ボクは槍を広く持ち、力の限り思いっきり横へ振り抜いた。黒服が槍からすっぽ抜け、ボクに近寄りつつあった他の敵に直撃。将棋倒しになったところを他の遊撃班が剣で突き刺して絶命させた。

 

 その調子で、ボクは次々と敵を葬っていった。他の遊撃班は多少の傷を負ったが、ボクは今なお無傷だった。

 

 全ては、【琳泉把】の特性をよく知るからこそ出来る芸当である。

 

 一動作につき一つ生まれる「拍子」。【琳泉把】の能力は、いくつかの拍子を「一拍子」に圧縮することで、相対的に常人を超えた速度を出すというものだ。

 

 つまり、この黒服連中が速いのは、二歩進むことで生まれる「二拍子」を「一拍子」として行うことで、ボクらが一歩進む間に自分たちは二歩進む事を可能にしているからだ。

 

 ——なら話は簡単だ。足を払ってしまえばいい。どんなに速く動けたって、移動するのが足であることは常人と変わらないのだから。

 

 【琳泉把】は漫画に出てくるような、周囲の時間を遅くして自分だけ速く動くというような時間操作の能力ではない。「動作ありき」なのだ。

 

 もしこの連中が、「一拍子」の中に圧縮できる拍子の数が三拍子を超えていたら、ボクも本気を出さないといけなかっただろう。けれども、幸い連中は二拍子しか圧縮できない。これなら、普通の武法でも十分に対処可能だ。

 

「シンスイ、大丈夫っ?」

 

 そんな考え事をしながら敵をなぎ倒し続けていると、近くにいたライライがそう声をかけてきた。

 

 ボクは頷きを返す。

 

「大丈夫だよ。ライライこそ怪我してない?」

 

「一回かすり傷を負った程度よ。大事はないわ」

 

 そう言って脇腹に刻まれた小さな衣服の切れ目を見せつけるライライは、両手に一対の双刀を握っていた。ボクと同様、敵から奪い取ったものだ。

 

 その刃は、血の赤で濡れていた。

 

「あ……」

 

 それを見て、ボクは思わず驚きで喉を鳴らした。あの血のしたたる量からして、彼女も敵を斬り殺したのだろう。

 

 周囲の敵が減っていたこともあって、戦いで引き締まっていた意識が少し緩んでいた。

 

 周りでは、今なお斬り合いが行われていた。

 

 敵が斬られ、味方が斬られ、流れる血の色は同じ。

 

 そう、同じ赤い血なのだ。敵も味方も。

 

 ——ボクらは今、なんと虚しい事をやっているのだろう。

 

 同じ人間同士が、互いの血を流し合っている。

 

 あれだけ美味しそうな食べ物の匂いがしていた通りなのに、今は血と埃の匂いしかしない。

 

 笑い合うのではなく、殺し合っている。それが当たり前な場所こそ、この「戦場」なのだ。

 

 ボクの持つ槍もまた、さっき刺した敵の血で潤っている。人間の脂でギラギラ光っている。

 

 なんでこんなところにいるんだろうか。

 

 ボクが武法を学んだのは、こんな無意味な殺戮に手を染めるためなのか。

 

 こんなことのためにボクは——

 

「危ない!」 

 

 ライライの切羽詰まった一声が耳を突いた一瞬後、赤い水滴がボクの頰に数滴かかった。

 

 その血の雫が飛んできた方向へ目を向けると、ライライの双刀の片方が腹に突き刺さった黒服が立っていた。黒服は己の敗北が信じられぬとばかりに刺さった刀を数秒凝視してから、ゆっくりと空を仰ぎ見て倒れた。

 

 ライライの顔が視界の端から目の前に入ってきたと思った次の瞬間、突然左頬に平たい痛みが走った。

 

 刀を持ってない右手から、したたかに平手打ちを食らったからだ。

 

「しっかりなさい、シンスイ! まだ戦は終わってないわ! 死にたいの!?」

 

 キッと睨みながら発せられた喝も含め、ボクは一気に目が覚めた気分になった。

 

「分かるわ。よぉぉぉく分かる! あなたの気持ち! でもね、今は割り切らなきゃいけない時なの! もし私たちが戦わなかったら、無意味な死人がもっと増える! 一番最初に義勇兵として名乗り出たあなたが、それを分からないでどうするの!?」 

 

「ライライ……」

 

「シンスイ、「殺す」ためじゃないの。「守る」ためなの。そう思いなさい。分かった?」

 

 殺すための戦いではなく、守るための戦いだ。そう言いたいのだろう。

 

 うん……そうだ。その通りだ。

 

 完全に目が覚めた。

 

 確かに、人を殺すことに対して不快感は消せないけど、今はそれにとらわれてばかりいてはダメだ。とらわれたら、その時点でボクは死ぬ。他の人も死ぬ。

 

 大きく息を吸い、吐く。気持ちが落ち着くのを感じ取ってから、

 

「ごめん。それと……ありがと。もうだいじょぶだから」

 

「そう……良かった」

 

「うん。ほんと、ありがと」

 

 ボクとライライの後ろから、それぞれ一人ずつ敵の殺気が迫ってくる。

 

 瞬間、ボクらは弾けるように離れ、それぞれ襲いかかってきた敵を倒した。

 

 それから、今まさに無抵抗なおじいさんを斬ろうとしていた黒服めがけて槍を投げつけ、脇腹から脇腹にかけて串刺しにする。電光石火の勢いで近づいて槍をサッと引き抜いてから、おじいさんの手を引いて避難民と食料品の集まる中央広場に誘導した。臨時の避難場所だ。【尚武冠】に群がっているらしい軍勢をある程度減らし次第、避難民を誘導する予定となっている。

 

 そうだ。そうじゃないか。ボクらは弱い人を助けるために戦っているのだ。

 

 そう考えると、己の行動に多少の正義感が生まれた。

 

 あとあとになって人を殺したことへの自己嫌悪に悩まされるかもしれないが、せめて今だけは自分の行いに大義を持たせよう。

 

 ボクは槍をしっかり握りしめて、血と殺戮ばかりの地獄へと一直線に駆け出した。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 紅梢美(ホン・シャオメイ)は、敵から奪った双手帯(そうしゅたい)——刀身半分、柄半分という比率の、全長約140厘米(りんまい)の長刀——を片手に、帝都南東の裏通りを駆け回っていた。

 

 表通りに比べて、この裏通りはやや影が差して薄暗い。よく目を凝らして周囲を見なければ黒服や非戦闘員を見つけられない。

 

 シャオメイの行く手を遮るかのように、脇道から全身黒服の男が飛び出した。こちらへ狙いを定めた瞬間、周囲より速い時間の流れにいるかのような異質な速さで近寄り、剣突を仕掛けてきた。

 

 しかしシャオメイは黒服が走ろうという姿勢を見せた時点で空中へ跳ね、その剣の射程外に逃れていた。己の体重を己の足で蹴っ飛ばし、突発的に上へと跳ね上がったのだ。【飛陽脚(ひようきゃく)】という技術だ。

 

 下向きに自分の体重を再度跳ねさせ、俊敏に着地。そこからすかさず手にある双手帯で後ろを薙ぎ払い、黒服の首をはね飛ばした。

 

 切断面から鮮血が吹き出すのも待たず、シャオメイは再度走り出した。

 

 相手と距離が大きく離れている時点で機先を制するべし——この黒服と戦う時の心得だ。

 

 この連中の使う武法が、すでに失伝したはずの【琳泉把】であるという事実も驚きだが、その【琳泉把】の具体的な能力と、その対処法をシンスイが知っていたという点にはもっと驚いた。

 

 あの娘は何故、それを知っているのだろう? 彼女が武法を好むことはすでに知っているが、それにしたって限度があるはずだ。まして、国家がずっとひた隠しにしていた【琳泉把】である。

 

 だが、今はそういったことは些事と捨て置くことにする。考えだしたら、疑惑の渦に呑まれるだけだろうから。

 

 それと、【琳泉把】はどういうわけか、敵から「盗む」ことが出来ない。おそらく、体術を学ぶだけでは不十分だからだ。この技は何年か練習を積まないと、本来の力を発揮できないのだろう。そういった技は、さすがの自分でも模倣は不可能だった。

 

 そうやって裏通りを散策していると、

 

「うああああ! た、助けてくれぇぇぇ!!」

 

 恐怖の絶叫を上げながら、曲がり角から一人の男が飛び出してきた。

 

 シャオメイはその男の姿勢を見て、武法士でない非戦闘員だと判断。

 

「おい、こっちに」

 

 来い、という言葉が続くことはなかった。

 

 その男の後ろに、ヌゥッと巨大な人影が現れるのを見つけたからだ。

 

 その人影は、太い腕を外から内へ振りぬいた。男の首から上が消失。

 

 断面から噴出し、赤い雨となる血。

 

 やられた男の頭部は民家の壁を跳ね返って、石畳に転がった。人影に殴られたであろう片頬の肉はごっそりと削げ、頬骨が見えていた。巨大な熊にでも殴られない限り、こんな酷い傷はできないだろう。

 

 シャオメイはかんばせを引き締め、その人影を凝視した。

 

 (くも)()く巨漢だった。手足は骨太で、鋼の棒を思わせる。角刈りの頭の下にある精悍な顔つきには、見るからに獰猛な戦意が浮かんでいた。目が常に炯炯と光っている様子から、常に餌に餓えた虎を思わせる。

 

 だが、そんな容貌の情報などささいなことだ。

 

 問題は、その男が——正規兵の衣装(・・・・・・)を身につけているという事実だった。

 

「やはり戦えぬ者を殺すのは張り合いが無くてつまらぬ。殺すならやはり武法士の方が……ん?」

 

 その巨漢の国軍兵はこちらに気づくと、その顔に浮かぶ戦意をさらに濃いものにした。

 

「ほう……女、にしてはなかなかの功力を持っているなぁ、小娘」

 

「……貴様こそ、その体たらくはなんだ? 何ゆえ国軍兵の格好をした者が庶民を襲っている? 国軍とは貴様のような気違いの巣窟だったのか?」

 

「誤解だ。国軍は気違いなどではない——腰抜けの集まりだ」

 

 正規兵なのに、国軍を平気で腐す発言。

 

 さっきの殺人行為も含めて、シャオメイはこの男が国軍の中に生まれた裏切り者であると推測した。

 

「申し遅れたな。俺は秦刺鑫(チン・ラーシン)。煌国帝都常駐軍第三番隊隊長……いや、”元”隊長か」

 

 その名には、聞き覚えがあった。

 

 シャオメイは、シンスイと戦った時と同等の緊張感を内に生み、静かに言った。

 

「……貴様があの『猛虎将(もうこしょう)』か」

 

「ほう? 俺を知っているのか」

 

「ふん、知っているさ。純粋な武法の腕前ならば国軍屈指とうたわれる使い手だが、思想面に難があり過ぎて、左将軍から部隊長に成り下がったという、良くも悪くも伝説的な男ではないか」

 

 シャオメイはラーシンを強い眼光で睨みつつ、侮蔑の口調で、

 

「確か貴様の主張はこうだったと記憶している——「弱者は強者の家畜である」」

 

「そうだ。同時に、この世の真理でもある」

 

「狂った思想だ」

 

 ラーシンはフンと鼻を鳴らす。

 

「どうやらお前も、あの腰抜け今上(きんじょう)と同類のようだな」

 

「帝都常駐軍を行動不能にしたのも貴様だな、『猛虎将』」

 

「そうだとも。成り下がってもなお、俺の地位は軍内部でそれなりに高い方だ。普通の兵士よりも入れる場所は多い。その権限を利用して兵舎のいたるところで『通雷塔(つうらいとう)』を焚き、兵どもをでくの坊に変えてやったのよ」

 

「……(せん)無い事とは思うが、一応理由を尋ねておこうか」

 

 内から沸き立つ怒りを抑え込みながら、シャオメイはそう訊いた。

 

「存分に、武を振るえる世界を作るため」

 

 ラーシンは青空を仰ぎ見ながら、熱に浮かされたような口調で言った。

 

「先代皇帝『獅子皇』……あの御方は稀に見る名君であった。我が国の力を存分に発揮し、血の海と死体の山を国土各地で築き上げた。圧巻であったぞ……幼き俺が目にした戦場は、愛も、友情も、金も、何一つ意味をなさぬ! あるのは「力」という絶対不変の価値のみ! 何一つ飾らぬ、獣としての純粋な人の姿がそこにはあったのだよ! 名家の生まれというだけで、親類のご機嫌伺いばかりをしてきた当時の俺にとって、その地獄は天国に見えた! 以来、俺は親兄弟と縁を切り、武法の修練にのみ明け暮れた。成人して軍に入り、一兵卒から将の地位まで駆け上がったのだ。全ては、あの戦場(てんごく)に少しでも長くいるためにな!」

 

 だが! と力強く区切ってから、ラーシンは続けた。

 

「今の皇帝の治政はどうであろうか? 精強なる我が軍を積極的に使おうとはせず、それどころか軍縮し、国内での銭勘定ばかりに熱を出している体たらく。他国へ攻め入って版図を拡大すべきだという俺の意見にも耳を貸さず、降格した。このような軟弱な国など、俺がいる価値はない。そんな時、俺はある男に出会った」

 

「ある男、だと?」

 

琳弓宝(リン・ゴンバオ)と名乗ったその男は、俺にこう持ちかけた。

 「共に国盗りをしないか」と!

 「国を盗った暁には、お前を軍部の頂点に召し抱え、存分に暴れさせてやる」と!

 俺はそれに乗った! 力を持つくせにそれを使う度胸もない腰の抜けた国など叩き潰し、新たに強国を作り、近隣国に覇を示してやろうと思ったのだ!」

 

 高らかに力強くそう発したラーシンに、シャオメイは強い憤りと、そして憐れみを覚えた。

 

 度重なる征伐がもたらした財政難だけではない。

 

 この男もまた、『獅子皇』が遺した負の遺産の一つ。

 

「……もはや貴様は国軍兵でもなければ、武人ですらない。ただの下劣な国賊(こくぞく)だ」

 

 シャオメイは双手帯の尖端を国賊に向け、言い放った。

 

「法が沙汰を下すまでもない。——【太極炮捶(たいきょくほうすい)】宗家次期当主、この紅梢美(ホン・シャオメイ)が、貴様をこの場で処刑してやる。今すぐ遺言を言っておけ」

 


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