一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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笑声

 遊撃班と防衛班が、市井で奮戦しているその頃——

 

 

 

「こんな場所があったとはのー……」

 

 末妹ルーチンの感心したような声が、やまびこのように反響した。

 

 皇族と、それを護る八人の宮廷護衛官が歩いているのは、石造りの一本道だった。

 

 一番背丈のある護衛隊隊長ジンクンの頭が擦れそうになるくらい低い天井。両端の壁は規則正しくレンガが張られており、その壁に等間隔で設置された【鴛鴦石(えんおうせき)】が通路をほんのり照らしていた。

 

 皇族の長兄ティエンチャオは反響しすぎない程度の小声で、

 

「僕も、話には聞いていたが……こうして入るのは初めてだよ」

 

「お前だけではないぞティエンチャオ。余も、父上も、そのまた父上も、ここを通った事はない。使う必要が無いほど、平和であったがゆえな」

 

 父でもある皇帝が、こちらの一言に言葉を返す。

 

 どの声も、今通っている一本道の中を波及し、声量以上の大きさで響き渡る。

 

 各々の息遣いさえ、よく聞こえる。

 

 皇帝、ティエンチャオ、ルーチンの皇族三人。それらを前後から挟んで守りながら歩く宮廷護衛官八人。

 

 ここは、【煕禁城(ききんじょう)】地下に広がる、避難用の地下道だ。

 

 『混元宮(こんげんぐう)』にある謁見の間。その中にある「仕掛け」を所定の手順で作動させると、玉座の位置がひとりでに横へずれ、地下に続く階段が現れる。そこを降りてまっすぐ進み、今この場所に来ていた。

 

 あと少しすれば、かなり開けた空間に差し掛かるそうだ。そこが、皇族専用の避難場となっている。地下室らしくジメジメした陰気な場所だが、一応生活に必要な最低限のモノは揃っているらしい。

 

 出口は【煕禁城】の外にいくつかあるが、その場所を知る者は皇族と護衛官を除いてほとんどいない。

 

 ちなみに壁で光を発している【鴛鴦石】は、入り口付近にある石材を奥まで押し込むと「仕掛け」が作動し、「雄石」と「雌石」が接するようになっている。……その仕組みは、この地下室を設計した昔の職人にしか分からないだろう。

 

 【尚武冠】に妹のチュエを残して、皇族と護衛官らは身分を悟られぬように変装し、【煕禁城】へとやってきた。そこからすぐに変装を脱ぎ捨てて、謁見の間からこの地下道へと入ったのだ。……その道中、一度も敵の襲撃に遭わなかったのは幸運という他ない。

 

「皆様には、危険な思いをさせてしまい、申し開きのしようもございません。この老骨めの愚考に乗っていただくというご英断、感謝いたします」

 

 先頭を歩く宮廷護衛隊隊長、郭金昆(グォ・ジンクン)が、背中を見せながら済まなそうに言ってきた。

 

 ティエンチャオはかぶりを振る。

 

「いや、道中一度も襲われなかったから、危険な目にはあっていないよ」

 

 そう、ここへ来るまで、皇族一行は市井で暴れまわる黒服から攻撃を受けることがなかったのだ。

 

「もったいなきお言葉。ともかく、これでひとまずは安心と言えましょう」

 

「ああ……しかし、チュエや、他の民たちが心配だよ」

 

「心中はお察ししますが、今はどうかお忍びください。皇族(あなたがた)は国の旗印。旗印を失くした国は国にあらず。貴方がたさえ御無事ならば、国は立て直しが効くのです」

 

「そう……だね。そうかも、しれないね」

 

 それを聞いたティエンチャオは、無理矢理に微笑んだ。

 

 しばらく無言で歩き続ける一同。各自の足音と息遣いだけが、地下道に反響していた。

 

「あ、広い場所じゃ!」

 

 不意に、ルーチンが前を指差す。

 

 一本道の先に、広間があるのが見えた。

 

 出てみると、かなり広く、さらにひときわ明るい場所であることが分かった。

 天井には、いくつもの『鴛鴦石』が等間隔で輝いており、これでもかというくらい光を振りまいていた。壁面にはいくつか扉がある。あのいずれかが食糧庫だったり、厠だったり、寝所だったりするのだろう。

 

 一足早く広間の中へ達したジンクンが、ことさら明るい口調で言った。

 

「さ、ここが皆さまのしばらく過ごす場所でございます。陰気な場所ではありますが、当面の食料の保存はございますので、何卒ご容赦を」

 

「うえぇっ、食料ってなんじゃ? ここは百年以上も人が立ち入っておらぬのじゃろう? 保存しておいた食料なんぞとっくの昔に腐っておるじゃろう」

 

「きっと日持ちする酒類や『仙果(シェングォ)』だよルーチン。特殊な防腐処理を施した乾果で、千年経っても食べられる代物さ。まぁ、保存性重視だから、味は保証できないけれど」

 

「肉はないのかぇ、兄上ぇ?」

 

「無いよ。我慢なさい」

 

 ひどくしおれた表情のルーチンを、ティエンチャオは撫でてごまかす。

 

 全員が広間に入り終える。

 

 すると、いつのまにか壁際に寄っていたジンクンが、石材の一部をガコッと奥まで押し込んだ。

 

 ガラララッ、ガシャーンッ!! という耳に痛い金属音が、広間の両端から聞こえてきた。

 

 見ると、さっき入ってきた一本道を、鉄格子が遮っていた。太く、密度がある格子であるため、並の武法士では破るのにかなりの時間を要するであろう代物に見えた。

 

「こうしておけば、賊が入って来たとしても、やすやすと侵入を許すことはありませぬよ」

 

 ジンクンは気さくにこちらへ笑いかけながら、そう安心を説いた。

 

 それに対し、ティエンチャオは安心感を覚えるとともに、なんだか薄ら寒いものも感じた。

 

 自分たち皇族でさえよく知らないこの避難場所のカラクリ仕掛けを、この護衛官はまるで自分の家のように熟知している。

 

 こちら側の知らぬ点で生殺与奪権を握られていることが、なんだか怖かったのだ。

 

 だがそれは、(まつりごと)という名の腹の探り合いを生業とする皇族の思考がもたらす、悪癖であるとすぐに自覚する。地下室の仕掛けをよく知っている? むしろそれは褒めるべき点ではないか。護衛官という仕事をする上で大切な心がけだ。護衛官の鏡と呼びこそすれ、なにゆえ恐れることがあろう。

 

 そのジンクンは、広間の中央に移動すると、鋭く呼びかけた。

 

「集合っ!」

 

 途端、残った七人の護衛官が一斉にきびきび動き出し、隊長たるジンクンの前で綺麗に整列した。

 

 あそこにいるのはいずれも、手練れ揃いな護衛官の中でもさらに選りすぐりな精鋭達である。その中には、我が妹チュエの師でもある裴立恩(ペイ・リーエン)の顔もある。

 

「これより、貴官らにここでの任務を伝える。国家の一大事ゆえ、一言一句すべて聞き取るように。この国の存亡は、貴官らの双肩にかかっていると言っても過言では無い」

 

 護衛官らが、表情に隠しきれぬ緊張感を持つ。全員年季が入った精鋭であるはずだが、事態が事態ゆえ、新人のようなこわばりを見せていた。

 

 そんな部下らに対し、ジンクンは平坦な口調で言い放った。

 

 

 

 

 

「————この場で全員(・・・・・・)死んで欲しい(・・・・・・)

 

 

 

 

 ジンクンの姿が、霞のごとく消失。

 

 護衛官らの首から、血しぶきが華のごとく舞散った。

 

 消えたジンクンが、護衛官の整列の後方に再び姿を現した。

 

 致命的な部位から血を流し、事切れて倒れゆく護衛官。その音が連鎖する。

 

「…………何をっ」

 

 ただ一人、剣で首元を防御していたおかげで無事だったのであろうリーエンが、血のしたたるジンクンの直剣を信じがたい目で見てから、今度はその持ち主の顔を困惑混じりの睨み目で見据えた。

 

「何を……しているのですかっ!!」

 

 常に冷静な彼が滅多に出さない、焦ったような声色。

 

 ジンクンはそれをさらりと無視し、剣で血振るいをした。石質の床に円弧状の血痕が描かれる。

 

 護衛官の血で。

 

 ——それらを一部始終目に映していたティエンチャオは、十秒ほど経った今なお、今の光景の意味が分からずにいた。

 

 が、意味は分からずとも、何が起こったのかは分かる。

 

 ジンクンが、己の部下を斬った。血を流して死んだ護衛官と、抜身のジンクンの剣から流れた血。明白であった。

 

 だが、それを認識はできても、心中に受け入れることができない。まるで、怪物に追いかけられるといったような、非現実的悪夢を見せられている気分だった。

 

 だって、そうではないか。あれだけ皇族の警護という任務に身を捧げて尽くしてくれた、あのジンクンである。ティエンチャオだけでなく、皇族はみな彼に好意を持っていた。

 

 そんな好人物が、任務に反するどころか、国家に反するような行いをしたという事実が、信じられなかった。

 

「クククッ…………クハ————ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 だがジンクンは、そんな自分の考えをあざ笑うがごとく、高らかに哄笑した。

 

「そうだ、その顔だ。「ジンクンがこのような真似をするわけがない」「何かの間違いだ」「悪い夢を見ているんだ」……そんな声が言わずとも聞こえてきそうな顔だ。その顔を見るためだけに、我輩は今まで糞尿を飲み干す気分で貴様ら金蝿(きんばえ)に服従していたのかも知れぬなぁ? ハハハッ、ハハハハ、ハ————ハハハハハハハハハハハハ」

 

 心の底から愉快であるというような笑い声を、今なお止めぬジンクン。

 

 その笑声は、今の光景が夢ではないことを認識させてくれた。

 

「い…………いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 眼前に突如として訪れた凄惨な光景に耐えきれなかったのか、ルーチンが絹を裂くような悲鳴を上げた。

 

 リーエンが一瞬で近寄り、あと一歩で狂気の領域に足を踏み入れてしまいそうだった妹の口に布を当てた。なんらかの薬を嗅がせたのか、ルーチンはすとんと落っこちるように気を失った。

 

 ありがとう、というティエンチャオの発言を待たず、リーエンは凶行におよんだ上官へ目を向けた。

 

「……なぜです」

 

 自分と父が思っているであろう疑問を、リーエンが代弁した。

 

「貴方は……貴方の職務は何なのですか!? 皇族の方々をあまねく凶刃から護る剣や盾となれ——若輩者だった私にそう教えてくださったのは、貴方だったはずだ! だというのに……なぜその「守る剣」に、仲間の血を滴らせているのですか!! 答えなさいっ!!」

 

 尊敬していた上官の凶行に対し、一番狼狽しているのは彼かもしれない。

 

 ジンクンは噛み殺した笑い声をもらした。

 

「そうであったなぁ。確かにお前にはそう教えたとも。が……それは職務の内容を教えただけの話である。我輩の心は一瞬たりとも、そこの金蝿どもに忠誠を誓った覚えなどないわ」

 

「……であるのならば、何故、身を挺して余を刃から守ってくれたというのだ?」

 

 皇帝が落ち着いた口調でそう尋ねた。表情も一見すると普段通りだが、唇が逐一かすかに震えているのを、ティエンチャオは見逃さなかった。

 

 ジンクンは一笑し、

 

「ああ、我輩が隊長になったきっかけとなった、あの事件であるか。……あれは我輩の自作自演だ。我輩が【琳泉把(りんせんは)】を教えておいた手下に刺客を演じさせ、貴様を襲わせ、その刃に我輩が急所を外してワザと刺さったのだ。貴様の同情と信頼を得るべく、わざわざ【磁系鉄(じけいてつ)】の刃物まで用意し、硬気功を使わずに受けるための説得力も出したのである。……全ては貴様の信頼を手に入れ、この復讐計画を怪しまれずに進めるためにやったこと」

 

 ——【琳泉把】を教えた。

 

 ——この復讐計画。

 

 これらの文脈から、ティエンチャオはようやくこの騒動の輪郭が見えた。

 

 にもかかわらず、身を揺るがす驚愕が消えることはなかった。

 

「まさか、君は『琳泉郷(りんせんごう)』の……」

 

「生き残りである。ただ一人の、な」

 

 かすかに震えを帯びたティエンチャオの発言を、ジンクンはあっさりと肯定した。

 

郭金昆(グォ・ジンクン)とは仮の名。我輩の真名は——琳弓宝(リン・ゴンバオ)。察しの通り、『獅子皇』によって滅ぼされた『琳泉郷』の生き残りにして、今回の騒動の首謀者だ」

 

 その目的は、もう分かっている。ティエンチャオはそれを口に出した。

 

「ジンクン……いや、ゴンバオ。君の目的は……同胞たちの復讐だね」

 

「愚問であるッ!!」

 

 途端、皮肉げな冷静さを保っていたゴンバオが、突如として爆発した。

 

「貴様らに仕えるというこの上ない屈辱を甘んじて受け入れたのも、全ては同胞の仇を討つため!! 今上(きんじょう)よ、貴様の愚父が差し向けた(イヌ)どもによって、我が同胞は不当に傷つけられ、弄ばれ、そして皆殺しにされた!! 子供だからとかくまわれた我輩は、その幼き瞳にその惨劇を映した!! 玉座や温室でふんぞり返っているだけの貴様ら皇族に、その戦場の悲惨さ、それを目の当たりにした我輩の心境を、欠片も想像できるものかぁっ!!!」

 

 そう怒声で言い募るゴンバオの眼差しは、底光りする熾火(おきび)を連想させた。暗い闇の奥底で尽きることなく燃え続ける、憎悪と瞋恚(しんい)の火。

 

 ぞくり、と背筋が寒くなる。

 

 自分たちは皇族。この煌国の最高権力にして、太陽たる存在。今まで、跪き、敬われ、へつらわれた経験しか無かった。

 

 ゆえに、こうして、強く純粋な憎しみを直接ぶつけられるのは初めてだった。

 

 こうも恐ろしいものなのか、人の憎しみというものは。

 

「我輩はその日から、己が人生を貴様らへの報復のために使うと誓った!! それが、無念に散っていった同胞たちへの手向けになると思ったからだ!! 以来、我輩は手を尽くした!! 名を変え出自を偽ることも! 【盗武】で武法を盗んで鍛え上げて護衛官入りを果たすことも! そのかたわら、娘の墓参りと偽って、朝廷や世の中に不満を持つ人間に【琳泉把】を教えることも! 煌国各地で資金を作ることも! 軍内部に協力者を作ることも! なんだってやった!! 貴様らを絶望させ、無惨な死体に変えるためならば、我輩はどんなことだってできたのだ!!」

 

 語られた彼の人生は、復讐心に満ち溢れたものだった。

 

「……賊どもの使う武法は、【琳泉把】だったというわけだ。どうりで、武官の手に負えぬはずだ」

 

「その通りだ今上。もっとも、表の連中に教えた【琳泉把】は劣化版で、あれ以上強くなることはまず無いと言っていい。報復のためとはいえ、尊き【琳泉把】の真伝を、あのような連中に教えたくはなかったからな。……だが、貴様らの軟弱な武官どもを叩き潰す程度、劣化版で事足りる」

 

「だが、そなたは目標を見誤っている。狙うべきは我らであって、民に罪は無いはずだ」

 

「貴様ら金蝿をあがめている時点で、あの愚民どももまた我輩の敵よ。どうなろうが知ったことか。それに——」

 

 ゴンバオは剣尖を水平に突き出し、自分たち三人の顔をなぞるように動かした。

 

「貴様らをここへ呼んだのは、ただ殺すためだけではない。誇りも、尊厳も、何もかも削ぎ落とし、それから殺す。それだけは、他の者に譲りたくなかった。……まずは身動き出来ぬよう貴様らの四肢を切り落とす。それから【尚武冠】にいる第一皇女も捕らえ、手足を切り落としてやる。それから貴様と皇帝は残った肉を少しずつ獣に食わせ、第一、第二皇女は心が死ぬまで男どもの慰み者にしてやる。絶望の叫びを腹一杯堪能した後、貴様らをあの世へ解放してやろうではないか」

 

 ルーチンを寝かせておいて本当に良かったと思った。

 

 皇帝は、重いものを引きずるような声を発した。

 

「……仮に我々を殺したとして、それからそなたはどうしたい? 煌国の旗を引きずり降ろし、新しい旗でも掲げたいのか?」

 

「まさか。我輩に血生臭い玉座など不要。我輩は、ただ、貴様らを苦しめた上で殺し、同胞の無念を晴らしたいだけなのだ。後は野となれ山となれだ」

 

「勝手なことを言うでない! 我々の首を取れば、大変なことになるぞ! 皇族という旗印を失えば、国内にいる有力者たちが分裂し、二百年前のような戦乱の時代になってしまう!! そなたのやろうとしている復讐は、大勢の無辜の民を危険にさらし、世を退廃させる愚行だとなぜ分からぬ!?」

 

「散々その無辜の民とやらをいたぶり尽くしておいて、今さら賢君面(けんくんづら)をするんじゃあないっ!!!」

 

 皇帝の怒号を、それ以上の声量で一蹴するゴンバオ。

 

「もういい。ゴタクはここまでだ。貴様らの四肢を切り飛ばしてやる」

 

「……やはり、引き下がってはくれぬのか」

 

「くどいぞ今上! 今更どうして引き返せようか!!」

 

「そうか……」

 

 皇帝は目を閉じた。それは、落胆しているようにも見えれば、気持ちを落ち着けているようにも見える。

 

「確かに、そなたには我々を殺す権利があろう。我が父『獅子皇』が、そなたと、その同胞らに与えた苦しみを考えれば、当然のこと」

 

 だが! と力強く区切りをつけ、父は言った。

 

「それでもこの国の平和のため、この首、やすやすとくれてやる訳にはいかぬ。——裴立恩(ペイ・リーエン)!!」

 

「はっ」

 

「今日より、そなたに宮廷護衛隊隊長の任を与える!! その剣を抜き、逆賊ゴンバオをこの場で処刑せよ!!」

 

「……御意」

 

 頷くリーエン。剣をおもむろに抜き、構えた。

 

 だが、彼の返事には、どこか覇気が欠けていた。

 

 もっともだと思う。

 

 なにせ、自分が尊敬していた人物を斬らねばならないのだから。

 

 最高の護衛官だと心酔していた上官が、最悪の逆賊だった——その事実を突きつけられた今の彼の心境たるや、いかほどのものか。

 

 リーエンを見たゴンバオは、その復讐心に満ちていた表情を、かすかに緩めた。

 

「——なんて顔をしている、リーエン。その情けない姿が、王を守る者の姿であるか」

 

「……隊長、私は」

 

「黙れ。我輩はもう隊長ではない。ただの朝敵だ。そしてリーエン、その朝敵に対してどうあるべきかを、我輩はさんざんお前に教えたはずであるぞ。それが出来ぬなら早々に殺してやる。そうなれば、この国の未来もそこまでだ」

 

 リーエンはしばし動かなかった。

 

 だが、やがて意を決したように鋭く息を吸い込み、芯の通った構えを見せた。

 

「……そうだ、それでいい」

 

 ゴンバオもまた構えを深く取った。

 

「隊長、今まで、ご指導ありがとうございました。そして……これでお別れです」

 

 リーエンは決意に満ちた口調で、鋭く言い放った。

 

「——琳弓宝(リン・ゴンバオ)、朝廷に刃を向ける逆賊として、貴方をこの場で断罪します」

 

 悲しい一騎打ちが、始まった。


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