一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜 作:葉振藩
フェイリンが断崖絶壁から落下した後、ボクはその事をすぐさま宮廷に報告しに行った。
宮廷側はうなずくと、酷く残念そうな反応を見せた。『琳泉郷』の主犯格に逃げられたのが残念なのだろう。これで、重要な手がかりがあの世へ消えてしまった。
だが一方で、これで【琳泉把(りんせんは)】の真伝を知る人物がまた減り、再び反乱に悪用されるリスクは少なくなったと言える。今や【琳泉把】の真伝を知るのは、この世でボク一人ということになった。
さらにボクは次の日、ライライやミーフォンに会いに行った。
恐怖が消え、心が蘇った旨を伝えた。
ライライは目に少し涙を溜めて微笑み、ミーフォンは大泣きしながら抱きついてきた。
そんな二人の反応を見て、ずいぶんと心配をかけてしまっていたのだと実感した。
だけど、そんなボクのことを諦め、待ち続けていてくれた二人に、強い感謝の念を抱いた。
しかし、喜んでばかりもいられない。
なぜなら、延期された【黄龍賽(こうりゅうさい)】決勝戦まで、残り一ヶ月を切っていたのだ。
おまけにボクは、二ヶ月間の武法のブランクがある。それを残りの一ヶ月で取り戻さなければならない。
早速、ボクは修行を開始した。
やはりというべきか、練習をサボってきた影響で、勁撃の体術を行う上で数ヶ所ほど硬くなっている部分があった。そういえばフェイリンは、【打雷把(だらいは)】の一撃を二度くらってもなお戦えた。きっと、威力が落ちていたんだと思う。
まずは全身の凝り固まった部位をほぐし、勁撃の体術を滑らかに行えるようにしなければならなかった。
それからは、対人訓練だ。
ぶっちゃけ、師匠が亡くなってからは、ずっと一人稽古中心だったため、これは以前も今も変わらなかったりする。
だが、相手はあのスイルンだ。打てる手は出来るだけ打っておきたい。
そういうわけで、ライライやミーフォンに協力をあおいだ。
ミーフォン経由で、シャオメイにも協力を求められた。
ライライ経由で、トゥーフェイと、皇……センランにも協力を求められた。
なんと、五人も集まってくれた。まさしくご馳走攻めであった。
それからというもの、ボクの猛特訓が始まった。目標は、ブランクの解消、および多才な戦法に順応できる能力の向上。
前者の練習は早朝と夜に、後者の練習は昼間に行った。
前者はいい感じに進んだが、後者がかなり大変だった。なぜなら、強敵五人と同時に対人練習をするからだ。いわば五対一。かなり手こずった。
だけど、あきらめずに、少しでも技や戦いが向上するように努力した。
思えば、あまり休んでいなかったかもしれない。
でも、不思議と苦痛はなかった。
そんな風に、残りの一ヶ月を費やしていった。
やがて……運命の時が訪れた。
◆◆◆◆◆◆
「さぁっ!! とうとうこの時がやってまいりました!! 長かった【黄龍賽】も、いよいよ今日で最後となります!!」
特殊な発声法で増幅された司会役の声が、【尚武冠(しょうぶかん)】の闘技場と、それを囲うすり鉢状の観客席に高らかに轟いた。
会場全体が、花火のように沸き立った。
「思わぬ事態が起きてしまったために、この日は三ヶ月も伸びてしまいましたが、その時間もすでに過去のもの! 今、ようやく訪れたこの瞬間を、皆で喜ぼうではありませんか!!」
さらに会場が沸き立つ。
「では、始めましょう……【黄龍賽】本戦、決勝戦を!!」
どぉっ!! と歓声が爆発した。
「思えば、今年の【黄龍賽】は強豪ぞろいでした!! 特に、今年も楽々優勝かと思われた【天下無踪(てんかむそう)】姫兎飛(ジー・トゥーフェイ)選手が敗れた光景には、誰もが目を奪われたことでしょう!! そんな凄まじい今年の【黄龍賽】の頂点を争うのは……このお二人っっ!!」
闘技場の真ん中に立つのは、ボクと、劉随冷(リウ・スイルン)。
その二人に向かって、割れんばかりの大喝采。
「大丈夫?」
不意に、スイルンが訪ねてきた。
「どういう意味?」
「二つの意味がある。一つは帝都での争乱時に負った怪我の心配。もう一つは、心の心配。あなたの心に恐怖が宿ったと、あなたの父君から聞いたから」
「……喜んでいたんだろ、あのおっさん」
「是(ぜ)でもあり、否(いな)でもある。確かにあなたが武法から離れるかもしれない状況に喜んでこそいたが、同時に心配もしている様子だった」
ボクは耳を疑った。
父様が、心配していただって?
「冗談だろう?」
「わたしから見たら、という言葉付き。信じる信じないはあなたの自由だ」
スイルンはおもむろに、抱拳礼を作った。左拳を右手で包む、真剣勝負の意思を表す形。
「けれどわたしは、今あなたがこうやって目の前に立っている事実を、とても好ましく思っている。わたしは、【雷帝】の弟子であるあなたを公衆の面前で倒し、【道王山(どうおうさん)】の力を示す」
ボクもまた、同じような抱拳礼。
「ボクだって、負けるつもりはない。せっかく思い出した武法への想いを、二度と忘れないために」
——これが、最後の戦いだ。
勝利で幕を降す以外の結果はあり得ない。
この一戦で、ボクの中にある全てを出し切る。
「では、決勝戦————————開始ッ!!!」
最後の戦いの始まりを告げる銅鑼が、鳴り響いた。