一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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一撃公主

 

 決勝戦を終えた後、スイルンとボクは一緒に医務室へ運ばれた。

 

 とは言っても、怪我がひどいのはスイルンで、ボクはそれほどでもなかった。

 

 しかし、服が【雷公把(らいこうは)】の度重なる酷使によって燃え尽きてしまい、素っ裸の様相だった。

 

 布で体をくるんだまま医務室の寝台で座っていると、チュエ皇女殿下の使いであるという女官がやってきて、服を貸してくれた。

 

 これから表彰式だというので、予備っぽい簡素な服ではなく、とびっきり煌びやかな衣装だった。

 

 着方を女官さんに教わりながら、それを身につけた。やたらと窮屈でかさばるが、今は我慢しよう。

 

 そうして、表彰式へと向かおうとした時、医務室に飛び込んできた一人の男。

 

 李大雲(リー・ダイユン)。父様だった。

 

 その顔はなんだかやたらと必死そうで、額にも汗が浮かび、息も絶え絶えだった。

 

「父様……?」

 

 ボクは顔をしかめる。

 

 いったい何しにここまで来たのだろう。

 

 まさか、ボクの表彰を妨害するつもりか。

 

 ……いや、父様はダイヤモンドとタメはる位の石頭だが、そんなみっともないことはしない人だ。

 

 それ以外の理由を考えている間に、父様は急いた足取りでボクへ歩み寄って、両肩を掴んできた。

 

「何故だ……何故なんだシンスイ」

 

 父様の顔を見て、ボクは目を見開いた。

 

 その顔には、今までのような厳つい傲岸不遜さは見る影もなかった。

 

 まるで……許しを乞うような、追い詰められたような形相が濃く浮かんでいたのだ。

 

 ボクは唖然とすると同時に、何か引っかかるものを覚えた。

 

 父様がボクに部法をやめさせたがっていたのは、官吏になって欲しいからだ。

 

 だが、理由はそれだけなのか?

 

 ただ官吏にしたいという理由だけで、ここまで必死になるものなのか。

 

 何か、他に理由があるのではないのか?

 

 そう思っていた時、父様は嘆くような語気で二の句を継いだ。

 

 

 

「何故お前は——姉さんと同じ末路を歩もうとする?」

 

 

 

 姉、さん?

 

 その言葉に、ボクは思わず質問を返した。

 

「ま……待ってください父様! 父様は確か、一人っ子だったんじゃ……?」

 

 そうなのだ。

 

 父様に兄弟はいないのだ。一人っ子なのだ。

 

 じい様がそう言っていたし、父様もそれに何も言わなかった。

 

 そんな父様の口から、「姉さん」という言葉が出てきたことに、驚かずにはいられなかった。

 

 父様は重々しい表情でかぶりを振った。

 

「シンスイよ……私は以前言ったな。我が李(リー)一族は、三代にわたって全員が文官登用試験の合格者だと」

 

「……はい」

 

「だが……実は一人だけ「例外」がいたのだ。——それこそが、私の姉だった人だ」

 

 父様は、多少落ち着いた口調で語り始めた。

 

「姉は、私よりもずっと聡明で、活発な方だった。勉学に関しては私より才があり、よく勉強漬けだった私を外へ連れ出してくれ、いろいろな遊びを教えてくださった。幼かった私は、そんな姉を心底敬愛していた。そして何より——姉は大変に武法を好む方だった」

 

 武法、という単語に、ボクはピクリと反応した。この話がどういう流れになるのか、なんとなく分かったからだ。

 

「姉の登用試験合格はほぼ確実と言われていた。しかし姉は官になることは望まず、武法の道を歩むことを望んだ。当然、両親からは反対され、口論の末に姉は勘当。李一族には「存在しなかった者」として扱われた。……確かに李一族は全員、登用試験を通過している。勘当された姉を除いてな」

 

「父様……」

 

 つまり父様は、慕っていた姉とボクとがかぶって見えたのだ。

 

「だが、それだけならばまだ良かった。たとえ親子の縁が切れても、生きていればまたいつか会うことができる。だが私が官吏となってしばらく経った後に耳にした——姉の訃報(ふほう)を」

 

 父様は、悔やむような顔で、かすれた声で言った。

 

「姉は鏢士(ひょうし)として、盗賊どもとの戦いの末に刺殺されたのだと聞かされた。私は生きた心地がしなかった。仕事も手につかなかったほどだ。何度も悪夢と悲しみに苦悶し、何度も食った飯を吐いた。その状態から脱するまで、一年は費やした」

 

 今まで聞いたことのない、父様の辛い過去。

 

 ボクは父様という人間を、誤解していたのかもしれない。

 

 父様のことを、骨の髄まで鋼鉄で出来た鉄人か何かだとずっと思っていた気がする。

 

 だが今の話を聞いたことで、初めて父様に強い「人間臭さ」を覚えた。

 

 父様はボクの両肩を掴む力を強め、懇願するような表情で言った。

 

「なぁ、分かるかシンスイ? お前が歩もうとしているのは「そういう道」なのだ。いかに華々しい武勇伝が多くとも、その武勇伝の下には広大な屍山血河(しざんけつが)が広がっているのだ。お前もまた、そこに沈み果てるかもしれないのだ」

 

 ……父様。

 

「思えば、武法をメキメキと身につけていくお前の姿を見るのが、私はずっと怖かった。お前の顔つきや仕草、立ち方、筋肉のつき方が、日に日に姉さんに似てくるからだ。いつかお前も私のもとを離れ、どこか知らない場所で果ててしまうのではないか……その不安ばかりが募った。そして案の定、お前は姉さんと同じように「武法を愛している」と言い出した。そんなお前を、私は諦めさせたかった。安全で、安泰な道を歩ませたかった」

 

 初めて明かされる、父様の真意。

 

「いくらお前が強(チャン)老師の愛弟子であろうと、【黄龍賽(こうりゅうさい)】に優勝するなど無理だと思っていた。その国を挙げた大舞台で挫折し、己の矮小さを思い知れば、お前の考えも少しは変わると思っていたのだ。……だが、お前は破竹の勢いで勝ち進み、そしてとうとう優勝してしまった」

 

 傲慢な態度の裏にあった、父様の真意。

 

「今のお前は……悲しいくらいに姉さんそっくりなのだ」

 

 哀切な訴え。

 

「私は……姉さんに続き、お前まで失いたくないのだ」

 

 それらは、ボクの中にあった「傲慢な父様」像を打ち砕くには、十分すぎる破壊力を持っていた。

 

 ボクは……自分が恥ずかしくなった。

 

 せっかく生まれ変わった人生を無駄にしたくないと、ボクは我を通し、何度も父様に反抗してきた。「大嫌い」と罵りさえした。

 

 ちゃんと本音を言ってくれなかった父様にだって、一因はあると思う。

 

 でも、親が子供を心配しないわけがないのだ。そんな基本的なことをすっかり忘れていた。

 

 ボクには前世の記憶がある。

 前世にいた両親こそが「真の親」と考えているところがあった。

 この異世界でボクを産んだ両親を「血の繋がりがある他人」と考えているところがあった。

 

 だけど、いくら前世の記憶があるからといっても、この異世界における「李星穂(リー・シンスイ)」という人間は、この人が血を分けたからこそ存在しているのだ。そうである以上、この人もまたボクの父なのだ。

 

 ボクは、目の前にいる「もう一人の父親」の頭をそっと抱きしめた。

 

「父様……ううん——“お父さん”。ごめんなさい」

 

 この「ごめんなさい」には、二つの意味が含まれている。

 

「ボクは今まで、お父さんにずいぶんひどい事言ってた。今更だとは思いますが、そのことを謝らせてください」

 

 一つは、今まで邪険にしてきたことへの「ごめんなさい」。

 

「お父さんがボクの身を案じていてくれたこと、よく分かりました。ボク自身も、もうお父さんに心配させたくないって思っています。でも——やっぱりボクはこれから先も「武法士」でいたいです」

 

 もう一つは、さらなる心配をかけてしまうことへの「ごめんなさい」。

 

「今から言うことは、信じても信じなくても構いません。——ボクには、別の世界で生きた前世の記憶があるんです。前世のボクは今みたいに活発じゃなく、ずっと病気で寝込んでいるだけでした。だから、こうしてこの世界に、元気な体に生まれ変わることができて嬉しかった。さらに武法に出会えたことも幸せだった。だからボクは新しい人生を、この武法に捧げたいんです」

 

 側から見れば、「何言ってんだ」としか思われないようなことを口にしている。その自覚はある。

 

 ボク自身も、この秘密は墓場まで持っていくつもりだった。

 

 だけど、今、言わずにはいられなかった。

 

「もし、どうしても許していただけないのなら、ボクを勘当してくださっても構いません。親子の縁を切って赤の他人になってしまえば、お父さんはボクを心配しなくてよくなります。ボクが願いを叶えられて、お父さんが心を痛めずに済むのであれば、ボクは勘当でもいいです」

 

 お父さんは勢いよく顔を上げた。悲しむような、怒ったような表情。

 

「なんと残酷なことを言う!! お前に、姉さんと同じ仕打ちをしろと!? 姉さんを失って苦しんだ私に、それをさせようというのか!?」

 

「でしたら——どうかボクを信じて待っていてください」

 

 お父さんは目を大きく見開く。

 

「ボクは叔母(おば)様ではありません。だから、叔母様と同じ末路を歩むつもりはありませんし、歩むはずがありません。目の前にいるあなたの娘は、【黄龍賽】で優勝するほど強い女なんですから」

 

 しばらく呆然としていたお父さんだったが、

 

「…………好きにするといい。どのみち、お前は私との賭けに正々堂々勝ったのだからな」

 

 やがて諦めたような笑みを浮かべて、ため息めいた口調でそう口にした。

 

 どこか憑き物が落ちたような、スッとした笑みに見えた。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 正午の晴天の下で、表彰式はとり行われた。

 

 闘技場には、シンスイの最後の「一撃」が刻み込んだ深い傷跡が刻まれており、戦いの激しさを強く示唆していた。

 

 しかし、中央に立つ二人——【黄龍賽】優勝者であるシンスイと、現皇帝という二人の大人物の存在が周囲の大歓声を誘発し、荒れた闘技場に華々しい雰囲気を作っていた。

 

 皇帝の御前にて、こうべを垂れて片膝をついているシンスイ。その衣装は赤を基調とし、ところどころに金糸で優美な刺繍がなされている華美で高貴なものだった。

 

「面(おもて)を上げよ」

 

 シンスイは顔を上げる。ねぎらうような笑みを浮かべた皇帝の顔が目に入る。

 

「ふふ……そなたには本当に驚かされるな。あの【雷帝】の弟子であり、その武法の腕をもってこの国の危機を救い、極め付けには【黄龍賽】で優勝するとは…………そなたの名は、我が国の歴史に強く刻み込まれるであろう」

 

「恐縮です」

 

「……ところで李星穂(リー・シンスイ)よ、先程使ったあの武法は【琳泉把(りんせんは)】ではないのか?」

 

 そう問うた皇帝の口元には、なにかを企んでいるような、子供っぽい微笑が微かに浮かんでいた。

 

 この雲上人(うんじょうびと)の言葉の意図を察したシンスイは、何食わぬ顔で告げた。

 

「いえ、あれは——【雷公把(らいこうは)】。我が師が目指し、そしてとうとう完成には至らなかった、最強の武法にございます」

 

「そうか。ならば安心であるな。救国の勇者を獄につながずに済む」

 

 ははは、と軽く笑う皇帝。——この人も、結構いい性格をしているみたいだ。

 

 皇帝は咳払いをすると、表情をおごそかに引き締め、誠実な眼差しでシンスイを見つめた。

 

「——李星穂(リー・シンスイ)よ、よくぞここまで上り詰めた。数々の強者を敗り、武人としての栄光をよくぞその手に掴み取った。そなたにはこれから莫大な賞金が渡されるが、そなたがこれまで歩んできた道のりは、千金や万金よりもずっと価値あるものである。生涯、忘れるでないぞ」

 

「はい」

 

 頭を下げ、シンスイは思い浮かべた。

 

 実家を飛び出し、ここまでに至る闘いの日々を。

 

 楽しい時もあれば、苦しい時や絶望した時もあった。

 

 だが、過ぎてみれば、それらは全ていい思い出と呼べる、かもしれない。

 

 ……いや、いい思い出だ。

 

 歓声に混じって、二人の少女の声が聞こえてくる。

 

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!! 愛してますぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 結婚しましょぉぉぉぉ!!」

 

「こら、ミーフォン! 闘技場に乱入しようとするんじゃありませんっ!」

 

「ちょっ、ライライ、離しなさいよー!」

 

 御前であるにもかかわらず、シンスイは思わず吹き出してしまった。

 

 うん、確かにいい思い出だ。

 

 だって——あんなに面白くて、大切な友達に出会えたのだから。

 

 

 

 

 

 こうして、【黄龍賽】は一度幕を降ろした。

 

 煌国という国が存続する限り、国中の猛者が集まり覇を競うこの武の祭典は、未来永劫繰り返される。

 

 ……その【黄龍賽】の歴史の中で、李星穂(リー・シンスイ)という武法士の名は、特に強く刻み込まれることになるだろう。

 

 シンスイが決勝戦の最後で見せた「一撃」。

 

 あれを超える「一撃」を出せる武人は、きっと数千年を経ても現れない。……そう人々に確信させてしまったのだ。

 

 そんな「一撃」への畏怖と畏敬を込め、シンスイは未来永劫、こう呼ばれることになる。

 

 

 

 ————【一撃公主(一撃のプリンセス)】と。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ボクは無事に【黄龍賽】優勝者となった。

 

 その後、陛下のおっしゃった通り、莫大な賞金がもらえた。本当に莫大な賞金だった。

 

 ……だが、ボクはそれをたった一日で使い切った。

 

 別に、豪遊したり、倍額を目指したワンチャン違法賭博に興じたりしたわけではない。

 

 皇帝陛下に頼んで、帝都の復興費に当てさせたのだ。

 

 まだまだ、帝都には壊されっぱなしの建物や施設が多い。家を失い、雨露すらマトモにしのげていない人だって少なくない。そういった諸問題の解決に少しでも役立てて欲しかった。

 

 陛下は正気を疑うような顔をしたが、ボクはいたって真面目だった。

 

 やがて、陛下は諦めたようにため息を吐くと、快く承諾してくれた。その瞳の奥に尊敬の色が浮かんでいたように見えたのは、きっとボクの自意識過剰というやつだろう。

 

 だがボクも、何も貰わずに去るほど、お人好しではなかった。

 

 「国を救った褒美は何が良い?」という問いへの答えを、まだ保留にしたままなのだ。

 

 ボクはその場で、ある品々を下賜(かし)してくださるよう陛下に奏上(そうじょう)した。

 

 ——馬車と、それを引く馬。日持ちする食料。

 

  陛下は拍子抜けした表情を見せたが、これらはボクの次の目的のために必要だった。

 

 次の目的とは——旅に出ることだ。

 

 ボクは武法が好きだし、たくさんの武法を知っているつもりだ。

 

 でも、この国には、まだまだボクの知らない武法があるに違いない。

 

 それらを探し、この目に焼き付けたいのだ。

 

 そんなボクのわがままに対し、陛下は笑顔で頷いてくださった。

 

 

 

 

 

 ——そして、一週間後の昼。

 

 帝都を囲う巨壁。その真西に構えられた大きな門。

 

 その大門を中心にして、濃い密度の人だかりが広がっていた。

 

 開放された大門の前には、一台の馬車。

 

 その馬車の御者台(ぎょしゃだい)にはボクが、馬車の中にはライライとミーフォンが乗っていた。

 

「……本当にいいのかい? 故郷に帰りたくないの?」

 

 ボクは二人に対し、そう訊いた。ここ数日間、何度もした質問だった。

 

「良いのよ。故郷へ帰っても、あんまりやる事ないし。だったら、あなたについて行ったほうが楽しいじゃない」

 

「あたしは地の果てまでも、お姉様と一緒ですっ!」

 

 二人もまた、ここ数日間のうちで繰り返してきた答え方をした。

 

 ……この二人とは、長い付き合いになりそうだ。

 

 皇女殿下への挨拶は済ませた。

 トゥーフェイへの挨拶も済ませた。

 シャオメイは一足先に帝都を去った。

 

 ——もう、この帝都でやり残したことはない。

 

 旅立とう。

 

「じゃあ、行くよ! 二人とも!」

 

 ボクは手綱でぴしゃりと馬の尻を叩いた。

 

 動き出す馬車。

 

 離れゆく街並み。

 

 さようならー! ありがとー! 元気でなー! などといった声援が、後方の人だかりから聞こえてくる。

 

 開かれている大門から、ボクらを乗せた馬車は外へ出た。

 

 帝都の分厚い外壁をくぐり抜ける。

 

 巨壁の威容さえも、徐々に遠ざかっていく。

 

「シンスイ、これからどこへ行こうかしら?」

 

 不意に、ライライが訊いてきた。

 

 ボクは振り返り、満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

「——行ったことのない「何処か」だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでひとまず、ボクの波乱と闘いの日々は幕を降ろす。

 

 しかし、ボクのこの異世界での人生は、まだまだこれからだ。

 

 ボクの武法士としての日々は、これからも続くのだ。

 

 

【おわり】


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