ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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「キシャアアア!」

俺は蟻型モンスターが嚙みつき攻撃に移行した直後に剣を肩に担いで、左手を前に出す。
システムが技を出すための直前の動作と判断してスキルを発動させる。
後ろから聞こえてくるのはいつもの金切り音ではなく、ジェット機めいた轟音。

蟻型モンスターが俺に飛びつくために跳び上がった…瞬間。
俺は剣を動かす。

「ギッ⁉︎」

時間的には、ほんの一瞬。
俺の剣が奴の体を貫いて赤い尾を引いて、2メートルほどの地点で停止する。そして鋭い破砕音が背後で響いた。

先ほどの技…片手剣スキル熟練度950で習得した片手剣突進重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》は俺の戦闘をかなり楽にしてくれている。刀身の長さのおよそ2倍ほどのリーチと両手剣顔負けの威力は止めにはちょうどいいものだった。

俺が剣を鞘に収めると正面から見慣れたアイテムが放られるのでありがたく受け取る。
回復用のアイテムであるハイ・ポーションだ。
投げた人物には見覚えがあった。

この世界での俺の最初の友達で、今は攻略ギルド《風林火山》のギルドリーダーを務めるクラインだ。
俺は栓を抜くと中身を一気に煽る。
呑みくだすごとにHPが回復していく。
いつもはまずいと思う苦いレモン味のポーションが今はとてもうまく感じられた。

飲み干したポーションの入れ物を近くの木の幹に放り投げる。それだけで入れ物は耐久値を全損してポリゴンと化す。
俺は近くの幹に背を預けて座り込んでからこの世界で数少ない友人を見た。

どうやらクラインのパーティーもレベリングをしているようで後ろに風林火山のメンバーが見受けられる。

「…またこんなところに潜ってんのか」
「…俺の勝手だろ、そんぐらい。」

俺は吐き捨てるようにそういった。今は気を使って話すような気力はない。

「俺たちが来るといつも潜ってんじゃねえか。どんだけ無茶する気だ。…なあ、レベル幾つになった?」

人のレベルを聞くのはマナー違反だが今はそんなことはどうでもよかった。

「今日上がって69だ」

その言葉にクラインは目を剥く。

「おいおい…もう俺よか10も上になってんのか。…どうしてそこまで…いや、聞かなくても大体わかるな。…お前、前のギルドのことまだ気にしてんのかよ。」

俺はその言葉に軽く奥歯を噛みしめる。

「当たり前だ…死んだんだぞ、俺以外…全員…!」

その様子を見てクラインは少し悲しそうな目で俺を見る。

「《月夜の黒猫団》…だっけか。攻略パーティーでもねえくせに前線近くに来てトラップに引っかかっちまった…」

俺はさらに奥歯をさらにきつく噛みしめる。

「俺が…俺が元ベータテスターだと言ってれば…あんなことにはならなかったんだ…!」

クラインは首を横に振る。

「お前のせいじゃねえ。元はと言えば上に行こうって言い出した仲間のシーフが招いたことだ。お前のせいじゃねえ。」

クラインは念を押すようにそういってくれたが、今の俺には納得できなかった。

「俺は…止めなかった俺にも、罪はある…だから…」
「…そうか。」

俺の言葉に、クラインはゆっくりと腰をあげる。

「この辺りは危険だからな、気をつけて帰れよ。」
「…ああ。」

俺は少し頷いてから同じように立ち上がる。
俺はクラインに目を向けずに歩き始めた。



雪が降っている。もうすぐ、もうすぐだ。
俺の待ち望んだ日が、ようやくやってくる。彼らを…彼女を殺した責任を、取り払ってくれるかもしれない日が。

いや、取り払ってはいけないのだ。というよりかそんなものはどうでもいい。俺は、彼女の最後の言葉だけ聞ければ…

「サチ…」

天を仰ぎながら、俺はポツリとその名をつぶやいた。


第18話 キリトの罪

 

俺が《月夜の黒猫団》に入るきっかけとなったのは、武器の素材を集める為に潜っていた下層で彼らを助けたことだ。

そのとき、俺は高ランク技は使わずに基本技しか使わなかった。

彼らに異質な者扱いされるのが嫌だった、それだけの理由で。

 

そのギルドのギルドリーダーの名はケイトといい、仲間思いのいい奴だった。彼にレベルを聞かれたときも俺は事実よりも20ほど低い数字を教えた。

 

「へえ、そのレベルでソロ狩りができるんですね!僕たちと変わらないのに…凄いなあ!」

 

彼は俺にギルドに入るよう言ってきた。

 

「もちろん強引にじゃないよ。ちゃんと君がOKしてくれたらね。」

 

このとき、断っておけば…。

そう悔やんだ回数は数知れない。

俺は彼らの《凄い人を見る目》が単に心地よかっただけだった。

それだけの、軽い気持ちで俺はギルドに入ることを了承した。

…後になって、俺自身の愚かさを恨んだ。

 

俺はその後1人のプレイヤーの教育を頼まれた。そのプレイヤーの名は、サチ。

この世界では珍しい、女性プレイヤーだった。

 

棍棒使いだったらしいが、ギルドの編成が理由で近距離の片手剣使いに転向させたいという。

 

俺はサチの指導に明け暮れた。

朝から夕方までみっちりと指導していたが、どうにもモノにならない。

やはり、臆病な性格故か必ず敵の攻撃の前にぐらついてしまうのだ。

 

「サチ、やっぱり棍棒使いの方が…」

 

俺の言葉にサチはゆっくりと首を振った。

 

「ううん、いいのキリト。私も少しずつだけど上達してきてるんだ。だから、もうちょっと…」

「…分かった。」

 

俺は少し不安だったがまた流されて頷いてしまった。

しかし、日に日にサチの負担は増えていった。

やはり、臆病な性格というのは近距離アタッカーに向いていなかったのだ。

 

そして、ある日の夜。

サチは行方をくらませた。

もちろんギルド内はパニックとなり彼らは圏外へと行き、俺は街に残った。そして索敵スキルの上位スキル、《追跡》を使って彼女を探し出した。

 

「なんで…ここが分かったの…?」

 

橋の下でうずくまっていたサチに俺は少し悩んでから「勘…かな…」と答えた。

彼女はそれに少しだけ笑ってからゆっくりと話し出した。

 

「ねえ、キリト…どうして死ななきゃならないの?ただのゲームなのに…」

 

彼女はギュッとケープを握りしめる。

 

「私…怖いの。私は、弱い。だから…私なんて、いつ死んでもおかしくない。死ぬのが怖いよ…キリト。」

 

俺は彼女の横に座って呟いた。

 

「君は…死なないよ」

 

俺の言葉にサチがどんな顔をしたのかは知らない。だが、とりあえず嬉しかったと彼女は話した。

 

「このギルドの実力は、中層のプレイヤーたちの中でもかなり上位に食い込んでる。それだけレベルも上がってきてるし技術も上がってきてる。だから…君は死なないさ。」

 

俺は、この言葉を悔やんではいない。一時的にせよ、彼女を勇気付けられたのだから。

 

そして、ギルドに帰った後寝ようとした俺の部屋にサチが入ってきた。怖くて寝れないのだという。

俺は少し悩んでから了承し、背中を向かい合わせて眠りに落ちた。

その後も、サチは何度も俺の部屋を訪ねてきた。俺の「君は死なないよ」という言葉を聞くとゆっくりと微笑んで眠りに落ちた。

 

…この時の俺たちは、心を通わせていたのだと思う。

俺も、彼女との時間は心地よかった。

 

 

 

…だが、その日は唐突にやってきた。

 

 

 

その日はケイタがギルドホームを買うかねが溜まったと言ってでかい街に出かけた。

なるべくでかい家を買うためだという。

 

「迷宮区で一稼ぎして、ケイタの奴を驚かせてやろうぜ!」

 

そんな案がギルドメンバーであるシーフの口から飛び出した。大半がその案に賛成し、俺も承諾した。

しかし、俺は次の「いつもより階層を上げる」という案に関しては反対の意を示した。

 

「大丈夫だって!前線より4つぐらい下にするから!俺たちのレベルならいけるいける!」

 

俺はなおも反対したが、結局最後には押し切られてしまった。

もしかしたら「キリトがいるなら大丈夫」とでも考えていたのかもしれない。そんなものは、ただの慢心だと知らずに…。

 

そして、攻略は順調だった。

 

「言ったろー!俺たちなら余裕だって!」

 

先頭を歩くシーフが少し大きな声でそんなことを叫ぶ。そう、もともとここら辺の層は彼らのレベルでも攻略は可能だった。

しかし、俺は彼らにこの層を勧めなかった。それは、この層があまりにも危険だったからだ。

モンスターではない。PKなどでもない。

 

「お!隠し扉発見!」

「「「おお〜。」」」

 

シーフの声にサチたちが感嘆の声を上げる。彼らは足早に部屋へと入る。俺は、そこで違和感を覚えた。

 

「ここって…」

 

俺は脳内の記憶からこの層のマップを導き出す。隠し扉の位置に関してはアルゴから事前に買っていた。

アルゴの隠し扉情報は、トラップなら赤い枠で囲ってある。

しかも、俺はそこまで離れていなければ大体のマップは暗記している。

 

だが、四層下ということで俺の思考は長くなってしまった。

 

俺は今の位置をウィンドウを開いて確認する。どうやらかなり奥まで来たようだ。そして、記憶を巻き戻す。確か、ここにあった隠し扉の色は…赤で囲まれていた。

 

その考えに至った直後、俺は叫んだ。

 

「ダメだ!開けるな!」

 

しかし、時すでに遅し。

シーフが一気に宝箱を開けた。

そして、鳴り響く警報音。

 

「クソッ‼︎」

 

俺は毒づきながら背中の剣の柄に手をかけて引き抜く。

壁だと思っていた場所から扉が現れそこから無数のモンスターが湧き出す。

 

「全員、転移結晶を使え‼︎」

 

その数を見た直後に俺は叫んだ。味方のシーフがすぐに転移結晶を取り出す。

 

「転移!」

 

普通ならここでシステムが感知して転移が行われる。しかし…転移は実行されなかった。

 

「結晶…無効化空間…⁉︎」

 

俺は敵を切り倒しながらそんな言葉をつぶやいた。

馬鹿な。そんなことが…

 

 

 

…そこから先は、地獄だった。

 

 

「うわっ!」

 

シーフが攻撃をファンブルして倒れ込む。

 

「まずい!」

 

俺はそちらの方に走り出す。しかし、間に合わなかった。

シーフはモンスターの集中攻撃を受けて、その命を散らした。

 

「あっ…!」

 

俺の口から情けない声が漏れた。今、1人の命が失われた。つい数分前まで笑っていた奴が、死んだ。

 

「…!」

 

俺は視線をモンスターに向けて、走り出す。全力の斬撃。そして、今まで封印していた高位ソードスキルも開放する。

 

「うわあああ!」

 

そうこうしているうちに、さらにもう1人命を落とした。

 

「…!」

 

俺はさらに焦る。俺は懸命に剣を振るったが敵の数は全く減らない。

その後も1人減り、残りは俺とサチだけになった。俺のHPはまだ余裕はあったがサチはレッドゾーンに突入していた。

 

「くっ…!」

 

目の前の敵を切り倒し、手をサチへと伸ばす。彼女を守りやすく近くに移動させるために。

 

「サチ!」

 

俺の伸ばした手を、サチは懸命につかもうとする。

 

「キリト!」

 

俺と彼女の間は、あまりにも離れすぎていた。だから、手も届かず…だから、彼女を守れなかった。

彼女の背中をモンスターの鉤爪が抉った。

 

「…‼︎」

 

その瞬間、全てが止まった。

 

俺の思考は白く染まる。

彼女のHPは減少し…最終的に、0となった。

俺は手を伸ばす。まだ…まだ回復すれば間に合う。

そんなことを考えながら手を伸ばす。

しかし…俺の手は、彼女にすら触れることができなかった。

 

サチは、微笑みながら俺に何かをつぶやくと…その体を、無数のポリゴンへと変えた。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

その後、俺はケイタの待っているギルドホームに帰り、すべてを話した。

俺以外全員死んだこと。そして、俺が元ベータテスターだったことも。彼は絶望に目を剥き、俺に罵倒を浴びせた。

 

「ビーターのお前が…僕たちに関わる資格なんて、無かったんだ‼︎」

 

そう言うと、彼は外周区からその身を宙に躍らせた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

俺は過去を思い出しながら歯ぎしりをする。

 

俺が、ベータテスターであることを教えていれば。

俺が、攻略組であることを言っていれば。

そもそも、ギルドになんて入らなければ…!

 

「…!」

 

俺は力任せに足元の雪を踏んづける。雪はへっこみ、俺の足跡を作り出す。

…だが、しばらくするとすぐに元に戻る。

 

俺はゆっくりと天を仰いだ。

 

だが、もうちょっとだ。もう少しで行われるクリスマスイベントで、彼女の声が聞こえるかもしれない。

彼女の最後の言葉。

慰めでも、100通りの呪詛でもいい。

ただ、それを聞かなければ、俺は進めない気がした。

…前にも、後ろにも。

 

「サチ…」

 

もう一度つぶやいたその声は、深い森と、暗い夜空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 




人に頼られたら心地いい気持ちは分かる。
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