この質問に答えられるものは数多くいるだろう。
しかし同時に、次のような質問に答えられるものも数多くいる。
「世界の中の醜さとは、何だろうか。」
この二つの質問は矛盾している。美しいものがあるなら美しいものだけが存在するべきなのだ。
しかし、こればかりはどんな権力者でも変えることは不可能に等しい。なぜなら、これは世界の《理》なのだから。
地球誕生の頃からあるものをたかだか数十年生きた人間が変えられるはずもない。
しかし、それでも…人は祈った。美しいだけの世界が生まれることを。醜さなどは、消えてしまうことを。それが、不可能と分かっていながら。
それは、《彼》も同じだった。
〜〜♪〜♪〜〜♪〜
聞き慣れたメロディーが俺の鼓膜と脳細胞を刺激する。少し古い歌だが俺のお気に入りのアニソン。
俺は腕に顔を埋めたまま、手探りでスマホを掴んでアラームを消す。正直このまま寝ていたかったが今日は平日なので義務教育の小学校に登校しなければならない。
「…だりぃ。」
俺は顔を少しだけ上げてスマホの画面を開く。
新着メッセージの知らせ。俺は画面をタップしてメールを開く。差出人は、木綿季だった。
『ごめんね〜( ̄▽ ̄)今日委員会の仕事があるからボクと姉ちゃん一緒に登校できないんだ(´・_・`)というわけで今日は1人で行ってね♪浮気しちゃ駄目ダゾ☆』
…なんつーもん送ってきやがる。
俺はホームボタンを押して元の画面に戻す。
淳に登校できるかどうか聞いてみたがどうやらあいつも委員会の仕事があるようだ。
「…」
俺は少し不思議に感じた。3人は違う委員会に所属している。木綿季は体育委員会、藍子は保健委員会、淳は清掃委員会となっている。
三つの委員会が同じ日に仕事があるなんて普通あり得るだろうか?
「…なんでだ?」
俺の不安を具現化したかのように、空の雲から水滴が落ち始めた。
ーーーーーーーーーーーー
いつもの時間に家を出た俺は傘をさして通学路を歩き始める。紺色の折りたたみ傘に無数の水滴がぶつかってくる。
俺の家と学校はそこまで遠くないので10〜15分ほどあれば十分だ。しかし、今日は放課後に剣道があるので竹刀を背負っている。多少だが、足が重い。
「なんでこんな時に雨なんか降るかな…」
俺は首にかけてあるタオルで濡れた顔を拭く。雨の日は傘をさしていると言っても、少しは濡れてしまうので俺はタオルをいつも持って行っていた。ちなみに、色々と抜けている木綿季や藍子たちの分も。
「…」
俺はそこで、昨日の木綿季の言葉を思い出す。
『…大好き。』
恥ずかしそうに微笑みながら、彼女はそう言った。あの言葉と顔を思い出すと、胸が締め付けられる。この思いは、なんなのだろうか。
これが世に言う《恋》いう奴なのかはよくわからない。しかし、俺が木綿季や藍子、淳のことを好いているのは確かだ。今は、その事実だけでいいと思う。
「…やっぱ、人間って難しいな。」
俺は苦笑しながら、そう呟いた。
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俺は昇降口で、傘についていた水滴を落とすとゆっくりと折りたたんでいく。もう4月30日だが、雨が降っているせいかかなり肌寒い。
「半袖にはまだ早かったか。」
俺は傘を専用の袋の中に入れながら、少しだけ鼻を啜る。
俺は自分の靴箱を見て、違和感を覚える。
「あれ?」
木綿季と藍子の、下靴がない。俺は周囲を見渡す。そこで、廊下に散乱していた2人の靴を見つけた。
「たくっ…だらしないな。」
俺は靴を拾って同じ名前の書かれている靴を揃えて靴箱の中に入れる。俺は自分の上履きを取って、下靴と履き替える。
廊下を通る。階段を上がる。そこで、何やら奇妙なことに気づく。同級生達の俺を見る目が、少しだけ違う。いつもは目も向けてこないような奴らが俺を見た途端に離れていくのだ。
どうやら避けられているようだ。
なんでまた、と俺は思うがそんなことはもう慣れっこだ。特に気にすることはない。
「ふあぁ…」
俺が少しだけ、欠伸をした…直後。俺を呼ぶ声がした。
「桐ヶ谷くん!」
その声に少しだけ視線を向ける。そこにいたのはある女生徒だった。確か、木綿季や藍子と仲良くしていたと記憶している。
「…どうした?そんなに慌てて。」
彼女は走ってきたのか、息が上がり、肩で息をしている。彼女は俺に近づくと俺の服の裾を掴む。
「…木綿季ちゃんが…木綿季ちゃん達が…!」
俺はその今にも泣きそうな顔を見ると、手を振りほどいて一気に加速する。俺の教室は、4階。この階の二つ上。
あいつの今の顔で、かなり深刻なものだということがわかった。嘘だという可能性もあるが、木綿季達とあの子とで一緒に遊んだこともあるのでそういうことをする奴ではないことは分かっていた。
「きゃっ!」
俺は前に出てきた女生徒をスレスレで避ける。歩いている男女を追い抜く。
俺は、4階に到着する。急ブレーキをかけた俺の目にとまったのは…数人の男子生徒に囲まれた藍子だった。
「この菌野郎が!」
「汚いんだよ!」
「学校来てんじゃねえよ、このバイ菌が!」
口々に罵りながら藍子の体を蹴っている。藍子の目は涙で滲んでいた。
「おい、何やってんだお前ら‼︎」
俺は怒号をあげると廊下を歩き始める。
「和真さん!」
藍子が濡れた目を開けて俺のことを見る。
「ん?細菌仲間の桐ヶ谷じゃねえか!」
「バイ菌は駆除しねえとな!」
そう言いながら5人のうちの1人が俺に襲いかかる。俺はそいつの右腕を掴んで足を引っ掛ける。
「ぐえっ!」
そいつは倒れこみ、俺は腹を思い切り踏みつけた。
「かっ…は…!」
みぞおちに入ったのか、苦しそうにうずくまる。
「てめえ!」
「やっちまえ!」
残りの4人が俺に同時に襲いかかる。俺は袋の紐をほどいて…竹刀を取り出した。
「…!」
無言の気合い。俺の握った武器は相手の土手っ腹に直撃する。鈍い手応え。
「グアッ…!」
「ぐっ…!」
俺はうずくまる生徒を横目で見送りながら藍子に駆け寄る。
「藍子!」
俺はランドセルからタオルを取り出して大きい傷口を縛ってやる。
「か…和真さん…。」
「藍子、大丈夫か⁉︎」
「す、すいません…助けられちゃって。」
「礼はどうでもいい。木綿季は?木綿季達はどこだ⁉︎」
俺の質問に藍子は傷口を押さえながら途切れ途切れに答える。
「木綿季は…教室に…。和真さん…早く、早く…!」
その言葉に俺は竹刀をしまってから廊下を走った。10メートルを1秒で走り抜ける。
バァン‼︎
とてつもない音を立てて扉を引き開ける。
「…!」
俺の目に、再び同じ光景が入り込んできた。しかし、今度は女生徒まで混じっている。
そこで、中心にいた人物…加藤が俺の顔を見てムカつく笑みを見せた。
「やあ、遅い到着だな。桐ヶ谷。」
「…加藤、なんのつもりだ。」
俺は冷ややかな目を向けて加藤に質問する。
「なんのつもりも何も、ただの掃除だよ。」
「…掃除?」
俺の言葉に加藤は鼻で笑う。
「とぼけんなよ。こいつらがHIV感染者だってことはわかってるんだ。」
「…」
俺は加藤に視線を外し、座り込んでいる木綿季に目を向ける。木綿季はの状態、藍子をさらに超えていた。傷が付いており、服もビショビショに濡れている。
「どうした?幼馴染が気になるのか?」
「お前、どこで知ったんだ。」
「ん?学校入学に必要な紙だよ。」
加藤は右手に持っている紙切れを俺に見せつける。親が自分の子供のプロフィールを書く紙だった。
そこにはもちろん持病も書かなければならない。
「母さんと父さんの部屋を調べたら普通に見つかったぜ。PTA会長ってのはこんなのも持ってるんだな。」
俺は紙をひらひら振る加藤になおも視線を送り続ける。
「元はと言えば…俺に従わなかったお前らが悪いんだぜ?折角俺が優しく勧誘してやったのに。」
「へえ、要はお友達ごっこがうまくいかなかったのを俺たちのせいにして八つ当たりしてるってことか。」
俺は鼻で笑う。
「くだらねえ理由だな、おい。所詮体は四年生でも頭の中身は幼稚園児レベルだな。」
「黙れ‼︎」
加藤が叫んだことで周りでニヤニヤ笑ってた奴らも表情をこわばらせる。加藤はしばらく息を荒げていたが、すぐにムカつく笑みを浮かべる。
「これは、必要なことなんだよ。俺にとってな。」
加藤はポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。それは…大ぶりなサバイバルナイフだった。
「…は?」
俺はあまりの光景に少し間抜けな声を出してしまう。
「お前のせいで、強制になったんだ。後悔しろ。」
加藤は木綿季に向かってナイフを振り上げる。
「おい、やめろ!」
「は、はは…」
俺の声に加藤は何も答えない。もはや俺の声は届いてない。加藤は思い切り仰け反る。そこで、俺は地を蹴った。ランドセルを下ろす。手には竹刀の入った袋。
「ははははは!」
加藤はナイフを振り下ろす。
ズシュッ‼︎何かを切り裂くような音が俺の耳に届く。それと同時に左肩へ電撃が走ったかのような衝撃が走る。
「グオッ…!」
俺は獣めいた悲鳴をあげながらよろめく。痛みのせいで意識が朦朧とする。刃は肩口まで抜けていて俺の前の床に血が落ちる。
「かず…ま…?」
木綿季は可憐な顔を俺の顔に向ける。ほおには涙の筋が光っている。俺は少し微笑んでから、肩に刺さっているナイフを引き抜いた。
「ば…バカな…」
俺は退いていく加藤に視線を移す。その目が完全な恐怖に染まる。
「あ、あり得ない…本当に他人のために、自分の身を犠牲にするなんて。」
俺は握っていたナイフを床に放り投げ、左手と違い動く右手で竹刀を取り出す。
「お、おい。いくらなんでもやり過ぎじゃねえか?」
「まさか…本当に刺すなんて…」
そんな言葉を周りの奴らは口々に呟く。どうやら本当に刺すとは思ってなかったらしい。
俺は竹刀をぶら下げながら、一歩進んで足のすくんでいる加藤の前に立つ。
「お、おい…お前ら、助けろ!友達だろ⁉︎」
その言葉に全員がそっぽを向く。
「なんだよ…なんで目をそらすんだよ…仲良くしてやってただろ!」
「…くだらねぇ。」
俺は冷ややかな目で加藤を見下しながら呟く。
「な、なんだと?」
「お前は所詮、友達のことをボディーガードかなんかかと思ってんだろ。そんなんだからお前とあいつらの絆はいつまでたっても毛糸レベルなんだよ。…だって友達《ごっこ》だもんな。そりゃそうか。」
俺の言葉に加藤は顔を歪めてポケットに手をいれて、彫刻刀を取り出す。
「黙れえええええ!」
俺は5本の彫刻刀を避けられないと判断し、気合で持ち上げた左腕でガードする。鮮烈な痛みが走るが、なんとか耐える。俺は右手に持った竹刀のつかを力一杯握る。
「ひっ!」
加藤の目がさらに恐怖に染まる。
「失せろ。」
俺は右手の竹刀を奴のほおに叩き込んだ。ゴキリッという鈍い感触と音。加藤は壁に突っ込み、気を失う。
俺は竹刀を落とす。力が入らない。
『血…出しすぎたか…』
そのまま後ろによろけて、倒れこむ。柔らかい感触が俺の体を包む。
「木綿季…」
俺は愛する幼なじみの名前を呼ぶ。その目は潤んで、口からは俺を呼ぶ声が聞こえる。
「和真、和真…!」
俺は微笑む。木綿季の髪を撫で…
そこで、俺の意識は途切れた。
ーーーーーーーーーーーー
この一件の後、俺は一週間ほど入院し加藤は頬骨を折る重傷となった。あちらの親が口論に来たが、大した問題はなかったようだ。
木綿季は…あの後入院し他にもかかわらず俺と顔をあわせることはなかった。藍子と淳は見舞いに来てくれたが、木綿季は病室から出られないのだという。
そして、俺の退院時藍子とおじさん、おばさんは言った。
「和真さん、私たちは引っ越すことになりました。けど、これは和真さんのせいじゃないんです。あなたは、責任を感じなくていいんです。」
「そうよ、和真君。あなたは恩人だわ。藍子と木綿季を守ってくれた。」
「ああ、君には感謝しても仕切れない。本当にありがとう。」
俺は木綿季にあいたいと言ったが、ゆっくりとかぶりを振られた。
「すまない、それはできないんだ。」
「な、なんで…」
俺の質問に木綿季と藍子の父はこう答えた。
「本当に、すまない。」
俺は自分の家に帰った後、ベットにうずくまり泣き叫んだ。自分の弱さを呪った。好きな幼馴染達すら守れない弱さを。死にたいとすら願った。
外では俺を憐れむかのような音を立てて雨粒が地面に落ちていた
ほろり(´・_・`)なんということだ。自分で書いといてなんだけど酷い話だ…。加藤許すまじ!
…次回からアインクラッド編に戻ります多分またカズマ&ユウキの話だね。よろしくね!
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