ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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ラフコフとの戦闘が終わった後、カズマ達はスリーピング・ナイツのギルドホームに身を寄せていた。ユウキを部屋で寝かせるためと、カズマから様々なことを話すためである。

カズマは二階にあるユウキの部屋で、ベッドの上で寝ているユウキを見つめていた。

「…普段の様子は違っても…寝顔だけは変わらないな。」

カズマはそう言いながらユウキの頭をゆっくりと撫でる。髪の冷たさと、肌の温かさがカズマの仮想の皮膚に伝わる。そこで、扉がノックされた。

「カズマさん、準備できました。」
「ああ、今行く。」

カズマは扉越しにそう答えてから、もう一度ユウキを見る。今度は、小さい手を両手で包み込んだ。冷たい手が、じんわりと温まっていくのが感じられる。

「…よし、行くか。」

そう言うと、カズマは手を戻してから立ち上がる。扉を開けて、廊下に出る。カズマはそこでまたユウキを見る。


『ユウキ…俺は、お前の記憶が戻って…嬉しいと思っても、良いのかな…?』


カズマのそんな思考は、風によって揺れた窓の音に掻き消された。


第27話 思い出

俺は一階に降りる。そこにはすでにスリーピング・ナイツのギルドメンバーが椅子に座って残り二つが空いている状態だった。俺とランはその二つにそれぞれ座る。

 

「…良いギルドホームを買ったな。」

「え?あ、ありがとうございます。」

 

ランが頭を下げながらお礼を言う。

 

実際、良い条件のギルドホームだった。この層はあまり強くなく、経験値の多いモンスターがよくポップする、俗に言う《美味しい層》だった。しかもこの周りはアイテムの調合素材が無料で生えているという良さもある。

 

「これを調べるには大変だったろ」

「あ、いえ。私達が見つけたんじゃないです。ヒースクリフさんに相談したらここがいいんじゃないかって勧められて…」

「へー…あのおっさんが…」

 

俺はシウネーの言葉に少しだけ納得する。

ギルド《血盟騎士団》の団長を務めるヒースクリフはまるで攻略本を丸暗記したかのようにこのゲームの立地等について詳しい。おそらく知識だけならゲーム制作者の茅場と張り合えるレベルだ。

 

「カズマ、そろそろ…」

 

そこで待ちきれなくなったのかジュンが手を挙げる。

 

「おっと、悪かったな。」

 

俺は左手と右手を絡ませて机の上に置く。俺が今から話すのは…

 

「それじゃ、俺とラン、そしてユウキの関係。なんでユウキの記憶が失われたか、加藤晶馬…《ショウマ》が何者なのかを話していく。一回しか言わないから耳かっぽじってちゃんと聞けよ。」

 

俺の言葉に全員がこくりと頷く。その全員の反応に俺もこくりと頷く。

 

「…俺と二人が会ったのは、幼稚園の頃だった…。」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

とても、短い時間のような気がした。

 

しかし、カズマは話し終えたあとウィンドウを開いて時間を確認すると40分が経っているので多少驚く。《光陰矢の如し》とはまさにこの事だと、カズマは思う。

 

スリーピング・ナイツ全員とカズマの間に静かな冷たい空気が流れる。

 

「…これが俺たちのすべてだ。ちなみに、嘘偽りはどこにも入ってない。言い逃したことも…ないとは思う」

 

カズマは確認のためアイコンタクトをランに送るが、幸いランはこくりと頷いた。

カズマは喋り続けてかわいた喉を潤すために目の前にあったグラスの酒をすべて飲み干す。口元をコートの袖で拭う。

 

「こっからは質問タイムだ。質問したいやつは挙手してくれ。」

 

その言葉の直後、ランがすぐに手をあげる。

 

「ランか。どうした?」

「あの…過去とは全く関係ないんですけど…」

 

ランは少し口ごもってから質問の内容を口にする。

 

「さっきの戦闘時、カズマさんのAGIが一気に上がりましたよね…。あれは一体…?」

 

その質問にカズマはすぐには答えなかった。

 

少しして、彼はスムーズにウィンドウを操作して、アイテムをオブジェクト化する。

それは、黒い鞘とその中に刀身を入れたあの赤黒い剣だった。

 

カズマは鞘を持ち上げるとグリップを握って一気に抜刀する。柄には少し緑色も入っているが大部分が赤で、中央には青色の宝石が埋め込まれている。

 

「その質問への答えは…《これ》としか言いようがないな。…ほれ。」

 

鞘に再度押し込まれた剣をカズマはテッチに向かって投げた。テッチは危なっかしく受け止める。

 

「お、重っ…!」

 

そのテッチの言葉にスリーピング・ナイツ全員が驚きに目を剥く。テッチはスリーピング・ナイツのタンクを務めているので、筋力は攻略組の中でも最高クラスにくい込んでいるはずだ。そんな彼が重いというなら、余程の…。

 

「…え!?」

 

剣のウィンドウを開いてプロパティを確認していたノリが驚きの声をあげる。剣の周りに全員が集まり、そのステータスを見たとき全員が再び驚愕に目を剥いた。

 

全員が驚いたのはステータスだけではなく…主にスキルの内容に驚愕した。

 

 

《夜、この武器を装備した時使用者の全ステータス1.2倍。月が出ていれば1.5倍。さらに満月だと1.8倍。》

 

 

それを読んだあと全員がカズマの方に目を向ける。

 

「…なに?これ。」

 

ノリの質問にカズマは「見ての通り」と言わんばかりの飄々とした態度で答える。

 

 

「なにって…見た通りだよ。その剣は夜になるとステータスが馬鹿高くなる。完全なチート武器の一種だからあんま使ってないけどな。」

「…こんな剣、どこで手に入れたんですか?」

「45層。区切りの層だからなのかもしれないけど遺跡系ダンジョンの中に隠し通路があってさ、その奥にいた死神系ボス倒したらドロップしたんだよ。」

 

 

その話を聞いてスリーピング・ナイツの面々はもう一度プロパティを確認する。確かに、製作者名は書かれておらずこれがドロップアイテムであることを示している。

 

「これはやっぱりユニークアイテム…になるんですかね?」

「そうじゃないか?実際俺がクリアした後アルゴに調査を頼んでるけどそれか、それに似たスキルを持った武器はドロップしてないらしい。」

「へえ、そういう事でしたか。…ありがとうございました。」

 

鞘に収めた剣をランは両手でカズマに差し出す。

 

「ん。」

 

カズマは軽々と片手で持ち上げるとアイテム欄の中に収納した。カズマは全員が席についたのを確認して話を続ける。

 

「さて、他になにか質問はあるか?」

 

次に恐る恐る手を挙げたのは…左側の列の一番手前にいたシウネーだった。

 

 

「お、シウネーどうぞ。」

「は、はい。あの…カズマさんはショウマ…でしたっけ。彼に重症を負わせることでユウキ達を守ったんですよね?」

「まあ…端的にいえばそうだな。」

 

カズマは再度注ぎ直したグラスに口をつけながら返答する。

 

「その…彼がカズマさんを恨むのは全然不思議じゃないんです。いや、まあおかしいですけど…彼はカズマさんに怪我を負わされたということで恨む理由にはなりますから。けど…」

 

シウネーは少し俯いて上目遣いにカズマを見る。

 

「彼がユウキ達を恨む理由はありませんよね?従わなかったから…っていう理由だけで殺意に発展するでしょうか…?」

「んー…」

 

カズマはしばらく頬を掻きながら口ごもっていたが、すぐに返答する。

 

「まあ、それも含まれるだろうけど…一番の要因はまた別のものだろうな。」

「…心当たりが…?」

「あるよ。もちろん。」

 

カズマは軽く答える。彼は手を後頭部で組んで椅子の背もたれに寄りかかる。椅子がギイッという音を出す。

 

「あくまで予想だけど…《裁判》についてだろうな…多分。」

「裁判…?」

 

テッチが首をかしげながらその単語を繰り返す。

 

 

「ああ、俺が小五の時に終わったから…もう3年以上前か。…俺の親とユウキの親が加藤達のことを裁判で訴えたんだよ。」

 

 

その言葉にギルドメンバーではなくランが目を見開く。

 

「え…私、聞いてないんですけど…」

「俺が言わないように頼んだんだよ。お前は言ったら絶対に裁判に顔出すだろ。そんだけの事に、お前達を巻き込みたくなかったからな。」

 

その言葉にランが「うっ…」と言いながら仰け反る。

 

「今のご時世だと感染症…ユウキ達ならHIVだった訳だが、それを理由に差別したりすると罪になるんだ。法律でそう決められてるからな。」

 

カズマは後ろにかけていた体重を前に変える。

 

「そんなわけで、俺と俺の親、ユウキの親はいじめに関与した全員を裁判所に訴えた。もちろん、加藤には俺の肩と腕の件も含めてな。」

 

カズマは嘲笑するかのように目と口を歪める。

 

「…裁判所でのあいつらとあいつらの親ときたら醜さしか感じなかったな。『あの子にそそのかされた』『あの子が一番やっていた。』『うちの子がやる筈がない』…。人間の本性を全部見てたような気がしたよ。」

 

 

カズマが見た光景は本当にひどいものだった。いじめていた時は共感しながらやっていた癖に、自分が不利な状況になると他人に擦り付けて罪から逃れようとする。彼が人間不信になりかけたほどだった。

 

 

「そんなわけで、そいつらはあることを考えた。『そうだ、これをすべて一人になすりつければいい』…ってな。」

 

ここで、全員の顔に緊張が走る。恐らく全員がこのあとの展開を察したのだろう。

 

「そう…訴えられたヤツら全員がグルになって全て加藤のせいにしたんだ。『すべて彼に命令された』。そういうことにした訳だ。」

 

カズマはかわいた喉を酒で少しだけ潤す。

 

「もちろん、加藤の両親は猛反発した。『確かにうちの息子はやった。しかし、命令はしてない』。けど…多勢に無勢だよな。多数決と同じさ。数が多い方ほど力は強くなり、逆に少ないと弱くなる…。結局数が多い方が有利なんだよ。」

「…」

 

この話を聞いてもはや口を出す者はいなくなっていた。しかし、カズマは容赦なく続ける。

 

 

「結果、あいつの家は全責任を負うことになって俺の家に慰謝料500万、ユウキ達の家に1500万を払うことになった。あいつの家は金はあったから案外楽に払えたらしい。…けど、払った後、親父さんは責任をとって会社の社長を辞任、お袋さんは数多の近所からのバッシング等で精神を病み、今はまともに動ける状態じゃないらしい。つまり…奴の家庭は、完全に崩壊した訳だ。」

「…!」

 

 

カズマの言葉に周りの空気がさらに凍りつく。

 

「話を辿っていけば確実に家庭を崩壊させた原因は俺達の元クラスメイトにある。けど…奴はそいつらのせいにしなかった。そいつらのせいにすれば自分で自分の今までの行為を否定することになるからだ。だからもっと遡って…裁判所に訴えた俺たちを恨んでるって訳だ。正直、逆恨みにも程がある。」

 

ラン、シウネー、ノリ、ジュン、タルケン、テッチ、クロービス、メリダ、シャム。全員が下に俯いて言葉を発さない。恐らく加藤に同情している奴もいるのではないだろうか。

 

「もちろん、俺にも同情の気持ちはあるさ。家庭がそんなことになって普通でいられるはずがない。…だけど…」

 

カズマは俯いている全員に訴えるように、少し大きな声で言葉を発する。

 

「俺は当然の結末じゃないかって思ってる。あいつは、ユウキとラン、おじさんとおばさん4人の人生を狂わせたんだからな。…ついでに言うと、俺のもな。…だから、同情はしても可哀想とは一切思わない。それが、あいつ自身の選んだ道なんだから。」

 

その言葉に賛成するものもいなければ、反対する者もいなかった。全員が真剣な眼差しをカズマに向けて黙り込んでいた。カズマはそんなギルドメンバー達に柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「…長くなって、悪かったな。それじゃ、他には何かないか?」

 

その言葉に、すぐに反応する者はいなかった。しかし、しばらくすると一人のプレイヤーがゆっくりと手を挙げる。

 

「…ジュンか。何が聞きたい?」

 

カズマが微笑みながら促すとジュンも少しだけ微笑みながら質問を口にする。

 

「…あんたは、覚えてるのか?」

「…何をだ?」

「…ユウキやランとの、幼い頃の思い出を。」

 

その質問にカズマは少しだけ目を見開く。恐らく、こんな質問が来るとは思ってなかったのだろう。しかし、カズマはすぐに笑みを作ると逆に質問し返す。

 

「どうして、また…?」

 

その質問にジュンは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「ちょっとした興味…かな。あとは、さっきまで暗い話してたし次は明るい話題をふろうかなって…」

 

そんな言葉にカズマは「フッ」と少しだけ笑う。

 

「なるほど、いい理由だ。…話せばちょっと長くなるけど、構わないよな?」

 

カズマの言葉に全員が力強く頷く。カズマはその様子を見て安心した。ユウキとランが、どれだけギルドメンバーに愛されているのか、確認できたから。

 

「そうだな…ユウキとランの昔の様子は…例えるとエンジンとブレーキだな。」

「エンジンとブレーキ?」

 

その言葉にカズマは懐かしそうに「ああ。」と答える。

 

「ユウキが毎回積極的に行動するけど、たまに行き過ぎることがあるから…それを止めるのがランの役目だったな。…今とあんまり変わんないか。」

 

カズマの言葉に今までの張り詰めた空気が一気に緩む。この場にいる全員の口から自然と笑みがこぼれていた。

 

「俺と二人の思い出は、よーく覚えてる。それこそ、昔よく3人で遅くまで遊んだ公園なんかは今でも鮮明に思い出せる。」

「滑り台とブランコだけの小さな公園ですね。」

 

ランの言葉にカズマはもう一度「ああ。」と頷く。

 

「他にも色んなことしたな。外で遊んだだけじゃなくて、家の中でゲームしたり、ボードゲームしたり、勉強会を開いたりした。イベント時になるとクリスマス会とかハロウィンもしたな。正月には初詣に行ったり記念写真も撮ったりした。本当に…毎日が楽しくてしょうがなかった。」

 

天井を仰ぐカズマに、ランがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「記念写真の時のカズマさんの緊張した時の顔、傑作なんですよね〜。アレ見ると何度も笑っちゃうんですよ。」

 

そんなランの言葉にカズマは不敵に笑って返す。

 

「お、それなら俺も心当たりがあるぞ。…どうしよっかなー、3人で一緒に風呂入った時の写真がまだ全然家のパソコンのデータの中に残ってるんだけどな〜」

 

そんなカズマの言葉を聞いた瞬間にランの顔が真っ赤に染まる。ボフンッと湯気が出かけた。

 

「う、嘘…ですよね?」

「いーやマジマジ。それはもうモロに出てるよ。お前達の大事な部分が…」

「わー!わー!わー!わー!」

 

ランは大声で掻き消そうとするがそんなことをしても意味は無い。カズマの言葉に男性陣が少しだけ前のめりになる。

 

「も、モロにと言うと?」

 

興味津々である。カズマはそれはもう楽しそうにニヤリと笑う。

 

「それはもうくっきりと見えてるよ。ウチの風呂って換気扇回してるから湯気が溜まらないわけ。だから湯気で隠れるなんてことは絶対にない。二人の可愛らしいピンク色のち…」

「ふんぎょわあああああ!!!」

 

とうとう耐えきれなくなったランがカズマに掴みかかった。カズマはその手を自分の手で受け止める。

 

「うおっ…ちょっ…待っ…」

「みゃああああああ!!!」

 

ランの顔は涙目で真っ赤に染まっていた。恐らくこれは憤怒と羞恥の両方だなとカズマは考える。

 

「うぅぅ…ううううう…!」

「ご、ごめん!悪かった、もう言わないって!ちょっと遊びすぎたな!」

「ちょっとどころじゃないです!」

 

そこでランはようやく手を離した。しかし、まだ顔は真っ赤に染まっている。

 

「あー、びっくりした。ごめんごめん、話がそれたな。男性諸君、続きは女性陣が居なくなってからな。」

「それで!」

 

元気に答えたジュンの頭をノリがグーでコードギリギリの強さで殴る。その様子を見てまた笑みがこぼれた。

 

「なにか、他にはなかったのですか?」

 

タルケンが少し楽しそうに聞いてくる。どうやら、かなり気に入ってくれたようだ

 

「そうだな…あ、俺の家で飯をご馳走したことがあったな。」

「それは…カズマの手製か?」

 

クロービスの言葉にカズマはこくりと頷く。カズマは何度かスリーピング・ナイツの弁当を作ったことがあるし、たまにユウキがねだりに行くので料理上手なことは全員が知っていた。

 

「ああ。ランは俺のレパートリーの中ではカレーがお気に入りだったな。」

「ええ、まあ…」

 

ランはこくりと頷く。顔の赤さは引いていて、どうやら平常心に戻ったようだ。

 

「ユウキは?ユウキは何がお気に入りだったの?」

 

メリダの質問にカズマは思い出すかのように天井を仰いで、「あっ」と指を鳴らす。

 

「ユウキのお気に入りはケーキだったな。」

「…ケーキ?」

「ああ。それもフルーツを大量に使ったやつな。チョコレートケーキだとなんか違うんだって昔言ってた。」

「へー、初耳だわー。」

 

ノリが感慨深そうにそう呟く。

 

「二人の、あの幸せそうな顔を見ると…『ああ、また作ってやろう』って、そう思えた。人の笑顔ってのは、本当に大事だと思うよ。」

 

カズマが両手を組みながら発した言葉に全員が共感するかのように力強く頷いた。

 

『本当に…良いギルドだな。』

 

カズマは、微笑みながら心の底からそう思った。

 

 

 

「長くなっちまったな。用があるからそろそろ帰るわ。」

 

現在時刻は午後9時。明日はもう新年ということで既に年越しパーティーなるものが開催されているはずだ。

 

「カズマ、俺たちこれから年越しパーティーに行こうと思ってるんだけど一緒にどうかな?」

 

テッチのその提案にカズマは微笑みながらかぶりをふる。

 

「いや、悪いけど俺今そういう気分じゃないんだ。今日は行かないでおこうと思う。誘ってくれて、サンキューな。」

 

カズマはそう言うと「んじゃな」と言いながらギルドホームから離れていく。

カズマの後ろ姿が見えなくなってからスリーピング・ナイツのメンバーはギルドホームの中に入った。

カズマの方はというと…

 

 

「まったく、なんで断っちゃったのよ。せっかくいい雰囲気だったのに。」

 

 

カズマはそんなことを言ってきたメルに向かって少しだけ反論する。

 

「今はそういう気分じゃねえんだよ。察しろ、そんぐらい。」

「あらそう、残念ながら私はあくまでシステムだからよく分からないわ。」

 

そう言いながらメルはカズマのコートの胸ポケットから飛び出す。

 

「ま、私は行くつもりよ。年越しパーティー。」

「…それはいいけど…お前その姿で行く気か?かなり目立つだろ。」

「あら、MHCPを舐めてもらっちゃ困るわね。」

 

そう言ってムカつく顔で笑うと、メルは目を閉じて両手を胸の前で重ねる。そして、数秒後。メルの体から眩いほどの光が溢れ出す。カズマはあまりの眩しさに目をくらませた。

その光はすぐに消えていき、完全に消えた時にその場にいたメルは…完全なプレイヤーの姿となっていた。

そう、MHCPはいつでも自由に体のサイズを変換させることが出来る。今のメルは年齢でいうと10歳ぐらいだろうか流水のような髪が風で少しだけ揺れる。

 

「これなら、問題ないでしょ?」

「…まあ、良いだろう。けど、金はどうすんだよ。お前持ってないだろ。」

 

カズマがそういうとメルは満面の笑みを浮かべて手をずいっと伸ばしてきた。

 

「お駄賃ちょーだい♡」

「…ハア、やっぱりか。」

 

カズマはそう言いながらため息をつくと2000コルをオブジェクト化して、それを手渡す。

 

「えへへー、ありがと♪」

「無駄遣いはするなよ。」

「うん!サンキュー☆あ、この姿なら私にメッセージ送れるからね。用がある時はいつでも送ってきてね。じゃ!」

 

そう言うとメルは転移門に向かって走り出す。カズマははしゃぎながら離れていく少女の後ろ姿を見ながら、ポツリと一言。

 

「…やっぱりまだ…感性は、小学生レベルだな。」

 

そう言って苦笑を浮かべながら、カズマは雪の積もった道を歩き続けた。

 




「木綿季。」

伸ばされた彼の手を彼女は恐る恐る掴む。彼はそんな彼女の様子に少しだけ笑いながら、ゆっくりと手を引きながら歩き始める。彼の手はほっそりとしていたが、温かく、力強いものだった。

『…ああ、こんな感じだったな。』

彼女は手を引かれながらそんなことを考える。

彼は必ず彼女の前にいた。彼女の前にいて、あらゆるものから守り、彼女を導いていた。彼がいれば、彼女の見ているもの全てが美しいものになった。楽しかった思い出はもちろん、悲しかったものでさえ慰められると美しいものに変わった。彼の横に、いつまでも居たいと考えた。土に帰るまで、ずっと。

しかし、そんな彼女の願いは唐突に踏みにじられた。
いきなり、彼女の握っていた手はまるでガラスのように粉砕する。彼女は驚いて辺りを見回す。広がるのは、無限の虚無のみ。
しかし、そんな中でも動き続けるシルエットが一つ。彼女はそれが《彼》であることを確信する。服装が変わっており、背丈も先程とは違い20センチほど伸びているようだった。だが、彼女は彼であることを雰囲気で感じ取っていた。

「和真!」

彼女は愛する幼馴染の名前を呼びながら、走り続ける。自分の足が許す限界まで速度を上げて彼の後ろ姿を追いかける。
しかし、彼と彼女の差はまるで同じスピードで進んでいるかのように縮まらない。どう見ても、彼は歩いているのに。

「ハア…ハア…ハア…」

とうとう彼女の足が限界に達し、その場に倒れ込んでしまう。倒れ込んだあとは、まるでなにかに縛り付けられているかのように体が動かない。

「和…真…かず…ま…」

彼女は必死に彼の背中に手を伸ばす。何故かは分からないが意識も途切れようとしているのか目の前がチカチカと瞬く。意識を失う直前、彼女の見たものは…
微笑みながら手を振る、幼馴染の姿だった。


ーーーーーーーーーーーーー

「うわあああ!」


ユウキは布団を吹き飛ばすかのような勢いで上体を起こす。そんなユウキの目に入ったのは…見慣れた自分の部屋の内装だった。首筋がやけに湿っていると思い、手で撫でる。自分がかいた大量の汗が肌に付着していた。

「ハア…ハア…ハア…」

依然として大量の汗をかきながら荒い呼吸を繰り返す。ユウキは痛む頭を手で押さえ込みながら、少しだけ下に俯く。

「…今のは…?」

ユウキは夢の内容を思い出す。カズマのたくましい後ろ姿と最後の微笑みだけが網膜に焼き付いて離れようとしない。ユウキは下半身部分を布団から出して、ベッドの脇に移動させる。

「うっ…!」

再度頭痛がユウキの頭を襲う。ユウキは頭を手で押さえながら今日の出来事を振り返っていく。レッドプレイヤーたちに麻痺させられて、記憶が戻り、カズマに助けられたあとからの記憶が全くない。

『…多分抱きしめられたあと、すぐに気絶しちゃったのかな…』

ユウキは抱きしめられたことを思い出す。すぐに頬が赤みを帯びて、熱くなっていく。

『生きててくれて、ありがとうな。』

カズマの言葉を思い出してから、少しだけ笑みを浮かべる。彼の温度が、まだ自分の手の中に残っていた。

「…温かかったな…」

ユウキはそう呟いてからベッドから立ち上がった。



一階に降りると、ギルドメンバーはおらず姉であるランだけが本を読みながら座っていた。

「…姉ちゃん?」

ユウキが言葉を発して、すぐにランが体だけを後ろに向ける。そして、満面の笑みを浮かべた。

「ユウキ…おはよう。よく、眠れた?」
「えっ…あ、うん。」

夢の内容を思い出して少し口ごもったがすぐにこくりと頷く。

「…そう、良かった。晩御飯、食べる?」
「あっ、いや…」

今から用意させるのも申し訳ない気がして、すぐに断ろうとするが…先にお腹から空腹を訴える音が発生した。
その音を聞いて、ランは「プッ」と吹き出すと笑いながら立ち上がった。

「すぐに用意するわね。」
「…ありがと。」

ユウキは台所に消えるランを、頬を赤めながら見送った。



「…ご馳走様」

ユウキは手を合わせながらそう呟く。どうやら作っておいたものを冷蔵庫で保存していたらしく、少し冷めていたが十分に美味しかった。ちなみに、スリーピング・ナイツの料理当番はランとシウネーが交互に行っている。

「…姉ちゃん、みんなと一緒に…行かなかったの?年越しパーティー。」

その質問にランは微笑みながら答える。

「ストレスで寝込んでた妹を、放っておけるわけないでしょ。」
「…ありがとう、姉ちゃん。」

ユウキはランに素直な言葉を口にした。ランはその言葉にそっとかぶりを振る。

「別に…私も今日は外出したい気分じゃないし、わざわざ妹置いていくほどのことでもなかったしね。気にしなくていいわ。」
「…うん。」

ユウキは目の前の湯呑みに入っている熱い茶を少し啜る。

「…カズマは?」
「カズマさん?みんなに私達のこととかを説明した後に用があるとか言って1時間ぐらい前に出ていったけど…」
「…そう、なんだ。」

ユウキは力なく微笑みながらまた熱い茶を少しだけ啜る。

「…ねえ、ユウキ。」

ランに呼ばれて、ユウキは顔を上げる。

「何…?」
「やっぱり、寝てる時に何かあった?例えば…怖い夢を見たとか。」
「!?」

ランの指摘にユウキは驚きの表情を浮かべる。

「ど、どうしてそれを…!?」
「あなたねえ…私が何年お姉ちゃんしてきてると思ってるの?双子の妹の感情ぐらい雰囲気や顔でわかるのよ」

ランが呆れたように「やれやれ」と言いたげに首を振る。

「それで、どうなの?」
「…姉ちゃんには、敵わないな。」

ユウキは手元の湯呑みに視線を落とす。ランは少しだけ心配そうな声で質問する。

「それじゃあ…やっぱり?」
「うん、姉ちゃんの想像通りだ。ちょっと…嫌な夢を見ちゃってね。」
「どんな内容だったか…話せる?」

ユウキは悲しげに笑いながらこくりと頷く。

「うん…。カズマが、ボクを置いていって遠くに行っちゃう…そんな夢。」

ランはその言葉を聞いてハッと息を呑む。ユウキは構わず続ける。

「カズマが離れたところにいて、ボクはそれを必死になって追いかけたんだ。でも…どれだけ走っても、追いつかなかった。」

ユウキは体を震わせて、二の腕を抱くように両腕を交差させる。

「だから、夢から覚めた時本当に怖かった。いつかは本当にこうなっちゃうんじゃないかっていう不安と、焦燥感が一気に襲ってきたんだ。…1回は本当に離れちゃったし、もう一度…今度はカズマの方から…」
「ユウキ。」

諭すようなランの声に、ユウキは顔を上げる。

「カズマさんがそんなことはしない人だっていうことは私とあなたが1番よく知っているでしょう?それとも、いつも私達を守ってくれてたこと、忘れちゃった?」
「う、ううん。」

ユウキは細かく頭を横に振る。その動作を見て、ランは優しい笑みを浮かべる。

「なら、信じなさい。彼のことを。あの人は誰でも助けられるわけじゃないけど、大切な人は自分を盾にしてでも守る。そうでしょ?」
「…うん、そうだったね。」

ユウキは笑みを浮かべて、こくりと頷く。
ユウキは頷いてしまったが、内心にはまだ恐れがあった。恐怖というものは長い年月をかけて克服していくものなので、根拠の無い説得では克服することはほぼ不可能だ。たとえそれが、1番身近なものからの言葉だとしても。

「もう、大丈夫だから。ありがとう、姉ちゃん。」

ユウキは少し力ないが、精一杯の笑みを浮かべる。

「…そう。」

ランは少しだけ微笑むと、椅子から立ち上がった。

「そうだ、今晩はデザートもあるのよ。食べるでしょ?」

ユウキは正直食べる気はしなかったが、わざわざ用意してもらっているものを断るのは悪い気がして、「うん」と頷く。
ランは台所に入った後、20秒で帰ってきた。

「はい、どーぞ。」
「ありがと…」

ユウキは目の前に置かれたスイーツを凝視する。それは、ケーキだった。それもどこにでも売ってそうな生クリームのフルーツケーキ。そこら辺で売っているものよりもフルーツが多く、切り口の部分まで後付されたかのように生クリームで覆われていたが、大して気にするようなことではなかった。
ユウキは黙ってフォークを手に取り、端っこの部分を切り取って口に運ぶ。

「…!?」

それを口にした途端、ユウキは衝撃を受けた。今食べたケーキの中には、三つの甘みが存在した。
一つ目は、主体となっている生クリーム。二つ目は大量に乗せられた色とりどりなフルーツ。そして最後の一つが…優しいチョコレートの甘みだった。

「…おいしい。」

しかし、チョコレートなど何処に…
ユウキは切り口部分をのぞき込んだ。そこから見えたのは一般的な普通のスポンジではなく…茶色い、チョコレート味のスポンジだった。

「姉ちゃん、これ…」

ユウキはケーキを指さしながら、ランに尋ねる。ランは優しい微笑みを浮かべながら、ユウキに問う。

「思い出した?…カズマさんの、ケーキの味を。」

その言葉を聞いて、ユウキはようやく思い出した。このケーキが、どのようなものだったのかを。

そう、もう六年ほど昔。カズマがユウキとランに手料理を振舞った時に出したデザートがこのケーキだった。ユウキの《食べたことのないケーキを食べたい》という要望に応えるべく作った、カズマのオリジナルケーキ。
生クリームとフルーツの甘みの後にチョコレートの甘みがやってくるこのケーキは、かつてのユウキの舌を唸らせ、驚きを与えたものだ。

「それと…これはカズマさんから。」

ランはお盆の上にあった紙切れをユウキに渡す。ユウキはそれを受け取って、書かれてあった文字を読む。
そこにあった言葉は…また、ユウキの涙腺を緩ませた。


《これ食って元気出せ。 カズマ》


その言葉を見た途端に、目に熱いものがこみ上げてくる。それはたちまち涙へと姿を変えて、机の上に落ちていく。


「…このケーキを作るために…カズマさん、本当に頑張ったみたいよ。たまにケーキ作ってるシウネーが言ってたわ。『普通のケーキは簡単だけど、オリジナルケーキを作るには本当にとんでもない時間がかかる』って。たった一つのことでも、夢中になると止まらないのは昔と変わってないわよね…。」


そんなランの言葉も、ユウキにはほとんど聞こえていなかった。

自分にケーキを食べさせるためだけに、どれだけの時間を費やしたのだろう。どれだけ挫折しただろう。どれだけ…諦めかけただろう。

そんなことを考えると、ユウキは申し訳なくてしょうがなかった。カズマは自分のために頑張ってくれていたのに、自分は何も出来ていないことを。
そこで、ランはユウキの背中に手を添える。

「ユウキ…あなたのために、ここまでしてくれる人が…あなたを見捨てたりなんてするわけないでしょ?恐れる必要は、どこにもない。彼は、いつだってあなたを守ってくれる。だから、あなたは彼を手助けできるような…そんな存在になりなさい。」
「…うん…うん…!」

ユウキは涙を流して、口元を抑えながら、何回も頷いた。そして…もうひと口、口に運ぶ。その甘さを感じ取った途端に、また熱い何かがこみ上げてくる。もう、限界だった。


「ああ…ああああああああ!」


ユウキは机と腕に顔を埋めて、大声で泣き始める。
そんな泣き続ける妹を…双子の姉は、静かに後ろで見守っていた。
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