「姉ちゃん…ボク、カズマのところに行ってくる。」
ユウキの言葉にランは微笑んでこくりと頷く。
「ええ、それがいいわ。皆には私から説明しとくから、行ってらっしゃい。十二時ぐらいに帰るのもあれだから今日は泊まらせてもらいなさい。」
そんな提案にユウキは困ったような笑みを浮かべた。
「…OKが出たらね」
ユウキは立ち上がって、ドアの方へと向かっていく。ドアを開けようとした…ところで後ろから声をかけられる。
「ああ、ユウキ。ちょっと待って。」
ユウキは開けようとしていたドアを急制動させる。
「…なに?」
「これ持っていきなさい。」
ランはユウキにトレードウィンドウをとばした。ユウキはそのアイテム名を見つめてから、ランに一言。
「…何これ。」
その質問にランは両手を腰に当てて大して出ていない胸を反らして一言。
「女の夜の決戦服よ。」
ユウキにはその言葉の意味がわからなかった。
ユウキが目を覚ます一時間前…
俺は年越しパーティーのおかげでお祭り騒ぎとなっている主街区の大広場をゆっくりと通り抜けて薄暗い一本の路地に入る。このような場所は大体《彼女》との待ち合わせ場所だ。
俺は路地に入ってからすぐに目に入ってきた人物を見て、ゆっくりと片手を上げる。
「よっ、お待たせ。」
「数時間ぶりだナ、カズ坊。」
そう言いながら俺と《鼠》のアルゴは両腕を少し強めに交差させた。アルゴ曰く、これを出来るほど仲の親しいやつはアインクラッドでそんなにいないのだという(正直どうでもよかった)。
「いやあ、あの時はびっくりしたゾ?いきなり地図を見るや否やシュン坊の手を引っ張りながら走り始めるんだからナ。」
「あー…悪かったな、何も言わずに置いて行っちまって。」
「別ニ。メッセージに書いてあった通りのことが起きたならしょうがなかった、で片付けるしかないダロ。」
アルゴはそう言いながら腰から取り出したフリ〇クらしきものを口の中に放り込んだ。しばらくボリボリと口の中から咀嚼音が聞こえる。
そう、俺は自分と二人のことをスリーピング・ナイツに話す前にアルゴにある《お願い》をしていた。無論、今日あったことをすべてメッセージに書き入れて。
そこで新たな闖入者が現れる。
赤い着物に身を包んだ、シュンヤだった。
「よっ」
「おう、お疲れ。」
俺とシュンヤは先程のアルゴと同様に腕を軽く交差させる。俺たちは少しだけ移動してベンチに座ってから話し始めた。
「それにしても…レッドプレイヤー達のギルドの結成カ…安心して野宿出来なくなるナ…」
「まったくだ」
アルゴの言葉に俺とシュンヤはうんうんと頷く。
「あいつらは人を殺すことだけを生きがいにしてるような連中ばかりだ…この前だって圏内にいたはずのプレイヤーの殺人が起きちまったしな。」
俺の言葉にシュンヤはこくりと頷く。
「ああ、そこら辺は対策していきたいけど…アルゴさん、なんかあるんですか?」
アルゴはわざとらしく両腕を上げて首を横に振る。
「前にも言ったように、これは本人が注意するしかないからナ…対策していきたいけど対策のしようがないんだヨ。だから出来れば街からも宿からも出て欲しくないんだけど…」
「…そうすればアインクラッドの攻略自体が遅くなるか、下手をすれば進まなくなりますからね。やっぱり本人達が注意するしかない…ということですか。」
「そういうコト。」
アルゴは寝不足なのか少しだけ欠伸をする。
「…悪いな、無理させて。」
俺の声を聞いてアルゴは横目で笑う。
「別ニ、こんなの朝飯前サ。…そうだった、例の件、調べてきたゾ。」
アルゴはからの手をこちらに差し出すので俺はウィンドウを操作して千コルをオブジェクト化すると手のひらに乗せる。アルゴは「毎度」と言いながらそれを内ポケットにしまった。
「リューちゃんから話は聞いてきタ。やっぱり誘導したのは自分だって認めたヨ。」
「…そうか。」
俺は組んだ両手に自分の顎を乗せた。
リューネ。
ギルド《フランベルジェ》所属の両手棍使いの女性プレイヤー。
ギルドがスリーピング・ナイツとかなり親密な関係にあり、リューネ自身はユウキやランと仲が良かった。俺がキャンプを勧めた人物として一番怪しいと睨んでいたプレイヤーだ。
「リューちゃんを恨むなヨ。ギルドメンバー全員から話を聞いたけど、どうやらリューちゃん以外が攻略中にレッドプレイヤー達に捕えられて人質にされたみたいだっタ。それで、みんなを救うためにユーちゃん達を誘導したそうダ。」
「やっぱりな…。」
俺は彼女と何度か会ったが、完全にそんなことをするような娘じゃなかった。俺は人を見る目はある方なのでそれくらいは普通にわかる。
「また今度謝りに行くって言ってタ。全員でナ。」
すべてを話し終わるとアルゴはまた腰のポケットからフリ〇クを取り出すと口に入れて咀嚼する。
「ん。」
アルゴは残りの四つを俺たちの目の前に差し出す。
「…くれるのか?」
俺が恐る恐る聞くと、アルゴは少しだけ俺を睨みつける。
「他に何があるっていうんだヨ。見せつけてるとでモ?要らないならいらないって言エ。」
「ああ…悪い悪い。いただきます。」
俺とシュンヤは二つずつフリ〇クを受け取ると同時に口の中に放り込んだ。爽やかなミントの香りが鼻と口いっぱいに広がる。
「どこに売られてるか教えてやろうカ?」
アルゴはにたにた笑いを浮かべながら俺たちにそう問いかけてくる。俺とシュンヤはその笑いを見つめながら少しだけ笑みを浮かべた。
「教えて貰ったら、情報料取るんでしょう?」
「お、さすがだナ、シュン坊。よく分かってるじゃないか。」
「今までの経験で分かりますよ。」
そう、昔ベータテスターの中では「《鼠》と30分間話せばいつの間にか百コル分の情報が押し付けられている」とかいう噂がたっていた。現実はまさにそのとおりで、俺ですらいくら金をむしり取られたのか分からないほどだ。
俺がそんなことを考えているとアルゴが思い出したかのように「そういえば」と口にする。
「カズ坊、ユーちゃんは大丈夫なのか?昔の記憶が戻ってから目を覚ましてないんだロ?」
アルゴの口からそんな言葉が出て俺は少しだけ身震いをする。
昔、ランがユウキの記憶について信頼出来るやつに相談していたことでかなりのヤツらがユウキの昔の記憶が無いことを知っている(俺との関係は兄貴とシュンヤにしか話さなかったようだが)。
その信頼出来るやつにはアルゴも入っていて少し驚いた記憶がある。
金を積まれたら自分のステータスやスリーサイズすらも売るやつなのに(もちろんとてつもなく高い金額を求められるが)。
「…さあ、それは俺でもわかんねえよ。」
「さあって…あのなぁ、彼氏は彼女が困ってる時はそばに居てやるもんだゾ?」
「だから彼氏じゃねえって。」
俺は短くつっこむと後ろの背もたれに体重を預ける。視線を上に向けると次層の蓋が被せられていた。
「俺がわざわざいる必要も無いと思っただけだよ。あそこにはスリーピング・ナイツのメンバー達もいるしランっていう家族もいるんだ。俺みたいな部外者がいたってなあ…」
「お前は部外者じゃないダロ?」
俺の言葉を遮るかのようにアルゴが言葉を発した。俺が視線を向けた先のアルゴの目には少し真剣な色が浮かんでいた。
「お前がどう思ってるかは知らないけど、ユーちゃんは本当にお前のことを頼りにしてたゾ?『いつも助けてくれる王子様だ』って。」
「…あいつそんな恥ずかしいこと言ってたの?」
少し呆れた顔の俺の言葉にアルゴは肩をすくめる。
「さすがに《王子様》のことは行ってなかったけどな…まあ、お前のことをこの世界の中で1番信用して信頼してるのは確かだヨ。オレっちたちの視点から見てもそうとしか見えないシ。ナア?」
アルゴがシュンヤに向かって聞くとシュンヤはこくりと頷く。
「ええ、ユウキがカズマのことを信頼してるのは見てれば分かります。そもそも信頼できないやつに抱きついたりはしないでしょうしね。」
シュンヤの言葉のあと、アルゴは少しむかつく笑みを浮かべる。
「そんな訳ダ。お前はユーちゃんが一番信頼していル。部外者か部外者じゃないかはそれだけで決まるもんなんだヨ。」
「…教えてくれたのはありがたかったけど…何でお前はそういつもいつも知ったか顔なんだよ。」
俺の言葉にアルゴはベンチから立ち上がる。
「何でって…決まってるダロ?」
少しだけステップを踏んでからニカッと笑った。
「オネーサンだからだヨ。」
俺は静まり返った道を歩き続ける。年越しパーティーは大広場で開かれているのでこのようなそこまで賑わってない通路は店などは開かれない。
シュンヤに行こうと誘われたが、すぐに断った。
…そんな気分じゃなかったからだ。
俺は途中で袋入りのナッツ一つとシャンパンをグラスで二つ購入する。この二つは最近の俺のお気に入りで小腹がすいた時はよくこれを購入している。
「はあ…」
肺に溜まっていた空気を吐き出すと、すぐに仮想の冷気に反応して白く可視化する。
「…」
アルゴの言葉を思い出す。あいつはユウキが俺のことをこのアインクラッドの中で一番信用し、信頼していると言っていた。それが嘘だとは思わない。しかし同時に、言い過ぎではないかと思えてもくる。いくら信頼していると言っても一番はないだろうという感情が俺の心には存在した。
「実際…守れてねえしな…」
俺は握りこぶしを作ってからそう呟く。
自分の中でだが、ユウキとランたちのことを守ると決めておきながら、危うく殺されかけたのだ。情けないことこの上ない失態である。つまり、なぜ俺がユウキの横にいなかったかと言うとただ単に顔を合わせると罵倒されるのが怖かっただけなのだ。そんなことあるはずがないのにどうしても足がすくんでしまった。
故にアルゴと会うことを理由にこうして出てきたのだが…さすがに何も言わず出ていったのは不謹慎じゃないかという思いも出てきた。
「…明日ぐらいにまた顔出すか。」
そうすればユウキも起きているだろうから、俺はそう決めた。
俺が視線をあげると少し先に角が現れる。あの角を曲がって数十メートルほども歩けば俺の宿につく。
早く暖かい我が宿に入って暖まろう、などと考えながら足早に前へ進む。俺が首を少しだけ縮めながら角を曲がった…瞬間。
俺の目に、《それ》は映った。
俺の視線は自分の宿に向いていた。
それも部屋のある2階ではなく、一階にある宿屋の玄関。
そこに彼女は立っていた。
服装は見るからに寒そうな紫色のミニスカートに黒のストッキング。俺の角度から微かに見える上着は恐らくいつものインナーの上に少し長袖を着て、紫色のコートを羽織っている。
頭には、いつものバンダナ。
流水のような紫色の髪が、冷たい夜風に揺れていた。
俺の目の前に、最も愛する少女が立っていた。
ユウキは宿屋の外に出ると、冷えきった自分の手を温めるためにハアーッと息を吐きかける。
現時刻は午後十一時前。カズマに会うためにここまで来たのだが、部屋の扉をノックしても、扉の前で10分ほど待ち続けても彼は現れなかった。恐らくまだ《用事》が終わってないのだろう。
「やっぱり…無理かな…」
そんなことを呟きながらもう一度手に息を吐きかける。
お礼を言いたくて、謝罪したくて、会いたくて…またあの体温を感じたくて、ここまで来たのだが、無駄で終わりそうだった。
「…帰ろう。」
元気づけてくれたランには申し訳なかったが、いないとならばどうしようも無かった。
ユウキは帰るために転移門のある右方に体を向けて一歩踏み出した…その時。
背後から、あの声が投げかけられる。
「よう。」
ユウキは踏み出そうとしていた2歩目を無理やり止めて、元の場所に戻す。そして、回れ右の要領でゆっくりと後ろに振り向いた。
そこには、《彼》が立っていた。
いつもの黒いフードコートに、同色のTシャツ。
同色のズボンに同色のブーツ。ポケットに突っ込まれた手首には買い物袋がぶら下げられている。
そして顔の口元には、昔と何ら変わらぬ不敵な笑み。
ユウキは黙り込んだまま目を少し見開いて、幼馴染であるカズマを見上げていた。
「なんだよ、幽霊を見るみたいな目をして。そんなに驚くことねえだろ…」
カズマの言葉の途中で、ユウキは駆け出した。
およそ10メートルを、2回の駆け足で詰める。
そして、彼の背中に腕を回して胸元に顔を押し付ける。カズマの体温が肌に伝わるように、力強く。
『…温かい。』
ユウキはほんの少しだけ、笑みを浮かべた。
今自分の近くに、誰よりも信頼できて、誰よりも愛する異性がここにいる。それだけで、喜びの笑みが浮かんだ。
カズマはしばらく驚いたかのように硬直していたが、すぐにユウキの背中に右腕回して力強く抱きしめ、左手で頭を撫でる。
ユウキはよりいっそう頭を胸元に押し付けた。
カズマは撫でるのをやめると、少し提案する。
「…ここじゃあ少し寒いから、部屋の中に入るか。」
「…うん。」
ユウキは首肯する。カズマは少し微笑むと手を離す。
「…とりあえず手のけてくれ。」
「…やだ…」
「…は?」
カズマは少しだけ素っ頓狂な声を出す。ユウキは抱きついたまま繰り返す。
「やだ…。このまま。」
「え、ええっ…このままって…」
困った声を出すカズマにユウキは小さな声で発言する。
「カズマが温かいから、離れるのは無理」
「う、うーむ…」
カズマが唸るような声を出す。それからしばらく考え込んで、「そうだ」とばかりに手を打った。
「じゃあ、腕外してくれ。」
「…」
ユウキは無言で回していた腕を自分の体の横に移動させる。カズマは少しだけ腰を下げると、ユウキの首筋と膝の裏に手を回す。そして一気に持ち上げた。
「わっ!」
いきなりの出来事にユウキは驚いたかのような声を出す。
「これなら、いいだろ?」
不敵な笑みを浮かべるカズマを見ながら、ユウキは数回目をぱちぱちしてから、ニッコリと微笑む。
「うん…」
ユウキはカズマの首筋に腕を回して、自身の顔を鎖骨部分に埋めた。カズマはユウキの頭に自分の頬を一回擦り寄せると、宿屋に向かって歩き始めた。