ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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久しぶりの投稿、すみません!少しでも皆様に楽しめて貰えたら幸いです!それでは、どうぞ!


第34話 竜使いの少女

眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い。

 

俺の脳内をそんな単語が埋め尽くす。

仮想…いや、この手の欲求なら現実の脳から出た欲求なのか。

 

俺…カズマこと桐ヶ谷和真は、今ようやくの思いでアインクラッド第47層にある自室に戻った次第だ。

現時刻は、朝の1時と言ったところか。

時刻を見ようにも、もはや余計な力を使うことすらもどかしい。

 

ちなみに、こんな時間まで何をやっていたか端的に言うと、数日前から各層のダンジョンに潜ってラフコフ…レッドギルドのアジトを探していたのだ。

 

基本的に、20時間は動き続けた。

勿論体には限界があるので安置部屋を見つければ仮眠をしたりはしていた。…が、バッド。

そんな石造りのダンジョン内にベッドなんてあるはずもなく、今の俺はおよそ五日ぶりのまともな睡眠が取れるわけだ。

 

装備を外して、寝るとき用の衣服に素早く着替え、そして…

 

「…ぐえっ。」

 

死ぬように、ベッドに倒れ込んだ。

 

だが、このまま眠る訳にはいかない…。せめて調査結果を…あの見つからない…情報屋に…

 

「…ぐー…」

 

…そんな意志とは反して、俺の意識は深い闇の中に刈り取られた。

 

ーーーーーーーーー

 

このまま話を進めるのもあれなので、読者の皆には彼の調査結果を報告しておこう。

 

単刀直入に言うと、彼の調査は失敗に終わった。

途中で中断したという訳ではなく、ただ単に、ラフコフのアジトを見つけることが出来なかったのだ。

 

だが、彼の努力は無駄にはならない。何故なら、その流れてきた情報、噂が嘘であったと、確認できたのだから。

 

ーーーーーーーーー

 

チチチッチチッ

 

「…んむ…」

 

窓から差し込む日差しの眩しさに、俺は目を覚ます。寝すぎたのだろうか、頭が気怠い。

 

「ふぁ…ぁ…」

 

固まった体を解すように伸ばすと、無意識にそんな声が漏れる。

もう少し寝たい気もするが、これ以上寝たら体が訛りそうだったので足をベッドの側面に移して体を座っているような体勢に変える。

 

恐らく髪が乱れているだろうが、もはや直すのもめんどくさい。ストレージを開いて時刻を確認。十時過ぎを示していた。

たっぷり9時間も寝ていた計算だ。

 

「あなた、寝なさ過ぎじゃない?もう少し寝てもいいんじゃないかしら?」

 

俺は声のした方を向いた。ふよふよと頭上を浮遊する妖精、メルに俺は解答する。

 

「そうでもねえよ。知ってるか?人は9時間寝たら十分なんだぞ。」

「あのねえ、あなた昨日までの自分の所業を思い出しなさい?睡眠不足で倒れてもおかしくなかったのよ?」

「大丈夫だって、現実世界で慣れてる。」

 

カズマがそう言うと、メルは少し不服そうにどこか諦めたようなため息をついた。

 

それを横目で見ながら、そそくさと遅めの朝食の準備を始める。メニューはとくに凝ることもなく、簡素なスープにサラダ。

それと下の店舗で買っていたパン。

 

この世界では食べ物が腐ることは無く、何ヶ月もストレージ、又は冷蔵庫(らしきもの)に入れておけば幾らでも置いておける。

ちなみに、今カズマが食べているパンはおよそ数ヶ月前、お気に入りを買いためておいた時のものだった。

 

「…うん、いけるいける。」

 

彼は、数日ぶりのまともな食事をゆっくりと食した。

 

ーーーーーーーーー

 

「はぁ…はぁ…」

 

薄暗い森の中、ツインテールの少女…ビーストテイマーであるシリカは荒い息を繰り返す。仮想の肌に流れる一筋の汗を装備の袖で拭き取った。

 

ここは、35層にある《迷いの森》と呼ばれる地帯。その名の通り深い森が広がり、移動でもありとあらゆる所に転移する空間があるため迷いやすくなる厄介なダンジョンだ。

 

そんな所で、彼女は1人、この層での最強クラスの猿人モンスター《ドランクエイプ》の群れの相手をしていた。

 

このモンスターは特に対応が難しく、ただのステータスのみではなく、群れの行動を好み、プレイヤーのみ使えるパターンである《スイッチ》さえ、使いこなすほど。

 

余程安全マージンを取っていないか、パーティーを組んでいないものでないと相手にするのは難しいのだ。

そんな少女に対して、横に浮遊していた青色の小型モンスターがブレスを吐いた。だが、これは決して彼女を攻撃した訳では無い。

逆に彼女の半減したHPバーがみるみる回復し、黄色が緑色へと変化する。

これは、プレイヤーが《テイム》したモンスターだけが行う、特殊動作だ。

 

割合は少ないが、1部のモンスターはある一定の条件を満たすとプレイヤーになつき、行動を共にするようになることがある。

そうするとそのモンスターはバトル中にプレイヤーのことを体力面や攻撃面でも援護するようになり、SAOではそうやってテイムしたモンスターと行動を共にするプレイヤーのことを《ビーストテイマー》と呼ぶようになる。

 

彼女…《シリカ》はとある幸運から、ビーストテイマーになるに至ったのだ。彼女は傍らにいる水色の小竜に《ピナ》と名付けて、相棒として苦楽を共にしてきた。

 

「セアアアァァァァ!」

 

回復して持ち直したシリカのソードスキルがドランクエイプの一体の体を深々と抉る。HPバーが黄色から赤へと突入した。

 

『いける…!』

 

シリカは着地した直後、すぐに地面を踏みこんで跳躍。

ドランクエイプとの距離を一気に詰めた。

 

瀕死の一体に、刃を突き立てようとした…

 

「!?」

 

しかし、そこでドランクエイプは思わぬ行動に出る。

瀕死の一体がふらつきながらも後ろに下がり、少し離れたところにいた一体がシリカとの間に割って入ったのだ。

 

『しまっ…』

 

彼女は咄嗟に剣を構えてガード。ギリギリで間に合い、棍棒と短剣が凄まじい衝突音と共にぶつかり合った。

 

「キャアッ!」

 

ガードには成功したものの、衝撃で彼女の小柄な体は吹き飛ばされ、

 

「アウッ…!」

 

近くにあった木に、背中から激突した。

 

その衝撃でシリカは弱スタン状態に陥る。ほんの数秒動けなくなるだけではあるが、それでも戦闘中の数秒は命の危険性をはね上げる。

見ると、先程まで瀕死であったドランクエイプも片腕に持っている容器の液体を煽ってHPを回復していた。

 

「スイッ…チ…」

 

シリカは荒い呼吸からその単語を絞り出す。

彼女の頭から抜け落ちていた、ドランクエイプの行う《スイッチ》。

 

それこそがこの勝負の明暗を分けてしまった。

シリカの状態を見て、ドランクエイプはすかさず棍棒を振り上げた。それを見て、シリカの体は強張る。

 

『ダメ…このままじゃ…!』

 

体を動かそうにも言う事を聞かない。たった数秒のスタンのはずなのに、永遠のように感じられた。

 

そして…

 

「ひっ…!」

 

無慈悲にも、棍棒は彼女めがけて振り下ろされる。

抗えない恐怖。脳をよぎる明確な死のイメージ。

 

数々の思考が、彼女の視界をも埋め尽くした。

 

…だが。

 

「…え…?」

 

そんな彼女の視界に、振り下ろされる棍棒の他に、何か別のものが入り込む。

《それ》は振り下ろされる棍棒とシリカの延長線上に身を投げ出した。…彼女を庇うかのように。

 

「キュルルゥッ!!」

 

そんな鳴き声をあげながら棍棒を迎え撃つ。

 

ドガッ…!!

「キュアッ…!」

 

しかし、そんな行動をしたがために小竜…シリカの相棒である《ピナ》はドランクエイプの棍棒によって、地面に叩きつけられた。

 

「……ピナ!!」

 

その光景を見た直後、シリカのスタンも同時に切れる。彼女はすぐさま相棒に駆け寄った。叩きつけられたその体躯を優しく、しかし素早く抱き上げる。

 

「ピナ…しっかりして…!お願いだから…ッ!」

 

そんな彼女の懇願が迷いの森にこだまする。しかしそれも虚しくピナのHPバーは減少し続け…ついには、バーが弾け飛ぶ。

 

「ピナッ…ピナッ…!」

「キュ…ウッ…」

 

そして小竜は小さく呻くと、その目をゆっくりと閉じた。

 

「ピナァッ!!」

 

涙混じりの少女の絶叫。

 

 

 

カシャアアァァァンッ…!

「ひぁっ…!」

 

 

だが、現実は非情。

 

その直後に淡く光っていた小竜は、その体を無数のポリゴンへと変化させた。

 

彼女の仮想の手が感じていた重みが、温もりが、全て嘘だったかのようにその手は空を掴む。

一瞬、思考が停止したように感じた。

無数のポリゴンの中から、1枚の羽毛が芝へと舞い落ちるのをシリカは視界の端に捉える。

 

「グオオオオォォォォ!」

 

それらも、ドランクエイプの叫びにかき消され、彼女は座り込んだままドランクエイプのいる方にゆっくりと上半身を回転させた。

 

まず目に映るのは、棍棒をこちらに向けて振りかぶる一体のドランクエイプ。その左右には同じフォルムのモンスターが一体ずつ。

 

明らかに、シリカ1人だけでは相手に出来ない数。

 

…だが、ドランクエイプ達は襲ってこない。

いや、それどころかその体勢のまま動こうともしないのだ。

三体の様子にシリカが違和感を感じる中、やがて三体はその体を大きく歪ませ…

 

カシャアアァァァン!

 

またも無数のポリゴンが宙を舞い始めた。

 

何が起こったか分からないシリカ。

だが、その答えはすぐ目の前にあった。

 

…いや、()()

 

ドランクエイプがいた場所の、さらに奥。ほんの数メートル離れた場所に人が立っている。その人物は剣を抜き、振り抜いた状態で立っていた。

 

それを見つめるシリカは唖然とし、自然と足の力が抜けて、ペタリと座り込む。そんな彼女の様子を見て、剣を一振りして鞘に押し込んだ青年は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「…すまない。君の友達、助けられなかった。」

 

その言葉に、目から涙が溢れる。死からの恐怖から逃れた安堵など感じない。

彼女を、後悔と自責の念が埋めつくした。

 

「ピナ…」

 

シリカは震える手で、地面に落ちた水色の羽毛を持ち上げる。

シリカの涙が、羽毛に零れ微かなポリゴンとなって飛散する。

それを見て、青年の顔に一層影が落ちるが、シリカは涙を振り落とし、必死に震える声で呟いた。

 

「…私が悪いんです。1人で迷いの森を抜けるられるなんて…勝手に舞い上がって…」

 

涙をもう一度拭いながら、羽根を胸に抱きしめそっと青年の方に向き直った。

 

「…ありがとうございました、助けていただいて…」

「ああ、いや、礼はいいよ。俺は別の目的でこの場所に来てただけで…たまたま通りかかっただけだし。それよりも…」

 

青年はしゃがみこむシリカに視線を合わせるように膝を折り、指先を羽根に向けた。

 

「その羽根のことなんだけどさ、アイテム名とか付いてないかな。」

「え…?」

 

そう言われて、シリカは確かに、と思う。

いくらそれがテイムモンスターからであっても、モンスタードロップであることに変わりはない。なら、そのドロップしたアイテムには名称があるはずだ。

 

シリカは自身の胸から羽根を遠のけ、おそるおそる水色の羽根をタップ。するとひとつのウィンドウが現れた。

 

そこに書かれていたアイテム名は…《ピナの心》。

 

それにまたシリカは涙ぐんでしまうが、青年の「泣かないで…!」という少し慌てたような声で不思議と止まる。

 

「《心》というアイテムのままなら、まだ蘇生の可能性がある。」

「…え?」

 

そして、次の言葉に、思考が止まる。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。だが、だんだんとその言葉の意味を理解し、そして一気に喜びが押寄せる。

 

シリカは無意識に身を乗り出し、「ほ、本当ですか!?」と急かすように問う。

それに青年は「ああ」頷く。

 

「この上の四十七層に《思い出の丘》という小高い丘がある。その頂上に咲く花を使えば、亡くなったテイムモンスターを蘇生できるんだ。最近出た情報だから、あまり知られてないけどね…」

 

それにシリカがさらに笑顔を深めるが、だが情報の一部に気を落とす。

 

「四十…七層…」

 

今シリカが前線としているのはだいたいこの層の前後あたり。つまり三十六~三十四層。そして思い出の丘は、四十七層。もちろんシリカは安全マージンなど取れておらず、単独で行けば、確実に命を落とすだろう。

 

「依頼料さえ貰えば俺が行ってもいいんだけど…モンスターの主が行かなきゃ花は咲かないらしいんだよ。」

「だ、大丈夫です!確かに時間はかかるかもしれないけど、もっとレベルを上げれば…!」

「残念だけど、テイムモンスターを蘇生できるのは、死んでから3日間のみだ。そこから先は…《心》が《形見》という表記に変わって、もう蘇生は出来なくなる。」

「そ、そんな…」

 

シリカの思考をまた、さらなる絶望が包む。

たった三日では10もレベルを上げるなど出来るはずがない。

 

「私のせいで…ごめんね、ピナ…」

 

彼女の悲痛な声が、迷いの森の木々にほんの少し反響する。

 

その声を聞いて、青年は静かに立ち上がった。そして、慣れた手つきでウィンドウを操作する。やがて、羽根を見つめていたシリカの目の前に、1枚のトレード・ウィンドウが現れた。

 

自分が受け取る欄に、ありとあらゆる見たことの無い装備名が羅列されていく。

 

「この装備なら五~六レベは底上げできる。あとは…まぁ、俺が一緒に行けば、なんとかなるだろ。」

 

勝手に進んで行く話に、シリカはついていけなかったが、話を理解するにつれて少しだけ後ずさる。

 

「なんで…そこまでしてくれるんですか…?」

 

それは、シリカの経験から出た、無意識の警戒であった。

 

 

シリカは、アインクラッド内では非常に珍しい、女性プレイヤーである。それ故に向けられる視線はどこか性的なものが多く、囚われた時齢13歳であった彼女にとっては、あまり心地良いと思えるものではなかった。

パーティーでは特別扱いされ、デートにも誘われた。

時には、自分よりも三十ほど上であろうプレイヤーから求婚されたりもしたのだ。

警戒も、致し方ないだろう。

 

 

青年はその問いに、少しキョトンとしていたが、少しして「うーん」と唸る。

 

「まぁ、警戒もするか…。…笑わないって約束してくれるなら、教える。」

「笑いません。」

 

シリカは毅然とした顔で、そう約束する。

 

青年はなおも悩んでいるようであったが、それでも意を決したように、しかし少しだけ視線を逸らして呟いた。

 

「…君が…妹に、似てたから…」

「え…?」

 

どこか拍子抜けする、彼の回答にシリカはしばらく唖然とする。しかし、時間が経って不思議と可笑しさが込み上げてくる。

 

「ぷっ…」

 

そして我慢できず、ついに吹き出してしまった。

 

「あははは…あはははははは…!」

 

思わず大声で笑ってしまい、それに青年はバツが悪そうな顔をした。

 

「わ、笑わないって言ったのに…」

 

本当に傷ついたのか、顔をうなだれ青年が気を落としてしまう。

シリカは溢れた涙を、先程まで流していたものとはどこか違う涙を拭いながら、「すみません」と謝る。そして、彼女は確信した。

 

『悪い人じゃないんだ…』

 

この人なら、信用出来る。そう思える何かが彼にはあった。

 

「あの…私、シリカって言います。」

 

少しだけ変な雰囲気となった場を戻すべく、シリカは少しシンプルであったが、自己紹介を行った。

それには青年も少しだけ間を置いたが、すぐに笑みを浮かべて、手を差し出した。

 

「俺はキリト。短い付き合いになるかもしれないけど、少しの間よろしく。」

「はいっ!」

 

シリカは差し伸べられた手を、確かに握り2人は固い握手を交わす。シリカの手をたくましい強さが包み込んだ。

 

ーーーーーーーーー

 

第三十五層の主街区《ミーシェ》へと足を踏み入れたシリカは、体に張り巡らせていた緊張を解いて、横を歩くキリトに口を開く。

 

「そういえば、キリトさんのホームは何層にあるんですか?」

 

その質問にキリトは歩きながら少し悩むような仕草を見せる。

 

「一応五十層だけど…今から戻るのもめんどくさいし、今日はここに泊まっていくよ。」

「そ、そうですか!《風見鶏亭》っていうお店のチーズケーキ、結構いけるんですよ!」

「へぇ…それは楽しみだな。」

 

そう言って少しだけ楽しみにするかのように微笑むキリトの横顔を見て自身の心臓が跳ね上がるのを彼女は感じる。それはまだ、彼女が感じたことの無い感情(モノ)だった。

少し戸惑いもあったが、

 

「はい!」

 

彼と共に笑い、不快では無い動悸を彼女はそっと胸にしまった。

 

 

歩き始めしばらくした後、質屋から出てきた集団を目にして、シリカは少しだけ足を竦ませた。

 

その様子にキリトも同調して足を止めるが、その目は分からないことを示すようにシリカへ向けられている。

 

やがて集団の先頭にいた両手槍を背中に背負う赤髪の女性がシリカに気づいて近づいてくる。そして、どこか不気味な笑みを浮かべながらシリカへと言葉をかけた。

 

「あらぁ、シリカちゃんじゃない。迷いの森を抜けるられるなんて、凄いわね。」

「…どうも、ロザリアさん。」

 

 

シリカは元々、あの迷いの森にソロで潜り込んでいた訳では無い。あるパーティーの一員として、武器強化の素材集めという名目で探索を行っていたのだ。しかし、その途中のバトル後、今目の前にいるロザリアという名の赤髪の女性と対立し、そのまま仲違いして、ソロで行動していたのだ。

 

 

「ところでシリカちゃんいつもあなたの横にいる水色のトカゲがいないみたいだけど…ひょっとして…?」

 

皮肉げな彼女の笑み。

不快なそれを、しかしシリカは一瞬逸らしただけで毅然と真っ向から視線をぶつけた。

 

「…ピナは死にました。けど、絶対生き返らせます!」

 

シリカの宣言に、ロザリアは小馬鹿にするように口笛を吹く。

 

「てことは、《思い出の丘》に行くわけ?けど、あなたのレベルで攻略できるの?」

 

その言葉に、シリカは反論できない。先程キリトから貰った装備を付けても、安全マージンを取れているとは言わないだろう。

しかし、少し身ごもったシリカの前に立つように、キリトが割り込む。

 

「あんたの疑問は、俺が手伝うことで解消出来るよ。そんなに難しいクエストでもないしな。」

「あら、随分な自信ねぇ、剣士サン?見たとこ、あんまり強くなさそうだけど、あなたもこの子に丸め込まれたクチ?」

 

ロザリアのそのからかうような、安い挑発に、しかしシリカは激しい憤りを覚える。

だが、彼女の顔の前でキリトが掌を広げて静止を促した。そして、どこかおどけたように「ご想像にお任せするよ」と返した。

 

「行こう、あまり寄り道はしない方がいい。」

 

キリトにそう言われて、シリカはどこか煮え切らないまま「はい…」と頷き、後を追う。

後ろからロザリアの「ま、精々気を付けてねー」という声だけが聞こえた。

 

ーーーーーーーーー

 

「…どうして、あんな意地悪言うのかな…」

 

風見鶏亭での、食事中のシリカの言葉に、キリトが傾けかけていたグラスをとめ、シリカの方を見た。

 

 

「…君は、VRMMOはこのゲームが初めて?」

「…はい」

「そうか…こういうVRMMORPGでプレイヤーの性格が変わることは、実は珍しくないんだ。シリカはLINEなんかで普段は大人しいのに、凄い饒舌の文を流してくるような子を見たことは無い?」

「あ、はい。あります…」

「それと同じなんだ。最も、今回はそんな知り合い同士のやり取りじゃないから尚更タチが悪い。性格だけじゃなく、物事の価値観さえ分からなくなることもあるんだ。現実(リアル)じゃバレないっていう保険は、人格さえも変える。」

 

 

キリトは視線だけを上にあげて、さらに自身のカーソルを指さす。

 

 

「ここにあるカーソル、俺は別に何もしてないから緑色だろ?」

「…はい。」

「これがノーマル。犯罪者…つまり他のプレイヤーに危害を加えるとこの緑色は変色してオレンジ色になるんだ。属にこの色のプレイヤーは犯罪者プレイヤー、オレンジプレイヤーなんて呼ばれるようになる。」

 

 

キリトはそのまま卓上に手を置くと、さらに話す。

 

「そして…その括りの中でも、PK…殺人を冒したものは《レッドプレイヤー》と呼ばれるようになるんだ。」

 

殺人、という単語を耳にした途端、シリカの体がピクリと震える。キリトは暗い面持ちのまま続ける。

 

「このゲームはHPが0にさえなれば相手を殺すことになる。その事に快感を覚えるようなやつも出てくるんだ。まあ、そんなやつはほとんどいないけど…」

「そ、そんな…」

 

そう言いながらも、彼の顔には段々と影が落ちていく。そして、まるで自身を責めるかのような声色で「それに…」と続ける。

 

「俺も、人の事を言える立場じゃない。仲間を見殺しにしたことだって…」

 

その苦悶の表情を見て、シリカは目の前の青年に今まで感じていた大人びた気配が消し去るのを感じた。

彼も、いくら腕は立つとは言え、一人のプレイヤーであり人間なのだ。そこはシリカ自身と何ら変わりない。

 

そう勘づいた直後に、シリカの体は動いていた。卓上にあったキリトの手を両手で包み込む。

 

「き、キリトさんはいい人ですっ!私を助けてくれたもん!」

 

シリカのその行動に、キリトはしばらく動かないでいたが、やがてそれが慰めと気づいたのか、シリカの手を包み返す。

 

「…元気づけてたつもりが、こっちが元気づけられちゃったな。」

 

キリトは、シリカを見つめながら微笑む。

 

「ありがとう、シリカ。」

 

そんな、キリトからの軽い不意打ちに、しかし彼女の心臓はドキリと跳ね上がる。頬が紅潮し、鼓動が早くなるのを自身でも感じる。

 

それ程までの身体変化に目の前の青年が気づかない訳もなく、心配そうな顔で「シリカ…?」と呟く。

 

シリカはそんな彼の視線に逃げるように目をそらすと、

 

「あ、あれー?なんか暑いなー。暖炉が効きすぎてるのかなー。あ、キリトさん食べ終わりましたか。デザート頼みます?」

「え、あ、ああ…そうしようか…」

「すいませーん!デザートお願いしまーす!」

 

そんな不自然なまでの早口でまくし立て、素早く話題転換を行った。

その後、シリカはキリトの顔をまともに見れなかったとか…

 

ーーーーーーーーー

 

夜。

シリカは眠れず、1つの扉の前に立つ。

 

あの後、2人はそれぞれの部屋にチェックインして解散となった。しかし、フル稼働させていた脳を休めようと目を閉じても一向に意識は飛ばなかった。

 

疲れているのに、眠れない。

 

恐らく、この1日とても多くのことがあったからだろう。

故に、彼女はこの時間を無駄にはすまいと、確かなる決意を持って、キリトが取っている部屋の前へと立っていた。

 

『べ、別にキリトさんに会いたいとかじゃなくて…そう、明日の予習をしなくちゃならないし!それにノックして出てこなかったら部屋に戻るし!』

 

前半本音が漏れていた気がしたが、気にしてはならない。

 

シリカは深呼吸の後、2、3回ノックをした。やがて「はい」と言いながら中からキリトが扉を開けて、シリカを見下ろして少し驚いた顔をする。

 

「あれ、シリカ。どうしたの?」

「あ、えと…あ、明日のことを予習しておきたいな、と…思ったんですが…キリトさん、今大丈夫ですか?」

「ああ…そういう事か。それもそうだね。それじゃ、下の階ででも…」

「あ、いえ!さ、さすがに他のプレイヤー達に聞かれちゃまずいので…」

「おっと、ごめん。確かにその通りだ。じゃ、俺の部屋でいい?」

「は、はい!」

 

我ながら、よく今の理由付けが口からスルッと出てきたなとシリカは自分で感心する。まあ、別に階層のことについて話すだけなので誰かに聞かれてもどうということは無いのだが、キリトがあっさりと了承してくれたことも、シリカにとっては都合が良かった。

 

「特別何も無いけど、どうぞ。好きなとこに座ってくれ。」

「は、はい!おじゃましまーす…」

 

シリカは部屋に足を踏み入れ、椅子へと近づいたところで、あることに気づく。

 

『香水…?』

 

自身の部屋では香ることのない安らかな香りが彼の部屋には充満していた。それの発生源を目で追う。

そして、ベッドの枕元に置かれている、ピンク色の小瓶を見つけた。シリカはそれに近づき、興味津々な目でそれを見つめる。シリカが近づくと同時にキリトは茶を入れながらニヤリと笑う。

 

「それ、《フレグランス・ポーション》って言ってな、52層の怪しげな店にしか売ってないレア物なんだよ。」

「へ、へー…!キリトさん、こんなのにも詳しいんですね。」

「意外だった?」

「あ、いえ!少し驚いただけで…」

 

手と頭を同時に振って否定するシリカに、キリトはティーカップを置きながら苦笑した。

 

「ま、俺が見つけたわけじゃないんだけどな。そこそこつるんでる連中の1人が、『睡眠の質向上にいいから』って言ってくれたんだよ。」

「へー、お優しいんですね。」

「多分そいつが本当にあげたかったのは俺じゃなくてもう1人の方だと思うけどな。最近ほとんど寝てねえみたいだし。…ほんと、世話がやける…」

「…キリトさん?」

 

少し沈んだ声を出すキリトにシリカが心配そうに声をかけると、彼は慌てて「悪い、脱線したな」と言ってアイテムストレージを操作する。

 

それにシリカは尚も心配そうな視線を向けていたが、いつの間にかキリトの表情は元に戻っていたので、違和感を残しながらもシリカはキリトの向かい側へと座る。

 

やがてキリトはストレージから3つのアイテムを取りだし、卓上へと出現させる。そして、青色と緑色の小瓶2つをシリカへと差し出した。

 

「え…?」

「お近づきの印…って言ったらあれだけど。まあ今日会えた記念ってことで。」

「そ、そんな…!いただけませんよ、こんな高価なもの!」

「気にしないで…って言うか、実はさっき言ったやつから貰ったのが余りに余っててさ…貰ってくれるとありがたい。」

「…そういうことなら、貰いますけど…」

「いやすまん、なんか押し付けたみたいになっちゃって。感謝する。」

「い、いえ。私も欲しいなとは思っていたので…」

 

「お代が飛んでラッキーでした」と笑顔を浮かべるシリカにキリトはホッと安堵の表情とため息を浮かべ、シリカの心臓はそれで更に跳ね上がった。

 

『まったく…忙しないなぁ…』

 

しばらく慣れそうにないなと、彼女は心の中でため息をついた。

 

 

「じゃ、ひとまずダンジョンの説明といこうか。」

 

そう言ってキリトは先程出したアイテムの残り1つ。立方体をワンタッチ。少しの操作の後、立方体から光が溢れ出し、やがてそれは暗い空間に球体の精密な《地図》を作りあげていく(ちなみに、現在の部屋は光源は全て切っている)。

 

「うわぁ…綺麗…」

 

「《ミラージュスフィア》っていうアイテムだよ。ギルドミーティングなんかで重宝するんだ。」

「へー!…あれ、でもキリトさんは…」

「あ、いやまぁ、俺はギルドには入ってないけど…た、例えだよ例え!」

「も、もちろん分かってますよ!」

 

キリトという少年は普段はどこか大人びており、シリカからすれば年上のように見えるのだが、今のような《素》が現れた時はどこか年相応な…シリカとさほど変わらないのではないかとさえ思えるような様子が伺える。

 

『…私、キリトさんのことまだなんにも知らないな…』

 

そんなことを考えながら、シリカはキリトの説明に耳を傾けた。

 

「…で、ここが丘になってて、ここまで来るとこの一本道しかないんだけど……っ」

 

ピタリ、とキリトは先程まで動かし続けてていた口を止め、ある方角を睨む。その眼光はどこか、獲物を睨めつけるような鋭さを宿していた。

 

「あ、あの…き…」

「シッ…」

 

口を開きかけたシリカをジェスチャーで黙らせると、やがてキリトは目にも止まらぬ速さで動き始める。彼は見ていた方角…部屋のドアへと一直線に駆け抜けた。そして、扉を開くと同時に「誰だ!」と鋭く声を張る。

シリカもそれに遅れて到着する。そして、階段を猛スピードで降りる音と、外套のようなものを目で捉えた。

 

「…盗み聞きされてたな。」

「えっ!?で、でも部屋の声は聞こえないはずじゃ…」

「《聞き耳》スキルっていうのを上げてたら、その限りじゃないんだ。まあ、そんなの上げてるやつなんてそうそういないけど。」

そう言うと、部屋へと戻り座り直してからキリトはキーボードを叩き始める。どうやらメッセージを送ろうとしているらしい。

「すまないけど、少し待っててくれないか?ベッドも使ってくれて構わないから。」

「は、はい。分かりました…」

 

シリカは扉を閉め、そのまま椅子ではなくベッドへと足を近づける。なるだけ小瓶の華やかな香りを感じたいと思ったからだ。

 

そしてベッドに座り込んで、キリトの方をもう一度見つめる。

キーボードを叩く、逞しいとは言えない、しかし男性特有の広い肩幅を持つ後ろ姿。その光景を、彼女はどこか懐かしいと感じる。

 

それは、現実世界にいた頃。寝る前深夜まで行っていた父親のコンピューター処理作業。その風景をベッドに横たわり見守るのは、シリカにとってどこか落ち着けるものがあった。そして、自然と眠りについていたのを覚えている。

 

やがて、シリカは自然とベッドに横を倒す。これが、致命的だった。彼女はどこか凄まじい安らぎを覚え、そのまま意識を刈り取られていったのであった…ーー




これからシリカ編ですね。まあ、あと1話程で終わりますが、それでもなるだけより良い作品に仕上げたいと思います(個人的にシリカ大好きなんで!)。これからもお付き合いお願いします



…基本的にヒロインは全員好きです( *˙ω˙*)و グッ!
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