集まる視線。
立ち尽くす赤色の騎士。
対峙する2人の青年。
本来、ボスがいるはずのそのフィールドは異様な空気に包まれた。
そして、ヒースクリフがその静寂を破る。
「…参考までに、どうして気付いたのか教えて貰えるかな…?」
彼のその問いに、目の前に立つキリトが答える。
「正直、俺にとっての1番の疑念材料は、例のデュエルだ。あの時アンタ、いくら何でも速すぎたよ。」
「フッ…やはりそうか。あの時は君の動きに圧倒されて、思わずシステムの《オーバーアシスト》を使ってしまったよ。」
そう告げたヒースクリフの顔には、未だに柔らかな笑みが浮かんでいた。
…そして、告げる。
「確かに、私は茅場晶彦だ。更にいえば、最上階で君達を待つはずだった、このゲームの最終ボスでもある。」
その言葉に、アスナの力が抜けたように倒れこもうとするが、キリトの右腕が背中を持って支えた。
「趣味が良いとは言えないな。最強の味方が一転、最悪のラスボスか。」
「なかなかいいシナリオだろう?…それに、私の予想では最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。この世界の《二刀流》スキルは、ラスボスと対峙する勇者にのみ与えられるスキルだ。…だが、君は私の予想を遥かに超える力を発揮してくれた。…そちらの、ベータテスト出身者2人と共にね。」
ヒースクリフは背後にいたカズマに視線を向けた。
「ところで、先ほどの言い回しでは、キリト君とカズマ君でそれぞれ違うと言っているように思えたが…どうなんだい?」
ヒースクリフの二度目の質問。
それに、カズマは答える。
そこに笑みはない。
「別にこれは確信でも何でもなかったし、あくまでアンタの《一つの行動》による仮説なんだが…」
カズマは指を振りながら、解説を始めた。
「覚えてるか?俺とアンタが一度だけ2人きりになった時があったの。」
「ああ…確か、ラフコフ殲滅戦の後だったかな…君に事情聴取と、情報提供をしただけだと思うが?」
「ま、普通に見たらそうだろうな。実際それだけしか話してねえ。」
「ほう、ならば何故そこで私が怪しいと…」
「簡単なことだよ、ワトソン君。」
「《目は口ほどに物を言う》。」
「アンタ、俺にこう質問されたの覚えてるか?『そのアイテムさ、どうしたんだ?』ってさ。」
「ああ、覚えているとも。そして私はこう答えた。『ん?勿論回収したさ。ちゃんと彼らと話し合い、刑期を短くすることを条件にね。』と。」
「ああそうだな。その文言におかしな点はない。あくまで交渉術の初歩だ。」
「…ふむ、あまり話が見えないのだがね。手詰まりかな?」
「アホいえ。そう焦んなよ。」
そう、彼はこれまで1度も、いつものふざけたような笑みを浮かべていない。至って真剣。真面目な話。
「言ったろ、話すところにおかしな点はない。…俺が気になったのは、《目線》だ。」
そう言って、カズマは自身の脳を指さす。
「このゲームは、ナーヴギアによって脳の大幅なトレースを可能とし、それによってあらゆる思考、感情をVRへと送り込むことを可能とした。ま、今やその設計に別の意図があったのはともかくとして…そこでもう1つ大事なことがある。」
「…というと?」
「《脳全体の大幅なトレース》…それはつまり、
ヒースクリフを、カズマは睨みつける。
「《熱いものを触る時に手を引っこめる》《寒い時に体を震えさせる》。これらの本能的行動も、一種の反射的行動だ。」
「それで?私がどのような反射的行動を起こしたと?」
「言ったろ?《目線》だって。」
カズマは振っていた指をポケットに入れた。
そして、告げる。
「アンタあの時、目線を右斜め上に向けたな。あれは元来、《人間が嘘をつく時に行う》とされている本能的行為だ。…なら、重要なのはどこで嘘をついたのか。これに関しちゃ、かなりの可能性があった。《回収したこと》《チートアイテムの存在》。この2つはわざわざ嘘をつく必要はない。ただあの場合、お前が茅場晶彦であるという条件下でのみ、お前に利益をもたらす《嘘》が一つだけあった。」
「《話し合って、アイテムを回収した》ことだ。」
「これはお前は嘘をつかざるを得なかった。そりゃそうだよな?この世界においては話し合って提供してもらうしか方法はない。それ以外…つまり、アイテムの強制剥奪なんざしようものなら、そいつはプレイヤーじゃない。
「…けどま、こんだけ長々と話したが、気づいた時にはまだ《仮説》かそれ以下の段階だった。だからこそ俺はアンタが茅場晶彦である可能性に関して、交友関係の広くない、一部のプレイヤーにしか話さなかった。噂になって広まってもめんどくせえしな。」
「…さて、以上が俺がアンタの正体を疑うまでの過程と理由だ。納得いったか?」
カズマが問うと、ヒースクリフはわずかに笑みを浮かべ、「フッ」と息を漏らした。
「なるほど…知識である「生物学」に加えて、自身の推論も揉み込んだ素晴らしい仮説だ。将来は探偵でも目指したらどうかね?」
「この城から出られたら考えるよ。…で、これからどうするつもりだ?」
その問いは、ヒースクリフのこれからの行動について言及したもの。彼自身は、そのまま第76層…上層に繋がる階段を見つめながら、答えた。
「一先ずはここで君たちと離れ、最上層の《紅玉宮》で君達を待つとしよう。手塩に育てた攻略組や血盟騎士団を途中で放り出すのは些か不本意ではあるが…やむを得んだろう。」
そう答えるヒースクリフに、言及出来るものは誰もいない。それもそうだろう。
最上層の名前すらも初めて聞いたプレイヤー達が、何か言えるはずも無いのだ。
…だが。
彼の背後で座り込んでいた血盟騎士団の団員。その1人が、剣を持って立ち上がった。
「俺たちの…忠誠、希望を……よくも…」
「よくもーーー!!」
叫んだ瞬間。
彼は跳躍し、そのままヒースクリフに斬り掛かる。先ほどキリトとカズマの応酬を見ているはずなので、ダメージを与えられないことは分かっているのだろうが、恐らくもう我慢できなかったのだろう。
そのまま彼の剣は、ヒースクリフへと振り下ろされた。
だが、ヒースクリフは酷く冷静だった。
手元のウィンドウを手早く操作。それと同時に、襲いかかったプレイヤーが不自然に地面へと転がる。
「ァ…ゥ…?」
見ると、そのプレイヤーには麻痺毒のデバフが付与されていた。ヒースクリフはそのプレイヤーに見向きもせず、更にウィンドウを操作。
その指の動き一つ一つに合わせて、周りにいる攻略組プレイヤー達が地に伏せていく。
「あ…キリト、君…」
「アスナ…!」
「う…」
「ユウキ…!」
遂にはカズマとキリト以外に立てるものはいなくなり、シュンヤやユウキ、アスナすらも麻痺のアイコンを付与されていた。
「どういうつもりだ…!ここで全員殺して隠蔽する気か…!?」
「まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。言っただろう?最上層で君達を待つ、と。その言葉に嘘はない。ただその前に…」
ヒースクリフは自身の盾と剣を地面に突き立てる。
そして、抱くように2人を支えるキリトとカズマを見下ろした。
「2人には、私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。」
「チャンス…?」
「2対1で、私と対決するチャンスだ。ここで君達が私を打ち倒せばこの場でこのゲームはクリアとなる。勿論、不死属性は解除しよう。…どうするかね?」
笑みを浮かべるヒースクリフ。
歯ぎしりをするカズマと、鋭く睨みつけるキリト。
2人は、究極の選択を迫られた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「……」
「キリト君、彼は君を排除する気よ…!惜しいけど、ここは退いて…!」
すぐそばから愛する人の声が聞こえる。
そう。その通りだ。
この申し出をうける必要は無い。
この城を上り、戦力を整え挑んだ方が、間違いなく可能性は上がる。
そんなことは、分かってる。
「…ッ…」
だが、しかし。
俺達をこの城に閉じ込め、騙し、悠長に見下ろしていた男が目の前にいるのに、逃げ出せるか?
私利私欲に数千の者の命を奪った奴を見逃せるか?
……否だ。
「…ッ…!」
そして何より、アスナを…俺の大切な人を長く苦しめ、利用し続けた男など、見逃すことは出来ない。
「…悪い、アスナ。」
「キリト君…!」
申し訳なさそうに目を伏せるキリト。
アスナは呼びかけるように名を呼ぶ。
心配そうに顔を歪める彼女に、キリトは優しく微笑んだ。
「大丈夫、負けるつもりは無いよ。…だから、信じてくれ。」
「…負けないよね?…死ぬつもりじゃ、ないんだよね…?」
「ああ、勝つ。勝って、この世界を終わらせる。」
確かな、固い決意と共に、キリトは言いきった。アスナは尚も何かを言いかけたが、ゆっくりと口を紡ぐと…ニコリと笑みを浮かべた。
「…わかった。信じてるよ、キリト君。」
アスナの言葉に、キリトは微笑みで答えた。
…そして、彼女の胸元に掛かる、雫の形をしたネックレスを優しくすくって、自身の額に当てた。
「…ユイ、行ってくる。」
ーーうん、頑張って。パパ。ーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…」
「ね、カズマ。」
「…ん?」
「カズマは、どうしたい?」
「…正直に、言っていいか?」
「当たり前でしょ。ここでふざけたこと言ったらビンタだよ?」
ユウキのからかうような答えに、カズマも笑う。
「…俺は、逃げたくない。今ここで、終わらせたい。」
「なら、それでいいじゃん。」
「…良いのか?」
「カズマは、ボク達のために今までずっと自分の気持ちを押し殺してくれた。なら、こんな時くらい自分の気持ちに正直になってよ。ボク達は夫婦なんだから、それくらい受け止める。」
「…ああ、そうだな。」
「ここで負けたりしたら、針千本飲ますからね?」
「…ハハッ…なら、負けられねえな。」
「ね、カズマ。顔近づけて。」
「?…なんだよ…」
チュッ
「…いってらっしゃい。勝ってね。」
「…ああ。勝つよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーー
2人は、アスナとユウキ。両者をゆっくりと地面へと寝かせ、立ち上がる。
そして、二刀と赤剣をそれぞれ鞘から引き抜いた。
前と、後ろ。
それぞれの方向からヒースクリフへと近づいていった。
「キリト…!やめろキリト…!」
「キリトォ…!」
呻くような、2人の声。
その声の主に、キリトは声をかけた。
「エギル、今まで剣士クラスのサポートありがとな。知ってたぜ、お前の店の売り上げの大半、中層プレイヤーの育成にあててたこと。…ぼったくり商店とか、イジって悪かったな。」
「…そんなこと…そんな、こと…!」
「クライン…あの時、お前を置いていって悪かった。ずっと、後悔してた。…本当に、悪かった。」
「…!…許さねえ…許さねえぞ…!」
クラインは、大粒の涙を流して叫んだ。
「あっちで…飯の1度ぐれえ奢んねえと、許さねえかんな!だから、今謝るんじゃねえ!!」
「…わかった。向こうに戻ったら、一緒に飯食おうぜ。」
キリトは言い終わると、そのままアスナに微笑みかけて、前に向き直した。
「カズマ…!」
「カズマさん…!!」
「シュンヤ、除け者みてえになっちまって、悪かったな。俺がお前や兄貴に色々話してたのは、やっぱお前らが、この世界で1番信用出来たからだ。お前との掛け合いも、案外気に入ってたしな。」
「…んなもん、勝ってチャラにしろ!俺が必要なかったってぐらい圧勝しなきゃ、ずっと根に持ってやる!」
「…了解だ。…ラン。」
「…ッ…」
「色々秘密にしてて、悪かった。お前とユウキだけは巻き込みたくなかったんだ…。あと、ずっと俺とユウキのことで迷惑かけて悪かった。いつだって、ユウキとお前の存在が俺を突き動かしてくれてた。…これからは、お前のやりたいことをやってくれ。」
「…カズマ…さん…」
「スリーピング・ナイツ、お前らも俺なんかと仲良くしてくれてありがとな。…出来れば、向こうに戻ったら、今後も宜しくしてくれ。」
「…ッ…」
息を飲む気配。
彼の中にある決意に気付いたのだろう。
…恐らく、キリトも持っているであろうその決意に。
カズマは微笑むと、ゆっくりとユウキの頭を撫でた。
かくして、2人と1人は対峙する。
対峙すると同時に、ヒースクリフは剣を引き抜いた。
真紅の魔王と、漆黒の2人の勇者。
独特の空気が周りを包む。
ーーこれは、デュエルじゃない。単純な殺し合いだ。ーー
ーー力試し?報酬?そんなものでは無い。目的は
ーー…そうだ。俺は…ーー
ーー…俺達は、奴をーー
「「殺す…!!」」
ーーさあ、
いつの間にか50話超えてたな。
これからもお付き合いよろしくお願いします。
感想、質問なんかも受け付けてますので気軽にお聞きください。