シュンヤ君のことは、決して忘れてませんから。
前話から2日後。
舞台は第35層のフィールド。
「…これは?」
シノンはカズマから手渡されたものを、訝しげに見つめる。
それは、湾曲した巨大な物体。
「さっきシノンのスキル欄を見せてもらった時、珍しいスキルがセットされてたからさ。もしかしたらこれなんじゃないかと思って。」
それは、弓だった。
元々カズマが76層の街の探索をしていた時に、路地の奥まった所にあった露店のアイテム表に載っていたものを、興味本位で買ったものだった。
「え、でもこれ…」
「ま、どうせこのまま持ってても俺は使わねえしな。シノンの役に立つなら、シノンが持ってた方がいいだろ。」
「…ありがと。」
「おう。」
…と、そこまでの掛け合いを終えた所で。
ずいっと、カズマに極限まで顔を寄せる、1人の少女。
「ゆ、ユウキ…近い…」
「ムムムム…」
何処か不機嫌そうなユウキはカズマの顔を下から思いっきり睨みつける。
それはどこか涙ぐんでいるようにも見えた。
それにはカズマも少し戸惑いの様子を見せる。
…ちなみに、シノンのスキル欄を見たのも、ユウキだ。
「ふん!」
やがてそっぽを向いてそのまま近くの岩に腰掛けてしまう。
その後も不機嫌そうな膨れっ面と腕を組むのは辞めない。
「なんなんだいったい…」
困ったような表情を浮かべるカズマ。
それを見て、戦慄する金髪美女が1人。
「あ、あの和真が…女の子とイチャイチャしてるーー!!」
「あの和真とはなんだコラ。」
分かりやすく漫画に出てくるような表情を作る金髪美女にため息をつくと、カズマは呆れたような表情を作った。
「ったく…なんでお前までここに来てんだよ、直葉。っていうかなんだそのアバター。詐称にも程があんだろ。お前黒髪黒目じゃん。」
「しょーがないでしょ、妖精をモチーフにしたゲームのアバターなんだから。皆こんな感じだもん。」
「…いやまあ、別にどっちでもいいんだけどな。…つーか兄貴。直葉のこと知ってたならもうちょい早く連絡してくれよ。」
「いや…うん、すまん。忘れてた。」
「弟のこと忘れるか、普通!?」
キリトとカズマのやり取りの内に、リーファはユウキに近付いて「久しぶりー」「元気だったー?」などと声を上げながらハイタッチを交わしていた。
元々はお隣さんということもあって、2人にはかなりの交流があるのだ。
「と、悪いシノン。置いてけぼりにしちまったな。」
「あ、ううん。大丈夫よ。」
「…じゃ、少しだけ紹介タイムといこうか。」
ーーーーーーーーーーー
カズマはまず、キリトに手を向けた。
「まずこちら。このアインクラッド内の現最強プレイヤーのキリト。俺と同じ講師として今日は来てもらった。」
「よろしく。えーと…シノン。」
「よ、よろしく。」
「で、この謎の金髪美女がリーファ。シノンと同じくSAO初心者。本人曰く、なんか他ゲームから飛ばされてきたみたいだな。」
「む。もっと悲劇の妹にかける言葉ないのー?」
「なんだよ悲劇の妹って。そんなカテゴリーは存在しねえよ。」
「あるよー。」
「誰が作った?」
「私。」
「知ってた。」
2人の小気味な返しに、シノンも微笑をうかべた。
「…仲、良いのね。まさか、リアルで…」
「…ま、そうだな。一応、兄妹ってやつだ。ちょっと口がうるさいけど。」
「和真一言多い。」
「やかましい。お前もいい加減お兄ちゃんと呼べ。」
「和真はお兄ちゃんって雰囲気じゃない。」
「なんだそりゃ。」
カズマが呆れた声で呟くとため息をついた。
「…ま、お遊びはこれくらいにしようぜ。ほら、色々説明するからこっち来い。」
「はいはい。」
「はいは1回。」
「はーーーーーーーーー…」
「長いッ!!」
2人はそうやって軽いトークを飛ばしていく。
…だが、1人。
2人の兄であるキリトだけは、微笑みだけを浮かべていた。
ーーーーーーーーー
「さて、と。じゃ、こっからは兄貴頼む。」
「はいよ。」
キリトは1歩前へ出た。
「まず、2人にこの世界での戦い方なんかをレクチャーする前に、少しだけ今のこの世界の状況について話そうと思う。いいかな?」
「はーい。」
「…ええ。」
2人の反応を見てから、キリトはコクリと頷く。
「まず、知ってるとは思うけど、今現在アインクラッドは第75層の攻略まで完了してる。」
「2年ちょいで4分の3かー…なんかそんなに、って感じ。」
「まぁ、この世界に囚われてから1ヶ月くらいは、ほとんど進まなかったからな。」
「そうなの?」
「それだけ、その時のショックはデカかったからな。…つーかこんな状況になったのに、平然としてるお前がおかしいんだよ。」
「あはは…お兄ちゃんとカズマに出会えたから、安心したのかな。」
「あはは…」
そうやって、どこか遠慮がちに笑い合うリーファとキリト。
その2人の姿に、カズマは呆れ混じりのため息をついた。
「そんなわけで、第75層突破の時に…まぁ、少し説明は省くけど、かなりの重大事項が不透明なまま終わった。それから様々な不具合が出るようになったんだ。多分、2人がこの世界に引き込まれたのも、それが原因なんじゃないかな。」
「確か、キリトとカズマがこのゲームのラスボスだったはずの…ヒースクリフ?って人を倒したのよね。」
「なんだ。シノン知ってたのか?」
「いえ…ユウキや街を歩いてたプレイヤーが言ってたから、それを耳にしただけ。」
「うん、言ってたね。『なのにログアウト出来ない』って皆ボヤいてたよ。」
「あー…やっぱ情報出回るのは早いな。」
「ま、俺と兄貴がヒースクリフ倒したの、かれこれ1週間前だからな。そらそうだろ。」
「だな。…で、不具合については色々あるんだが…まずは分かりやすいものでいうと、レベルだな。2人共、ウィンドウを開いてそれぞれのレベルを見てくれないか?」
キリトがそう言って右手を縦に振ると、彼の前に薄い板…ウィンドウが現れる。
リーファとシノンは少しだけ覚束無い様子で腕を振る。
「あ、出た。…この、名前の横にある数字だよね。」
「あぁ。」
「え…と…レベル…82。」
「私は、レベル78。」
「うん。ありがとう。」
「お兄ちゃん、これあまりにも高すぎない?私達、まだこの世界に来たばかりなのに…」
「そうだな。実は、それも不具合というか、バグの1つなんだ。」
「え?」
困惑するようなリーファの声。
その後にカズマが引き継ぐ。
「俺達がヒースクリフを倒して、第76層のアクティベートを終わらせた後、妙に下層の連中が準最前線に姿を現し始めた。で、その理由の調査をアルゴ…情報屋に依頼した。」
「それで分かったことは1つ…。今、このアインクラッドの中で、
「…どういうこと?」
「単純だよ。レベル70未満のプレイヤー全員のレベルが70台に変換されたんだ。」
キリトの言葉に、2人は驚愕する。
だが、以前としてリーファの中には疑念が残る。
「でも、私のレベルは…」
「す…リーファの場合は言ってしまえば、アカウント引き継ぎみたいなものだからな。その分レベルも高くなってるんだろ。」
「なるほど…」
納得したようなリーファの表情。
キリトは続ける。
「そんなわけで、この不具合の他にも、一部アイテムがロストしたり、スキルにも不具合が出たりしてるけど、2人にはあまり関係ないな。…ただ、レベル上昇の不具合。これに関してはなんでこうなったのか、詳しくは分からない。」
「なんで、2人にもう一度念押しておきたいのは、《決して1人でフィールドに出ないこと》。慣れない奴がそれをやるとどんなトラブルに巻き込まれるか分からんからな。」
「…そう。カズマが言ったように、レベルが上がって気分が良くなって、そこそこの上層に出たプレイヤーが武具の不足や情報不足で壊滅した例も、沢山あるからな。」
「うわぁ…」
「それは…確かに気を付けないとね…」
「そーいうこった。…さて、注意事項も踏まえた上で、こっからはバトルレクチャーと行くか。」
「リーファ。お前は俺が指導する。シノンは少しだけ弓使ったことのある、カズマが頼む。」
「りょーかい。」
「分かったわ。」
「お兄ちゃん、よろしく!」
「…まぁ、大まかなものはリーファがやってたゲームと同じだろうけどな。」
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「…で、矢のリロード方法は…」
「…なるほど…」
「ソードスキルは初動までの動きは慣れだ。慣れたら自然と早くなる。」
「分かったわ。やってみる…」
入念に教わるシノンと、詳しく説明を続けるカズマ。
そんな、二人を見ながら…
「……ぶぅ……」
ユウキは、不機嫌そうに眉をひそめた。
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夜。
シノンを宿に送り届けた後。
ユウキとカズマは帰り道をそれぞれの速度で歩く。
前を歩くカズマ。後ろからトボトボとついてくるユウキ。
『…いつもは横に来るのにな…』
そんなユウキの様子に違和感を抱きながら、カズマは少しだけ速度を落とした。
…が、ユウキも同時に速度を落とす。
まるで、今の一定の距離を保つように。
カズマが少しだけユウキの方に振り向くと、下を向いたまま更にそっぽを向く。
『…ありゃ拗ねてんな。』
これまでの経験則でそう察したカズマ。
少しだけため息をつくと、くるりと体を反転させてユウキの方に向く。
「どした?随分とご機嫌斜めで。」
「…別に。」
返ってくるそっけない返事。
膨れっ面を見せるユウキではあるが、頬を染めて少し嬉しそうなのが見え見えである。
カズマは苦笑した。
「不満があるなら言ってくれよ。長い付き合いだけど、分からないものは分からんからな。」
「…何でもないよ。」
「結婚する時に、内緒事はなしにしようって約束したろ?それに…」
カズマは数歩でユウキとの間を詰めると、垂れ下がる彼女の前髪を持ち上げた。自然と彼女の紫色の眼が見える。
「ユウキは、笑ってた方が可愛いんだからさ。」
視線が交錯すると、ユウキは恥ずかしそうにまたそっぽを向いた。
「やれやれ」と言わんばかりにカズマは苦笑する。
…だが、そこでユウキは口を開いた。
「だって…」
「…だって…?」
「だって…カズマは、ボクの事なんてどうでもいいんでしょ。」
「…ん?」
「76層に上がってきてから、カズマ全然ボクのこと相手にしてくれないし…」
「あー…まぁ確かに…」
そう言われてみればそうだった。
カズマ自身、身につけていた防具が数個ロストしてしまい、それの代わりを見つけるために奔走していた。
それ故に、ココ最近はあまり家でくつろげていなかった。
しかも今日からはシノンとリーファへのレクチャーまで入ったのだ。
…普通なら戸惑うであろう場面だが…
『…なるほど。これが新婚あるある《仕事と私どっちが大事なの!?》ってやつか…。』
などとアホなことを考える余裕が何故か彼にはあった。
「勿論、カズマが忙しいことだってわかってるよ…?…でも、ボク達、結婚してるんだし…」
『あ、やっべ。これただただユウキが可愛いだけのイベントだわ。』
モジモジと恥じらいながらも可愛く嫉妬する自身の嫁に萌え萌えするカズマ。
月明かりに照らされて、ユウキの頬の赤さがさらに際立つ。
「だから…えっと…んむっ…!?」
なおも開いた口を、カズマはキスで塞いだ。
最初は驚いていたユウキも、少しすれば気持ち良さそうに目を閉じた。
少しして、カズマは顔を離す。
どこか何処か名残惜しそうなユウキに、カズマは笑いかけた。
「俺がお前のことをどうでも良くなるなんて、あるわけねえだろ。お前のことはずっと大好きだし、愛してる。…ま、確かに最近は相手にしてやれなくて、悪かったな。」
「…むぅ…」
「…なんだよ。まだ不満か?」
「…そうじゃない。結構モヤモヤしてたのに、キスと一言だけで許しちゃうボクの単純さが嫌になってる。」
「そこが可愛いんだろ?」
「なんで、今夜はボクの言う事、なんでも聞いてね。」
「なんだその理屈…。ま、いいけどさ…」
「…ね、もっかいキス、して…」
「はいよ…」
「ん…」
控えめな街灯。
薄く輝く月明かりの中、2人はもう一度。
今度は長く、長く唇を重ねた。
そして…
スルリッ
「ひゃっ…!?」
カズマは服の間から、ゆっくりとユウキの素肌を撫でた。
その瞬間に、ゾワゾワとユウキの体が反応した。
「相変わらず肌弱ぇな。」
「もうっ…お家に帰ってから…!」
「…お姫様の命令なら、しゃあねえか。」
カズマは笑い、自然とその手をとり、歩き出した。
いつの間にか、ユウキの不機嫌そうな表情は、霧散していた。
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コンコンッ
キリトは1つのドアをノックする。
そこは、第76層のある宿屋。その一室。
やがてドアからリーファが姿を現した。
「あ、お兄ちゃん。」
「悪い。…少し、いいか?」
「うん、どうぞ入って。」
リーファに導かれながら、キリトはその部屋に入る。
リーファはキリトにソファに座るように促すと、備え付けのポットで茶を入れた。
「この世界に来て、もう4日程経つけどどうだ?少しは慣れたか?」
「うーん…やっぱり少しだけ不思議な感じ。仮想世界で寝起きして、食事もとるなんて…」
「…ま、そうだな。」
「それより、お兄ちゃんとカズマがあんなに有名人だなんてビックリしちゃった。ね、《黒の剣士》さん?」
「や、やめてくれ…」
「あはははは」
楽しそうなリーファの笑い声。
それにキリトも微笑みを浮かべると、出されたお茶を飲む。
少しだけ花の香りがするそれを卓上において、彼はすぐに切り出した。
「…リーファ。今日は少し話があって来たんだ。」
「…話?」
「ああ。…リーファ…直葉は、他のゲームを遊んでたらここに飛ばされたって、言ってたけどさ…」
「あれ、嘘だろ?」
もう一度言います。
わすれてませんからーーー!!