「…カズマ、本当にやるのか?」
「お前それ聞くの何回目だよ…。男に二言はねぇよ。それに、いつまでもアスナさんやお前に任せっきりってのはダメだろ。」
「いや、けど…彼らも賛同してくれるか…」
「そん時は血盟騎士団や聖竜連合の勇士達に期待するしかなくなるな。…ともかく、俺が…いや、俺らがやることは変わらない。」
「俺にはもう、戻るなんて選択肢もねぇよ。」
「…それより、兄貴はいいのか?」
「…そうだな。正直、まだ迷いはあるよ。けど、俺もそろそろ向き合わなきゃいけないんだ。」
「《彼ら》に…《彼女》に。」
「…そうか。」
「はー…分かりましたよ。乗ります。乗ればいいんでしょ。」
「当たり前だ。お前に選択肢はない。」
「いや、そこは用意しとけよ。」
「さあ、行くぞ。」
「無視すんな。」
「《
「今日は俺らの呼び出しに集まってくれてありがとう。俺の事知らない奴はいると思うから自己紹介すると、俺の名前はカズマ。攻略組で一応アタッカーやってる者だ。以後よろしくな。」
少しだけ広い部屋の中、カズマの軽い声が響く。彼の横にはキリトとシュンヤが控えており、そして、彼の前には複数のプレイヤーの姿。
彼らは、今回の話に呼ばれた、3人の知り合い達だった。
「まったく、大事な話ってなによ。店のこと心配だから、早く終わらせなさいよね。」
彼女の名前はリズベット。
47層で《リズベット武具店》を営む女性プレイヤー。ただ、メイスの達人でもあり、その熟練度は1000(MAX)に到達している手練だ。
アスナとユウキの専属スミスでもある。
「え、と…私は特に予定もないんですけど…これ、なんの話し合いなんでしょうか…」
彼女の名前はシリカ。
中層のアイドルとしてもそれなりに有名な、短剣使いの少女。キリトと旅をしたこともあり、それから定期的にメッセージのやり取りもしていたようだ。
「なんでこう…お兄ちゃんとカズマの知り合いは女性が多いの…?」
「…」
「ま、急な呼び出しには昔っから慣れてるけどな。」
そしてそこには、リーファやシノン、ウッドの姿もあった。
「…じゃ、こっからは兄貴に引き継いでもらおう。…頼んだ。」
「分かった。」
キリトは壇上に上がると、もう一度5人に頭を下げた。
「いや本当に、急な呼び出しで悪かった。俺らも少し慌ただしかったから、そこまでの配慮が出来なかった。」
「…まあ、それはアスナやユウキの様子を見てたら分かるから、別にいいわよ。」
「それより、このゲームのGMさんが茅場さんから変わって、クリアの仕方が分からないって…本当、なんですか?」
シリカの何処か怯えたような言葉に、キリトはゆっくりと頷いた。
「…ああ、本当だ。ただ、それはあくまで予想の内の物だということを覚えておいてくれ。」
「そう、なんですか?」
「あぁ。…ただ、これを真に受けて、落胆した者が多いことも確かだ。それにより、攻略組内でも問題が起きている。」
「問題…?」
シノンがピクリと反応する。それに、キリトは頷いて返した。
「…みんなは、俺達攻略組が第75層のボス攻略において、甚大な被害を受けたことを知ってると思う。その時に死んだプレイヤーは…13人。」
その言葉に、その場にいる全員が息を飲む。おそらく、皆詳しい数字は知らなかったのだろう。いくら情報屋でも、そこそこの情報規制は張ってるものだ。
「これは、クォーターポイントのボスであったからというのが1番の理由だ。節目のボスは、通常よりも強力なものが用意されているからな。…そして、その状況と共に、先程の話が重なり、落胆した者が《血盟騎士団》や《聖竜連合》を大人数脱退している。」
それは正しく、攻略組の現状だった。
削減した総合力、死んで行った多数の仲間。そして、これから活躍するであろう者たちの減少。
「…それを全て踏まえて、皆に頼みがある。」
「俺と…俺達と、ギルドを作って攻略組に入ってくれないか?」
…現在。不具合の強制的レベル上げによって、中層以下レベルのプレイヤーでも、攻略組に近いレベル、ステータスを持っている。
それは、今ここにいる彼らも例外ではなく。
カズマは、ステータスも十分に高く、そしてシュンヤのことも信頼してくれるであろう彼らを攻略組に引き入れようと考えたのだ。
『…けど、この案は、確実じゃない。』
そう。
入るかどうか。
それは、強制することが出来ない。
当然だ。この世界での戦闘…特にボス攻略はそのプレイヤーの本当の命を危険に晒すこと。そんなものを強制するなんてことは、それこそ神であれ許されない行為だ。
『それに…』
カズマはキリトに視線を移す。
彼自身、壇上に立ち皆に呼びかけてはいるが、カズマはその手が震えていることを見逃さない。
今回、呼び掛けをする役目をキリトにしたのには訳があった。彼自身がやりたいと言い出したのだ。
「今の俺に、必要なこと」なんだそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
…俺は、兄貴に何が起きたのか知っている。
《月夜の黒猫団》という、かつて彼が所属したギルドでの悲劇を。
もうすぐで1年になる、去年のクリスマス。
兄貴は、狂ったようにレベルを上げ続けていた。かなりのハイペースで上げ続けていた俺とシュンヤを引き離すほどに。
アスナさんから教えられたが、あの頃の兄貴は、
この世界のあらゆるものに絶望し、自暴自棄に近い精神状態。戦闘を、作業として繰り返すあまりにも危険な状態だったと。
自暴自棄というなら、かつて俺がラフコフ殲滅戦後になった状態に近いかもしれないが、それは確実にはわからない。
ただ一つ言えることは、彼の…兄貴の中には、今もその深い傷が残っているということだ。
いくら表面を取り繕っても、かつて体験した《恐怖》はなかなか忘れることが出来ない。
人とは、そういうものだ。
…俺が今でも、他人を信用しきれないように。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「1つ、いいかしら。」
この場を静寂が包む中、シノンが手を挙げて、言葉を発する。
キリトに「ああ」と了承を得てから、彼に問うた。
「…今の話を聞いた感じだと、ここにいる全員は特定のギルドに入ってないわけよね。…ということは、まともなボス戦なんてやったことない人がほとんどでしょ?…そんな人達を、3人はどうやって攻略組レベルにまで持っていくの?」
彼女の問いに、これはカズマが答える。
「それに関しては、さすがにぶっつけ本番ボス戦なんて真似はしない。基本的な攻略なんかはしばらく血盟騎士団やら聖竜連合なんかに任せて、下層のエリアボスで連携を慣らしていく。アスナさんから貰った期間は、約3週間。その間に皆に連携を叩き込む。」
カズマの説明に、シノンは「なるほど」と頷くが、尚も質問を続けた。
「なら、その連携の練習中の私達の身の安全は、どうやって保証するの?…私はともかく、この場にいる人達は、やっぱり死にたくないとは思ってるでしょう?なら、その安全が分からないと、首を振りづらいと思うけど。」
「…確かにな。」
シノンは3人の中で最も手痛いというか、容赦なく核心をついてくる。
それは正しくその通りで、彼らの安全が確保出来ていなければボス戦の《慣らし》の意味が無いだろう。
だがしかし、彼ら3人の中での答えは、1つしかない。その問いに対する答えは、決まっていた。
「それは…」
「俺が守る。」
カズマの返答よりも先に。
短く、強い言葉が響く。
カズマは自然とそちらを向いた。
キリトが少し身を乗り出し、強い口調で、さらに呟く。
「必ず、俺が守る。何があっても。」
依然として、その手は震えていた。
…もしかすれば、《黒猫団》のときも、彼はそう言ったのかもしれない。
全員に。…もしくは、ある1人のプレイヤーに。
その時の決意も、おそらくではあるが強固なものだったのだろう。
…だが、その時の恐怖を乗り越えて、固めた今の決意は、更に強いものだ。あの時よりも、さらに固く紡がれた言葉。
カズマは、自然と笑みを漏らした。
『…大丈夫だよ、兄貴なら。そんだけ、真正面から受け止め続けてんならな。』
カズマは視線を戻すと、いつもの軽い口調で補足する。
「…ま、そういうこった。連携の練習の時はの安全は、
カズマも、強い言葉でそう言い切る。
それには、シノンも「…そう」としか返せない。
カズマはくるりと彼らを一望して、質問などがないことを確認。そして、アイテム欄から砂時計を取り出した。
「今からこの砂時計をひっくり返す。もし、俺達を信用できない、やっぱり戦うのは怖いって思うなら、この部屋から出てくれ。もちろん出たとしても、非難したりはしない。俺達はあくまで、お前らに頼んでいるんだ。お前達の選択を第一に優先する。」
カズマの言葉に特に大きな反応は見せない。だが、彼はそれを聞こえたと判断して…
「…行くぞ。」
ゆっくりと、砂時計をひっくり返した。
無数の粒が、短い時間を刻む。
それは、何倍にも長く感じられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
…俺達は、ビーターであることを傘に、他プレイヤーの命に責任を持つということに、逃げ続けてきた。
なればこそ、俺達は今、終了させるべきだろう。
その、我儘を。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
…何処か長く感じた時間の後。
最後の一粒が容器の下部に落ちた。
カズマは砂時計を回収してストレージに放り込む。…そして、目の前のプレイヤー達を見る。
「…本当に、良いんだな?」
キリトの念を押すような言葉に、クスリと笑うような声が返される。
「何よ、やるなら残れって言ったのはあんた達じゃない。」
「そうですよ、キリトさん。キリトさんからのそんなお願い、断るわけないじゃないですか。」
シリカとリズベットは、そう笑いかける。
「…それにさ、私があんたら3人を信用しないなんてこと、あるわけないでしょ?3人ともウチのお得意様で、あんたらがどんな奴らかはよく知ってるんだから。」
「リズ…」
「私も1度、この子と一緒に助けて貰いました。その時も、キリトさんは守ってくれた…。私は、いつだってキリトさんのこと信じてますよ。」
「くるるぅっ!」
「シリカ…ピナ…」
「…ま、あれだけハッキリ言われたら、信用しないのもお門違いっていうものでしょうね。…それに、私も普段からお世話になってるし。」
「キリト君とカズマがやりたいって言うなら、私は何も言わない。私だって、この世界で迷惑かけてるんだから、それくらいの協力は惜しまないよ。」
「シノン…リーファ…」
「ま、お前の無茶無軌道は昔っからだからな。それに、もう数年来の付き合いなんだ。」
トスッ
「信用も、信頼もしてる。…ちゃんと、俺を使いこなせよ、カズマ。」
「…ああ。言われなくても、こき使ってやるよ。」
ーーこの瞬間。
ソロプレイヤー3人による、少数精鋭ギルドが設立された。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おめぇら、あの話、聞いたか?」
「ああ、キリトの野郎が新ギルド設立する件ですか。」
「エギルの旦那も、やっぱり聞いてましたか。」
「ああ。さっきアスナに聞いた。」
「ようやくって感じですね。俺らはずっとキリトの旦那に勧めてましたけど、頑としてやりませんでしたもんね。」
「ま、あいつも覚悟が決まったんだろうよ。」
「…で、エギルの旦那。今日はその件で、何の話ですか?」
「なぁに。簡単な話だよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
コンコン
「失礼します。」
「シャムちゃん、いらっしゃい。」
「やっほー、シャム。調子はどう?」
「は、はい。特に大きな問題はありません。体調も万全です。…それで、団長と副団長。なんの御用でしょうか…?」
「うん。シャムは、あの話聞いた?」
「…新ギルド設立のこと、ですか。」
「そうね。とうとうあの3人が重い腰を上げた件。…それでね、シャム。私とユウキで話し合ったんだけど…。」
「シャム、カズマ達のギルドに行ってくれない?」
「え?」
「…勘違いはしないで欲しいのだけど、決してあなたが邪魔になったとかじゃない。ただ、今の攻略組に新しい精鋭ギルドの追加。これは急務なの。…だから、このギルドで経験を積んだあなたが行って欲しいと思ってね。」
「そ、それは…構いませんけど…」
「それに、キリトさんやカズマさんは不器用だから、あなたとシュンヤさんで何とかカバーして欲しいの。」
「それに、そろそろシュンヤとの関係も進めておくべきじゃない?」
「うっ…そ、それは…」
「まあ最後のは冗談としてもさ、このギルドで学んだことを…って言ったらなんか偉そうだけど。このギルドでの経験を、カズマ達のギルドで滅茶苦茶発揮してくれたら、ボクらは嬉しい。」
「…まあ、決めるのはあなただし、もう少し考えても…」
「行きます。」
「…良いんだね?」
「はい、行かせてください。」
「…うん。なら良かったよ。…安心だ。」
「…必ず、このギルドで培ったものを、あちらのギルドでも生かせてみせます。…私を拾ってくれた恩、決して忘れません。」
「うん。…向こうでも、頑張ってね。」
「はい!!」
ーーーーーーーーーーーーーー
「兄さん。」
「シュンヤか…どうした?」
「…俺、新しいギルドを作ることにしたよ。」
「…なんでだ。」
「え…?」
「なんで、まだ戦う。言っただろ。この世界は歪んでしまった。戦い続けて、前に進んだとしても、そこにゴールがあるとは限らない。なんで、そこまでするんだ。」
「…俺は、この世界で沢山の人の心に触れた。現実よりも濃い、色んなものを体験した。…そこで、学んだんだよ。」
「何を。」
「諦めないことだよ。…どれだけ無情な世界でも、諦めずに進めば、きっと答えてくれる。それが、どんな結果であれ俺は、足をとめない。…そしたら、本当の《敗北》だ。」
「死ななければ、もっと良いことがある。」
「確かにね。…でもこれは、死にに行く訳じゃない。このゲームに《勝ちに》行くんだ。それが、プレイヤーとしての俺に出来る、唯一の最善策なんだよ。」
「…しばらく見ないうちに、強くなったな。」
「…俺は、まだ強くなんてないよ。所詮はカズマ達について回ってる奴でしかない。…兄さんにだって、まだ追いつけてもいないんだ。」
「…俺は、逃げ出した。あの会社から、茅場先生について行くフリをして。…怖かったんだ。間接的とはいえ、大量殺人の道具を作った協力者として批判されるのが。…幻滅したろ。どうしようもないクソ野郎で…」
「でも、この世界に来てくれた。」
「…俺のナーヴギアには、ログアウト機能がついてる。なら、そんなのは…」
「それでも、この世界の人達に非難されることを恐れてちゃ、この世界に来るなんて無理だよ。…兄さんは、その覚悟が出来たから、この世界に来たんだろ?」
「それは…」
「なら、兄さんは強いよ。たとえ、1度逃げ出しても、もう一度向き合えば、それの意味合いはさして変わらない。」
「…本当に、強くなったな。」
「そんなことない。…人の力を借りなきゃ、まだ何も出来ない。…だから、兄さん。俺達に力を貸してくれ。
「…良いのか?この状況の元凶である俺が…」
「この世界で、仮想の体を持ってるなら、俺達は等しくプレイヤーだ。…牙を向けない限りは、皆受け入れてくれるよ。」
「…すまない。…ありがとう。」
「…これからよろしく。兄さん。」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
突如として設立された、烏合の衆とも言える、新しいギルド。
…だが、彼らは同じ志を持つ、同士達。
烏合の衆なのは、今だけである。
…この急造ギルドが、今の攻略組にどのような影響を与えるのかは、《神のみぞ知る》。
人は、誰しも成長するもんです。
ただ、志すかどうかの違いなんですよ。(何偉そうなこと言ってんだこいつ)