西暦2022年。
VRMMORPG初のソフト、《ソードアート・オンライン》が、ゲーム会社《アーガス》から発売された。
1つのソフトと卵型の機械が織り成す、現実とは違う《別の世界》に、世のゲーマーたちは魅了された。
ーーしかし。
そのような《幻想》は、すぐに崩れ落ちる。
サービス開始初日。
プレイヤー達は《SAO開発責任者》であり、仮想世界《アインクラッド》の創造者でもある男、茅場晶彦によってゲーム世界に閉じ込められた。
ログアウトは機能せず、彼らがこの世界から出るには、《仮想及び現実での死》か《ゲームクリア》のみ。
当初、極限の二択の選択に耐えきれず、自暴自棄になる者、犯罪に走る者。そして…自ら命を絶つ者すら現れた。
「希望は無い」。
数多の者が、そう考えた。
ーーだが。
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ーー朝日の差し込むログハウス。
その一室。
黒い袖のロングコートに腕を通す、黒い髪のプレイヤーが1人。
窓から射す陽光が、彼の白い肌とコート、そして左手薬指の銀色の指輪を照らす。
「パパっ、準備出来ましたか?」
部屋の入り口から顔を覗かせる、ロングヘアの少女。
少女に向かって、青年は笑いかける。
「あぁ、大丈夫だよユイ。心配してくれてありがとう。」
笑いかける青年に、少女は少しだけモジモジとするが…その直後、我慢出来ないと言わんばかりに、青年に抱きついた。
コートの裾を握りながら、腹部に顔を埋める。
「…どうした?ユイ。」
「…もう、これが
「…そっか。」
何処か寂しげに呟くユイの言葉に、パパと呼ばれた青年…キリトは、彼女の頭を優しく撫でることで返す。
「キリトくーん!準備出来たー?」
部屋の外、廊下の奥から聞こえる可憐な声。
そして、ユイと同じように入り口から顔を出す、栗色の髪の女性。
赤と白を基調とした騎士服に、同色のブーツを合わせた装い。
そして、細い左手の薬指には、キリトと同じ銀色が光る。
キリトの最高のパートナーであり、配偶者…アスナは抱き合う2人を見て、優しい笑みを浮かべる。
「ふふっ、2人共どうしたの?」
「元気チャージしてもらってる。」
「パパ、これでチャージ出来てますか?」
「おお、出来てる出来てる。凄まじい勢いで出来てる。」
「ふーん…なら、私もしてもらおっかな。」
言うやいなや、アスナはユイを挟む形で、キリトに抱きついた。
「…相変わらず甘えんぼだな、アスナは。」
「キリト君にだけだよ。なんだか落ち着くんだもん。」
「…そか。」
「…パパ、ママ。…絶対、勝ってくださいね?」
「うん。勿論。」
「ああ。勝つよ、絶対。…ユイも、よろしくな。」
「はいっ。」
3人は、強い決意と共にその腕に力を込めた。
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ーー3人の住むログハウスの、数十メートル先。
レンガで作られた洋風の家。
その家のドアを開け、一人の少女が飛び出す。
「ん〜、今日もいい天気!」
ユウキはそう言って朝日を全身に浴びるように、ゆっくりと伸びをする。
「相変わらず元気ねぇ…今日が何の日か分かってるの?」
「まあそう言うなよ、メル。それがユウキの良いところで、かつ可愛いところだろ?」
「流れるような惚気ご馳走様。」
「お粗末さま。」
メルとカズマの軽口の応酬。
それを見ながら、ユウキは嬉しそうに笑う。
「…何よ。」
「んーん。メルちゃん、よく話すようになったなぁって思ってさ。前はもっと素っ気なかったから。」
「…そうかしら。前からこんな感じだった気がするけど…」
「自分じゃ、自分自身のことは分からないもんだよ。」
カズマはそう言って、手を差し出した。
「…」
少しだけ不服そうな顔をしながらも、メルはその手に自分の手を重ねる。
カズマは軽い力で彼女の手を包み込んだ。
「じゃ、ボクはこーっち!」
空いた左手を、ユウキの右手が包み込む。
「…繋ぐ必要、あるの?」
「えー、いいじゃーん。なんだか《家族》みたいでさっ。」
「こうやって人肌感じてるだけで、コンディション良くなるかもだしな。最善を尽くしとこうぜ。」
「…都合のいい夫婦。」
メルのその言葉に、カズマは笑いながら「お褒めに預かり光栄」と返した。
手を繋いだ3人は、転移門に向けて歩き始めた。
「少しだけ、皆に挨拶してから行くか。」
「だね。第1層よっていこっ。」
「…しょーがないわね…」
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第76層商店街。
そこに店を構える、少し大きめの建造物。
その2階の一室のドアが、ツインテールの少女によって開けられる。
「…シュンヤさーん。準備出来ましたかー?」
開け放たれたドアの奥。
部屋の中に、しかし彼女の目的であった青年の姿はない。
シャムはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れると、目に付いた窓際に近付く。
そこに置かれていたのは、1本の日本刀。
シュンヤがいつも使っている、相棒とも言えるカタナ。
そして、その横にある、もう一本のカタナ。
しかし横の長刀とは違い、そのカタナは3分の1程の長さしかなく、柄も簡素なものだった。
シャムはその短刀の方に手を伸ばし、彼がいつも握っている柄をゆっくりと撫でる。
VRなので経年劣化などはないと思うが、心做しか最初よりも馴染むようになったと、彼女は感じた。
ーー彼女の横にある扉が開く。
シャムは反射的にそちらを向く。
そこに居たのは、茶色い髪の一人の青年。
剥き出しにされた肌は余計な肉はついておらず、程よく鍛えられていた。
ーー彼は、上裸であった。
「なんだ、居たのかシャム。」
「~~~~~~~~~~ッ!?」
彼に声をかけられた瞬間に、シャムの顔面温度は一気に上がり、思わず目を背けた。
「す、すみませんっ!いなかったので、つい…!」
「や、別に部屋共有出来るようにしてるから、入ってもいいけどね。ていうか悪かったな。シャワー浴びてて気づかなかった。」
「やっ、それは、本当に、大丈夫、ですので…」
依然として顔を赤くしてそっぽを向くシャムを見て、シュンヤは苦笑する。
「相変わらず、男の体に慣れねぇなぁ。お前は。昔だけじゃなくて、最近も何回も見てるのにさ。」
「…っ…慣れませんよっ…そんなの…」
答えたシャム。
そして次の瞬間、肩と背中に重い何かが覆い被さる。
そのどちらも、感触は硬い。
「しゅ、シュンヤ、さん…?」
覆いかぶさった人物の名を呼び、横を見ると、いつも彼の着ている和装の袖は見えない。
ーーつまり、上裸のまま覆いかぶさっている。
「~~~ッ!?」
先程と同じように顔の熱が上がり、シャムは思わずシュンヤをつき飛ばそうとする。
ーーだが。
「…なぁ、シャム。」
シュンヤの、いつになく真剣な声が聞こえ、彼女の意識は少しだけ冷静になる。
「…しゅ、シュンヤ…さん。どうか、したんですか…?」
心臓は早く脈打ちながらも、シャムは何とか問うた。
それに…
「…
シュンヤのその言葉。
彼の言葉の意味は、彼女だけが分かる。
シャムは少しだけハッと息を飲むと、少しだけ俯いた後に、剥き出しの彼の腕を掴んだ。
温かいその腕を握りながら、彼女はもう心を決めているように、顔を上げて、告げた。
「…はい。…私にもう、迷いはありません。…シュンヤさん。」
「私の兄を…オズを…」
「殺してください。」
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第55層主街区《グランザム》。
この都市にある、《血盟騎士団》のギルドホームの一室に、50人ほどのプレイヤーが集まっていた。
彼らは自身のウィンドウを開き、武器やスキルの確認を行う。
ーーやがて、その会議室の扉が開く。
全員がそちらに目線を向けると、そこには8名ほどのプレイヤーが歩いて入室してくる。
まず先頭にいるのは、茶髪をして和装に身を包んだ青年。
その後ろにいる、2人の騎士姿のプレイヤー。
1人は紅白の騎士服に細い四肢を包んだ、栗色の髪の女性プレイヤー。
もう1人はガタイのいい体を武骨なフルメタルアーマーで包んだ、短髪の男性プレイヤー。
そしてその後ろに、青い長髪を後ろでひとつにまとめたプレイヤーや、紅白のフルメタルアーマーの騎士服のプレイヤーが続く。
やがてその集団は数十名のプレイヤー全員の前に立つと、喧騒も既に無くなっていた。
少しして、和装の青年が口を開く。
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「ーー2022年、11月6日。…この日付を忘れた事は、ないと思います。」
彼が告げた、日付。
その日は夢への扉が開き、同時に幻想が崩れた日。
「…あの日から俺達は、戦い続けました。雨の日も、雪の日も。精神を削りながら、おのが体と命を、削りながら。」
「…本当に拙い、一縷の希望を頼りに。」
シュンヤの演説じみたその言葉に、口を挟む者はいない。
誰もが彼の言葉に、耳を傾ける。
「俺達は、ここまで来ました。…ただ、決して忘れてはならない犠牲が、そこにはあります。」
「現在確認できるだけの犠牲者、4552人。俺達のこれまでの成果は、彼らの命の上にあると言っても過言ではありません。」
「その中には、共に戦場を駆け抜けた同胞の他に、サポートクラスの方々、自身の強化の為に圏外に出た者。…皆さんの目の前で散った命も、少なくありません。」
シュンヤのその言葉に、ほとんどのプレイヤーがそれぞれの反応を示す。
悔しそうに俯く者、握り拳に力を込める者、唇を噛む者。
皆が皆、それぞれの人に思いを馳せる。
「彼らは、最期に何を思ったか。それは、僕には分かりません。…ただ、死ぬ前、圏外に出るまでに思っていた、望んでいたことは、皆さんも分かると思います。」
「ゲームクリアを目指し、望んでいたからこそ、彼らは圏外に足を踏み入れて、その結果として命を散らしました。…志は、我々と同じだったと思います。」
「つまり、彼らのその遺志を背負い、生き残ったプレイヤー全ての希望を受け止め、我々は戦わなければならない。それは、我々の《義務》であり、《責務》です。」
「何より、
シュンヤの、その言葉に。
その場にいるプレイヤー全員は息を飲む。
この場にいるプレイヤーが負ける…つまり死ねば、アインクラッドに残された戦力は凄まじい衰退を見せる。
それは、アインクラッドの更なる攻略遅延を示す。
さすがにそれは、彼らの
つまり、
シュンヤの言葉に、当然だが、しかし重すぎる事実を再確認させられ、プレイヤー達の空気が重くなる。
何名かのプレイヤーが、思わず俯いてしまう。
「下を向くな!!」
鋭いその言葉に、全員が顔を上げる。
滅多に聞かない、シュンヤが発した大声に、付き合いの長いはずのプレイヤー達も驚きに顔を染めていた。
「皆、今《負けられない》《負けたくない》と思ったか?思ったならそれは別にいい。先程の話を聞けば、至極当然の事だ。」
「そして、今すぐその考えを
「
「《負けたくない》んじゃない!
「そ、そうだ!俺達は勝つんだ!」
「勝てば帰れる!この地獄から解放される!」
「支えてくれた職人や、下層で死んでしまった仲間のためにも勝つしかねぇ!!」
「やるぞ、やるぞ…!!」
シュンヤの言葉に、歴戦の戦士達が口々に叫び己を奮い立たせる。
これこそ、シュンヤの狙い。
《責任》を自覚させ、士気を少し落とした後に、さらにもう何段階も士気を向上させる。
新参者相手では絶対に出来ない。
何十層も共に戦ってきたもの達だからこそ出来る、諸刃の剣。
スカアァンッ!!
乾いた音。
その音の正体は、シュンヤがカタナを床に突き立てた音。
喧騒冷めやむこともなく、プレイヤー達は彼の方を見た。
「2025年4月13日!この日をもって我々は、《ソードアート・オンライン》及び《アインクラッド》を終わらせる!!…諸君、喜べ。」
「解放の時だ!!!」
「「「「ウオオオオオオォォォォォ!!」」」」
腕を突き上げ、野太く吼える。
石城内の会議室は、異様な空気に包まれていた。
その空間を作り出したのは間違いなく、和装の一人の青年。
そんな空間の中、1人笑うフードコートの青年。
自身が推薦した青年の劇的なまでの成長度に、カズマは笑うしか無かった。
例え背丈身なりは違えど、その姿は正しく…
「さぁ行くぞ!!俺らが目指すのは
「
ーー希望は、まだある。