ギィンッ!!
薄暗い紅い部屋を、火花が照らし出す。
「ハッハァ!!」
ショウマは獰猛に笑いながら、更に剣を振り下ろす。
…だが。
「…ッ!!」
カズマの右腕の剣が閃き、斬撃を叩き落とす。
その瞬間、ショウマもバランスを崩し、少しの隙が生まれた。
「フッ!!」
先程の斬撃から繋げた、流れるような攻撃。
見たものを魅了する程素晴らしい連撃。
ヒュバッ!!
…だが、カズマの剣は空を切る。
彼の剣撃から発生した風と共に、ショウマの体が遠のいていく。
「っとと…。いやぁ、危ねぇ危ねぇ。」
ショウマはどこかわざとらしくよろめくと、ヘラヘラと笑う。
「……」
それとは対称的に、カズマの口はきつく結ばれ、目には鋭い眼光が光る。
それはまるで、ただ《仕留めること》に特化した
「ぅおいおい…すげぇ殺気…
カズマから放たれる凄まじい
ーーその瞬間。
「…ッ!!」
…ゥオウッ!!
「ぅお…!?」
隙を逃さず、カズマは加速。ショウマとの距離を一気に詰めた。
STR型のステータスとは思えない速度に、ショウマも思わず不意を突かれる。
カズマが剣を振り抜くと、ショウマもそれに合わせて剣を前に出す。
カズマの片手直剣に対して、ショウマの武器は短剣。
接触すれば、ショウマが弾き飛ばされるのは必然だった。
…だが。
「ぬぉらぁ!!」
「シャオッ!!」
2人の気合いと共に、2本の剣が交錯する。
…いや、交錯する直前。
ショウマの剣が急角度で曲がり、カズマの剣の刀身を滑るように走る。
その影響で、カズマの剣は別方向に振り抜かれ、体勢を崩してしまう。
その隙を、ショウマも逃さない。
「ヒャハッ!」
彼の短剣は、目にも止まらぬ速さでガラ空きのカズマの後頭部を狙う。
これを喰らえば、彼は低スタン状態に陥り、その後もかなりのHPを削られることは必至であった。
「………」
だが、カズマはひどく落ち着いていた。
避けることなく、上目でその刀身を見つめる。
そのまま狙いを定めると、彼の右足は黄色い光に包まれる。
…そして、次の瞬間。
「フッ…!」
「クォッ…!」
繰り出されたカズマの蹴りが、ショウマの短剣を蹴り飛ばす。
あまりの威力に、ショウマは短剣を手放してしまう。
「ハハッ…デタラメな奴め…!」
笑いながら、バックステップでショウマは距離をとる。
遠ざかるショウマを、カズマは追わない。
次の攻撃に備え、息を整えていく。
「こうしてると思い出すなぁ。なぁ?カズマ。お前も覚えてるだろ?」
「俺とお前が出会った時のことを。」
そう問うてくるニヤニヤとしたショウマの顔。
だが、カズマは何も答えない。
剣をかまえ、目の前の
…代わりに。
彼は、静かに。
《過去》へと、思いを馳せたーー。
「お願いします!僕を…僕を、弟子にしてください!!」
俺にはかつて、弟子がいた。
いや、今も一応シノンやリーファとは師弟関係ではあるのか。
…まぁ、そんなこと今はどうでもいい。
きっかけは第26層の攻略を進めていた時、とあるパーティーを助けたことだった。
その時そのパーティーにいた、一人の短剣使いのプレイヤーから唐突に頭を下げられた。
そのプレイヤーの名前が、《ドナウ》。
鍛冶師を目指す、鍛冶屋見習いだった。
無論、俺も即承諾した訳では無い。
その時の俺はと言えば、兄貴やシュンヤと共に第一層で《ビーター》と明言してから、凄まじい非難を浴びていた全盛期。
それに、それのおかげで元来持ち合わせていた人への不信感も若干拍車がかかっており、その時はそそくさと逃げるように先へと進んだ。
だが、一度断っただけでは彼は諦めなかった。
その日から、一日に一度は菓子折りと土下座のワンセットで俺に弟子入りのお願いをしてきた。
一日に複数回あった日もある程だ。
ーーそして、ストーカー紛いの弟子入り祈願が20回を超えた頃。
俺は彼を隣に座らせ、質問した。
「…お前は、俺が《ビーター》なのは知ってるよな?」
「はい。」
「なら、俺に関わることによるデメリットが大きいことくらいわかるだろ?鍛冶屋なんていう専門職してるなら尚更。」
そう問うと、彼からは《予想外》の返事が返ってきた。
「いえ、そこまで。」
「…なにぃ?」
「だって、この世界はたとえ売り上げが落ちたとしても、店の立ち退きなんかはありません。それに、僕がカズマさんに強くしてもらって素材集めを自分で出来るようになれば、他のプレイヤーへの依頼料もいりませんから。正直デメリットより、メリットの方が大きいんですよね。」
「……」
その言葉を聞いて、俺は呆れた。
そして、同時に根負けした。
こいつは、これ以上何を言っても無駄だと。
こうして俺は、人生で初めての《弟子》をとることとなったのだ。
ーーーーーーーーーーーー
…場面は戻り、《第0層》。
逃げるショウマを、カズマが全力のダッシュで追いすがる。
「思い出したろ?俺がお前に初めて弟子入りを申し込んだ時の、お前の嫌そうな顔。ありゃ傑作だったよなぁ。…ま、お前は分からねえだろうが。」
「……」
「…また黙りかよ…少しはお喋りしようや…!!」
先程と同様に、カズマの剣をショウマが受け流し両者の間に距離が産まれた。
その直後に産まれる、静寂。
その時間は、カズマをまた、記憶の渦に飲み込んだ。
ーーーーーーーーーーーー
あれは確か、第三十五層を攻略していた時期だったか。
もう既にかなりの数の稽古と、付き合いを重ねていた俺とドナウ。
…その日の稽古が終わった後。ドナウは俺に質問してきた。
「カズマさん。カズマさんって《スリーピング・ナイツ》のユウキさんと付き合ってるんですか?」
「ブホッ!!」
飲んでいた炭酸飲料を、思いっきり吹き出した。
ちなみにこの時期は、俺がユウキ相手に《ユウキが勝てば俺の正体を明かす》ことを条件に、彼女とデュエルを重ねていた時である。
俺は吹き出した液体が付いた頬を拭いながら、ドナウを見る。
「…なんでまた…」
「いや、最近鍛冶屋界隈でも噂になってますから。なんでも、《絶剣》ユウキと《ビーター》のカズマが逢瀬を重ねているとか…」
「層ごとにデュエルしてるだけだよ!誰だそんな誤解を招くような情報流したやつ!!」
噂とは、本当に怖いものだ。
「…いや別に。ちょっと諸事情あって、あいつデュエルしてるだけだよ。ユウキのやつ、強情だからな…」
「…へぇ。」
「ユウキさんのこと、お好きなんですね。」
「ブゴホッ!!!」
更に吹き出した。
瓶の半分は地面に落ちた気がする。
「おまっ…!なんでそうなる!」
「え?違うんですか?」
「…いや、それは…ていうか、なんでそんな質問が出てくるんだよ。お前そういうの興味無いだろ。」
「まぁ、人の恋愛話は確かに興味ないですが。」
「カズマさんがそこまで穏やかな顔で人の話をするのは、初めてなので。興味も湧きますよ。」
「…そーかよ。」
俺はもう一度口周りを拭きながら、小っ恥ずかしさを押し殺しながら答えた。
「…まぁ、大切なやつではある、かな。」
「…へぇ…」
「…いいなぁ。」
俺の顔を見たドナウは、そのことをいじることもなく、そう小さく呟いた。
俺は、彼の方を見た。
その顔は伏せられ、よく見えない。
だが、彼のその様子から大体の気配は読み取れた。
「…どうした?」
「?何がですか?」
「…いや、なんか寂しそうだったから…」
俺のその言葉に、ドナウはハッとしたような反応を見せたあと、自身の頬を叩き、表情を元通りに直す。
「すみません…僕って、あまり人を信用出来ないんです。…実はリアルワールドで色々あって、それからあまり人を信用しきれないというか…。そのせいか、深い関係の人もいなくて。」
だんだんと低くなる声のトーン。
それにつられて、カズマの表情も少しずつ引き締まっていった。
…だが。
「…なーんてね。信じちゃいましたか?」
「…え?」
「あはは。さっきの、嘘ですよ。それに、僕の周りには鍛冶屋仲間もいますし、カズマさんもいますからね。贅沢は言えませんよ。」
「…ドナウ。」
「さっ、早く訓練の続きをしましょう。そろそろソロでも狩れるレベルに行きたいですから。」
足早に、俺の元から離れていくドナウ。
その後ろ姿は、どこかーー。
ーーーーーーーーーーーー
ガキィンッ!!
青黒い短剣が紅い直剣を受け流し、カズマとショウマは何回目かの距離をとる。
2人の実力は、競っていた。
確かに、対人戦やソロの戦闘経験はカズマの方が圧倒的に上だ。
だが、ショウマもラフコフ元参謀役としての持ち前の知識と、管理者権限によって最大限まで上昇させたステータスで、経験の差をしっかりとカバーしている。
「…ハァ…ハァ…」
「…フゥ…」
2人の頬を流れ落ちる、仮想の雫。
一撃一撃を全力で撃ち込むカズマと、その全てを受け流し切らなければならないショウマ。
仮想世界に肉体的疲労はないとはいえ、精神面においては、2人は確かに消耗していた。
「…流石だな。正直、俺のこの《速さ》についてこれない序盤に、ケリをつけられればと思っていたが…。そう簡単にはいかないよな。まさかここまで対応されるとは…。」
「………」
カズマは何も言わずに、剣を構え直した。
その対応に、ショウマは不服そうに顔を歪める。
「おいおい。今日のお前は本当にどうしたんだよ、カズマ。もっと軽口を叩きながら、時には煽って。心理戦も繰り広げながら戦うのがお前の戦闘スタイルだろ?それとも、柄にもなく緊張してんのか?」
ショウマの問いに、カズマは何も言わない。
その反応に、ショウマは呆れたように溜息をつき首を振った。
「そーかよ。それなら…」
「そのまま殺してやるよ!!」
ショウマの跳躍。
凄まじい速度のそれは、正しく流星。
AGIにステータスを振っているプレイヤーにのみ辿り着けるそのスピードは、周りの全てを置き去りにする。
ヒュバッ!
カズマの横を通り過ぎると同時に、ショウマは彼の体を切り裂いていく。
数箇所に付けられた傷によって、カズマのHPは確かに削られる。
一度だけなら大した傷にはならないが、何回も重ねることで大ダメージとなるのだ。
『あいつは今、俺の動きが見えていない…!ここで決める!』
ショウマは走り抜けた勢いのまま、対角線上にある壁に張り付き、そのまま踏み抜いた。
ズババッ!ズバババッ!!
繰り返す事に、削られるカズマのHP。
微かな減りは、確かなダメージへと変わり彼に襲いかかる。
「どうしたどうしたァ!?天下の《死神》サマが、まさかこのまま地蔵で死ぬのかよ!」
叫びながら駆けて行く中でも、ショウマはカズマのHPを削っていく。
そしてーー。
「ま、それも一興かもな!」
とうとう、カズマのHPがイエローゾーンに突入した。
ーー次の瞬間。
踏み抜かれたショウマの足。
加速する彼の体。
ほんのコンマ一秒で着弾する1つの弾丸。
無表情の顔。
鋭い眼光に射抜かれたその瞬間。
ショウマの背筋に、冷たいものが走る。
「チッ…!」
ショウマは急ブレーキをかけて、すぐにカズマの背後に回り込んだ。
そして、無防備なその背中に一撃を…
ガキイィィィンッ!!
「なッ…!?」
響く金属音。
見開かれるショウマの目。
突き出されたショウマの短剣は、しっかりと受け止められていた。
…1本の、
ォウッ…!!
「しまっ…!」
不意をつかれたショウマは、真上に振り上げられていたカズマの直剣に対する反応が遅れる。
振り抜かれる紅剣。
その一撃は、床に接触する直前に停止し、それと同時に周りに旋風を巻き起こす。
そして、旋風と共に距離をとるショウマ。
その光景は、戦闘序盤にも見せた応酬。
…だが、1つ違いが。
「…グッ…」
ショウマの体に走る、1本の赤い線。
彼はそこを抑えながら、膝を着いた。
彼のHPは、その一撃だけでレッドゾーンへと突入していた。
「クソが…たった一撃貰っただけで…これかよ…」
毒づきながら、ショウマは取り出した結晶でその傷を癒していく。
今のショウマのような、身軽なスピード重視のプレイヤーの、目に見える弱点が1つ。
それが、《耐久力の無さ》。
彼らは身軽が故に低めの防御力が仇となり、1発でHPを吹き飛ばされてもおかしくないのだ。
今回は、管理者権限による《レベル上げ》によって増幅されたHPのおかげで助かったが、カズマはそれを1発でほとんど持っていった。
改めて、
「………」
カズマは何も言わずに立ち尽くし、
いつの間にか彼のHPは回復しており、体の傷も消えていた。
左手の投擲用ナイフを腰にしまって、カズマは再度、剣を構え直した。
放たれる、凄まじい威圧感。
あまりの迫力に、ショウマの周りが震えているようだった。
「…あー、そうかい。出し惜しみしてる場合じゃねえって、そういうことかよ。」
ショウマはそう言って、ウィンドウを開き、手馴れた手つきで操作していく。
そして、彼がウィンドウを閉じたと同時に、彼の左手…短剣を持っていなかった手に、もう一本、短剣が握られた。
「…さぁ、決めようぜ。シンユウ。」
「……」
ーー深い因縁のある2人の決着は、もうすぐそこまで、来ていたーー。
カズマvsショウマは二部構成でいきます。
なんでギレスを1話で終わらせたかと言うと、新しいキャラを回跨ぎして書きたくなかったからです。
大人の²。