ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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眠気とは、集中している時にこそ起こるものである。

By集中できてない馬鹿


第31話 わがまま

アインクラッドでは基本的に、魔法は使えない。

 

剣と剣、互いの刃が織り成す戦いこそ、このアインクラッドの真骨頂。

 

かつて、第3層到達時、キリトが「ここからがSAOの本番」と言った理由もまさにその通りであり。

エルフのような人型モンスターが出現を始める第3層こそ、正しくその姿を体現していると言える。

 

…だが。

 

そんな()()()()()()とは裏腹に。

 

《魔法》とも言える、特殊攻撃を扱えるのが、モンスター…その中でも頂点に君臨する、ボスモンスターなのである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ー第0層・2階層《高独の間》ー

 

 

薄暗い紅い部屋の中。

 

1つの閃光が瞬く。

 

その瞬間流れる、流星の如く一筋の光。

 

…そして。

 

 

「………」

 

 

その光の《着弾地点》にある、1つの人影。

 

赤い着物、白銀のカタナを手に持つそのプレイヤーは、迫り来る閃光を真っ向から視認した瞬間。

 

…ヒュオッ。

 

その体を、()()()()()

 

そのコンマ1秒後、光が彼のいた場所に着弾する。

 

だが、光線を放ったプレイヤー…オズの視線は、既にそこには向いていなかった。

 

体も90度ほど左に向けて視線をずらしながら、左手をかかげて光線を放ち続ける。

 

放たれる毎に、爆音と共に着弾する光線。

 

その全ては、超高速でフィールドを疾走するプレイヤー…シュンヤへと向けられていた。

 

 

「…ッ…!」

 

 

右へ左へ。

右往左往しながら、降り注ぐ流星を回避し続ける。

 

そしてーー。

 

 

「…セェイッ!」

「…!」

 

 

オズの注意がシュンヤに向いていた隙をついて、シャムが背後から斬りつける。

不意を完璧についた一撃。

 

だが、この一撃だけでは致命傷になるはずも無く。

オズの足を少し斬りつけるだけにとどまった。

 

 

「セアアァァァ!!」

「…ッ…!」

 

 

シャムは止まらない。

 

確実に相手を仕留めんと、息もつかせぬ連撃を畳み掛ける。

 

…だが、オズもそれには黙っていなかった。

 

すぐさまローブに隠していた右手をさらけ出し、彼女の剣の軌道にその手を割り込ませた。

 

シャムの剣と、オズの右手。

 

2つが交錯する…その直前。

 

 

ガキイィィィンッ!!

「…っく…!」

 

 

突如現れた《見えない光の壁》に、シャムの剣撃が防がれ、オズにダメージを与えるにはいたらなかった。

 

剣とともに、体も弾かれたシャムは宙にその身を躍らせる。

 

そして、そんな彼女に…

 

 

「……」

 

 

オズは、なんの躊躇いもなく、左手のひらを彼女に向けた。

すぐに彼の手のひらに光源が出現、光線が射出される。

 

…だが。

 

 

「…ムゥンッ!」

ガイイィィィンッ!!

「…チッ…」

 

 

光線がシャムに射出されるほんの数秒。

その間を利用し、二人の間に割り込んだプレイヤー…コウヤは、自身の手に持つ大きめの盾でしっかりと光線を防いだ。

 

だが、流石に勢いは殺せないのか。

防いだと同時に2人の体は数メートル先まで吹き飛ばされ、少し離れたところに着地する。

 

 

そして、訪れる静寂。

 

だが…

 

 

キュンッ!

「うぉ…ッ!!」

 

 

オズはその静寂を嫌うように、右手から光線を放つ。

標的であるシュンヤは不意打ちをギリギリで避けると、またも疾走を開始。

 

プレイヤー4人には大きすぎるフィールドを駆け回る。

 

オズは左手でも光線を放ち、コウヤとシャムを牽制する。

 

 

…そんな中。

 

コウヤがオズの光線を弾く光景を見ながらシャムは、かつての情景に思いを馳せたーー。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

100層攻略日から、数週間前。

 

 

エギルの店・1階。

 

夜はレストランとして賑わっているそこは、今はシャムだけが椅子に座っていた。

 

…やがて。

 

パタパタと階段を下りる音が聞こえる。

 

シャムが後ろに振り返ると、金髪の女性プレイヤーが宿屋エリアから下りて来ているのが見えた。

プレイヤーは、椅子に座ったシャムを見つけると、笑顔で手を振る。

 

 

「シャムちゃん、お待たせ。ごめんね、さっきクエストから帰ってきたばっかで…」

「い、いえ。こちらこそ、お休みの日にすみません…」

「いいっていいって。」

「それに、クエスト後ならかなり疲れてるんじゃ…」

「今日はキリト君とカズマとだったから、そこまで疲れてないんだ。」

 

 

金髪の女性プレイヤー、リーファは早足でシャムの座るテーブルに近づく。

シャムと向かい合う形で椅子に座ると、NPCウェイターに注文する。

 

 

「コーヒーとホロホロ鳥のホットサンドで。あ、シャムちゃん晩御飯は?」

「お、お構いなく…」

「分かった。それでお願いします。」

「かしこまりました。」

 

 

一礼の後、遠ざかるウェイターを尻目に、リーファはシャムに視線を移す。

 

 

「それで?お話ってなに?」

「は、はい。あの、無茶なお願いかもしれないんですけど…」

「うん、いいよっ。私の出来ることならなんでも。」

 

 

快活なリーファの笑顔。

それに対して、シャムの顔はどこか暗い。

…その理由は。

 

 

「その…リーファさんの…」

「私の?」

「………」

 

 

「リーファさんの家の、ご兄妹の話を。…お聞き、したくて…。」

 

 

…人生で初めて、自分から《ルール違反(現実世界の話)》をするからだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…私の家の、話?」

 

 

少し困った顔でリーファは笑う。

その顔を見て、シャムは我に返る。

 

 

「す、すみません!こんな赤の他人に、そんなこと話せませんよね…」

「あ、いやそうじゃなくて。むしろそれくらいなら全然いいんだけど。」

 

 

血の気の引いたシャムに、リーファは手を振りながら否定。

そして、頬を掻きながら苦笑する。

 

 

「私達兄弟ってことは、おに…キリト君とカズマとの事…ってことだよね?」

「は、はい。」

「…正直、聞く程面白い事じゃないと思うんだよね。…それに、聞きたい理由って…《お兄さん》、だよね…?」

「…はい。」

 

 

リーファの問いに、首肯するシャム。

その様子に、リーファは「んー」と唸るように声を出すと、椅子の背もたれに体重を預けた。

 

 

「…あの…大丈夫、ですかね?」

「え?何が?」

「…その、よく考えてみればリーファさんだけじゃなくて、キリトさんとカズマさんにも関係あるので、2人にも許可を…」

「あー、大丈夫大丈夫。2人はそこら辺無頓着だし。気にしない気にしない。」

「…そう、ですかね。」

 

 

どこか申し訳なさそうな顔をするシャム。

その顔を見ながら、リーファは肘をテーブルについて、呟いた。

 

 

「…ほんっと、敵わないわ。」

「…え?」

「んーん。なんでもない。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっ、いっけない。もうこんな時間。」

「どした?スグ。」

 

「ごめんお兄ちゃん、カズマ。今日シャムちゃんとお話する約束してるから、もう戻るね。報酬の分配、任せていい?」

「おう、分かった。」

 

「直葉。」

「んー、なにー?」

「もしもの時は、話していいからな。」

「なにをー?」

 

 

「…俺達兄妹のこと。」

 

 

「え?」

「シャムがお前に話があるなら、俺の予測ではその話になる可能性が高いと思う。…まぁ、あくまでも予測だし、そうじゃないなら話す必要はないんだけど…」

 

「…そうだね。今一番シャムちゃんの立場に近いのは、私だもんね。それは、失念してたよ。」

「…兄貴も、良いよな。」

「あぁ。…深い所まで話すのはちょっと困るけど、彼女に道筋を示すくらいならしてあげるべきだと思う。」

 

「分かった。…それじゃ、行くね。」

「あぁ。お疲れ様、スグ。」

「ちゃんと疲れとっとけよ、直葉。」

「わかってるよ!それとこの世界じゃリーファだから!!」

 

 

「…っと、しまった。」

「あいつと一緒だと、どうも感覚がブレちまうな。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

…そして、現在に至る。

 

 

「リーファさんは…その…この世界に()()()()した…っていうことでしたよね。」

「うん。途中参加した理由としては、2人が心配だったのと…それに、2人に会いたかった…からかな。」

 

「…その、御三方はやっぱり現実でも仲が良いんですか?今でも仲良く話してますし、そこまで心配できるのは、よっぽど…」

 

 

 

「ううん。カズマはともかく、おに…キリト君とは、ここ数年ほとんど話してなかったよ。」

 

 

「…え?そう、なんですか?」

 

「うん。…私達の家庭環境、ちょっと複雑でさ。昔は仲良し兄妹だったんだけど、色々あってね。カズマはあまり気にしなかったらしいけど、キリト君はかなり気にしちゃったみたいなんだ。だから、ちょっと気まずくなっちゃって…ああして話すようになったのは本当に最近。」

 

 

「そう、なんですね…てっきり、現実でもあんな感じなんだろうなと…」

 

「そうだねー。…でも、ほとんど話してなかったし、仲も良いとは言えなかったけどさ。やっぱり自分が見てる前で、2人はずっと寝たきりで。何も言えない、何も聞けない。…そんなのは、耐えられなかった。2人が起きるのか、死んでしまうのか。…そんなのをただ待つだけだなんて、耐えられなかったの。」

 

 

 

「…どうなっても、《家族》だもん。…やっぱりそばにいたいものだと、私は思うよ。」

 

 

 

「…家族…そばに…」

 

「シャムちゃんだって、この世界にいた時はご家族のこと考えたりしたことあるでしょ?体調のこととか、心配かけて申し訳ないとか。…そういうのも、一種の愛情だと私は思うよ。」

 

「…ですが…」

 

 

 

「…私は、あの人の…オズの考えていることが分かりません。…いえ、それは今に始まったことじゃない。年の離れた、いつも笑っていた頃の兄の心の内さえ分からなかった私に、本当に今の兄の心の内を理解できるのか…」

 

 

 

「それは…無理だと思うよ。」

 

「…え?」

 

「いくら家族って言っても、違う人間で、違う人生を辿る他人だもん。私だって、キリト君やカズマが何を考えてるのかなんて分からない。」

 

「……」

 

 

 

「それでも、理解(わか)らなくても。話を聞いて、自分の気持ちをぶつけて、寄り添うことが、私達に出来ることだと思う。」

 

 

 

「聞いて…寄り添う…」

 

「大丈夫。お兄さんも、シャムちゃんの気持ちをぶつければ、きっと分かってくれるよ。なんなら、ぶん殴るくらいの勢いでさ。…まぁ、会ったことない私が言うのもなんだけどね。」

 

「…いえ。ありがとうございます、リーファさん。」

 

「…少しは、役に立った?」

 

「…はい。」

 

「そっか。…頑張ってね、シャムちゃん。」

 

「はい。」

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

ーーそして、現在。

 

 

シャムはコウヤと共に、盾の影に隠れて身を守る。

 

シュンヤ程のAGIがなければ、オズの繰り出す光線を避け続けるという芸当は困難を極める。

 

だからこそ、シャムはこうして(うずくま)っている訳だが…。

 

 

『…これじゃ、兄さんに近づけない…!』

 

 

シャムは歯を軋ませて、自身の無力さを痛感する。

オズの両手から繰り出される光線。

 

それら全てを避けきることは、シャムには不可能だ。

 

ステータスの高さではギリギリ出来るかもしれないが、そこまで集中力が続く自信は、正直ない。

 

それはつまり、彼女にはオズへと近づく手立てはないことを表す。

 

リーファにアドバイスを貰って、決意を固めても、攻撃ができなければなんの意味もない。

 

 

『どうすれば…!』

 

 

歯噛みし、思考を加速させる。

だが、どう自分のステータス、スキルを駆使しても、光線を切り抜け、光の盾を超えてダメージを与えるには至らなかった。

 

 

 

ーーそんな。

 

悔しそうに顔を歪めるシャムに、盾で光線を迎撃し続けるコウヤは気付いていた。

そしてーー。

 

 

「…ッ…」

シュィンッ!!

 

 

コウヤは剣を腰の鞘から引き抜くと…

 

 

カァンッ!!

 

「…!?」

 

 

その剣を盾に叩きつけて、甲高い音を鳴らす。

それは一度のみならず、二度三度と彼は剣で盾を打ち鳴らす。

 

シャムは驚きに包まれながらも、この光景を知っていた。

 

 

これは、タンク専用スキル《挑発(デコイ)》のスキルモーション。

剣で盾を打ち付け、その音でモンスターの気を引くスキルだ。

 

だが、これは対人にはあまり効果をなさず、今使うべきでは無いはずだが…

 

 

しかし、次の瞬間。

 

コウヤの本当の目的がシャムにも分かった。

 

 

ズザザザザッ!!

 

「ふぃー…ギリギリセーフ。」

「しゅ、シュンヤさん?」

 

 

今の今までオズの気を引き、片手分の光線を引き受けていたシュンヤが、凄まじいスピードでコウヤの盾の影に滑り込んできたのだ。

 

戦闘中だと言うのに、彼が横にいるだけでシャムの心の中は安心感で満たされる。

 

だが、シュンヤはコウヤを見上げると大声で問う。

 

 

「兄さん!何か案でも出たのか!?」

 

「悪いが俺じゃない!」

 

 

シュンヤの問いに、コウヤはそう返すと…

チラリ、とシャムを横目で見つめた。

 

 

「シャムが、何か考えがあるようだ。おそらく案でも浮かんだのではと、お前を呼んだ次第だ。」

 

「え?」

 

「…そうか。分かった。」

 

 

コウヤの言葉に頷くと、シュンヤはシャムの肩を掴み、彼女に真正面から問う。

 

 

「シャム、どうなんだ?」

 

「さ、作戦なんてありません!」

 

「でも、少なくとも兄さんにはそう見えた。…いや、作戦じゃなくとも何か考えてる…()()()()()()ように見えた可能性がある。」

 

「そ、それは…」

 

「俺の中では、攻略組の皆の強さと同じくらい、兄さんの《観察眼》を信用してる。…シャム、話してくれないか。」

 

「…本当に、作戦とかじゃないんです。これは、私の身勝手な…」

 

 

 

「それでもいい!」

 

「…ッ!」

 

 

 

「お前はいつも、《優等生》だ。自分の意見を殺し、周りに合わせることは決して悪いことじゃない。…けど、俺は…俺達は。…そんな遠慮を、するような仲じゃないだろ。」

 

「そ、れは…」

 

「お前はもっと、わがままになれ。もっと人を頼って、自分の心をさらけ出してくれ。…それは、オズを…和幸さんを止める可能性になるかもしれない。…もう、迷ってる時間はないんだ!」

 

「シュンヤ、さん…」

 

 

「くっ…シュンヤ、シャム!そろそろ盾が持たない!早く頼む!!」

 

 

「…ッ!シャム!」

 

「…わた、しは…」

 

 

 

 

ーー大丈夫だよ。ーー

 

 

 

 

「…ッ!」

 

 

シャムの脳内に、金髪の少女の声が響く。

同じギルドに所属する彼女は、兄妹としての在り方だけでなく、もうひとつ。

シャムを指摘してくれた。

 

ーーならば。

 

 

その思いを。

 

2人の想いを。

 

蔑ろにするなんてことは、してはならない事だろう。

 

 

 

 

「…シュンヤさん…私は…私は……」

 

「…」

 

 

シャムは、シュンヤの和装の袖を握り締め、まるで絞り出すように声を震わせる。

 

そしてーー。

 

 

 

「…私は、兄さんと話がしたい。あの人の心が知りたい。…あの人を、止めたい。」

 

「…おう。」

 

「…シュンヤさん。お願いします。」

 

 

 

 

 

 

「…あの人を、殴らせてください。」

 

 

 

 

 

 

「…それは、()()()()か?」

 

「…はい、そうです。…そして、私の()()です。」

 

「そうか。…なら、聞かねぇ訳にはいかねぇな。」

 

「…」

 

「シャム。」

 

「…はい。」

 

 

 

 

 

 

「でけぇの一発、喰らわしてやれよ。あのバカ兄貴にさ。」

 

「はい。援護、お願いします。」

 

 

 





「シャムちゃんはさ、もうちょっとわがままになっていいと思うな。」

「わがまま…ですか?」

「うん。私達ギルメンはともかく、幼なじみのコウヤさんや、それこそ恋人のシュンヤ君には尚更ね。」

「…それは…」

「やっぱり、怖いの?傷つけるのが。」

「…そう、かもしれません…。…いえ、違いますね。…ただ、責任が持てないんです。私の言った言葉で、誰かが傷つき…死んでしまうのかと考えると…何も、言えなくなる。」

「…」

「…結局、私は私のことしか考えてない。…嫌な女です。」

「…そうかな。人なんてそんなものじゃない?」

「え?」

「それこそシュンヤ君だって、ずっと赤の他人の事を案じ続けるは無理だろうし、必ずどこかではシャムちゃんや自分自身を優先してるとは思うよ?」

「…そう、ですかね。」

「…大丈夫。彼なら必ず、受け止めてくれるよ。それにさ、そうして身を案じてあげるのも、一種の愛情なんじゃない?」

「…そうですかね…。…ありがとうございます。リーファさん。」

「んーん。私なんかが役に立てて、良かったよ。」

「はい。…あなたに相談して、良かった。」

「…そっか。本当に良かったよ。」


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