俺と謎の女性フェンサーは微妙な感覚を開けたまま、森を抜け、トールバーナの北門をくぐった。
視界に【INNER AREA】という文字が入ってくるのを確認し、思わず一息つく。両肩にズシリとした疲労を感じ、宿屋に駆け込みたくなるがその前に攻略会議に顔を出さなくてはならない。
俺はウィンドウを出して現在時刻を確認する。
現在時刻、15:45。走らなくても開催される広場には余裕でたどり着けるだろう。
俺は飯を先に済ませておこうかな、とも思ったが次の瞬間に発せられた「早く行きましょう」という女性フェンサーの言葉でその考えは無しになった。
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広場に着いた俺たちが見たものはかなりの数のプレイヤー達が席に座ったり、立ち話をしている姿だった。おそらく全員ボス攻略の参加者だろう。俺は指をさしながら数えていく。その数、44人。
「んー、まあこんなもんか。」
CBT時代はもう少し多かった気がするが…
「すごい、こんなにたくさん…」
俺は後ろから発せられた言葉に首をかしげる。
「…たくさん?」
この人数で?
「ええ、だって死んでしまったら現実世界でも命を落とす可能性があるのよ?それなのに40人程度も集まるなんてみんな大した精神力だと思わない?」
「あー、そういう考え方もあるのか…」
迷宮区のあんな奥でソロで戦ってた君の方が大した精神力だよ、という言葉が口から出ようとしたが、すんでのとこで押し込める。
「あ、そうだ。いきなりで悪いんだけど君が誰ともパーティーを組まないんだったら俺と組んでくれないかな。ボスはソロでやるには危険すぎるから。」
「…それはどの立場からの意見?」
「ぶっちゃけて言うと、ベータテスターとしての意見。」
俺は普段からあまり自分からベータテスターということを露呈しないのだがこのフェンサーはこうでも言わないということを聞かないだろうという判断だ。
フェンサーは少し間をおいて、フードの下でため息をつく。
「分かったわ。そういうことなら従ってあげる。それから、あなたも誰かとパーティーを組む予定なら先に言っておきなさい。」
「あ、ああ…」
そういえば忘れてた。すでに一人、先約がいることを。
「あー、実は一人だけいるんだよ。先約。」
「その人だけ?他の人を連れてくるっていう可能性は?」
「…なくもないけど、俺と似て友達少ないからな…アイツ。」
あれ?自分で言ってて悲しくなってきたぞ?
フェンサーはフンッ鼻を鳴らす。
「なら、多くても二人ってことね?」
「ま、まあそうだな。」
「別にいいわ。そこまでなら許容範囲よ。」
「…そりゃ良かった。」
俺は安堵のため息をつく。正直断られたらどうしようかと思ってた。これで死なれたらとんでもない罪悪感が残るからな。
俺は階段を一段ほど降りるため、足を踏み出した…
「よっ、兄貴。」
「⁉︎」
ところで声をかけられ、足を踏み外しかけた。
俺は反射的にもう片方の足を後ろに引き、転倒を免れる。
俺にかけられた声の主は身に覚えがあった。というか俺を兄貴と呼ぶ奴は一人しかいない。
「5日ぶりか?カズマ。」
俺は不敵に笑う、たった一人の弟に声をかけた。
カズマとは、迷宮区の途中で一度だけ会っていた。それでも少し話した程度だが。
「あ、もうそんなに経つのか。時間が流れるのは早いもんだな。」
カズマは少し笑うと左横にいたフェンサーに顔を向ける。
「で、こちらの方は?」
「俺たちとパーティーを組んでくれるフェンサーだ。ソロじゃ危ないんで俺から誘った。」
「へー、兄貴が自分から人を誘うなんて珍しいな。」
ほっとけ。
カズマはフェンサーの体の上から下を視線で2往復ほどすると、俺に質問してくる。
「女性プレイヤーか。これまた珍しいな。」
「…よく分かったな。」
「装備見りゃ大体分かんだろ。」
「それもそうか。」
俺は少し笑ってからカズマの後方を指差す。
「それで、そいつは?」
カズマの後ろには灰色のコートを着た、茶髪の少年が立っていた。武器はつかの形状からして、俺やカズマと同じアニールブレード。中のシャツは赤黒く、ズボンも少し黒に近い。カズマは彼の左肩を掴むと、説明を始める。
「こいつはシュンヤ。一応ベータテスターで、迷宮区の奥で寂しそうにしてたから拾ってあげた。」
「おい、人を捨て犬みたいに言うな。」
「おっと、コボルドに苦戦していたのを助けてあげたのはどこの誰かな?」
「ぐっ…」
シュンヤ、と呼ばれた少年は悔しそうに歯ぎしりをする。俺はそんな二人を見ながら、少しだけ笑ってカズマに質問する。
「お前の連れはそれだけか?」
「ん?ああ。そうだな。こいつを入れてやるとありがたい。」
「分かった。それじゃ、席に着こう。もうすぐ始まる。」
俺たちは個々で違うところに腰を下ろした。
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「はーい!それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」
元気で、実に若々しく通りやすい声が広場に響く。背は高く、顔はかなりのイケメンでおまけに少しウェーブのかかった髪は青く染められている。第1層には髪染めアイテムを買える店がないのでモンスタードロップを狙うしかない。
「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!俺の名前はディアベル!職業は…気持ち的に、《ナイト》やってます!」
すると、広場がどっと沸き、拍手などに混じって「本当は騎士って言いてーんだろ!」などの声が上がった。ディアベルと名乗った青年はプレイヤー達をなだめると、途端に真剣な顔になる。
「今日、いわゆるトッププレイヤーのみんなに集まってもらったのは他でもない。俺たちのパーティーが、あの塔の最上階でボス部屋とおぼしき部屋を見つけたからなんだ。」
「へえ。」
カズマが笑いを含んだ声で呟くと同時に周りからどよめきが聞こえる。俺もほんの少し驚いた。まさかボス部屋まで辿り着いているパーティーが存在していたとは。
「いいか、ここにいる俺たちの義務はボスを倒し、二層に到達してこのゲームそのものもいつかクリアできるんだってことをはじまりの街で待ってるみんなに伝えることなんだ!そうだろ、みんな!」
再びの喝采。またもや広場内が賑やかな雰囲気に包まれる。彼の言った言葉は全く非の打ち所がない。俺はここにいる全員に合わせて拍手をしようと手を挙げた…直後。
広場に場違いの低い声が流れた。
「ちょお待ってんか、ナイトはん。」
歓声がピタリと止まり、全員が後ろを向く。俺もそれに合わせて20メートルほど右に離れた、俺たちより少し高い位置に立っている人物を見上げた。
彼は階段を2段飛ばしでジャンプをするかのごとく降りていく。彼は広場の中央に立つと、自分を親指で指してから名前を名乗る。
「わいは《キバオウ》ってもんや。会議を始める前に、一つ言わせてもらいたい事がある!」
キバオウと名乗った男プレイヤーは広場の全員を一瞥すると、さらにワンオクターブ低い声を発する。
「こん中に、5人から10人、今まで死んでいった2000人に詫び入れなあかんやつらがおるはずやで!」
今まで黙っていた40数人がどよめきをあげる。
「キバオウさん、君の言う《奴ら》というのは…元ベータテスターの人たちのことかい?」
「はっ、決まっとるやろがい!」
キバオウは憎々しげに吐きすてる。
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその直後にはじまりの街から消えよった。九千何百という数のビギナー達を見捨てて、な。奴らはうまい狩場やらボロいクエストを独り占めして、その後もずーっと知らんぷりや。」
キバオウは鋭い視線をディアベルから俺たちに向ける。
「こん中にもおるはずやで。ベータ上がりっちゅうことを隠してボス攻略の中に入れてもらお考えてる小狡い奴らが!」
キバオウはさらに声を引き上げる。
「そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれんとわいはそう言っとるんや!」
先ほどまでのどよめきが嘘のように、広場は静まりかえってしまっていた。俺もただただ口を閉じていた。叫び返したいという衝動がないわけじゃなかった。だがここで叫び返しても不利な状況になるだけだ。
『どうしたら…』
「発言、いいか?」
すぐ横で聞き慣れた声が響く。顔を向けるとカズマが手を挙げていた。カズマはゆっくりとした足取りで広場の中央に降りると、自分より少し背の小さいキバオウと真正面から対立した。
「俺はカズマ。ソロプレイヤーで、一応元ベータテスターだ。」
その言葉を聞いて驚きの声が上がる。まさか本当に元ベータテスターが名乗りをあげるなど思ってもいなかったのだろう。キバオウも少しだけ目を見開いていたがすぐに目を鋭いものに変える。
「ほう、自分から名乗り出るほどのその度胸は褒めたるわ。ほな、おとなしく土下座でもして金やアイテムを吐き出してもらおうか!」
その言葉を聞いてカズマは軽く右手と右肩を同時にあげる。
「悪いがキバオウさん、それは出来ない。」
「…なんやて?」
二人の周りに張り詰めた空気が漂う。
先にカズマが言葉を発する。
「確かに、俺はそれなりの額のコルやアイテムを持ってる。けどそれを吐き出したところでなんになる?新しい武器や防具が買えるといってもそんなもん強化してメンテをしたほうが強いに決まってるだろ。それに、半分の二桁以上ならともかく、九層までは確実に俺たちベータテスターが主力になる。ベータテストは10層の途中で終わっちまったからな。そんな主力がパワーダウンして、あんたはこの作戦のためになると思っているのか?」
「ぐっ…」
キバオウが悔しそうに顔を歪める。確かに、カズマの言う通りだ。ここでベータテスターが戦力ダウンしてはマイナスにはなってもプラスには決してならない。
「それと、あんたはビギナー達を見捨てたと言っていたが別に全員がビギナー達を見捨てたわけじゃないぞ。実際、ベータテスターのおかげで助けられた人たちがこの中にも数人いるはずだ。」
「そ、それでも!貴様らがちゃんとしとったら2000人もの死者は出んかったはずや!」
「…それもそうだ。」
今度はカズマがゆっくりと頷く。
「しかしな、キバオウさん。その2000人が全員ビギナーとは限らないぜ。」
「な、なんやて…」
今度はキバオウの顔が驚きの色に染まる。
「やっぱり知らなかったのか。確かに2000人のうち1700人はビギナー達だった。だけどその内の300人は元ベータテスターなんだよ。」
これには周囲にも驚きの声が上がる。
この情報は《鼠》の異名を持つアルゴという名の滅多に現れない情報屋を通してやっと手に入る情報なので知らなくて当然だが。
「それと、あんたもこれ貰ったろ?」
カズマはポケットから小さな手帳のようなものを取り出して自分の顔の位置に出した。
「武器屋で無料配布してたからな。それぞれの街に行くとすぐにその街の武器屋に置いてあった。情報が早すぎると思わないか?」
「は、早いからなんやっちゅうねん!」
「つまり、これを出していたのは元ベータテスターだったってことだ。」
再度のどよめき。するとフェンサーがここで初めて言葉を発する。
「私も貰った。多くの情報が入ってたからかなり役に立った。」
見るとその手帳の裏表紙にはアルゴのマークがつけられている。あのアルゴがこんなボランティアじみたことをやるとは中々考えられないが、事実なのだろう。
「キバオウさん。」
二人が言い合う、というよりカズマが一方的に主張をしている間黙っていたディアベルが口を開く。
「君の主張もわからないわけじゃない。俺も、右も左も分からないでここまで来たからさ。でも今は協力するときだろう?対立は今じゃなくてもいいじゃないか。みんなの気持ちが一つにならないとボスは倒せない。俺はそう思うんだ。」
その言葉にキバオウは少しの間をあけ、フンッと鼻を鳴らしてから近くの席に腰を下ろした。カズマも席に着き、攻略会議が再開された。そこからはかなりスムーズに進んだ。まずはパーティーを組んでから、例の攻略本でボスのデータをおさらいをしてから明日の集合時間等を報告してからその場は解散となった。あと、パーティーを組んでから分かったことがある。フェンサーの名前だ。彼女の名前は、《Asuna》。《アスナ》と読むであろうその名前を俺は恐らく一生呼ばないのだろうと思いながら見つめていた。
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「それじゃ、明日の9時50分に集合な。」
「分かった」
「おう。」
「はい。」
俺がパーティーメンバーにそう伝えるとアスナという名のフェンサーはすぐに歩き始め、カズマ達もその場を離れていく。俺は迷った末にアスナの後を追った。
「ふう。」
俺は街の大通りを歩く。シュンヤとはもう解散してからすぐに別行動へ移った。正直、自分が取ったあの行動に俺は自分自身で内心驚いていた。別に後悔はしてないがもう少しうまいやり方があったのではないかという考えが頭の中をよぎるが、すぐに振り払う。
とりあえず、宿に向かおうと歩いていた…その時。背後から声をかけられる。
「あの…カズマさん…ですよね?」
俺が振り向くとそこにはショートカットの女性プレイヤーが立っていた。ボスの攻略会議で最前列に座っていたプレイヤーとよく似ている。というか本人だろう。俺も少しだけしか見てないので確信は持てないが、俺の名前を知っているのはあの場にいた者以外ありえない。俺は同い年くらいの少女に声をかける。
「そうだけど…なにか用か?」
彼女は少しだけ顔を明るくする。
「その声、その喋り方…やっぱりカズマさんですよね!」
「?」
俺は頭の中に?マークがよぎる。どうやら彼女は俺を知っているようだが俺の方は身に覚えがない。きっと人違い…
いや、ちょっと待て。
この喋り方、この声。聞いたことがある。そして少し紫色のショートカットもなんだか懐かしい。会ったことがあるのか?中学校にいた時?いや…もっと前か…。
すると、俺の頭にその特徴に当てはまる人物が一人いた。正確には二人で記憶していたのですぐには思い出せなかった。いや、でも待て。そんなことがあり得るのか?だが、この雰囲気、喋り方、声、顔。どう見ても…。
俺は少女に恐る恐る尋ねた。
「お前…藍子…か…?」
俺に藍子と呼ばれた少女はにっこりと微笑むと口を開いた。
「はい。四年ぶりぐらいですか?和真さん。」
俺は人生最大級の衝撃を受けた。
はい、まずは藍子さん登場です。あ、あとキリトの弟は名前変えてるんで違和感あると思いますが気にしないで!それではまた次回!アデュー♡