俺と和幸の出会いは、小学生の頃。
当時既に《天才》と呼ばれていたお隣さんの同級生が、体育館裏でゲームをしていた光景は、子供ながらに驚きだった。
「…ぁ…」
和幸はこの時、俺とあまり関係がなく、自分が隠れてゲームを持ち込んでいたことを教員にチクられると思ったらしい。
…だが。
「ね、それなんのゲームしてんの?」
「…え?」
俺はそんな
だからこそ、俺たち2人は関係を持つことが出来、腐れ縁の親友として仲を深めることが出来た。
…あの日が来るまでは。
薄暗い空間の中、赤色の閃光が周りを照らし出す。
SAO世界特有のスキル、《ソードスキル》の光はそのまま揺らめくと一気に加速。
ある一点目掛けて弾丸のように照射された。
そして、その前方。
赤い閃光が辿り着くであろう場所からも、同等の光ーー。
キイイィィィ…
赤色の閃光が上段に構えられているのと違い、黄緑色のその光は揺らめくと下段に構えられる。
そして、次の瞬間。
「「…ッ…!!」」
2つの光は同時に動くと同時に、一瞬の間に交錯。
威力を内包した二撃はぶつかり合い、辺りに凄まじい衝撃波を撒き散らす。
2つの光は少しの間拮抗した後、すぐに距離を取った。
黄緑色の光の使用者…シュンヤは、先程剣先で削られた肩口を。
そして赤色の閃光の使用者であるオズは、頬を少し撫でてから、同時に互いを見据える。
先程までの両者のお喋りは既になく。
あるのは《刃》と《策謀》の応酬のみ。
「……」
チキッ…
「……」
カチッ…
緊迫した空気と静寂の中、互いの刃の音だけが響き渡ったーー。
ーーーーーーーーーーーー
第0層攻略の、ほんの1週間前のこと。
シュンヤを合わせた、《ビーターズ》最高幹部の3人はキリトの家にて《作戦会議》を行っていた。
…まあ、会議とは言っても3人が情報提供してもらうだけなのだが。
情報を提供してくれるのはもちろん…
「よろしく、ユイ、メル、コウヤさん。」
「カズマさん、シュンヤさん。今日はご足労頂きありがとうございます。」
「や、礼は不要だよユイ。俺とシュンヤも、情報はあればあるほど困らないタイプだから。」
「そうだな。むしろこっちが礼を言う方だよ、ユイちゃん。」
「…いえ。そもそもは、SAOを管理する役割を担う私達が須郷伸之の侵入を許してはならない。その不手際の後始末を皆さんにお願いしているんです。」
「…そうだな。だから、これくらいの情報提供は当然のことだ。それこそ、礼を言われるようなことじゃないよ。」
「そーゆーこと。だからアンタ達は私達の情報を活かして、敵を倒すことに集中なさい。」
「めちゃくちゃ上から目線のやついるー。」
「何か言った?カズマ。」
「うんにゃ。なんにも。」
「まず3人は、須郷伸之がどんな作戦を取ってくると思う?」
「作戦としては、まず俺達3人とアスナさん達…《本隊》を引き離しにかかるでしょうね。」
「キリト君、なんでそう思うんだい?」
「まずは単純な戦力削減…戦力分散のため。あともうひとつは、《司令塔の除外》のため…ってとこでしょうか。」
「そうだね。あれ程の人数の統括は長年の経験者…それこそ、先代攻略責任者のアスナさんや、現攻略責任者のシュンヤくらいしかなかなか出来ない。経験の差ってやつだ。」
「…確かにな。」
「シュンヤ、そこら辺の対策は出来てるか?」
「うん。もし俺が抜けたらアスナさんが…更に2人が抜けたら、シュミットさんとシヴァタさん、もしくはリンドさんにお願いする事になってる。」
「…その御三方は、ちゃんと統率できると思うか?」
「出来るよ。シュミットさんとシヴァタさんは普段の攻略で大人数の統括は慣れてるし、リンドさんは初期攻略組の巨大ギルド《ドラゴンナイツ・ブリケード》でギルマスもしてた。…それに俺は、3人を信じてる。」
「…そうか。それなら良い。」
「コウヤさん。情報提供の続き、お願いしてもいいか?」
「ああ、すまない。少し脱線したな。…それでは、続けよう。」
ーーーーーーーーーーーー
時は戻り。
場所は第0層《高独の間》に移る。
中央で巻き起こる、高速戦闘。
シュンヤはその中で、腕と並列に思考も最速で回していた。
攻略前に3人に教えて貰った情報と共に、今の状況の整理を行っていく。
『和幸さん…オズの砲撃と剣技は、高位アカウント権限の1つ、《スキル製作》で作り出したものだろう。ただ、ソードスキル使用時に使っていないところを見ると、同時使用は不可能と考えていい。』
赤い光に包まれた剣撃が、シュンヤの捻った首の横を通り過ぎる。
『剣技も速く、見たことの無い軌道のものも多々あるが、モーションから発動までの
ただ、それはシュンヤの使う《カタナ》スキルも同じこと。
溜めが長く、技後硬直もそこそこ長い。
『つまり…』
シュンヤは続いて繰り出されたオズの最後の攻撃をバックステップで避けると…
制止する直前で、足を踏み抜いた。
「…ここだ!」
「…ッ…!?」
シュンヤが叫び、オズが目を剥く。
加速と共に飛び出し、弾丸となったシュンヤは体ごとオズに激突した。
接触と同時にオズを吹き飛ばす。
凄まじい速度で吹き飛ばされるオズ。
シュンヤは、これを追撃。
刀を横脇に構えながら、疾走する。
「やってくれる…!」
オズは吹き飛ばされながらも体勢を整え、壁と激突する直前で剣で床を削り、速度を減速。
そのまま両足で壁に着地、膝を曲げて勢いを殺す。
そして一瞬でシュンヤを見据え、その体勢のまま左手を突き出した。
掌に集まる光。
「…ッ…!」
ピシュンッ!!
無音の気合と共に発射された光線は、そのままシュンヤの頭目掛けて飛翔する。
だが、シュンヤはそれを
止まった体を、もう一度跳躍で加速させる。
一種の確信を持って、シュンヤはオズとの距離を詰める。
縮まる距離。肉薄したシュンヤとオズの距離は、既に刀の間合いからほんの少し長い程度しか空いていなかった。
…だが。
シュンヤの後方。
そこに、シュンヤにとって《予想外》の要素が存在した。
オズが発射した光線はシュンヤの横を通り過ぎた後、そのまま反対側の壁に衝突する。
…だが、《着弾》することはなく。
ーーあろうことか、
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
これは、オズの用意したギミック。
壁の数箇所に設置された《鏡》オブジェクトに光線が当たることで、光線を反射させることが出来る。
壁一面を鏡にする考えも、ないことはなかったが、それでは勘のいいシュンヤ達にはバレてしまう危険性があった。
だからこそ、設置範囲を一部に限定し、更に分かりにくいよう岩壁模様の偽装コーティングを施したのである。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
このままフロアを走り抜け、光線がシュンヤの頭に直撃した瞬間。
シュンヤには《低スタン》以上のペナルティが課せられ、オズの勝利がぐっと近づく。
少しばかり汚いと思われるかもしれないが、しかしこれも彼の《作戦》。
命のやり取りには、その《作戦》で生まれた一瞬こそが勝敗を決するのである。
『…瑛一は、元いた場所から動いていない…あいつの盾がなければ、防ぐ手段はない…』
索敵スキルにより補足し続けている
そこまで思考した時、シュンヤの足を止める白い光が、フロアを一瞬のうちに駆け抜けたーー。
ーーそして。
パキュイイイィィィィ…ン…!
「…え…?」
オズの作戦は、すぐさま
あろうことか、シュンヤの後頭部に着弾するその直前。
何も無い筈だった地点で、
そして、その
光線が粒となって消えた地点。
その空間が、歪む。
やがて、うっすらと輪郭が見え始め、細めながら全身を防具で固めた体、腰に納めた剣。
そして両手に持つ、巨大なタワーシールドが姿を現した。
「…な…んで…!?」
そこに
何故そこにコウヤがいたのか。
ここまで近づいて補足できなかったのは何故か。
…いやそもそも、今まで自分が補足し続けていた《彼の反応》はなんだったのか。
ありとあらゆる疑問がオズの頭に過ぎる。
…だが、その全てが答えに至る前に。
「…ッ…!!」
目の前に現れた、
「セアァッ!」
「ぐ…ッ!」
横脇から振り上げられる剣撃が、オズの左胸から肩口を抉りとる。
その一撃で、HPバーの1.5割程が削れる。
だが、そこでシュンヤは終わらない。
そのまま振り上げた刀の柄を両手で握ると…
「…ッ…!!」
一息に振り下ろす。
彼の全てが込められた、最速最大の一撃。
垂直の美しい軌跡を描きながら振り下ろされた、その一撃。
ガキュイイィンッ!!
「ぬおぉ…ッ!!」
「…ッ…!」
だが、その一撃をオズは《2
…そして。
ピシッ。
最初にガタが来たのは、オズの剣だった。
そもそも手入れすらしていない剣を、石畳の床に突き刺したりしていたので、当然と言えば当然だった。
だが…オズはまだ、諦めていない。
ピシッピシシッ…
バキイイイィィンッ!!
「…ッ…!」
剣の刃が粉砕された瞬間、手に持っていた柄を投げ捨て両手を空にする。
そして、光線に対して身構えたシュンヤの隙をついて全速力で近づき、彼の刀を持つ右腕と胸ぐらを掴んだ。
「しまっ…!!」
隙をつかれたシュンヤは、その技に対する対処もままならないまま、凄まじい速度で地面に叩きつけられた。
背中からの衝撃に息が詰まる。
彼自身、何度も実行しそしてこの世界で初めて受ける技。
オズの十八番、《一本背負い投げ》。
横たわるシュンヤに、オズはすぐさま行動に出た。
腰に装備していた短剣を取り出して、シュンヤの顔目掛けて振り上げた。
その刃は、緑色の液体に濡れている。
そしてそのまま、彼の胸目掛けて振り下ろした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
私は、周りから
勝手に期待されて、失望された。
なにか出来ても、「これくらい当然だ」と言われた。
《天才》の妹だから。
どれだけ頑張っても、周りの大人は兄と比べる。
たとえ褒められても、「兄と比べたら…」という心の内が目に見えた。
何か悪く目立つようなことをしようものなら、「あなたの兄はそんなことはしたことない」と叱られた。
それから、分からなくなった。
《自分》が、何なのか。
それから私は、自身を主張するのをやめた。
周りの色に、溶け込むようになった。
皆の目が向かないように…。
《私》は、確かにここにいるのに。
誰も私を見てくれない。
いつも兄と重ねた姿しか見られない。
…《本当の私》は、どこのいるのだろうーー?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
…直前。
腕に違和感を覚え、オズは自身の振り上げた右腕を見上げた。
ーー手首から先が、斬り落とされていた。
転がる自身の手首と短剣。
そして、目の前に現れる《空間の歪み》。
オズはそこで、何が起こったのか全てを悟る。
そして彼の予想通り、《歪み》から1人のプレイヤーが現れる。
茶色いロングヘアをツインテールにまとめた、刀を持つプレイヤー。
オズのたった1人の妹…シャム。
「ハアァッ!!」
シャムはすぐに右手に力を込めて、その刀を横薙ぎに繰り出した。
当たればイエローに突入しているオズのHPは間違いなく吹き飛ぶだろう。
しかし、忘れてはならない。
彼には《左手》が残っている。
「アァッ!!」
これまでにない叫びと共に、オズは持ち上げた左手に《盾》を展開。
シャムの刀を受け止めた。
これまで通り、威力が減衰していく一撃。
そして、彼女の一撃の威力がゼロになった瞬間。
オズは自身の右手を治すために、力を込めた。
…だが、そこで気づく。
シャムの右手。
刀を握っていたはずの彼女の手には、もう柄は残っていない。
代わりと言わんばかりに、その拳はしっかりと握りこまれていた。
「…ッ…!!」
シャムは刀を振り下ろした勢いのまま、前に足を出し自身の体を加速させる。
オズは慌てて右手の意識をはずし、左手に光を集中させようとした。
…だが、もう彼女はそれ以内の間合いに入ってしまっている。
彼の《盾》は、《内部での攻撃》には対処出来ない。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
『悔しいか?』
その言葉は、《彼》の声によって紡がれる。
…自分の心を開いてくれた彼の声は、いつだって前を向かせてくれる。
『なら、もっと強くなれ。』
『俺に助けられなくてもいいように。逆に、俺を助けられるぐらいに。』
あの日。
初めてボス戦に挑んだあの日にかけられた言葉が体に染み込み、溶けていく…。
『志があるなら、人はどこへだって行ける。』
『俺が、保証してやる。』
それは、彼との《約束》。
周りに流されたわけでも、なあなあな気持ちで決めたわけじゃない。
《彼の隣で、ずっと一緒に戦いたい》。
それは、私の意思で、強く心に決めた《目標》。
曖昧かもしれない。
この世界での強さなんて、なんの意味もないのかもしれない。
ーーだけど。
ーーもう、自分の意思を曲げるのは、
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「アアアアアアァァァァァァッ!!」
響く、可憐ながら力強い叫び声。
それと共に打ち出された拳は、無抵抗のオズの左頬に打ち込まれる。
オズを襲う、凄まじい衝撃。
そして、彼の体は数メートルも吹き飛び、オズは地面へと倒れ込んだ。
「か…ッ…は…ッ…」
何とか立ち上がろうとするが、体が上手く動かせない。
何とかして首だけ動かし、HPバーの上で点滅するアイコンを見つける。
《低スタン状態》を示すそれに気付いた瞬間、オズは同時に、近づいてくるプレイヤーに気付き…
…彼は、全身の力を抜いた。
ーーーーーーーーーーーー
「…立たないのか?」
「…意地悪言うなよ、瑛一。…完敗だ。もう、腕を動かす気すら起きない。正面から負けたんだ。…悔いはないよ。」
「…自分勝手なヤツめ。」
「…兄さん、やっぱり俺が…」
「…いや、ここは…
「……分かった。」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「…兄、さん…」
「…沙綾…君には、世話をかけたな。」
「え…?」
「たかだか、
「…確かに…」
「…確かに私は、周りの期待に答えられなかった。…そのことを兄さんのせいにして、恨んだことさえあります。…でも、今は感謝してるんです。」
「感謝…?」
「…あの時間があって、今の私があるから。だからこそ私は、今の仲間にも会えて、それに…共に寄り添える人とも、心を通わせることが出来たんです。」
「……そうか。」
「はい。…だから、兄さんが気に病む必要は何一つありません。…それに、不器用な兄さんにフォローなんて器用なこと、出来ると思ってませんよ。」
笑いかけながらそう言うシャムに、オズは苦笑を漏らす。
「…そう、だな…。…僕たち、もっと仲良くするべきだったな…。」
「…はい。…もしまた、《次》があれば、その時はもっとたくさんの時間を共有しましょう。…《約束》、ですよ?」
「ああ…約束だ。」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「…コウヤさん、よろしくお願いします。」
「…もういいのか?」
グシッ…
「…もう、言いたいことは言いました。…待ってくれて、ありがとうございました。」
「そうか…分かった。」
瑛一は、横たわる和幸にゆっくりと近付く。
2人は、お互いに何も言わない。
ただ少し、静かに視線を交錯させ、そしてーー。
「…和幸。サヨナラだ。」
「…ああ。じゃあね、瑛一。」
…たった一言、別れの挨拶を述べただけだった。
…ドスッ。
コウヤの白銀の剣が、オズの胸を貫き。
レッドゾーンにまで到達していた彼のHPは、静かに刈り取られた。
…そして。
カシャアアアァァァンッ!!
大量のポリゴンとなって、オズの仮想の体が消滅する。
コウヤの背後。
シャムは大粒の涙を流し、シュンヤはそれを静かに胸で受け止める。
第0層《高独の間》。
シュンヤの隊とオズの死闘の行方は…
オズの死亡によって、決着したーー。
「…安心しろ、和幸。」
「俺も、すぐにそっちに行く。」
…僕がアーガスを抜けたあの日。
僕は、瑛一に頼んだ。
《共に付いてきてくれ》と。
…いや、もっとひねくれた言い方をしたかもしれない。
…僕と瑛一の心は、それより少し前から離れていたのかもしれない。
だからこそ、瑛一は僕の心の内を見抜けなかった。
…いや、昔からいつも見抜いてくれていた瑛一に、僕が依存していただけだ。
だから、真っ直ぐ伝えるべきだったのだ。
「ついてきて欲しい」と。
「君がいれば、僕は何があっても大丈夫なんだ」と。
それを素直に言えなかったのだから…この結末は、僕のせいだろう。
自分の心に従えなかった、僕のーー。