「俺ァよ、キリト。仲間を失うのが怖ぇんだ。」
ある日のこと。
クラインはいつになく真剣味を帯びた声で、俺にそう告げる。
珍しく2人で芝生の上でダラついていた途中での事だったので、俺は少し反応が鈍ってしまった。
「…そりゃ、誰でもそうなんじゃねぇか?」
「…確かにそうだな。でもよぅ、キリト…。俺ァ…ギルドメンバーを1人、死なせちまってる。…そっからだ。人を死なせちまうのが、それまで以上に怖くなったのは。」
「……」
クラインのギルド、《風林火山》。
このアインクラッドが始動して、少し経ったあとの初期からこの世界に存在しているかなり古参のギルドだ。
基本的にメンバー数はクラインの元の知り合いと数人の入団メンバーと、あまり多くはない布陣だが、少数故の見事な連携が評判のギルドだ。
…そんな彼のギルドから先日、死者が出てしまった。
クラインが悪かったとか、そういう訳では無い。
入ってから日の浅い、新入団員が宝箱になんの注意もなく近づき、そのまま落とし穴トラップに引っかかってしまったのだ。
しかも周りの注意も聞かずに「大丈夫」の一点張りで、イエロー手前のHPを回復していなかったのも、仇となった。
「…厳しい言い方をするかもだけど、あれはダンジョンにもぐる上での注意を怠った、新入団員の責任だよ。クライン、お前のせいじゃない。」
「…違う。違うんだ、キリト…」
クラインは空を見上げながら、その目を潤ませる。
「どんな奴だろうと、オレのギルドに入って、同じ部隊に所属してたなら、それはオレがそいつの命を預かってるってことなんだ。…だから、あいつの死は、俺が背負わなきゃならねぇんだ……」
「…クライン。」
それは、キリトにもどこか身に覚えのある話。
かつて失ったギルドと、そのメンバー達の顔が浮かんだ。
「…だからよぉ、キリト。…おめェは、絶対ぇ死ぬんじゃねぇぞ…。俺より先に死んだら、ぶん殴るからな…」
「…ああ。分かった。」
俺には、それ以上のかける言葉が見つからなかった。
俺は、人に対して何かを説くような、高尚な人間じゃない。
そう思ったからだ。
ただ、その後に一言。
赤い髪の親友に、たった一言。
「…お前もな。」と。
そう、言葉を投げかけた。
絞り出したような俺の言葉にクラインは、「ああ…」と。
「安心しろ、キリト。俺ァ、約束だけは破った事ねぇからよ。」
笑いながら、そう言いきったのだーー。
「…規格外だな。」
キリトの後方。
コウヤは、横にいるシュンヤに聞こえる声でそう呟いた。
これにはシュンヤも、ただ頷くしか無かった。
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ーー抑えろ。ーー
ーー…まだ、
ーーーーーーーーーーーー
両手の剣…《スパイラル・エリュシオン》と《リメインズ・ハート》を振り抜いて、ボスモンスターが四散するのを確認した後。
俺は払うように剣を振り、そのまま二刀を収めた。
理由はなんてことない。
…今、目の前にいる敵が、呆然と立ち尽くしていたからだ。
「………ッ……」
どこかバツの悪そうな、少し脅えたような顔をしている須郷。
俺はその様子に、どことなく怒りを覚える。
「…ようやく会えたな、須郷。」
「…どういうことかな。」
どこか噛み合わない返答。
俺は少し、違和感を覚えた。
「何がだよ。」
「あのボス…《The・World》の防御力が攻撃時に下がることは、明らかにしていないはずだ。」
「こっちには開発者の一人がいるんだから、それくらいの情報は入ってくるだけだよ。」
その言葉に、須郷は納得したように目を細めた。
「…霧谷瑛一…茅場先輩を裏切った、《裏切り者》か。」
「……」
口角を上げどこか挑発するような、須郷の口ぶり。
…だが。
「好きに言え。俺はあの人を止められなかった。だからせめて、プレイヤー達の役に立てるようあの人の元を離れたんだ。」
「それが《贖罪》になると?茅場晶彦に次ぐと言われた《天才》クンが、好感度狙いのスパイ行為とは、堕ちたものだね。」
「好感度狙いだろうと、俺は俺の守りたい奴を守るために最善を尽くす。それだけだ。」
「兄さん…」
コウヤの言葉。
その言葉に須郷は、「チッ…」と分かりやすく舌打ちをした。
「相も変わらず自分を上げるような言い回しが上手なようだ。
「なんだよ、須郷。
「今の僕は《アルベリヒ》だ!!その名で呼ぶな!!」
ビリビリと。
食い気味に発せられた大声がフロア全体に響き渡り、コウヤは少しだけ声を止めた。
「…悪かったよ、
コウヤの、その一言。
それが何かの琴線に触れたのか。
須郷…いや、アルベリヒはわなわなと両手を震わせ、口角を上げた。
「…そうだ。僕は今や、このゲームのGM…。全てをコントロールできる存在。言わば神!!そうさ…だれも…だれも僕には逆らえないんだ……」
ふるふると肩を震わせながら、不気味に笑う金髪の男の姿には、俺自身も少なからずの恐怖を感じた。
「…こんな仮想の、それも他人の作った世界で神になんざなって、なんの意味があるんだよ。」
「考えが浅いなぁ、キリト君。…この僕が仮想世界で収まるはずがないじゃないか!!」
両手を広げ、天を仰ぎアルベリヒは叫ぶ。
「僕がこの世界の神になることなんて、ただの通過点に過ぎないのさ!僕はこの世界を乗っ取りそして!管理者権限を使い全員のレベルをわざわざ上げることで舞い上がらせ圏外へとその身を投じさせる!!」
「するとどうだい!?自分の手柄でもないくせに調子に乗ったクズ共がワラワラと圏内を飛び出し!自らモンスター達の刃の錆となるのだからね!!
言い放つと、アルベリヒは狂ったように笑い出した。
それには、大ギルドのプレイヤー達が黙っていなかった。
「ふざッ…ぶさけるなッ!!お前のその自分勝手な行動で、いったい何人のプレイヤーの命が犠牲になったと思ってるんだ!!」
「そ、そうだ!大切な人を失ったプレイヤーも居たんだぞ!!」
俺の背後。
血盟騎士団や聖竜連合のメンバーから口々と飛び交う声をしかし。
アルベリヒは嘲笑で一蹴した。
「ハンッ。所詮自分の力量すら見誤っているような低脳共だろ?そんな奴ら、むしろこの僕の《実験》の被験者になれただけ、光栄と言えるんじゃないか?」
「ケヒャッ」と、狂気じみた笑い声と共に発せられたその言葉は、攻略組のボルテージをさらに上げた。
…だが。
「静粛に!!!」
凛とした声による、その一言。
それだけで、攻略組の面々は押し黙る。
前に出るのは、栗色のロングヘアと紅白の武装の裾を揺らす女性プレイヤー。
血盟騎士団団長・アスナ。
俺の最愛の相手が、俺の立つ真横に躍り出る。
「…お久しぶりです、須郷さん。…いえ、今はアルベリヒ…でしたか。」
「これはこれは、明日奈嬢。いつ見てもお美しい。その元気そうな姿を見れば、お父上もさぞ喜ばれることでしょう。」
「…1つ、聞かせてください。」
「なんなりと。」
「…あなたの上司。…つまり私の父は、この事を一体どこまで把握しているのですか。」
「
「…何一つ…ですか?」
「はい。明日奈嬢…失礼。今はアスナでしたね。あなたのお父様は今や
「……」
「しかし、さすがは大会社《レクト》を一世代で大きくしただけはある。金と立場、そしてプライドはまさに一級品ですよ。」
ケヒャケヒャと笑いながらのたまうアルベリヒ。
その、彼自身の上司に向けての…自身の父親への罵詈雑言に、アスナは怒りを隠せない。
右手には力拳を作り、歯を食いしばりながら何とかその怒りを抑制している。
まだ会ったことない俺でさえ、嫌悪感が凄まじいスピーチを家族に向けてされているのだ。
こうならない方がおかしい。
殴りかかっていないだけ凄いと、素直に思う。
ーーそして。
「つい先日には、僕と君の婚約すら了承した程だ。」
俺自身も看過できないその一言に、俺は少し伏せていた顔を上げたーー。
ーーーーーーーーーーーー
「婚…約?」
驚きを隠せないアスナ。
驚愕に目を染めた顔は、はくはくと口も動く。
「そう。あのジジイはもはやこの僕の傀儡。ちょっといい顔をして頼めば、自身の可愛い娘すらこの僕に差し出すのさ。」
「そんな…」
「娘の意見も聞かずに了承するだなんて、とんでもない親もいたものだねェ!!」
アルベリヒはそう言うと顔を歪め、「ヒャハッ」と一笑い。
ヒュオッ
「すぅーー…」
「ヒッ…!?」
目にも止まらぬ速さでアスナの背後へ移動したと思えば、彼女の髪をひと房持ち上げ、一気にその匂いを吸い込む。
「良い香りだ…さすがは最先端のナーヴギアと言ったとこか。…
「…ッ!?」
その一言に、アスナは怯えるようにアルベリヒから距離を取る。
「す、須郷さん…あなた…!」
「ん?そりゃあ僕も君とは浅からぬ縁を持つものだからねぇ。」
「
絶句するアスナ。
アルベリヒは凄まじい速度で、彼女の前へ移動する。
「なぁに。僕も君とは長い付き合いだ。乱暴なことはしないさ。ただ…」
ニタァ…っと、邪悪な笑みを浮かべる。
「ちゃあんと僕の従順なお人形さんになるための《教育》は…向こう側にある君の《本当の体》で、やらせてもらうけどね。」
「…ッ!?」
彼のその言葉。
自分の意思では起こすことの出来ない自身の体。
その横たわるだけの体に………。
「…ッ…」
想像するだけで恐怖がアスナを包み込み、自然とその目から涙が浮かぶ。
栗色のまつ毛が小さく揺れていた。
その仕草すらどこか愛おしそうにアルベリヒは舌なめずりをすると、その整った顔を近づけた。
サンッ
「な…ッ?」
「…ッ…」
アルベリヒとアスナ。
肉薄した2人の顔の間…いや、アルベリヒの圧倒的近くを通り過ぎたモノクロ色の《何か》は、しっかりと
「いっでゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーー!!!!」
舌を斬り飛ばされたアルベリヒは、凄まじい断末魔と共に地面に転がりのたうち回る。
アスナは涙を溜めた瞳で横を見ると、そこに立つ黒衣の青年が目に入った。
彼は右手の剣を煩わしそうに一振すると、1歩アスナへと近づき、彼女の目に溜まった雫を左手の指で優しく拭った。
「きさッ…きさ…きさ…まぁッ…!!」
「お楽しみを邪魔して悪いが…須郷。」
キリトは右手の剣を左手に持ち替えると、空いた右手でアスナの肩を彼の胸にしっかりと抱き寄せた。
「アスナは俺の恋人で、俺の配偶者で、俺の…最愛のパートナーだ。」
「
「…キリト君…」
アルベリヒは肩で息をしながらも、何とか立ち上がり、細く鋭い眼光で目の前にいるキリトを睨みつけた。
「この…ガキが…!ゲーム…マスターである、僕に…逆らったらどうなるか、教えてやる…!!」
「…生憎と、これが初めてじゃないんでな。教えてくれなくていいから、さっさと死んでくれ。」
彼の弟を真似しただけの、安い挑発。
…だが。
それすらも、今の須郷には効果抜群だった。
「こんのガキィ…!僕に…この僕に向かって、そんな口をォ……!!」
目を見開き、歯を食いしばりながら紡がれるその言葉は、軋むように響く。
そして、アルベリヒはバックステップでその体を数メートル先で着地させた。
「後悔させてやる…!!そのウザったい生意気な顔斬り飛ばして、飾ってやるからな!!」
「システムコマンド!!モンスターID《The World》を目標座標にジェネレート!!!」
須郷の叫び声。
煌びやかな鎧に包まれた腕の先、掌が少しだけ光に包まれたかと思うと…
ラーーーーーーーーーーー…
彼の背後。
十数メートル先にも光の柱が降り注ぎ、無数の木々が生え始めた。
それら1本1本は急速に成長していくと思うと、やがて集まるように1つの巨大な樹を生み出していく。
そのまま木々の集まった大木…世界樹とも言える樹は天井に届く手前で成長を止めた。
ーーそして。
ズウウゥゥゥゥンッ…!!
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!
樹の中から姿を表す、白い肌を持った巨人。
その姿は、先程戦闘を行っていたボスモンスターとよく似ていたが、ところどころに溢れるオーラから、先程までとは強さの《ケタ》が違うことが見てわかる。
「ヒャハハハハハハ!!どうだ、これが僕の切り札!!前状態の赤ローブに力を分け与えることなくその全ての力を吸収した、この城の主!!お前達のお望み通り、《蹂躙》してやるよ!!!」
奇声と狂ったような笑い声。
須郷は勝ちを確信したのか、喉が潰れそうな程に発狂し、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
事実、攻略組の面々にも焦燥の色が浮かび、どこか空気が重い。
キリトは無意識に、アスナの肩を握る右手の力を強めていた。
ーーーーーーーーーーーー
「…2人とも、終わったか?」
『……はい、滞りなく終了しました。』
『いつでも行けるわよ。』
「了解。それじゃあ…」
「やれ。」
ーーーーーーーーーーーー
「……………………………は?」
キリトの目の前。
哄笑し続けていたアルベリヒはしかし。
今はその目を驚愕に染め、口を唖然と開いていた。
それも、致し方ないだろう。
何故なら自身の切り札だと豪語していた、白い巨人のボスモンスターが…
儚い破砕音と共に、その体を散らしたのだから。
「な…な…」
唐突なその出来事に、アルベリヒの頭はついて行っていないのか、口をはくはくと動かすだけで固まっていた。
おそらく、攻略組の面々も殆どのものは何が起こったのか理解出来ていなかったのだろう。
迎撃のために抜いた武器を片手に、唖然としたまま固まっていた。
だが。
気づいていた者…いや。
その面々。
キリト、シュンヤ、コウヤ。
ビーターズ以外では、アスナとラン。
そして、ユウキ。
4人はアルベリヒから視線を外し、背後を見る。
そこにあるのは、閉じられている巨大な扉。
攻略組が入口に使ったその扉は、今も閉まったまま。
ーーやがて。
重厚な音と共に開き始める、巨大な扉。
その先にいるプレイヤー。
いや、
重厚な鎧を身につけた、短く髪を切ったタンク。
青い髪を1つに束ねた、ソードマン。
赤い髪を、趣味の悪いバンダナで逆立てている、和装の剣士。
ーーそして。
「…待たせたな、兄貴。」
黒いコートを身にまとい、その裾をたなびかせながら。
背から見える紅い剣の柄。
…その姿はまさに、彼の2つ名…《死神》と言える雰囲気を醸し出していた。
「…遅せぇよ、カズマ。」
「主役は、遅れてやってくるもんだろ?」
ニヒッ、と。
恐ろしい雰囲気と裏腹に、何処か年相応の笑みを見せた、1つ年下の弟に。
キリトも自然と、笑みを浮かべていた。
ーーーーーーーーーーーー
「作戦通り行ってて良かったよ。」
「お、おいカズマ。これはどういう…」
「ごめんシバちゃん。また無断で作戦実行しちゃった♪」
「…ッ…お前らは本当に…」
頭を抱えながらも、笑うシヴァタ。
その後ろにいる攻略組の面々も、どこか呆れながらも安堵の表情を浮かべていた。
「…生きてたな、クライン。」
「へっ、忘れてもらっちゃ困るぜ、親友。」
「俺ァ、約束だけは破った事ねぇんだよ。」
ーーーーーーーーーーーー
「さぁ、役者はそろった。」
「最終局面といこうぜ、
「…ッ……クソガキが……ッ!!」
僕も最低限の約束は守りたいです(最大限まで守れ)