この話から、まだ触れてなかった謎やその後の話などをどんどん書いていこうと思ってます。
役割的には「エピローグ」に近いものになるかなと。
あとは、ちょっと長いです笑
第1話 「またね」と「ただいま」。
…キリトはしばらくの間、動けなかった。
全てを出し尽くしたような達成感に包み込まれ、剣を突き出したままの体勢で。
アルベリヒの体が四散したとき、ようやく体を動かした。
彼の体を作っていたポリゴンが天へと昇って行くのを、目で追う。
…そして。
…ゴーン…ゴーン…ゴーン…
響く、鐘の音。
その音は、
ーー2025年。4月13日。15時34分ーー
ーーゲームは、クリアされました。ーー
…そのアナウンスが流れた瞬間。
フッ…と、体全身の力が抜ける。
張り詰めていた糸が切れたかのように、握り締めていた愛剣達の柄を、思わず手放していた。
膝からも力が抜け、支えるものも無い体は尻もちを着く。
…見ると、カズマもシュンヤも俺と同じように、赤黒い床にへたり込んでいた。
その様子に、少し笑う。
そして…
ゴッ。
3人は、握った拳をぶつけ合った。
その瞬間。
「…やった…」
「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「「「うおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
シヴァタの絶叫を皮切りに、攻略組の全員が叫び声を上げた。
そこから先は、無法地帯。
同じギルドのメンバーや、違うギルドのメンバーと抱き合う者。
特別な関係の者と、はしゃぎ出す者。
座り込み、涙を流す者。
誰かに祈るように、天を見上げ目尻に涙を貯める者。
その反応は、三者三様。
その光景を見ながら、カズマ、シュンヤ、そしてキリトは…
「終わったぁ〜…。」
「…はぁ。」
「終わったな…。」
大きく、安堵のため息を吐いたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
「キリト君…!!」
「おぉ、アスナ…お疲れ…おふっ。」
片手を上げて迎えようとしたキリトの胸に、アスナは飛び込んだ。
背中に腕を回し、離すまいとガッチリホールドする。
少しだけ震えているアスナの腕と背中を見て、キリトはポンポンッと背中を優しく叩いた。
「…怖かった。」
「…須郷が、か?」
アスナはゆっくりと首を振った。
「…キリト君と、離れ離れのまま死んじゃうかもしれなかったから…」
「…そうか。」
第0層攻略開始時。
キリト、カズマ、そしてシュンヤ一行と攻略組本隊は、須郷の手によって別々の道へと進むことになった。
あの時から彼女は、その不安に押し潰されそうだったのだろう。
そんな中でも、攻略組の指揮をシュンヤから引き継ぎ、その大役をしっかりとやり切ったのだから、彼女の夫としてこれ以上に誇らしいことは無かった。
「…本当に頑張ったな、アスナ。お疲れ様。」
「…うん。」
キリトは優しく、彼女の体を抱き寄せた。
ーーーーーーーーーーーー
「カズマぁーーーー!!!」
「おー、ユウぶべらああああ!!?」
座り込んでいたカズマ。
自身を呼ぶ声に振り向いた瞬間、紫色の物体に猛スピードで轢かれた。
頭に凄まじい痛みを感じつつ、目を向けると見慣れた紫色のアホ毛が見える。
「…ユウキ…お前…」
「やった!やったよカズマ!!クリアだよ!!!」
やったー、やったーと連呼しながら首に回した腕にこれでもかと力を入れて喜び、はしゃぐユウキ。
その様子に、口から出かけた言葉をカズマは飲み込んだ。
「…ああ、やったな。」
カズマもユウキの背中を優しく叩く。
「はー…終わったぁ…」
「えへへ…よーやく、向こうの世界のカズマに会えるんだね…楽しみだなぁ。」
「…気がはえぇよ。リハビリとか色々あるからもうちょい先だろうし…」
「でも、会えるのには変わらないよ!!」
「…そうだな。」
「…楽しみだ。」
「…つーかユウキ、お前カーソルがオレンジになってるじゃねぇか!!」
「え?…ああ!本当だ!!なんで!!?」
「飛び込むのに勢いつけすぎなんだよこのバカ!!!」
「バカじゃないもん!!」
「うるさいバカ!!!」
「むぎ〜!!」
「ひゃめ…頬をつねるな!!」
ーーーーーーーーーーーー
「…何やってんだか。」
攻略組悲願のクリアを達成した直後だと言うのに、いきなり痴話喧嘩(という名のイチャイチャ)を始めたカズマとユウキを見ながら、シュンヤは苦笑いをうかべた。
…そして。
「……」
少し、上を見上げる。
あるのは、巨大な鋼鉄の蓋。
「シュンヤさん。」
名前を呼ぶ、可憐な声。
振り向くとそこにいるのは、ツインテールの少女。
普段は少しだけツンツンしている目を、今は柔和に緩ませていた。
「…お疲れ様でした。…やりましたね。」
「…ああ。ありがと…!?」
「おっと。」
シュンヤは立ち上がろうとしたが、足に上手く力が入らず、そのままシャムの方へとよろける。
シャムは難なく彼の体を抱きとめた。
「だ、大丈夫ですか?シュンヤさん。」
「……」
「…シュンヤさん?」
ギュウッ、と。
シュンヤはシャムの体に腕を回し、強く抱き締めた。
ピクリと、シャムの体が少し跳ねる。
「はぁー…」とシュンヤが息を吐けば、シャムの肩に温かさが広がった。
「あ、あの…」
「…すまん。しばらく、こうさせてくれ…」
シュンヤは、いっそう強く力を込めた。
そこで、シャムは気付く。
彼の腕が、震えていることに。
その腕を通して、シュンヤの感情が流れ込むように、彼女は彼の心の内を察した。
アインクラッド内のプレイヤー全員の《希望》である攻略組をまとめ、勝利に導かなければという、責任感と使命感。
その2つから開放された、達成感。
…そして。
これまでの攻略で犠牲にしてしまった者達への、謝罪の念。
喜びと共に、ありとあらゆる感情が渦巻いているのが、シャムには感じ取れた。
その大きくはない背中に、様々な期待や責任を背負いこんでいたのだから、当然のことだった。
彼女は、ゆっくりと彼の腕の下から腕を回すと…
「…よく、頑張りましたね。」
少し頼りない、しかし力強さもある細い体を、優しく抱きしめた。
ーーーーーーーーーーーー
皆が喜び、涙するその光景を、1人遠くから見つめていたプレイヤー。
メガネをかけ、ボロボロになった盾を支えに立つ、ギルド《ビーターズ》タンクの一人、コウヤ。
彼は少し笑みを浮かべながら、プレイヤーたちの喜ぶ姿を見守っていた…が。
ピロンッ。
突如送られてきた、一通のメールに…
その笑顔が、凍りついた。
ーーーーーーーーーーーーーー
ーー生き残ったプレイヤーの皆様は、順次ログアウトされていきます。ーー
ーーその場で、お待ちください。ーー
更なる、アナウンス。
それが聞こえた直後…
「うおぉ?!」
「こ、これは…」
攻略組のプレイヤー達にも、ログアウト処理のコマンドが作動され始める。
おそらく、このフロア以外の層でも同じことが起きているのだろう。
「わわっ!?」
「お、ユウキが先か。」
「えへへ、そうみたい。…ね、カズマ。」
「ん?どした?」
「向こうに帰ったら、絶対会いに来てね。約束だよ?」
「ああ。必ず会いに行くよ。…約束だ。」
差し出された、ユウキの小指。
カズマはその小指に、自身の小指を絡ませる。
「ゆーびきりげーんまんっ、ウソついたら針千本のーますっ。ゆーびきった!」
「…またな、木綿季。」
「バイバイ、和真。…大好きっ。」
パシュッ…
「…カズマさん。」
「…ラン。」
「お疲れ様でした。…第一層から今まで、本当にありがとうございました。それに私とユウキ、他のみんながここまで来れたのは、カズマさんやキリトさん達のおかげです。」
「…それは言い過ぎだろ。まあでも、少しでもお前やユウキの支えになれたなら、本望だよ。」
「…また、向こうで
「…ああ。敦と一緒に、会いに行くよ。」
「…はい。待ってますっ。」
パシュッ。
「あーあ。結局美味しいとこ全部持っていきやがって。」
「なんだよ。労ってくれないのか?」
「木綿季と藍子が労ってくれたから、野郎からの労いなんていらんだろ。…ありがとうな。」
「?なにが。」
「お前とこの世界で再会してからは、不謹慎かもしれねぇけど、すげぇ楽しかった。鍛冶屋だけしてちゃ見れない景色が、お前がいてくれたことで見れた。…あのままお前と会わず鍛冶屋だけしてちゃ、この景色も拝めなかった。」
「そう思うなら、今年の夏から家にお高いメロンでも送ってくれよ、お金持ち様?」
「ハッ。がめつい野郎だ。」
「ハハハ。…俺も、お前が鍛冶屋として、親友として支えてくれたから出来たことも沢山あったし、耐えられたことも沢山あった。…ありがとう。」
「…やめろむず痒い。」
「先にお前が言ったんだろ。」
「やかましい。」
「理不尽。」
「…じゃあな。また、向こうで会おうぜ。」
「ああ。また向こうでな、敦。」
パシュッ
「…お疲れ様。」
「お疲れ。…ちゃんとはずさなかったな、シノン。」
「当たり前よ。狙撃手が狙撃を外せるわけないでしょ。」
そう言って笑うシノンに、カズマも笑みを浮かべた。
「…あなたには、感謝してるわ。」
「戦い方を教えたことか?」
「それもある。…けど、それ以上に…」
「私が
「ああ、その事か…」
「ま、お前が思い出したくない過去があることは知ってたし、もし本当に記憶喪失だったとしてもわざわざ思い出させるようなもんでもねえ。」
「お前は、《ビーターズ》所属の狙撃手・シノンだ。その事に変わりはないし、そこに過去は関係ない。…だろ?」
「…本当に感謝するわ。カズマ。」
「ん?」
「…現実でも、また会いましょ。…あなたと、もう少し話してみたいし。」
「その程度なら、いくらでもしてやるよ。ユウキと一緒にな。」
カズマがそう言うと、シノンはもう一度柔らかい笑みをうかべたーー。
パシュッ
「やー、とうとうここまで来ちゃったのか〜。」
「キリトさん、アスナさん。お疲れ様でした。」
「リズ、シリカ…お疲れ様。」
「2人とも、本当にありがとうね。」
「あーもう、そういうのはいいから。さっさとあんた達のイチャイチャを見せなさいよっ。」
「イチャイチャって…」
邪悪な顔でからかってくるリズベットに、キリトは苦笑を浮かべ、アスナは顔を赤くした。
「おーおー。お熱いこって。さてさて、邪魔者はさっさと退散しますかね。」
「キリトさん、ギルドに誘ってくれて、一緒に戦えて本当に嬉しかったです。ありがとうございました!また、向こうでも会いましょうね!」
パシュッ
「やったね、キリト君。アスナさんもお疲れ様でした。」
「…スグ。」
「リーファちゃんもお疲れ様。」
「やー、まさか1年前までリアルにいた私がここにいるなんて夢みたいですね。」
「そりゃお前が勝手に来たからだよ。」
「あはは。まぁ、そうなんだけどね。」
「…けど、ありがとうなスグ。お前がいてくれたから勝てた戦いもあった。それに、来てくれてすごく心強かったよ。」
「…もー。いきなりそういうのは照れちゃうからやめてよね、キリト君。」
「そう言われても…」
「…でも、そうだね。少しでも役に立てたなら良かったよ。」
「…リーファちゃん…」
「とりあえずリアルに戻ったら、お母さんとお父さんに挨拶しに来てくださいね、アスナさん。結婚はもう少し先でしょうけどっ。」
「ちょっ、スグ…!」
「ええ。近いうちに挨拶に行くわね。」
「アスナさん!?」
朗らかに笑いながら爆弾を落としたアスナに、キリトは目を剥いた。
その2人の様子に笑いながら、リーファは手を振った。
「それじゃまたね。2人とも。」
パシュッ
「キぃリト!」
「いって…クライン、もうちょい優しくだなぁ…」
「何言ってんだ!LAボーナス代わりと思って受け取りやがれこのリア充め!!」
「いらねぇ…」
「ハッハッハ!こいつもお前と離れるから寂しいんだ。言ってやるなキリト。」
「エギル、余計なこと言わなくていーんだよ!!」
笑う巨漢と、喚くバンダナを付けた無精髭。
キリトと2人の掛け合いを聞きながら、アスナはクスクスと笑う。
「あーあ。この世界でも結局彼女出来なかったなぁ。」
「僻むなよ。」
「僻んでねぇよ!…いや、僻んではいるけど言うな!」
「俺は帰ったら嫁さんいるからな。」
「なんも言ってねぇのに追い討ちかけんなエギル!…ふんっ、別にいいさ。この世界では《親友》が出来たから、それで十分だ。」
「ま、そういうこった。」
「…クライン、エギル…」
「なぁ、キリトよ。俺達ぁ、どの世界に行こうがお前の《親友》だよな!!」
「…当たり前だろ。」
キリトがそう告げると、クラインとエギルは笑みを浮かべた。
「そんじゃあなぁ!また会おうぜ、キリト!」
「達者でな、キリト、アスナ。」
「…はい。お2人共、ありがとうございました。」
パシュッ
「あ…」
しばらくして、シャムも光に包まれる。
「…悪い。」
「いえ、レアな弱気なシュンヤさんを見れたので、大丈夫です。」
「…忘れてくれ。」
からかうように笑うシャムに、顔が赤くなるのを感じたシュンヤは、右手で顔を隠した。
「忘れませんよ。…それに、これからもシュンヤさんが弱気になったら寄り添ってあげます。この世界で、シュンヤさんがしてくれたように。」
「…シャム。」
「向こうでも、よろしくお願いしますね。シュンヤさん。」
「…ああ。また、向こうで。」
「はいっ。」
パシュッ
ーーーーーーーーーーーーーーーー
その後もリンドやシュミット達の聖竜連合、シヴァタやリーテン達の血盟騎士団、ジュンやシウネー達のスリーピング・ナイツ、クライン率いる風林火山。
そして、キリト達のビーターズ。
そのギルドのメンバー全員のログアウトが終了していく。
…だが。
「…あれ?」
キリト、アスナ、カズマ、シュンヤ、そして…コウヤ。
彼ら5人に対して、ログアウト処理が行われることは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんだよ、また不具合かぁ?ヒースのおっさんちゃんと点検してんのかよ。」
「カーディナル・システムに点検はいらないんじゃないか?」
「…正論、ありがとう。」
「…キリト君。」
「…これは…」
「…4人には、少しだけ残ってもらった。」
「コウヤさん。」
「に、兄さん、これはいったい…」
「全員、何も言わずに俺に掴まってくれ。」
「拒否権はあるのか?コウヤさん。」
「…ある。が…」
「掴まなかったことを、後悔しても責任は取れない。」
それは暗に、「掴んだ方が君達にとって得があるかもしれない」ということを言っており…
「それ言われちゃ、掴むしかねぇよ。」
やれやれとカズマは首を横に振った。
まず、カズマ。
そしてアスナとキリト。
最後にシュンヤが、それぞれコウヤのいずれかの体に触れる。
コウヤはそれを確認すると、腰のポーチから濃い青色の結晶を取りだした。
「…転移結晶?」
アスナが言うように、それは死地からの脱出や移動を目的に使用する、転移結晶。
目的地の名称を発言すれば、その場所に転移することが出来るというもの。
「まず言っておきますが、聞いたことはともかく、これから見たもの、見た人物についての他言は控えるようにお願いします。」
「それはなんのため?」
「あなた方の安全を守るために。」
真剣な眼差しでそう言われてしまえば、全員従う以外の選択肢はなかった。
コウヤは全員が了承したことを確認すると、転移結晶をかざした。
「皆さんへ《あの人》からの招待が届きましたので、僕が送り届けます。」
「あの人…?」
「行きます。転移ーー。」
ーーーーーーーーーーーーーー
一瞬の浮遊感の後。
少しだけ、気温が下がる感覚。
先程よりも風も冷たくなっているような気がした。
ーーゆっくりと、目を開ける。
「う…ぉ…」
「…ッ…」
「すげぇ…」
そこに広がるのは、無限の空。
地平線へと沈みかけている太陽と、全方位に広がる茜色と青色の空。
まばらに流れる雲も合わさって、幻想的な風景を作り出していた。
足元を見ると、これもオレンジ色に染っていることから、どうやらここは一種の隔離空間のようなものらしい。
「あ…」
下を見つめていたアスナが、なにかに気付く。
彼女は走り出すと、足場のあるギリギリまで近付き、なおも下を覗き込んでいた。
キリト、カズマ、シュンヤも彼女の後ろから駆け寄り…気付く。
彼らの目の前には、彼らが3年以上もの間笑い、悲しみ、そして生きた、鋼鉄の城。
…その全てが、崩れ去っていく光景。
「…パパ、ママ…」
背後から聞こえた声に、キリトとアスナは同時に振り向く。
「…ユイ、ちゃん。」
そこに居たのは、白いワンピースを着た、黒いロングヘアの少女。
少女は駆け出すと、涙を流しながら2人に飛び込んだ。
「パパ…ママ…!ご無事で、良かったです…!!」
「…ユイちゃんこそ、無事で、良かった…本当に…!!」
「ああ…頑張ったな、ユイ…。」
《家族》である3人が再会し、抱き合うその光景にはシュンヤとカズマ、そしてコウヤですらその口元に笑みを浮かべた。
「本当に、やっちゃったわね。」
「おう、メル。お疲れさん。」
「…ユイはあんなに感動的な感じなのに、私に対しては薄くない?」
「相棒を迎えるのに、感動はいらないだろ?」
「相変わらず口が回るわね、カズマ。」
笑うカズマに、苦笑するメル。
2人は近付くと、拳を打ちつけあった。
「メル、全員ログアウトは出来たのか?」
「それに関しては問題ないわ、シュンヤ。私達以外全員のリアルワールドへの帰還が完了した。…後は、《あれ》だけよ。」
メルが指さす先には、崩れゆくアインクラッド。
また思わず無言となり、全員が城の崩壊を見つめる。
…カズマは無意識に、右手を振った。
現れるウィンドウ。
「…」
そこに書かれた、
ーー最終フェイズ実行中 51%ーー
という文字列。
目の前に広がる光景は、その途中の作業に過ぎないのだ。
ウィンドウを消して、座り、カズマもその光景を見つめる。
「あ…」
再度、アスナの声。
見ると、アインクラッドの下4分の1手前の層が崩れ落ちている。
そこにあった、木々や湖。
それらに囲まれた、木製のログハウス。
キリト、アスナ、ユイが苦楽を共に過ごしたホーム。
「……」
その次に崩れ始めるのは、隣接していたカズマ、ユウキ、メルのレンガ造りの家。
…その光景を見て、その場にいた全員の胸中の想いが、強く熱く、体を叩いた。
終わったのだ、とーー。
「なかなかに絶景だな。」
その声を、聞いた瞬間。
先程のユイのときよりも大きな衝撃が、一同に走る。
彼らは同時に同じ方向を向き、そこにいた人物の姿に目を剥いた。
「茅場…晶彦…」
ーーーーーーーーーーーーーー
そこに居たのは、かつての彼らも見た事のある男。
短く切られた灰色がかった黒髪。
少し細めの顔の輪郭に、切れ長の目。
スーツの上から来ている白衣が、研究者である彼の佇まいを強調する。
SAO開発元の会社・アーガスの若きエースにして、SAO世界の創造者。
名を、茅場晶彦。
この世界に、2人といない《天才》と評された男ーー。
ーーーーーーーーーー
「…生きてたんですか、団長…」
アスナの問いに、茅場はすぐには答えない。
少しだけ、悩むような仕草を見せた。
アスナの茅場への呼び方の理由は、彼女のギルド《血盟騎士団》の初代団長として君臨していたヒースクリフが、茅場晶彦だからである。
「アスナ君の反応が、当然のものなのだろうね。…ただ、他の者達はそうではないようだが。」
「え…?」
その言葉に、アスナは周りのプレイヤー達を見回す。
確かに、各々多少の驚きは見えるが、彼女ほどの驚愕に包まれている者はいなかった。
「…《そういうこともあるだろう》っていう心持ちでいた。それだけだよ。」
キリトの返答に何も言わない者達。
それは間接的に、他の者もそれに似たような理由であることを物語っている。
「それよりさ、ヒースのおっさん。俺はまず、『管理者としての説明』と『コウヤさんとの関係』について聞きたいんだけどな。」
「…そうだな。」
「…団長。いったい、何が目的ですか…?」
「アスナ君、そう身構えることはない。私はもう、キリト君とカズマ君に負けた身だからね。戦おうという気はないよ。」
「…今日は、君達への詫びと説明に来たんだ。」
「詫び?」
「…君達は須郷君を打ち倒し、このSAOをクリアすることに成功した。…そんな時までなんの説明もしないでいたこと、本当に申し訳なく思っている。」
「…その事か。」
「私の説明がなかったことにより、一般プレイヤーや攻略組のプレイヤーまで疑心暗鬼にさせてしまい、君達の負担を増やす結果となってしまった。」
その事でもっとも被害をこうむったのは、アスナとシュンヤだろう。
攻略組としてかなりの経験を積んだプレイヤーはともかく、期待の新人や貴重な中堅など、大事なポストのプレイヤーが意気消沈して脱退し、結果的に層が薄くなってしまった。
その苦労は、キリトやカズマ達には分からない領分だ。
「事の発端は、七十五層の時に起きたシステム障害だった。」
茅場晶彦は、事の経緯を淡々としかし分かりやすく簡潔に、俺達へと話し始めた。
ーーーーーーーーーー
茅場晶彦の説明はこうだ。
須郷伸之率いる集団、《レクト・プログレス》の外部からの強引な干渉、カーディナル・システムのコアプログラムへの予想外のハッキング攻撃により、システムは自衛としてその機能を停止。
結果的にカーディナル・システムを奪われることは無かったが、システムの停止という非常事態により、ヒースクリフは自動的に管理者モードへと移行。
それにより、キリトとカズマの戦闘中にも関わらず、彼はあの場からいなくなってしまったというわけだ。
ーーーーーーーーーー
「…あんたがあの場からいなくなった理由は分かった。だが、それなら何故俺達の前に姿を現さず、今この時までなんの説明もなかったんだ?あんたの腕なら、修繕くらい…」
「それは違うわ、キリト。」
「メル…?」
「前にも言ったでしょ。この世界は茅場晶彦という男の集大成だって。生半可な作りはしてない。それこそ、
「そんなものの修正は、一朝一夕じゃ終わらないわ。」
「…メル君の言う通り、この世界は元々人間による手作業の修正は計算に入れてない。それこそAIのような超高速演算装置を使わないと、修正不可とも言える代物でね。…それに、AI2体からの妨害も加わっていたから、尚更修繕は不可能に近かった。」
そこまで喋ったところで、茅場は「だからこそ」と、1人のプレイヤーへと視線を向けた。
そこに立つ、眼鏡をかけた黒髪の男性。
茅場晶彦の直属の部下であり、シュンヤの実兄《コウヤ》。
「外部からだけでなく、内部からも須郷君達へプレッシャーをかけるべきだと考え、瑛一君を君達の元へと送り込んだんだ。」
つまり、コウヤは茅場晶彦を裏切るためにSAOの世界へと飛び込んだのではなく、茅場晶彦と協力しているからこそSAOの世界へ飛び込んだということだ。
「シュンヤ、カズマ君、キリト君、アスナさん。他にも攻略組の皆を騙していたこと、申し訳ないと思っている。ただ、僕が茅場先輩の差し金だとバレると君達が信用してくれず須郷にもバレる可能性が高まると思ったんだ。」
そう言って、頭を下げるコウヤのその姿に。
少しだけ思うところがある、3人。
特にカズマは少しため息をつきながら、後頭部を掻いた。
『…俺も、まだまだ子供だったってことか…。』
これまでの行いを省みて、そう痛感した。
ーーーーーーーーーーー
「…少し、長くなってしまったな。君達の持つ疑問に答えようと思っていたが…あまり答えられそうにない。」
「それは問題ないわよ。私とユイが向こうで解消しといてあげるから。」
「…そうか。ならば、君達に任せておこう。」
「…少し、いいか?」
「ああ。なにかな、キリト君。」
「…この世界で死んだ人達はどうなるんだ?」
「彼らの目が覚めることは無い。…人の命を操作することは、神でもない我々には不可能だ。」
一抹の希望をもってのキリトの質問。
茅場はそれを、容赦なく一蹴した。
…1度完全に失われた命は、回帰しない。
それは、どの世界でも同じことだと。
「…茅場…。あんた…なんで、
それは、この場にいる者だけでなく、SAOに巻き込まれた全てのプレイヤー…いや、現実世界にいる全ての人間が持つ疑問。
世界最高クラスのAIであるメルとユイですら分からない、その問いに…
「…何故、か。」
茅場は、視線を上げた。
彼の視線の先には、茜色の世界を飛ぶ鳥の姿。
「…私も、長い間忘れていたよ。…何故だろうな。」
「フルダイブ環境システムの研究を始めた時…いや、その遥か以前から、私はあの城を…現実世界のあらゆる物を超越した、この世界を作り出す事だけを欲して生きてきた。」
それは、天才の過去。
1つの《幻想》の創造に囚われた、男の過去。
「…空に浮かぶ鋼鉄の城に取り憑かれたのは、何歳の頃だったかな…」
「この地上から飛び立って、あの城へ行きたい。」
「…長い、長い間、私にとってはそれが唯一の欲求だった…。」
「私はね、キリト君。まだ信じているのだよ。…現実世界とは違う、どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと…。」
それは、夢物語。
現実世界で唯一無二と謳われ、1つの幻想に囚われ、憧れた《天才》の抱いた子供じみた夢。
その、聞く者が聞けば笑い飛ばしかねない言葉に、キリトは…
「…ああ。そうだと、いいな…。」
笑みを浮かべ、そう答えた。
ーーーーーーーーーーー
「…もう、時間か。」
ウィンドウを見つめ、そう呟いた茅場は最後にキリト達へと向き直った。
「…最後に、君達と話すことが出来て良かったよ。時間を作ってくれたこと、感謝する。」
「…俺達も、あんたと話せてよかったよ。なっ。」
「ええ。」
カズマとシュンヤの返答に、茅場は笑う。
少しだけ、満足そうに。
「…それでは、私は行くよ。…最後に、ゲームクリアおめでとう、諸君。」
「…
白衣を翻し、稀代の天才・茅場晶彦はそのまま彼らの前から姿を消した。
…風が流れ、オレンジ色の世界に音のない静かな時間が流れる。
ウィンドウを確認すると、最終フェイズは既に9割以上が完了しているようだった。
もう、この場にいるのも数分あるかないかといったところか。
「ゆーいっ。こっちゃ来い来い。」
「はい、カズマさん。」
ユイはキリトとアスナを見て少し微笑み、手を離してカズマの元へと駆けていく。
ユイを呼んで手を繋ぎ、シュンヤやコウヤ達と離れていくカズマは、キリトとアスナを見て不敵に笑いながらウィンクを飛ばした。
「…カズマのやつ…」
「…本当に、よく出来た弟さんだね。」
「…お節介焼きなんだよ。」
そう言いながらも2人は座りこみ、手を絡め、重ねる。
…崩れ落ちる、鋼鉄の城を見つめながら。
ーーーーーーーーーーー
「…お別れだな。」
「少しの間だけ、ね。」
「…そうだな。」
呟きながら、キリトはアスナの手を握る左手に、少しだけ力を込める。
そこに含まれているのは、不安。
また、彼女と巡り会えるのかという。
それに気づいたアスナは優しく微笑むと、左手も重ねて、両手で彼の手を包み込んだ。
「アス…」
「ね、キリト君。君の名前、教えて欲しいな。」
「な…まえ…?」
「そ。こっちでの名前じゃなくて、現実での…君の、本当の名前。」
「…分かった。」
「…桐ヶ谷…桐ヶ谷、和人。歳は…多分16歳…かな。」
「…きりがや、かずと君…」
キリトが紡いだその名を復唱した後、アスナは少しだけ吹き出した。
「な、なに…?」
「んーん、ごめんね。年下だったのかぁと思って。」
アスナは申し訳なさそうにそういうと、優しい笑みをキリトへと向けた。
「私はね、結城明日奈。17歳です。」
「…ゆうき、あすな…」
キリトも、ゆっくりと。
噛み締めるように、その名を紡ぐ。
そしてーー。
「…ッ…」
気が付くと、その細い体を抱き締めていた。
突然のことに驚きながらも、アスナはすぐに震える彼の背中を優しく撫でる。
「…大好きだよ、キリト君。どんな世界だろうと、ずっと大好き。」
「…俺もだ。」
「…《向こう》で目が覚めて、外に出られるようになったら…絶対、迎えに来てね?」
「…約束する。…絶対、迎えに行くから。」
「うん、待ってる。」
アスナが微笑み、キリトも涙を拭って笑みを浮かべると…
ーーそっと、唇を重ねた。
短く、触れるだけのキス。
それだけで、二人の間には様々なものが流れ合う。
「
「
「私も。」
2人はそう言って笑い合うと、もう一度互いの体を抱き締め合う。
2人の温度、匂い、感触。
その全てを確かめ合い、刻み込むように。
…そして。
ーー最終フェーズ、100%に到達ーー
ーーログアウト処理、完了ーー
オレンジ色の夕焼けの世界を、真っ白な光が包み込む。
…その瞬間。
SAOは、終わりを迎えた。
ーーーーーーーーーーーーー
白い騎士服の少女と、黒いコートを着た少年。
2人は世界が終わる、その時まで。
愛する人に、寄り添い続けていたーー。
…モヤがかかる思考。
長く眠り、夢を見ていたような…そんな、感覚。
…やがて、温感も戻ってくる。
クーラーでもかけられているのか、今の時期でもどこか冷たい。
…匂い。
これは、消毒液の匂い。
ツンとした、独特な匂いが鼻腔をくすぐる。
…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…
…カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…
微かに聞こえる電子音と、時計の針であろうアナログな音が、それぞれの時を刻む。
…目を、開ける。
見えるのは、少し黒みがかった、白い天井。
少し黒く見えるのは、頭に付けられた装置の目元の部分のガラスのせいだ。
俺は、ゆっくりと上体を起こし…。
ガクンッ
「…ッ…」
力を入れようとして、出来なかった。
いや、
…左手を見る。
ほんの数分前まで、彼女の手が握っていたその左手にはしかし、銀の指輪も彼女の手も存在しない。
そこにあったのは、極限まで肉を削られ、傍から見れば骨と皮だけのように見える…だが、血が流れ神経も通る、生者の左腕だった。
…ない力を振り絞り、ベッドを押し込み体を支えながら何とか上体を起こす。
…頭が重い。
上体を起こしたあと、彼はゆっくりと被っていた《装置》を持ち上げていく。
数kgある、フルダイブマシン《ナーヴギア》を持ち上げるのは、かなりの力を要した。
…何とか外し、裸眼で景色を見た。
「…ッ…」
何の変哲もない、病院の景色。
それだけで、圧倒される。
2年半潜り続けた《VR世界》。
それとは微かに…しかし明らかに違う、現実の世界。
病室の白さ、消毒液の匂い、響く電子音。
その全てが、新鮮で、懐かしい…。
不思議な、感覚…。
…ふと、左手側を見ると…。
そこには、自身と同じように上体を起こし、景色に見とれる1人の青年の姿。
同じように腕は痩せ細り、髪は伸びきっているが、彼はそれが自身の唯一の《弟》であることを確信していた。
…弟も、右手側を向きこちらに気付く。
そして、少しだけ口角を上げて、笑み浮かべた。
《向こう》でも見た、その笑みに、確信はさらに強いものとなる。
「…お兄ちゃん…」
彼は右手側を見る。
そこにいるのは、肩まで伸びた黒髪を揺らしながら近づいてくる少女の姿。
2年半前まで見ていたのと変わらない表情で、涙を浮かべながら近づく少女。
…抱きつく妹を、兄は優しく抱き締めた。
ガタッ…
…少しして、左手側から聞こえる物音。
見ると、彼の弟が点滴の吊られたポールを支えに、立ち上がろうとしていた。
…だが、少し苦しいのか、息切れを起こしている。
…そこで、妹が弟へと駆け寄る。
…彼女は2人よりも寝ていた期間が少ないため、比較的動くことが出来ていた。
妹の支えもあり、何とか立ち上がった弟は点滴スタンドと共にゆっくりと近付いてくる。
…ゆっくりと持ち上げられる、拳。
弟のそのモーションに少し笑い、彼もゆっくりと左手の拳を持ち上げた。
…そして。
コツンッ
《向こう側》でやったのと同じように、2人はしっかりと、互いの拳を合わせた。
2人のその様子を、妹は涙と笑みを浮かべながら見つめていた。
バサッ。
ゴトッゴトンッ。
そんな音が聞こえ、3人は視線を部屋の扉へ向ける。
…そこに居たのは、中年の女性。
仕事帰りなのか、ノートやあらゆる筆記用具の入れられたバッグと花や見舞い用のリンゴが、床へと落とされている。
懐かしいその女性の顔を見て、妹のみならず彼と弟にも目尻の熱さが込み上げてきていた。
「…和人…和真…直葉…」
確認するように、ゆっくりと呼ばれたその名は、この世界での3人の名前。
自身の子供達に、どこか幻覚を見ているかのような目で近付いている女性。
当然の反応とも言えるそれに、3人は少しだけ笑った。
「…ぁ…ただ、いま…」
「かぁ、さん…」
…彼の、その声を聞いた瞬間。
女性は大粒の涙と共に、3人へと抱きついたのだったーー。