ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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2025年、10月も終わりに差し掛かり、肌寒い日が多くなってきた、この日。


「和真ー。準備出来たか?」

「ちょい待ってくれ兄貴。もうちょいで…うしっ、終わった。」

「忘れもんは?」

「えー…ないぞ。」

「ありがとう。…よし。それじゃ、懐かしの我が家に帰りますかね。」

「おおー。」


和人と和真は、退院の日を迎えた。





第4話 家族とのひととき

 

 

「や、退院おめでとう、桐ヶ谷兄弟。」

 

 

病室を出てエレベーターの前につくと、茶髪の三つ編みを組んだ、眼鏡の看護婦が出迎えてくれる。

 

安岐ナツキ。

 

和人と和真、2人(直葉含め3人)の専属の看護婦として働いてくれていた女性。

 

 

「安岐さん。忙しいのに出迎えありがとうございます。」

 

「やあやあ和人君。適度に肉がついたみたいで良かったよ。もやしっ子のままじゃ帰せないからねぇ。」

 

 

そう言いつつ、全身をまさぐられる和人。

 

だが、もうそのセクハラ紛いの行為には慣れたのか、苦笑を浮かべながらもされるがままになっていた。

 

 

「安岐ちゃん。俺の体もなかなかに仕上がったんだ。触っていいよ。」

 

「和真君、それセクハラだよ?」

 

「安岐ちゃんがそれ言うんだ!!?」

 

 

わざとらしく驚く和真に、ナツキは「ふふん」と凸のある胸を張った。

 

 

「私はあくまでも看護婦。患者さんの体調管理(という建前)で触ることはセクハラじゃないのだよ。和真くんはうら若き乙女である私に、触られたいだけでしょ。」

 

「むむむ…筋は通ってる…」

 

「オーッホッホッホ!!」

 

「……」

 

 

ちなみに触られた張本人である和人が、ナツキの方がタチが悪そうだなと思ったのは、ここだけの秘密だ。

 

 

「ま、今後も検査とか色々あるだろうから、ここに来た時は気軽に声をかけてくれ給えよ、少年達。」

 

「へーい。」

 

 

 

 

 

「ちなみに、安岐さんは俺の体を触りたかっただけでは…」

 

「退院する患者さんの、最終体調管理です。」

 

 

大したツラの皮の厚さだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「やぁ、和人くん!和真くん!!」

 

「……」

 

 

病院のロビーへ到達すると、そこにいた眼鏡のスーツ姿の男に声をかけられた。

 

朗らかな笑顔で手を振るその男に、そそくさと和人は近寄った。

 

 

「菊岡さん、なんで居るんですか。」

 

「そりゃ、一応僕も《仮想科》の官僚だからね。担当してる人達の退院日くらいは把握してるさ。」

 

「だからってここ病院ですから。大声で呼ぶのは勘弁してください。」

 

「わかった、今後は善処しよう。」

 

 

事実、周りの患者や看護師からどこか白い目で見られていた。

 

 

「で、菊さん。今日は何持ってきてくれたの?」

 

「今日はね、有名なケーキ屋のケーキをホールで買ってきたよ!退院祝いだからね!!」

 

「おー、ありがとう菊さん!」

 

「…これ、後々多額の請求書がウチに来ないよな?」

 

「失敬な。和人君は僕をなんだと思っているんだい?」

 

「胡散臭い官僚。」

 

「否定はしないけどね。それでも、この程度のことで請求書送り付けるほどケチくはないさ。」

 

「…ま、そうだよな。ありがとう菊岡。」

 

「どういたしまして。…あ、そうだ。これも、渡しておかなくちゃね。」

 

 

菊岡が床から持ち上げ差し出されたのは、巨大な紙袋。

 

受け取ると、中に入っているものがかなりの重量であることが分かる。

 

 

「これって…」

 

「持ち出し許可取るの、苦労したんだぜ?感謝してくれよ?」

 

「…ありがとう。」

 

「ありがとな、菊さん。」

 

「ま、これからちょくちょく仕事を手伝ってくれることでチャラにしてあげよう。」

 

 

そう言って笑う菊岡に、和人は苦笑を返す。

 

 

「それじゃ行こうか。」

 

「待て、あんたも一緒に行くのか?」

 

「言ったって、正面玄関前の道までだろう?お見送りくらいさせてくれ。」

 

「まったく…」

 

 

菊岡の提案に、和人はもう一度苦笑した。

 

そして3人は歩き始め、正面玄関の自動ドアから外に出る。

 

その前の道には、既に1台の車が待機していた。

 

 

「あ、お兄ちゃーん!和真ー!」

 

 

その車の助手席から手を振る、妹の直葉。

 

横の運転手席には母親の翠が座る。

 

和人と和真はそれに手を挙げて返すと、車の後方、荷台へと移動。

 

ドアを開けて着替え一式の入ったバッグを入れる。

 

 

「それじゃ、これまで色々ありがとな菊岡。また何かあれば連絡してくれ。」

 

「その言葉忘れないでくれよ、キリトくん。」

 

「だから、その呼び方はやめろって。」

 

「菊さん、次会う時もまたお菓子用意しといてくれよ。」

 

「ああ、分かった。」

 

 

そう言って和人と和真は、菊岡と1人ずつ順番に握手を行う。

 

そして、車の後部座席へ乗り込んだ。

 

 

「それじゃ、帰りますか。…菊岡さん、ありがとうございました。」

 

「いえいえ、当然のことをした迄ですよ。桐ヶ谷さんも運転お気をつけて。」

 

「ええ。ありがとう。」

 

 

翠はそう言うと、窓を閉めてエンジンをかける。

 

すぐに排気管が声を上げる。

 

 

 

車が走り出した後、病院から出て、お互いの姿が見えなくなるまで、菊岡は笑顔で手を振り続けていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜。

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

あの後、家へとケーキを置きに帰り、外で軽く飯を食べた後、色々な用を消化していった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

まずは墓参り。

 

ここ3年ほど、SAOに囚われ、病院で療養していたこともあり行けてなかった、先祖と祖父が眠る石碑にお参りと快気報告をしてきた。

 

かつて毎年訪れていた場所には草や苔が増えてはいたが、懐かしい雰囲気はそのままだった。

 

 

続いて、直葉と母さんにショッピングへ連れていかれた。

 

俺がSAOに囚われた当時は14歳。

一般的に言えば成長期というやつである。

 

和真もそれは同じで、2人共寝続けている中でもちゃんと体は成長していたらしい。

昔来ていた服が小さくなっていた。

 

…しばらくの間、2人の着せ替え人形にされたのは避けられなかったが。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

そんなこんなで久しぶりの外出を満喫した後、家に帰って部屋に来た訳だが…

 

 

「……」

 

 

当然、何も変わっていなかった。

 

家具の配置、匂い、雰囲気。

 

その全てが3年前のまま。

 

…まぁ、掃除は母さんや直葉がしてくれていたらしいが。

 

 

「…2人に感謝だな。」

 

 

俺は小さく呟く。

 

自作のパソコンを少しだけ撫でた後、ゲーミングチェアに座り込む。

 

3年ほど使われていないはずだが、俺の重くない体重をしっかりと支えてくれる。

 

ガサリッと、椅子の脚と当たる、持って帰ってきた紙袋の音。

 

 

「…服、また片付けなきゃなぁ…」

 

 

言いながら、服を選別しようと紙袋に手をかけた…その時。

 

視界の端に入る、違う種類の紙袋。

 

 

「…」

 

 

買ってきた服を掴んでいた手を止め、菊岡から預かった紙袋を引き寄せた。

 

中身は、卵形の機械。

 

 

かつて、俺を異世界へと閉じ込めていた《ナーヴギア》。

 

 

忌まわしい記憶の象徴であるはずのそれを、俺と和真は菊岡に頼み、様々な事に協力する代償として、国から持ち出し許可を出してもらった。

 

俺は机の引き出しの中からUSBケーブルを取り出すと、片方を俺と和真のナーヴギア、もう片方をパソコンに刺す。

 

 

…俺が菊岡に持ち出し許可を貰ってきてもらったのは、別に思い出作りのためじゃない。

 

それは…

 

 

「ユイ、メル。いるか?俺の声聞こえる?」

 

 

パソコンを立ち上げた後、ヘッドホンを付けてパソコンに話しかける。

 

…やがて。

 

 

「はいパパ、聞こえます!」

 

「ふあぁ…はいはい、聞こえてるわよ〜…」

 

 

ハツラツで元気な少女の声と、寝ていたのか起床直後のような少女の声が聞こえる。

 

 

「2人共久しぶり。元気そうでなによりだよ。」

 

「キリト…あ、今は和人だったわね。和人もリハビリちゃんと頑張ったみたいね。褒めてあげるわ。もやしっ子には変わりないけど。」

 

「うるさいな…これでも前よりかは肉ついてるんだぞ。」

 

「日常生活に支障のない程度の肉しかついてないじゃない。」

 

「パパはもっと食べていいと思います!!」

 

「………」

 

 

なんだか再開直後から、俺の体への手厳しい指摘が相次いでいた。

 

既に出会い頭に、ボディーブロー数発食らわせられたくらいのダメージを負っているのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

彼女達は俺と和真をSAOの世界で助けてくれた2体のAIだ。

 

ユイは俺とアスナが子供のように可愛がり、メルも和真と堅い信頼関係を築いてきた。

 

2人のコア・プログラムは、俺達のナーヴギア内にあるため、ユイとメルを外に出すにはナーヴギアを持ち出す他の手段がなかったということだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「和人、ヒカリとアカネのことは菊岡から聞いたかしら。」

 

「…ああ、聞いたよ。とりあえず2人共無事だといいな。」

 

「私も、菊岡が2人のことについて申請してからの情報は持ってない。まだ国のトップのジジイ共は決めかねてるみたいね。」

 

「ジジイって…」

 

「間違ってた?」

 

「いや、別に…」

 

 

俺の育て方が悪かったかなと、和人は苦笑した。

いや、こいつの場合一番長く居たのは和真になるのか。

 

 

「じゃあ和真のせいだな。」

 

「何が?」

 

「いや、別に。…そういえば2人共、明日は少し出かけるんだけど、俺と和真のスマホに入れたりするか?」

 

「?ええ。大丈夫よ。」

 

「どこに行くんですか?パパ。」

 

 

 

 

 

「アスナのいる病院。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「親父、隣いいか?」

 

「和真か。…台所の手伝いはいいのか?」

 

「ウチの家のお嬢様2人に追い出されちまってな。ほい。」

 

「ありがとう。」

 

 

和真は縁側に座る峰高に缶ビールを渡す。

 

和真は峰高の横に座り、手に持っていたコーラの缶の蓋を開けた。

 

底を上に向けて煽るように飲み、一気に半分ほど飲み干す。

 

 

「くはー!!懐かしい刺激…たまらん!」

 

「大袈裟だな…病院では飲まなかったのか?」

 

「まーね。入院中は刺激物はダメって、安岐ちゃんと医者に言われてたから。」

 

「真面目だな。」

 

「これでも優等生だからねぇ。」

 

「成績だけは、な。」

 

「あ、ひっでぇ。」

 

 

言い合って、笑う2人。

 

笑い終えて、もう一度缶の中身を煽り、和真は口を開く。

 

 

「そういや、休みはいつまで取ってんの?」

 

「あと3日だな。今勤めている支社の社長と社員が良い人達でな。SAOから息子が開放されたと言ったら、好きなタイミングでの2週間休みをいただけた。」

 

「おー、いい会社じゃん。いや、そうしてもらえる親父に人望があるのか。」

 

「褒めても何も出んぞ。」

 

「えー。」

 

 

むくれる和真に、峰高は少し笑った。

 

 

 

 

「…そういや、《向こう》で木綿季と藍子に会ったよ。」

 

 

ピクリと。

 

その名に峰高は反応を示す。

 

 

「…紺野家のお嬢さん方か。ゲームの中にいたのか?」

 

「ああ。…昔からなんにも変わってなかったよ。本当に…」

 

 

そう言って、和真は笑う。

 

半年前に焼き付けた、彼女達の笑顔を思い出しながら。

 

 

「あとは、親友の敦と…晶馬の奴もいたな。」

 

「…加藤さんのとこの子か。」

 

 

ギシッと、峰高の持つ缶が軋む。

 

 

「…大丈夫だよ。色々あったけど、未遂だったし。それに何年も前のことを掘り返すつもりは無いしさ。」

 

「…大切な息子を傷付けられて流せるほど、私は楽観的では無いよ。」

 

 

峰高の手の缶の凹みが大きくなっていることから、余程強い力が込められているのが分かった。

 

 

「そこまで愛されてるってのは、俺は幸せもんだね。」

 

「子を愛さない親など居ないぞ、和真。」

 

「それが普通なんだろうけどな。…でも向こうでは、愛してくれる親を亡くした子供達もいたんだ。」

 

 

第一層にあった、サーシャが開く孤児院。

 

数十名にも及ぶ子供達。

愛する親兄弟と引き離された子もいれば、その家族を亡くした子供達もいた。

 

彼らを長く見ていた和真だからこそ、思うこともあった。

 

 

「…SAOの世界での生活の中で、当たり前のように両親がいて、兄妹がいて。愛してくれるってのがどれだけ恵まれてるのか…それが少しだけ、分かった気がしたよ。」

 

「…向こうの世界で、様々なものを見て、経験してきたんだな、お前は。」

 

「俺だけじゃないさ。兄貴や直葉だって経験して成長してる。あの兄貴に、年の離れた親友が出来たんだぜ?」

 

「ほぉ、和人に友人が…恋人が出来ていたこともだが、驚きだな。」

 

「だろ?」

 

 

峰高が驚く様子に、和真は喉を鳴らして笑い、峰高もそれを見て少し笑う。

 

 

「…怖いことも、大変なことも、苦しいこともあったけどさ…それと同じくらい、楽しくて、大切な思い出もある。」

 

 

 

 

「…今では、『あの世界に行ってよかった』って…そう思えるよ。」

 

 

 

 

「…そうか。」

 

「迷惑かけた親父と母さんには、あまり『良かった』と思えることじゃないかもだけどな…。」

 

「そんなことは無いさ。」

 

 

峰高は、一口缶ビールを煽る。

 

 

「ある1人の人間の中で、どんな経験が『何ものにも変え難い経験』となるのかは、誰にも分からない。…和真、お前にとっては『SAOの世界に行くこと』が、何ものにも変え難い経験となったんだろ?」

 

 

峰高は、和真の頭に手を置いた。

 

 

「…我が子の成長へかける言葉には、賞賛以外に私は知らないよ。」

 

 

 

 

「…()()()()な、和真。その経験と、その経験の中で得たモノ。…大切にしなさい。」

 

 

「…ああ。…ありがとうな、親父。」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「峰高さーん!和真ー!ご飯よー!」

 

「ああ、今行くよ翠。」

 

「あれ?母さん、直葉は?」

 

「和人を呼びに行ったわよ。さ、今日は豪勢に行くわよー!」

 

「…うん?」

 

「…量がとんでもねえことになってんだけど。運動部の合宿みてぇ。」

 

「あはは…ちょーっと、作りすぎちゃって…。まぁ、和真と直葉ならイケるでしょ?」

 

「俺退院明けなんだけど!?」

 

 

 

「お母さーん、お兄ちゃん呼んできたよー。」

 

「ありがとう直葉。」

 

「あー、腹減ったー………何これ。」

 

「座れ兄貴。ここからは《戦場》だ…。」

 

「なんかかっこいい事言ってるけど、要はただの食事だよね?」

 

「《食卓は戦場》だと、俺はSAOで学んだ…」

 

「どんだけ殺伐とした食事をして来たんだお前は。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

「どうかした?峰高さん。手が止まってるけど…」

 

「ん?ああ…少し、考え事をな…」

 

「考え事?」

 

「…翠。子供の成長というのは、早いものだな。」

 

「どうしたの?突然。」

 

「いや…3人が…特に、和人と和真が、知らない間に大きく成長していて、少し驚いたのかもしれない。」

 

「…そうね。…私は病室で心配してばっかだったけど、ちゃんと《向こう》で大きくて大切な経験をしてきたのね、この子達は。…そう考えたら、2年半の苦労もしたかいがあったってもんよ。」

 

 

「…すまないな。子供達を任せきりにして。」

 

「ううん。それは私が望んだことだから。あなたが単身赴任する間は私が責任もって育て上げるって、自分で言ったんだからね。」

 

「…3人がここまで育ってくれたのは、君のおかげだ。…ありがとう、翠。」

 

「どういたしまして。…これからも、ちょくちょく帰ってきてよね?」

 

「…善処するよ。」

 

 

 

 

 

モグモグモグモグモグモグ…

 

 

「エビフライもらいっ」

 

「おいこら兄貴、それ俺が狙ってやつ。」

 

「知らん、取ってなかったお前が悪い。」

 

「じゃあ、この唐揚げもーらいっ」

 

「あ、和真その唐揚げ私の!」

 

「フハハハ!食卓は戦場だと言ったろ!」

 

 

 

 

「「静かに食べなさい!」」

 

「「「はい…」」」

 

 

 

少し小さくなった3人の子供達を見て、峰高と翠は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

この久しぶりの家族での楽しい時間を、噛み締めるかのようにーー。






苦しく辛い経験や体験にこそ学びはあるもんです。

…なんかムカつくと思いましたね?笑
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