和人と和真が退院し、久しぶりの家族団欒の時間を過ごした日の、翌日。
「…デカ…」
「わぁ…」
「さすが、《レクト》の社長娘…」
目の前にある
和人は驚愕の表情を浮かべ。
直葉は目を輝かせ。
和真は引きつった笑みを浮かべていた。
「それじゃ、私と峰高さんはそこら辺でドライブデートしてくるから。迎えがいるなら連絡ちょーだい。」
「りょーかい。」
「母さん、親父。送ってくれてありがとう。」
「…気にするな。」
「ちゃんと、挨拶してきなさい。」
「…ああ。」
「おしっ、じゃあ行くか!兄貴のお姫様のところへ!」
「おー!!」
「……」
「和人、あんまり緊張するんじゃないわよ。」
「…分かってるよ。」
明日奈のいる病院へ向かう前日のショッピングの途中、和人は1人の人物に電話をかけていた。
『もしもし?和人君かな?』
「あ、はい。ご無沙汰しております…浩一郎くん。」
結城浩一郎。
和人の恋人、明日奈の実兄。
和人は明日奈の病院の住所と共に、彼の携帯の電話番号も受け取っていた。
彼は和人の敬語と君呼びの混じった喋り方に、少しだけ笑う。
『僕的には、お堅い敬語もいいんだけどね。…まあいいや。どうしたの?』
「あ、その。本日僕と和真が退院しまして…」
『そうなんだ。おめでとう。』
「ありがとうございます。…それでですね…」
「明日あたりに、明日奈さんの病室へ伺おうと思っているのですが…大丈夫ですかね。」
『明日?随分と急だね。』
「…まあ…はい…」
『何か急ぎの用でもあるのかい?』
「急ぎの用…というか、なんと言うか…」
煮え切らない和人。
そんな彼の様子から、浩一郎は少しの間を置き、電話口から『ああ、なるほど…』と少し含みのある納得をした。
「な、なんですか…?」
『なるほどなるほど。そんなにも想われるなんて、
「……」
全てを見透かしているような発言に、和人は少しだけバツが悪そうな顔をする。
やがてパラパラと、冊子を捲るような音が聞こえた。
『それより、明日だったね。明日は…うん、母と父も一日中仕事で居ないようだから、邪魔は入らないと思うよ。前言った通り、君の名前を言えば入れるようにしてあるから。』
「あ、ありがとうございます…」
『念の為に、個室ではあるけど病院は公共の場だから弁えてくれよ。それと明日奈も病み上がりで、調子が万全と言い難いからね。』
「はい…。」
…なんだか余計な心配をされているような気がしたが、口には出さなかった。
ーーーーーーーーーーー
エントランスに入ると、あまりの広さに絶句する。
天井が高いことも相まって、和人達が入院していた病院の2倍ほど大きい気がする。
多分そこまでは大きくないのだろうが、お高そうな装飾品達の放つ一種の威圧感でそう見えてしまう。
「さっすが、お嬢様は違うなぁ…」
「なんか、お城みたいだねぇ…」
「最先端技術の医療とか、リハビリ室がほぼジムだったりとか、色んなものが揃ってるみたいだな。」
「ほえー…」
「受付してくるわ。」
「あ、うん。」
「いってら。」
ーーーーーーーーーーー
「ねね、和真。」
「ん?」
「お兄ちゃん緊張してるんじゃなかったの?結構冷静じゃない?」
「あー、いや。あれはあれだ。『緊張しすぎて一周まわって落ち着いてる』だけだ。病室に近づいた瞬間元通りになる。ほら見ろ、受付に行こうとするだけで同じ側の手足が同時に出てる。」
「あ、ほんとだ。さっきなんか解説してたのは?」
「車で気紛らわすためにスマホとにらめっこしてたからな。その時に病院の案内サイトでも開いてたんだろ。」
「ははぁ…なるほどね…」
「さて、直葉。
「ん。
「じゃ、行くかね。」
「おー。」
コソコソ…
ーーーーーーーーーーー
「どうされましたか?」
「すみません、面会をお願いしたいんですが…」
「分かりました。面会人と面会相手のお名前をお願いします。」
「僕は桐ヶ谷和人といいます。面会相手は…結城、明日奈さんです。」
対応してくれた看護師の女性は、和人の言った名前を書き出すと「席に座ってお待ちください」と言ってその場を離れるので、俺は番号札を受け取って受付の前にある席に向かう。
「…あれ?」
…気が付くと、和真と直葉がいなくなっていた。
トイレかと思い席に着くと、スマホにメッセージが届く。
「和真?」
送り主はいなくなった弟からのようで、俺はそれを開き…
「……」
なんとも言えない表情となった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
和真からのメッセージはこうだ。
『拝啓。この手紙、読んでるあなたは、どこで何をしているのでしょう。』
既にボケる気全開である。
『なんだよ。受付済んだから早く帰ってこい。』
返すと、しばらくしてから…
ヒュポッ
『悪い兄貴。兄貴が受付してる間にいきなり2人共トイレに行きたくなって駆け込んだんだが、ブツをいたした直後に無性に腹が減って病院内のレストランの方をおもむろに見たら、めちゃくちゃ美味そうなアップルパイがあったからそれ食ってから向かいます。』
『は?』
…こんな反応になるのも、致し方ない内容のメッセージだった。
思わず『何言ってんの?』と、連投してしまう。
そして、更に少ししてから…
『PS.1時間ほどかかります☆』
暗に『さっさと先にいけ』という内容のメッセージが投下され、和人はため息をついた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ユイ、居るか?」
スマホの中に居るはずの娘に声をかけるが、返答は無い。
まさか、と思った…直後。
今度は直葉からメッセージが入る。
嫌な予感と共にメッセージを開くと…それは、見事に当たってしまった。
『PS.ユイちゃんは私達で預かってます☆』
会話すらまだしてないのに、
ツッコミどころはあるが、和人は広い天井を見上げた。
まさか愛する娘まで2人の計画に加担しているとは、思って無かったからだ。
…だが、自然と怒る気にはなれない。
何故なら、これを計画した意図を和人も気付いていたから。
『気、遣ってくれてるんだろうな…』
和真、直葉、メル、そしてユイの4人は決して和人を貶めようとしているのではなく。
…明日奈との再会のため、2人の時間を作ってくれたのだ。
「…お節介が好きだな、ほんとうに…」
和人は笑う。
恐らく首謀者であろう、たった1人の弟の顔を思い浮かべながらーー。
ーーーーーーーーーーーー
周りのビル群にも引けを取らない、巨大な建造物である病院。
その最上階に、エレベーターを使って移動する。
真っ直ぐに伸びる白い廊下は、昼間であるが故に差し込む日差しと照明によって、模様までも明るく照らし出されていた。
人通りはほとんどなく、この時間帯は医者も看護師もいないのか、廊下を歩く中で誰ともすれ違う事がない。
本当にここには人がいるのかと思ってしまうが、そんな考えもかぶりを振って振り払う。
401、402、403…
壁に付けられた表札。
そこに書かれた番号と名前を見ながら、一歩一歩進んでいく。
目的地の場所と彼女の名前が近づいていくにつれて、鼓動が速くなっていくのを感じた。
…そして。
「…あった。」
和人は、目的地の前に立つ。
411号室。
結城明日奈様と書かれた札を、彼は何度も何度も見直した。
7回目の見直しを終えた後、和人は深呼吸を1つ。
少し高ぶる呼吸と心臓を止めようとする。
…が。
『…収まらんな…。』
尚も、跳ねる心臓と呼吸。
その見事な緊張ぶりに、和人自身も少しだけ笑ってしまう。
確かに、緊張はある。
が。
『…和真達が作ってくれた時間、無駄には出来んな。』
先程よりもゆっくりと深呼吸をして、何とか通常よりも少し速い程度の心音に落ち着けた。
彼らのしてくれた《お節介》が、和人の背中を押してくれる要因の一つとなる。
和人は軽く握り拳を作り、扉の前で止める。
もう一度息を吸い…
「…ッ…」
コンコンッ。
意を決して、扉を叩く。
だが、覚悟を決めた時間とは違い返事は直ぐに返ってきた。
「どうぞ。」
叩いた瞬間に中から聞こえる、どこか懐かしく愛おしい声。
それだけで熱いものが込み上げる目尻を、和人は何とか耐えきった。
ノックをした手で取っ手を掴み。
ゆっくりと、引き戸を開ける。
漏れ出た部屋の風と光が、和人を包み込んだーー。
「…………あぁ…………」
自然と、声が漏れる。
真っ白な世界。
その中に1人佇む、栗色の髪の少女。
ベッドの上で読んでいたであろう本を、太ももに置いた彼女は、ゆっくりとその顔を上げる。
卵形の顔を上げ、髪と同色の大きな目の視線が、和人の黒い目の視線と交錯する。
部屋に入ってきた者の姿を見た瞬間。
彼女はその可憐な顔に、驚きの色を浮かべた。
少し困惑するような。
しかし、どこか確信したような。
そんな表情に、和人は見えた。
「アスナ。」
和人は、少女の名前を呼ぶ。
それは、かつての彼女の名前。
ここではない別の世界で何度も何度も呼んだ、今とは別の、しかし同じ、彼女の名前。
名前を呼ばれた声を聞いた瞬間、少女に浮かんでいた困惑は、喜びへと変わる。
へにゃりと頬を
「…キリト、君…」
少女の声を聞くと同時に、和人は歩を進め始めた。
一歩一歩、白く美しい床を踏みしめながら、少女の座るベッドへと近づいていく。
少女も、自然と手を伸ばす。
和人が来るのを待ちきれないかのように。
少しでも早く触れようと、手を伸ばす。
その指先が触れた瞬間、互いの指を絡め合う。
離れることがないように、互いの手を握りしめる。
…そして。
「……」
和人は、優しく明日奈の体を抱き寄せた。
彼女の体温を、体の柔らかさを全身で感じ、ゆっくりと息を吐く。
思わず震えてしまう和人の背中を、明日奈はゆっくりと右手で撫でる。
…しばらくして。
「…やっと来てくれたね、キリト君。」
「悪い、遅くなった…。」
「もうちょっと遅かったら、私がキリト君のとこに乗り込んでお仕置きだったよ?」
「…ごめん。」
「ふふ…冗談だよ。…ようやく、会えたね。」
「…ああ。」
2人はそう言うと、固い抱擁を解く。
互いに視線を交わし、互いの顔を見つめ合う。
…いつの間にか、目尻に雫が溜まる。
2人とも、柔らかく微笑んだ。
「…初めまして。結城、明日奈です。…待ってたよ、キリト君。」
「桐ヶ谷、和人です。…お待たせアスナ。」
2人の顔が、近づく。
引き寄せ合う2つの唇は、ゆっくりと重なった。
触れるだけの口付けではなく。
長く、長く。
互いの存在を確かめ合うような長いキスを、2人は
ーーーーーーーーーー
ーー3年前。
とある少年と少女が、鋼鉄の城の最下層ダンジョンで出会った。
その後紆余曲折を経てコンビを組んだ2人は、互いに切磋琢磨し、時には喧嘩し、時には離れ離れになりながらも、果てには愛を結び、家族となる。
会った世界が壊れゆく時も、共に居た2人。
その2人がこの時、鋼鉄の城とは違う、別世界での再会を果たしたのだ。
シュンヤ君の話もそろそろ書かなきゃな…(*」´□`)」