ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

94 / 99


人生は、取捨選択の連続。





第6話 再会 Vol.2

 

 

 

「…学校、か。」

 

 

 

埼玉県にある、とある一軒家。

 

その家のキッチンで、沸かしたお湯をカップに注ぎながら、1人の青年がそんな言葉を呟いた。

 

出来上がった黒い液体に、お気持ち程度の砂糖とミルクを足してかき混ぜる。

 

 

『そう!キリト君の方にもお知らせ来たでしょ?私達、同じ学校に通えるんだよ!』

 

「元気だなぁ、アスナは。…学校があることをそんなに喜んでるのは、少数派だと思うぞ…」

 

 

『やったね!』と、スマホの画面越しに満面の笑みを浮かべる明日奈に、和人はコーヒーをすすりながら苦笑いを浮かべた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

SAOに囚われた人々の中には当然、高校どころか義務教育すら終えていない子供達が少なからずいた。

 

そんな彼らが貴重な学習に使うべきだった3年間を仮想世界で過ごしたということで、彼らの再教育の場を設けることを国は決定づけたのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

和人はリビングの机に移動し、置かれた紙を持ち上げ、見る。

 

そこには、来年から通うことになる学校の概要が事細かに記されていた。

 

 

「『SAOに囚われる直前までの学年は履修済みのものとし、その次の学年から学業を開始する』、か。」

 

『私は向こうに行くまでは中学3年生だったから、丁度高校1年生の勉強からだね。キリト君は?』

 

「俺は中3から。この歳になってまだ義務教育せないかんとは…」

 

『キリト君ももう17歳だもんね。』

 

「そういうアスナは18歳だな。」

 

『女性に年齢の話は禁物だよ?』

 

「18歳のピチピチの女子高生には通用しないだろ、それ。」

 

 

笑って和人が返すと、明日奈も『そうかも』とはにかみながら返した。

 

 

「アスナ、退院してからどうだ?何か体調に異変とかは…」

 

『大丈夫。心配性だなぁ。』

 

「心配ぐらいするって…」

 

『ふふっ、ありがとう。でも本当に大丈夫だから。体も順調だよ。』

 

「…そか。」

 

『それより、キリト君も勉強しなくて大丈夫なの?中学2年の勉強、まだ済んでないでしょ。』

 

「………いずれやる。」

 

『絶対やらない人のセリフだよそれ。もうっ。』

 

 

頬をふくらませて可愛らしく怒る明日奈に、和人は柔らかい笑みを浮かべて、コーヒーを啜った。

 

 

 

 

『そういえば、今日は1人なんだね。和真君と直葉ちゃんは?』

 

「2人とも外出中だよ。直葉はユイと一緒に買い物。和真は、メルと一緒に『野暮用』だってさ。」

 

『それあれだね。和真君何か隠してるんじゃない?』

 

「俺もそう思う。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

とある小高い山の上。

 

 

周りの住宅街を見渡せるその場所に、和真はいた。

 

 

目の前にあるのは…墓石。

 

 

彼が下の水場から持ってきた桶の中には水と花が入っていた。

 

線香に火をつけて花を置き、墓石を軽く掃除する。

 

そして全ての所作をやり終えて墓石の前に座り込むと、ゆっくりとその手を合わせて目を瞑った。

 

まるで、何かを祈るように。

 

誰かの安眠を、祈るように。

 

 

…少しして、和真は目を開けて立ち上がる。

 

 

桶を持ち、ゆっくりとその場を後に…

 

 

「…」

 

 

…一歩踏み出したところで、和真は墓石をもう一度見る。

 

そして。

 

 

「…またな、ショウマ。」

 

 

かつての親友の骨が眠る場所で、和真は悲しげに呟いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「須郷に加担したプレイヤー…その中でも死亡したギレス、ショウマ、オズの3人は死亡が確認されたよ。」

 

 

菊岡の無情な通告が、病室に響く。

 

元々は和真が依頼したこと。

 

「須郷に協力したプレイヤー達の安否を確認してくれ」と。

 

 

「…そうか。」

 

 

覚悟していた結末とはいえ、和真はゆっくりと息を吐く。

 

それは、ほんの少しの《期待》が無惨にも崩れ落ちたことを意味する。

 

黙りこむ和真に変わって、和人が改めて問う。

 

 

「菊岡、人体実験に巻き込まれた他のプレイヤーはどうなったんだ?」

 

「これから言おうと思っていたところさ。…君達が茅場晶彦を倒した後、つまり七十六層開放後にゲームオーバーとなった者達だが…」

 

 

 

「全員、生存扱いとなりこの世界への帰還を確認した。」

 

 

「…」

 

「そうか…良かった。」

 

「2人共、この事はメル君から聞いていたんだろ?」

 

「…ああ。だからこそ、最終決戦でのクライン達の《特攻》を実行出来たんだ。」

 

「…少しだけ、詳しく解説しようか。」

 

 

 

「須郷はアインクラッドでゲームオーバーとなったプレイヤー達のナーヴギアの殺人装置が起動する直前に強制的に停止。アカウントのない彼らの意識のみを強制睡眠に陥らせ、隔離空間に幽閉することで、人間の脳を使った人体実験を行っていた。」

 

「脳を使った…」

 

「人体実験…」

 

「その目的は、《人間の感情や思考を意のままに操る方法》を見つけだすこと。皮肉なことに、そうしてゲームオーバー直前でプレイヤー達を隔離していたからこそ、メル君が彼らを、そしてラスボス戦で死ぬはずだったクライン氏達を助け出すことを可能としたわけだ。」

 

 

菊岡の説明に、和人と和真は少しだけ苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

「ふん…元々あいつがいなけりゃ、七十五層で終わってたんだ。…皮肉もクソもねえよ。」

 

「まったくだ。」

 

「…ま、それもそうだね。さっきのは僕の失言だ。忘れてくれ。」

 

「それと、もう説明はいいや。菊さんのこれまでの説明で何となく分かったから。調べてくれてありがとう。」

 

「これくらいならお易い御用さ。」

 

「…あ、ごめん菊さん。も1ついいかな。」

 

「なんだい?」

 

 

 

「…ショウマの墓の場所、教えてくんねえか?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

かつての親友の墓参りを済ませ、長く続く階段を下っていく。

 

 

半分くらい来た時に、ショートカットの少女が反対側から登ってきていたので、少しだけ端により道を譲る。

 

 

『和真も律儀よね。自分と仲間を裏切った友人の墓参りだなんて。』

 

 

メルが口を開いたのは、その時だった。

 

耳にはめたワイヤレスイヤホンに、音声が届く。

 

 

「…ま、それが当然の意見だろうな。…けど、理由がどうであれ親友だったあいつを殺したのは俺だ。…ケジメをつけなきゃ、前に進めねえと思ったんだよ。」

 

『…そう。…相変わらずよく分からないわね、人間の《感情》っていうのは。』

 

 

耳元に聞こえる、メルの声。

 

聞く人が聞けば「無情だ」と非難するかもしれない彼女の意見だが、おそらくはそれが第三者からの率直な意見なのだろう。

 

皆、俺の気持ちを案じて言わないのだろうが、確実に思うであろうその言葉。

 

人でないAIであるメルだからこそ、言ってくれる意見だった。

その配慮のない物言いが、今は少しだけ有り難い。

 

 

『…それに、()()()()と会う日に、わざわざ行かなくても…』

 

「少しでも(わだかま)りはなくしたかったんでな。あとは、自身への《確認》も含めて、な。…要は、これも俺のただの《自己満足》だよ。」

 

『…そう。』

 

 

その言葉を最後にメルは黙り、何も聞いてこなくなる。

 

それは、彼女なりの配慮なのだろう。

 

「感情が分からない」と言いながら、自身に配慮してくれる相棒に、和真は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

…あの時の俺は、引くことは出来なかった。

 

 

あの世界で、あの戦場での俺とショウマは、敵として相対していた。

 

俺が躊躇い、彼をこの手で殺さなければ、俺は間違いなく死んでいただろう。

 

そうなれば、ショウマはユウキやラン、アスナさん達の元へと現れ、彼らの蹂躙に手を染めただろう。

 

 

躊躇えば全てを奪われ、躊躇わなければ相手の全てを奪う。

 

…あの時点で、俺に…いや。

 

 

()()に、選択肢は存在しなかった。

 

 

その選択が正解なのかは分からない。

 

そもそもその選択に至るまでの道が、不正解だったのかもしれない。

 

…いつまで悩もうが、いくら勉強しようが解が出てこない、最難問の問いだろう。

 

 

…けど、それでいいのだと思う。

 

 

いつまでも悩み、いつまでも彼の…唯一無二の親友の十字架を背負うことが、彼を踏み台にして《未来》を手にした、俺の《責務》であり《代償》だ。

 

 

ズキッ。

 

 

…今も残る、胸の痛み。

 

この痛みと共に、俺は生きる。

 

 

 

 

《選択》したのなら、それに伴う《責務》を果たすのは、当然のことだろう。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

 

「…」

 

 

SAOにおいて、《ショウマ》の名でいた青年…本名・浅見 翔馬の骨が眠る墓前。

 

そこに、ショートカットの少女が佇む。

 

彼女は木桶に入れた水と花を手に、その墓を見下ろす。

 

あるのは明らかに新しい墓前に置かれた花と、未だに火がつき長さの残った線香。

 

そして、墓石にも磨かれた跡がある。

 

 

少女はその瞬間に、階段ですれ違った人物を思い出す。

 

 

道を譲ってくれた、ほんの少しだけ視界に入った青年の姿を。

 

 

「…あの人…」

 

 

少女は慌てて彼の背中を追ったが…

 

 

 

 

石造りの階段に、既に彼の姿はなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「敦、明日…」

 

『パス。』

 

「…まだなんも言ってねえんだけど。」

 

『だいたい分かった。パス。』

 

「エスパーか何かかな?」

 

『いいから。()()()()()()達の迎えは俺じゃなくてお前の役目だろ、王子様?』

 

「からかうなよ。照れる。」

 

『きめぇ。』

 

「ハハハッ。…敦。」

 

『ん?』

 

 

 

「ありがとな。」

 

『なんの事だか。』

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

最寄りの駅から電車に乗って少し移動する。

 

 

目的地は、4駅先の横浜市。

 

いつもは音楽を聴きながら電車に乗るが、今日はそんな気分にはなれず、通り過ぎる風景を目に焼きつける。

 

やがて電車が止まり、駅から出て少し歩く。

 

目的地までの道のりをメルにナビしてもらいながら、人のまばらな波を進んでいく。

 

 

…そして。

 

 

「……」

 

 

ある建物の前で、足を止める。

 

広大な敷地の中に、ガラス張りの巨大な壁が正面に見える何処か新しめの建造物。

 

視線を少しスライドさせると、表札が目に入った。

 

 

《横浜市立港北総合病院》。

 

 

それが、この建物の名前だ。

 

 

「…」

 

 

眺めるのも程々に、入口を通り抜けて建物の正面玄関にあたる自動ドアに近付き、開いたら迷いなく通り抜ける。

 

比較的新しい建物の中を少し吟味して、受付に走らず、しかし確かな足取りで近付いた。

 

 

「こんにちは。如何なさいましたか?」

 

「…面会を、お願いします。」

 

「かしこまりました。面会人のお名前は…」

 

 

「紺野木綿季と、紺野藍子です。」

 

 

食い気味に放ったその名前。

 

受付をしてくれた若い看護師1人目の名前を途中まで書いたその時、なにかに気づいたように顔を上げた。

 

 

「…失礼ですが、お名前は?」

 

「…桐ヶ谷、和真です。」

 

 

俺の名前を聞いた瞬間に、看護師の反応は確かなものとなる。

 

「掛けてお待ちください」と受付前の椅子を指すと、そのまま裏の方へと消えていった。

 

俺は特に何もすることなく、椅子に座るとそのまま背もたれへと体重をかける。

 

 

…待ち望んだ時が、刻一刻と近付いている。

 

 

そんな実感が、不思議と湧いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

夢を見た。

 

 

かつて過ごした、空に浮かぶ城での生活を。

 

 

最初はあるきっかけから剣を交え、あらゆることを喋ることの出来る友人として、彼女のそばにいた。

 

親友である姉からの頼みだと言うのももちろんあったが、俺自身が彼女との関係を断つのを拒んだ。

 

やがて時間が経ち、俺と彼女は…いや、彼女達は隣に立つ戦友としてフィールドを駆け抜けた。

 

彼女達の仲間と騒ぎながらも、楽しく過ごした日々。

 

その日々は、どれだけ時間が経とうが色褪せないものだ。

 

 

…しばらくして、俺と彼女は結ばれた。

 

何回もの紆余曲折を経て、すれ違いや勘違いも挟みながら、心と心を繋げられた。

 

…俺の傍には、いつだって姉妹がいた。

 

 

 

…そうだ。

 

 

あの世界で、彼女が…彼女達がいたから、俺はーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

…目を開ける。

 

 

「…」

 

 

待ってる間に、寝てしまったようだ。

 

今日の墓参りや今現在のことを考えに考えすぎて、あまり寝れなかったのが原因か。

 

ほんの少しだけ自分の体調管理に苦言を呈しながら、ゆっくりと上体を前に…。

 

 

…ふと。

 

 

先程まではなかった、左側の席の気配。

 

特に躊躇うこともなく、横を向く。

 

そこに居たのは茶髪の女性。

 

肩甲骨あたりまで伸びた髪を、毛先の少し上でまとめて横に流し、ロビーに置いてある一冊の本へと目を落としている。

 

先程まで夢に見た少女達のどちらでもないことはすぐにわかった。

 

本人では無い。

 

だが、彼女に漂う何処か他人とは思えないその空気に、ようやく気づいた。

 

彼女が、《何者》なのかをーー。

 

 

「…おっ。起きた?和真君。久しぶり。」

 

「…お久しぶりです、恵おばさん。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

紺野恵。

 

 

木綿季と藍子の実母であり、引越し後も和真達の母・翠や父・峰高と良好な関係を築く。

 

敬虔なキリシタンでもある。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…気付いてたんなら起こしてくださいよ…眠って待たせる男になっちゃったじゃないすか、俺…」

 

「やー、気持ち良さそうに寝てたから、思わずね。相変わらず可愛い寝顔だったよ。」

 

 

ニヒッと、いたずらっ子のような無邪気な笑顔は、俺の想い人と瓜二つであり、思わず少しだけ心臓が跳ねる。

 

想い人と重なったというだけで、別に他意はない。

マジで。

 

 

「…相変わらずですね、恵おばさん。魅力はとどまらず高まり続けてるみたいですけど。」

 

「お、和真君も相変わらず口が上手いねぇ。このこのっ。」

 

 

ドスドスと指で俺の二の腕をつつく恵。

それに俺は、笑顔で返す。

 

この人には、昔から敵う気がしなかった。

 

 

「座ったままもなんだし、歩こうか。着いてきて。」

 

 

恵に促されるまま、俺は立ち上がって歩き始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

病院の廊下は、変わらず綺麗だった。

 

隅々まで清掃が行き届いていることが、よく分かる。

 

 

「和真君も大きくなったねえ。こんなに立派になって、おばさんは嬉しいよ。」

 

「あはは…ガタイだけで、中身はさっぱりですけど。」

 

「そうかい?《向こう》では娘達を守って、支えてくれてたんでしょ?」

 

「…聞いてたんですね。」

 

「うん。記憶が戻った木綿季や、責任に押し潰されそうな藍子を支えてくれてたって、2人共嬉々として話してくれたよ。…あの子たちは、君にお世話になりっぱなしだね。」

 

「…それは、アイツらが自分で頑張ったからですよ。支えられてたのは俺の方だし、俺は何も…」

 

「相変わらず控えめだね、和真君。」

 

 

振り向き、クスリと笑う恵。

 

その眼の奥には、慈愛と懐古の色が見える。

 

 

「謙虚なのは君の美徳だ。あらゆる物事に謙虚だからこそ、君には飽くなき向上心と探究心が生まれる。」

 

「…」

 

「それと同時に、謙虚なのは自信のなさへの表れ。自信が無いからこそ、君は()()()()()()()()()()。君の社交性の仮面…ペルソナとも言えるかもしれないね。」

 

 

 

「…もう長い付き合いなんだ。私達の前でくらいは、褒められたら素直に喜びなさい。」

 

 

 

「…ほんと、相変わらず変わらないですね。その《丸裸》にする感じ。…全く衰えてない。」

 

「フフッ。若者には負けられないからね。」

 

 

俺に《心理学》を教えこんだかつての師は、そう言って無邪気な笑みを浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、君がお望みの部屋だ。」

 

 

和真と恵の前には、1つの扉。

 

その上には、《無菌室》と書かれた表札。

 

恵は取っ手に手をかけると、一気に引き戸を開け放った。

 

 

 

 

中は、白い空間だった。

 

他に言い表す言葉がないくらい、白に塗り潰された空間。

 

壁や床。備え付けられたベンチまでもが、眩いまでの白色。

 

ガラスで隔てられてはいるが、向こう側もこちら側も配色は何も変わらない。

おそらく、ガラスの向こう側が治療室なのだろう。

 

だが、そんな白い空間の中でも異彩を放つ巨大な装置。

 

あれは確か治療用のナーヴギアである《メディキュボイド》とか言うやつだったか。

 

だが、確かあれは…

 

 

「…?」

 

 

と、そこまで思考したところで俺は、治療室にさらに奥の部屋があることに気づく。

 

どうやら、治療室の他にも患者が過ごせるスペースがあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和真!!」

 

「和真さん!!?」

 

「……」

 

 

 

 

直後、奥のスペースの入口から、2人の少女が現れた。

 

目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながら近付く2人をみて、和真は一瞬幻覚かと思ってしまう。

 

それほどまでに、突然の出来事だった。

 

 

「和真!和真!和真!久しぶり!こっちでも会えてすっごく嬉しいよ!!えっと、えっと…ボクのこと分かる!?あ、分かるか。えっと……大好き!!!」

 

「ちょちょちょ、落ち着きなさいって木綿季ッ。色々ごっちゃになってるから…!えっと、お久しぶりです和真さん。会いに来てくれて、ありがとうございます。会えて、ものすごく嬉しいです。」

 

「ダメダメ姉ちゃん!ちゃんとその大きい喜びを体全体で表現しないと!!ほらこう!!ものすっっっっごく嬉しい!!」

 

「こ、こう…?」

 

「そうそう、そういう感じ!!」

 

 

そう言って、ガラスの向こうで何やら腕全体を使って巨大な円を描き始めた2人。

 

その様子を見て、恵が俺の横でクスクスと笑う気配がする。

 

だが、その姿は見れない。

 

今の俺の視線は、目の前の少女達に釘付けになっていたからだ。

 

未だ何も喋らない俺に、白いカチューシャをつけたショートカットの少女が覗き込むように首を傾げた。

 

 

「…和真?どうしたの?お腹痛いの?」

 

 

「子供か俺は。」

そうツッコもうとしたが、声が出ない。

 

まるで、それよりもやるべき事があるかのように、体が拒否する。

 

俺は埒があかないと思い、足を一歩踏み出し…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ…?」

 

 

 

 

踏み出したところで、視界が滲む。

 

光が屈折し、目の前の光景が歪んだ。

 

 

「和真…?」

 

「…和真さん…」

 

 

2人が困惑の表情を浮かべた。

 

目元を拭うと、水滴が指に貯まっていた。

 

 

自分が泣いていると気付いたのは、その時だった。

 

 

「…おかしいな…なんだよ、これ…」

 

 

ようやく開いた口は、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

この世界で会えて、彼女達の笑顔を見れて、この上なく嬉しいハズなのに、その涙はとどまることを知らない。

 

何度拭っても、とめどなく溢れる雫はもう止めることが出来なかった。

 

雫を拭う動作が、5回ほど続いた後。

 

 

 

「ああぁ…ぅぁぁぁぁあああああ…ッ!」

 

 

 

俺は諦め、膝に手を付いて涙を最後まで流しきることにした。

 

2つの雫が鼻筋を通り、鼻尖で1つに交わって白い床へと落ちる。

溜まっていた何かを吐き出すように、何かは俺の目から流れる無限の雫へと姿を変えた。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

馬鹿みたいな話をしたかった。

 

何気ないことで笑いあいたかった。

 

軽口を叩いて、たまには喧嘩して。

 

彼と…ショウマと共に、もっともっと、一緒に戦いたかった。

 

 

けど俺は、親友である彼を選ばなかった。

 

選べなかった。

 

 

()()()()()()()()()()は、とっくの昔に決まっていたから。

 

 

そんな彼女達よりも大切なものなど、出来るはずがなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あの世界で。

 

 

カズマがもし万が一に、ユウキ達との繋がりよりも、ショウマとの繋がりを優先したら、彼とカズマの最終戦闘は起こらなかった()()()()()()

 

唯一無二の親友ができたことで、大切な友人が出来たことで改心し、ラフコフを抜けて、ユウキ達への大晦日の襲撃や、その他の事件も起きなかった()()()()()()

 

…そもそも。

サービス開始当初に彼とカズマが出会っていれば、彼は非行に走らなかったの()()()()()()

 

 

ただ、それらの内のどれかを選択した時。

 

 

カズマがユウキとラン、スリーピング・ナイツとここまで心を通わせることもなかった。

 

 

大晦日に起きたあの事件があり、過去を全員に打ち開けられたからこそ、彼らは次第に嫌われ者だったカズマを受け入れ、心の底から慕うようになった。

 

大晦日に起きたあの事件があったからこそユウキは記憶を取り戻し、カズマと想いを通わせることが出来た。

 

…そして、何よりも。

 

 

ユウキとランがいたからこそ、カズマはあの世界を生き延びることが出来た。

 

 

彼女達の支えがあったから、彼女達という存在がいたから俺は生き延びたと、カズマは言う。

 

それは、なんの不純物も入っていない彼の本心。

 

 

彼女達と生き延び、現実世界で会い、笑い合う。

 

それだけが彼の望みで。

 

彼の、たった一つの希望だった。

 

 

 

その代わりにショウマがなれたかどうかは、分からない。

 

なれた()()()()()()

 

だが事実として、カズマはユウキ達との繋がりを選んだ。

 

彼との絆よりも、彼女と…ユウキと、愛を育むことを選んだ。

 

 

その選択が正しかったのかは分からない。

 

 

もしかしたら、全員が生き残る可能性のあったルートを選ばなかった、間違った選択をしたと思われるかもしれない。

 

非難されるかもしれない。

 

 

…だが、和真には思えなかった。

 

 

 

彼女達が。

 

 

 

ユウキとランが、家族と笑い合える。

 

 

 

俺が、2人と笑い合える。

 

 

 

 

この光景を選択しことが《間違い》だとは…

 

 

彼にはどうしても、思えなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

涙を流す。

 

 

とめどなく溢れる雫が表すのは、自責の念、ショウマへの謝辞、そして…別れ。

 

 

楽しいことだけじゃなかった。

 

 

苦しいことも、悲しいこともあったけど。

 

 

かつての彼と紡いだ輝かしい思い出。

 

 

そんな中にいる、彼への…ドナウであった時のショウマへと手向ける、惜別の涙。

 

 

そしてショウマであった彼へと向けた、別離の涙。

 

 

先の墓前で流せなかったものを、最後まで、枯れるまで流していく。

 

 

 

「……」

 

 

 

恵は、ひたすらに涙を流し続ける和真の背中をさすり、木綿季と藍子は、そんな彼をいつまでも見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物の外。

 

 

2つ並んでいた茶色く染った葉。

 

 

その1つが、ゆっくりとその役目を終えたかのように、地へと落ちたーー。

 

 

 

 

 






自分の正しいと思う選択を、自信を持って選択していきたいですね。

まだまだ若輩者なので人生勉強中ですが笑

PS.紺野家の親の名前は完全に創作です☆
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。