ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜   作:誠家

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この話に書かれた情報を鵜呑みにするのだけは遠慮してくださいね。

あくまでも創作ファンタジーなんで笑


あと、前話と今話の温度差で多分グッピーが死にます笑


あと、長いです。



第7話 将来の話

 

 

 

「…ごめん、取り乱した。」

 

 

いきなり涙を流してしまった後、和真は全てを出し切る直前に心を落ち着け、何とか涙を止めた。

 

未だに目元が赤く、鼻を鳴らす和真に、しかし3人は優しく微笑みかけた。

 

 

「んーん。別にいいよ。和真の泣き顔見れたの久しぶりだし、得した気分。」

 

「確かに、なかなかないものを見れたわね。」

 

「和真君をイジるネタがまた出来た。」

 

 

…いや、3人の悪魔の微笑みだった。

 

ひくりと、顔が引き攣る。

 

 

『安心しなさいユウキ、ラン。和真の泣き顔動画はバッチリフォルダに保存しといたわ。』

 

「わあ!ありがとうメルちゃん!また後で見せてね!!」

 

『これでいくらでもゆすれるわね。』

 

「今すぐ消せ。」

 

 

悪魔は、4人居た。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ま、冗談はさておき。和真君もようやく2人に泣き顔をさらせるようになったってことよね。良かったわ、2人が《本当に》信用されるようになって。」

 

「…別に信用してなかったわけじゃ…」

 

「和真君って無駄にカッコつけたがるから、この子達の前で涙なんて流したこと無かったでしょ?それを流すようになったんだから、『その程度で離れない』っていう信用が出来るようになったってことよ。」

 

 

ズバズバと繰り広げられる恵からの言葉の雨に、和真は顔を顰めるしか出来ない。

 

全て、的を射ているからだ。

 

 

「…だからその俺の内面丸裸にするのやめてくださいって。小っ恥ずかしい。」

 

「ははは。和真君は反応がいいから、ついついいじめ過ぎちゃうね。よしよし。」

 

 

言いながら和真の頭を撫でる恵。

 

ここからどう展開しようが負けるのが分かっているので、されるがままになる和真。

 

そんな2人のことを見ながら、ワナワナと木綿季は震えていた。

 

 

「か、和真が浮気してるー!!」

 

「おいコラやめろ人聞きの悪い。」

 

「和真が恋人の母さんに撫でられてデレデレしてるー!!」

 

「してねぇよ。」

 

「鼻の下伸びてたもーん!!」

 

「伸びてねぇ。」

 

「さっき笑いかけられてドキッとしてたしー!!」

 

「なんで知って……………あ。」

 

 

失言だった。

 

和真が口を塞ぐのも、もう手遅れ。

 

木綿季は涙目で、プルプルと身体を震わせながら和真を見上げながら睨みつける。

 

…そして。

 

 

「わーん!!和真の熟女好きムッツリスケベー!!」

 

「おいこら待て!病院で変なこと口走るな!!誤解だよ!!藍子からも何か…!」

 

「和真さん…最っ低…」

 

「ゴミを見る目!?」

 

「あははは!3人とも本当に仲がいいね!」

 

「これを見てそう思えるなら大したもんですね!?ちょっと待て木綿季!!誤解なんだってば!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふぅん。つまり和真は、母さんの笑顔がボクの笑顔に似てたからドキッとしたと、そういうことなんだね?」

 

「そうそうその通り。なんの下心もございません。」

 

『ドキッとした時点で下心しかないわよね。』

 

「シャラップ。」

 

 

要らないことを言うメル。

 

俺はすかさずスマホの音声をミュートにする。

 

彼女が最も嫌うやり方だが、この際仕方あるまい。

 

 

「姉ちゃんどう思う?」

 

「うーん、確かにその信憑性は高いわね…和真さんはどちらかと言うとロリコン寄りだし。」

 

「違うよ?真っ当に普通の女性が好きだよ?」

 

「でも木綿季も私も、女性として魅力的な肉体はしてませんが。」

 

「それはお前らだからだよ!本当は普通になんか、こう…発達してる人が好きなの!!」

 

「わーん!!和真のおっぱい星人!!」

 

「最っ低ですね。」

 

「どうしろと!?」

 

 

理不尽すぎて先程とは別に涙目になってきた和真。

 

そんな彼らの様子を見ながら、限界ギリギリ何とか笑いをこらえている恵の姿が視界の端に映る。

 

 

「和真なんか…和真なんか…!直葉やアスナにおっぱい揉ませてもらえればいいんだー!!」

 

「実の妹と義理の姉にそんなん頼めるかー!!あ、こら待て木綿季!!」

 

 

とんでもないことを捨て台詞にしながら、奥のスペースへと逃げていく木綿季に手を伸ばす和真。

 

そんなことお構い無しに、木綿季は奥へと逃げていった。

 

その様子を見ながら、とうとう恵が吹き出した。

 

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッ!あー、面白っ。3人とも最高だよ。」

 

「…こっちは笑い事じゃないんですけどね。」

 

 

不貞腐れるように呟く和真。

 

彼はそのまま、ジロリと藍子の顔を見る。

 

その顔には既に、先程までのゴミを見る目はなくなっていた。

 

代わりに、顔を背けてプルプルと震えている。

 

 

「…おい、確信犯。お前のせいでさらにこじれたんだが?」

 

「…さあ、何のことでしょうか。私は何mブフッ!」

 

「誤魔化すなら最後までやりきれよ!!」

 

 

誤魔化しを試みて呆気なく失敗した藍子。

 

思わず和真も声を上げた。

 

笑いながら少し涙目になって「ごめんなさい…」と、楽しそうに藍子は呟く。

 

 

「ったく、どっと疲れたぜ…」

 

「けど、少しは元気出たでしょう?和真さん。」

 

「……」

 

 

チラリと、恵を見れば同じような笑みを浮かべる。

 

こういうところだ。

 

こういうところがあるから、この親子は憎めない。

まんまと掌に乗せられて、けど嫌な思いはさせないこの親子の気遣いが…

 

 

 

今は、たまらなく有難かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「すみません、お待たせ致しました!」

 

 

少しして、無菌室の和真達がいる方へ1人の闖入者。

 

白衣を着て眼鏡をかけた男性が現れる。

 

少し急いできたのか肩で息をする彼が誰か、和真には分からない。

 

 

「あ、倉橋先生。」

 

「倉橋先生、お疲れ様です。」

 

 

恵と藍子が口々に言うことで、彼が彼女達の主治医であることに気付く。

 

倉橋と呼ばれた医師は呼吸を整えると、目の前の俺を見据える。

 

 

「君が、桐ヶ谷和真君ですね。お噂はかねがね…。僕はこの病院で医師をしております、木綿季君と藍子君の主治医の倉橋というものです。どうぞよろしく。」

 

「あ、どうもご丁寧に…」

 

 

差し出された手に握手を返すと、倉橋は爽やかな笑みを浮かべた。

 

 

「少しだけお話をしたいので、外で大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。全然もう。」

 

「私も行こ。」

 

 

倉橋に促され、和真と恵が無菌室の外へと出た。

 

 

「藍子、木綿季へのフォロー頼む。」

 

「しょうがないですねぇ。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうぞ。」

 

 

倉橋によってテーブルに置かれる黒い液体の入った2つの紙コップ。

 

和真と恵はそれをお辞儀しながら受け取る。

 

 

「失礼ですが、なんとお呼びすれば良いでしょうか。」

 

「あ、僕のことは下の名前で…もっと砕けた話し方で大丈夫です。」

 

「それでは和真君と…まずは、ご足労かけて申し訳ない、和真君。君に少し、話しておきたいことがあるので、こちらに呼ばせていただきました。」

 

「話したいこと、ですか。」

 

 

「木綿季君達と、君のことです。」

 

 

「…俺の…」

 

「まず和真君。君は彼女達に9月の段階から面会の要請を出していたと、僕の耳には入っているんですが合ってますか?」

 

「はい。僕が病院から外出が許可されたのがその時期だったので。…ただ、『指定された患者が面会可能ではない』と、面会は断られました。」

 

「その時は経験の浅い看護師が対応したことにより、君の名前を聞かずそれだけの情報しか与えず、申し訳ありませんでした。実は木綿季君と藍子君から、『桐ヶ谷和真という人から面会の要請があれば、自分達の容態を説明して欲しい』という要請はあったんです。それなのにそのような対応をしてしまったこと、この場で謝罪させてください。」

 

 

そう言って頭を下げる倉橋。

 

それに和真は頭を振る。

 

 

「謝ってもらわなくて大丈夫です。あの時は2人を心配する気持ちが強かったですが…今はああして、2人の元気な姿を見れたので気にしてないです。」

 

「そう言っていただけてありがたい限りです。これからも、新人の指導に力を入れていきます。…当時の彼女達は数値は安定しているものの、君と会うことで精神的な変化が起こり、それによって容態が悪化する可能性もあったので、お断りさせていただいたんです。」

 

 

なおも頭を下げる倉橋に対して、和真はどちらかと言えばむず痒い気持ちだった。

 

実際、特段気にしてなかったのだ。

 

そりゃ最初は心配で寝れない日もあったが、今の元気な彼女達を見たら、そんなことはどうでもよかった。

 

 

「それより、木綿季達の今の容態はどんな感じなんですか?何か悪化したとか…?」

 

「ああいえ、そういうわけではないんですよ。現実世界に帰還した当初は、しばらくの間向こうにいた影響で数値が不安定になっていた時もありましたが、今ではかなり安定してきています。おそらく、年内にはあの無菌室から出てのリハビリを行えると推測しています。」

 

「…それが僕に伝えたいこと、ですか?」

 

「正確には、少し違います。今日お越しいただいたのは《今》ではなく、これから起こるかもしれない《未来》の可能性について、お知らせすることがあったからです。」

 

「…未来、ですか。」

 

「木綿季君達から和真君は医療系に進もうとしていると言うことは聞いています。失礼ですが、今の君の持つ知識はどのくらいか分かりますか?」

 

「SAOに巻き込まれるまでのものでいいですか。」

 

「はい。」

 

 

倉橋の返答を聞くと、和真は少し考えるように腕を組み、天井を見上げた。

 

数秒後、体勢を直す。

 

 

「ざっとだと、解剖・生理学はあらかた終わって、関係あるか分かりませんが心理学もかじった程度なら分かります。ただ、広く浅くやっている可能性はあるのでどこまで深く、専門的に出来てるかはわからないです。」

 

「なるほど…帰還してから今日までは進めていないんですか?」

 

「はい。さっき言った単元の復習をしてたら退院の日になっちゃったので…。退院してから今日までは新しいとのもしてますが、理解するまでは行ってないです。」

 

「そうですか…」

 

 

 

「さすがにSAOの世界にも、()()()()売ってなかったですから。」

 

 

 

「…ちょっと待ってください。」

 

「はい?」

 

「今、()()()()と、言いましたか?」

 

「?はい。」

 

「まるで医学書以外は売っていたと言うような口ぶり…」

 

「はい。医学書というか、現実にあるような各分野の専門書はさすがに売ってませんでした。ただ、()()()()()()()()()()()()()なら、SAO世界の書店に並んでましたよ。」

 

「…!?」

 

 

これには、医者である倉橋も驚愕に包まれる。

まさか、デスゲームであるSAO世界で、現実の教科書が売られているなど、思いもしなかった。

 

 

「…ちなみに、どこまで進みましたか?」

 

「えー、終わらせたのがだいたい無限等比級数とか複素数の極形式とかでしたかね。向こうの教科書、何年生の分野とか書いてなかったんで最初からやってましたけど。」

 

 

少し笑いながら答える和真と相対的に、考え込む倉橋。

自身の記憶が正しければ、彼のやっていた範囲は、現役の高校三年生が丁度今やっているくらいの範囲だ。

 

それを、中学一年生で閉じ込められた彼がデスゲームの中でこなしていたと言う。

証拠なしでは、にわかには信じ難い話だった。

 

 

「和真君はSAO攻略の要である《攻略組》に所属してたんですよね?一体どこに、勉学へ費やす時間が…?」

 

「もちろん攻略終わった後ですよ。早上がりの日もあったんで、多くて一日3時間くらいは取れましたし。おかげで、3人組の中では1番レベル低かったですけどね。」

 

「でも、分からないとこもあったんじゃ…」

 

「その時は…こいつに教えて貰ってました。」

 

 

和真はスマホを取り出す。

 

ピロンッ

 

画面がついた瞬間、モードが切り替わる音。

 

 

『和真のお目付け役兼家庭教師AIのメルよ。SAOではこいつの保護者だったわ。』

 

「保護者かどうかはともかく、こいつに家庭教師してもらってました。おかげでこいつに会ってからはスイスイ進めましたね。」

 

「……」

 

 

倉橋にはもう、否定する材料がなかった。

 

信頼するしかないほどまでに、彼の言葉の全てに、根拠が存在していた。

 

 

「メルと出会う前は、高一の範囲までなら網羅してた人がいたんで、その人にたまに教えて貰ってましたね。」

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「くしゅんっ!」

 

『風邪か?アスナ。』

 

「あ、ううんごめんねキリトくん。大丈夫。」

 

『寒くなってきたし、俺も気をつけないとな。』

 

「そうだね。風邪ひいたら、看病行ってあげるから。」

 

『…ちょっと風邪ひきたくなってきた。』

 

「もう。」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…木綿季君達が、君を評価している理由がかなり分かったような気がしますよ…」

 

「アイツらはお人好しなんで、お世辞が上手いんですよ。」

 

「卑屈。」

 

「うるさいです。」

 

 

恵の「謙遜」を刺々しく言い換えた言葉を、和真は一蹴した。

 

 

「今日和真君に本当に言いたかったのは、この後からなんです。」

 

 

倉橋は眼鏡を指で少し上げる。

 

 

「和真君。木綿季君や藍子君、そこにいらっしゃる恵さんの体内にいるウイルス…《ヒト免疫不全ウイルス》は、一概に1つの種類ではないことは知っていると思います。」

 

「はい。」

 

「ウイルスは増殖や感染を繰り返す中で、徐々に変異していく特性を持ちます。何百年経っても変化していないウイルスは、かつての中世ヨーロッパや世界中を震撼させた、ペスト菌くらいです。」

 

「…」

 

「我々医者や科学者の方々がワクチンや対処を確立しても、それをすりぬけるように、ウイルスは進化を続けていきます。…まるで、我々人間のように。」

 

 

それは、和真も知っていた。

 

変異の1番身近な例で言うと、かつて世界的な大流行を起こした、インフルエンザウイルス。

 

先程の倉橋の話とは少し違うかもしれないが、あのウイルスもかつては鳥のみに感染していた《鳥インフルエンザウイルス》が、数十年に一度の頻度で起こる《フルモデルチェンジ》の変異により、ヒトに感染することが出来る《新型インフルエンザウイルス》へと変異したのが始まりだった。

 

 

「現状、木綿季君達の体内にいるエイズウイルスは通常型…薬物治療である抗レトロウイルス療法の効くタイプのものです。恵さんが無菌室でなく、この場にいるのがその証拠。」

 

「なら、なんの問題が…」

 

 

「…今、長年の薬物治療により、抗ウイルス薬の効き目が弱くなっている事例が多発しています。」

 

 

「…ッ…」

 

 

それは、和真もこれから先の未来で危惧していることだった。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

そもそも、抗レトロウイルス療法は今からおよそ30年前、1996年頃に導入された治療法だ。

 

その概要は基本的には、抗ウイルス薬を決められた量服用していく薬物治療である。

 

当然、患者によっては薬の副作用が出ることもありそれに苦しめられた人達もいるだろうが、ここ最近はその点もかなり改善されて、死亡率も昔よりは急激に下がっている。

 

 

ただ、それはあくまでも薬が効いている間でのこと。

 

今体内にいるウイルスが、長年服用し続けたことにより薬への耐性を獲得…《薬物耐性型》へと変異した瞬間、現在の人類に打つ手は残されていない。

 

それこそ、死を待つしか出来ることはなくなる。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…それは俺も、危惧はしていました。そのためにエイズウイルス自体を殺す特効薬を作ろうと、この道に行こうと決めたんです。」

 

「はい。その事も木綿季君達から聞いています。…ただ。」

 

 

「現状として、この日本でそれについて学べることは少ないと言わざるを得ません。」

 

 

「…」

 

 

今、日本にいるエイズ患者はざっと2000人ほど。

 

これは世界的に見ればかなり低い数値であり、事実、世界全体で見ればエイズの患者はおよそ4000万人ほどが存在している。

 

研究対象の少ない日本の研究が遅れてしまうことは、必然とも言えた。

 

 

「…そこで、僕から1つ提案です。…和真君。」

 

 

 

 

「僕と一緒に、アメリカへ留学してみませんか?」

 

 

 

 

「…はい?」

 

 

その《提案》は、いくら和真でも読めなかった。

 

あまりの急展開に、彼の脳もついていけない。

 

 

「ちょっと待ってください…え?留学?」

 

「はい。」

 

「いやいや、僕まだ中卒すらしてないんですけど、大丈夫なんですか?というかそんなんどうやって…」

 

「先程も言いましたが、日本のエイズ患者はそこまで多くありません。つまり必然的に、エイズウイルスについて扱える医者もそこまで多くないんです。そのような理由もあって、運良くまだ若輩の僕に、アメリカへの留学という話が先日舞い込んできました。和真君には付き添い…僕の手伝いとして着いてきて貰おうかと。」

 

「そんなん可能なんですか?」

 

「付き添いを選ぶことに大した決まりはありません。あくまでも医者である僕の秘書のようなものなので、その医師に選定は委ねられています。…当初は後輩の医者を連れていこうと思っていましたが、彼にも患者さんがいますからね。あまり、連れていきたくはないんです。」

 

「……」

 

「留学期間は、1年間。…どうします?」

 

 

 

和真は、イスにもたれかかる。

 

まだ、頭が整理できてなかった。

 

 

「…答えを焦って、今出さなくていい。和真の未来は、まだまだ無限大なんだからね。じっくり考えなさい。」

 

 

恵が立ち上がり、和真の肩を軽く叩く。

紙コップをゴミ箱に捨てながら、休憩室を後にする。

 

やがて倉橋も立ち上がって、少しカズマに笑いかけるとそのまま休憩室を後にした。

 

和真は紙コップに入った、もう冷めてしまったコーヒーを飲み干す。

 

 

「…唐突過ぎて困るわぁ……」

 

 

天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

話を終えた後に10分ほど考えて、結局答えを出せなかった後、和真は無菌室へと戻る。

 

倉橋医師は既に勤務へと戻ったのか、そこにはいなかった。

 

いたのは藍子、恵…

 

 

「木綿季が戻って来てないんだが。」

 

「まだ拗ねちゃってるみたいですねー。」

 

 

笑う藍子に、和真はため息を少し。

 

 

「あーあ。和真君のせいで木綿季が拗ねちゃった。今頃体育座りしながら膨れっ面でいじけてるのが目に見えるよ。」

 

「俺も同じ想像してましたよ。…ちょっと行ってきます。」

 

「はい。頑張ってください。」

 

「いってらっしゃい。」

 

 

2人に見送られながら、俺は隣の部屋へと移動する。

 

そこは景観としては隣の治療室と同じだった。

 

少し違うのは、こちら側にはベンチがない代わりに仮眠用のベッドがあり、ガラス張りの向こうには人が生活出来るような空間が整備されている事だ。

 

テーブルに椅子、2段ベッド。

さらに奥には風呂場らしきものもある。

 

 

…だが、木綿季の姿は、その中のどこにも見当たらない。

 

 

強いて言うなら風呂場の扉の向こうだろうが、長年の経験からこういう時の彼女は、俺が見つけられる所に居る。

 

視線の先を遠くから、どんどんと近づけていき…

 

 

「いた。」

 

 

和真は1番手前。

 

入ってきた扉からもっとも近い壁の角に、体育座りしながら膨れっ面を作る、白いカチューシャを着けたショートカットの少女を見つけた。

 

その目には、未だに小さな雫が浮かんでいる。

 

 

「木綿季。」

 

 

呼びかけられてピクリと反応を示すが、彼女はプイッと目をそらす。

 

俺は少しだけため息をついた。

 

こういう時の木綿季は、テコでも動かない。

 

なら、俺が取るべき行動は…

 

 

「おいしょっと…」

 

「…ッ」

 

 

俺はユウキのすぐ後ろというか、上。

 

透明な板に背中を預け、腕を組む。

 

 

 

訪れる、静寂。

 

 

 

………

……

 

 

「…和真。」

 

「ん?」

 

「…アメリカ、行くの?」

 

「…」

 

 

倉橋医師から、既に知らされていたのか、それとも母親の恵から聞いたのか。

 

それは分からなかったが、丁度いい機会だった。

 

 

「どーすっかなと、思ってる。そりゃ行けばこれ以上ない経験も出来るし、将来的にも役には立つだろうな。」

 

「……」

 

「けど、折角現実に戻ってきたことだし、もっとゆっくりもしたいなあと思ったりな。」

 

「……」

 

「かまってちゃんなお姫様もいることだしな?」

 

「…ふん。」

 

 

からかうと、木綿季はまたそっぽを向いてしまった。

 

その様子に、和真は楽しげに笑う。

 

 

 

「…木綿季は、どうして欲しい?」

 

「え…?」

 

 

 

予期せぬ問いに、木綿季は思わず顔を向けてしまった。

 

その目には、腕を組んでもたれかかる青年の背中が映り込む。

 

 

「正直さ、これまでにないスケールのデカい内容の選択で萎縮してんだよ。情けねぇことにな。」

 

 

和真は、そう言って笑う。

 

木綿季の目には、彼がどういう顔をしているのか見えない。

 

木綿季は、言葉に詰まってしまう。

 

 

 

…その時。

 

 

 

ピンポーン

 

『面会終了時刻の時間です。院内にいる…』

 

 

 

「…もうそんな時間か。それじゃ、俺もそろそろおいとまするかね。」

 

 

そう言って、和真はゆっくりと体重を前に戻して立位の体勢に戻る。

 

 

「じゃ、木綿季。また来るわ。さっき俺が聞いたことも、わざわざ焦って答える必要ないならな。」

 

 

和真はそう言って、出口の取っ手に手をかけた…

 

 

 

「和真…」

 

 

 

木綿季は、思わず立ち上がる。

 

和真は反射的に彼女を見た。

 

呼び止めたものの、木綿季の口からは言葉が出ない。

 

思わず呼び止めてしまったが、彼女の頭には彼へとかける言葉が未だにまとまっていなかった。

 

 

黙り込む木綿季を見て、和真は何も言わない。

 

…少しして。

 

 

「…またな、木綿季。」

 

「…うん。」

 

 

和真は笑いかけて、白い部屋を後にした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

和真が帰った後。

 

 

夕食を済ませ、風呂に入った後も、木綿季はベッドの上に座り込み、考え続けていた。

 

あの時の、和真からの問い。

 

自分はどう返せばよかったのか。

どう答えれば彼のためになるのか。

何故呼び止めたのに、何も言えなかったのか。

 

そんな、自問自答を繰り返していた。

 

 

「まだ悩んでるの?」

 

「…姉ちゃん。」

 

 

木綿季より一足遅い入浴を済ませ上がってきた藍子は、タオルで長めの髪を拭きながら木綿季のベッドに近づく。

 

ちなみに、2段ベッドの構成は木綿季が上で藍子が下だ。

 

 

「何をウジウジ悩んでるのよ。木綿季らしくもない。…ま、でも。和真さん関連になると弱気になるのは、昔っから変わらないか。」

 

 

そう言って、ぽんぽんと木綿季の頭を叩く。

 

その時間が、少しだけ愛おしい。

 

 

「…姉ちゃん、ボク…なんて答えてあげたら良かったのかな。」

 

「…それを私に聞くの?」

 

「…ボク、和真と一緒にいたい。でも、和真の将来の重荷にはなりたくない。…何が和真のためになるのか、分からない。」

 

 

「私にも分からないわよ、そんなの。」

 

 

「え…?」

 

「いくら多少人より勘が良いと言っても、私も未来が見えるわけじゃないし、何が和真さんのためになるかは分からないわよ。木綿季が今まで和真さんにしてあげたことで、1つでも計算してしたことあった?」

 

「うッ…」

 

 

いつも行き当たりばったりでしょ、と。

 

鋭い言葉が投げ掛けられた。

だが、事実だった。

 

 

「じゃあ、どうすれば…」

 

「あなたの気持ちを、素直に和真さんにぶつけるしかないでしょ?それが木綿季のやってきたことで、和真さんを支えてきた要因なんだから。」

 

「ボク、上手く言えるか分かんないよ?」

 

「SAOであなたがそんな小難しいこと考えてたようには思えないけど?変に考えず、自分がどうしたいかをもう一度考えて、それに従って行動しなさい。」

 

 

「それが、《あなた達》でしょ?」

 

 

「…そっか。」

 

 

木綿季は何処か納得したような表情で、コクリと頷いた。

 

 

「ありがとう、姉ちゃん。」

 

「いいから、早く伝えてあげなさい。」

 

「うんっ。」

 

 

木綿季は足早に、隣の治療室へと向かう。

 

藍子はタオルを首にかけながら、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「…ほんと、世話が焼けるんだから。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

病院から帰宅した後、飯を食べ、風呂から上がり、和真は自身の部屋のゲーミングチェアに座ってから、ため息を1つ。

 

あの時。

 

なんであんなことを木綿季に聞いたのか、自分でも分からなかった。

 

いつもはどんなことだろうと、《やってみなけりゃ分からん》の精神で、即決することなのだが…

 

 

「…木綿季のやつ、小難しく考えすぎてなきゃいいけど。」

 

 

少し、苦笑する。

 

自分で作ってしまった題ではあるが、木綿季の性格上、普段はしない悩み方を延々としてそうで、少し心配だった。

 

今の彼女は身体を気遣わなくてはならないから、尚更だ。

 

 

「…」

 

 

壁にある時計を見ると、既に短針は11の文字を指している。

 

今日眠れなかったことも考えて、もう就寝する時間だろう。

 

 

「メル、アラーム頼んだ。」

 

『…』

 

 

ミュートで黙らせたことを、まだ拗ねているようだ。

 

スマホを操作してアラームの設定をしてから、布団の中に…

 

 

〜♪

 

「?」

 

 

途端に、スマホが鳴りだす。

 

アラームをセットし間違えたかと思ったが、目覚ましに使っている曲とは違うもの。

 

ーー着信音だ。

 

 

スマホの画面を見ると、あるのは知らない電話番号。

 

 

「…誰だ?」

 

『…倉橋って医者の携帯からかけられてるわ。』

 

 

俺の問いに呼応するような少女の声に、和真は笑う。

 

 

「メル、機嫌直してくれたのか?」

 

『あと半日は許してやんないから。いいから、さっさと出なさい。』

 

「ああ。」

 

 

だが、倉橋医師から電話とは、どういう用件だろうか…。

 

まさか、木綿季達の身になにか…?

 

 

ピッ

「はい。桐ヶ谷です。」

 

『………』

 

「?あの…」

 

『…和真?』

 

「木綿季?おま、どうして…?」

 

『話したいことがあったから、先生に携帯電話を借りたの。』

 

「あ、ああ…なるほど。」

 

『…和真さ、ボクに聞いたよね。「木綿季はどうして欲しい」って。』

 

「お、おう…でも、そんなに焦らなくても…」

 

『ううん。もう決めた。ボクが和真に求めること。』

 

「…」

 

 

 

『ボクは、和真に自由に生きて欲しい。』

 

『ボクや姉ちゃんに縛られることもなく、自分の未来を生きて欲しい。』

 

『ボク達のことなんか気にせず、自分の道を真っ直ぐに突き進んで欲しい。』

 

 

 

「木綿季…」

 

『…それが、ボクの答え。ボクが、君に望むこと。』

 

「……ハッ。」

 

『…和真?』

 

「難しいこと言ってくれるよなぁ。…俺がお前らのことを気にしないで生きるなんて、無理に決まってるだろ。」

 

『…和真…』

 

「…けど、うん。ありがとうな、木綿季。」

 

『…!』

 

「おかげで、迷いが消えた。」

 

『…旦那さんの背中を支えるのは、奥さんの役目だからね。』

 

「ああ。…俺も、お前の背中ぐらいならいつだって支えてやるよ。」

 

『…和真。』

 

 

 

 

『大好きっ。』

 

「俺もだよ。」

 

 

 

 

『…じゃあ、おやすみ和真。また来てよね。…待ってるから。』

 

「ああ。おやすみ、木綿季。」

 

 

ピッ

 

 

 

「おぉーっし!やるかぁ!!」

 

 

和真はそう言うと、スマホを残して部屋を出る。

階段を駆け下りる音が、メルの聴覚へと届いた。

 

 

『母さーん!俺来年からアメリカ行くから!!』

 

『はぁ!?和真あんたいきなり何言ってんの!?』

 

 

一気に喧騒が広がる桐ヶ谷家のリビング。

 

和真のスマホの画面が光り、待ち受けの画面が表示される。

 

 

その画面の中では、3人の女性と1人の青年が、白い部屋の中で、笑みを浮かべていたーー。





急展開が好きな作者、ワイ。"(ノ*>∀<)ノ
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