「や、和真君。御足労かけて悪かったね。」
「よ、菊さん。しばらくぶり。」
東京都内の、とある建物。
その広い正面玄関の前で、2人の人物が片手を上げながら軽い挨拶を交わす。
「和真君、どこかまた体が逞しくなったかい?」
「ああ、週2くらいでジム通いしてるからな。それ以外は自重でそこそこしかしてないけど。」
「はは〜。やっぱアスリートは違うねぇ。僕も運動しなきゃなんだよな。」
「んな事言って、菊さん、なんだかんだ体は割とガッチリしてるじゃん。」
「確かに走ったりはしてるけど追い込んだりはしてないからね。最近歳のせいかお腹も…」
「それは甘いもの食べ過ぎなんじゃね?」
「そうとも言う。」
眼鏡にスーツ姿の男性と、ジャンパーにTシャツ・ジーパン姿の青年が仲良く談笑する姿に、周りを行き来するスーツ姿の大人達も不思議なものを見るような目で見つめた。
「さて…和真君、準備は大丈夫かな?」
「当然。この日のために努力は惜しまなかったからね。」
「そう言えることが既に素晴らしいな。…それじゃ、行こうか。」
「
「…その言い方、なんかカッコイイけど、そこまで大層な事でもなくない?」
「ふふ、すまない。つい癖でね。」
ーーーーーーーーーーーーーー
「菊岡さん、お待ちしておりました。」
「や、香苗くん。和真君、こちら文部科学省の
「はじめまして。桐ヶ谷和真といいます。今日はよろしくお願いします。」
「ご紹介にあずかりました。文部科学省にて職員の方をさせていただいております、樋口香苗と申します。以後お見知り置きを。」
そう言って両手で差し出される名刺を、和真も彼女に習って両手で受け取る。
「あ、どうもご丁寧に…」
「彼女は僕の大学時代の後輩でね。」
「あ、そうなの?」
「そうそう。時間があれば彼女との大学時代の思い出を話してもいいんだけどね。」
「絶対やめてください菊岡先輩。」
ジロリと頭1つ分背の高い菊岡にドスの効いた視線を向ける香苗。
その視線にもケラケラと笑いながら、「ごめんごめん」と菊岡は謝罪を述べる。
「ここから先は菊岡さんに変わり、私がご案内させていただきます。どうぞこちらへ。」
「あ、ありがとうございます。」
「それじゃ、僕は業務に戻らせてもらうとするよ。また終わる頃に迎えに来るから。」
「あ、うん。菊さんもわざわざありがとう。」
「なに、これくらい安いもんさ。」
そう言って笑い、手を振って遠ざかっていく彼の姿を見送ってから、香苗は「じゃあ行きましょうか」と和真に話しかけた。
「桐ヶ谷様、本日ここに来ていただいた理由を今一度確認させていただきます。」
「はい。」
「桐ヶ谷様が『横浜市立港北総合病院の倉橋医師に打診されている、アメリカの大学への留学について行かれる』というお話を受け、大学側からも条件付けがありました。」
「…」
「当初は《お付は倉橋医師の裁定に委ねる》との事でしたが、今回の留学は大学側からの援助もある事で実現しているもの。そのため、《まだ日本の義務教育すら終えていない子供》を連れてくるとなれば話変わる、というのが大学側からの言葉です。」
「なるほど。」
「遠回しに言っても伝え漏れがある可能性があるため、文書をそのままお伝えさせていただきました。気分を害してしまったなら、申し訳ありません。」
「お気になさらず。それが当然の反応ですよ。むしろ俺みたいなガキが、こういうチャンスを貰えてるだけありがたいってもんです。」
歩きながらかけられる香苗の言葉を、和真は笑って受け流す。
「…心がお強いんですね。」
「んー、まあ
「ええ。…あなたのご年齢で義務教育を終えてない理由は、考えずとも想像がつきますから。」
「話が早くて助かります」と和真は尚も笑う。
その様子を見ながら、香苗は1つため息をつき、目の前にある黒色の扉を押し開けた。
「…大学側から受けた条件は一つ。」
「
開かれた扉の奥。
明かりが灯された大きな部屋の真ん中に設置された1つの机が、異様な存在感とこれから始まる出来事が如何に《特別》かを物語る。
「…我が国の《SAO事件》は今や世界中に広がっている、この国最大の監禁殺人事件です。当然大学側もそれを周知の上で、この条件をつけてきました。」
「なるほど。」
「『貴重な3年間をたかがゲームで潰されてしまった一介の学生に、自分達の学び舎の門をくぐるだけの《知識》があるのか。』……要は、そういう事っすね?」
「………」
和真の言葉に、香苗は肯定も否定もしない。
あるのは、ただただ流れる静寂のみ。
その静寂を肯定と、和真は受け取る。
「上等。」
ニヤリと、和真は不敵に笑う。
少し穏やかなその表情の奥で、心の中はフツフツと静かに煮え滾っていた。
かつて居た世界で、《向けられた敵意》と《売られた勝負》の全てを受けてきた和真。
その闘争心が、誰も意図せぬ形で擽られる。
「っし、準備完了。…んじゃ、香苗サン。お願いしていいっすか?」
「…かしこまりました。」
香苗は和真の「準備OK」の合図と共に、扉の奥へと消えていく。
彼女と入れ替わるようにスーツ姿の男性が答案用紙と問題用紙を、和真の座る机に準備する。
準備係なのであろう男性が部屋を後にすると、今度こそ部屋には和真1人が残る事となる。
「……」
訪れる静寂。
…チッ…チッ…チッ…チッ…
時計の秒針が時を刻む音だけが部屋に響く。
…その雰囲気は、かつて彼が…いや彼らが目を覚ました病室を想起させ、不思議と落ち着いた。
…その中で、煩く跳ねる心臓が1つ。
「緊張…はしてるな。そりゃ。」
けたたましく鳴る心臓のある場所に手を当て、和真は笑った。
ここまで心臓が跳ねる経験をしたのは、少なくともアインクラッドから解放された後では初めてではなかろうか。
木綿季や藍子と再開した時は…正直覚えていない。
だがあの時も凄まじい緊張をしていたとしても、今の緊張はあの時のそれに匹敵するだろう。
だからこそ、いい。
「これくらいの緊張感はなくちゃな…」
ビーーーッ!!!!
和真の声に呼応するように、目の前に用意されたデジタルの大型ストップウォッチのスピーカーから音が鳴り響く。
その瞬間に、50:00にストップウォッチの数字が設定される。
『ただ今より、特別措置における《高卒認定試験》を始めます。制限時間はそれぞれの教科にて50分。テスト後の質問・解答の訂正は受け付けません。…何かご質問はありますか?』
「ありません。」
『承知しました。それでは、只今よりテストを開始いたします。…桐ヶ谷様。』
「?はい。」
『…ご武運を。』
「…あざす。」
『…それでは、始めっ!!!』
「それが、数週間前の出来事っすね。」
白い壁を背にソファに座りながら足を組み、手を広げてそう言う和真。
その隣には、同じく白い壁を背に、腕を組んで立つ女性。
紺野 恵。
木綿季と藍子の実母。
「…なんというか。相変わらず破天荒な人生送ってるよねぇ君は。」
「自覚はあります。」
恵の呆れた笑みに、和真も苦笑を浮かべた。
「まあ高卒認定試験自体は16歳以上なら受けれるから、この年齢で受けること自体は珍しくもないのかもしれないですけどね。」
「そっか、和真君ももう16歳なんだったね。遅くなったけど、おめでとう。」
「あざす。」
「…ま、和真君の言うとおりだとしても、なかなか中学校すら卒業してない段階で、高卒認定試験受ける子は少ないんじゃないかな?しかも中学1年の修了すらしてないのに。」
「ですかねー。ま、にしても特例とはいえこのクソ忙しい時期にガキ1人のために、わざわざ人員割いてくれた文科省のお偉いさん方には、感謝しかないですね。」
和真はそう言って、朗らかに笑った。
それは何一つ嘘のない、屈託のない笑顔。
嫌味も何も無い、純粋な感謝。
恵はそれに笑みを浮かべる。
「それは、君が選んだ道が正しかったからさ。君が選び、《選択》した道で培ってきた人達との信頼関係が今の君を作り出してる。…誇っていいと思うよ。」
「…そんな大層なもんなんですかね。」
「小さな事でも、よくよく見れば極小な事が積み重なったが故の《大層》なものなんじゃないかな。」
恵は首にかけたロザリオを指で掴み、持ち上げる。
「私は親からの教えもあってキリスト教を信仰してはいるけど、何もかも《神々の導き》として結論付けるのは苦手でね。それも一種の正解だけれど、私はやっぱり、それまでの人生における自身の功績も評価してあげたい。」
「…賛否両論ありそうな意見ですね。」
「そりゃそうさ。全員が納得する意見なんてある訳ない。」
「それは、人生も一緒さ。」
「誰もが納得する人生なんてある訳ない。だからこそ、議論と人生は面白い。」
「……」
「過程も大事だけれど、1番大事なのは《最後に君が後悔しないか》じゃないかな?」
ニヒッと、恵は和真に似たいたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべた。
不覚なそれに心拍数が上がりつつも、和真は右手に頭を寄りかからせながら笑みを浮かべる。
「…恵さんて、よくそこまでキメ顔でめちゃくちゃ良いクサイセリフ言えますよね。尊敬しますよ。」
「ふふ、そうかい?照れるな。」
「いや、褒めて…ますけど。」
『和真、さっきドキッとしたわね。』
「シャラップメル。」
「おやおや。」
「それに、和真君。君も大概、師匠である私に似ているという情報は娘二人から入ってきているよ?」
「え?」
「君も《向こう側》でクサイセリフや、クサイ立ち回りをしてたとか何とか。」
「いやいや、俺はそんな…」
「嘘は良くないですよ〜和真さん。」
否定しようとした矢先、右側から投げかけられた言葉に和真の否定は遮られた。
扉が開いた奥から姿を現した、ミディアムヘアの少女。
藍色の髪の少ない束を小さく後ろで纏め、服は春らしい黄緑のTシャツに白いカーディガン、薄めのジーパンで身を包む。
双子の姉である藍子の姿に、和真は少し固まる。
「お、用意できたんだね藍子。どうだい久しぶりの現実でのオシャレは。」
「うん、お待たせお母さん。…なんかあんまり上手くは行かなかったかなー…。服はそこそこ納得いったんだけど、髪がね。《向こう》ではボタン1つで完璧セットできてたし、尚更。」
「それもオシャレの醍醐味だよ。…それに、ほら。王子様も思わず固まってるしね。」
同じ体勢で思わず固まる和真の肩を、恵がポンと叩く。
そこで、和真の意識が藍子の服から離散する。
「か、和真さん。どう、ですかね…?」
「ん…お、おう…すげぇ似合ってる。…正直、驚いた。」
「あ、ありがとう、ござい…ます…」
お互いに顔を真っ赤にしながら返答する2人を見て、くつくつと恵は笑った。
「まるで付き合いたてのカップルみたいな反応するね、2人共。どうだい和真君。ウチの子2人共、君の嫁に貰ってもらうというのは。」
「お母さん!?!?」
「生憎と、母親様が許しても世間様がそれを許しちゃくれねぇんですよ。」
「世間様が許してくれればいいんだね?」
「…そりゃま、それを藍子と木綿季が望むなら頑張りますけど。…ただ、許してくれても、そうはならないんじゃないすかね。」
「ほう?それは何故?」
「藍子の事も大事に想ってるのは間違いないですけど、やっぱ1番愛してる人が木綿季なのは変わりないんで。そもそも俺の愛情は、複数人に向けるには不器用過ぎますし。藍子はそこも理解して俺をある程度は想ってくれてるだろうから、側室的な女性をとることはないんじゃないかなと思いますよ。」
「……」
「……」
「…あれ?俺なんか変なこと言った?」
「…和真君。」
「はい。」
「やっぱり君は、私の愛弟子だよ。」
「ええ…」
真っ赤になりながら呆れ顔を浮かべる藍子と、グーサインを作りながら不敵に微笑む恵に、和真は凄まじく微妙な顔で答えたのだった。
ーーーーーーーーーー
「で、木綿季は?」
同じ部屋、同じタイミングで着替えをしていたお転婆妹が姉の隣にいないことを、和真は姉に問うた。
その問いに、藍子は苦笑しながら出てきた扉の方を指す。
「わーん!!全然上手く出来ないよーー!!!」
「…」
扉の奥から聞こえた、悲鳴に似た叫び声。
和真はそれにため息をつき、藍子は「ふふっ」と微笑みを浮かべた。
「やっぱり苦戦してるみたいですね。あの子もそろそろ独り立ちしなきゃいけない歳ですから。」
「…俺が入っても?」
「構いませんよ。この向こうは無菌室でなく、面会に来た一般の方も使えるお部屋ですから。」
「じゃ、行ってくるかね。」
「はい、いってらっしゃい。」
プシュー…
「…藍子、
「まあ、お母さんが想像してる通りのことを、少し。」
「策士だねぇ。悪い子だ。」
「お母さんの娘なので。」
2人の《似た者親子》は、そう言って同時に笑った。
ーーーーーーーーーーーーー
「木綿季、入るぞー。」
木綿季がいるであろう自動ドア(?)の向こう側に、和真は足を踏み入れた。
そこにあるのは多数の衣類達。
様々な種類の衣類があるのは間違いないが、女性服に疎い和真はどんな種類があるのか判断は付かない。
強いて言うならフリフリのゴスロリチックなやつではなく、どこかスポーティな感じの服が多め、だろうか。
まあそれはさておき…
「木綿季ー?」
「あ、和真ー?ちょっと待って〜」
目当ての少女の声が聞こえる。
その声は部屋の奥から聞こえ、その後に「むぐぐ…」という声も聞こえた事から何かに苦戦していることは明白だった。
和真は少し呆れたように溜息をつき、そそくさと近付いた。
「木綿季、お前何して…」
「和真ぁ〜助けて〜」
泣きそうな…いや、ちょっと既に泣いてる木綿季の頭は…なんか、こう…凄いことになっていた。
『多分どういう髪型にすればいいか悩みに悩んで、結果難しい髪型に手を付けて、やってる内に分かんなくなったんだろうな…』
「どうしたんだよこれ。…あーあー、ゴム三重巻きにしちゃってるし…。」
「いや、あの…この凄い可愛い髪型にしようと思って…そしたら、こんな感じに…」
そこには「編みおろし」と書かれた文字。
左右の髪を後ろで1つにまとめたやつだ。
恐らく慣れればそこまで難しくないやつなのだろうが、基本ショートでカチューシャをつけて済ませている木綿季には難易度が高いのだろう。
和真は心の中で『70点くらい』と呟きながら、木綿季の髪を解いていく。
「ま、木綿季が新しい髪型に挑戦しようという気になったのは嬉しい事だけどな。ちっさい頃から髪型全然変わってなかったし。」
「だ、だって…楽だったし…」
「その気持ちも分かるし、それでも十分可愛いんだけどな。ま、俺としても木綿季が更に可愛くなるのに越したことはないって事だよ。」
和真は言いながら、巻きついていたゴムや前髪に止められたクリップを外して、木綿季の手から櫛を拝借した。
「時間もあんまないし、俺が思う、木綿季の可愛い髪型にしてやろう。いいか?」
「あ、うん。…ボクも、また練習しとく…。」
「そうしてくれ。」
笑って、和真は木綿季の絹のような髪に櫛を入れてゆっくりと梳かしていく。
その何処か慣れた手つきに、木綿季は疑問符を浮かべた。
「…和真、なんか手慣れてるね…。自分の髪にもしてるの?」
「アホ。俺の短さで櫛はあんま必要ねぇよ。」
「じゃ、じゃあなんで…」
「あのなぁ。」
和真は呆れたようにため息をついて、鏡越しに木綿季と目を合わせた。
「昔の俺には、手のかかる妹と手のかかる幼馴染がいたんだぞ?そいつらの朝の支度、度々やってたの誰だと思ってんだ…。」
「あ、あー…」
それを聞いて、木綿季も思い出に思いを馳せる。
確かに、小学校低学年時代の自分と言えば、今よりもずっとお転婆で、朝の支度もまともに自分でした事などなかった。
家の中で走り回っているところを捕まえられて、和真に洗面所へ連行されていたのを思い出す。
それは、直葉も然り。
「ごめんなさい…」
「ま、俺にとっちゃそれもいい思い出だし?なんも問題ないんだけどな〜。」
そう言って髪を梳かし終えた和真は、櫛を置いてヘアゴムを一つだけ取り、手首に通す。
そのまま木綿季の髪を右側頭部で一束掴むと、慈しむように丁寧な手つきでヘアゴムで止めていく。
三重か四重にヘアゴムで髪を縛ったところで、和真は手を離し鏡に映る木綿季へ目を向けた。
「ほれ、どうよ?」
「…うん、可愛い。」
「そら木綿季が可愛いのは当たり前だけど、自分で言うかね?」
「そうじゃなくてっ。…髪型。」
和真の弄りに、木綿季は頬を膨らませて反抗すると和真は笑う。
「本当は両サイドでもいいかなと思ったんだけど、直前でやめた。」
「えー。な、なんで…」
「可愛くなりすぎる恐れがあるので。」
「…和真って、そういうとこだよね。」
「え?何が?」
ーーーーーーーーーーー
「にしても、木綿季。本当になんで今日いきなり髪型変えてみようって思ったんだ?」
「え?」
「いやだって、昔から変えてなかったってのもあるし、それに変えるなら俺に教えてくれって言いそうだなと思って。」
「いやまあ、さすがの和真もヘアメイクは履修してないんだろうなと思ってたし…」
「あ、そうか。…まあでも、今日は久々に皆に会える日だしオシャレもしたくなるわな。」
「それももちろんあるけど…主目的は、別だよ?」
「え?そうなん?」
「いや、あの…」
「…和真に…『可愛い』って…『よく頑張ったな』って…言ってもらい、たくて………頑張った…。」
…………
………
……
…
「あ、あの…和真…?」
「………………木綿季。」
「…?はい…」
「お前ほんと、そういうとこだぞ?」
「え、ええ…?」
『我が人生に一片の悔いな死するとこだったわ。』
ーーーーーーーーーーー
「あら木綿季、可愛くしてもらったじゃない。」
「和真君、女性の服装には疎いって言っときながら、よく分かってるじゃないか。やるねぇ、さすが色男。」
「煽てても何も出ませんよ。」
「お待たせ、母さん、姉ちゃん。」
ちなみに木綿季の服装は藍子のようなどこか大人っぽさを感じる服装ではなく、長袖のシャツの上から半袖のデニムジャケットを羽織り、ズボンはショートパンツ、脚にはニーソを装着し彼女のアクティブさを前面に出したコーデとなっていた。
「木綿季は、今回のオシャレには満足かい?」
「うん!服は自分の好きな服着れたし、和真に髪を結ってもらえたから言うことなし!!」
「それは何より。」
「次からは自分で出来るよう練習しとけよ?」
「勿論。和真をボクの成長した女子力であっと言わせてあげるよ。」
「それは成長した後で言ってくれ。」
和真と木綿季の夫婦漫才に、藍子と恵がくつくつと笑う。
膨れっ面を作る木綿季から目を逸らしつつ、和真は藍子に目を向けた。
「さて、2人共準備出来たことだし、行くか。」
「そうですね。木綿季、忘れ物はない?」
「ん、バッチシ。」
藍子の声に、木綿季は肩にかけたショルダーバッグを右手でポンポンと叩いて返す。
「うし、じゃあ行くか。お前ら念願の《外の世界》に。」
「おー!!」
「お、おー!」
和真の言葉に呼応する木綿季。
その木綿季に、慣れないながらも必死に付いて来る藍子。
その様子に和真は笑って、無菌室の扉を開けた。
ーーーーーーーーーーーー
「お前らって、結局何年くらい外に出てなかったんだ?」
病院の廊下を歩きながら投げかけられる、和真の純粋な問い。
それに不快な顔をする事もなく、木綿季と藍子は各々考えるような仕草を見せた。
そして、先に思考を終えた藍子が口を開く。
「私達があの事件の後、和真さんと離別した時は小学四年生に上がり立てでしたから…9歳の時。そのまま精神的負担によって体の状態が悪化した事で、無菌室での療養がメインになりましたから…」
「…ざっと7年…くらい?」
「そうね。多分それくらいだわ。」
「7年か…」
つまり彼女達は、この世に生まれ落ちてから流れた16年の半分近くを、白い部屋の中で過ごしていたという事になる。
7年。
言葉で言う以上に、長く重い年数だ。
「怖い顔になってるよ、和真。」
「…おっと…」
木綿季に言われて、自分の顔に力が入っていた事に気付く。
木綿季はそれに困ったように笑うと、覗き込んでいた体勢から元の歩く体勢へと戻す。
「前も言ったけど、ボクらがこうして病院の中で過ごすようになったことは、和真が背負いすぎる事じゃないんだよ?」
「そうですよ〜。多分あのまま平和に過ごしてても、近い将来で体調崩すなりして病院に入院する事にはなってたでしょうし。…あまり気にし過ぎないでくださいね。」
2人の、和真に気を使った言葉。
なんでもないと言う風にいう彼女達の言葉は、和真の中にある罪悪感を少しだけ軽くしてくれる。
ありがたいなと思いつつも、1つため息をついた。
「お前らはほんと、俺に甘いよなぁ。もっと手厳しくしてくれよ、人生様みたいに。」
「和真がボクらに甘々なんだから無理だよ〜」
「それに、人生が和真さんに手厳しいなら尚更私達は甘やかさないとですね〜」
和真のボヤきも難なく躱され、幼なじみに減らず口を叩く難易度の高さを再認識する。
「はーっ…ほんっと、お前らには敵わねぇな。」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ん?」
両掌に伝わる、温かく柔らかな感触。
右手に至っては二の腕まで温かさと柔らかさが伝わってくる。
見ると、和真の左手に繋がれた手と、右腕に組まれた上で右手に繋がれた手。
今は正面玄関前という事で、日差しが入ることで明るさが増し、人も当然多くなっている。
病院という場で場違いな3人を、多数の人々が奇異な目で見つめる。
…だが。
「…」
和真はそれを気にする事なく2人の手を握り返す。
それだけのことが、彼女達にとっては《安心》だった。
「どだ?」
「ん、元気100倍。」
「私は1000倍です。」
「そらよかった。」
「……………わぁ……………」
「…………………ッ…………」
正面玄関の自動ドアを潜り抜けた瞬間。
春らしい少し暖かい風が彼女達の体を叩き、そのまま横を通り抜ける。
それと同時に体へ降り注ぐ、太陽の光と少し控えめな熱。
風が木々や草を揺らすさざめき。
鳥の鳴く声。
人の足とざらついた地面が織り成す音。
その全てが、彼女達にとっては懐かしく、目新しいものだった。
「…んふっ…んふふふっ…」
「…………」
木綿季は笑いながらそれらを味わい、藍子は声も出さずにそれらを噛み締める。
その様子を見て、和真も自身の周りを包む《大自然》に意識を向ける。
…いつもは何も感じない、《いつも通り》の景色だが、和真は不思議とそれらがとても尊いものに感じられた。
「…さて、そろそろ行くか?」
時間にしては、およそ数分。
しっかりと噛み締め、感動に浸っていた2人に和真は声をかける。
「えー、もう?」
「時間割とギリギリなんだから、我慢しろ。それに…」
「こっから先、何回でも味わえるんだからな。」
「…それもそっか。」
「それに、表に母さん待たせてるし尚更な。」
「叔母さん、元気ですか?」
「まだまだピンピンしてるよ。」
「それは何よりですね…。さ、行くわよ木綿季。」
「うん!」
「敦さんは今日も別行動なんですね?」
「ああ。…気を遣いすぎだな、あいつも。」
「似たもの同士ですね。」
「ほんとほんと、2人ともお節介焼きだからね〜」
「お前らにゃ言われたくねぇよ。」
日の照りつける空の下、大切な幼馴染2人と談笑し合える空間。
数年越しのその空間を、和真はしっかりと噛み締めていた。
「お隣、いいですか?」
「おや、倉橋先生。休憩ですか?」
「まあそんなところです。」
病院の一角。
レストルームであるその場所で、窓際に立てって窓の下に目線を向ける恵の横に倉橋医師が2つのカップを持って近付く。
倉橋医師は片方を恵に手渡すと、自身の持ったままのカップの中身を少しだけ口に含んだ。
「…楽しそうですね、2人とも。」
「ええ。…それもこれも、先生がこの日に外出出来るよう掛け合ってくれたおかげです。…ありがとうございます。」
「いえいえ。僕は、当然の事をした迄ですから。」
そう言って、1人の少年と笑い合う2人の少女へ目を向けた。
「…本当に良かったです。あの2人のあの笑顔は、僕だけでは引き出せないものですから。」
「それは多分、私にも難しいですからね。あの二人の《1番》を引き出すのは彼でないと至難の業ですよ。」
実の母親をもってしてもそう断言することを、彼は難なくやってしまう。
「…本当に、罪な子ですよ。」
「それもこれも、彼の努力の賜物ですかね。」
倉橋医師はそう言うと、1枚の封筒を恵に差し出した。
恵は開けられたそれを受け取り、倉橋医師に促され中身を確認する。
「和真君の試験の結果です。彼には『俺は見なくていいから、先生が確認して合格してたら詳細を連絡してください』と言われました。」
「見るまでもない、って事かしらね。」
「どうでしょう。彼はそれ程の自信を持っていいだけの努力家だとは思いますが。」
倉橋医師はそう言うと、カップに残っていたコーヒーを飲み干して、踵を返す。
「さて、仕事もあるので僕は戻りますね。…また良かったら、それは和真君にお返ししておいてくれますか?」
「ええ、了解です。」
「あっ。あと1つ、伝言もお願いします。」
「『来年からよろしく』…と。」
その言葉に恵が頷くと、倉橋医師はニコリと微笑みレストルームを後にする。
恵はもう一度テスト結果を確認して、窓の外に見える3人の背中を目で追った。
恵の目線の先には、朗らかに笑う黒髪の少年…いや、青年となった、彼の姿。
「…君の人生だ。君にとって、悔いのないように生きなさい。」
桐ヶ谷 和真。
来年より、アメリカへの留学決定。
ーーーーーーーーーーー
もう半年経ってる…だと?(By作者)