もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

100 / 105
気がついたら幕話も合わせて100話目に到達。
みなさまの応援のおかげです。
いつもありがとうございます。



もこたんVS超常解放戦線 8

「ヴィラン連合は全てをブッ壊す!こんな生きにくい世は燃え尽きてしまえ!!」

 

「そうか。じゃあ始めよう」

 

 涙を流しながら感情を叫ぶトガに対して、妹紅は酷く端的な返事をすると軽く炎を放った。単純な火炎放射だ。だが、エンデヴァーの『プロミネンスバーン』にも匹敵する火力である。巨大なガスバーナーのような炎がトガの本体も分身体たちも全てを呑み込んだ。火力を出すよりも、むしろ周囲の森をできるだけ焼かないよう制御する方が妹紅としては大変だった。

 

「無駄だ!本体(わたし)は既に『不死鳥』に切り替えた!もう炎は効かない!酸素も確保した!『不死鳥』の分身体も十分にある!お前はお前の個性に圧し潰されるんだ藤原妹紅ォォ!」

 

 妹紅は炎を放ち続けるが、その中でトガが怒鳴るように叫んだ。

 炎の中でトガは考える。恐らく妹紅は自分たちを焼き続けることでトゥワイスの『二倍』を使わせないようにしているのだろう。確かにそうだ。ここでトゥワイスに『変身』すると増える前に一瞬で焼死してしまう。

 しかし、既にトガ本体は変身先を妹紅へと切り替えていた。『二倍』は使えなくなるが、先ほどの段階で『不死鳥(トガ)』の分身体は数十人以上の数にまで増えている。そして分身体の彼女たちは世界を壊すという最終目標の為に本体を死守するだろう。

 すなわち、この分身体の1人1人が本体を守る盾であり、妹紅を殺すための矛だ。酸素ボンベの代わりにもなる。この中の1人でも取り逃がしてしまえば、炎の外でトゥワイスに『変身』し、『二倍』で『不死鳥』トガを大量に増やす、という無限ループが始まるのである。

 

 正に世界を滅ぼすことも可能な個性。それを前にして妹紅が放った言葉は、実に気軽なものであった。

 

「そうだな、大勢の私を倒せばいいだけ。とても簡単な話だな」

 

「なにを――がッ!?」

 

「『最大放電ターゲットエレクト』!一網打尽だぜ!」

 

 妹紅が呟いた直後。炎に包まれていた全てのトガたちが感電した。いつの間にか妹紅の近くに現れた上鳴が全力放電したのである。

 

「グッ…ギッ…!」

 

 炎には通電性がある。それも整流作用、つまり電気は炎の根元から外側へと一定方向に流れるという性質があり、また炎の火力が強いほど電気は流れやすくなるのだ。これはそんな物理化学の知識を利用したコンボ技である。トガはそんな炎の性質など知りもしなかっただろう。

 

「分身体の半数ほどが崩れたか。合宿襲撃時に相澤先生が倒した荼毘の分身体は腕の骨を二本ほど折ってようやく崩れたと聞いたが…電撃に特別弱いのか、それとも同じ分身体でも耐久性に違いがあるのか…。まぁいい、どちらにしろ神経が痺れて炎は使えないようだ。痛みを感じない私ですら感電すると数秒間は炎が使えなくなる。トガヒミコ、お前はどうだ?」

 

「ふッ…!もッ…!」

 

 妹紅たちは知らなかったが、『二倍』で増えた個体は倍々に増えるほど耐久力が低くなっていくのである。何十人と居た分身体は電撃のダメージで半数程度まで減ってしまった。そして残った彼女たちは本体を含めて全員感電して動けないでいた。

 

 そんなトガたちに対して火炎放射を消した妹紅は淡々と語りかける。先ほどからそうだ。妹紅は頻繁に独り言を呟いたり、トガに話しかけたりしている。戦闘中だというのに実に妹紅らしくない。

 その理由は単純だ。独り言は無線による仲間への連絡。会話はトガの注意力を自分に集中させるため。戦闘前の『貴様だけはこの手で捕まえたいと思っていた』という言葉も妹紅の本音であると同時に、単独戦闘をトガに思い込ませるための意識誘導だった。

 

「はいよ、次ね」

 

「『尾空旋舞』!」

 

「うおおお!『シュガーラッシュ』!」

 

「行くよ!『双大拳』!」

 

 骨抜によって『柔化』された地面の中から尾白、砂藤、拳藤の3人が飛び出してきた。先ほど上鳴が急に現れた理由もコレだ。土中へ潜って接近、無線で状況を把握しつつ待機していたのである。オマケに土中で待機できるように装着していた八百万製の酸素マスク。これのおかげで酸素の焼かれた状況下でも問題なく動けていた。

 そして増強型の彼らから繰り出される必殺技の数々。分身体の耐久力が不明である以上、全力全開で殴打する以外の選択肢はない。上鳴の電撃を何とか耐えた分身体たちであっても流石にこれには耐えきれず、打撲や骨折などの多大なダメージを負った分身体は全て崩れさった。

 この必殺技の嵐を受けて残った者はただ一人。つまり、トガヒミコ本体だ。倒された分身体と同じく大ダメージを食らっていたが、本体の彼女だけは『不死鳥』の再生で身体に炎を灯していた。

 

「藤原の『不死鳥』とトゥワイス・トガの『二倍』『変身』の個性コンボ。一定以上のダメージで分身体が崩れちゃうなら、折角の『不死鳥』の再生能力が活かしきれてないじゃん。コンボの相性あんまり良くなかったみたいだね」

 

「だとしても飛行・遠距離高火力持ちが無数に出てくるとか死ぬほどシャレにならない脅威でしょ。油断しないでよ、骨抜(マッドマン)

 

「分かってるって、拳藤(バトルフィスト)

 

 倒されて崩れていく分身体を観察しながら骨抜はそう考察していた。『不死鳥』の再生によって分身体が無限耐久を所持している可能性だってあった。その場合は全ての個体を失神させる必要があり、少々手間がかかってしまっただろう。

 だが、幸いなことに耐久には上限があったようだ。もしかしたら耐久の上限値以下のダメージなら再生でリセットできていたのかもしれないが、そもそも彼らはトガの分身体が無限耐久を持っているかもしれないと仮定して作戦を立案している。それに比べたら拍子抜けだった。

 

(なんで…ッ!?仁くんの個性はついさっき使えるようになったばかりなのに…ッ!?)

 

 地面に倒れながらトガはそんな疑問を強く感じていた。何故、彼らは『二倍』に対応できるのか?裏切り者のホークスはおろか、彼女本人ですら使えるかどうか分からなかった個性だというのに。

 もしも、その疑問に妹紅が答えたのだとしたら、彼女はこう言い放っていただろう。“最初から想定していた”と。

 

 ホークスからの暗号でトガが『不死鳥』を使えるようになったと聞いた時点で「え、私で発動条件満たしているなら、他の連合メンバーの個性だって条件満たせるに決まってるじゃん」と妹紅は思っていた。続く暗号では『不死鳥』以外の個性はなぜか使えないようだ、ということだったのでトガの優先順位はトゥワイス・巨人に次ぐ三番目となったが、妹紅はもちろんのこと、他のヒーローだって彼女の『変身』には強く警戒を残していた。

 故に。妹紅ら生徒たちも含めて、ある程度頭の回るヒーローたちはトガが『二倍』や『崩壊』なども使えるかもしれないと想定していたし、『AFO』を使ってくる可能性だって考慮していた。最悪、あのAFOが『二倍』で大量に増えて出て来るかもしれないとも思っていた。*1

 それを考えれば、『不死鳥』と『二倍』しか使えない今回のパターンは想定していたモノの中でも割と楽な方だったのだ。

 

 なお、この時。妹紅は己とトゥワイスの類似点から、トガが『変身』で他者の個性を使う為には対象が死んでいなければならないのではないかと推測していた。妹紅は何度も死んでいるし、トゥワイスも先ほど命を落とした。これならトガが他の個性を使えない理由も、急に『二倍』の個性が使えるようになった経緯にも納得がいくのだ。

 ……もちろん、この推測は思いっきり大外れである。愛のパワーで急に対象の個性が使えるようになったなど、妹紅に分かる訳がなかった。

 

 

「ゔゔ…!ゔゔゔ…!」

 

「なっ!?コイツまだ動けるのかよ…!?」

 

「本物の藤原さんが相手だったとしても確実に失神するレベルの威力だったのに…!?」

 

 殴打されたトガは倒れきる直前、ダンッと足を踏み出して転倒を耐えきった。そして低い唸り声を上げながら妹紅をギラリと睨む。その瞳には強く暗い戦意が未だ宿っていた。

 その姿に砂藤や尾白たちは目を剥いて驚く。彼らも拳藤も妹紅との格闘稽古の回数は数知れず。必殺技がクリーンヒットした時の感覚はよく分かっている。先ほどの打撃は絶対にオチる攻撃だった。それに耐えきったトガに対して驚愕していた。

 

「多分…アドレナリンとかだろうね」

 

「危機的状況における闘争・逃走反応というやつか…。模擬戦時なんかより遥かに多く分泌されているだろうから有り得るな。というか私なんかはほとんど分泌してないだろうし」

 

 拳藤が呟くと、妹紅も納得という表情で頷いていた。そして恐らくアドレナリンだけではない。オステオカルシンやテストステロン、コルチゾール、ノルアドレナリンなどなど。人間は生命の危機を感じると、生存のために興奮作用のある物質が体内から分泌されるのである。これら興奮物質の大量分泌によりトガは心拍数と血圧を急上昇させて意識を保っていた。

 逆に、命の危機という概念が欠如している妹紅にはこの分泌量が非常に少ない。その差が妹紅とトガの耐久力に違いをもたらしていた。

 

「ただ生きやすく産まれただけのくせに…!恵まれただけのくせに…!」

 

 しかし、トガが何とか意識を保てていたからといって今の戦況は変わらなかった。トガの身体には電撃による痺れがまだ残っており、打撃による脳震盪だって酷く続いている。周囲は低酸素状態のままであり、妹紅や他の生徒たちは油断なく構えている。

 トガが『不死鳥』の炎を放とうとしたら妹紅は再び強烈な炎を放ち、そこに上鳴が電撃を乗せてくるだろう。『二倍』で増えようとしてもきっと同じことをされる。最初に増えた『二倍』の時とは違って、妹紅の意表を突くことはもうできない。ミスディレクションも無理だ。あの技術は複数相手には効果が薄い。それに己から意識を逸らす為には、何も考えずに潜伏しなければならない。ここまで感情が昂っている状態で使える技術ではなかった。

 もうトガに打てる手は無い。恨み言だけが口に出る。そんな時、彼女に語り掛けたのは他ならぬ妹紅であった。

 

「そうだな、恵まれた。昔は死にたくても死ねないこの個性がとても嫌いだったが、生きているおかげで慧音先生に会えたし、今では()()や皆とヒーローを目指せている。私は恵まれているよ」

 

「このッ…!」

 

 妹紅は最後に電撃炎による攻撃ではなく会話を選んだ。情が湧いたからではない。煽りたかったからでもない。トガの『変身』が死者の個性を扱えるものだとしたら、死穢八斉會との抗争で死んだというマグネの『磁力』をも扱えるのかもしれないと考えたからだ。トガが『磁力』で異性を引き寄せるとその者が人質になり、炎への盾にされてしまうかもしれなかった*2

 また、電撃炎は先ほどトガに見せてしまっている。妹紅は同じ相手に同じ攻撃が二度も通用するとは微塵も思っていない。電気が炎の中を流れてくるというのならば、トガは炎を地面に向けて放つことで電気の逃げ道(アース)を作ればいいのだ。それだけで彼女は感電を回避することができるし、妹紅がトガの立場ならば瞬時に思いついて実行するだろう。

 それらを懸念した上で妹紅は会話(これ)を選んだのであった。

 

「渡我 被身子。捕まった後は大人しくしていろ。そうすれば今回の事件が片付いた後で面会くらいは…まぁ、あんまり行きたくないけど、会って話くらいはしてやる」

 

「もう話すことなんて何もないんだよ…!ここで私が死ぬか…世界が焼き尽くされるかのどちらかだ…!死ねッ!藤原妹紅(ヒーロー)ッッ!!」

 

 トガは叫んで拒絶した。それでも妹紅の表情は変わらない。説得するには至らなかったが、そもそも妹紅としても説得のために話しかけたのではない。逮捕後のことを見据えての話をしただけだ。

 だが、トガはそれが気にくわない。既に自分を終わった存在として見ている。彼女はこれ以上ないほどに激昂していた。しかし、同時にヴィランとしての生存本能が働く。トガは激怒の思考の裏で妹紅の行動(会話)の目的に予想をつけており、その対策を練っていた。

 

(この会話は私を怒らせて周囲の低酸素を吸わせるためのもの…ッ!だからこそ、私はその挑発にわざと乗って叫んでやった。ここから息を吸ったフリをして、気絶した演技をする…!そして、こいつらが油断した瞬間に『二倍』で一気に増えて殲滅してやるッ!)

 

 炎と電撃のコンボで非情に攻められていれば、その原理を知らないトガはそのまま負けていただろう。最後の最後で妹紅は詰めを誤ったのだとトガは判断し、その甘さを突く算段だった。低酸素を吸った際の症状は先ほど経験しているため、それを真似ればいい。

 もちろん、現時点でも息はかなり苦しい。声を出し過ぎてしまった。だが、今のトガの精神状態は肉体を超越している。それに息止め潜水の世界記録は10分を超えるという*3。ならば、ここから数分程度の息止めくらい可能だろう。いや、数十秒程度の気絶したフリであっても妹紅さえ油断すればいいのだ。いずれにしてもヒーローは必ず殲滅する。そんな強い覚悟がトガにはあった。

 

 しかし、それは余りにも浅慮だった。

 

「がはッ!?」

 

 トガは突如として後頭部を殴打された。全く見えない打撃が彼女を襲ったのである。再びの脳震盪に加え、肺に溜めていた貴重な空気を吐き出してしまっていた。

 トガが『不死鳥』を扱うのならば、彼女は妹紅だけでなくこの人物も用心すべきだったのだ。クラスメイトの中で最も妹紅と共に訓練を積み、最も『不死鳥』のことを理解しており、そして最も妹紅と親しい、この葉隠 透という生徒を。

 

「ふざけないで…!あの神野の事件で、妹紅がどれだけ苦しんだと思っているの…!」

 

 その言葉と共に二発目、三発目、四発目と不可視の打撃がトガの頭部を連続で襲う。

 初撃を入れたら即座に追撃、追撃、追撃。実戦で『不死鳥』を相手にするならこのくらい徹底的にやらねばならない。砂藤や尾白、拳藤たちの必殺技は確かに強力だったかもしれないが、彼らは少しばかり稽古形式の模擬戦に慣れ過ぎていた。

 その点、葉隠は隠密系という個性上、実戦形式での訓練が多かった。妹紅に一撃入れて「倒した!やったぁ!」と思っていたら、「残念、気絶したフリでした」と擬死戦法で逆転されたこともある。確かな一撃を入れて「今度こそ間違いなく気絶している!やったぁ!」と思っていたら「あ、なんか急に目が覚めた」と、ダウンから僅か数秒で意識を戻してきて逆転されたこともある。他にも盛り沢山。妹紅との訓練でそういう経験を積んでいた。模擬戦の回数でいえば慧音よりも多い。彼女以上に『不死鳥』の相手をしてきた者は居ないのだ。

 

 そのため妹紅はトガとの会話の中、葉隠の名前をわざと強調することで援護要請の合図を送っていた。それだけで意図は伝わる。彼女らはそれほどの信頼で繋がっている訳であり、だからこそ葉隠はこれほど憤っているのだ。

 

「アナタたちに殺された人たちの痛みと苦しみを想って、妹紅がどれだけ涙を流したと思っているの…!昔の妹紅が…どんな境遇だったと思っているの…!生きやすく産まれただけ…?恵まれただけ…?ふざけないでッ!!」

 

 葉隠は、泣いていた。ボロボロと零れるその大粒の涙は怒りであり悔しさであり、そして妹紅の痛みを知る者としての哀しみである。しかし、その瞳は濡れながらも強い意志が宿っており、トガの不審な一挙手一投足を絶対に見逃さないという鋭さも持ち合わせていた。

 

「たとえアナタにどんな理由があったとしてもッ!私はッ!私の大切な親友を苦しめるヤツを絶対に許さないッ!」

 

「ぐァ…ッ!」

 

 最後の言葉と共に葉隠は強烈な一撃を叩き込んだ。

 彼女の言い分は私情が入ってしまっており、公務員(ヒーロー)としては不適切だったかもしれない。しかし、彼女はヒーローである前に1人の人間であり、そして妹紅の友だ。友と共にヒーローを真剣に目指しているからこそ、その想いと絆だけは絶対に否定したくなかった。

 

「……」

 

 トガは崩れるように倒れた。力無く地面に横たわり、瞼は閉じられている。動く様子はなく、呼吸は止まっていた。

 仰向けに倒れているトガの顔に対して、葉隠は無言のまま優しく手でそっと触れた。正確には彼女の“まつ毛”にである。触れた瞬間、まぶたがピクピクと動いた。睫毛(しょうもう)反射*4が有る。意識レベルは高く、少なくとも脳の中枢神経系に麻痺はないと診てとれる。で、あれば呼吸停止はおかしい。呼吸も中枢神経系の働きだからだ。

 葉隠はすぐさまトガの腹部(みぞおち)を強く圧迫。その刺激にトガの身体がピクリと僅かに動いた。侵害反射*5だ。同時に横隔膜の筋肉が強張っていることを確認。脈拍も異常に速い。

 葉隠はこれらの点からトガの状態は息を止めて気絶のフリをしているだけで意識有りと総合的に判断。瞬時に透明な警棒を彼女の頭部へと振るった。

 

「がッ、ぎッ…!かひゅッ――」

 

 地面を金床にした振り下ろし打撃だ。衝撃は余さず頭の深部へと蓄積される。そんな打撃を連続で三発ほど叩き込むと、気絶のフリをしていたトガもついに本当の限界を迎えた。彼女は強い脳震盪で意識が朦朧となった際に、無意識的に周囲の低酸素を吸引。直後、その意識は完全にブラックアウトしたのであった。

 

「トガの外皮が溶けていく…。気を失って『変身』が解除されたようだな」

 

「う、うわッ…!?」

 

 妹紅に『変身』していた身体の表面がドロリと溶けていき、最終的に全裸のトガが現れた。突然のその光景に上鳴たち男子が動揺しているようだったので、妹紅は頭頂部の大きなリボンを解いてトガに掛けてやった。リボンを何度か再生して幾つか掛けてやれば、隠すべきところはしっかり隠せるだろう。

 というか、特に上鳴の放電は『二倍』を初期制圧する為の要だ。トガを睨みつけ、ピクリでも動こうものなら即電撃。彼にはそのくらいの心持ちで居てもらわねばならない。こんなアホなことで狼狽えられても困るのだ。聴覚で周囲警戒を担当していた耳郎などは、遠くから呆れた視線を上鳴に向けていた。

 

「グスン…、トガヒミコの状態を確認します…」

 

 葉隠はグスグスとべそをかきながらもトガの状態を診ていく。先ほどの反射テストは全てクリア。加えて屈折率を操作して指先に光を集めてトガの眼の前で動かすものの光源へ視線の追従はない。その他いくつかの検査を行い、彼女が間違いなく気絶していることを確認した。

 そう、ヒーローは戦闘面だけでなく救助活動にも長けていなければならないのである。ならば、そのどちらの面でも用いられる意識レベルのチェックスキルは正に基礎中の基礎。ヒーローに対して気絶したフリをするなど明らかに悪手だった。それでも騙さなければならないというのならヒーロー以上に勉強して知識を蓄えておく必要がある。それをトガは怠った。結果、彼女は完膚なきまでに負けた。それだけの話だった。

 

「意識不明を確認…。バトルフィスト、周りを扇いで低酸素散らして…」

 

「りょ、了解!」

 

 葉隠の容赦のなさと手際の良さに唖然としていた拳藤は、少々慌てながらも『大拳』で周囲の空気を攪拌。周囲の酸素濃度を元に戻した。その後、トガの呼吸の状態などを確かめて命に別状がないことを確認。それから警戒状態に移った。

 一方、妹紅は無線で現在の状況を報告しているところだった。

 

「報告します。トガヒミコ、殴打による失神を確認。加えて戦闘中に『変身』による『二倍』と『不死鳥』の個性同時使用を確認しました。トガの危険度は巨人以上として最優先でメイデンを要請。また、ミッドナイト先生の『眠り香』による昏睡状態の維持を即時要請します」

 

『こちらミッドナイト、了解よ。最優先で向かいます。現着までおよそ3分』

 

「了解しました。ツクヨミ、コンプレスは?……そうか、よかった。ああ、こちらも無傷で終わった。そちらでスピナーの発見報告はあるか?それと解放軍のスケプティックとかいう幹部ヴィランも巨人の背に乗っていたはずだが…。……それなら森に潜伏しているか、荼毘と共に行ったかのどちらかだな」

 

 万全のギガントマキアは幾つかの街々を破壊できるかもしれないが、万全のトガは世界を滅ぼすことができるだろう。『二倍』の効果時間が不明な以上、危険度ではトガが遥かに上だ。それはミッドナイトも強く理解しているようで、彼女はすぐに了承してくれた。同じく常闇たちに撃破されたコンプレスも彼女の『眠り香』によって深く眠らされることになるだろう。

 そうこうしていると、八百万たちから妹紅の元に無線が入った。

 

『こちら八百万(クリエティ)。周囲の森林火災は全て消火しました。…私の言いたいことは全部透さん(インビジブルガール)が言ってくださいましたわ」

 

『こちら芦戸(ピンキー)、同じく。私がその場に居たらキレちゃってフルオロアンチモン酸をぶっかけてたと思うよ*6

 

「ウチもね」

 

「…ありがとう。やっぱり私は本当に恵まれているよ…」

 

 八百万や芦戸たちは消火活動に尽力してくれていた。そんな彼女らの無線の後、やってきた耳郎も妹紅の背中をポンポンと優しくタッチしながら元気付けてくれた。

 妹紅は少しばかり目をパチクリとさせていたが、すぐに柔らかい笑みを零して皆に礼を呟く。この友情が恵まれていると言わずして何と言えようか。思わず妹紅の瞳にも涙が浮かんできそうだった。

 

「インビジブル、トガの監視代わるよ。ウチなら脈拍音とか呼吸音を聞きながら総合的に意識レベルを測定できるし。アンタはとりあえず泣き止みな?」

 

「グス…。ありがと、イヤホン…」

 

 そしてトガの監視は耳郎が引き継いだ。彼女ならより正確に意識の確認が可能だ。万が一、ミッドナイト到着前にトガが意識を取り戻したとしても瞬時にゼロ距離爆音を頭部に叩き込める。正に適役だ。

 そのため、妹紅はこの場を彼女たちに任せることにした。

 

「私は荼毘を追う。取蔭(リザーディ)、聞こえるか。荼毘が飛んで逃げていった時の速さは分かるか?大体でいい」

 

『た、たぶん100km/h(キロ)以上は出てたと思う。でも、150km/h(キロ)までは絶対出てなかったハズ。曖昧でゴメン!』

 

「いや、十分助かる。ヤツが逃げてからまだ5分も経っていないし、その程度の速度なら問題ないだろう。今から追いかけても蛇腔に着く前に捉えきれる。使った火の鳥やパゼストの炎を回収したら、すぐに出発する。エッジショット、荼毘を追う許可を……はい、蛇腔もです。戦闘継続に問題はありません、お願いします……ありがとうございます」

 

 確かに驚くべき荼毘の速さだが、今の実力の妹紅ならば十分に追いつける速度だった。彼が何かしらの高速移動手段でも用意していない限りは蛇腔到着前に撃破できるだろう。

 それよりも問題は蛇腔の戦況だった。伝播する『崩壊』によって大被害を被ったという情報が送られた後、通信障害が発生して蛇腔のヒーローたちからの連絡は途絶えたという。『崩壊』の現象とギガントマキアの起動を考えると死柄木の起床はほぼ確定。最悪の事態になりつつあるというのなら誰かが援軍に行かなければならなかった。

 妹紅は荼毘追討と蛇腔援護の承諾を群訝作戦リーダーであるエッジショットに請う。彼はここまでの戦闘による疲労と負担を強く心配していたが、妹紅にはまだまだ体力に余裕があった。それにホークスが倒れてしまった今、妹紅よりも速いヒーローなど居ないのだ。彼女を送り出す以上の最適解をエッジショットは持ち合わせていなかった。

 

「許可が出た。準備する」

 

「群訝山荘で解放戦士を包囲攻撃してた火の鳥と、巨人を倒した巨鳥(パゼスト)?真上に待機させてたんだ?」

 

 妹紅が軽く腕を振ると上空が急に明るくなった。空に待機させていた大量の火の鳥たちが降下して一点に集まり始めたからだ。

 そんな様子を骨抜がマイペースに尋ねると、妹紅は装備の確認をしつつもそれに答えた。山荘の解放戦士たちには十分にダメージを与えた為、もう火の鳥による包囲は必要ない。今頃はプロヒーローたちが山荘内部へと突入して完全制圧へと乗り出しているだろう。

 そのため、妹紅は山荘の火の鳥の群れもトガ対策としてコチラに集めていたのだった。

 

「ああ。万が一、『二倍』の初期制圧に失敗した時は火の鳥で纏めて圧し潰す予定だった。トガは私の個性を使えてはいたが、明らかに火力と技術不足だったからな」

 

 トガの『不死鳥』の火力の低さは“マウントレディが頭部火傷によって気絶した”という報告からも明らかだった。トガが妹紅レベルの火力であったならば、マウントレディの頭部など簡単に焼失させてしまえる。運よく原型が焼け残ったとしても、少なくとも彼女が生き延びることは絶対にできない。そんなマウントレディが火傷と気絶だけで済んでいるということはそういうことだ。

 故に、ミッドナイトも1年インターン生たちにギガントマキアの足止めを任せたのだろう。トガが妹紅並みの火力を持っていたら、速攻でその場からの避難を指示していたに違いない。

 

「だから、もしも『不死鳥』トガの分身体が大量に溢れ出てしまっても、火の鳥で高密度に囲える範囲内なら圧迫骨折と酸欠で制圧できると思っていた。…ただ、そうなっていたら多分トガ本体は焼き殺してしまっていただろうな。そうならずに良かったよ。皆が援護してくれたおかけだ」

 

 上鳴の電撃や葉隠・尾白たちの打撃などが全て失敗に終わってしまっていた場合。彼らには『柔化』で地中に逃げてもらい、妹紅はこの準備していた火の鳥たちで増えたトガたちを押し潰すしかなかっただろう。そしてトガ本体は失神して『変身』が解けた直後に焼死していたに違いない。『変身』解除のタイミングは妹紅では察知できないのだから、高確率でトガを殺すことになっていた。

 殺めずに済んだのは仲間たちのおかげである。妹紅は安堵の息を吐いていた。

 

「咥内に仕込んでいた小型酸素ボンベの残量よし。予備の酸素ボンベにも破損や膨張なし。携帯栄養食もまだ余裕がある。全て問題なし。出発する」

 

 妹紅は装備を点検していく。元々、丸一日だって戦うつもりで準備していたのだ。まだ作戦開始から一時間も経っていないのだから余裕は十分にある。装備等が炎の熱で壊れていないことを確認すると、妹紅は炎翼で浮いた。

 

「妹紅!気をつけてね!」

 

「ああ、皆も用心してくれ」

 

 妹紅は葉隠たちに声をかけて飛び立った。

 そして上空で集めた火の鳥の塊と合流。火の鳥たちは形を崩して炎へと変わり、妹紅の炎翼へと吸い込まれていく。炎を回収して体力を取り戻すことはできた。だが、それで妹紅の体力が完全回復した訳ではない。炎は熱を放出してエネルギーを消費する。当然のことだ。所詮、使い回した炎を回収して得られる回復量など僅かなものだった。

 

(炎を回収した上での残り体力は……感覚的に7割くらいかな?このペースだと長時間の戦闘なんて全然じゃん。マジェスティックにドヤ顔で言っちゃったのに。うわ、恥ずかしっ)

 

 作戦開始前は24時間でも戦えると豪語しておきながらこの疲労具合だ。ちょっと恥ずかしい。こんなことではマジェスティックに笑われてしまうかもしれない*7。妹紅は飛行しながら顔を少し赤らめていた。

 

(まぁ、でも体力なんて簡単に数値化できるものじゃないし。それに体力が減ったのなら、新たに作り出せばいい)

 

 妹紅は気を取り直してポケットから再び携帯栄養食(おやつ)を取り出すと、それを頬張った。

 体力、すなわち身体のエネルギー源。妹紅は自身の炎の源となっている“体力”とは、アデノシン三リン酸(ATP)ではなかろうかと推測していた。ATPとは生物が生命活動を行うために必要不可欠なエネルギー源だ。生物が物を食べるのも、呼吸をするのも、このATPを作り出す為の行動である。これが枯渇し始めると疲労を感じるのだ。

 

(体内でATPを効率良く生産するために甘いモノ(グルコース)を摂取。これが消化吸収されるまで約30分。一度に多くを食べても吸収には限界があるから、こまめな摂取が望ましい…って砂藤が言ってたな)

 

 こういった糖分関係で砂藤に敵う者は居ない。妹紅も大いに参考にしていた。

 それから妹紅はグングンと飛行スピードを上げていく。ホークスから学んだ炎翼だけではない。エンデヴァーのように足先から炎を噴射することで推進力を増やし、更に速度を上げることに成功していた。小回りは一切効かないが、直進するだけなら問題ない。その速さは荼毘を遥かに超えるスピードであった。

 

(よし、この速度なら間違いなく蛇腔到達前に荼毘を捉えることが――なッ!?)

 

 群訝の山々を超えて眼下に民家などの建物が増えてきた頃、妹紅はソレを見つけて思わず飛行を急停止させてしまった。

 燃えている。建物が『蒼炎』で燃えているのだ。ただし、広範囲が燃えている訳ではない、蛇腔に向かって一直線に蒼い炎が残っていた。荼毘が逃走ついでに建物へと放火したことは明白だった。

 

「荼毘ッ!!」

 

 妹紅は激怒の表情で叫んだ。分かってしまったのだ。これは荼毘の問いかけなのだということが。

 つまり、荼毘は妹紅にこう尋ねてきている。「『俺への追撃は諦めて火災救助に専念するか』もしくは『火災被害者を無視して俺を追うか』。俺はどちらでもいい。お前の好きな方を選べ」と。この蒼炎はそんな選択を妹紅に迫ってきていた。

 

「本部に応援要請!荼毘が街に放火!群訝・蛇腔間に火災救助の応援を――くそッ…!」

 

 妹紅はすぐさま作戦司令部である公安本部に応援を要請。しかし、ダメだ。ヒーローを取り纏めていた公安本部は現在機能を停止している。『二倍』で複製されたリ・デストロの分身体によって壊滅してしまったのだ。本部に繋いだ無線からは騒がしいノイズしか聞こえてこなかった。

 加えて、街を守るヒーローたちのほとんどは今日の作戦に動員されており、今の街にヒーローは治安維持の為の最低限の数しか居ない。近くにヒーローが居るのだとしたら、今ここに妹紅がただ一人だけ。

 

「ぐッ…!くッ…!」

 

 妹紅は悩む。嗚咽が込み上げてきそうなほどの葛藤だった。

 ここで救助を優先して荼毘を逃がしてしまえば彼は更に街を焼いて進み、蛇腔でもその炎は猛威を振るうだろう。どれだけの被害になるか予想もつかない。

 一方で、今から速攻で追えば間違いなく荼毘を撃破でき、被害は最小化できる。ただし、それは今燃やされている人々を見捨てるということだ。間違いなく何人かは火災で焼死する。妹紅が彼らを見捨てたことで、そういう事態になる。

 

 妹紅は今、苦渋の決断を迫られていた。

 

 

*1
その場合はトガ本体を探し出して即殺するしかない。それすらも失敗したら全ヒーロー撤退である。ほとんどのヒーローが殺されるか、個性を奪われるかをするだろうが、『二倍』が解除されるまで頑張って生き残ろう。そして『二倍』解除後、生き残った者がトガ本体を暗殺しに行くしかない

*2
磁石などは高温によってその磁力を失う為、マグネの『磁力』も妹紅の炎熱で無力化できる可能性はある。しかし、個性故に無力化できない可能性もある。妹紅は後者のパターンであった場合を案じた

*3
実際の世界記録11分35秒。事前に酸素を吸入して潜水するタイプの息止めギネス記録は24分37秒

*4
まつ毛を触ると無意識にまぶたが動いてしまう反応。意識レベルが低下すると睫毛反射は消失するため、全身麻酔や死亡の際などに確認手段の一つとして使用される

*5
痛みや強い刺激から身体を守る反射動作

*6
既知の化合物の中で最も強い酸性を持つ物質。その酸性度は100%硫酸の約2000京倍。実在する超酸。人間など骨まで簡単に溶かしてしまう。それどころか溶かした跡地からは非常に深刻な土壌汚染が発生するので、人にかける際は場所を選ぼう

*7
マジェスティック「いやいやいや…え、本気で言ってるの?万を超える解放戦士とスーパーヴィラン級の敵を複数無力化した後で?えぇ…(困惑)」




荼毘
 移動ついでに建物へ放火して、追いかけてくるであろう妹紅の妨害作戦を実行中。この男、トガとコンプレスが妹紅相手に時間を稼げるなんて最初から微塵も思っていないのである。なお、炎の推進力による移動がメインであって放火はオマケに過ぎない。つまり意図的に低空飛行で跳んでいるだけ。しかも現在、テレビ電波をジャックして自分の正体を曝露中。何から何までクソ迷惑。
 一つ一つの火災の規模はボヤ程度で、燃えやすいものに引火しない限りはそのうち蒼炎も自然鎮火するだろう。逆に、可燃物に引火して大火災に発展する場合も十分にある。妹紅は火災を無視すれば早い段階で荼毘に追いつけるが、救助を優先すれば蛇腔到着まで数時間以上かかるに違いない。
 あまりの所業にもこたんブチギレ。さぁ、楽しいトロッコ問題の時間だ(ただし、抜け道あり)。


愛の戦士トガちゃん
 愛の力でプルスウルトラして必死で抵抗するトガちゃんと、囲んで棒で叩く作戦を奇襲マシマシで実行してくる妹紅サイド。これもうどっちがヴィランか分かんねぇな…と思いながら書いてました。でも、少しでも手を緩めると一瞬で増えちゃうので仕方ない。

 因みに冒頭のトガとの会話は実はコレ↓
トガちゃん「こんな生きにくい世は燃え尽きてしまえ!」
骨抜くん(無線)『土中の人員配置、整ったよ~』
もこたん「そうか、じゃあ始めよう」


妹紅とトガの関係
 どう足掻いても水と油。互いにここまでキャラが定まってしまっていると、考えれば考えるほど和解の道は無いし理解し合えない。残念ながら妹紅の視点からするとトガは“ヴィラン”でしかなかった。
 妹紅は逮捕後に話をしに行くといったが、これは『被害者や遺族に対して謝罪はあるか?』とか『償いの気持ちはあるか?』などを聞くためであり、たぶん開口一番でこれを尋ねてくる。トガは無言で睨み返して、その後はマトモな会話も無いままに面会が終わるだろう。そして帰り道、妹紅は『謝罪じゃないのなら、何を話したかったんだ?』と首を傾げて考えるものの結局答えはでない。
 このまま死刑になるか無期刑になるか分からないが、トガの過去を哀れんだ被害者遺族から減刑嘆願の署名でも頼まれない限り、妹紅から何かをすることはないだろう。妹紅がトガを赦す時は被害者遺族が彼女に赦しを与えた時のみである。そんな感じ。
 とはいえ、目覚めた死柄木が日本の破壊に成功すればコンプレス含めてトガも脱獄できるはずだ。だから希望を捨ててはいけない。ドリンクサーバーもこたんがキミを待っている。

黒霧さん「もこたんの一番搾り(物理)でございます」
トガちゃん「非常に新鮮で、非常に美味しい」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。