もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

103 / 105
もこたん現在移動中 上

 

「火ノ鳥」

 

「完全包囲攻撃ですか。でも、無駄ですよ」

 

 13号を取り囲みながら地下駐車場の空間に満ちていく火の鳥。それら全てが同時に突っ込んでくるものの彼女は両手を頭上に掲げて『ブラックホール』を作る。その吸引力に火の鳥は抗えず、闇の渦の中に全て呑み込まれていった。

 しかし、フェネクス脳無に落胆の意思はない。こんなものは様子見の一手でしかなかったのだ。

 

「そのコスチューム、酸素ボンベと体温維持装置を内蔵してルのね」

 

「当然でしょう、宇宙服がモデルなのですから。見て分かりませんか?」

 

「挑発してモ無駄…。近づきさえしなければアナタの個性は怖くない。個性のキャパシティ、酸素の残量、体温維持装置の出力。そのいずれかが限界を迎えた時、アナタは死ぬ。コチラはそれまで遠巻きに火の鳥を放ち続ければイイだけ…フフフ」

 

 フェネクス脳無はより一層邪悪に笑みを深めた。勝利への道筋はもう見えた。『ブラックホール』が如何に強力であろうとも違う方面から対処すればそれで終わりなのだ。

 そのように恐怖心を煽ってくるフェネクス脳無だったが、13号とて自らの意志でこの戦いに赴いたヒーローの1人。そんな戯言で彼女の心が揺らぐ筈がなかった。

 

「そうですね。そして、そんなことに時間を費やしている間に他のヒーローたちが死柄木とドクター殻木を処理してくれることでしょう。おやおや?そうするとヒーロー側の勝利ですね。どうもありがとうございます」

 

 むしろ13号は軽やかにそう言ってのけた。これは彼女の強がりであり挑発である。しかし、同時に真実でもあった。

 彼女にとっての勝利とは最終的にヒーローたちが勝つことであって、己の生死は関係ないのである。問題があるとすれば、13号以外にフェネクス脳無に対抗できるヒーローがほとんど居ないということだ。そのため最低限でも相打ちに持ち込まないといけない。それが彼女の決意であった。

 

(フフフ、本当に面白イ。でも、もう見えた…。アナタとの戦いはコレで終わりにしましょう)

 

 一方で、フェネクス脳無は歓喜に震えていた。堪らない。可能であればこの戦闘をずっと楽しんでいたい。そして、その死闘の果てに彼女を焼き殺して絶頂を迎えたかった。しかし、ドクターたちを守らなければいけない。それは脳無として与えられた絶対の命令であり、背くことのできないものだったのだ。

 故に、13号を殺せる手段を見出した今この瞬間。フェネクス脳無は行動に移した。

 

「また火の鳥…。同じ攻撃とは随分と芸がないですね」

 

「安心して。次はもう炎を止めない。アナタが限界を迎えて死に絶えるまで何十分、何時間でも灼熱の火の鳥で焼き続けてあげる」

 

「それはどうも」

 

 フェネクス脳無は先ほどと同じように火の鳥で空間を満たしながら全方位攻撃を行う。無論、13号は再び両手を頭上に掲げて火の鳥を吸い込んだ。先の攻防の再演である。だが、フェネクス脳無の目論見はここからだった。

 

(その個性の吸引力(パワー)は見極めた。確かに強力。火の鳥だとどんなに炎を込めても全て吸い込まれてしまう…。だけど、このハイエンドの筋力ならば問題なく耐えきれる)

 

 13号に向けて語った言葉は(ブラフ)であった。ドクターの命令に逆らえないフェネクス脳無の望みは当初から短期決着。所詮、火の鳥など目暗ましに過ぎなかった。

 炎の中に姿を隠したフェネクス脳無は自らの肉体を変形させていく。腕は筋肉が集まり太くなり、指先は槍の様に鋭く。更に足先はカギ爪の様に形を変えた。これで13号を直接殺すのだ。たとえ『ブラックホール』の出力が想定以上だったとしても、手足の先でも掠めさえすればその瞬間に炎を放ち、相手を焼き殺せる。その確信があった。

 

(これで終わり。死になさい)

 

 火の鳥に紛れてフェネクス脳無が13号の背後へと迫る。長期戦など必要ない。これで彼女は死ぬ。

 頭上に掲げられた『ブラックホール』に身体が引き摺り込まれそうになった。だが、足のカギ爪がコンクリートの床にガッチリと食い込んで吸引を耐える。そのままフェネクス脳無は13号の背中に向けて豪槍と化した腕を繰り出し――彼女に突き刺した。

 

「さようなら、ヒーロー…」

 

 フェネクス脳無は名残惜しそうに、それでいて興奮を噛みしめながら呟いた。だが、余韻に浸っている暇はない。すぐにでもドクターたちを助けに行かなければならないのだ。

 そうやって13号の背から腕を引き抜こうとするフェネクス脳無だったが、その腕が抜けない。むしろ、奥へ奥へと引き摺り込まれていく感覚があった。

 

「背中から…吸引されている…?」

 

「あなた方ヴィランは背後からの攻撃が本当に好きですねぇ…」

 

 宇宙服のコスチュームを貫き、フェネクス脳無の腕は肘まで中に入っている。背の中央を貫かれた13号は即死レベルの致命傷であり、喋ることはおろか呼吸すら叶わぬ筈である。しかし、彼女は平然と言葉を放ち、それどころか肩透かしを食らったような表情をヘルメットの中で浮かべていた。

 

「…ッ!?」

 

 13号は貫かれてなどいなかった。フェネクス脳無はコスチュームの中で待ち構えられていた『ブラックホール』に自らの腕を突っ込んでしまったのである。

 フェネクス脳無は瞬時に己の片腕を切り落とした。しかし、駄目だ。相手に近寄り過ぎてしまっている。最早、腕を切り落としたところで『ブラックホール』の吸引力からは逃れられなかった。

 

「まさか両手からだけでなく、全身から発動できるタイプの個性…!?」

 

「いいえ。アナタが推察した通り、僕が個性を発動できるのは両手からだけですよ」

 

 フェネクス脳無の疑問に13号は答えた。事実、彼女の『ブラックホール』は手からだけしか作り出せない一般的な発動タイプの個性であった。

 だが、それはおかしい。現に、彼女は今も両腕を頭上に掲げて火の鳥の猛攻を防いでいる。理解できていないフェネクス脳無に13号は続きを語った。

 

「単純な話です。頭上に掲げていたのは片腕だけ。もう一方の腕はコスチュームの中で密かに抜いておいて後ろ手に構えておきました。死角から攻撃してくると分かりきっているんですから、それに備えるのは当然でしょう。疑問は晴れましたか?それでは、さようなら」

 

「こッ…――」

 

 わざわざ全身を覆うコスチュームを着ているのだ。故に、その外見で騙した。両腕を掲げているように見せて、実は片手だけだったという簡単なトリックであったが、フェネクス脳無はそれを見抜けなかったのである。

 その様に語り、相手の注意が会話に向けられた瞬間。13号は『ブラックホール』の出力を最大にしてフェネクス脳無を吸引。カギ爪が食い込んでいた床のコンクリートは音を立てて砕け割れ、踏ん張りをなくしたフェネクス脳無は漆黒の渦の中に吸い込まれていった。後に残すは分子レベルで崩壊した塵だけである。

 

「いやはや、地面を貫いて直下の足元から攻撃されなくて良かった。そんなことをされていたら背中ではなく、コスチュームのお尻部分に穴を開けることになっていましたから」

 

 フェネクス脳無は完全に破壊され、放たれていた火の鳥たちも全て消滅した。13号は『ブラックホール』を解除して小さく息を吐く。

 正直、背後からの奇襲という安易すぎる攻撃は少々予想外だった。何故ならフェネクス脳無の最善手、すなわち13号にとって最も困る一手は足元からの地面貫通攻撃であり、彼女はソチラを強く警戒していたからだ。足元の地面を含む真の火の鳥包囲網で徹底的に攻撃されていれば13号の両手は完全に塞がりカウンターなど打てなかった筈だ。

 だが、ドクターたちを守りに行かなければならないフェネクス脳無は事を急いでしまった。死角からなら13号を簡単に殺せると思い込んでしまい、それが彼女の誘いとは露にも思わず安易な奇襲を仕掛けてしまった。黒霧の『ワープゲート』によって背後から負けるという苦い経験のある13号に対して、である。当然ながら彼女はカメラやセンサーによって背後を含む全ての死角対策を新たに搭載しており、フェネクス脳無が背後に回ろうとも炎に隠れようともその姿は丸見えだったのだ。

 

「さてと…」

 

「―ッれで終わったとでも?私は『不死鳥』。どんなに殺されたところでッ…―」

 

「ッ!」

 

 13号は相手を完全な塵へと変えた筈だ。しかし、それで終わらないのが『不死鳥』なのである。

 塵の一部が燃え上がり、フェネクス脳無は肉体を燃やしながら蘇生した。13号はすぐさま『ブラックホール』を再び発動させる。敵はあの『不死鳥』。彼女もある程度の予想はついていた。そのため瞬時に動けたのだ。

 フェネクス脳無の四肢が完全再生する前に再び吸引して破壊。だが、結果は同じだった。地面に落ちた塵から種火が上がり、骨が生まれ、肉が蠢きだす。頭部が再生して口が出来上がるとフェネクス脳無はクツクツと楽しそうに笑いながら続きを言った。

 

「―蘇るの、何度でも、体力消費(リスク)なしで。それどころか死ぬ度に火力と蘇生スピードは僅かにだけど着実に強化されていく。短期決着にッ…――失敗してしまったのは残念。でも、それなら当初の予定通り私はアナタの足止めに徹するだけ。アナタが限界を迎えるその時まで、ね」

 

 妹紅(オリジナル)と違い、死体人形であるフェネクス脳無に体力という概念はない。だからこそ彼女は安易な奇襲を打てたのである。

 その奇襲で簡単に片がつけば上々。逆に、13号に対処されてしまい殺され続ける状況に陥ったとしても問題はなかった。何度殺されようともフェネクス脳無は永遠に蘇生し続けることができ、むしろ死ぬ度にパワーアップさえもするのである。

 

「ならば、試してあげましょう!」

 

 そこで13号は殺し方を変えてみた。たとえば時間を長くかけて吸い込んでみたり、一度吸引して塵となったモノが蘇生する前に再度吸い込んでみたり、などなど。思いつく限りに試していく。

 しかし、フェネクス脳無は蘇ってしまう。13号の個性ではどう足掻いても完全な死を与えられない。それが分かってしまった。

 

「なるほど…。これは確かに僕の個性では殺しきれそうにないですね…」

 

「フフフッ…――」

 

 13号のボヤキにフェネクス脳無は再生したての頭部で勝ち誇った笑みを浮かべる。後はもう時間の問題だ。フェネクス脳無は殺戮の瞬間を楽しみにしながら再び『ブラックホール』に吸い込まれていった。

 そんな報われぬ結果に13号は大きな焦りを見せる…ことはなく、むしろ彼女は呆れたように溜め息まで吐いていた。

 

「はぁ、やはり油断というのは本当に危険ですね。僕も気を引き締めなければなりません」

 

 確かにフェネクス脳無は強力だった。凄まじい膂力(フィジカル)に『不死鳥』の無限の火力と蘇生、そして初見殺しを回避できる『干渉個性無効』。正しく怪物だ。だが、そんな無敵の存在にも足りないモノがあった。それは“危機感”である。

 13号はコスチュームに収納していた水筒サイズの保存容器を取り出して蓋を開けた。すると容器の中から冷気の煙がモクモクと溢れ出す。しかし、そんなことは気にも留めず彼女はフェネクス脳無の塵を容器の中に入れた。

 

「液体窒素です。作戦実行前から『干渉個性無効』持ちの『不死鳥』脳無の存在は想定していたのですから、個性で殺しきれなかった時の対策くらい当然考えていますよ」

 

 塵が液体窒素に沈んだ瞬間、ジュゴッという蒸発音が鳴る。13号はその様子を冷静な眼差しで観察していた。

 ここまで13号に油断はない。危機感こそが戦闘における必須の心構えだからだと理解しているからだ。だから、この状況であってもまだ何かがあるかもしれない彼女は考える。

 たとえば、最初の殺害時に火の鳥は全部消えたが、もしかしたらそれはブラフであり、フェネクス脳無は火の鳥をどこかに隠していて13号の隙を狙っているかもしれない。自動(オート)操作の火の鳥ならば、本体が死んだ状態でも動かせるかもしれないからだ。恐らく、妹紅本人ならばそういう罠を残そうとするだろう。

 他にもある。『不死鳥』が物理的に蘇生できない状態に陥った時はどうなるか?13号は蘇生の核となっていた塵を封印したが、その場合もしかしたら床に落ちている別の塵から蘇生が始まるかもしれない。いや、それどころかフェネクス脳無が複数体いる可能性も決してゼロではない。そもそも液体窒素では凍らせきれないかもしれない。

 それらの事態を想定しつつ、かつ想定外の事態が発生しても瞬時に対応できる心構えを持つ。それが今の13号であった。

 

「さて、まずは液体窒素。それで駄目なら冷却装置で更に冷やして固体窒素の中に閉じ込める。もしくは最近のヒーローコスチュームにも使用されている超圧縮技術を活用して物質の中に閉じ込める、などを試してみましょう」

 

 妹紅の『不死鳥』にも再生が阻害される状況があることを13号は知っていた。まずは凍結。妹紅たちが雄英に入学したばかりの頃、ヒーロー基礎学の授業で対人戦闘訓練があったが妹紅はそこで轟に腕を凍らされた。その凍結状態においては再生が始まらず、炎で解凍してから凍傷部分を再生するという手順が必要であった。*1

 故に凍結が第一手。それが駄目だった場合は、近年欧米で進歩が著しい超圧縮技術を活用する。妹紅がステインの刃物で肩を刺された際、その部位だけ再生できなかったことがあった。すなわち、再生部位に異物が存在する場合は再生が阻害されてしまうのである。同様に、フェネクス脳無の塵を適当な物質の中に入れて圧縮してしまえば蘇生・再生を封じることができる可能性があったのだ。

 

「と、思っていましたが…。どうやら液体窒素に入れるだけでも十分だったようですね」

 

 液体窒素の沸騰音は徐々に小さくなり、最終的には液面から冷気を放ちながら白い煙がユラユラと揺蕩う様相で落ち着いた。フェネクス脳無は液体窒素の中で完全に凍り付いたのである。

 安定したのならばソレでいい。これ以上を求めて更なる冷却や手を加えると予期せぬ事態が発生してしまう可能性もあるからだ*2。13号は液体窒素容器の蓋を閉めて観測機器を取り付けると、そのままコスチューム内に収納した。容器内で僅かにでも異常が発生すれば、すぐにセンサーが反応する仕様である。そして彼女はここまでやってもなお警戒を緩めなかった。この危機感の有無こそが13号とフェネクス脳無の勝敗を分けたのである。

 

「以降は経過観察を密に行い、必要に応じて追加の処理を加えるとしましょう。安心してください、最後まで面倒を見てあげますよ。貴女が本当に破壊される、その瞬間までね」

 

 最近の技術進歩は著しい。ドクター殻木が個性の複製や定着を医療科学の技術のみで確立させていたように、今後は個性に関する様々な科学技術が生まれて発展していくだろう。その中には個性の完全消去に関する研究もある筈だ。今は壊理の『巻き戻し』の力でしか個性の破壊はできないが、既に個性因子についての存在は周知されており研究も進んでいる。むしろ個性の複製や定着に比べたら遥かに単純なので、近いうちに個性消去の科学技術は確立されるに違いない。

 

 そうしてフェネクス脳無は勝利の確信を抱いたまま冷凍保存された。その後、彼女の意識が浮上することは二度となく、塵として永遠かつ刹那の無に沈むことになる。こうしてフェネクス脳無という怪物はその存在自体すらも世間一般には秘匿され、静かに闇の中へと葬り去られるのであった。

 

 

 

 

 決着の後、確保の報告を済ませた13号は先行したヒーローたちの援護をするため地下最深部のメインラボへと急いだ。しかし、その途中で最悪の事態が発生してしまう。突如として病院地下から謎のひび割れが走り、同時に崩れ始めたのだ。しかも、それは接触するもの全てに伝播して塵にしていった。

 死柄木の目覚め。ヒーローたちはドクター殻木を捕えたものの、全作戦の要となっていた死柄木の確保に失敗してしまったのである。心臓が止まっており間違いなく死んでいたはずの彼は奇跡的に息を吹き返し、直後に個性『崩壊』の真の力を解放。全てを壊しにかかった。

 

 危機を察した13号は咄嗟に『ブラックホール』を頭上に向けて発動してみせた。幸い、フェネクス脳無と戦闘になった時点で病院内の避難は完了しており、地上が無人である確認は取れていた。彼女はコスチュームのジェットパックを噴かして宙に浮きながら頭上の全てを吸い尽くすと、青空が見えるほどの大穴が完成する。

 その判断が地下に突入していたヒーローたちの命を助けた。地下という閉鎖空間からの脱出口だ。しかも『崩壊』を伝播する瓦礫が頭上から降り注ぐこともない。リューキュウを筆頭に飛べる個性のヒーローたちが他の仲間を救出し、その即席の脱出口から外へ退避できたことで多くの命が救われたのである。

 しかし、各々が最善を尽くしてもなお少なくない被害が出た。死柄木の復活時、その近くにいた眼銃ヒーローのエクスレスが死亡。また、ハイエンド脳無に足を掴まれてしまった相澤を己が身体を崩しながら救出したNo.6ヒーローのクラストも同じく死亡。その他にも『崩壊』から逃げ切れなかった幾人ものヒーローが殉職した。

 

 更に、伝播する『崩壊』は蛇腔総合病院だけに留まらず広範囲に甚大な被害を与えた。まず蛇腔市の三分の一程度が更地となり、避難が間に合わなかった市民や避難誘導中のヒーローたちが巻き込まれて死亡。

 そして、その周縁のエリアでは塵と化すこと自体は免れたものの地盤が崩れたことによってほぼ全ての建物が倒壊。無数の死者と要救助者が発生した。

 まさに地獄の光景。それを成した死柄木は破壊された地平線を一瞥すると個性破壊弾の複製装置を漁り始めた。以前は無差別に塵に変えていた彼の『崩壊』だったが、今は対象を自由に選べるようになっていたのである。

 複製された個性破壊弾はエクスレスの『ブラストレーザー』によってほとんど壊されていたが、無事なモノが僅かに残っており死柄木はそれらを回収した。また、装置の傍らに置いていた小型デバイスで群訝山荘のギガントマキアへ連絡。巨人は喜び勇んで走り出したのだった。*3

 

 この蛇腔市の惨状の中には、死柄木の破壊に必死で抗う緑谷たち雄英インターン生の姿もあった。大崩壊の最中、彼らは付近の逃げ遅れた市民を抱えつつもギリギリで退避に成功。何とか生き残ることができたのだ。

 しかし、死柄木の脅威はここからであった。蛇腔市を破壊した先ほどの『崩壊』ですら彼にとっては寝覚めの一撫でに過ぎず、再び個性を使用されようものなら更に多くの死者が発生するだろう。

 そんな次の『崩壊』を防ぐためエンデヴァーが単身で突貫。確保などという甘い判断は最初から存在せず、最高火力の赫灼熱拳で死柄木を焼き殺すつもりであった。懸念は死柄木の炎熱耐性、すなわち『不死鳥』を所持しているか否かであったが―――通った。エンデヴァーの炎は死柄木に効いたのである。

 

「焼けた!が、高速再生か!どうやら『超再生』は有っても、『不死鳥』は持っておらんようだな死柄木 弔!」

 

「安心しろよ。すぐに手に入れるさ」

 

「手に入れる…だと?まさか…まさか貴様…!移植された個性は『超再生』ではなく、魔王(アヤツ)の個性か!」

 

「ご名答。来い、フェネクス」

 

 死柄木に移植されていた個性は『AFO』であった。この時、死柄木の強化内容を知らなかったヒーロー側は初めてそれを知ることになったのだ。

 だが、そうであるが故に今の死柄木は『不死鳥』を持っていなかった。それもそのはず。『AFO』は他者の個性を奪える個性なのだから、負荷の大きい移植手術でわざわざ他の個性を入れる必要はないのだ。

 そのため既に所持しているフェネクス脳無から『不死鳥』を奪えばいいだけの話。最強の脳無であった彼女も死柄木からすればただの強化アイテムでしかなかったのである。

 そうして焼失した肉体を高速再生させながら死柄木はフェネクス脳無を呼ぶが…来ない。死柄木は呆けた顔で再び呟いた。

 

「……フェネクス?」

 

「残念だったな!撃破済みだ!」

 

「マジか。『不死鳥』が定着する前にやられたのか?とりあえず…コイツでガードするか」

 

 エンデヴァーは容赦なく襲い掛かる。しかし、死柄木に移植された『AFO』の中にも炎熱に対抗できる『凝火扇』という個性があった。完全炎熱耐性とまではいかないが、かつてAFOが所持していただけあって生半可な炎は通さない個性である。

 とはいえ流石に赫灼熱拳レベルの炎は完全遮断しきれず多少の熱は抜けてくる。だが、死柄木は身体が焼けるにも構わずにエンデヴァーではなく別の方向へと視線を向けていた。

 

「ま、いいや。それなら藤原妹紅から奪えばいいだけだ…遠いな。それよりも手に入れなきゃ…O(ワン)F(フォー)A(オール)を…。そこに()()

 

「ワン・フォー・オール…?」

 

 AFOが最後に奪った個性であるラグドールの『サーチ』。そこには彼女が林間合宿で見ていた生徒たちのデータが残っていた。死柄木は『サーチ』を使用して緑谷と妹紅の居場所を見つけると彼らに狙いを定めた。

 まずは緑谷からだ。すぐ近くに居るからという理由もそうだが、なにより死柄木の中の“何か”がどうしようもなく彼を駆り立てるのだ。死柄木はエンデヴァーを無視すると凄まじいスピードで跳躍した。

 

「ワン・フォー…何?とにかく私たちもアシストに――は!?避難先(コッチ)に向かってる!?」

 

「…!」

 

 無線に乗ってしまったエンデヴァーの呟き。ほとんどのヒーローには意味不明であったが、緑谷には理解できてしまった。受け継がれてきた個性『OFA』。死柄木はソレを、つまり自分を狙っているのである。

 

「私たちは迎え撃つ!君たちインターン生は避難を!」

 

「バ、バーニン!…ッ!」

 

 バーニンらプロヒーローが死柄木迎撃に向かう中、緑谷は一瞬の躊躇いの後に別方向へと走り出した。ヒーローたちに伝えることは出来ない。本当に狙われているのだとしたら、避難誘導を行うヒーローの人員を自分の護衛の為に割くことになってしまう。緑谷が望まなくとも、彼らヒーローは皆を助けようとそう動いてしまうからだ。その“皆”には学生である緑谷も入っていた。

 そのため、緑谷は忘れ物を取りに行くという雑な言い訳を残して避難先から遠ざかるように走った。そんな彼の横には『OFA』の事情を知る爆豪も居る。オールマイトを終わらせてしまった者として、あの日の雪辱を果たす者として、そしてきっと緑谷の幼馴染として。爆豪は共に駆けていた。

 

「エンデヴァー、個別通信失礼します!死柄木を人の居ない方へ誘導できるかもしれません!進行方向を変えるような素振りがあれば教えてください!」

 

緑谷(デク)!?何を言っている、今はそれどころでは―――変えた!?南西に進路を変えた!』

 

「やっぱり『サーチ』を…!ありがとうございます、避難の時間を稼げる。このまま引きつけます!」

 

『ぬぅ!?死柄木は小僧の『超パワー』を狙っておるのか…!?』

 

 緑谷は死柄木の誘導に成功。そして彼を追ってエンデヴァーも急行する。

 この時、ヒーローたちの無線通信に鬱陶しさを感じた死柄木は『空気押し出す』と『電波』という個性を掛け合わせて強力な電磁パルスを周囲に放った。いわゆるEMP兵器である。これにより周辺の電子機器は全て破損。通信の要となっていたインカムも壊れてしまった。

 

「緑谷くんを…!?僕も死柄木討伐に向かいます!僕の『ブラックホール』なら死柄木にも効果が…!」

 

「ダメだ、13号!お前は『不死鳥』脳無相手に相当なキャパ量を使っちまってンだろうが!それにヤツのせいで電子機器が動かねェ。ジェットパックが使えねェと『崩壊』の伝播でやられる。万が一、『不死鳥』脳無が復活してしまった時のことを考えろ。アレを無力化できるのはお前だけなんだ。ここはオレが…!」

 

 この一連の状況に13号が動こうとするが、プレゼント・マイクは彼女を止めた。疲労状態かつコスチュームの機能も使えない13号に死柄木の相手は危険すぎるのだ。むしろ彼女は凍結保存されたフェネクス脳無を見張らなければならなかった。液体窒素や保存容器そのものは無事であるものの、それらの異変を感知するセンサー類は全て破壊されてしまったからだ。万が一を考えると13号だけは絶対に動かしてはならなかったのである。

 そのためマイクが代わりに向かおうとするが、そんな彼ですら浮遊する手段はない。それでも生徒を守らんとするマイクだったが、熟練の老ヒーローであるグラントリノがそんな彼を押し留めた。

 

「いいや、DJ。お前も残って殻木を見張っておれ。安心しろや、緑谷のトコには俺が行く!」

 

 オールマイトの師でもあるグラントリノは本物の実力者である。何より彼はオールマイトや緑谷の『OFA(ヒミツ)』を知る者であった。彼は個性『ジェット』を噴かして高速で空中を移動し、死柄木に触れられる直前だった緑谷たちを救出してみせた。

 そして、彼の稼いだ僅かな時間によって様々なヒーローたちが死柄木討伐に駆けつけてくる。正にヒーローによる命を賭けた飽和攻撃。その中の一人、№10ヒーローのリューキュウが先駆けた。全速力で空を駆けて『ドラゴン』と化した巨体で腕を大きく振り上げる。スピード×質量を乗せた渾身の一撃を死柄木に叩き込むつもりであった。

 

「死柄木!覚悟!」

 

「『超再生』はさせん、俺が視る!頼む、効いてくれ…!効いてくれッ!!」

 

 別方向には折れた右足を引きずりながらもロックロックとマニュアルに支えられて『抹消』を発動させんとするイレイザーヘッドの姿があった。一縷の望みをかけて彼は祈る。己を生かしてくれたクラストに、そして親友の白雲に。死柄木が『干渉個性無効』を所持していないことを心から強く願った。

 そうして緑谷ばかりを見ていた死柄木にリューキュウの巨大で鋭利な爪が直撃する。その一撃は彼の片腕を千切り飛ばし、胴体にも深く大きな斬撃を刻み込むほどだった。普通ならば即死だ。斬撃のダメージだけでなく物理的な衝突力だけをとってもハイエンド脳無すら潰せるほどの威力があった。…あった筈だったのだ。

 

「いってぇなぁ、№10」

 

「なッ!?」

 

「クソ…!『抹消』が…!」

 

 死柄木は当たり前のように起き上がってきた。その身体には確かに叩き込んだ傷やダメージが何も残っていない。むしろ、反対にリューキュウの爪先がボロリと崩れ始めていた。攻撃が直撃した瞬間、死柄木の指が僅かに触れていたのである。そこから『崩壊』は徐々に侵食していく。止まらない。相澤が死柄木を“視て”いる筈なのに『崩壊』は止まらなかった。

 そうした気配を察知した死柄木が振り返る。その視界の中に相澤の姿を見つけた彼は今の攻撃の意図を察すると、納得して笑みを浮かべた。

 

「ん?ああ、そういうことか。悪いね、イレイザーヘッド」

 

「『抹消』が…!効かない…!」

 

「ついでだし、貰うぜその個性」

 

 緑谷の『OFA』に、そして相澤の『抹消』にも魔の手が伸びる。

 絶望の幕はまだ開けたばかりである。

 

*1
ただし、その時の妹紅は時間のかかるその手順を面倒くさがり、凍結した腕を千切り捨てて一から再生させた。

*2
たとえば液体ヘリウムなどは絶対零度に近い極低温まで冷やすと『超流動』という現象を起こし始め、容器の壁面を伝って外に溢れ出ることがある。原子一個通れる隙間さえあればそこから浸透していくほどである。

*3
なお、数分後には四肢欠損の未来が待っている模様。




複製『不死鳥』
 実は13号がフェネクス脳無を倒すのが遅れていれば、『不死鳥』死柄木が誕生していたという割と綱渡りな状態だった。
 もしもヒーローが攻め来ずに死柄木が完全体になれるほどの時間があれば、複製された『不死鳥』も数が増えているだろうから、それらを取り込んでいただろう。そうなると余分は譲渡して『不死鳥』ギガントマキアとかも誕生していたかもしれない。でも、死柄木なら一番最初にスピナーに渡してあげそうな気がする。負荷大きすぎてスピナー壊れるかもしれないけど。


 なお、複製された個性はオリジナルに劣るという描写が原作にある。(複製された『AFO』はオリジナルと比べて権力が弱く他の個性の叛逆を受けた。AFO自身もその瞬間まで複製品の脆弱性は知らなかった)
 そのため、13号もフェネクス脳無を連続で何千回、何万回と殺し続ければ、その脆弱性の綻びによっていつかは完全に殺しきれていただろう。
 ただし、彼女にその知識があったとしてもそんな時間は無かったし、時間に余裕があったとしても先に13号のキャパシティが尽きてしまうかもしれないので、やっぱり冷凍封印が安定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。