もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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大変お待たせしました。2話投稿します。
引き続きよろしくお願いいたします。


不知火桃様からファンアートをいただきました。不知火桃様、ありがとうございます!
https://www.pixiv.net/artworks/134475954



もこたん現在移動中 下

 

「くッ!!」

 

 死柄木の『崩壊』は凄まじい速さでリューキュウを侵食してきた。爪を剥ぐだけでは間に合わないと即座に判断した彼女はその指を自ら切り落とす。直後、切り捨てられた指は空中で塵となり風に散った。

 

「リューキュウ、大丈夫か!?」

 

「ミルコに比べたらこのくらいの怪我…!それよりイレイザーは下がって。『抹消』が狙われている。ここは私が足止めする!」

 

 元よりリューキュウは欠損も死も覚悟の上である。翼を広げて牙を剥き、最大限の威嚇を以って死柄木の前に立ち塞がった。

 だが、そんな必死の抵抗も死柄木にとっては道端でカマキリが鎌を上げている程度のもの。足裏でプチッと潰せばそれで終わりなのだ。彼の視線の先にあるものは相澤の『抹消』であって、リューキュウという存在は眼中になかったのである。

 

 

「リューキュウ!クソ、俺のせいで…」

 

 

「ちげぇ!イレイザーのおかげで奴に干渉系の個性が効かねぇって分かったんだ。むしろ誇るべきことだろうが!」

 

「ええ、後はここを離脱してこの情報を皆に伝えましょう!」

 

 右足を骨折している相澤はロックロックとマニュアルに支えられながら撤退を開始していた。しかし、その移動速度はあまりにも遅い。責任を感じて絶望する相澤を彼らが叱咤激励するも、どう足掻いたところで僅か一跳びで死柄木に追いつかれる距離でしかないという現実は変わらなった。

 

「だが、奴に『抹消』を奪われてしまえば全てが終わる…!すまない2人とも。俺よりも情報の伝達を優先してくれ。俺の覚悟はもうとっくに決まっている」

 

「け、拳銃!?な、何するつもりですか!?まさか自殺!?」

 

 敵が個性を複製できるというのなら、最も脅威となる個性『AFO』が複製されていることも考慮の内であった。もしも、そうであれば己の『抹消』だけは絶対に奪われてはならない。そう理解していた相澤は事前にとあるモノの所持・使用を公安に申請していたのである。それがこの拳銃だった。

 

「いえ、死体から個性を奪える可能性もあるので死ぬのは最後の手段です。その前に俺の個性は壊しておきたい」

 

「まさか個性破壊弾…!」

 

 拳銃そのものは警察官の通常装備であるリボルバー拳銃だ。装弾数は5発と少ないながらも、軽量かつ耐久性の高い優秀な拳銃である。

 しかし、特別なのはその弾丸の方であった。個性破壊弾。その名の通り、個性を破壊する薬品が充填された銃弾である。死穢八斎會のオーバーホールによって作製されたものであり、原料として利用されていた少女(エリ)のことを考えると率先して使いたいものではないが、最悪の事態に備えるために相澤は持ってきていた。

 なお、これらは死穢八斎會の事件で公安に押収されていたブツである。事件解決に協力していたロックロックもその弾丸の効果はよく知っていた。

 

「ま、待て!それを使うのならむしろ死柄木のヤツに撃ち込んで――チっ、ダメか。個性破壊弾は『巻き戻し』由来。『干渉個性無効』で防がれる可能性が高ぇ…!」

 

「死柄木に干渉系個性が効かない以上、俺の『抹消』は存在しているだけでリスクにしかならない…つッ!……よし、これで俺の個性は壊れた。あとは俺がここに残ればいい。囮になれば多少の時間は稼げるかもしれない。…ここまで助かりました、2人は早く退避を」

 

 相澤は自らの太ももに銃口を向けると躊躇いなく引き金を引いた。火薬の破裂音。個性破壊の薬剤が血流に乗り全身を巡る。この瞬間、彼の『抹消』は使用不可となった。

 そうして相澤はここまで支えてくれた2人に感謝を込めながら退避を促す。しかし、それにブチ切れたのがロックロックである。彼はむしろ相澤をガッチリ掴み、引き摺ってでも連れていくといわんばかりの勢いで彼を怒鳴りつけた。

 

「ざけんな馬鹿野郎!そんな姿を教え子たちに見せるつもりか!?個性があろうが無かろうが関係ねェ。最後まで足掻いて生き抜いて教師の本分を全うしやがれ!」

 

「覚悟しているという点は僕らも一緒ですから。一蓮托生で行きましょう」

 

 一方、マニュアルはというと苦笑気味で微笑んでいながらも、やはり相澤をしっかりと掴んでいる。彼もロックロックと同じく離す気など微塵もなかった。

 それに、この場は何もかもが塵と化した広大な更地だ。相澤を置いて撤退したとしても彼らが逃げ切れる確率は極めて低いだろう。ならば3人とも死ぬか、それとも生き残るか。彼らは全員生存に賭けたのだ。たとえ、3人が纏めて殺されてしまったとしても、自分たちの“死”という事実が『干渉個性無効』の情報を他のヒーローたちに広く知らしめることになるだろうと、そう信じて。

 

「ロック…、マニュアルさん…」

 

 彼らの想いは嬉しい。しかしながら、感情論だけで押し通れるほど死柄木は甘くなかった。

 リューキュウが死柄木の足止めを開始して僅か十数秒後。彼女は既にボロボロであった。尻尾は半ばで千切れてしまっている。翼の片方は骨折して折れ曲がり、もう片方は『崩壊』で触れられてしまった為、自らの手で根元から切り落とした。

 そして今この瞬間、右手を触られてしまったリューキュウは迷うことなく自らの肘関節に噛みつき、その鋭く巨大な歯で肘先を咬み千切った。

 

「はぁー…はぁー…」

 

「次から次へと躊躇なく欠損を選択しやがる。個性『ドラゴン』なら再生能力も爬虫類並みかそれ以上ってことか。ま、いいや」

 

「ま、待て…!死柄木…!」

 

「デカいだけで遅すぎる。まずは『OFA』と『抹消』だ。お前のはその後で奪ってやるよリューキュウ。生きていれば、だけどな」

 

 リューキュウは身体の末端部位を犠牲にすることで致命となる頭部と胴体だけは守っていた。1秒でも時間を稼ぐためにである。

 反対に、個性『ドラゴン』を奪えればスピナーあたりに渡そうかなと考えていた死柄木だったが、それは後回しにした。どうせ生きてさえいれば『サーチ』で居場所は分かるし、死んだら死んだで執着するほどの個性でもない。彼は優先順位を思い出すと彼女を無視して一瞬で跳んだ。

 それを追おうとするリューキュウであったが欠損箇所から血を流しすぎた彼女に余力など残っておらず、その場で己の血だまりの中に倒れてしまった。

 そうして死柄木が相澤に迫る。

 

「死柄木!くッ、速ェ!」

 

「大人しく『抹消』を…ぃってェ。なんだ?」

 

「かかった!今だ、くらえッ!」

 

 相澤たちに接近した瞬間、死柄木の身体が空中でザクリと停止した。同時に感じる全身の痛み。体中に何かが刺さっているようだった。

 彼の動きが止まったところにマニュアルが『水操作』を発動させる。鋭く勢いよく放たれた水は強力なウォーターカッターとして襲いかかった。当たれば死柄木の肉体といえども両断するだろう。

 しかし、死柄木はそれを避けた。身体を空中に縫い付けているナニカを無理矢理引きはがし、ブチブチと肉が千切れてもなお平然と水の刃を回避してみせたのだ。

 

「っとと、あぶねぇ。ふーん、こいつらは『水操作』と『施錠』の個性。『施錠』は俺には効かねぇし、そもそも対象に触らないと発動しないタイプのようだが…。あぁ、なるほどなぁ。小さな釘やら何やらを空中に固定していたのか。そこに俺が自ら突っ込んで刺さってしまった、と。そりゃ確かに『干渉個性無効』では防げねぇわな」

 

「チィっ!」

 

 空中に血が滴っている。よく見ると周辺には小さな鉄くずが浮いていた。つまり空中に撒かれたマキビシである。小さければ小さいほど見えづらく身体に刺さりやすい。そんな罠をロックロックは逃走しながら張っていたのだが、すぐに看破されてしまい彼は大きな舌打ちを打っていた。

 

「中々楽しめたぜ。だが、俺には必要ない個性だ。さ、貰おうかイレイザーヘッド。…あ?『サーチ』がバグったか?いや待て、お前まさか…」

 

「クソ!もうバレたか!」

 

 高速移動でなければ空中の異物くらい見えるし避けられる。実際、死柄木が追ってくる最短距離の直線上にしか『施錠』のマキビシ罠は設置できておらず、少し迂回するだけで回避できるのだ。そうやって死柄木が距離を詰めようとした時、彼は視界の中の異変に気付いた。相澤の『抹消』が視えないのである。奪った『サーチ』へ疑念を向けるも、そうではない。死柄木はすぐに理由を察した。

 その瞬間、相澤が隠していた拳銃を抜き、早打ちの三連射を放つ。個性破壊弾など死柄木には効果が無いかもしれないが、それでも僅かな可能性にかけたのだ。

 しかし、無情にも弾丸は当たることすらもなく、最小限の動きで躱されてしまった。

 

「おいおいマジか、個性破壊弾を自分に撃ったのかよ。やってくれるぜ。こんな事なら血清の方を残しておくんだった」

 

 死柄木は個性破壊弾だけでなく、破壊した個性を復活させる血清もオーバーホールから奪っていた。その血清を撃ち込まれてしまえば相澤の『抹消』が回復してしまうだろう。故に、そうなる前に彼は“対処”しなければならなかったのだ。

 相澤の持つリボルバー拳銃の装弾数は5発。その内4発は個性破壊弾であり、最後の1発は実弾であった。つまり、これが彼の最期の抵抗である。

 相澤は実弾の入った銃口を自分のこめかみに当てた。

 

「……」

 

「はァ、なるほど…。血清を撃ち込まれそうになったら即座に自殺する構えか。本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド。ま、安心しろよ。俺は血清なんて持っていない。多分、全部『崩壊』に巻き込まれちまったんじゃねぇかなァ」

 

 『抹消』を奪えないことへの落胆は大きい。だが、それ以上に相澤消太(イレイザーヘッド)という男に死柄木は敬意を抱いてしまった。独善的で見栄えを誇示する塵芥(ヒーロー)たちとは訳が違う。オールマイトすら屑と断ずる死柄木であっても、この目の前の男だけは本物だと認めざるを得なかったのである。

 故に、死柄木は真実を話した。彼は個性破壊弾こそ持ち出せてはいたが、血清の方は持ち出せていなかったのだ。

 

「…それを俺が信用するとでも思うか?」

 

「いいや、まさか。ただ、お前とはそれなりの付き合いだろ?だから、せめて俺の手で殺してやろうと思ってな。『抹消』は惜しいが、似たような個性を『サーチ』で探すことにするよ」

 

 信用はできない。だが、理解は出来た。死柄木は血清を打ち込むフリさえすれば、それが本物だろうが偽物だろうが効果が出る前に相澤は自害しなければならないのである。ただそれだけで彼を始末できる。それなのにその素振りすら見せないのは、言葉通り死柄木は自らの手で決着を付けたいのだろう。無論、それで油断する相澤ではなく、銃口はこめかみに当てたままであったが。

 

「じゃあなイレイザーヘッド。そろそろ死ね。隣の2人もついでに死んどけ」

 

「させんわ!」

 

「残念、手遅れ」

 

 ようやく追いついたエンデヴァーが彼らを救わんとやって来る。だが、一足遅かった。死柄木は強化された肉体で『空気押し出し』を発動。相澤ら3人を纏めて吹き飛ばしたのである。

 この『空気押し出し』はAFOが神野区で破壊の限りを尽くした例の個性だ。鉄筋コンクリートのビルですら瓦礫に変える威力の圧縮空気を数百メートルという範囲で奴は放ってみせた。

 当然、そんなものが人体に直撃すれば即死は免れない。死体の判別すらつかない惨状となるだろう。強化された肉体、もしくは増強型の個性を組み合わせることでこの個性はそれほど恐ろしい威力に変化するのである。

 

「ぐ…く…!」

 

「い、生きてる…のか?」

 

「2人とも…。だ、大丈夫ですか…?」

 

 

 即死の一撃の筈だった。だが、遠く吹き飛ばされた先で彼らは生き延びていた。その理由としては、まず死柄木の『空気押し出し』の使用はまだ2度目であり、扱いが単純に不慣れであったこと*1。次に、寸前でマニュアルが水の壁を作り出してくれていて、それが盾となり同時にクッションにもなったこと。そして最後に、更地と化していたこの場に障害物が無かったことだ。もしも、大きな瓦礫などが多数残されていれば、そこに高速で叩きつけられて死んでいただろう。

 しかし、だからといって無傷で済んだ訳ではなかった。圧縮空気の衝撃は激しく、また吹き飛ばされた先の大地で水切りの如く跳ねたのだから全身は打ち身、骨折、裂傷だらけである。ギリギリ致命傷ではないが、かなりの重傷であることは間違いなかった。

 

「せ、先生!?」

 

「ご無事ですか!?」

 

 突如巻き起こった砂埃と吹き飛ばされる人影を見ていた轟と飯田が駆けつけた。彼らは任務地から飛び出して戻ってこない緑谷と爆豪を追いかけて来ていたのである。そこで大怪我を負って倒れている担任教師を見つけたのだから仰天だ。それにマニュアルは飯田のインターン先ヒーローでもあった。

 

「轟…、飯田…。来てしまったのか…」

 

「お叱りは後ほど!応急処置を行います!」

 

「とりあえず骨折部に氷のギプスを作りますんで動かないでください」

 

「…やりながら聞いてくれ。今の状況を伝える」

 

 とにかくまずは相澤たちの治療だ。大したことはできないが受傷後のアイシングは余計な出血や腫れを防ぐことができる。ロックロックの『施錠』と併用すれば、固定もしっかりできるだろう。

 その間に相澤は死柄木の情報を伝えた。他者の個性を奪う『AFO』を含め、現時点で判明している所持個性や死柄木の戦闘力。および戦況と死柄木の狙い。そして相澤の『抹消』を奪われそうになった為、個性破壊弾を以って個性を壊したということまで話した。

 

「せ、先生の個性が!?」

 

「案ずるな、俺が使ったのは未完成品の個性破壊弾だ…。数日すれば元に戻る…」

 

「「え?」」

 

 相澤が答えると、むしろロックロックとマニュアルの方が驚いていた。どうやら死柄木も含めて彼らは相澤が完成品の個性破壊弾を使ったのだと思い込んでいたらしい。

 確かに、完成品を持っていたのならば、万全を期すためそれを使うべきであった。未完成品の場合、半壊した『抹消』の個性因子が奪われた先で回復するという可能性も少なからずあるからだ。

 であるにもかかわらず完成品を使用しなかったのは、単純に公安本部ですら1つも回収できていなかった、という理由からである。普通ならば生産施設に多少残されていると考えられるし、ただ奪っただけの死柄木もそう思い込んでいたのかもしれない。だが結局、完成品はヴィラン連合が奪い取ったモノで全てだったのだ。

 結果的に未完成品の個性破壊弾で死柄木を騙すことができたのは幸運であった。

 

「ロックは作戦に参加していたから知ってるはずだろ…。そんなことより、お前たち…」

 

「はい、先生。俺たち動けます。指示を下さい」

 

「……分かった」

 

 ロックロックにツッコミを入れている場合ではない。今はこの危機を切り抜けなければならないのだ。

 相澤の本心で言うと学生の彼らには今すぐにでも避難してほしかった。だが、下手に“戻れ”と言おうものなら彼らは勝手に行動するかもしれないし、そもそもが猫の手も借りたいほど切羽詰まった状況である。

 少しの逡巡の後、相澤は口を開いた。

 

「ショートはリューキュウの救助を…。傷口表面を凍らせて止血してから後方に移送しろ…。あの傷では失血死してしまう。ゴホッ…!…インゲニウムは伝令だ。ここでは無線が使えない。死柄木討伐に向かっているヒーローたちに俺たちが話した情報を伝えろ。その後、無線が使える所まで退いて全ヒーローに情報を回せ…」

 

「しかし、それでは先生たちが!」

 

「問題ない、俺たちは自力で撤退する…。俺たちの生存は『サーチ』でバレているかもしれないが、死柄木が再び関心を寄せる可能性は低いだろう…。狙われている緑谷と爆豪はグラントリノとエンデヴァーに任せる他ない…ゴホッゲホッ!」

 

「先生!」

 

 相澤が苦し気に咳き込むと同時に少なくない量の血泡を吐いた。泡交じり喀血は肺の損傷が疑われる。恐らく折れた肋骨が刺さっているのだろう。外傷性気胸と血胸を合併した非常に危険な状態ではあるものの、失血死寸前のリューキュウよりは時間的に余裕があった。そして死柄木の情報はこれから戦うヒーローたちの命を救うかもしれない。ならば、自分たちの優先度は低い。相澤はそう冷静に判断していた。

 

「構うな…行け。頼んだぞ。ショート、インゲニウム」

 

「「…はいッ!」」

 

 

 

 

 

「おおおお!!」

 

「やっぱ中々やるなぁ、エンデヴァー」

 

 エンデヴァーが攻める、攻める、攻めたてる。だが、死柄木は簡単にさばいてみせた。そうして手を伸ばしエンデヴァーの『ヘルフレイム』を奪おうとするも…炎で遮られた。ギリギリだ。圧倒的に戦闘力で劣るエンデヴァーだが、これまで積み重ねてきた技量と経験が紙一重で彼を生き残らせていた。

 

「つーか、他のヒーローたちも集まりつつあるな…。弱個性の雑魚ばかりとはいえ流石にこの数は鬱陶しいぜ。イレイザーに個性消されないのならアイツらを動かしてみるか。よし、“視界に入った人間を殺せ”」

 

 こちらへと向かってくるヒーローの群れを死柄木は『サーチ』で見た。100人程度の人数だが、脅威となるような個性を持つヒーローは居ない。むしろ伝播する『崩壊』対策のためか、飛行や浮遊できるタイプの個性の者が多かった。雑魚個性ながらもヒーローとしての練度は高そうで、『空気押し出し』でも全員まとめては殺しきれないだろう。何より、特に欲しい個性も無い以上は相手をしてやるのも面倒くさい。

 そこで死柄木は残していた脳無のことを思い出した。スペックはハイエンド脳無と同等。ただし、自律思考の出来ないテスト段階前の個体である。言うなればニア・ハイエンドといったところか。死柄木は『電波』の個性によって誘導電流を発生させて、この脳無たちを起動させた。

 

「新たな黒脳無だと!?」

 

「あの破壊の中で何故無事なんだ!?」

 

 病院跡地から這い出てきたニア・ハイエンドの黒脳無。その数なんと20体。幸い、不死鳥脳無は居ないようだが、それでもこの数は圧倒的な脅威である。

 黒脳無たちは死柄木討伐に向かうヒーローたちを見つけると、命令を実行すべく彼らへと歩を進め始めた。

 

「死柄木の意思で『崩壊』の対象を選べるってことかよ…!そして新たに現れた複数の黒脳無。飯田君、これらの情報も追加して無線で全体に伝えてくれ。そして援軍の要請を頼む」

 

「ね、ネイティブさん!」

 

 ヒーローの一団には飯田たちが保須市のステイン事件で関わったヒーロー、ネイティブの姿があった。相澤からの情報を飯田経由で受け取った彼らは、黒脳無も含めてこのままでは死柄木討伐の戦力が確実に足りないことを認識。それらを飯田に伝えた。

 また、一団にはエンデヴァー事務所のサイドキックであるバーニンも居た。

 

「そういうこったよインゲニウム弟!黒脳無どもを死柄木と合流させる訳にも避難先に行かせる訳にもいかんでしょ!さっき聞いた死柄木の情報と相性の良いヒーローは突破を図ってエンデヴァーの援護を!それ以外は黒脳無の撃破に尽力しろ!いくぞ!」

 

「俺たちの中でも君が一番速く走れるだろう。さぁ、行くんだ飯田君。いや、インゲニウム!今度は俺に守らせてくれ!」

 

「ネイティブさん!皆さん!どうかご無事で!」

 

 ネイティブは彼ら雄英生に命を救ってもらった恩があった。だからという訳ではないが、今度は己が守る番だ。その為ならば命すらも惜しくはない。飯田からの声援を背に受けたネイティブは晴れ渡るような面持ちで死地へと赴くのであった。

 

 

 

「お、良さそうなの見つけた」

 

「ぐあッ!なんだ…!?俺の個性が暴走…!?」

 

「邪魔だぜ、エンデヴァー。吹っ飛べ」

 

 エンデヴァーは力の限り戦い続けていた。だが、死柄木には及ばなかった。彼はストックされていた個性の中から『個性強制発動』を見つけると、それを発動。指先から黒い鉤爪のようなものが伸びてエンデヴァーの右胸を貫いた。

 その攻撃でエンデヴァーの片肺が貫かれ潰されるも、死柄木の狙いはそこではない。『個性強制発動』によって『ヘルフレイム』が暴走。大量の炎が無駄に溢れてしまいエンデヴァーの体温が急上昇した。個性使用による体温の上昇。これが『ヘルフレイム』のリスクだったのである。

 動きも個性も鈍ったエンデヴァーに向けて死柄木は『空気押し出し』を放つ。エンデヴァーは直撃を受けて遠くに吹き飛ばされてしまった。

 そして、死柄木はすぐさま緑谷へと向けて跳んだ。

 

「死柄木!」

 

「緑谷!下がっておれ!」

 

「結局、『OFA』さえ奪えれば、それでゲームクリアだ」

 

 緑谷の前にグラントリノが立ちはだかり彼を守る。それでもなお、死柄木は凄まじい速さで一直線に襲いかかってきた。

 

「脇目も振らずに来るか!だが…!」

 

「視野が狭いにも程があるぜガンギマリ野郎!そいつぁ餌だ!」

 

 緑谷を囮にした罠。それに死柄木は嵌まった。上空に跳んでいた爆豪が死柄木の頭上の死角から極大の爆撃を叩き込んだのである。

 しかしながら、死柄木は強かった。あまりにも強すぎたのだ。

 

「ごめん、もう君に興味ないんだわ」

 

「がッ…!?」

 

「爆豪!ぐァッ!」

 

 爆豪の攻撃は死柄木に直撃していた。放たれた爆炎は確かに彼の肉を抉り、骨まで焼き砕いていた筈だ。だが、彼は直撃を受けた上で再生しながら爆炎の中を突き進み、爆豪を攻撃したのである。

 『個性強制発動』の黒い爪で腹を刺し貫かれた爆豪が落下する。落ちてくる彼を慌てて受け止めたグラントリノだったが、その隙を死柄木は見逃さずに黒い爪で彼まで貫いた。

 

「かっちゃん!グラントリ――」

 

「やっと触れた。貰うよ『OFA』」

 

 緑谷は重傷を負った2人に目を向けてしまった。その丸出しの隙を突いて死柄木が接近。緑谷の顔面を鷲掴みにして個性を奪いにかかる。

 その瞬間、緑谷と死柄木の意識は『OFA』の精神世界へと移された。更に、死柄木の意識からは個性の移植と共に植え付けられたAFOが現れ、また緑谷の意識からは『OFA』七代目継承者の志村奈々と初代の与一が現れた。

 緑谷から『OFA』を奪おうとする死柄木たちであったが、志村奈々と与一がそれを阻む。それでもAFOと死柄木の悪意は凄まじく精神世界が徐々に侵食されていく。そして、あわや奪われる…という寸前のところで動けないはずの緑谷が立ち上がってみせた。歴代継承者たちに守られるだけではない。緑谷出久。彼こそが他人の為に怒り、他人の為にどこまでも頑張れる、そんな強い心を持った少年だったのだ。

 緑谷や継承者たちの想いの力によって死柄木たちの悪意は妨げられた。同時に精神世界から解放され、現実でも死柄木の魔の手を弾くことに成功。また、この精神世界での攻防によって緑谷と死柄木は互いに大きく疲弊してしまった。

 

 

(ダメだよ弔――身体に個性(『AFO』)が定着しきっていない――今は退いて肉体を完成させるんだ――僕に身体を貸してごらん)

 

「ぐ、奪えなかった…。これが先生でさえ思い通りにならなかった力…!だが、奪えれば俺はアンタ以上の存在になれる。だから黙ってろ。これは俺の意思なんだよ!俺はアンタの言いなりにはならない…ッ!」

 

 地面に降りた死柄木は頭を抱えながら苦しんでいた。植え付けられていたAFOの意識が目覚めてしまい頭の中で語りかけてきているのだ。しかも、それだけにとどまらず己の主導権まで奪おうとしてくる。意識を奪われそうになった死柄木だったが、彼は憎しみと怒りの精神力で何とか抑え込むことに成功した。

 

(だが、俺の身体…。そうか、未完成だったのか。そのせいで緑谷の『OFA』は奪えなかったが、逆に定着が完了していたら俺は先生に乗っ取られていたかもしれねぇ…。ということは当然ドクターもグルか、やってくれるぜ)

 

 AFOが己を拾い育ててくれた理由が分かった気がした。所詮、魔王にとっては他者など全て駒でしかなかったのである。

 故に、死柄木個人にとっては今回のヒーローたちの奇襲は不幸中の幸いだったのかもしれない。仮死状態の間に100%まで完全定着していれば死柄木弔という個はAFOと混じり合い、違う存在になっていただろう。

 そして先の攻防を経て死柄木は彼の意識を抑え込むコツも掴んだ。より強い感情で抑え込めばいいのだ。そうすれば『AFO』の個性だけを定着させつつも、彼の意識は除外することができるだろうという感覚を死柄木は得ていた。

 

(先生の方はこれで対処するとして、現状どうする…。今奪えないのなら言われた通りに一旦退くか?だが、ここで逃せば緑谷は雄英に篭って守りも厚くなる。それ以上に厄介なのが『OFA』とスターアンドストライプとの共闘。先生の話ではあの女はガキの頃にオールマイトと交流があったらしい…。最悪、スターに『OFA』を譲渡されてしまいかねない。そうなってしまったら完全体となった俺でも勝てるかどうか…。それならやはり今のうちに奪っておきたいが――ああ、そうか。簡単なことだ)

 

 いまや緑谷を守れるヒーローは誰も居らず一対一の状態である。この絶好の機会を逃したくはない。だが、今は奪えない。奪えない以上は殺す訳にもいかない。

 ならば、と考えている内に死柄木は閃いた。

 

「半殺しにして拉致しちまえばいいんだ。もう少しすりゃマキアがアイツ等を連れてやってくるハズ。それまでに手足もぎ取って無力化しておこう。ああ、ついでに言っておくが、『OFA』を他の奴に譲渡しても俺には『サーチ』で見えるぜ」

 

「…ッ!」

 

 邪悪な笑みを浮かべる死柄木に、緑谷の顔が強張った。このままでは無力化された後に『OFA』を奪われる。ならば、事情を知っている爆豪かグラントリノにコッソリ譲渡しようかと思案した矢先に看破されてしまった。恐るべきは『サーチ』という怪物すぎる個性か。死柄木は『OFA』も緑谷も、どちらも逃す気つもりはなかったのである。

 

「緑谷…逃げろ…!」

 

「ここで逃げるくらいなら最初から囮として出てくる訳ねぇよなぁ。それにお前が逃げたら――」

 

「く…ッ!」

 

 負傷したグラントリノが絞り出すような声を上げるも、死柄木はクツクツと笑いながら地面を触る素振りを見せた。伝播する『崩壊』。これこそが彼と戦う上での最大の脅威である。咄嗟に緑谷は『黒鞭』を発現させるとギリギリの所で死柄木の手を払いのけた。

 

「そう、俺が地面を触っちまったら終わりだ。建物…最初の一撃でかなりの数が倒壊しただろ。今頃はヒーロー、警察、消防…。被害者の何倍もの数の人間が救助活動に集まってきている。地面なんて俺はいつでも触れたのに何でやらなかったんだと思う?緑谷、お前の目の前で壊す為にわざわざ待ってやったんだぜ。さぁ、今『崩壊』を発動したら何万人死ぬかな…。試してみるか?」

 

「死柄木ッ!!」

 

 今のはただのデモンストレーション。不意打ちの『崩壊』では意味がない。それでは緑谷の心を折るに至らないからだ。

 “仕方なかった”や“どうしようもなかった”なんて弁明は言わせないし思わせない。真っ向から戦って緑谷の眼前で大崩壊を起こす。それでこそ彼に最高の絶望と無力感を叩き込むことができるのだ。死柄木はその瞬間が今から楽しみで仕方なかった。

 対して、緑谷は激怒していた。これまでにないほどの義憤だ。そして、その想いに『OFA』が応えた。七代目継承者、志村奈々の個性『浮遊』が緑谷に発現したのである。

 

「死柄木!お前だけは許さない!」

 

「俺は誰も許さない」

 

 緑谷の『黒鞭』で死柄木を掴み、『浮遊』で空へと跳ぶ。もう地面には降ろさない。空中(ここ)で決着を付ける。緑谷は己の全てを賭けて死柄木に挑むのであった。

 

 

*1
しかも、1度目は『空気押し出し』と『電波』の組み合わせだった




なお、スターの『ニューオーダー』で『干渉個性無効』を貫けるかは不明です。
まぁ、AFOをインストールされた死柄木は名前が曖昧なので、元から『ニューオーダー』で直接干渉できないんですけど。
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