先手は轟。右足より冷気を放出するノーモーションの攻撃で、妹紅とその周辺を氷結させる。しかし、妹紅の身体から迸る炎の熱は、氷を一瞬で溶かして蒸発させた。
轟は右手を振るい、今度は強めの氷結攻撃を仕掛ける。だが、それも一瞬で水蒸気へと変わってしまう。煙のような湯気が立ち昇る中、『チッ』という轟の舌打ちが妹紅の耳にも届いた。
妹紅も応戦すべく、炎を轟に向けて放射する。しかし、それは轟を焼き殺さぬようにと放った、かなり手加減した攻撃である。無論、轟はこの炎を楽に躱した。轟にとって炎を避けるという動作は、幼い頃から染みついていた動きであった。
妹紅は轟の様子を見つつ、火力を徐々に上げていく。しかし、全力を見せていないのは轟も同じだ。炎と氷は拮抗しながらも、その戦闘規模が徐々に広がっていった。
未だ本気では無い2人。自身の氷結攻撃を防がれながらも轟は焦っていない。むしろ、戦いの中で妹紅の動きを観察していた。
(身体の動きは速いし、火力も十分ある。だが、体捌きはほとんど素人だし、昨日のテストの時と比べて随分ぎこちない炎の扱い方だ。対人戦闘訓練の経験が無いな、コイツ……ここだ)
湯気に紛れながら轟は氷結攻撃を行う。同時に足下にあったコンクリートの瓦礫を、氷で保護した足で思いっきり蹴飛ばした。氷は溶かされるも瓦礫までは一瞬で焼き尽くす事など出来ないだろう、という轟の作戦だった。思惑通り、湯気に紛れた瓦礫は炎で熱せられながらもスピードは全く衰えず、妹紅の腹に直撃する。
「ん?」
だが、当の妹紅は瓦礫の当たった衝撃で一瞬よろけるも、もちろん痛みは無い。小石でも当たった?というような妹紅の反応に、轟は訝しんだ。
(かなり強めに入ったと思ったが、ダメージ無しだと?男子でも倒れてもおかしくねぇ程の衝撃だった筈だが…)
カウンターに飛んできた炎を避けつつ、轟は次の手を考える。
個性『半冷半燃』。轟は氷結と炎熱の力を持つが、炎熱の個性は父親との確執から、戦闘での使用を自身で固く封じている。
しかし、氷結の力を使いすぎると冷気に耐えきれずに自身の身体機能が大きく落ちてしまう。それが轟の戦闘における限界なのだが、この場では妹紅の発する熱が轟の体温調節を助けるという皮肉な結果となっていた。故に、轟は思う存分氷結の力を振るう事が出来ていた。
激しい攻防にモニター前からは歓声が上がる。湯気が立ち昇り、固定カメラでは見にくい箇所もあるが、それでも第2戦の実力者同士の戦いは見所があり過ぎた。
「危ねぇ!轟の奴、すげーな。あの炎避けやがった」
「藤原さんもスッゴーイ!周りの氷を全部溶かしてるよ!女子チーム頑張れー!」
切島は手に汗握ってモニターに熱中し、芦戸は楽しげに妹紅たちを応援している。他のクラスメイトもモニターを熱心に見つめ、時にコンビや友達と議論を交わす。
だが、湯気に紛れた瓦礫攻撃の攻防に気がついたのは、クラスの中では爆豪のみだった。第1戦で実力では大きく劣る緑谷に負け、八百万の講評に納得してしまった。意気消沈の中に現れた
オールマイトはモニターを見ながらも、そんな爆豪を気にかける。肥大化した自尊心の塊であった爆豪。膨れきった自尊心ほど脆いものだとオールマイトは思っている。教師として、爆豪へのカウンセリングをしっかりとしなければならないと考えていた。
一方、氷結攻撃を悠々と溶かしながらも妹紅は攻めあぐねていた。轟の氷は妹紅の身体に届かず、偶に飛んでくる
その状態で防戦一方の轟を攻めあぐねるのは何故か。それは敵に対する捕獲方法の無さが原因だった。未だ細かなコントロールを身につけていない炎では、相手を焼き殺しかねない。はっきりとソレを自覚している妹紅はクラスメイトである轟を相手に、身を守る炎と牽制程度の炎しか扱えていなかった。
ならば、炎と湯気に紛れて捕獲テープを巻こうかと思い、もんぺのポケットに入れていた捕獲テープを取り出してみると、焼けて炭化してしまっていた。手のひらでパラパラと散っていくテープの残骸を見ながら本当にどうしようかと妹紅は悩む。残す手立ては時間制限まで轟を足止めし、『核兵器』を守り抜くしかなかった。
轟を階段に寄せ付けまいと、全身から吹き出す炎を増やして威嚇する妹紅。高温の炎であるが、コスチュームが焼けたり焦げたりする気配は無い。
妹紅の着ているカッターシャツやもんぺ、シューズなどのコスチュームは完全耐熱性の素材から作られている。製造者が
コスチュームの背中部分には、生地が重なり素肌は見えないが、炎翼用のスリットがついている。これで心置きなく翼を広げる事が出来るだろう。無論、建物内でなければ、だが。
轟の氷結攻撃も容赦が無くなってきた。建物の四方八方から妹紅に向かって氷柱が飛び出してくるが、妹紅から吹き出す炎も出力を上げて難なくソレを溶かす。
続く拮抗に妹紅は疑問を感じ、戦いの中で轟に話しかけることにした。
「…炎の方は使わないのか?お前…エンデヴァーの子供なんだろ?」
「…黙れ、俺が誰の子供だろうとお前には関係ない。俺は戦闘で炎は使わねぇ。お前は…邪魔だ」
「?…そうか、すまない。だが、ヒーロー側の邪魔をするのがヴィラン側の役目だ」
無表情から一変して、轟はギロリと親の敵かと思う程の視線で妹紅を睨み付ける。
だが妹紅は、何故轟が急に不機嫌になったのか、理由が分からない。恐らく、妹紅の身体が炎に対して完全な耐性を持つ事に気付き、氷と炎を使った最大の力で戦えない事にイラついているのだろう。そして、階段を塞ぐ妹紅が邪魔なのだと言っているのだ。
なので、妹紅は素直に謝った。その上で、そのような趣旨の訓練なので仕方ない事だと伝える。だが、轟はイラついた表情をするだけで返事は無かった。
妹紅と轟の戦いの均衡がついに崩れる時が来た。原因は葉隠からの通信だ。
戦闘の途中だが、通信自体は常時ONにしているし、状況の報告なども何度かあった。それは『戦闘状況の確認』や『葉隠の位置の確認』、『氷は完全に溶けて、むしろ暑くなってきたので窓を開ける』などの何ということは無い定時連絡だった。
しかし、今度の葉隠からの通信は焦り気味の声が聞こえてくる。
『妹紅、大変だよ!最上階に予想以上の熱気が昇ってきてる!この階にある窓を全部開けても部屋の温度下がんないよ。核は窓の無いフロア中心の部屋に置いてるから、もう真夏日くらいの温度は余裕で超えちゃって、更に暑くなってきてる。水蒸気でムワムワするし、ここはもうサウナ状態だよ~!』
「す、すまない。炎は最小限に留める」
轟に気付かれないよう妹紅は小声で答える。だが、妹紅がその通信の際に見せた一瞬の焦り。轟には妹紅の声こそ聞こえなかったが、その挙動を見逃さなかった。そしてようやく機が熟したと認識した。
(最上階にもう1人居る事は障子の索敵で分かっていた。あれだけの熱と水蒸気が昇れば、この雑居ビルの小さな窓程度じゃ簡単に換気は出来ねぇ。もう1人の方は、壁を破壊する程のパワーが無いのも、炎熱系に耐性が有るタイプの個性じゃねーのも見たら分かる。最初に凍らせちまったせいで時間はかかったが、ようやく音を上げたか)
妹紅は威嚇に炎を放射する。だが、上階にいる葉隠に配慮して放った炎はさっきまでと打って変わって弱々しいモノだ。それを轟は余裕で躱す。
(だからコイツは必ず自分の身体に纏っている炎も弱める)
そして、妹紅は轟が回避などの行動で視線が外れた時を狙い、自身から吹き出す炎を徐々に弱めていく。轟に気付かれないようにしていたつもりの妹紅であったが、葉隠への心配が先立ってしまい極端に炎を弱めてしまった。これこそ轟の狙いであり、絶好のチャンスであった。
轟は氷結攻撃を仕掛けるが、弱めた炎とはいえ、そう簡単には妹紅の炎の守りを崩す事は出来ない。だが、妹紅は必要以上に氷を溶かす事はせず、回避してソレを躱す。当然ながら、今以上の熱を上階へと昇らせない為だ。
轟はそこまで読んでいた。妹紅の回避行動は轟に誘導されたモノだ。何故なら今妹紅の立っている場所は、階段に設置された手すりのすぐ隣なのだから。
「ここだ」
「ん?」
階段のステンレス製の手すりから伝わった強力な冷気が、ついに妹紅の左の前腕(肘から先)を絡め取り完全に氷結させた。構わずに動こうとした妹紅を轟は『動くな!』と強く言い放ち、その動きを止めさせる。
「その左腕は完全に凍らせた。
「・・・問題ない」
しかし、妹紅は轟の注意を無視して一言呟くと、無造作に左腕に力を入れる。『バキッ!』と、枯れ枝を折ったかのような音と共に左腕の肘が氷ごと割れ、千切れた。片腕だけになった妹紅に轟は目を見開いて驚き、モニター前からは悲鳴が上がる。
妹紅の失った肘先からは血ではなく炎が溢れ出てきているが、パニックとなって炎を血だと誤認した生徒は多かった。
「おいッ!マジかよッ!?」
「きゃああ!?」
「う、腕…!」
男子も女子も顔を青ざめ、悲鳴を上げる。妹紅の凄惨な姿に、思わず口元に手をあてて吐き気を我慢している生徒も居る。
「先生!これは流石に止めねぇとヤベェって!」
切島の訓練中止の叫びを皮切りに、ほとんどの生徒が中止をオールマイトに訴える。しかし、オールマイトは強張った顔で首を横に振った。
「…彼女に限り、問題は無い。訓練は続行する」
「せ、先生!?」
「オールマイト先生!?なんで!?」
オールマイトは生徒の問いかけに無言のまま答えず、妹紅のその在り方に対して額に汗を浮かべていた。
(藤原少女。彼女のプロフィールには目を通していたが……一切の躊躇も無し、か。危ういな)
轟は目の前にいる女子の行動に理解が出来ず、固まっていた。オールマイトの最初の授業という事で気合いが入っている生徒が多いのは、第1戦を見ていれば分かった。実戦形式なのだから、緑谷ほどでは無いが怪我も覚悟しているだろう。
だが、たかが訓練で片腕を失っていいのかと激しく疑問に思う。そして、腕を失っても表情を一切変えない目の前の女子は、気が狂っているのではないかと本気で疑った。
「お前…正気か?」
「?…解凍してから再生するより、一から再生した方がたぶん早い」
妹紅はそう言って炎を纏った左腕を軽く振って炎を散らす。そこには、つい先ほど妹紅が失ったはずの左腕が生えていた。もちろん、妹紅がソレを気にする様子などは全く無い。
手品のような状況に、轟もモニター前のクラスメイトも絶句する。
(腕が元に戻っている!?見間違いだったのか?いや、氷の中には確かにアイツの腕が残っている。アイツの言葉通り再生させたのか?)
「どういう個性だ、お前…」
「『ふ――』じゃない、今戦闘中。敵には言わない」
轟の心底から放たれた疑問に思わず答えそうになる妹紅であったが、戦闘訓練である事を思い出して、なんとか留まる。轟自身、返答に期待していなかったのだろう。無表情のまま、『そうか』とだけ呟いた。だが、轟はそのまま動きを止め、個性も発動しない。そんな轟を不思議に思い、妹紅は声をかける。
「…まだ訓練の制限時間は少し残っているが…階段を突破しなくていいのか?」
制限時間まで残り数分といったところであろう。轟はこの階段を突破しなければ負けるというのに、何の行動も起こさない。妹紅は疑問に思って問いかける。数秒、間を空けて轟は答えた。
「構わねぇ。もう終わる」
轟が言葉を発した瞬間だった。妹紅が言葉の意味を考える間も無く、葉隠から急な通信が入った。
『妹紅!私の位置バレバレだった!ごめっ、あっ、わぁー!核ー!』
「葉隠?」
通信から聞こえてきた、葉隠の焦る声。それを聞いた妹紅が核の部屋へと急いで向かおうと振り返った瞬間だった。
『ヒーローチーム、WIN!』
オールマイトの声が建物全体に響き渡り……藤原・葉隠チームは敗北した。
妹紅「たぶんこれが一番早い再生だと思います」
轟「この人頭おかしい(小声)」
爆豪「もう駄目だぁ、おしまいだぁ・・・」
モニター前のクラスメイト「第1戦も第2戦もクレイジー過ぎるんですが、それは・・・」
轟の地雷を踏み抜くもこたん。なお地雷を踏んだ事にも気付いてない模様。轟は轟で、怒りやイラつきよりも妹紅が腕を千切った事にドン引きしちゃってる。そんな感じ。