もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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今話はグロ注意です。


もこたん、USJに行く 2

「妹紅、伏せたよ!」

 

「こっちもだ、藤原さん」

 

 葉隠は声を上げる事で自分の居場所と伏せた事を妹紅に告げた。尾白も更に身を屈め、炎に備える。尻尾もペタリと地面に伏せている。

 妹紅はその言葉に頷いて周囲のヴィランに炎を放射した。妹紅から発せられた炎は葉隠や尾白の頭上を越えて、ヴィランたちを襲う。ヴィランも慌てて避けたり、小さな炎の壁を作ったりとしていたが、同心円状に広がった妹紅の炎を避けきる事は出来なかった。炎の津波に飲み込まれたヴィランの多くは悲鳴を上げた。

 

「ぐぁぁッ!クソ、やられたか…」

 

「ガァッ!ま、待ってくれ…も、もう俺は戦えない…」

 

「何で炎個性持ちが水の方じゃなくてコッチ来てんだ!?クソがぁ!」

 

「チクショウ、計画と違ぇぞ!何やってんだ、あの黒霧って野郎は!?」

 

 そもそも彼等は今回の雄英襲撃についての詳しい説明を受けていない。単に持て余している個性を使って日頃の鬱憤を晴らしたかっただけである。

 そんな彼等に対して、黒霧は空間移動系の個性を活用して圧倒的有利な場を整えてやると言い、戦うにしても相性の良い相手を送り込むという計画で彼等を仲間に引き込んだ。彼等は安全に暴れられ、相手をいたぶれるという理由からこの雄英襲撃計画に賛同したのだった。

 故に、水難ゾーンに送り込めば容易に無力化出来たであろう炎個性持ちが火災ゾーンに飛ばされている事に苛立ちが隠せず、黒霧に対して憤慨していた。

 

 実際は各生徒の個性を知らない黒霧は適当にワープ先を決めており、彼等へ説明していた計画とは異なっていた。しかし、それは黒霧としては当初からの思惑通りである。所詮はチンピラ程度のヴィラン。生徒たちを殺せれば上出来、殺せずとも足止め出来ればそれで良く、黒霧たちにとって彼等は最初から捨て駒程度の存在でしか無かったのであった。

 

 

「半分残ったか」

 

 妹紅は炎を身に纏いながら呟いた。襲われたからといってプロヒーローやヒーロー候補生らがヴィランを殺害する事は許されていない。ヒーローとはヴィランを捕まえる為に拳を振るわなければならないからである。

 妹紅も彼等を殺すつもりは無く、火力をかなり抑えた低温の炎を放っていた。エンデヴァーのように火傷のショックで気絶させる、とまではいかなかったが、それでもこの初撃によって炎熱耐性を持たない者の多くが火傷の痛みと炎に対する恐怖で戦意を喪失してしまう。

 また、炎熱系個性持ちだからといって、炎や熱に完全耐性があるという訳でも無い。僅かな耐性しか持たない者や、自分が生み出した炎や熱だけに耐性がある者も少なくは無い。むしろ完全耐性を持つ者こそ少ないのである。この場に居た炎熱系個性のヴィランたちもその例に漏れず、先ほどの妹紅の炎で少なからずの火傷を負っていた。

 しかし中には、軽傷で済んだヴィランや妹紅の反撃に激昂して戦意を漲らせる者もいた。

 

「ガキに舐められてたまるかぁッ!お前ら何してやがる!立てオラ!何寝てんだ!殺すぞ!行グァッ!?」

 

 1人の激昂したヴィランが仲間を怒鳴りつけた隙に、妹紅は間合いを詰めた。そしてそのヴィランの横頬を全力で殴りつける。拳が顎を打ち抜いたことにより、そのヴィランは糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちて気絶した。

 

「今だ、葉隠さん!チャンスだ!」

 

「うん!おりゃー!」

 

 機を見た尾白と葉隠は抵抗を続ける残りのヴィランたちに襲いかかる。尾白は格闘技と『尻尾』を活かした動きでヴィランを圧倒し、葉隠は透明である事を利用し背後から奇襲をかける。

 ものの数十秒でヴィランたちは制圧され、地に伏せる事となった。妹紅たち3人は、かすり傷ひとつ負っていない。また、ヴィラン側も重傷になるような酷い怪我や火傷を負った者もいなかった。

 

「何とか無事に切り抜けられたけど、結構ヤバかった…藤原さんが居て良かった」

 

「うんうん!それに妹紅が元気になって何よりだよ!」

 

 フゥー、と大きな溜息と共に額の汗を拭う尾白。そして葉隠は体調が元に戻った妹紅の手をとって喜んだ。

 

「心配をかけてすまなかった。もう大丈夫だ」

 

 繋いだ手をブンブンと振っていた葉隠であるが、ハッと気付いて動きを変える。

 

「そうだ!相澤先生が、オールマイトと校長先生の元に妹紅の鳥を送れって言っていたよ!あの2人ならそれで察するだろうって。居場所は校長室と仮眠室!」

 

「分かった。すぐに向かわせる。行け、火の鳥たちよ」

 

 妹紅は先日のマスコミ侵入事件の後、本当に避難しなければならない場合を考えて、念のために雄英の地図をある程度だが頭に入れていた。今回はそれが功を奏した。

 妹紅は校長室と仮眠室の場所を思い浮かべながら両手から2羽の火の鳥を生み出し、そして鳥たちを空に向けて放つ。炎の翼を広げた鳥たちはヴィランに撃ち落とされる事も無く火災ゾーンを突破し、更にUSJの天井すらもブチ破り外へと飛び出していった。

 

 葉隠も尾白もその様子にホッと胸を撫で下ろす。これでしばらくすれば雄英の教師陣(プロヒーロー)たちが救援に駆けつけてくれる筈だ。しかし、それはヴィランの襲撃がUSJだけであったらの話である。

 もしも、襲撃が校内全域であったのならば救援は来ないだろう。また、外にもヴィランが居る可能性を考えるならば、戦闘力の高い妹紅が居るとはいえ3人だけでの脱出は危険すぎた。

 

「とにかく皆と合流する事が先決だよね」

 

「うん、でも俺たちのようにUSJのどこかに飛ばされたかもしれないし、元の場所に居るかもしれない。皆の場所は分からないけど、探しながらUSJの出入り口まで戻ろう。ヴィランとの遭遇に注意しないと…」

 

 妹紅の火の鳥でクラスメイトたちを探し出せれば話は早いが、視界外での自動操作では火の鳥には簡単な命令しか下す事が出来ない。先ほどの『校長室と仮眠室に向かえ』という命令がせいぜいだ。しかし、今は己の非力さを悔やんでいる暇は無い。

 葉隠と尾白の話を聞いた妹紅は背に炎翼を作り出す。

 

「空からならば探しやすいだろう。2人くらいなら抱えて飛ぶ事も可能なはずだが、炎の真下だ。2人とも大丈夫か?」

 

「試してみる。藤原さん、手を貸してくれ……うん、多少の熱風は来るけど火傷するほどじゃ無い。葉隠さん、尻尾で掴むよ」

 

 尾白は妹紅の両手を掴み、宙で吊られるようにぶら下がる。そして『尻尾』で葉隠の身体を掴む。更に尾白の柔道着に似たコスチュームの帯を解き、3人を括って命綱代わりとした。

 

「よし、行くぞ。落ちないように気を付けてくれ」

 

 妹紅は炎翼を大きく羽ばたかせ飛び立つ。尾白と葉隠の両名を火傷させてしまわないように翼に込める炎を調節しながら高度を上げていく。宙に吊られながらも尾白は妹紅に問いかけた。

 

「さっきまでの藤原さんの様子、もしかしたら広場に居たヴィランに個性で攻撃されていたのかもしれない。この火災ゾーンに飛ばされて、距離が出来たから個性が解除されて元に戻った…とすれば説明はつく。向こうに戻れば、その個性を持ったヴィランと戦う事にもなるかもしれない。藤原さん、対策を立てる為にも誰にどんな個性を受けたかを分かる限りでいいから教えてくれないか?」

 

「ああ、構わない…が、すまない。実はあまり覚えていないんだ。奴らが現れた時、黒い大男のヴィランと目が合った気がした…途端に自分の幼い頃を思い出してしまった。嫌な記憶だ。我を忘れてしまうほど…」

 

 妹紅の話を聞く限り、視線を合わせる事で対象者のトラウマを呼び起こすような個性なのかもしれないと尾白は考えた。そうであるのであれば、あの時の妹紅の苦しむ姿は彼女の過去の再現と言っていいだろう。自分と同い年のこの少女は一体どれほどの過去を抱えているのだろうかと思い、無遠慮な質問をしてしまった事を後悔した。妹紅の手から伝わる僅かな震えも感じた尾白は、更に自責の念にかられた。

 

「妹紅…」

 

 尾白と同じ考えに至った葉隠は妹紅の名を呼んだ。だが、心配はかけまいと妹紅は力強く答える。

 

「大丈夫だ。あの時は急に過去を思い出したせいで酷く取り乱してしまった。尾白の言うとおり個性で攻撃されていたのかもしれない。だが、それでも私の意識は確かにあった。酷く乱されながらも思考も出来ていた。ならば、覚悟さえ出来ていれば恐れる事は無い筈だ。次は打ち勝ってみせる」

 

 あの時、妹紅には葉隠の必死な呼びかけが聞こえていた。尾白が身を張ってヴィランたちの前に立った姿も見えていた。そして、あの黒い大男が居ない事を妹紅が認識した時、スッと心が軽くなった。だからこそ妹紅は奮起してヴィランたちに立ち向かう事が出来たのだった。どのような個性で攻撃されたかは未だ不明だが、意識があり思考が出来た以上は覚悟さえあれば克服出来る、と妹紅は考えていた。

 妹紅は決意と共に更に飛翔する。そして、ついに火災ゾーンからの脱出に成功した。USJの各施設を見下ろしながらも妹紅たちは飛行を続ける。

 

「あの噴水前の広場……遠くてよく見えないが、人影が慌ただしく動いているな。相澤先生が戦闘を続けているのかもしれない」

 

「さっすが相澤先生!」

 

 飛行しながらも中央の広場の人影を注視する妹紅たち。相澤の救援に向かいたい気持ちはあるが、妹紅では相澤との共闘は難しい。誤って『抹消』発動中の視界に入りでもしたら、その間『不死鳥』の個性は失われる。そうなれば妹紅は少し鍛えているだけの少女にすぎず、足手まといにしかならないだろう。そもそも相澤は生徒たちを逃がす為に戦っているのだから妹紅たちが救援に向かっては意味が無くなってしまう。

 そうこうしていると、眼下の水難ゾーンから突如として轟音が聞こえた。そして数秒後にはザプンという音と共に大きな水柱が立つ。

 

「まさか、ヴィランの攻撃か!?」

 

 尾白の言葉に妹紅たちも水難ゾーンに警戒を強める。水を操れるような個性を持ったクラスメイトは居ない。であれば、先ほどの水柱はヴィランの攻撃だと想定するのは当然だった。

 だが、ヴィランと思われる者たちは何故か密集して喚いている。一塊になって拘束されているようであった。そんなヴィランの塊から離れていく3人の姿が見えた。目を凝らしてみると、その内の1人は何やら見覚えのあるモサモサした髪をしている。

 

「あれは…緑谷か?」

 

「ホントだ!梅雨ちゃんと峰田君もいるよ!」

 

 緑谷たち3人に気付いた葉隠は楽しげな声を上げた。蛙吹が緑谷と峰田を抱えて水面を移動している。妹紅たちには気付いておらず、広場付近の岸を目指しているようだった。

 

「放ってはおけない。3人と合流しよう」

 

 妹紅の言葉に葉隠も尾白も同意する。他のクラスメイトたちの安否も気がかりだが、今は緑谷たちと合流し、共に安全な場所に避難する事が最優先だと判断した。緑谷たちと避難しながらクラスメイト全員と合流する事が理想的だが、現実的に考えてそれは難しいだろう。とにかく今は残りの皆の無事を祈るしか無かった。

 妹紅は徐々に高度を落とし、緑谷たちに接近する。そして、命綱を解いて炎翼を消すと、妹紅たち3人はザプンと着水した。

 

「うわっ、なんだ!?またヴィランかよ!?」

 

「すまない、驚かせた。先に声をかけるべきだったな」

 

 緑谷たちが着水の音に驚いて振り返った。峰田に至ってはアタフタと慌てている。だが、妹紅たちの姿を認識すると、緑谷たちはホッと一息吐いて、声を上げた。

 

「藤原さん!それに尾白君も!」

 

「梅雨ちゃん、緑谷君、峰田君。3人とも無事で良かったよ」

 

「その声、透ちゃんもいるのね。藤原ちゃんも無事な様だし良かったわ」

 

 傍目には無事に見える緑谷たちであるが、よく観察すると緑谷は左手の指を庇っており、峰田の顔にも垂れた血を拭ったような跡があった。無傷での勝利とはいかなかったようだが、命に関わる怪我でなくて何よりである。

 

「既に私の鳥をオールマイト先生と校長先生に飛ばしている。意味が通じればすぐにでも駆け付けてくれるはずだ」

 

「おお、やった!オイラたち助かるんだ!やったな緑谷!」

 

 諸手を挙げて喜ぶ峰田に緑谷もようやく笑みを浮かべる。オールマイトを殺せる戦力があったとしても、大勢の雄英のプロヒーローたちが来るならば、きっと勝てるはずだと緑谷は信じていた。

 

「相澤先生も大勢のヴィラン相手に拮抗している。このまま時間を稼げば――」

 

 緑谷が広場で戦闘を続けている相澤の方へと振り返った時であった。脳を剥き出しにした黒い大男が一瞬で相澤の背後に回り込み、相澤の右腕を掴むとそのまま勢いよく地面に叩き付けた。掴まれていた相澤の右腕はあらぬ方向にへし折れ、頭部からは血が流れ落ちる。

 

「個性を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの無個性だもの」

 

 “手”を体中に身につけた男、死柄木が楽しげにそう言うと、黒い大男は相澤の左腕をもグシャリと握りつぶした。相澤の短い悲鳴に耳も貸さず、黒い大男は更に相澤を殴り痛めつける。

 

「なっ、相澤先生!?」

 

「ひっ、そんな……」

 

 凄惨な様子に息を飲んで怯える生徒たち。5人のクラスメイトたちの視線が黒い大男に集中する中、妹紅は頭を抱えながら辿々しく歩を進める。

 

「妹紅!?」

 

「そうだ!黒い大男!しまった、奴の個性だ!」

 

 尾白がハッと気付いて、そう叫んだ。しかし妹紅は、酷くかき乱される頭の中でこれは個性による攻撃ではないと考えていた。その根拠は一切無い、むしろ個性による攻撃だと考えた方が辻褄は合う。それでもなお、これは妹紅自身の問題だと思わせるナニカが黒い大男の目に宿っていた。

 

「私は…私の…」

 

 覚悟はあった。友を守る為ならばトラウマなど、過去の記憶など乗り越えてみせるという気概もあり、実際恐怖心は克服しつつあった。しかし、だからこそ、この黒い大男は自分が決着を付けるべきだという強迫観念めいた想いがマグマのように湧き出してくる。目の前で相澤が痛めつけられている事も理由の一つだろう。まるで昔の自分を見ているようだった。

 俯いてブツブツと呟きながらも妹紅は激情を胸に秘め、陸地に足をかけた。

 

「藤原さん!?」

 

「妹紅!?ダメだよ!」

 

 黒い大男へと向かう妹紅を慌てて止めようとする葉隠だったが、妹紅の身体から噴き出し始めた炎で近寄る事が出来ない。妹紅がゆっくりと歩を進めると、身体から噴き出す炎は更に大きくなり、猛火と化していく。

 

「す、すごい炎…皆、水から出ちゃ駄目だ!」

 

 煌々と辺りを照らす炎に緑谷たちは水中に身を潜め、岸から妹紅の様子を心配げに見つめる。オールマイトの戦闘訓練で轟相手にみせた炎など歯牙にもかけない程の炎が妹紅の身体に渦巻いていていた。

 

「なんだ、あの炎は?」

 

 炎に気が付いた死柄木がイラついた声で妹紅を睨み付ける。だが、妹紅は構わず右手を天に掲げる。妹紅から生み出された莫大な炎が腕を伝い上空に集められていき、太陽のような煌めきを放つ塊となった。そしてその炎の塊からムクリと巨鳥の頭部が起き上がり、黒い大男を睨み付ける。翼、胴体と次々に形作られ、ついには全長十数メートルの巨大な火の鳥が姿を現した。

 

「『パゼストバイフェニックス』!」

 

「チッ!脳無、イレイザーヘッドを俺によこせ!お前はそこであの炎の鳥を迎え撃て!」

 

 妹紅の炎が込められた巨鳥が舞った。翼を大きく羽ばたかせ、黒い大男めがけて一直線に飛翔する。

 同時に死柄木は黒い大男、脳無から素早く距離をとった。この死柄木という襲撃主犯格の男は戦闘における観察眼に優れており、それ故に妹紅の生み出した火の鳥の危険性に誰よりも先に気付いた。

 死柄木の命令通りに脳無がボロボロになった相澤を投げる。死柄木は足下に投げ飛ばされた相澤の身体を素早く引きずり起こすと、それを自分の前に突きだして盾にした。

 一方、相澤を投げ飛ばした脳無は、その場で腰を深く落とし、火の鳥を迎撃する。

 

 火の鳥の巨大な嘴が上下に大きく開かれ、脳無を喰らい尽くさんと迫る。だが、火の鳥を目の前にして脳無が動いた。

 深く腰を下ろした構えから右の正拳突きが恐ろしい程のスピードで繰り出される。拳から生み出された衝撃と爆風が火の鳥の喉奥に叩き込まれ、そして火の鳥の中心付近でそのエネルギーを爆発させる。火の鳥の中心から後部は完全に吹き飛び、辺りに炎を撒き散らしていた。最早、火の鳥には頭と首、そして一部の胴体と翼しか残されていない。

 

「まだだ!喰らいつけ!」

 

 しかし、妹紅の一喝に半壊の火の鳥は応えた。開かれていた嘴が勢いよく閉じられ、脳無の身体を捉える。途端に急上昇し、脳無の身体を天に向けて持ち上げて行く。脳無が抵抗する度にボロボロと火の鳥の身体が崩れていくが、それでもなお垂直に飛び続けていた。炎を散らしながら飛翔する火の鳥の姿はUSJのほぼ全ての位置から見る事が出来た。

 天井寸前まで上昇した時、ついに火の鳥の両翼がボロッと崩れ落ちた。同時に浮力を失い、降下を始める。最早、火の鳥は頭部しか残っておらず、傍目から見たその姿は炎の塊でしかない。それでもなお嘴に脳無を据え、逃す事無く捉え続けている。そして数秒の自由落下を経て、脳無と火の鳥は妹紅の眼前の地面に着弾し、大きな爆炎を上げた。炎が次第に収まっていく中、煙と砂埃が辺りに舞う。

 

「やったぁ!妹紅が勝った!」

 

「すげぇ!あのデカブツをやっつけたぜ!」

 

「来るな、まだ終わっていない…私の身に何があっても、絶対に来ないでくれ。私はあの大男と決着を付けなければならない」

 

「え?」

 

 勝利を喜び、水難ゾーンの水辺から出ようとしていた緑谷や葉隠たちを妹紅は手で制止しながら言った。5人は疑問符を浮かべつつも、言われたとおり陸地には上がらずにその場で留まる。

 

 緑谷たちの言うとおり、決着はついた筈だ。『パゼストバイフェニックス』、妹紅の最大火力を誇る技である。たとえ入試時の0ポイント巨大仮想敵だろうと容易に破壊し、焼き潰す事が出来るであろう。

 確かに、あの脳無という大男は拳だけでパゼストバイフェニックスの半分以上を消し飛ばした。あのパワーとスピードはオールマイトに匹敵すると言っても過言では無い程であったが、それでもあの炎に飲み込まれれば、オールマイトだったとしても無事ではいられないだろう。全身に酷い火傷を負った筈であるし、すぐに治療しなければ命に関わる場合もある。

 

 しかし、それでも、妹紅には確信があった。あの脳無という大男はこの程度で死にはしない。それどころか、まだ脳無との戦いは終わっていないという確個とした予感があった。

 

「クソ、何をやっている脳無め!」

 

 一方、襲撃主犯格の死柄木は語感を強めながらガリガリと首筋を掻き毟り、苛立ちを隠せずにいた。今回の襲撃の肝であり自慢のオモチャである脳無が、生徒如きにただの一度でも(・・・・・・・)撃破される事は死柄木のプライドを傷つけた。

 首筋を掻き毟りながら死柄木は妹紅を睨む。そして、襲撃前に得られた情報の1つを思い出していた。

 

「そういえば、エンデヴァーのガキが居るかもしれないと黒霧が言っていたな。まさかアレがそうなのか?名前からして男だと思っていたが…まぁいい、脳無!あの白いガキを殺せ!」

 

 妹紅に油断は一切無かった。自身の予感に加え、死柄木の発した言葉が妹紅にも聞こえていたため、両手に炎を纏い完全な警戒態勢で構えていた。だというのに、気付いた時には火傷の跡すらない脳無の拳が自身の鳩尾にめり込んでいた。

 

 脳無の掬い上げるようなアッパーカットに妹紅の身体が数メートルの高さまで浮いた。ただの一撃で妹紅の肝臓の一部が潰れ、胃は破裂。他の臓器も差は有れども多くが損傷していた。

 大量の血液が妹紅の口から吐き出され、身体は力無く落下していく。妹紅に意識は有れども身体は動かない。ただ自身の内臓に再生の炎が灯るのを他人事のように感じていた。

 脳無は妹紅の吐き出した血を頭から浴びながら、両手の指を組み合わせた拳を頭上に振りかぶる。脳無に与えられた命令は、妹紅に致命傷を与える事ではなく殺害である。今、この場で死を確定させろという命令なのであり、脳無はただそれを全うしようとしていた。

 

 両手の指を組み合わせた拳、ダブルスレッジハンマーが落下してきた妹紅の背に叩き込まれた。脳無の拳と固い地面に挟まれた妹紅の身体に全ての衝撃が集約される。背骨は粉々に砕け、心臓や肺、肝臓は完全に破裂。胴体はベコリと潰れ、折れた肋骨が皮膚を突き破りコスチュームを歪に押し上げながらも紅く染め上げていく。間違いなく即死と判断される状況であった。

 

「ははは、死んだな」

 

「あ…ああ…ウソ…ウソだよね、妹紅…妹紅、返事をしてよ…」

 

 楽しげに笑う死柄木とは対照的に、葉隠の声は涙で震えていた。緑谷や蛙吹、尾白、峰田も顔を真っ青にして妹紅の亡骸を見つめる。僅か十数メートル先、目の前で行われた殺人。友人が殺された事、そして助ける事が出来なかった事に衝撃や後悔、自責の念に心が支配され、緑谷たちの思考は停止してしまっていた。

 だが、そんな状況でも悪意は止まる事無く、緑谷たちの姿をねめつける。

 

「ははは、ついでに奥に居るガキ共も殺しておくか。脳――なんだあれは?」

 

 死柄木は思わず目を見開いた。先ほど間違いなく殺した筈の生徒の身体から炎が噴き出していた。死んでもなお発動する個性など、死柄木は今まで聞いた事が無い。炎で鳥や人間の複製体(ダミー)を作り出し操る事が出来る創造系の個性、受けたダメージを炎に変換させて放出する吸収・放出系の個性、更には精神干渉系の個性によって幻覚を見せられている可能性までも考慮し、死柄木は妹紅の個性の解析に思考を巡らせる。

 

 炎の中で妹紅の指がピクリと動いた。それを皮切りにググッと全身に力が込められ、上体が起き上がる。そしてついには立ち上がった。再生の炎が消え、自身の血で汚れたコスチュームを着ながら脳無の前に立ち塞がる妹紅。その身体には一切の傷が残されていない。

 

「不死鳥は…死なん!」

 

 妹紅の小さい、それでいて力強い呟きが、葉隠たちに届いていた。

 




ゾンビもこたん現わる。18禁G(グロ注意)ヒーローです。

因みに、ダブルスレッジハンマーはプロレス技。見た目が派手なだけで、打点がちょっとでもズレると、小指を痛める危険性がある諸刃の剣。なお片手で殴った方が強い模様。ドラゴンボールとかの格闘戦でよく見る技。

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