もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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今話もグロ注意でした。


もこたん、USJに行く 3

 炎を纏い、妹紅は地面を蹴った。その勢いのまま渾身の右ストレートを脳無の肩口に叩き込むが、全身を分厚い筋肉で覆い、更に『衝撃吸収』という個性をも持っている脳無に妹紅の打撃は通じない。だが、その身に纏う炎は別である。妹紅の炎が脳無の身体を貫通して背側から噴き出した。

 脳無の右肩には拳大の穴が空き、その周りは炭化する程の傷痕が刻まれる。しかし、急激に周囲の肉が盛り上がり、その焼け焦げた穴を埋めていく。数秒で傷口は消え、火傷痕すらも残ってはいなかった。恐らくは再生系と増強系のハイブリッド個性なのでは、と妹紅は予想する。

 

「脳無!今度は確実に殺せ!」

 

 死柄木の声に脳無は即座に反応した。その巨大な手で妹紅の頭を素早く鷲掴みにすると、そのまま地面に叩き付ける。そして拳を握りしめると、妹紅に向けて何度も何度も両腕を振るう。地面に紅いクレーターが出来て、妹紅の肉体に再生の炎が灯るが、それでもなお脳無は連撃の手を緩めない。炎を躙り消さんとばかりに拳を叩き付け続ける。その衝撃は地震のようにUSJ全体を震わせるほどであった。

 脳無が最後のトドメと言わんばかりに、右拳を激しく叩き付けた。その拳をゆっくりと引き上げるとネトッとした血が糸をひく。

 だが、原型を保っていない肉塊を再生の炎が包み込むと、妹紅は再び息を吹き返した。そして無傷の姿で立ち上がるや否や、爆炎とも呼べる特大の炎を纏い戦闘を続行する。

 

「クソ!完全にミンチになったはずだぞ…!どうなっている!…まさか再生系か?だが、死んでも蘇る再生系の個性なんて、“先生”からも聞いた事も無いぞ…!」

 

 脳無と妹紅の戦闘を見ながら、死柄木は苛立ちを抑えきれない声を放つ。だが妹紅は、それを聞き流しながら脳無と対峙し続けた。

 焼きながら殺され、殺されながら焼く。僅か数分の交戦で妹紅は数え切れない程死んだ。しかし、その度に蘇り、脳無に挑み続けていた。

 

 

「死柄木 弔」

 

「黒霧か、13号はやったのか」

 

 死柄木の背後に現れた黒いモヤが彼の名を呼んだ。死柄木は振り返りもせずに黒霧に現状を聞く。

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……1名逃げられました」

 

「クソッ!オールマイトの不在といい、あのエンデヴァーのガキといい、どうしてこうも上手くいかない!」

 

 望まぬ返答に死柄木の苛立ちはピークに達した。首筋を酷く掻き毟り、血が滲むとも構いはしない。そんな中、黒霧は脳無と対峙している妹紅に視線を向ける。

 

「エンデヴァーの子ども?ふむ、名前から男子生徒かと思っていましたが、女生徒でしたか。あの脳無と渡り合うとは末恐ろしい。ですが…」

 

 脳無が一瞬で妹紅の背後に回り込み、左足首を片手で掴み上げた所で黒霧は言葉を区切る。そして、脳無はそのまま妹紅を振りかぶり地面に叩き付けた。鈍い衝撃音が辺りに響く。黒霧は高層ビルの屋上から飛び降りたかのような残骸を見ると、死柄木の方に視線を戻して話を続けた。

 

「死にましたね」

 

「まだだ。あのガキ、何度殺しても蘇りやがる」

 

 黒霧はそんな馬鹿な、と思いつつ振り返る。そこには炎に包まれユラリと立ち上がるヒトの姿があった。殺されてもなお、脳無を睨み付ける少女の瞳に身震いすら覚えながらも黒霧は声を上げる。

 

「なっ!?蘇生個性ですか!?まさかそんな個性が――いえ、この超人社会、どんな個性が有ってもおかしくはありません。無論、蘇生では無く他の個性である可能性も有りますが…」

 

「ああ。だが、もし蘇生だとしたら……先生が喜びそうな個性だなぁ」

 

 そう言って死柄木はようやく掻き毟る手を止める。その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 

「クッ、近づく事も出来ないなんて…」

 

 一方、妹紅の戦いを見守っていた尾白が額に汗を浮かべそう呟いた。水で濡れているというのに時折頬を撫でる熱風は火傷しそうな程熱い。加勢して少しでも力になりたいという気持ちは皆持っている。だが、どうあがいても足手まといにしかならないという現実が彼らを苦しめていた。

 

「ケロ…個性『不死鳥』。本当に不死なのね。凄く強い個性だわ」

 

「で、でも、このままじゃあマズい!」

 

 冷静に個性を評価する蛙吹。無論、心中は妹紅を思う気持ちで一杯であるが、あえて冷静に振る舞っていた。しかし、反対に緑谷が焦った声を出す。

 

「復活する度に藤原さんの炎の威力がどんどん落ちていっている…もし、藤原さんの個性が許容上限のある発動型だったら、このままじゃあ…」

 

 その言葉に葉隠たちはハッと息を飲んだ。確かに妹紅の身体を纏う炎は戦闘当初よりもずっと小さい。放つ炎も要所で力を入れているだけで、爆炎で焼き払うような使い方をしていない。更によく見れば、妹紅は肩で息をしており、足下は僅かにふらついているようだった。

 事実、妹紅は限界に近かった。敵に悟られないようにと炎を放っているが、見かけ倒しの炎に過ぎず、その火力は低い。後一回でも再生するか大技を繰り出せば、体力は底を尽くかもしれない。そんな状況であった。

 

(これが…私の限界か…)

 

 個性『不死鳥』、炎の使用に応じて体力が必要となる。また身体を再生する場合にも体力が必要となるが、再生箇所が大きい程、必要とする体力は多くなる。故に死から再生するときは体力の消費も著しい。

 不死の名の通り、たとえ体力が無い状態で死んでも再生は可能であり、個性を消されでもしない限り妹紅が完全に死ぬ事は無い。しかし、再生したとしても体力が無い為に炎は使えず、身体も疲労で動かす事も出来ない状態になる。つまり、死にはしないが完全に無力化される事となってしまう。

 

 妹紅も自身の限界をひしひしと感じていた。痛みは感じずとも疲労は感じるのである。現状ですら、身体が自重で崩れ落ちそうな程重く、呼吸すらも気怠い。意識も朦朧とし始めており、脳無の姿に父が幻のように重なって見えていた。歯を食いしばるとギリッという歯ぎしりの音が妹紅の頭に響く。

 

(デスパレートクロー!)

 

 既に声を出す余裕も無く、声帯からはかすれた呼吸音しか生み出されない。それでも妹紅はただ敵に向かった。炎を右手に集めて炎の爪を形成すると、脳無の足下を狙って炎爪を大きく振るう。脳無は軽く後方に跳躍する事で避けたが、それに合わせて妹紅は炎に最後の力を込めた。急激に巨大化した炎爪が着地した瞬間の右足を切り飛ばし、脳無は片足を失った事でバランスを崩して倒れた。だが、その傷口は既にグムグムと蠢いており、直ぐにでも新しい足を形成する様子を見せている。

 

 そして同時に体力を使い切ってしまった妹紅の身体から炎が消えた。力を失った身体がガクリと崩れ落ち、両膝を地に突く。妹紅は直ぐに立ち上がろうとするが、全身に力がまるで入らない。まるで数十キロの重りでも背負っているのかと思う程の疲労が妹紅を襲っていた。最後の技で妹紅の体力は完全に尽きてしまい、マッチの火程度の炎すらも生み出す事は出来ない有様だった。

 

 それでもなお、妹紅は限界を超えて立ち上がり、脳無に対峙した。他の誰にでもなく、この者にだけは決して屈してはいけないという想いがあった。もしも、ここで屈してしまえばヒーローどころか、藤原妹紅という己の芯すらも折れてしまう。そんな一念が妹紅を支えていた。

 

 だが、そんな妹紅の想いすらも叩き潰さんと、足を再生して起き上がった脳無は妹紅へと近づいてくる。そして、わざと恐怖を煽るかのように拳をゆっくりと振り上げた。どんなに死力を振り絞り立ち上がったとて、妹紅の身体は既に死に体である。出来るのはただ脳無を睨み付ける事だけだった。

 

 この時、妹紅を助けようと緑谷が動きをみせた。手を出すな、と妹紅から言われていたが、灯火の消えた妹紅を最早見ていられず、自身の危険を考えるより先に身体が動こうとしていた。オールマイトから受け継いだ個性『ワン・フォー・オール』ならば、妹紅を救う事が出来ると信じ、足に力を込める。

 しかし、緑谷が『ワン・フォー・オール』を発動しようとした直前の事であった。USJの出入り口の扉が轟音と共に吹き飛ぶ。脳無と妹紅、その2人以外の誰もが振り返り、土煙の中から現れた1人のヒーローに視線を向けた。

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

「待ったよ、ヒーロー。社会のゴミめ」

 

 オールマイトの姿を見た生徒全員が彼の名前を叫んだ。No.1ヒーローであり、雄英教師。待ち望んだ存在に涙を流す生徒も居る。一方、ヴィランといえどもチンピラに過ぎない者たちは、その威風堂々たる姿に動揺を隠せない。だが、死柄木だけは憎しみの籠もった目でオールマイトを睨み付けていた。

 

「あれが…!生で見るの初めてだぜ…!迫力すげえ…」

 

「バカヤロウ、尻込みするなよ!アレを殺って俺たちが…」

 

 瞬間、オールマイトが動いた。相澤が倒し切れなかったヴィランたちを一瞬で叩き伏せ、死柄木にも一撃を入れる。死柄木が怯んだ隙に相澤を助け出したかと思うと妹紅を担いで、緑谷たちの目の前に現れた。そのスピードに峰田を始め、皆があっけにとられる。

 

「え、あれ!?速ぇ!」

 

「藤原少女の鳥が飛んで来た時、すぐに走ったよ。来る途中で飯田少年とすれ違って何が起きているかあらましを聞いた。皆、もう大丈夫だ」

 

 オールマイトは相澤と妹紅を優しく地面に下ろしながら言った。だが、妹紅はまるでオールマイトの声が届いていない様子でフラフラと立ち上がる。そしてオールマイト越しで脳無を睨み付けながら、足を一歩踏み出した所でオールマイトの大きな身体が妹紅を温かく受け止めた。妹紅のかすれて弱々しい声がオールマイトの耳に届く。

 

「私が…私がアイツを…倒さないと……」

 

「もういいんだ、藤原少女。君は良く戦ってくれた。君の奮闘は相澤君やクラスメイトたちの命を助けた。君のおかげだ。後は私に任せておきなさい。何も心配はいらないさ」

 

 オールマイトは一目で何が起きたか理解していた。コスチュームを含め全身を血で染めた妹紅の姿。さらに妹紅を救出した辺りにはいくつものクレーターに血溜まりが出来ており、周りには肉片や内臓の一部が散乱している。何人もの人間が殺された事件現場のようであった。

 その光景にオールマイトは自身の奥底から沸々と怒りが沸き上がってくるのを感じていた。しかし、だからこそオールマイトは笑顔で妹紅に、生徒たちに語りかける。

 

「さぁ、早く避難するんだ。皆、相澤君と藤原少女を頼んだ。入り口に向かってくれ。直ぐに応援の先生方が来られるはずだ。相澤君は意識が無い、早く」

 

「オールマイト、駄目です!あの脳みそヴィラン、藤原さんがどんなに攻撃しても直ぐに再生して……!」

 

「緑谷少年。大丈夫!」

 

 緑谷の忠告にオールマイトはピースサインと笑顔で応える。そして一足で脳無の懐に飛び込むと次々に打撃を与えていく。

 一方、その場を離れた生徒たちは緑谷と尾白が相澤を担ぎ、葉隠と蛙吹が妹紅に肩を貸して避難を始めていた。

 

「妹紅、大丈夫!?頑張ってね、すぐに避難場所に着くから!」

 

 葉隠の声に妹紅は僅かにコクリと頷いた。呼吸が精一杯であり、もう声すら出したくない程に疲弊していた。背後からは大きな戦闘音が響き渡ってくる。

 

「すごい、これがトップヒーロー…」

 

「何でバックドロップが爆発みてーになるんだろうな…!やっぱダンチだぜオールマイト!」

 

 思わず足を止めて振り返る。尾白はトップヒーローの実力に驚嘆し、峰田は興奮しながらオールマイトを応援している。しかし、オールマイトの秘密(ピンチ)を知っている緑谷だけは、その心を酷く乱していた。

 

「峰田君、相澤先生担ぐの代わって!」

 

「いいけど、急にどうしたんだ?ばっ!?緑谷!危ねーぞ!」

 

「なっ、緑谷!?」

 

 気絶している相澤を峰田に任せた緑谷が駆け出した。皆の制止の声にも耳を貸さずヴィランたちへ突貫するが、その動きは黒霧に即座に看破され、黒いモヤが緑谷の行く手を阻む。しかし、緑谷がモヤに飲まれる寸前、突如として爆発音が鳴り響いた。

 

「爆豪君!それに轟君と切島君も!」

 

「ケロ、1-Aのトップ戦力ね。今のうちに私たちは相澤先生と藤原ちゃんを避難させましょう」

 

 爆豪は黒霧を押さえつけ、動かぬよう脅しつける。轟は脳無を氷結攻撃で凍らせてオールマイトの援護を行い、切島は死柄木に殴りかかっていた。ヴィランたちが完全に足止めされた様子を確認すると、蛙吹たちは避難場所へと急ぐ。

 

「藤原さん!相澤先生!」

 

「ッ…!」

 

 出入り口前の階段に到着すると麗日と障子が駆け下りてきた。妹紅と相澤の姿を見ると、麗日は顔を真っ青にして声を上げ、障子は絶句する。担がれて来た以上、この2人が大怪我を負った事は覚悟していたが、その姿は予想よりも遙かに酷いものだった。

 動揺しながらも障子は個性で辺りを警戒し、麗日は2人に触れて『無重力』を発動させた。浮いて飛んで行かないように固定すると、6人は急いで階段を駆け上がる。

 

 出入り口のゲートでは倒れた13号を看病する瀬呂、砂藤、芦戸の姿があった。13号は黒霧との戦闘でコスチュームの背中部分を抉られるように破壊されており、背中から上腕にかけて裂傷を負っていたが、瀬呂の個性『テープ』により止血を終えていた。

 13号の出血が止まり、僅かにホッとしたのもつかの間の事だった。全身を血で染めて運ばれてくる妹紅の姿を見て瀬呂と砂藤はその目を見開き、芦戸はその悲惨な様相に涙を溢して側に駆け寄る。

 

「ふ、藤原!?」

 

「ち、血まみれじゃねーか!早く止血しねーと!」

 

「私はもう治った…。それより…先生を…」

 

 慌てる瀬呂と砂藤にようやく呼吸が整ってきた妹紅が辿々しく返答する。合点がいったとばかりに2人は頷いた。

 

「そうか、『不死鳥』!炎と再生の個性だったな!先生は…ひでぇ、両腕がメチャクチャに…」

 

「とにかく応急処置だ。添え木になる物を探して、瀬呂のテープで固定しよう。頭を揺らさないように気を付けるんだ」

 

 冷静な障子が主体となって相澤の応急処置が行われる中、『無重力』を解除された妹紅は壁に背を預けて、足を伸ばしてダラリと力無く座り込む。空気にすら押し潰されるような倦怠感が全身を包み、忘れていた筈の昔の記憶が脳裏をよぎる。頭の中でグルグルと悪感情が渦巻いて、更に気分が悪くなった。今は、ただ無性に慧音に会いたかった。

 

 

 

「オールマイトがあの黒いヴィランをブッ飛ばした!流石オールマイトだぜ!」

 

 オールマイトたちの戦いを見ていた峰田が興奮したように声を上げた。あの脳無と呼ばれた黒い大男をUSJの外まで殴り飛ばしたという。それから少しすると相澤の応急処置を行っていた障子が警戒を促す声を上げた。

 

「む、気を付けろ。外から大勢の足音が聞こえる。これは…飯田のエンジン音!先生方を連れてきてくれたか!」

 

 同時に銃声が続けざまに鳴り響く。その銃弾は未だ無力化されていないヴィランたちの関節部分を正確に撃ち抜いて無力化していった。

 そして校長の根津を含め、10人を超える雄英教師がズラリとゲートから現れた。USJから校舎までの距離を全速力で走り抜き、汗まみれとなった飯田の姿もそこにはあった。

 

「なっ!?藤原!おいっ、大丈夫か!?」

 

「藤原くん!?」

 

 全身血まみれとなり、ぐったりとしている今の妹紅の姿は死体に見えなくもない。その姿に気が付いたプレゼント・マイクが慌てて声を上げると、飯田も驚愕の声を上げる。だが、妹紅は力無く首を横に振った。

 

「もう治っています…」

 

「何!?いや、そうか、そうだったな」

 

 プレゼント・マイクが慌てたのは一瞬だった。すぐにヴィランたちに警戒を向ける。距離があり、圧倒的な戦力差であるが、油断は禁物である。何が起こるか分からない、それが個性を使った戦いである事をプロヒーローである彼は理解している。

 

 

「ゲームオーバーだ…帰って出直すか、黒霧…グッ!」

 

 一方、教師陣の姿を確認した死柄木は撤退するべく黒霧に声をかけた。だが、スナイプの放つ銃弾は、彼の個性『ホーミング』によって死柄木の手足を的確に打ち抜く。更に大怪我をした13号が這いつくばりながらも『ブラックホール』を発動させて、彼等の逃亡を阻止していた。

 しかし、13号の『ブラックホール』により捕縛されるよりも先に黒霧の個性が発動し、死柄木と黒霧の両名はその場から姿を消した。“今度は殺すぞ、平和の象徴オールマイト”、それが襲撃主犯格の死柄木弔が残した言葉だった。

 

 

「主犯格と思われるヴィランには逃げられてしまったか…それより今は生徒の安否だね。スナイプ先生、生徒の数を」

 

「この場に10人、広場に4人、山岳ゾーンに3人、計17人。3人不明」

 

「葉隠ちゃんはここにいるわ」

 

 クラスメイトの安否を心配していた蛙吹は先んじて人数を数えていた。どうやら姿の見えない葉隠がカウントされていなかったようなので、スナイプにそれを伝える。

 

「失礼、この場に11人。計18人、2人不明。ハウンドドック先生」

 

「グルルル!」

 

「暴風大雨ゾーンが怪しい、か。俺も共に行こう」

 

 猟犬ヒーロー、ハウンドドックの嗅覚と聴覚が導き出した答えは暴風大雨ゾーン。根津がコクリと頷くと同時にハウンドドックが走り出した。更に、1-B担任教師のブラドキングがその大柄な身体からは考えられない程の俊敏さでハウンドドックを追走する。

 その様子を見送りながら根津は次なる指示を飛ばす。

 

「スナイプ先生とセメントス先生はここの守りを、他教員はUSJ内の施設を捜索して欲しいのさ。生徒の保護と安全を最優先に。その後、逃げ遅れたヴィランの制圧、捕縛。連絡は密に。ではお願いさ」

 

 ゲート前、及び噴水前の広場には、視野が広く遠距離攻撃に優れたスナイプ、そしてセメントを自在に操るという防御に優れた個性を持つセメントスの2人が残る。

 また、3人の生徒が取り残されている山岳ゾーンには、『分身』の個性を持ち、生徒の護衛と同時にヴィランの捕縛も可能なエクトプラズム。更に採掘系の個性を持ち、山岳ゾーンと相性が良いパワーローダーの両名が向かった。残された教員たちも他施設に向けて即座に動き出す。

 

 しばらくして、根津の元に報告が入った。暴風大雨ゾーンで常闇と口田を、山岳ゾーンで上鳴と八百万、耳郎たちを無事に保護したという報告だった。これで生徒全員の無事が確認された。

 結果として、この襲撃で死者が出ることは無く、根津はホッと胸を撫で下ろす。しかし、教師はイレイザーヘッドと13号が重傷。オールマイトは重傷では無いが蓄積されたダメージは大きい。

 また生徒の実質的(・・・)な被害は、緑谷が両足と指の骨折により重傷、後は数名がかすり傷を負った程度であった。

 

(死者が出なかったのは不幸中の幸い…なんて言えないね……)

 

 根津は妹紅の姿を見て独りごちる。妹紅の様相、そして噴水前の広場の戦闘跡を見れば、何が起きたか容易に想像出来た。

 予兆はあった。昨日のマスコミ侵入騒動の際、鉄壁を誇る雄英の防護壁が破壊されていた。マスコミの仕業とは到底思えないソレに警戒して警備を厳重にしたつもりであったが、まさか翌日に、それも最強のヒーロー、オールマイトを標的に襲撃をかけてくるなどとは予想だにしていなかった。もちろん、それが言い訳になるはずも無い。雄英の危機管理不足で生徒を危険な目に遭わせてしまった事は紛れもない事実だ。早急に警備体制の改善を行わなければならないだろう。

 近づいてくるパトカーと救急車のサイレンを聞きながら、根津は自身の個性『ハイスペック』を用いて思考を巡らせていた。

 

 

 

 とある地方都市、歓楽街で良く見かける変哲の無い雑居ビルの3階。隠れ家的なバーの内装で整えられたその空間に黒いモヤが渦巻いていた。

 

「ってぇ…」

 

 モヤから現れた死柄木がワープ先の床に音を立てて倒れ込む。撃ち抜かれた四肢からは血が流れ出て、床を徐々に赤く染めてゆく。死柄木は痛みに悶えながら文句を並べ立てる。

 

「完敗だ…脳無もやられた。手下共は瞬殺だ、子どもたちも強かった…平和の象徴は健在だった…!話が違うぞ先生……」

 

『違わないよ』

 

 そう否定する声がカウンターの端に置いてあるテレビモニターから発せられた。死柄木から“先生”と呼ばれた男は中年くらいの声で、まるで子どもを諭すかのように死柄木に語りかける。

 

『ただ見通しが甘かったね』

 

『うむ、舐めすぎたな。(ヴィラン)連合なんちうチープな団体名で良かったわい。ところで、ワシと先生の共作脳無は回収してないのかい?』

 

 更に年老いた男性、仲間内からは“ドクター”と呼ばれる男の声もテレビモニターから聞こえてくる。それに対し黒霧が、そんな余裕は無かった、と面目なさそうに応えた。

 

『せっかく『超再生』の個性をつけて、オールマイト並みのパワーにしたのに…まぁ、仕方ないか、残念』

 

 先生は残念と口では言いつつも、その声からはまるで執着心が感じられない。しかし一方で、死柄木はその2つのワードにピクリと反応する。

 

「再生…パワー…。そうだ…何度殺しても死なずに燃えて蘇る子どもがいた。それにオールマイト並の速さを持つ子どもも……」

 

『……、へぇ』

 

 幾ばくかの間をおいて、彼は相づちをうった。一方、死柄木は邪魔をした2人の子どもを思い浮かべるにつれ、徐々に苛立ちを露わにする。

 

「あの白いガキがいなければ他のガキ共を殺して回れたはずだ…!あの地味なガキがいなければオールマイトを殺せたはずだ……!あのガキ共が…ガキ共…!」

 

『悔やんでも仕方ない!その情報を得られただけでも今回の襲撃は無駄では無かった。死柄木弔!次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!』

 

 死柄木は怒りのあまり、撃ち抜かれた四肢の痛みすら無視して床に爪をたててガリガリと引っ掻く。爪が割れて血が滲むも、その苛立ちは一向に治まらない。それを見かねた先生が死柄木に声をかけて奮起を促した。その言葉で多少は落ち着いた死柄木の様子を、彼はモニターで見ながら満足げに頷く。

 

 そもそも、先生と呼ばれた彼は今回の襲撃でオールマイトを殺せるとは思っていなかった。対平和の象徴(オールマイト)を想定した脳無と言えども、オールマイトはそんなモノに敗れる程甘いヒーローでは無い。それは過去に、彼自身がその身をもって証明した事だった。

 ならば何故、出来もしないオールマイト殺害を掲げて雄英を襲撃したのかというと、それは死柄木の育成の為だ。敗北という経験と憎悪は死柄木に新たな成長をもたらし、いずれ次代の巨悪としての糧となるだろう。その点だけでも十分な成功だと言えるのに、更に死柄木は2つの有用な情報を持って帰って来てくれた。死んでも蘇る個性と、オールマイトに似た個性。どちらも非常に興味をそそられる個性である。

 

「その子どもたち……私の方で調べてみるか」

 

 闇に潜む巨悪が、口元を楽しそうに歪めて、そうボソリと呟いた。




妹紅が死にすぎて周りが慣れてきたら…
『妹紅殿がまた死んでおられるぞ!』とか『また死んでおるのか(呆れ)』とか言われて天膳様並の扱いになるのだろうか…


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