もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと雄英体育祭 第二種目 後編

 各地でポイントの奪い合いが激化する中、大きな動きを見せないチームが1つあった。A組とB組、そして普通科の生徒によって構成された異色のチーム、心操チームである。騎手は心操、前騎馬は常闇、そして後騎馬はB組の床田と麟で構成されていた。

 しかし、B組の2人の様子はどこかおかしく、心操を担ぎながらも呆けたような表情を覗かせている。それもそのはず、心操の個性は『洗脳』。問いかけに答えた者を洗脳する事が出来る個性であり、心操はその個性を用いて床田と麟を洗脳して、自らの騎馬に組み込んでいたのだった。

 

「心操、2人の洗脳を解け。無理矢理とは言え、既にチームを組んで試合が始まってしまった以上、彼等も勝ち残るために協力してくれる筈だ」

 

「ソウダ、ソウダ!…イテッ!」

 

「喋るなと言っただろうが」

 

 常闇は周囲を警戒しながら心操に向けて言う。ダークシャドウが便乗して声を上げるも、すぐにゲンコツを落とされていた。

 常闇も心操に声をかけられ受け答えした際に、1度は洗脳されてしまったが、常闇の意思を持つ個性『黒影(ダークシャドウ)』によって叩き起こされていた。洗脳から覚醒した直後は混乱したが、飛んだ記憶、虚ろな表情で佇む床田と麟。それら僅かな情報から、常闇は心操の個性を察したのだった。

 更に、個性であるダークシャドウが洗脳されるかは不明であるが、念のためにダークシャドウには喋らないようにと命令していた。これで、たとえ常闇が再度洗脳されたとしても、すぐにダークシャドウによって解かれるだろう。心操も分かっているのか、常闇を洗脳することを諦めていた。

 

「協力?それはどうかな、B組の奴らは第一種目から組ぐるみで作戦を立てていたように見える。この2人が確実に俺たちの味方になるとは言い切れないだろう。それに、最終種目にはチーム単位で選出される。彼等も楽で良いじゃないか」

 

「ふざけるな!彼等がどんな気持ちでこの体育祭に臨んでいると思っている!」

 

 心操の言い分に常闇は口調を荒げる。床田と麟、常闇とは別クラスの生徒たちだが、体育祭にかける気持ちは自分たちと同じはず。きっと、自身の実力が発揮出来る騎馬を組みたかっただろうと常闇は思っていた。

 

「どんな気持ち?もちろん分かっているさ、皆本気だ。ヒーローになる為、全員なり振り構わず勝利を目指している。常闇、お前だってそうだろう?俺もそうだ。自身の個性を最大限活用して、この騎馬戦に挑んでいるだけだ」

 

「く、しかし…」

 

 心操の言い分に常闇は言いよどんでしまった。心操に対して少なくない嫌悪感を抱く一方、同時に心操の行動を悪辣だとも言い切ることも出来ない己がいた。なぜなら、常闇もまた“上”を目指さんとする者の1人。洗脳という信用を踏みにじる行為の後でも、常闇が彼とチームを組んだ理由は、己の個性が活かせる事。そして、このチームならば確実に勝ち上がれると確信したからであった。

 

「本当に気にくわないのであれば、そのダークシャドウとやらで2人を叩けば洗脳を解くことも可能だ。だが、目が覚めた2人の記憶はほぼ抜けているぞ。急な状況変化に混乱せずについてこられると思うか?無理矢理チームを組んだ俺とすぐに協力出来ると思うか?敵チームは強敵ばかりだぞ?ほら、こんな事を言っている間に一騎来てしまった。迎撃しろ常闇、その間に俺が洗脳する」

 

「これが修羅の道か…!仕方ない!やるぞ、ダークシャドウ!」

 

 ダークシャドウは声を出さずにコクコクと頷く。接近する敵は拳藤チーム。騎手の拳藤の個性は『大拳』。拳を巨大化させる近接戦に優れた個性であったが、何分相手が悪かった。近中距離で最大のパフォーマンスを発揮する『黒影』と、対人戦では最強レベルの個性『洗脳』を前に、彼女たちはその餌食となってしまうのだった。

 

 

 

「やっぱりそう簡単には取らせてくれないか!」

 

「炎熱系個性だけでも、かなり厄介だぜ!」

 

 一方、こちらは妹紅チームと葉隠チームがシノギを削っている最中だった。とはいえ、妹紅が常に炎で牽制し続けており、葉隠たちは近づくことも出来ずに時間だけが過ぎていた。

 

「口田くん!鳥たちはこれ以上呼べないの!?」

 

 2チームの周りには十数羽のハトが飛んでいる。このハト等は、全て口田の個性『生き物ボイス』で操っているハトたちであり、妹紅の1000万ポイントを奪うように命令を下されていた。しかし、ハトたちも炎を扱う妹紅に近づくことすらも出来ていない。

 戦力を増やすために更に動物を呼べないかと聞く葉隠であったが、口田は首を横に振った。

 

(スタジアムに害鳥対策がされているみたいで、近くに鳥たちはほとんどいないよ!遠くに呼びかけようにも、観客の声援が大きすぎて僕の声が掻き消されちゃう!)

 

 球場やスタジアムというのは、鳥の巣作り対策やフン対策などが取られている事が多い。この雄英スタジアムもその例に漏れず、害鳥対策がされていた。観客の声援が響く中、口田は限界声量で近くの鳥たちに呼びかけたが、集まった鳥の数はハトが十羽と少し。余りにも心許ない数だった。

 

「じゃあ、もっと妹紅に近づけることは?」

 

(これ以上は無理だよ!ハトたちが燃えちゃう!)

 

 口田は慌てて否定する。鳥類は尾の付け根の尾脂線という部位から油を出し、それを羽根に塗りつけている。油を塗られた羽根は抜群の撥水効果を持つのだが、もちろん油である訳なので、これがまた良く燃えるのだ。

 ハトが炎に巻かれぬようにと口田はビクビクしながら操り、妹紅もまたハトを焼き殺さぬようにビクビクしながら炎を操っていた。なにせ全国放送だ。ここで1羽でもハトが焼け死ねば、騎馬戦のルール的にはセーフだが、社会的にアウトになってしまうという恐怖があった。

 

(藤原さんとの相性は最悪だよ!)

 

「むむむ。でも打つ手が…ん?あれは…。よし、口田くん、ハトたちを解放しよう!」

 

 口田の静かな説得に悩む葉隠だったが、とあるチームが視界に入った。葉隠チームはハトたちを解放して新たな手を打つことにした。

 

『ヒッチコック作戦も藤原の炎の前に阻まれる!手詰まりか葉隠チーム!?あ、ハトは全羽無事!全羽無事でございます!元気にスタジアムの外に飛び立っていきました!』

 

 プレゼント・マイクが安堵の声でハトの無事を伝えた。

 大昔、まだオリンピックが全盛期だった時代。聖火台に火を灯した際に、数羽のハトが焼け死ぬという事件があった。当然、それをやってしまった国は全世界の動物愛護団体から大非難された。そんな事件の教訓が現代になっても残っており、プレゼント・マイクが妙に神経質になるのも仕方無かった。

 

「サシで奪いたかったけど…贅沢は言っていられないや!ヘイヘイ、妹紅!後ろから轟君たちが来ているよ!」

 

「……。麗日、尾白。一応、周囲を確認してくれ」

 

 相対する妹紅と葉隠。妹紅は葉隠チームから視線を外さずに後騎馬の麗日と尾白に確認を頼んだ。彼女のブラフかと思われたが、2人の驚愕の声は葉隠の言葉を肯定した。

 

「ッ!藤原さん、本当に轟くんたちが来てる!」

 

「しかも、騎馬の3人は何かを着ている!まさか…耐火服!?八百万さんの『創造』か!」

 

 轟チームの騎馬、飯田と八百万はまるで消防士のような格好をしており、上鳴に至ってはその耐火服から、電極らしき物がまんべんなく飛び出している。そして、騎手の轟はマントのような物を羽織っていた。

 妹紅たちは葉隠チームを警戒しつつ、轟チームの方を向いた。

 

「私たちの奇襲をバラされましたわ。葉隠さんたちは、私たちと藤原さんたちが戦っている隙を窺う作戦ですわね」

 

「葉隠くんだけじゃない。藤原くんや僕らのポイントを狙って周りのチームも集まって来ているぞ!」

 

 八百万と飯田の言葉通り、妹紅チームと轟チームの周囲には葉隠チームを始め、峰田チーム、小大チーム、角取チームが集まっている。因みに、峰田チームは既にハチマキを失っており、ポイントは0だ。しかし、失う物が無い以上、積極的に攻勢をかけてくることだろう。

 

「構わねぇ。そのまま前進してくれ。八百万は伝導準備。上鳴は放電準備だ。放電まであと少し………今だ」

 

 周囲の騎馬を一切介さず轟チームは妹紅たちとの距離を詰めた。戦いの隙を突こうと周囲のチームも一斉に攻勢に転じる。全員が射程圏内を入ったタイミングで轟は上鳴に合図を出した。

 

「しっかり防げよ、轟!『無差別放電130万ボルト』!」

 

 上鳴の電撃は耐火服の内側に這わされた電線を伝い、取り付けられた電極部分から周囲に向かって無差別に放たれた。飯田や八百万は絶縁体の素材で作られた耐火服のおかげで無事。轟も羽織っていた絶縁体のマントでガードに成功した。

 一方、電撃を浴びたチームたちは多大な被害を受けた。各チームの騎馬たちはその場でたたらを踏むのが精一杯という状況だ。妹紅も緑谷たちも感電して動きを止めてしまっていた。

 

「悪いが、我慢しろ」

 

 更に轟の追撃。八百万が創った熱伝導率の良い金属の棒を受け取った轟は、棒を地面に突き立てて強力な冷気を伝わせた。冷気は更に地面を伝わり、各チームの騎馬たちを氷結させんと迫る。

 

「上…鳴と、轟のッ…!」

 

「さ、策士、策におぼれるとは!クソー!」

 

 葉隠チームを始め、轟の氷結を防ぐ個性を持ったチームは少ない。避けようにも感電した身体は自由に動くものでは無かった。

 

(地面に冷気を…!身体がまともに動かないなら…来い!火の鳥!)

 

 妹紅がそう念じると、火の鳥が目の前に降り立った。火の鳥はその身を激しく燃やして地面を熱する。急激な冷熱に、セメントのステージには大きな亀裂がいくつも走ったが、無事に氷結を食い止める事に成功した。轟の氷結攻撃を躱したチームは妹紅たちのみ。他のチームは凍りつき身動きが取れなくなっていた。

 

『藤原チーム、轟の氷結攻撃を回避ッ!』

 

『あの藤原の鳥、序盤に鉄哲チームと角取チームから逃げるときに掴んでいた奴だな。あの後、万が一を考えて上空に待機させていたようだが、それが功を奏したな』

 

 身体を構成する炎すらも使い切った火の鳥は、その場で燃え尽きていく。妹紅はそれを見送りながらも、轟チームを警戒していた。轟チームはこちらに注意を向けながらも、先に氷で拘束したチームのポイントを回収に行っている。ポイントを奪われた葉隠と角取は共に激しく悔しがり、発目に至っては“私のベイビーがぁ!”と破壊されたアイテムを見て絶叫していた。

 

「皆、大丈夫か?」

 

 轟たちがポイント回収にいそしんでいる間に、妹紅は緑谷たちに声をかけた。未だ感電した際の痺れが抜けていないらしく、その場で足踏みなどをして感覚を戻そうとしている。

 

「な、なんとか無事みたい…」

 

「お、同じく…」

 

「痺れた~ッ!でも凍ってないよ!」

 

 緑谷たちの騎馬を組む腕も僅かに震えている。電撃で身体の神経網を強く刺激されたため、未だに痺れや痛みが残っているのだ。

 

「無事なら良かった。それにしても、上鳴の『帯電』による電撃か…厄介だな」

 

 再生個性を持つ妹紅でも高電圧で感電すれば、筋肉の強制的な収縮で身動きが取れなくなる。感電している間は、炎を発する事くらいは出来るだろうが、まともにコントロール出来る自信は無い。緑谷たちと騎馬を組みながらでは、危険すぎてとてもじゃないが挑戦する気にもならなかった。

 

「うわぁ…観客の人たち、すごく盛り上がってる」

 

「轟たちとのバトルを期待されているな。逃げても恥では無いと思うけど…」

 

「藤原さんの判断に任せるよ!」

 

 エンデヴァーの息子である轟と、予選で圧倒的火力を魅せて1位になった妹紅。この騎馬戦のルールで1対1のバトルになるかは本人たちの意思次第であるが、観客というのは、そういう対決をどうしても期待してしまう生物だ。

 

「一応、策はある。破られたら素直に逃げよう。『火の鳥-鳳翼天翔-』」

 

 実は意外と好戦的な妹紅。更に、慧音や寺子屋の皆がテレビで見ていることを考えたら、逃げてばかりの姿を見せたくなかった。妹紅は轟との戦闘を決意する。

 妹紅の両手の炎が鳥の姿を形作る。片手から2羽ずつ。計4羽の火の鳥が生み出され、空に飛び立つ。今までは操作だけに集中しても3羽が限界であった必殺技『火の鳥-鳳翼天翔-』も、慧音との猛特訓より、妹紅の操作精度を上げていた。4羽という数は、轟を前にしても十分にコントロール出来る火の鳥の数だ。

 

「凄い!藤原さんはもう必殺技を考えてあるんだ!技名も凄く格好良いよ!」

 

「そ、そうか?…フッ、そうだろう、そうだろう。慧音先生と…私の師匠と言うべき人と、共に考えた名前だからな。他にもいくつかあるぞ」

 

 緑谷が感動したように声を上げ、彼の褒め言葉に妹紅は自慢げに語り始めた。特に、慧音と一緒に考えた技名を“凄く格好良い”と言ってくれた事は非常に嬉しかった。なにせ寺子屋の職員(慧音の元相棒(サイドキック))ときたら、“言いにくそう”とか、“せめて鳳翼天翔だけで良くない?”などと言うのだ。その点、緑谷は実に良く分かっている。

 

「いやいやいや!前!前見て!轟君たちに集中して!こっち来てるよ!?」

 

「ご、ごめん!」

 

「す、すまない…だが、任せてくれ」

 

 麗日が必死の形相で轟チームを指差して訴えた。これは確かに緑谷と妹紅が悪い。慌てて謝った後、4羽の火の鳥を操り、轟チームにけしかけた。火の鳥たちは轟たちの行く手を邪魔するように飛び回り、炎を撒き散らす。

 妹紅の作戦は轟チームの足止め。上鳴の放電は近づきさえしなければ怖くない。一定以上の距離を保ちつつ、隙あらば火の鳥の嘴や爪で轟のポイントを奪い取るつもりであった。

 

「クッソ!もっと近づかないと、放電しても効果は少ないぞ!」

 

「だが、これではまともに進めない!」

 

 作戦通り、飯田たちの足は鈍った。直撃すれば耐火服を着ていても大火傷は間違いなしの炎を持つ火の鳥たちが飛んでいるのだから、慎重になるのは仕方無い事だった。

 

「轟君、頼む!」

 

「ああ」

 

 轟は火の鳥に向けて氷結攻撃を仕掛け、氷の中に閉じ込める。しかし、大きな熱量を持つ火の鳥は、その身を燃やして氷を溶かし抜け出してしまう。その代わり、火の鳥は氷を溶かす度に炎を消費して小さくなっていた。轟はそこに注目して、何度も火の鳥に氷結攻撃を仕掛ける。そして、ついに――

 

「まずは1羽目だ」

 

 炎を使い切った火の鳥が氷の中で燃え尽きた。残りは3羽となってしまったが、妹紅に焦りは全く無い。

 

「そうか、では新しく1羽追加しよう」

 

「テメェ…」

 

 新たに妹紅から作り出された火の鳥が、轟に向かって飛んで行く。心なしか大きさは元の火の鳥よりも大きい。

 そして、死角からは別の火の鳥が襲いかかり、轟たちは防戦一方となってしまった。

 

「本人狙いは…チッ、これも駄目か」

 

 火の鳥たちの隙を縫い、轟は妹紅に向けて大氷結を放つ。しかし、妹紅本人から爆炎が放たれて相殺されてしまうだけで終わった。

 

『すげぇバトルだ!氷の華が咲き乱れ、爆炎と共に炎の鳥が舞い踊る!ってか!?なんか幻想的!』

 

『近くにいる他のチームの連中は、地獄に叩き落とされたかと見紛うほどの表情をしているがな…』

 

 妹紅と轟、炎と氷で繰り広げられる大規模攻撃の応酬に、観客は歓声も忘れて息を飲む。その光景は美しくすらもあり、プレゼント・マイクの言う通り幻想的だった。

 ただし、轟の氷に捕らえられてしまったチームの面々から見る光景は全くの逆。巻き込まれてしまったら死ぬかもしれない攻撃が、目の前をポンポンと飛び交うのだから生きた心地がしない。拘束していた氷が炎の熱で溶けるや否や、慌ててその場から逃げ出すのだった。

 

 

 その戦況のまま5分以上が経った。観客たちから見ればあっという間の5分だっただろうが、戦い合う2チームの騎馬の面々にとっては人生で最長の5分だったに違いない。彼等の全身から溢れ出る汗がそれを表していた。

 

『時間は残り僅かだ!藤原チームと轟チーム!互角のまま終わるのか!?』

 

 プレゼント・マイクが叫ぶ。残り時間は少なく、既に1分を切っていた。

 

「ぜぇぜぇ…お、重ェイ…」

 

「はぁはぁ…空気呼吸器と酸素ボンベを入れて、防火装備は20キロ近くありますわ…」

 

 上鳴と八百万の息は大きく上がっている。装備は重く、加えて騎馬を組んで動き回っている訳だから、辛いなんてものではない。轟チームも時たま隙を見つけては、上鳴の放電で攻撃していたが、その度に翼を広げた火の鳥に電撃を防がれていた。体力だけで無く、上鳴は放電容量も最早ギリギリだ。後一度でも電撃を放てば、キャパオーバーしてしまうだろう。

 

(残り1分弱…上鳴くんも八百万くんも限界が近い。アレを使う場面はここしかない!)

 

 クラスでも随一のフィジカルを持つ飯田でさえも動きが鈍り始めている。最早ジリ貧。そう考えた飯田は最後の一手にかけることにした。

 

「皆、聞いてくれ!最後の攻撃を仕掛ける。この後、俺は使えなくなるが、頼んだぞ。八百万くん、例の物を!上鳴くんは放電準備だ!行くぞ、轟君!トルクオーバー『レシプロバースト』!」

 

 『レシプロバースト』。エンジンのトルクと回転数を無理矢理上げて、約10秒間だけ爆発的な推進力を生み出す飯田の裏技である。しかし、使用後は反動でエンストしてしまうというリスクをもつ技でもあった。

 

「火の鳥を抜かれたか。麗日、頼む」

 

「うん!」

 

(耐火装備は1人20キロの超重量!ソレに加え騎馬を組み、疲れ果ててしまった僕らのスピードでは、レシプロバーストでも藤原くんたちは回避するだろう!それくらい分かっている!ならばッ!)

 

 条件悪く、レシプロバーストは本来の半分のスピードも出せていない。それでもなんとか火の鳥たちをくぐり抜けて妹紅チームに迫る轟たちだったが、妹紅たちは既に逃げる準備をしていた。序盤のように火の鳥に掴まって空中に逃げるつもりだ。しかし、そんな動きも飯田の想定内だった。

 

「八百万くん!」

 

「お任せ下さい!はぁッ!」

 

 飯田の声に合わせて、八百万が妹紅に向けて何かを振るう。妹紅は咄嗟に炎を纏った右手で防御するも、ソレは、金属の鎖は妹紅の右手に絡みついてしまった。

 

「しまっ――」

 

「喰らゥェイ!」

 

 右腕に絡まった鎖を見て、妹紅は目を大きく見開く。妹紅が鎖を解く暇も無く、上鳴が鎖を握りしめて放電した。

 

「クッ!?」

 

「グァアアッ!」

 

 上鳴の放電は鎖を伝って妹紅を襲いかかる。限界間近だった上鳴には大放電を行うほどの余力は無かったが、金属の鎖で繋がった人間を感電させるくらいの力は残されていた。上鳴は力を振り絞って電撃を流す。

 筋肉が収縮し、身体の自由が奪われる妹紅。加えて尾白は叫び声を上げて、身を捩るほどの痛みを感じていた。

 

「藤原さん!?尾白くん!?」

 

 反して、緑谷と麗日には僅かに電撃が流れただけで、大した痛みは無かった。原因は尾白の尻尾だ。

 緑谷たち騎馬の3人は当然ながらシューズを履いていたが、靴の底(アウトソール)の素材には合成ゴムや合成樹脂などが使用されていた。もちろん、電気は通りにくい。電撃を受けた際、偶然にも尾白の尻尾が地面に着いており、不幸なことに彼の尻尾はアース代わりとなってしまっていたのだ。本来ならば騎馬全員に流れていた電撃を、尾白はその一身に受けてしまった。だが、それでも彼は、騎馬を崩すまいと必死に持ちこたえていた。

 

「ウェーイ…(もう限界…)」

 

 1秒ほどの放電。それで上鳴は限界に達した。許容オーバーした脳はショートし、彼は著しくアホになってしまう。だが、敵チームの主力である妹紅が完全に感電した今、轟チームには絶好のチャンスが巡ってきている事に違いは無い。

 

「貰うぞ、1000万」

 

 轟は妹紅の正面から迫る。だが、それを阻む者がいた。

 

「ああああああああ!!」

 

 緑谷が気合いと共に勢いよく足を一歩踏み出した。緑谷の個性は使用すれば凄まじい威力を持つが、同時にリスクも非常に大きい。故に、これはブラフだった。クラスメイトたちは緑谷の個性をバリバリの増強系である『超パワー』だと思っている。パンチ一つで雑居ビルの階層を全て撃ち抜く、恐るべきパワーを持っている事は、轟チーム全員が知っているはずであり、必ず接近を躊躇うはずだと思っていた。

 だが、それでも轟たちが向かってくるならば、緑谷は本当に個性を使うつもりだった。無論、蹴りを直接当てるつもりはさらさら無いが、蹴りの風圧で轟たちを吹き飛ばすくらいは出来るだろう。

 

(左…俺は何を…!)

 

 緑谷の気迫に、轟の左手からは無意識的に炎が溢れ出る。それに気付いた轟はすぐに炎を消して、飯田に指示を出した。

 

「緑谷と麗日は感電を逃れている!飯田、一度離れて尾白側から回り込め!」

 

「分かった!」

 

 轟たちは緑谷から距離をとり、動けない尾白から攻める作戦に変更。未だレシプロバーストで速度が上がっている轟チームは即座に動いた。

 

「しまった!回り込まれる!」

 

 回り込まれてしまっては、蹴りの風圧も届かない。焦る緑谷だったが、迫る轟チームに爆炎が襲いかかる。もちろん、それは妹紅の炎だった。電撃を喰らい、未だ痺れているはずの妹紅が轟たちに片手を向けて炎を放っていた。

 

「ウェ!?ウェーーイ!?(は!?なんですぐに動けるんだよ!?)」

 

「チッ、復帰が早すぎる。まだ数秒しか経ってねぇはずだぞ」

 

「くっ、まずい。そろそろエンジンも限界か…!」

 

 アホになって輪郭すら変わった上鳴は、よだれと鼻水を垂らした緊張感の無い顔で驚く。轟は氷で炎を防御するが、妹紅たちにはこれ以上近づくことは出来ない。そうこうしている内にまたも火の鳥の邪魔が入ってしまう。同時に飯田の個性であるエンジンが停止。レシプロバーストによる反動でエンストを起こしてしまっていた。

 

(尾白はまだ動けていないのに、何故ダメージが大きいはずの藤原が先に…再生個性のおかげか?そうだとしても電撃痛でしばらくは動けないはずだが…。痛み…?そういえば、オールマイトの訓練の時もアイツは…)

 

 火の鳥を氷結で迎撃しながらも轟は考える。あの不自然な復帰の早さを疑問に思うと同時に、妙な既視感を覚えていた。思い出すのは訓練で戦った時の事。あの時の妹紅は、ガレキが直撃しても腕が千切れても、一切表情を変えなかった。その時は再生個性を持つが故の無頓着さだと思っていたが…。

 

『ここに来て怒濤の攻防ーッ!しかし轟チーム、1000万は奪れず!時間はもうほとんど無いぞ!全員、覚悟はいいか!?カウントダウンスタート! 10! 9! ―――』

 

()れなかったか…」

 

 減りゆくカウントダウンと共に轟は呟いた。上鳴はキャパを超えてアホになり、飯田はエンストを起こした。たとえ、時間が残されていたとしても、これでは1000万を奪う事は出来ないだろう。

 

「くっ、すまない。轟君…」

 

「期待に応えられず、申し訳ありませんわ…」

 

「ウェイ…(ごめん…)」

 

 飯田と八百万は自責の念を滲ませて言った。上鳴はアホのままだったが、気持ちは2人と同じらしい。3人の謝罪に轟は首を振る。

 

「いや、お前たちのせいじゃねぇ。俺の力不足だった。だが、緑谷も、藤原も、決着は最終種目でつけてやる」

 

 轟の視線の先には妹紅と緑谷がいた。『不死鳥』という強個性を持ち、莫大な炎を操る妹紅。そして、実力は自分が上であるはずなのに、本気のオールマイトに似た何かを感じさせる緑谷。轟は2人から目を離す事が出来ないまま――制限時間を迎えた。

 

『TIME UP!!』

 

 第二種目、騎馬戦。11チームによる激闘が幕を閉じた。

 




 轟チーム対妹紅チーム
 騎馬戦の参加者があちこちに居るため、轟も妹紅もかなり抑えて個性を使っています。故にお互いに有効打が決まりませんでした。もしも轟が1000万を所持していた場合でも、妹紅は1000万を奪えないでしょう。そんな力関係でした。

次。上鳴の130万ボルト無差別放電。
 130万ボルトって死ぬんじゃない?と思って調べてみたところ、110万ボルトの高電圧のスタンガンってのもあるそうです。もちろん数ミリアンペアの低電流ですが。
 なら上鳴の130万ボルトでも大丈夫だな!(なお、全世界でスタンガンによる死亡事故がいくつも発生している模様)

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