もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと職場体験明けの学校

 時は少し遡る。職場体験の4日目、保須事件から一夜明けた日の事である。緑谷の職場体験先の老ヒーロー、グラントリノは自宅から電話をかけていた。その相手はNo.1ヒーロー、オールマイト。一般には秘匿されているが、グラントリノはオールマイトの第二の師匠と言うべき人物でもあるのだ。無論、この電話回線は盗聴対策がしっかりと施されている。

 彼等が話す内容はヒーロー殺しと、彼に関わりがあるとされるヴィラン連合について、そして何よりもヴィラン連合を動かしていると思われる人物についてだ。

 

「それにしても、ヴィラン連合の大将はよくやるぜ。着実に外堀を埋めて、己の思惑通りに状況を動かそうというやり方。そして、個性を複数持った“脳無”というヴィラン…」

 

『覚悟はしていましたが…』

 

「ああ、俺の盟友であり、お前の師…。先代ワン・フォー・オール(OFA)所有者の志村を殺し、お前の腹に穴をあけた男…オール・フォー・ワン(AFO)が再び動き始めたと見ていいだろう」

 

 電話先でオールマイトは苦しげに唸る。塚内の情報を得た時から、彼はその事をずっと考えていた。

 

『やはりグラントリノもそう思われますか。私たちも、その可能性に突き当たりました。保須の事件後に根津校長と相談したのですが、可能性はかなり高いと…。間違いないでしょう、奴は生きている』

 

 塚内からもたらされた情報、そして昨日の保須事件。オールマイトは事件後すぐに根津に相談した。彼の個性『ハイスペック』が弾き出した答えは…AFOの存命だった。更に、経験豊富なグラントリノの予感も加わったとなれば、最早確定と言ってもいいだろう。

 

「…お前の事を健気に憧れている小僧にも折を見てしっかり話した方が良いぞ。だが、最大の問題はあの藤原妹紅っていう少女だ。俊典、一つ聞きてぇんだが、あの子は…不死の個性持ちか?」

 

 現在、職場体験に来ている緑谷の顔を思い浮かべながらグラントリノは言う。そして次に、自分の目の前でヒーロー殺しを仕留めた1人の少女を思い浮かべた。個性は『不死鳥』。炎と再生の力を持つ少女、藤原妹紅。その実力は雄英体育祭を見て理解していた、いや、理解していたつもりだった。

 だが、グラントリノは妹紅がヒーロー殺しに立ち向かう姿を見て、『不死鳥』の真の力に気付いたのである。

 

『…ッ!…その通りです、グラントリノ。もしや、彼女が蘇生する瞬間をご覧になったのですか?今回は致命傷を負わなかったと相澤君…失礼、クラス担任のイレイザーヘッドから聞いたのですが』

 

「今回は…?…なるほど、雄英(USJ)が襲撃された時は死んで生き返ったってぇ訳か。雄英のセキュリティ対策はどうなってんだ?ああ?」

 

『そ、そそそれは、あああの…!』

 

 グラントリノの棘のある口調に、オールマイトはカタカタと身を震わせた。オールマイトの学生時代、1年間だけだったがグラントリノは雄英の教師だった。彼の指導は超スパルタで、思い出すと今でも身体が震えてしまうのである。

 更に、ヴィラン連合にUSJへの襲撃を許したことは、完全に雄英側の落ち度だ。何も言い訳出来ず、オールマイトが狼狽えているところにグラントリノはフンと鼻を鳴らした。

 

「まぁ、それは置いといてやろう…。別に俺はあの子が怪我した所を見た訳じゃねえよ。見たのはヒーロー殺しとの一戦だ。俺でも戦慄させられたヒーロー殺しの殺気…誰も彼も動けない中、あの子だけが平然と、顔色一つ変えずに行動出来ていた。その意味が分かるか?あの子は己の死を日常として受け入れていやがる。恐らく数回、数十回死んだ程度じゃあ、ああはならねえ。その事に気付いた時、俺は殺気なんかよりもそっちの方が遙かに恐ろしかったぜ」

 

 十代の少女に恐怖を覚えるなどグラントリノには初めての経験だった。それほど彼から見た妹紅は歪んでいた。そして恐怖以上に不憫を感じたのだった。

 

『……幼い頃の藤原少女の家庭環境は正しく地獄だったそうです。その時の影響が未だに彼女を蝕んでいるのでしょう…。しかし、グラントリノの懸念は分かります。藤原少女の『不死鳥』がAFOに奪われでもしたら、とんでもない事態になる。それだけは阻止しなければなりません。既に根津校長も動いており、雄英が極秘で雇ったプロヒーローたちに藤原少女の登下校などを見守ってもらう予定です』

 

 オールマイトも馬鹿ではない。AFOが生きているのならば、彼の個性に気をつけなければならないのだ。AFOの個性は、彼の名前の通り『オール・フォー・ワン』。他者から個性を奪い己の物とし、ソレを他者に与えることも出来る個性だ。この個性をもって、瞬く間に彼は日本の裏社会の支配者となり、君臨し続けた。

 つまり、彼の存命は妹紅の『不死鳥』が奪われる可能性を意味する。もしも、AFOが『不死鳥』を奪いでもしたら…日本は更なる混沌へと向かうだろう。そして何より、これ以上生徒に危害を加えられる訳にはいかないのだ。

 

「中々迅速な行動じゃねぇか。流石は根津だな。だがよ、俊典。お前も教師になったんだ。小僧だけでなく、あの少女も含めて他の生徒たちも広く見てやれよ」

 

 とりあえず一安心したグラントリノは、先輩教師としてオールマイトに助言する。自身の継承者が心配なのは分かるが、彼は教師として雄英に来たのだ。ならば、出来る限り生徒たちを指導することが教師としての責務である。そう含めて言うと、オールマイトは頷いて答えた。

 

『ええ、分かっております。緑谷少年には職場体験が終わり次第話すとして…、藤原少女には私の受け持つ授業を通して『危険』について教えたいと思っています。確かに、彼女は殺気という感覚的にしか感じ取れないものに対して反応を示す事が出来ません。しかし、客観的にですが『危険』を理解する事は出来ます。まずは彼女の理解出来る範囲の『危険』から教えていくつもりです。一緒に授業を受ける他の生徒たちの勉強にもなる、そんな授業を…と』

 

「へっ。教育に対しては素人以下かと思ってたら、なかなかどうして…ずいぶんと考えているじゃねぇか。で、どんな授業をするつもりだ?」

 

 確かに、オールマイトは最高のヒーローだ。それはグラントリノも認めている。しかし、彼が教師として向いているかと聞かれたら、グラントリノは首を横に振るだろう。オールマイトは類い稀なる天才であり、感覚で『力』の使い方が分かるのだが、天才故にそれを理屈的に教えるというのが苦手なのである。グラントリノはつい先程までそう思っていた。

 だが、今のオールマイトはどうだろうか。生徒を想い、苦手な事を克服する為に熟考してプランを作り出しているのだ。グラントリノは教え子の成長を素直に感心していた。

 

『えー、それなんですが、内容に関してはまだ考え中でして…。つきましてはグラントリノから何かアイディアを頂けたらと思いまして…』

 

「アホッ!んなもん俺じゃなくて、同僚の教師たちに相談しろッ!」

 

 鋭いツッコミを入れるグラントリノに、オールマイトは慌てて謝る。グラントリノは大きな溜息をついていた。

 

『も、申し訳ありません!!そ、それでは授業内容を考える為にもこれにて失礼させて頂きます!…どうぞお元気で、グラントリノ』

 

 狼狽えていたオールマイトだが、最後だけは鷹揚な様子で電話を切った。なんだかんだ言っても彼はグラントリノを深く尊敬しているのだ。

 

「ったく…やはり、まだまだひよっこ教師だな。……お前も元気でやれよ、俊典。…さーて、たい焼でも食うか!」

 

 受話器を置いた後、小言を零していたグラントリノも、しばらくするとフッと笑みを溢しながらオールマイトを慰労する。案外、似た者同士でもある。そんな2人の会話だった。

 

 

 

「アッハッハッハ!マジか!マジか爆豪!」

 

 職場体験を終えた翌日。慣れない激務で疲れを残している者も多いが、その程度で音を上げる生徒が雄英ヒーロー科に居るはずも無い。むしろ、うるさいくらいに談笑する声が廊下まで聞こえてくる程だった。

 

「おはよう、妹紅ちゃん。大変だったわね」

 

「おはよう、梅雨…ちゃん。色々あったが、まぁ勉強にはなったさ」

 

 教室に入り、爆豪の8:2ヘアに大爆笑する男子を尻目に妹紅が自分の席に着くと、蛙吹が声をかけてきた。挨拶を返して雑談に興じていると、今度は芦戸と耳郎が教室に入ってくる。芦戸はいつも通り元気一杯だ。

 

「皆オハヨー!ねぇ皆は職場体験どうだった!?響香はヴィラン退治までやったんだって!羨ましいなぁ!」

 

「おはよ。そうは言っても、避難誘導とかの後方支援ばかりで交戦はしなかったけどね」

 

 耳郎が少し恥ずかしげに補足するが、それでも芦戸の目は羨望に輝いていた。どうやら彼女の職場体験場所は少々刺激が足りなかったらしい。芦戸の問いかけに蛙吹が答えた。

 

「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国からの密航者を捕えたくらい」

 

「それすごくない!?」

 

 蛙吹の職場体験先は海難ヒーロー、セルキーの事務所だ。海を拠点とする彼等と共に蛙吹は一週間を過ごした。彼女は“密航者を捕えたくらい”と多くは語らなかったが、その密航者とは危険ドラッグの密売人でもあるネームドヴィラン、インスマスとその一味であった。危険な場面もあったが、蛙吹はセルキーと彼のサイドキックであるシリウスと力を合わせ、インスマスたちを倒し、見事に捕えたのである。

 

「おはよう~!あ、なになに?職場体験の話?私もする!って言っても、私はほとんどトレーニングだけだったんだけどね」

 

「おお、同士よ!」

 

 そう言って芦戸が葉隠を抱きしめる。葉隠も派手なヒーロー活動とは無縁の職場体験だったらしい。それも仕方無いだろう。彼女の職場体験先は隠密行動を得意とするヒーローの所なのだから。

 

「妹紅はあの後どうだった?」

 

 葉隠が抱きしめられたままの体勢で妹紅に聞いてくる。彼女たちはステインの事件が報道されたその日に妹紅に連絡を入れていたので、ある程度は知っていた。もちろん、妹紅たちには箝口令が出ているので、友人といえども真実は話せなかったが。

 因みに、面構署長の許可が出た人物には真実を伝える事が認められており、雄英の教師陣は事件の概要を知っている。また、慧音や飯田の両親など、事件関係者の保護者かつヒーロー免許保持者にも許可は出ていた。職場体験から帰ってきた妹紅が説教を受けたのは言うまでもない。(説教を逃れる為に妹紅は甘えてみたが、慧音は悶えながらも必死に持ち堪えて説教は短くならなかった)

 

「6日目は丸一日ヴィラン退治だったな。エンデヴァー先生やサイドキックの方々には随分協力してもらった」

 

「お~、流石優勝者と3位入賞者!目をかけられてるねぇ!何件くらい戦った?どんなヴィランと戦った?」

 

 芦戸がワクワクとした表情で聞いてきた。妹紅はそれに頷きながら応える。

 

「10件以上解決したが、サイドキックに囲まれて投降に応じたヴィランもいたからな…戦ったのは、半分ほどだった。ほとんどチンピラまがいのヴィランだったがな。疾風怒濤三兄弟とかいうネームドヴィランとも戦ったが…」

 

「疾風怒濤三兄弟!?名前からして超強そう!どうだった!?強かった!?」

 

「3人とも弱かったし、変態だった…」

 

「変態だったかー…」

 

 派手で華やかなバトルを期待していたのだろう。そうでは無いと知った芦戸は虚空を仰ぐ。他の女子たちも何とも言えない表情をしていた。だが、個性を使った変質者というのは意外に多い。彼女等もそんな変態どもを捕まえる日がいつか来るであろう。

 

「勇ましいヴィランネームなのに…そういう相手も居るのね…。お茶子ちゃんはどうだった?」

 

「とても、有意義だったよ」

 

 いつの間に登校していたのか、そこには武人のオーラを纏いつつ演武を披露する麗日の姿があった。彼女の職場体験先はバトルヒーロー、ガンヘッドの事務所である。この様子を見る限り、かなりの力を身に付けて帰ってきたようだ。

 

「見事な息吹だ。拳のキレも良い」

 

「目覚めたのね、お茶子ちゃん」

 

 妹紅も思わず唸るほどの動きを魅せる麗日に、蛙吹も頷く。元はうららかだった彼女の変わりように男子たちも驚いており、峰田に至ってはナニカを思い出したように怯え震えていた。Mt.レディの所で何を見てきたのだろうか。

 

「皆…おはよう…」

 

「おう、尾白。おは…ッ!?尾白!?」

 

「お、お前、本当に尾白か…?」

 

「尾白だよ…」

 

 妹紅が女子たちと話していると、教室の出入り口付近に居た男子たちがざわめきだった。尾白が登校してきたらしいのだが、どうも様子がおかしい。

 

「尾白くん、どうかしたのかな?」

 

「うん、なんだろう…?」

 

 もしや、尾白が大怪我でも負ってしてしまったのだろうか。そんな不安が女子たちの脳裏によぎる。ここからでは集まっている男子たちが邪魔で尾白の姿が見えないのだ。

 

「おはよう…」

 

「おはよう、おじ…ろ…くん?」

 

 男子の集団から抜け出てきた尾白が女子たちに向けて挨拶を送る。“なんだ、無事じゃないか”、そうホッと胸を撫で下ろす女子たちだったが、尾白から妙な違和感を覚えた。太ったのでは…と最初は思ったがそうでは無い、筋肉だ。雄英の制服をパンパンに膨らませるほどに尾白の全身の筋肉が張っている。一週間前は間違い無くこんな体型では無かったはずだ。

 

「尾白、ずいぶん鍛え直したな」

 

「職場体験先でちょっとね…」

 

 ヒーローは身体が資本だ。鍛えておいて損は無い。妹紅は褒め言葉のつもりで言ったのだが、尾白は目線を逸らしながら悲しげに返答した。そんな彼の様子に妹紅は小首を傾げる。

 

「尾白くんが行った所って、二丁目拳銃の所だよね?新宿の治安を守ってるっていう、あの有名なヒーロー」

 

「おかまタレントとしてテレビでも良く見るよねー。確かにテレビで見た二丁目拳銃も筋肉凄かったけど、そこのトレーニングそんなにハードだったの?」

 

 二丁目拳銃は有名なヒーローだ。実力もさることながら、それ以上にプロヒーローかつ“おかま”という彼…いや、彼女のキャラクターが非常にウケた。テレビ界隈では男でも女でも無い視点から切り込みを入れる御意見番として出演することも多く、妹紅も何度もテレビで見た事があった。確かに彼女の筋肉はオールマイトやエンデヴァーと比べても負けず劣らずのデカさとキレだったと妹紅は記憶している。

 

「いや、これはあの人の個性の結果だよ…。二丁目拳銃さんの個性は『筋肉促進』。触れた箇所の筋肉を増強させる個性なんだ。この姿もそのせいさ…。身体能力強化を名目に全身マッサージされたよ…。それも過剰に…」

 

「あっ…ごめん…」

 

 戦闘に向いているとは言えない為、二丁目拳銃の個性はあまり目立たない。むしろ、こんなサポート系の個性をもって第一線でヒーロー活動をこなせる彼女の技量に、驚きの声が上がることの方が多かった。だが、他人の肉体にも影響をもたらすという彼女の個性は、ある一部の界隈では非常に有名なのだ。

 目から光を失った表情で話す尾白を見て、もしや聞いてはいけない事だったのではと思って葉隠が謝ると、尾白は静かに首を振った。

 

「素で謝らないで…何か悲しくなってくるから。でも良いんだ。筋肉量は僕の個性に直結する項目だから、強くなったのは間違い無いし。…まぁ筋肉が付きすぎて各関節の可動域が狭くなってしまったから、少し絞らないといけないけどね…」

 

 尾白が肩や肘を触りながら微かに笑みを浮かべる。余りにも儚い笑顔に女子たちは尾白の顔を直視出来なかった。

 とはいえ、尾白の職場体験先の選択は間違いでは無い。二丁目拳銃は上記の通り有名であるし、サポート系個性だというのに十分な実力もある。『尻尾』という少々地味な個性を持つ尾白からしてみれば、己の肉体とサポートアイテムだけで戦い抜く二丁目拳銃の強さは理想的なのだ。故に、尾白は指名を受けた数件の事務所から二丁目拳銃を職場体験先に選んだし、その選択を馬鹿にするクラスメイトも居なかった。

 ただ、唯一の問題は、二丁目拳銃は好みの男の子を見ると、つい可愛がって(・・・・・)しまうという悪癖があったことだ。彼女は一目で尾白を気に入り、しっかりねっとりと指導を行った。それはもう濃密だったらしい。

 結果、尾白は十分過ぎる肉体を手に入れてしまった。残念ながら、個性『筋肉促進』では筋肉を大きくすることは出来ても、小さくすることは出来ない。尾白は、これからしばらく筋トレは控え目にして、身体を引き締める効果のある有酸素運動を重視してトレーニングをこなしていくとの事であった。

 

「しかし、個性『筋肉促進』か…。興味あるな」

 

「だよねー!筋トレってキツいもんね!それがマッサージ受けるだけで筋肉付けられるなんて最高じゃん!」

 

 尾白の筋肉を制服越しにマジマジと観察しながら、妹紅が呟く。それに反応したのは芦戸だ。彼女は運動神経、能力ともにバツグンのダンシングレディだが、だからといって筋トレが好きかというとそういう訳ではない。というより、楽に筋肉が付くのならば、わざわざキツい筋トレをする必要なんて無いのだから、彼女の意見は極めて正論だ。葉隠や耳郎も頷いている。

 

「そういえば、おかまバーの経営と筋肉促進マッサージが副業だって言ってたなぁ。マッサージの方は女性客ばかりで男性客が全然来ないって嘆いてたよ」

 

「ケロ、来ない理由が簡単に想像つくわ」

 

 蛙吹が尾白の姿を見ながら頷く。なるほど、女性ならば安心して二丁目拳銃の個性を享受出来るだろう。しかし、男性であり、それが二丁目拳銃の好みのタイプであったのならば…。その結果は目の前に居る尾白が身をもって証明してくれている。

 

「でも妹紅が興味持つなんて意外かも。基礎トレの授業の時は、男子ばりの回数を黙々とこなしてたから筋トレ得意なのかと思ってたよ」

 

「ああ、それか。実は色々な筋トレ方法を模索していたんだ。職場体験先でもいくつか教えて貰ったが…どれもダメだった。どうやら私の個性は筋肉の損傷も治してしまうらしい」

 

 葉隠の言葉に妹紅は首を横に振る。そもそも筋肉は、筋トレなどで筋繊維の一部が損傷した後、人間誰しもが持つ回復能力で修復される。この時、筋繊維が少し太くなって修復されるのだ。これを一般に超回復と呼ぶ。

 だが、妹紅はこの超回復が起きない。筋トレで筋繊維が損傷しても、『不死鳥』の再生能力ですぐに元通りに戻って(治って)しまうからだ。ヒーローになりたいと思ったその日から様々なトレーニング方法を試した妹紅であるが、効果らしい効果が出たトレーニングは一つも無かった。

 

「う~ん、そんなところまで再生しちゃうんだ。それは困るね」

 

「損傷しない程度の負荷を与えて気長に鍛えていこうかと思っていたんだが、それで鍛えられるかも分からないし、筋肥大にもあまり期待出来ないからな…そういう個性が有るのなら頼るのも良いかもしれない」

 

 妹紅はその見た目からは想像出来ないほど、力が強い。これは再生個性と無痛症によって脳のリミッターが完全に解除されているからだ。だが、それは自身の身体を酷使しているに他ならず、ヒーローとして子どもたちに誇れる姿とは決して言えないのである。故に、妹紅はある程度の筋肉量を欲していた。

 

「そういう事なら二丁目拳銃さんの名刺をあげるよ。『雄英の男性教員と男子生徒に渡しなさい』って言われて100枚くらい押し付けられたんだけど、俺みたいな犠牲者を出す訳にはいかないから処分に困っていたんだ。捨てたりしたらなんか呪われそうだし…。芦戸さんたちもいる?」

 

「尾白くんの言葉の節々から闇を感じる…」

 

 隣で話を聞いていた麗日が何ともいえない悲しげな表情で尾白を見ている。そんな視線を受けながら彼は二丁目拳銃の名刺をカバンから取り出し、それを芦戸たちへと手渡した。

 

「一応、貰おうかな~。ありがとー!」

 

「私も!ありがとう、尾白くん」

 

 名刺を受け取ったのは芦戸、葉隠、そして妹紅だ。芦戸と葉隠は筋肉の為というより、二丁目拳銃が有名人だからであろう。この2人はそこまで切羽詰まっていない筈だ。

 

「ありがとう。しばらくは自分でトレーニングを続けてみて、どれも効果が無いようだったら連絡をしてみようかと思う」

 

 妹紅がそう言うと、尾白は頷いた。

 

「うん、それがいいと思うよ。二丁目拳銃さんが言ってたけど、この個性は所詮サポートでしかないんだって。簡単に筋肉は付くけども、楽して付けた筋肉は自分の為にはならない。苦労しながら努力して、自分の成長と共に鍛えていく事で自信に繋がり、ひいてはヒーローとしての強さに繋がる。そう言っていたよ」

 

「そっかー。一般の人ならともかく、プロヒーロー目指してる私たちが妹紅みたいな理由も無いのにお願いしに行ったら怒られるかもねー」

 

 そう納得の声を上げる葉隠に、『そだねー』と芦戸も同意する。これは心構えの問題だ。楽な方へ楽な方へと生きていこうとする人間にヒーローは務まらないのである。実際、二丁目拳銃は余程の理由がない限り、プロヒーローやスポーツ選手に対しての個性の使用を固辞していた。

 彼女が個性を使用する対象は、マッサージを受けに来た一般人のお客さん(この場合は有料だ)。または、筋肉の病気(筋ジストロフィーや筋萎縮症など)に苦しむ患者たちである。彼女はヒーロー活動の一環として各病院を巡り、無料で治療を行っているのだ。その為に彼女は医学を学び、医師免許まで取得している。色物ヒーローと揶揄されることもある二丁目拳銃だが、その実、誰よりも高潔で志の高いヒーローなのである。

 まぁ、好みの男の子を見かけた際は、暴走してしまうこともあるが…、人間誰しも短所はあるものだ。そう思おう。

 

「因みに、さっきの二丁目拳銃さんの言葉、俺はマッサージが終わってから言われたよ…」

 

「尾白くん…よほど気に入られたんだね…」

 

 尾白の真面目な性格ならば、筋肉促進マッサージを受けても堕落せずに努力を続けるだろうという二丁目拳銃の判断なのだが、彼にはそこまで伝わらなかったようだ。フッと自嘲めいた笑みを浮かべながら放たれた尾白の言葉に、彼を囲む女子たちはホロリと涙を零したという…。

 




 妹紅の拉致を防ぐ為、複数のヒーローが妹紅の登下校をコッソリ見守っています。信頼できて、実力もあり、手が空いているヒーローたちを根津校長が頑張って掻き集めてくれました。
 慧音や相澤にはAFOの事は伝えず、『有名になって以降、藤原くんをつけ回す変質者が多いのさ!だから、コッソリ護衛をつけるのさ!藤原くんが私事で外出する時は、戦闘系の個性を持った寺子屋の職員と一緒に出かけるようにして欲しいのさ!』と伝えています。慧音は『妹紅の可愛さは、もはや罪だな!』と納得しましたが、相澤は納得せず『もしや、何かあるのか?』と疑問を浮かべているようです。慧音先生ェ…

 次、筋肉ムキムキマッチョマンの尾白くんと二丁目拳銃
 すまっしゅの魔の手から逃れなかった被害者です。二丁目拳銃はすまっしゅでも2コマしか登場していないので、個性やらキャラ付けやらは私の想像で書いています。予想以上に濃いキャラになりましたが、次の登場は多分ありません。

 次、妹紅の筋肉
 筋肥大には未だに色々と学説が有るようですが、ここでは原作に習って筋繊維ブチブチ説で行こうと思います。筋繊維が千切れるということは怪我をしている状態と似ている訳で不死鳥さんが「お!?ワイの出番か!?」といった感じで再生しちゃいます。せっかくの筋トレが全て無駄ですねぇ…。
 因みに、二丁目拳銃に筋肉促進マッサージを受けると妹紅でも筋肉をつける事は出来ますが、怪我をして再生すると、そこだけ元の筋肉量に戻ってしまいます。なので全身マッサージで筋肉をつけた後、下半身が吹っ飛ぶレベルの怪我をした場合、上半身ムキムキなのに、下半身がほっそりしたもこたんに成ります。そうなるとネットで『これマジ?上半身に比べて下半身が貧弱過ぎるだろ』とか言われます。悲しいなぁ…。

 次、女性に恐怖する峰田
 Mt.レディの所でそうとう扱き使われたようです。もしも、彼が何時もの調子なら、尾白と女子たちの話を聞きつけ『マッサージ!?うひょひょひょ!オイラがやってあげるよォ!!』と叫びながら妹紅に抱き付こうとして、女子陣からリンチに遭っていたと思います。今の峰田は本当に絶不調ですね。
 

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