もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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ヒロアカ公式キャラブック2より、13号が女性だと明記されました。
なので、今までこのSSでの13号への三人称は『彼』と書いていましたが、『彼女』に変更しました。


もこたんと演習試験 前編

 職場体験からおよそ一ヶ月が過ぎ、6月の末。雄英の制服も夏服へと替わり、梅雨時期らしく雨が連日続いていた。

 

「見て見て、この卵焼き。今回は綺麗に出来たんだよ!」

 

「あら、本当。形も焼き目も綺麗よ。短期間で上手になったわね、透ちゃん」

 

 その日のお昼休みも妹紅は教室でお弁当を食べていた。机を寄せて同席するのは蛙吹と葉隠、そして八百万。つまり、弁当派の女子組だ。

 蛙吹と八百万は前々から頻繁にお弁当を持って来ていたが、学食派だった葉隠が持ってくるようになったのは最近になってからだ。妹紅や蛙吹がお弁当を作っていると聞いて、影響されて自分で作るようになったらしい。もっとも、寺子屋の子どもたちのお弁当は交代制なので毎日妹紅が作っていると言う訳でも無く、蛙吹が作るのも母親が出張などで不在の時だけなのだが。

 

「まぁ!藤原さんのお弁当、とても可愛らしいですわ!」

 

「今日は妹が作ってくれたんだ。これは…クマかな?」

 

 八百万が手放しで絶賛するのは、朝早くに妹が作ってくれたキャラ弁だ。テディベアの様に可愛らしくデフォルメされたクマが、こちらに手を振っているように見える。実は、妹紅の1歳下の妹はキャラ弁を作る為ならば早起きも苦にならないキャラ弁ガチ勢だったのだ。なお、寺子屋の男子にはすこぶる不評であった為(恥ずかしいからマジで止めてくれと懇願していた)、キャラ弁は女の子のお弁当だけになっている。

 

「わぁ、凄く可愛い!ね、写メ撮っていい?」

 

「ああ、もちろん。皆が褒めていたと伝えたら、妹も喜ぶだろう」

 

「今日も皆でおかずを交換いたしましょう。楽しみですわ」

 

「ケロケロ♪」

 

 お弁当を見せ合ったり、おかずを交換したりと楽しげな4人。中でも八百万のお弁当は格別だ。ミニ重箱のお弁当箱に入っている料理は、八百万家で雇っているプロの料理人(シェフ)が作ってくれているらしく、妹紅たちのとは文字通りレベルが違う。最初におかずを交換して食べてみた時は本当に驚いたものだ。だが、嫉妬などは微塵も湧いてこない。友人たちと食べるこのお昼の時間を、妹紅は本当に毎日楽しみにしているからだ。

 かつては、ただの栄養補給と本を読むだけの時間でしかなかった学校の昼休みが、こんなにも楽しい時間だったとは思ってもみなかった。

 

「あ、そうだ。ねー、ヤオモモ。私も勉強会に参加していい?昨日、色々と復習していたんだけど、英語と数学がヤバいみたいなんだよ」

 

「もちろん大歓迎ですわ!」

 

 八百万は満面の笑みで葉隠を受け入れた。中間試験でクラス1位に輝いた八百万は、今週末に上鳴や芦戸、瀬呂、耳郎、尾白などに勉強を教える約束をしている。今更、1人増えたくらい問題無かった。

 

「私も皆でお勉強したかったけど、週末は両親が出張で家に居ないから弟たちを見てあげないといけないから行けないの…。ケロ…」

 

「私は近況が落ち着くまでは、学校以外であまり外に出ない様にと言われている。残念だ…」

 

 蛙吹も妹紅も学力はクラスでも上位に入る(中間試験:蛙吹6位、妹紅7位)のだが、もちろん苦手科目もある。そこを仲の良い八百万に教えてもらいたかったが、両親の出張が多い蛙吹は弟と妹の世話で行けず、妹紅はストーカー問題(妹紅にはそう伝えられている)のせいで外出を控えざるを得ない状態だった。

 

「また機会があれば、何時でも我が家に来て下さい。歓迎致しますわ!」

 

 妹紅の場合、教えてもらいたかった科目は現代文と英語だ。ちょっとした引っかけ問題に、綺麗に引っかかってしまうのが妹紅なのである。逆に得意科目は古文や漢文だ。寺子屋の本棚の片隅にあった空海著の『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の現代語訳を読んで以来、古文や漢文などに興味を持った時期があったのだ。……なお、多少興味があっただけで、厨二病だった訳では無い事を注記しておく。

 それはともかく、そもそも妹紅は地頭が良い。正気へと戻って以降、僅か数年で全くの無学の状態から雄英高校に入学出来るレベルの学力を身に付けたのだから、天才と評されてもいいだろう。また、寺子屋では年下の子どもたちに勉強を見てあげる事もあったので、教える方も得意だった。

 “もしも、八百万の勉強会に行けるのなら、勉強を教えてもらう代わりに古文や漢文を教える手伝いくらいは出来たのにな”と残念な気分に陥る妹紅だったが、仕方無いので気持ちを切り替える。期末の筆記試験こそは爆豪(中間試験3位)よりも良い点数を取りたいのだ。寺子屋に帰ったら勉強を頑張ろうと意気込む妹紅であった。

 

 

「それにしてもさ、演習試験ってホントに対ロボットなのかな?私、アレちょっと苦手なんだよねぇ。入学試験の時は私のこと見えてなかったようだったから、後ろから鉄パイプで殴って何とかなったけど、索敵センサーとか防御面とかが強化されてた場合、私なんにも出来なくなっちゃうよ?」

 

 お弁当もすっかり食べ終わり、お昼を4人でまったり過ごしていると、葉隠が期末の演習試験について話題を切り出した。期末試験はもう来週だ。先に筆記試験があり、次の日に演習試験がある。葉隠は筆記試験も心配だが、演習試験の方も心配な様だった。

 

「個人的に“詰む”ような試験は無いと思うが…正直分からないな」

 

 妹紅が首を捻る。確かに去年は対ロボット演習だったらしいが、色々と自由な雄英が去年と同じ演習試験を踏襲するとは限らない。雄英は予想外の事をしでかすので、全く予想が出来ないのだ。なにせ体育祭で生徒に向けてミサイルを撃ち込んでくるような学校なのだから。

 

「何にしても、どんな試験になっても動揺しないように備えておかないといけないと思うわ。相澤先生の事ですもの。また個性把握テストをやらされて、その伸び率で成績を決める…なんて事も有るかもしれないわ」

 

「成長が見られないようだったら赤点か?…それは怖いな」

 

「うう、今から心配で緊張してきてしまいましたわ…」

 

 蛙吹の言葉に、面々はゾクリと身体を震わせる。あの相澤先生ならやりかねない。いや、赤点ならまだしも、除名処分を言い渡される可能性だってある。これはかなりのプレッシャーだ。

 

「むむむ、とにかく頑張ろう!皆、手を出して!いくよー!えい、えい、おー!」

 

 葉隠の指揮の下、4人が右手を重ね合わせて掛け声を上げる。妹紅は妙に楽しくなって、笑いが込み上げてきていた。いや、もう既に笑っている。4人とも同じように笑っていた。なるほど、勇気を貰うというのは、こういうことを言うのだろうと妹紅は心の中で納得していた。

 その後、麗日や芦戸、耳郎が学食から戻って来ると、今度は女子全員で円陣を組んで同じように手を重ねて声を上げる。それに触発された切島が“男子もやろうぜ!”と周りに声をかけていたのだが、爆豪をしつこく誘ったせいで彼がキレてしまい、暴れだしたことで有耶無耶になってしまっていた。なんとも騒がしい、そんなA組の日常なのであった。

 

 

 

 そして翌週。筆記試験もどうにか終え、演習試験の当日となった。今日は珍しくカラッと晴れている。そろそろ梅雨の時期も終わるのだろう。

 

「ねぇ皆、相澤先生来たよ。アレ…?何か先生たち多くない?」

 

 コスチュームに着替えた面々は雄英の駐車場へと集まり、ソワソワとしながらも待機していた。そこに現われたのは相澤含めて8人の教師。雄英のプロヒーローたちである。最初に気付いた耳郎が小首を傾げて皆に問うが、生徒のほとんどは彼女と同じ様な反応しか出来なかった。

 

「全員揃っているな。それじゃあ演習試験を始めていく。諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々分かっているとは思うが…諸事情あって今回から内容を変更する事になった。その辺は校長先生から説明して頂く。校長、お願いします」

 

「やあ、皆大好き小型哺乳類の校長さ!」

 

 試験内容が変更になったと聞いてA組生徒の多くが動揺した。特に芦戸と上鳴などのロボ試験を確信していた生徒たちに至っては、衝撃のあまりに笑顔のまま固まってしまうほどだ。

 そんな生徒たちを尻目に、相澤がいつもマフラーのように巻いている捕縛武器の中から根津が飛び出してきた。謎の登場方法である。狭いところに隠れるのはネズミとしての本能か何かなのだろうか?そんな事をまじまじと考察する妹紅であった。

 

「早速、今回の件について説明させて貰うね!ここ最近、ヴィラン活性化の恐れが叫ばれているのは皆知っているかな?恐らく、その予想は正しいものに成ってしまうだろう。これからの社会は現状以上に対ヴィラン戦闘が激化するだろうね。それらを考えれば、ロボとの戦闘訓練は実戦的では無い。これからの雄英は対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 

「という訳で…諸君等にはこれから二人一組(チームアップ)でここに居る教師1人と戦闘を行ってもらう」

 

 根津に続いて相澤がそう説明すると、生徒たちの動揺は一気に激しくなった。教師との手合わせくらいは予想していた者も居たみたいだが、ここまでの事を予想出来ていた生徒はそう多くは無かったようだ。妹紅も表情にこそ出てはいないが、内心は『え、マジで?』といった感じである。

 

「せ、先生方と戦闘を…!?」

 

「そうだ。なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済みだ。動きの傾向や成績、親密度…諸々踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ。まず、轟と八百万がチームで…俺とだ」

 

 早速一組目を発表すると、相澤は轟と八百万に向けてニヤリと笑みを浮かべた。実に好戦的な笑みだ。轟たちは苦戦するに違いない。

 

「そして緑谷と爆豪がチーム。で、相手は―…」

 

「私がする!協力して勝ちに来いよ、お二人さん!」

 

 顔を見合わせ驚く緑谷と爆豪の前に、オールマイトが足音を響かせながら登場した。流石はNo.1ヒーロー、戦うとなればとてつもない威圧感(プレッシャー)を感じる。このペアの戦いは何かとんでもないことになりそうだ。そもそも、緑谷と爆豪がペアという時点でとんでもないのだが。

 

「次だ。芦戸と上鳴がチーム、校長が相手をして下さる。口田・耳郎でチーム。マイクが相手だ。蛙吹・常闇でチーム。お前たちはエクトプラズムだ。次々いくぞ。瀬呂・峰田、相手はミッドナイト。葉隠・障子、スナイプだ。砂藤・切島、セメントス。飯田・尾白、パワーローダー。そして…藤原と麗日、お前たちの相手は13号がする。全員、聞き逃しは無いな?」

 

 皆が頷く。まさかの展開を迎えてしまった芦戸と上鳴も、こうなっては仕方無いとばかりに覚悟を決めたようだった。相澤は全員の意思を確認するように生徒たちを見渡し…妹紅の所で彼の視線が止まった。1秒、2秒と彼の気怠げな瞳が妹紅に向けられ続けている。

 

(え?もしかして、私の後ろに何か居る?)

 

 妙に凝視されたので、さては後ろに何か居るのかと妹紅は振り返るが、何も有りはしない。しかし、視線を正面に戻した時には既に相澤の視線は外れていた。一体何だったのだろうかと妹紅は不思議に思っていたが、結局答えは出なかった。

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間が勿体ない、速やかに乗れ」

 

「ペアだな、麗日。よろしくな」

 

「うん、がんばろうね、妹紅」

 

 相澤の合図と共に皆がそれぞれのバスに向かって歩き出す。歩きがてらペアになった相方と話をする者も多い。もちろん、緑谷・爆豪ペアを除いての話ではあるが。

 妹紅と麗日は女子同士なだけあって仲が良い。今では、麗日も敬称を付けずに妹紅の名を呼ぶほどだ。挨拶がてら軽くハイタッチを交わしてから向かうと、バスの入り口では13号が手招きして待っていた。

 

「藤原さん、麗日さん。コチラです、このバスです。さぁ、どうぞ乗って下さい」

 

「わぁ、ありがとうございます!13号先生!」

 

「ありがとうございます」

 

 13号の紳士的な所作に感動する麗日。雄英入学前から13号のファンだった彼女にはきっと堪らない振る舞いだろう。

 13号に促されて妹紅と麗日はバスの中腹辺りの座席に着く。仲良く隣同士だ。そして2人と対面するように13号が座席に着くと、バスがゆっくりと動き始めた。

 

「あなた方とこうやって面と向かって話すのは…あの事件の日以来ですね…」

 

「13号先生…」

 

 バスに揺られながら13号が静かに話し始めた。ツラそうな声色だ。麗日も心配そうな面持ちで彼女の名前を呟く。

 雄英襲撃事件以降、1年A組は13号の授業を受けていない。彼女が他学年の授業を受け持っているから、というのが大きな理由だろう。妹紅もたまに廊下で会う事くらいはあったが、挨拶を交わす程度であり、13号としっかりと話を交わすのはこれが初めてだった。

 

「あの日…僕はヴィランに負けました。守るべき者たちの目の前でヴィランに破れ、君たちを危険に晒してしまった。藤原さん、貴女に至っては…死なせてしまいました。何度も、何度も……僕のせいで…!」

 

「13号先生、私が死んだのは先生方の責任では有りません。私が、私の意思で脳無と戦ったのが原因です」

 

 13号の震える声を遮って妹紅はそう訴えた。だが、13号はゆっくりと首を横に振る。教師として、プロヒーローとして、その言い訳を受け入れることが出来なかったのだ。

 

「…いえ、貴女は戦わざるを得なかった。そして、そんな状況に追いやってしまったのは僕たち教師の責任なのです。…ずっと謝りたかった。貴女に、そしてA組の皆さんに。本当に申し訳ありませんでした」

 

「私は気にしていません」

 

「クラスの皆も先生たちのこと責めたりなんてしてません!本当です!」

 

 深々と頭を下げる13号に妹紅たちが対応する。彼女は長らく謝罪を続けていたが、数十秒が経ってようやく顔を上げた。

 

「…優しいですね、皆さんは。ふぅ、ありがとうございます。少しだけ気持ちが楽になりました。試験が終わったら、他の子たちにも謝りに行かないといけませんね…。特に爆豪くんや切島くんは気に病んでいるかもしれません」

 

 切島はともかく、爆豪が気に病む姿なんて妹紅には想像がつかないのだが…恐らく、13号からしてみれば爆豪もまた可愛い生徒の1人なのだろう。それを考えると、教員とは正しく聖職者なのだなとしみじみ思う妹紅であった。

 

「試験前に大変失礼しました…。さて、では切り替えましょう!これから演習試験の説明を始めます!心の準備はよろしいですか?」

 

「はい!準備出来ています!」

 

「私も大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 13号に聞かれ、妹紅は気を引き締め直す。試験は2人一組だ。自分のミスで麗日の点数まで落とさせる訳にはいかない。しっかりと返事をすると、13号は何度か頷いて試験の説明を始めた。

 

「先の説明の通り、君たちはペアになって僕と戦ってもらいます。制限時間は30分。君たちの勝利条件は『このハンドカフスを担当教員()に掛ける』もしくは『どちらか1人が試験ステージから脱出する』事です。もちろん、可能であれば担当教員を戦闘不能に追い込んでも良いですし、2人でステージを脱出してもいい。その判断は全て君たちに託されています」

 

 それは、高得点を取りたいのならば難易度の高いクリア方法を選べ、ということなのだろうか?しかし、13号は採点基準に関しては口を噤んでいる。恐らく事前に教えることは禁止されているのだろう。麗日も手渡されたハンドカフスと13号を交互に目を向けながら考えを巡らせている様子だった。

 

「今回は極めて実戦に近い状況での試験になります。僕をヴィランそのものだと考えて下さい。会敵したと仮定して、そこで戦い勝てるのならばそれで問題ありません。しかし、実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明なのです。分かりますね?」

 

 妹紅が非常に高い継戦能力を持っている事は13号も良く知っていた。『死なぬ』という事は、ただそれだけで十分強いのだ。そこに妹紅の火力が加われば、正に鬼に金棒。大概のヴィランは返り討ちに遭うだろう。

 しかし、だからこそ逃げる事を覚えて欲しいと13号は思っていた。例えば、相澤の『抹消』のような個性を持ったヴィランと妹紅が遭遇し、戦闘になった場合どうなるだろうか?…恐らく、妹紅は死ぬだろう。蘇生も出来ない、完全な死が妹紅へともたらされる。もちろん、『抹消』の効果が切れた途端に蘇生するという可能性もあるのだが、可能性に命を賭けさせる訳にはいかないのだ。13号は特にその辺りを妹紅に伝えたかった。

 

「そして、担当教員はハンデを負わなければなりません。『体重の約半分の重量を装着する』というハンデです。ヨイショッと…あわわ、結構重い…!し、しかし、ハンデ有りとはいえ、我々担当教員は全力で君たちと戦うつもりですよ!」

 

 サポート科の生徒が作ったという超圧縮おもりを13号は妹紅たちの目の前で身に付けた。仮に、体重が60キロだったとしても、おもりの総重量は30キロにもなる。増強型の個性では無い13号にとってこれは中々ツラい筈だ。担当教員の撃破を狙うのならば、この辺りを狙っていくのが常道であろうか。

 

「さて、試験内容の説明はこれで全部ですが……。藤原さん。この演習試験、恐らく貴女にとって非常にツラいものになるでしょう…。バスの外をご覧なさい」

 

 説明を終えて一息入れていた13号だったが、言いづらそうに妹紅に声をかけた。バスの外がどうしたというのだろうか。妹紅が窓から外を覗くが、特に何の変哲は無い。だが、覚えがある。この道は妹紅たちも以前通ったことがあった。

 

「まさか私たちの試験場所って…!」

 

「そうです。我々が向かう先はウソの災害や事故ルーム(USJ)。ヴィラン連合に襲撃されたあのUSJこそが…僕たちの試験場所なのです」

 

「そんな!?13号先生、なんで…!?」

 

 13号はついさっき、自らの過ちを妹紅に謝ったばかりじゃないか。だというのに、何故こうも妹紅を追い込む様な真似をするのか…。麗日はその意図が分からず、声を上げた。だが、13号は首を横に振る。

 

「……本来ならば思い出させないようにと、事件現場には近寄らせないのが一番でしょう。ですが、君たちはヒーロー候補生なのです。ヒーローにとって恐怖とは乗り越えるもの。それがトラウマであっても克服しなければならないのです」

 

 13号は酷くツラそうに声を絞り出していた。実際、今回の試験で相澤がコレを提案した時に、真っ先に反対した教員は13号だった。USJ襲撃事件からまだ2ヶ月ほどしか経っていないのだから、もう少し時間を置くべきだと訴えたのだが、相澤から『もう2ヶ月も経った』と言われて意見を退けられてしまったのだ。

 確かに、ヴィランの活性化を受けて 9月の“ヒーロー活動許可仮免許証”、通称“仮免”の試験を一年生に受けさせる事が職員会議で既に決まっている。仮免取得の前にトラウマを克服させるべし、という相澤の意見も理解は出来るのだが、これは余りにも性急に過ぎるのではないかと13号は思っていた。

 だというのに、自分に妹紅たちの担当教員を任せるのだから、相澤も後輩使いが荒い。なにせ、これから更に厳しい事を妹紅に伝えなければならないのだ。

 

「藤原さん。以前、職員室で相澤先生から言われたことを覚えていますか?」

 

「はい、覚えています。今後も私がトラウマを克服出来ないようであれば、除名処分が下されるという話ですね」

 

「妹紅ッ!?」

 

「大丈夫。大丈夫だよ、麗日」

 

 その話に酷く慌てたのは麗日だ。妹紅は誰にもその話をしていなかったのだから、当然ながら初耳だった。麗日を落ち着かせる為に妹紅は彼女の手をとって宥めるが、13号の話はまだ続く。

 

「…今回の試験、君たちには特別に試験前のギブアップが認められています。もしも、試験前にギブアップした場合、お二人は赤点となってしまいますが今回の試験で藤原さんが除名処分を受ける事はありません。ですが、トラウマを抱えながら試験を強行し、その上で、以前と同じく錯乱してしまった場合…藤原さんには除名処分が下るでしょう。今回ばかりは合理的虚偽などでは断じてありません。先輩は…イレイザーヘッドは本気です!」

 

 妹紅が精神状態を自ら判断し、事前に試験を棄権したのならば赤点ながらも一応は問題無い。妹紅への試練は後日へと持ち越される事となるだろう。

 この状況における最悪は、自分の精神状態も分からぬまま試験に挑み、そして錯乱してしまう事だ。自己判断すらも出来ぬ者がヒーローに相応しいはずが無い。少なくとも相澤はそう考えていた。

 無論、相澤は除籍だけではなく、復籍の権限も持ち合わせている。除籍されたからと言って完全な終焉を迎えるという訳ではないのだが、生徒たちはそれを知らないし、トラウマが解消されるまで相澤は妹紅の復籍を許さないだろう。13号の言う通り、相澤は本気だった

 

「止めよう妹紅!ギブアップしよ!赤点でも別にいいやん!?」

 

 追撃とも言える説明を受けて、麗日は妹紅を抱きしめる程の近さでギブアップを求めた。目には涙を浮かべている。除名処分に比べたら、赤点など可愛いモノだ。そんな事より、大事な友人がクラスから居なくなってしまう方が遙かに怖いのだ。

 

「私は――」

 

「返答は試験場所に着いてから聞きます。それまでしばらく考えてみて下さい」

 

 妹紅は口を開きかけたが、それを13号は制す。ギブアップするにせよ、試験を受けるにせよ、『現場に赴かせて判断させろ』と相澤から命じられていたからだ。また、妹紅に少しでも考える時間を与えたいという13号の思いやりでもあった。

 

 

 

「…ここが君たちのスタート地点になります」

 

 しばらくして、3人の姿はUSJの屋内にあった。妹紅と麗日が試験開始地点として案内された場所は、噴水前の中央広場。ここは妹紅が脳無と戦った場所であり、そして幾度も殺された場所でもある。肉片などは綺麗に片付けられ、血も全て洗い流されているようだが、脳無に破壊された痕は未だに残っていた。

 単純に修繕作業が間に合わなかったのか、それとも妹紅の試練の為にワザと残されているのかは不明だ。意外と、“どうせ演習試験で壊されるのだから、修繕はその後でいいや”というパターンかもしれない。

 

「藤原さん、大丈夫ですか?」

 

「妹紅…」

 

 妹紅は脳無に破壊された跡地を、ただ無言で見ていた。苦しんでいる様子は無く、何時ものと同じ無表情でその場に佇んでいる。だが、それ故に13号と麗日は心配だった。

 

「不思議です」

 

 2人の呼びかけに、妹紅は振り返りもせずにそう返答した。そして、落ちていた拳大のコンクリート片を拾い上げ、握り締めると共に炎を纏わせていく。指の骨が軋むほどの力で握り締めながら、同等のチカラで炎も込めると、コンクリート片は急激な温度変化に耐えきれず、音を鳴らしながらひび割れていった。更に、砕けながら炎の熱によってゆっくりと溶けていく。

 

「恐怖や怒り、憎しみ…。私はあの時、そういう感情が心の奥底からマグマのように湧き出て来るのを感じました」

 

 赤熱した塊が半固体となって指の隙間からボタボタとこぼれ落ちた。地面に落ちた先では怨みがましく一瞬だけ炎を上げるが、すぐに鎮火する。その酷く刹那的な炎の姿は憐れみを覚えるほどだ。

 

「ですが、今は…自分でも驚くほど気持ちが落ち着いています」

 

 炎を収めて拳を開くと、そこにはもう何も無かった。溶けたコンクリ片が僅かに皮膚にこびり付いていたが、妹紅が払い落とすとパラパラと剥がれていく。一部は高温によってガラス化していたため、それは儚く煌めきながら散っていった。

 

「13号先生、試験を受けさせて下さい」

 

 雄英に来て、妹紅の精神は大きく成長していた。入学試験も体育祭も職場体験も、USJのヴィラン襲撃さえも、妹紅は糧として学んできたのだ。また、職場体験後はエンデヴァーから教えられた個性制御トレーニングを毎日欠かさず続け、学校が休みの日ですら寺子屋でも出来るトレーニングを行っている程だ。その為、個性面の成長も著しい。今の妹紅は体育祭優勝時よりも遙かに強いのである。

 

「試験が始まってしまえば、もう引き返す事は出来ませんよ。よろしいのですね?」

 

「妹紅…」

 

「はい、お願いします。大丈夫だって麗日。そんなことより、どうやって13号先生と戦うか考えよう」

 

 13号の最終確認にも動じる事無く応えると、妹紅は未だ心配げな麗日に微笑みかけた。そんな様子を見て、事ここに至っては後戻り出来ないと麗日も腹を括ったのだろう。瞳に浮かぶ涙を拭い、覚悟を決めた面持ちでコクリと頷いていた。

 

「…分かりました。では、僕も所定の位置へと向かいます。スタートの合図はリカバリーガールがして下さるそうなので、その合図があるまでここで待機していて下さい。それでは、失礼します」

 

 淡々と、あくまで冷静に13号は語った。決定は全て彼女等の意思に委ねられており、そこに13号が介入する事は出来ないのだ。しかし…、しかし、それでも激励くらいは許される筈。そう思った13号はそのまま立ち去ろうとしていた足を止めて振り返った。

 

「藤原さん!麗日さん!僕には遠慮も手加減も必要ありませんよ!君たちの本気を、全力を見せて下さい!対戦相手の僕が言うのも変ですが…、貴女方の健闘を祈ります!」

 

 そう言い残して13号は走り去る。そこそこ本気のダッシュだ。試験は全ペア同時スタートなので、自分たちが遅れるとA組全体が遅れてしまうのだ。自重の半分もある重さに辟易しながらも、頑張る13号であった。

 

 

 

『…さて全員、位置についたみたいだね。それじゃあ今から雄英高校1年A組の期末試験を始めるよ。レディィー、ゴォ!!』

 

 13号は脱出ゲート前の広場を陣取っていた。ここが彼女の所定の位置となる。なお、走ってこの位置まで来たのだが、疲れはほとんど無い。彼女は戦闘よりも救助活動を得意とするヒーローだが、救助というのは時に戦闘よりも体力が必要となる時も有る。そんな13号にとって、おもりを持って短い距離を走る程度など準備運動の様なものだった。

 

(さて、初手は想像がつきます。まずは藤原さんの火の鳥で様子見かつ牽制といった所でしょう。体育祭を見る限り、藤原さんが同時に操れる火の鳥は4羽が限界のはず。しかし、手加減無しであれば、微細なコントロールは必要ない。だとすれば、僕にけしかける事が出来る火の鳥の数は倍の8羽ほど…いや、10羽前後といったところでしょう)

 

 13号はリカバリーガールの合図を聞きながら妹紅たちの動きを予想していた。まずは火の鳥が襲いかかって来ると13号は当たりを付ける。彼女たちならば、まずは定石通りに仕掛けてくる筈だ。

 

(…っとまぁ、藤原さんの事を知らなければ、そんな風に過小評価していたでしょうね。しかし、僕は貴女の実力を知っています。監視カメラに収められていた貴女と脳無の戦い…。怪我の療養中、僕はソレを見させていただきました!あの戦いを考えれば、貴女が繰り出せる火の鳥は予想の10倍!一度に100羽近い数を作ることが出来るのではないかと思っています!)

 

 13号はポコポコポコと可愛らしい音を鳴らしながら指先に付いているキャップを外した。コスチュームのグローブの、その両手の指に付いているキャップ全てをだ。完全なる戦闘態勢。13号はそれほど妹紅を警戒していた。そこに油断は全く無い。

 視界の一部に明るく照らされると、13号は身構えた。やはり初手は火の鳥だ。全長は1m程。(ほむら)を纏う鳥たちが群れを為してこちらへと向かって来ている。しかし、予想外なのはその数だった。

 

「本当に素晴らしい力をお持ちです…!まさか…まさか100羽という数ですらも未だに過小評価だったとは!」

 

 13号がブルッと身を震わせた。武者震いだ。火の鳥の数は200か300か。いや、それ以上かもしれない。数えるのも馬鹿らしくなるほどの数、それが向かって来ていた。

 その代わり、操作はかなり稚拙になっているらしく、てんでバラバラに飛び回っている。時折、他の火の鳥とぶつかって独りでに撃墜していく火の鳥も居るほどだ。だが、それ故に不規則(ランダム)な動きとなっており、予測が難しい。更に、妹紅たちが居ると思われる方角から新たな火の鳥が続々と飛んで来ており、多少勝手に墜ちていこうが総数はどんどん増えていくという凄まじい状況になっている。

 

「ですが!僕の『ブラックホール』は炎だろうが何だろうが全てを吸い込み、分子レベルで崩壊させる個性!『不死鳥』との相性の良さから君たちの担当教員に選ばれたと言っても過言ではありませんよ!」

 

 13号は両手のグローブを投げ捨てて、素手となった。ほっそりとしていて綺麗な手だ。だが、左右に大きく広げられたその両掌から漆黒の渦が生まれると、これが宇宙でも屈指の脅威を持つ存在へと変わる。ブラックホール。それは“重力の黙示録”という異名の通り、全てを吸い込む天体なのである。

 この両の手に2つのブラックホールを構えるスタイルこそが13号の最大迎撃態勢だ。自衛という一点においてはこの技に勝るモノは無いのだが、吸引の指向性を持たせる事は出来ない為、己以外の全てを吸い込んでしまうという欠点もあった。故に、救助や誰かを守る事には全く向いていない技だ。正しく必殺(・・)技である。

 とはいえ、これでも誤って生徒を吸い込まぬよう、USJの設備や物品などを吸い込まぬように手加減し、制御しているのだから13号の個性の恐ろしさが良く分かるだろう。とんでもない個性だ。それが妹紅たちの前に立ちはだかる。

 

「さあ、来なさい!雄英教師の実力を見せてさしあげます!」

 

 妹紅・麗日ペア VS スペースヒーロー13号。今ここに、雄英史上最大の演習試験が始まらんとしていた。

 




 13号「雄英教師の実力を見せてさしあげます!」キリッ
 しかし、妹紅に『いや、それ生徒じゃなくて、黒霧とかいうヴィランに見せてやって下さいよ』とか言われでもしたら、13号の心は本気で折れます。泣き崩れます。ここが13号先生の退職分岐ルートです(大嘘)。

 次、空海著『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)
 原作、東方永夜抄で妹紅が言っていた台詞「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」はこれからの引用です。秘蔵宝鑰をググってみたら、現代語訳が普通に売られていたのでSS内にも登場。寺子屋の本棚に並んでいます。

 次、もこたん特殊ルール
 除籍云々は相澤の提案です。相澤は妹紅の担任として「今の藤原なら発狂する事は無いだろう」と判断してコレを提案しました。しかし、妹紅の過去が過去だけに、13号を始めとする他の教師からは「早くない?」と言われてしまいます。そこで、折衷案として『事前ギブアップ』が導入されました。
 ギブアップという回避策を準備して、その事を事前に説明しているのにも関わらず、試験を強行して発狂してしまったら、それは他人をも巻き込みかねない重大な判断ミスとして除籍やむなしといった感じです。ただ、これをペアでやってる演習試験に導入するあたりがイヤラシい。ペアに赤点を取らせまいという気遣いが除籍に繋がりかねないという罠です。その辺りも含めて自己判断しろ、といった感じですね。
 因みに、試験中に妹紅が発狂した場合、その時点で妹紅たちの試験は終了。妹紅は職員会議後に除籍となります(AFO関連の事があるので、本当に除籍になるかは分かりませんが…)。そして麗日は除籍では無いですが、赤点になります。この子、巻き込まれちゃって可哀想(他人事)

 なお、この試練をクリアすると今度は『父親の姿(脳無になる前)を立体映像(ホログラフ)で見る』や『形態模写などの個性で父親の姿に変装したプロヒーローと戦う(妹紅は炎の使用禁止)』などが待ち受けており、最後は『刑務所で脳無(パパ)と対面』を冷静な状態で乗り越えられたら晴れて全試練クリアとなります。相澤はこれを卒業までの3年以内にやらせるつもりです。今回の試験はほんのジャブに過ぎないという。

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