もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと演習試験 後編

「凄い!みんな先生方相手に頑張ってる!」

 

「大きな課題が残りそうなペアも多いけど…、まぁ1年生にしては良くやってる方さね」

 

 ここはリカバリーガール出張保健室。複数の試験地を映しているモニターの前で、緑谷が目を輝かせながら声を上げていた。そう、彼等緑谷・爆豪ペアは演習試験をクリア出来たのだ。かかった時間は制限時間の半分程度で、轟・八百万ペアに次いで2番目に早いクリアタイムである。

 もちろん、緑谷・爆豪ペアの対戦相手だったオールマイトは相当に手加減していたのだが、それでもクリア後の2人の身体はボロボロ。爆豪に至っては意識を失うほど激戦であり、すぐさまオールマイトに抱えられてリカバリーガールの治療を受けなければならない程だった。そして治療後、気絶したままの爆豪は校舎内のベッドへと搬送されたが、緑谷は『他のペアの戦闘を見たい』ということで、この出張保健室で留まっていたのだった。

 

「ん…?リカバリーガール、あのカメラは壊れているみたいですよ?モニターがずっと真っ赤です」

 

「いや、壊れていないよ。壊れそうではあるけどね。カメラロボ、もっと下がりな。人工知能(AI)といえども、焼かれてスクラップは嫌だろう?」

 

 皆の活躍に気を取られていた緑谷がとあるモニターに気付いた。先程から“赤”を映すモニターだ。緑谷は壊れているようだと言ったのだが、リカバリーガールは首を振って違うと答え、カメラロボに注意を促した。すると、『アイアイサー』というロボ音声と共に、画面が徐々に引かれていく。

 

「え?…これは炎!?まさか、麗日さんと藤原さんの所ですか!?」

 

「そう。そして対するは13号。一番とんでもないことに成っている所はここさね」

 

 巻き上がる赤色は炎の色だった。火の鳥が、そして炎そのものが津波のように13号へ襲いかかっている。だが、それでも恐るべきは13号であろう。彼女の『ブラックホール』は一切合切を呑み込み、炎を消し去っていた。

 

『妹紅!確認終えたし、準備も出来たよ!もう一度やろう!』

 

『良し。火の鳥たちよ、浮いている瓦礫を咥えて13号先生へ特攻しろ!…3、2、1。麗日、今だ!』

 

無重力(ゼログラビティ)解除!行っけー!火球流星群(メテオ)!!』

 

『わぁー!?また来た!?』

 

 単純な炎は全て吸い込まれていく。しかし、そんな事で妹紅たちが攻撃の手を緩めるはずも無かった。モニターには協力必殺技を容赦無く放つ妹紅と麗日の両名が映し出されており、別のモニターでは悲鳴を上げる13号の姿があった。

 

「うわぁ…本当にとんでもないことになってる…」

 

「まるで空爆さね。だけど、今の13号には通用しないよ」

 

 炎を纏った大量の隕石が13号の頭上へと降り注ぎ、更に火の鳥も彼女に殺到する。だが、13号は悲鳴を上げながらも見事に対処していた。

 実のところ、この火球流星群(メテオ)は良く観察すれば見た目がド派手なものの、『ただ大量の瓦礫が炎を纏って墜ちてきている』だけの技だ。驚きや恐怖などによって思考が止まりさえしなければ、対処そのものは簡単なのである。13号も本気で悲鳴を上げている訳では無いだろう。無駄な攻撃を誘う為の(ブラフ)といったところか。

 

「13号先生の『ブラックホール』!あの攻撃ですら全て吸い込むなんて…!個性の相性が悪すぎる!あの2人の課題は、この相性差の攻略ですか!」

 

「さて、どうだろうね…。それに13号のコスチュームも厄介な点の1つさね。あの宇宙服そっくりのコスチュームは、その性能も宇宙服並みだよ。高温や低温に耐えられるのはもちろん、酸素ボンベが内蔵されていて気密性もあるから、低酸素どころか無酸素の状況下でも数時間の行動が可能。もちろん、水中だって行動出来る。そういう救助に特化したコスチュームさね。しかし、今のあの子たちにとってはそれが何よりも厄介だろうさ」

 

「体育祭の決勝戦で、かっちゃんを倒した時のような周囲の温度を上げたり、酸素を少なくする技を使っても一切通用しないって事ですね…!それに13号先生の今の戦闘スタイルじゃあ、ハンデの重量もそこまで大きな負担にはならない…!くっ…!」

 

 ヒーローオタクの彼は13号の個性についても詳しい。そして、その知識から妹紅・麗日ペアの圧倒的不利を当然のように導き出していた。更にコスチュームすらも相性が悪く、その場から動かず防御を固める彼女の戦闘スタイルでは、身に付けている超圧縮おもりもハンデらしいハンデにはならない。つまり、彼女等にとって13号の攻略難易度は最難関クラスまで高まっていた。

 

「藤原妹紅…。あの莫大な火力と継戦能力は既にトッププロレベルさね。雄英教師陣の中でも、あの子に勝てるヒーローは少ない。13号を除けば、それこそオールマイトくらいだろうねぇ」

 

「え?相澤先生でも勝てないんですか?相性的にはかなり有利だと思うのですけど…」

 

 リカバリーガールが零した言葉に、固唾を飲んで見守っていた緑谷は即座に反応した。相澤の『抹消』は、異形型以外の個性に対して無類の強さを発揮する個性だ。発動型の個性である『不死鳥』にとって、相澤の個性は非常に相性が悪いのである。故に、妹紅の天敵は相澤、次点で13号だと緑谷は思っていた。無論、オールマイトは例外中の例外だが。

 

「一度でも本人を視界に捉える事が出来たら『抹消』で楽に勝てるんだろうけどね。妹紅(あの子)もその事を分かっているだろうから、姿を現わさずに遠くから攻撃するだろうさ」

 

「た、確かに…!相澤先生の『抹消』は対象者本人を見なければ発動出来ないから、火の鳥そのものを見ても消す事は出来ない。隠れられながら遠距離攻撃されたら相澤先生は無個性と同じだ。藤原さんに勝てる筈が無い…!」

 

「当然、イレイザーヘッドもそれは理解しているから、実際の戦闘ではそうならないように立ち回るんだけどねぇ。今回みたいな離れた場所からヨーイドンで始まる戦闘には向いてないんだよ、あの男は」

 

 つまるところ、妹紅は最も個性相性が悪い教員を相手に立ち回らなければならないのだ。また、ペアの麗日も13号に五指で触れる事が出来るのであれば無重力(ゼログラビティ)が発動して彼女を無力化出来るのだが、ヴィランである13号(・・・・・・・・・・)に迂闊に接近すれば即座に『ブラックホール』で殺される事は目に見えている。この状況で下手に接近戦を挑めば、大幅に減点されてしまうだろう。

 遠距離攻撃は全て防がれ、接近戦は挑めない。苦しい状況である。しかし、妹紅たちはこれを攻略しなければならないのだ。

 

「この戦いは厳しいモノになるぞ…!頑張れ、麗日さん!藤原さん!」

 

(まぁ、精神面の方は問題無さそうだから、その辺は一安心さね)

 

 緑谷はハラハラしながらモニターを見守るが、リカバリーガールは別の部分、妹紅の精神状態が安定している事に安堵していた。多少の赤点など今後の試験でカバー出来るが、除籍処分となってしまえば最早どうにもならないからだ。しかし、少なくとも現時点では問題は無さそうなので、彼女としては一安心なのである。

 リカバリーガールは茶を啜りホゥッと一息吐くと、A組の生徒たちが奮闘する姿を厳しくも温かい眼差しで見守るのだった。

 

 

 

「流石に何度目かの火球流星群(メテオ)。13号先生もすぐに気付いたな。かなり警戒しているみたいだ。まぁ、危険な技だから当然だが」

 

「ふぅー…。次は今回以上に早く気付かれるって事やね。でも、それがチャンス。13号先生の意識が技の危険性に向けられるほど、本命には気付きにくくなる…と思う。それに、先生の個性の特徴も確認出来たし、制限時間も少ない。そろそろ頃合いかな?私のキャパも次くらいが限界かも…」

 

 遠くから炎翼で13号の様子を伺っていた妹紅が麗日の隣に降り立ちながら言うと、彼女は額に冷汗を浮かべながらも答えてくれた。だが、その顔は少々青白い。許容量(キャパシティー)の限界が近いのだ。

 当初、妹紅たちは火の鳥と火球流星群(メテオ)によって13号の撃破を目指した。息をつかせぬ波状攻撃で彼女を弱らせたところで、火の鳥に捕獲カフスを持たせて彼女を確保する作戦だった。

 無論、13号が本当に死んでしまわないように、また、大火傷を負わないようにと注意しながら攻撃を行っていたのだが、彼女はそんな心配は全くの無用とばかりに全てを塵にしてしまった。その圧倒的な相性差は、たとえ妹紅が殺す気で最大火力を放っていても苦も無く漆黒の渦で呑み込んでいただろう。それ程までに力の差があった。そんな様子を見て、妹紅たちは作戦を変更せざるを得なかったのである。

 

「ああ。私の方もそれなりに練習(・・)出来た。次の攻勢で仕掛けよう」

 

「妹紅の方は大丈夫?かなり個性を使ってるけど…」

 

「私の体力(キャパ)は…残り半分といったところだな。作戦には問題無いと思う」

 

 話している間にも妹紅は火の鳥を作り出して飛び立たせていく。攻撃の合間であっても13号を休ませる気は無いのだ。ただし、作る火の鳥にはほとんど炎を込めていない。スカスカの火の鳥である。どうせ吸い込まれるのだから無駄な体力を使う必要は無く、ただ牽制になればそれで良いからだ。故に、これだけの個性を使ってもなお、妹紅には余裕があった。

 

「半分って凄っ!?流石、妹紅…。ごめん、私足引っ張ってるね…」

 

 妹紅の底知れぬキャパシティーに麗日は劣等感と罪悪感を抱く。だが、トッププロから見てもドン引きするレベルの火力と許容量を持つ妹紅と己を比べるのがそもそもの間違いだろう。むしろ、僅かな劣等感を抱くだけで済む麗日の精神力を褒めるべきだ。そこらのヒーロー候補生ならば、その実力差に心を折られてしまう事も有り得たのだから。

 

「そんな事はない。この作戦を考えてくれたのは麗日じゃないか。私では力押しくらいしか思いつかなかったし、それでは13号先生に手も足も出なかったと思う。…さぁ、もう一息だ。頑張ろう」

 

「…うん、頑張ろ!じゃあ最後の瓦礫の準備をするから、妹紅の方も準備をお願い!」

 

「ああ。上手くやってみせるさ」

 

 僅かな逡巡があったものの、麗日は気を取り直した。朗らかな笑顔を妹紅に見せながら右手を挙げると、妹紅も手を挙げてお互いにハイタッチを決める。瞬間、麗日の個性が発動して、妹紅がフワリと宙に浮いた。これもまた作戦の為の下準備だ。妹紅はフワフワと浮かびながらも、麗日に向けて笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

(さて、残り時間は5分ほど。そろそろ彼女等も本気の攻勢に出る時間ですかね…)

 

 脱出ゲートの前の広場で陣取る13号は、次々と襲いかかってくる火の鳥たちを吸い込みながらも迫り来る激闘の気配を感じていた。彼女等がこのまま何もせず終わるはずが無い。必ずや最後の大攻勢が有るはずだ。13号はそう確信していた。

 その予感は正しく、襲いかかってくる火の鳥の数が急に増えた。今までに無い程の数だ。更に、大量の瓦礫を運んでくる火の鳥の姿もある。だが、それらを予想していた13号に焦りは無かった。

 

(ふむ、来ましたか。攻撃密度は今までの中でも最大級。だというのに、藤原さんたちは未だに姿を見せていない。…なるほど、読めました。彼女等の狙いは、炎の瓦礫と火の鳥による僕の撃破もしくはカフスによる確保!…は見せかけ(フェイク)。それらに僕の意識を向けさせて、本命は藤原さんの飛行による脱出、という作戦でしょうね)

 

 13号は淡々と状況を整理し、把握していく。更には妹紅たちの作戦まで見事に読み取っていった。自分の撃破や確保を目指すのであれば、『ブラックホール』を越える圧倒的な必殺技が必要になってくる。だが、その様な攻撃を放って来ないということは、クリア手段はゲートの脱出しか無い。また、13号がここに居る以上、脱出ゲート付近は火の海になる。つまり、麗日は近寄る事すらも出来ない筈だ。故に、彼女はサポートに徹し、脱出に来るのは妹紅のみだと判断出来た。

 そして、その予想は正解だった。彼女たちの作戦は正しく『妹紅の脱出』だったのだ。

 

(確かに僕は脱出ゲート前に居座っていますが、脱出ゲートを『ブラックホール』で吸い込まないようにと距離を置いた場所に居ます。故に、僕の隙さえ突けば脱出は可能。これが貴女方に残された勝ち筋です。そこに気付けたという点は大変よろしい。ですが、脱出するのでしたら最初の攻勢に全てを込め、初見の僕が慌てて対処している内に脱出するべきでしたね。僕はもう、ここまでの激戦で貴女方の攻撃に慣れてしまいましたよ。…もしや最初は僕の撃破を目指していたのですか?それなら彼女たちの動きも理解出来ますが…)

 

 妹紅たちのミスは13号を撃破出来ると思い、序盤に圧倒的火力と共に新技の火球流星群(メテオ)を使ってしまった事だった。USJでの戦いも体育祭も見ている13号は、妹紅のほとんどの必殺技を把握している。初見の技である火球流星群(メテオ)は、ここぞという時まで温存すべきだったのだ。初見の必殺技であれば13号も多少の隙が出来た筈だ。

 とはいえ、それを今の妹紅たちに求めるのはハードルが高すぎる。そもそも13号がUSJでの妹紅の戦いを見ていた事など彼女は一切知らないからだ。もしも、妹紅たちがそこまで見越して試験をクリアしたのならば、それこそ満点に近い点数を得られるレベルなのである。もちろん、それは13号も理解していた。

 

(貴女方の行動はベストではありませんでしたが、決して悪いという訳でもありません。実戦を考えれば、むしろ良いと言っていいでしょう。なにせ、僕という凶悪な個性を持つヴィランをここまで足止め出来たという事実は大きいのですから。また、藤原さんの特徴的な炎(火の鳥)を見れば他のヒーローも集まってくるでしょうし、時間制限が無ければ個性の容量(キャパシティー)的に僕が競り負けていたと思います。実戦を想定して試験に挑めと言ったのは僕自身ですし、それを考えれば、クリア出来なかったとしても藤原さんは赤点を逃れる事は出来るでしょう)

 

 13号は満足げに頷くが、すぐに表情を一転させると今度は麗日について考え始めた。

 

(ですが…逆に、麗日さんは厳しい。このままクリア出来なかったら当然ながら赤点ですし、クリア出来たとしても赤点ギリギリの点数しか与えられません。是非とも麗日さんの持つ最大の実力(パフォーマンス)を見てから評価を決めたいものなのですが…)

 

 まだ13号は火球流星群(メテオ)くらいしか麗日の動きを確認出来ていない。無重力(ゼログラビティ)が補助的な個性だとはいえ、これだけでは高い評価を下すことは出来ないのだ。このまま妹紅に任せきりでは赤点か、もしくはそれに近い点数になってしまうだろう。

 そんな心配をしていると、炎で染まった視界の端に白色がチラリと映り込んだ。妹紅が火の鳥の群れに紛れながら迫って来ている。だが、非常に速い速度だ。時速100キロは優に超えるスピードで飛んでいた。

 

(藤原さんが来たのは予想通り。ですが、妙に速いですね?藤原さんの飛行速度はあんなに速くなかったと思っていたのですが…。ん?翼を使わずに飛んでいる…?そうか!麗日さんの『無重力(ゼログラビティ)』で重力を消しているのですね!そして、身体から炎を放出することで推進力を得ている…!あの速さと力強さは、まるでロケットのようだ!)

 

 通常、妹紅の最高飛行速度は時速60キロ程度だ。それが倍近い速度で飛べる理由は、麗日の『無重力(ゼログラビティ)』にあった。『無重力(ゼログラビティ)』は相手を宙に浮かせて行動不能に陥らせる個性だが、見方を変えれば、空を飛べぬ者に浮遊能力を付与する個性とも言える。すなわち、麗日と共に戦う者たちは総じて制空権を得られるのである。

 更に、妹紅のように身体から何かを放出する事が出来る個性で有れば、そのジェット推進によってロケットの如き高速移動が可能となる。また、そのような個性で無くても、無重力飛行に適したサポートアイテムなどが有れば、誰でも空中機動力が得られるのだ。これは大きな強みである。

 しかし…

 

(バランスを取るの難しいッ!試験時間の大半を費やして無重力の高速飛行の練習したけど、これ練習時間ぜんぜん足りない!やばい制御姿勢崩れそう!あわわわ、これでミスったら私だけじゃなくて麗日まで赤点になっちゃう!うおおお、頑張れ私!)

 

 無重力状態では感覚が通常と全く異なるので、コントロールがとにかく難しい。現在、妹紅が炎翼を出さずに身体から炎を噴出させるジェット推進のみで速度を得ているのは、それが一番安定するからだ。正直な話、これは20分程度の練習で制御出来るものでは無く、何時間、何十時間と練習が必要な技能であることは言うまでも無いだろう。

 なお、妹紅が短時間の練習でも何とか飛べているのは高所やスピード、怪我などへの恐怖が一切無いからである。妹紅にとってはそんなモノより赤点の方が怖いのだ。

 

(良いスピードです。それに僕の個性も良く理解している。僕の個性は、本物の“ブラックホール”を作っている訳では無く、似た性質を持つ“別のナニカ”を作り出す個性…。それを『ブラックホール』という個性名で呼んでいるだけなのです。だって、本物のブラックホールなんてものが作れてしまった日には、一瞬で地球は崩壊しちゃいますからね)

 

 13号は自分の個性を見ながら思考する。『ブラックホール』は分かりやすさを重視して付けた個性名だ。決して本物では無いのである。

 

(ですが、僕の個性の性質は本物(ブラックホール)と似ている所が多々あるのです。たとえば、ブラックホールは非常に強い重力によって光さえも呑み込み逃がしませんが、僕の個性も光も吸い込む事が出来ます。そう、ブラックホールの吸引力とは重力なのです。僕の個性も同じく、強力な重力によって吸い寄せているのです。故に、物体を重力という鎖から解き放つ個性などを使われてしまったら…)

 

 13号は個性にグッと力を込めた。脱出ゲートすらも軋む音が鳴るほどの威力だ。これ以上はゲートまで破壊しかねないので、これが限界の出力である。しかし、そこまでしても妹紅を止めることは出来なかった。

 

「クッ、やはり藤原さんだけ引き寄せられない…!麗日さんの『無重力(ゼログラビティ)』。予想通り、彼女は僕の天敵でしたか…!」

 

 『ブラックホール』を『無重力(ゼログラビティ)』で無力化出来る。これは13号も担任である相澤も予想していた事だった。即ち、これは妹紅と麗日に与えられた勝ち筋の1つだったのである。

 無論、事前に試していた訳では無いので、“やってみたけど無力化出来なかった…”という可能性もあった。しかし、この場合は試してみることが重要なのである。個性の特徴を把握し、弱点を見つけ、そこを狙う。それが個性による戦闘というものだ。“ゴリ押しだけじゃなくて、よく考えた上で個性を十全に活用しろ”。それが妹紅・麗日ペアの真の課題であった。

 因みに、実際に試してみて『無重力(ゼログラビティ)』の効果が無かった場合、13号は勝ち筋を残す為に手加減するつもりでいた。そうでもしないと、13号の相手など妹紅たちの個性では無理難題の極みだ。

 

(そうか、あの炎の瓦礫…!浮かせた瓦礫を墜として攻撃していたのは僕の注意を引くためだけじゃない。『無重力(ゼログラビティ)』で『ブラックホール』を無効化出来るか、否かを探っていたのですね…!そして探った後は、不審に思われないように武器として使った!では、無重力状態の瓦礫を僕に直接ぶつけなかったのは何故でしょうか…?…なるほど、風の影響ですね。炎を吸い込む時は、周りの空気も大量に吸い込んでしまう。空気を吸い込めば、対流で風が生まれる。無重力の瓦礫は風に煽られて、どうせ僕に吸われてしまうと考えたのでしょう。運が良ければ風の流れから逸れて僕に当たったかもしれませんが、撃破出来なければ狙いがバレる。脱出を確実にする方に重点を置きましたか。うん、良い判断です)

 

 空気には質量がある(乾燥した空気1Lは1気圧において1.293gの重さがある。意外と重い)。そして、重さがあるということは当然ながら重力の影響を受けるため、13号の『ブラックホール』でも空気を吸い込むことが出来るのだ。そして、その空気の流れによって風が生まれるのである。

 

(…っと、褒めている場合ではありませんでした。今は敵として藤原さんの対処をしなければ…。とりあえず、吸引の風で藤原さんを引き寄せてみますか)

 

 生徒たちの行動を見て、教師冥利に尽きるといった感じで喜ぶ13号。しかし、まだ試験は終わっていないということを思い出し、対策を練る。結果、吸い込む際の風で引き寄せるという苦肉の策を打った。

 だが、妹紅は身体から炎を噴出させる事で推進力を得ている。吸い込む風以上の炎を生み出す事は妹紅にとっては造作も無いことだった。

 

(やはり、この程度の風では飛行速度を僅かに落とすくらいが精々で、藤原さんを引き寄せるまでには至りませんか…。ならば、僕も最後の抵抗です。ヒーロー基礎学で習ったと思いますが、戦闘においては相手の個性だけでなく、地形の把握も必須になります。さて、このUSJの地形はどうでしょうか?USJはドーム状の建物であり、脱出ゲートはその出入り口に設置して有ります。そして、僕は『ブラックホール』で大量の空気を吸い込み続けている…。この意味、分かりますね?吸い込まれた空気は気圧によって外から大量に供給されるため…出入り口付近は暴風が吹き荒れるのです!)

 

 つまりそれは、吸い込まれていった空気と同じ勢いの暴風が脱出ゲートから吹き出しているということだ。何の策も無しに突っ込めば、ゲートを通れるかどうか分からない。もしかしたら、暴風で吹き飛ばされてしまう可能性もあっただろう。だが、妹紅と麗日はそれも織り込み済みだった。

 

(予想よりも風の勢いが遙かに弱い!事前に天井かどこかに穴を空けて、空気の供給を分散させていましたか…!ふぅ、これでは条件達成されちゃいますね。僕は結構本気でやっていたのですが…。藤原さん、実にお見事で…うわッ!?)

 

 もう13号に妹紅を止める術は無い。いや、無いことは無いのだが、それを行えば脱出ゲートを破壊しかねず、妹紅も殺しかねないのだ。それに加え、個性のキャパシティーが限界に近く、おもりを着けたまま腕を上げ続けて戦っていたので肩が死ぬほど痛い。ダメージこそ受けてはいないが、身体はもうボロボロだ。3年生との模擬戦でも、ここまで追い込まれた記憶は無かった。(ただし、通形ミリオだけは別だ。13号にとって彼の個性は麗日以上の天敵である)

 だが、教師としてはそんな状況が嬉しい。生徒の成長は教師の喜びなのだ。そんな“やりきった感”満々で妹紅を見送っていると…目の前までボーリング玉サイズの瓦礫が幾つも迫って来ていた。13号は慌てて片手を飛んでくる瓦礫に向けると、『ブラックホール』で吸い込む。しかし、この瓦礫も無重力状態にされているため、吸引力の効きが悪い。空気を吸引する際の風の力で吸い込むしか無かった。

 

「『彗星ホームラン』!く、外した…!…うっぷ…でも、まだまだァ!」

 

(無重力の瓦礫ッ!藤原さんの脱出の為に、麗日さんが僕の妨害をしてきましたか。いや、これは恐らく妨害と同時に僕の撃破も狙っていますね。今回はギリギリで僕が気付いために撃破には至りませんでしたが、ヴィランであれば藤原さんを逃すまいと躍起になっていたことでしょう。そうであれば、あの瓦礫は後頭部にクリーンヒットしていたはず。麗日さん、最早キャパシティーの限界を超えているでしょうに、何という根性…!貴女もお見事です!)

 

 そもそも、麗日と13号は相反する性質を持ちながらも、同じ重力系の個性の持ち主である。麗日がファンになったのは13号が魅せる紳士的な振る舞いだけではなく、同系統の個性で親近感が湧いたから、というのも理由の1つなのかもしれない。

 ファンであり、個性も近しい。故に、麗日は13号の個性に詳しかった。そして、その知識と妹紅の力を借りながら、麗日は13号の攻略法を編み出していたのである。

 

「妹紅、行っけぇッ!…うっ…ォェ…」

 

 麗日は胃の中身を吐き出しながらも、個性を解除する気は微塵も無かった。歯を食いしばり、柱状の瓦礫をバットのように振り回し、浮かせた瓦礫を打ちまくる。意外にも麗日は野球好きであり、そのバッティングセンスには光るものがあった。また、多少外れても13号が吸引で巻き起こす風に乗り、自動的に瓦礫が向かって行く。そんな弾丸ライナーには13号も無視出来ない威力があった。

 

 妹紅もまた、麗日の頑張りに応えたい。その一心で脱出ゲートへと突き進む。弱風と化した13号の最後の砦を破ると、ついに脱出ゲートを通り抜けた。だが、下手に停止する訳にはいかない。急制動するとバランスを崩して壁や床に激突する恐れがあるのだ。激突しても妹紅にとっては大した事では無いのだが、麗日が心配するだろうし、ここまで来たら完璧にクリアしたかった。

 飛行の勢いのままUSJの通路内を飛び、出入り口も越える。すると、太陽の光がパッと目に入ってくた。眩しいほどの光では無い。それは妹紅を優しく包み込んでくれるような暖かな光だった。

 

(ありがとう、麗日…!)

 

 妹紅は空を飛びながら、心の中で麗日へ感謝を述べる。彼女が居なければ、妹紅はクリア出来なかった。全て麗日のおかげだと妹紅は思っている。それを示すかの如く、妹紅は右手をハイタッチするような形で大空に掲げた。

 

『藤原・麗日ペア、条件達成!』

 

 まるで2人を祝福するかのように、USJ内部だけでなく澄み切った青空にもリカバリーガールの声が響き渡るのだった。

 




~妹紅たちの試験の様子を超簡略的に~

妹紅「13号先生をぶっ倒して高得点狙おう。麗日、ちょっと瓦礫浮かせて。火ぃ付けて先生にぶつける」
麗日「ええで(13号先生とは相性悪いと思うけど、妹紅の火力ならイケるかも!それに、この試験は妹紅の人生がかかった試験でもあるから、口出しは出来るだけ控えてた方がいいかな?)」

13号「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーッ!」

妹紅「あの人ガチやんけ!加減しろ莫迦!」
麗日「アカン、相性がアホみたいに悪すぎる…。どうすれば…。たぶん妹紅は色々あって一杯一杯やろうし、私が妹紅のサポートせんと…!(使命感)。…ハッ!?ティンときた!妹紅、無重力状態で飛べや!」
妹紅「マジで!?」

13号「あ、正解に気付かれた」

妹紅「やったぜ」
麗日「オロロロ…」

 こんな流れです(脚色有り)。

 13号の個性を分析して、作戦を立案した麗日の評価は割と高いです。原作では35点くらいと言われていた麗日ですが、このssではその点数の2倍くらいは余裕で行っているでしょう。しかし、麗日自身はほとんどを妹紅任せにしてしまったと思い込んでいる為、自己評価は低い模様。妹紅もまた麗日に言われた通り動いただけだと思っているので自己評価は低い模様。
 ですが、客観的に見ると、ガン待ち13号に勝利するという偉業を成し遂げてます。ただし、クリア時間はA組全体で見ると遅めです。ギリギリでクリアした峰田たちの少し前くらいって感じですね。
 なお、原作には『ブラックホール』を『ゼログラビティ』で無効化出来るという描写は一切ありません。ネットの考察でも13号の『ブラックホール』は、あらゆる物を吸い込み分子レベルで分解させる個性を分かりやすい個性名で呼んでいるだけ、本物のブラックホールではない。という意見が大半です。(つまり無効化出来ない)
 ですが、このSSでは無効化出来る理論を採用してみました。いや、だって麗日にも勝ち筋ないと可哀想やし…(弱すぎる根拠)
 後、麗日が野球好きなのは『すまっしゅ』の2巻から。この世界は個性OKの新野球と個性NGの旧野球がありますが、麗日は個性NGの方が好きらしい。野球について語り出すと、酔っ払いのオッサンみたいになるので気をつけよう。


 次。もしも、他の教員と妹紅たちが演習試験で戦ったのならば
VSオールマイト
 パンチの風圧で火の鳥や炎は掻き消え、妹紅は反応する暇も無くオールマイトの弱パンチで気絶させられる。麗日も同様。しかし、手加減すればオールマイトでも妹紅たちの相手を出来なくも無い。と思う。

VSイレイザーヘッド
 本編で書いた通り、妹紅に遠距離攻撃されたら詰む。運良く妹紅を見つけて個性を消して捕縛しても、拘束の維持が難しい。(『抹消』の効果が切れたら、妹紅は捕縛武器を燃やし溶かして脱出できる)しかし、『抹消』し続ける為に妹紅を見張っていると、ペアの麗日がフリーになってしまうというジレンマ。
 唯一の勝ち筋は麗日捕獲後に妹紅を捕獲する事。加えて、妹紅と麗日を纏めて拘束していれば炎で脱出しようにも麗日が火傷してしまう為、妹紅は炎を使えなくなる。瞬きをする一瞬の隙もこれで安心。
 ただ、これじゃあ妹紅たちが試験を受けているというよりも、相澤が試験を受けているようなものですね…。

VSミッドナイト
遠距離攻撃するだけでミッドナイトは詰む。試験にならない。

VSプレゼント・マイク
『ヴォイス』で鼓膜を破ろうが、血液を震わせようが妹紅は意に介さない。目と耳から血を流しながら正面から普通に歩いてきそう。ホラーかな?音の振動で脳まで震えさせればワンチャンあるかもしれない。しかし、そうなりそうな時は、妹紅は普通に遠距離攻撃してくるため、どう足掻いても彼は詰む模様。試験にならない。

VSセメントス
妹紅が空を飛んだら、セメントスの個性ではそうそう手が出せない。よしんば、コンクリで妹紅を閉じ込めたとしても、大火力で溶かして普通に脱出されるというクソゲーになる。試験にならない。

VSスナイプ
頭を撃ち抜こうが心臓を撃ち抜こうが妹紅は再生して向かってくる。ホラー再び。妹紅を殺し続けて、体力をゼロにして無力化したり、足の関節を撃ち抜き続ければスナイプにも勝利の目はあるが、彼は殺し屋では無くヒーローであり教師である。試験ってレベルじゃねぇぞ!あと、麻酔弾とかがあればワンチャンあるかも?

VSエクトプラズム
分身を何体出そうが妹紅の炎の前では薪にしかならない。分身体はしめやかに爆発四散する。サヨナラ!試験にならない。

VSパワーローダー
彼の個性は『鉄爪』。両手の爪が鉄のように発達した個性。これで地面を掘り、トラップを仕掛けるのが彼の戦闘スタイルらしいのだが、空を飛べる相手に通じる個性では無いと思う。これも試験にならない。

VS根津
上鳴・芦戸ペアには重機で建造物をぶっ壊すという手を使っていた。そこで、もしも妹紅たちを相手にするならどの様な手段をとるかと考えてみたが…、全く思いつかなかった。なのでパス。

 というか13号強いなぁ…。

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