「なあ、今日かな?やっぱり今日だよな?」
「今日か明日くらいのはずよ、たぶん。ソロソロでしょう」
雄英の入試試験から一週間が経った。寺子屋の面々はここ数日、ソワソワとして落ち着かない。各々が何度も郵便受けを覗きに行ったり、その周辺をウロウロしたりしていた。
一方、妹紅はそれが他人事のように学校から帰ってきても、テレビを見たり本を読んだりと普段通りの生活を過ごしている。学校が休みの今日もリビングのソファーに深く腰掛けて新聞を読んでいた。
「妹紅、筆記の自己採点は大丈夫だったんだよな?」
「それ聞くのもう10回目くらいだよ…。大丈夫、合格ラインは余裕をもって超えてた」
「やはり実技の結果次第か……」
年長組の男子が複雑そうに頷く。兄貴分の彼は表情こそは冷静だが、妹紅の合否をかなり案じていた。それこそ、彼自身の大学受験の結果よりもである。
「もこたんなら大丈夫っしょー」
「ありがと。だけど、もこたん言うな」
「ぬわー、止めろー」
一緒のソファーで隣に座ってマンガを読みながらも気をかけてくれる小学生の
その時、バタバタバタと急ぎ足の足音が聞こえ、リビングの扉が勢いよく開かれる。少し息を切らした慧音が現れたのだ。
「も、もこもこ妹紅!妹紅!」
「もこもこ?」
慧音の呼びかけに首を傾げる妹紅。そんな彼女に慧音は一つの封筒を前面に突き出す。
「来たぞ!来ていたぞ!雄英からだ!」
その声に寺子屋の全員が一斉に反応し、妹紅と慧音の周りに慌てて寄ってくる。妹紅は封筒を手に取り、裏表を見て確かめる。間違いなく雄英からであった。
「じゃあ、開けるか」
「おい、まずは1人で結果を見た方が良いんじゃないか?」
兄が案じるが、妹紅はそれほど気にしていなかった。正直、雄英ヒーロー科に落ちても第二、第三候補のヒーロー科に行くことに抵抗は無いのだ。もちろん、その場合かなり気落ちはするだろう。慧音と同じプロセスを辿りたいという気持ちも強くある。だが、妹紅が目指すべきはプロヒーローであり、弱者を救い守ることだ。目標は学校のヒーロー科ではなく、その先だった。
「ここで開けても、1人で開けても結果は一緒でしょ。はい、開けた」
慌てる周りの皆を気にせず、妹紅は封を開けた。中には数枚の資料と、掌サイズの機械が入っていた。この機械は映像照射装置だ。そういえば、最近ではビデオレターをこれで送ることが多いとテレビで見たことがある。装置をソファーの前にあるテーブルに置くとブゥンという音と共に空中に映像が浮かび上がった。皆がソレに注目する。
『私が投影された!!』
筋骨隆々な逞しい身体、力強く跳ね上がった二つの前髪、威風堂々とした佇まい、アメコミヒーローのような画風。現われたのは誰もが知っているNo.1ヒーローの彼だった。
「「「「オ、オールマイトだぁ!!?」」」」
「待て待て、皆!とりあえず静かに聞くんだ!」
予想外の出来事に騒ぐ子供たちを慌てて慧音が落ち着かせる。聞き逃しが無いように皆が静まり、耳を澄ます。妹紅だけは『いや、聞き逃しても巻き戻せば良いんじゃない?』と思っていたが、空気を読んで黙っていた。
『初めまして藤原妹紅くん!私はオールマイトだ!何故、私が投影されたのかって?ハハハ!それは私がこの春から雄英に教師として勤めるからさ!さあ早速、君の合否を発表しよう!』
画面が暗くなり、オールマイトの立つステージのみがライトアップされる。ダララララ、とドラムロールが鳴り響く。流石はオールマイト、エンターテイナーとしても一流のようだ。皆、固唾を呑んでオールマイトを見つめている。そして、ダン!と最後のドラムが鳴った。
『おめでとう!合格だ!筆記試験は問題なく、実技は77ポイント!合格者の中でもトップクラスの成績だ!』
わぁ!と皆が大きな歓声を上げた。皆が自分の事のように喜び、口々に『おめでとう!』と言いながら妹紅の頭を撫でたり、ハイタッチしたり、抱き付いてきたりと、もみくちゃにされる。
画面内のオールマイトもそれを予想していたのか、笑顔で拍手を続けている。だが、しばらくした後、画面のオールマイトがコホンと軽く咳払いをして、佇まいを直す。それに気付いてまたも慧音が皆を静かにさせた。
『先の実技入試!受験生に与えられるポイントは、説明にあった仮想敵ポイントだけにあらず!実は審査制の救助活動ポイントも存在していた!藤原妹紅くん!
メッセージはソコまでで、映像は切れた。今度は皆、放心したように映像が消えた空中を見続けている。だが1人、慧音が動いて妹紅の側に寄ってきた。
「妹紅、おめでとう。トップクラスで合格だって。すごいよ、妹紅は」
慧音が妹紅をギュッと抱きしめた。他の皆もその姿を優しげな目で見守る。妹紅だけは頬を赤く染めていた。
「ありがとう、慧音先生……でもちょっと恥ずかしいんだけど・・・」
「ふふふ、本当によかったよ……さあ、みんな。今日はお祝いだ!まずは買い出しに行こう。何人か付いてきてくれ。ああ、主賓はゆっくりしているといい。そうだ、封筒に書類が入っていただろう?それをしっかり確認しておきなさい。見落としが無いようにだぞ」
ようやく慧音から解放された妹紅は言われたとおり、書類を確認する。面倒くさそうな入学書類ばかりであったが、それを見ているとついつい頬が緩んでしまう。お祝いの夕食がとにかく待ち遠しかった。
時は少々さかのぼる。入学試験後の事である。雄英高校ヒーロー科の会議室では、雄英の校長や教師陣が出席する重要会議が行われていた。
「実技総合成績が出ました」
前方の大画面に受験生の名前と成績が上位からズラリと並ぶ。それを見た教師陣から感嘆の声が複数上がった。目立つのは爆豪勝己、そして緑谷出久の成績である。
「救助ポイント0点で1位とはなあ!」
「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」
「対照的に敵ポイント0点で8位」
「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」
「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー」
ワイワイと騒ぎながら講評を行う教師陣。そして話題は次の注目者に移った。
「そして……同着1位、藤原妹紅。敵ポイント47点、救助ポイント30点とはバランスの良い好成績だな」
「試験前半は中央の高所に即座に移動。受験生待ちをしていた仮想敵を纏めて焼き払っている。仮想敵も受験生もバラけ始めた中盤では、3羽の鳥型の炎を作り出してそれを操作していた。最初は仮想敵を狙って破壊していたが、ピンチな者や救護者を発見する度に鳥型の炎で助けているな」
妹紅の試験の様子がいくつかの画面に映し出される。教師陣は時に頷きながら、時に感心しながらその姿を見る。
「く~、この時、個性だけじゃなくて自身も救助に動いていれば、救助ポイントはもっと高かったんだがなぁ。安全な高所に陣取って炎を操るだけってのは効率的に見えるが、ちと印象が悪かった」
一人の教師が渋い顔をして苦言を呈す。何人かの教師もそれに同意した。
救助活動というのは被害者をただ危険から遠ざけて終わりという話ではない。被害者の状況を確認してから、その後の安否まで判断しなければならないのだ。そこまで出来ていれば、妹紅の救助ポイントは今の倍以上になっていた筈である。
「ですが、注目すべきはこの77ポイントという高得点を前半と中盤だけでほぼ稼いでいたという件です。後半、0ポイント
職員の説明と共に、ビルの屋上で両手を掲げる妹紅の映像がスクリーンに映し出された。生み出された巨大な炎は太陽の如き熱と光を蓄えている。画面の前だというのに思わず暑いと錯覚してしまうほどだった。そして炎から燃え上がる大きな鳥の翼が現れると、教師の一人プレゼント・マイクは思わず歓声を上げた。
「YEAH!何度見てもスゲェ炎だ!熱で周囲の空気がめちゃくちゃに歪んでやがるぜ。どんな火力ぶちかまそうとしていたんだ、コイツ?」
「放つ寸前に緑谷くんが0ポイント仮想敵の前に飛び出した為、不発に終わりましたが…恐らく放たれていればアレを焼き溶かしていたでしょう。そう思える程の炎でした。その後、緑谷くんが落下していく際に救助しようと飛び出しています。判断が遅かった為、全く間に合っていませんでしたが……」
画面に空を疾走する妹紅の姿が映し出される。正直、どう見ても間に合わない距離とスピードだった。それでも妹紅は焦りに顔を歪ませながら飛んでいる。結果的には緑谷は浮遊個性の女子に助けられたが、そうで無かったら彼は大惨事であっただろう。
「たしかにこの救助に間に合っていれば、満点に近い救助ポイントを彼女に与えられただろうね。だけど、それでも救助しようとする意思に対して、我々は僅かながら救助ポイントを与えたよ。これで彼女の合計救助ポイントが30点になった訳だね」
「“その意思”はヒーローにとって必要不可欠なモノ。今回は間に合わなかったとはいえ、以降はコレを教訓に更に学んでいってほしいモンだな、クケケ」
ネズミのような、犬のような姿の生物がそう話す。彼こそが雄英高校の校長、根津である。それに続いて掘削ヒーロー・パワーローダーが特徴ある笑い方で応えた。
「また、試験終了後は、具合の悪い生徒や大怪我をした生徒の介抱に動いています。ポイント4位の麗日さんと例の緑谷くんですね。意識の有無や嘔吐による窒息、頭部への打撲が無いかなどを念入りに確認しています。トリアージ判断も見事でした。リカバリーガールも彼女の事を褒めていましたよ」
「これが試験中であったら、彼女には更に大きな救助ポイントを与えることが出来ただろう。試験終了後の行為にポイントを与える事が出来ないのが歯がゆい限りだな。だが、本当に見事だ」
そうだ、その通りだ、と賞賛の声が会議場に溢れる。しかし、ただ1人、プレゼント・マイクがそれに待ったをかけた。
「HA!確かに賞賛される行為だけどよ、試験合格の為の演技かもしれねぇぜ!他の受験生が必死で試験を受けて素をさらけ出していた中、このリスナーだけは有り余る程の余裕があった。まぁ、演技だとしても有望株なのは違いねーがな!」
だが、その声に反応して会議場の隅の方にいた男性教諭がプレゼント・マイクに呼びかけた。抹消ヒーロー、イレイザーヘッドである。
「おい、マイク。コイツの入学願書に書いてあったプロフィールをちゃんと見たのか?」
「当たり前だろうが!個性『不死鳥』。炎を操り、怪我をしても一瞬で回復するって書いてらぁ!間違いなく激レア中の激レア個性だぜ!」
プレゼント・マイクはテンションを上げて、プロフィールが書かれた手元の書類をパシパシと手で叩く。しかし、イレイザーヘッドは首を横に振って応えた。
「違う、個性じゃなくてコイツの住所だ」
「住所~?そんなモン見てどうすんだ?え~と、隣町の……児童養護施設?ん?『寺子屋』…ッておい!イレイザー!ここは!」
それに気がついた瞬間、プレゼント・マイクはガタンと音をたてて立ち上がり大声を上げた。他の教師も何事かと彼女のプロフィールをマジマジと見る。
「そうだ。元プロヒーロー上白沢慧音、ムーンヒーロー『ワーハクタク』が院長をやっている孤児院だ」
「確か彼女は君たちがまだ雄英の生徒だったときのクラスメイトだね。怪我が原因で現役を引退したと聞いたよ」
イレイザーヘッドの言葉に校長の根津が声をかけると、イレイザーヘッドは大きく頷いた。
「そうです。マイクや私たちは彼女と同期でした。彼女は6年前に引退した後、隣町で小舎制の児童養護施設を開き、今もその施設を運営しています」
「おいおい!俺たちゃ同期なんて簡単な間柄じゃ無かっただろうが!イレイザー!委員長だった慧音から食らった頭突きの回数覚えているか!?俺たちが馬鹿やる度にクソ痛ってー頭突きを食らったよな!」
プレゼント・マイクが楽しげにデコをパシパシと叩きながら、イレイザーヘッドに呼びかける。だが、逆にイレイザーヘッドは不満気な声を返していた。
「馬鹿をやっていたのはお前と白雲だけだっただろうが…連帯責任で俺まで頭突きされていたんだ…マイク、少し黙れ……」
コホンと軽く咳払いをして、佇まいを整えたイレイザーヘッドは改めて話し出す。
「私事を失礼しました。しかし、『不死鳥』という強個性と孤児院という出自、過去には酷い精神病を患っていたという調査結果もあります。彼女に不安を感じる方も居られましょう。ですが少なくとも孤児院の方は信頼できる人物が、雄英出身で元プロヒーローの人物が院長を務め、彼女を育てています。故にそちらの方は問題無いと私は判断致します。いかがでしょうか、校長」
「うん、全く問題ないよ。そもそも異論を呈したのはプレゼント・マイク先生だからね。僕は元々心配もしていなかったさ」
根津校長は笑いながらそう言った。他の教師たちも異論は無く頷いている。1人だけ異論を呈した原因のプレゼント・マイクですら親指を立てて大きく笑っていた。
「俺も異論無しさ!だが、友人の所の生徒だからといって特別扱いはしないぜ!」
「当然だ。もし俺が担任になった場合、当たり前だが他の生徒と同様に扱う。無論、ヒーローとして見込みが無ければ除籍処分も行うつもりだ」
通算除籍指導数154回のイレイザーヘッド。復籍の権限も持ち合わせるが故にこんな数になってしまったが、言葉の中に嘘はない。それは雄英高校の教師全員が知っていることだ。ヒーローに向かない者がヒーローになる事ほど辛いモノはないのだ。彼の言葉に教師として、プロヒーローとして在籍する皆の顔が引き締まった。
とはいえ、会議は続く。
「それにしても同着1位とは。体育祭の1年選手代表はどちらにするのですか校長?」
「それだけど、筆記試験では爆豪クンが上なんだよね。だから、爆豪クンに決定。同着の場合は学校の規則で、そうするように決められているんだ」
ほぼ全員が『この少年かー……』という顔をした。だが、仕方の無いことなので誰も反論は出来ない。
「ちょっと見ただけなんだけど、なんかやらかしそうだなぁこの少年…」
「まさか。雄英の体育祭の選手代表だぞ。全国放送なんだ、きちんとやるに決まっている」
「おっと、一人の生徒に時間を取り過ぎてしまいましたな。えっと、次は…」
些細な不安を残しつつも会議は長く続くのであった。
慧音のプロヒーロー名をムーンヒーロー『ワーハクタク』にしてみました。更に相澤たちとの同期設定をぶち込んでいます。