もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと林間合宿 1

「え?A組に補習者いるの?つまり赤点取った人がいるってこと?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれぇ!?」

 

 そして、来たる日。合宿場へと向かうバスの前にはA組とB組の生徒計40人が集合していた。そこで、B組の物間は大声でA組を煽る。とにかく煽る。A組の面々から『コイツ朝っぱらからテンション高ぇな…』という視線を受けても全く気にせずに、いや、全く気付かずにドヤ顔を晒していた。なお、彼はB組唯一の赤点者だ。そんな状況で煽れるとは、彼は一体どんな精神力(メンタル)をしているのだろうか。もしかしたら、彼は妹紅以上の狂気に囚われているのかもしれない。

 そんな物間は拳藤の手刀によって意識を落とされてしまった。手慣れた動きから彼女の苦労が分かる。

 

「ごめんな」

 

「物間、怖」

 

「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まぁよろしくねA組」

 

 B組の女子生徒である拳藤、柳、取蔭が物間のことを謝りつつ、こちらの女子たちに声をかけた。もちろん、妹紅たちもB組に悪感情を抱いている訳では無い。ただ、接する機会がそれこそ体育祭くらいしか無かったのだ。なので、この機会に仲良くなれれば良いなと思う妹紅たちであった。

 

 

 

 妹紅たちが乗るバスは高速へと入ると、山が多い内陸地へと向かっていく。どうやら合宿場は海の近くではなく山のようだ。バス内では行き場所を察してか、『海水浴は無しかー』とか『川があれば、まだワンチャン有る!』などという会話が繰り広げられていた。やはり、この年頃なら山より海の方が魅力的なのだろう。登山が趣味の爆豪だけはニヤッと笑みを浮かべていたようだが。

 

「………」

 

「あー…、藤原。さっきから窓の外を見てるけどよ、こっちの窓際の席と代わろうか?」

 

「…いや、大丈夫だ。すまない、気にしないでくれ」

 

 妹紅の席は砂藤の隣だ。座る場所は自由だが、A組の女子は妹紅を含めて7名。奇数だった。最後部の5人席を使えば女子同士で全員座れるのだろうが、妹紅は隣に誰が居ようが別に構わなかったので、砂藤の隣に座っている。

 そんな妹紅の様子は、通路を挟んで反対側に座っている葉隠や芦戸とたまに雑談を交わす程度で、それ以外は窓の外の景色を眺めるばかり。実に静穏な様子だった。

 

(なんか藤原って近寄りがてぇ感じなんだよな…)

 

 しかし、誰よりも気まずいのは隣に座る砂藤である。外を見ている分には構わないのだが、自分の顔越しで見られると緊張してしまうのである。更に、妹紅には独特の雰囲気があり、どうも話しかけ辛かった。とはいえ、そこに悪意などは一切無いのは砂藤も理解している。

 そこで彼は、怖ず怖ずとした様子ながらも勇気を出して妹紅に話しかけた。

 

「な、なぁ藤原。実はチーズタルトを焼いてきたんだが…食うか?」

 

「砂藤が自分で作ったのか?…器用だな。頂こう」

 

 砂藤は菓子用のクーラーボックスを取り出すと、妹紅の前でパカリと蓋を開けた。ボックス内には綺麗に整えられたチーズタルトが入っている。見た目の美しさに感心していると、甘いクリームチーズとタルト生地の香りがフワリと舞い、それが鼻腔をくすぐった。甘く、それでいて香ばしい。プロの菓子職人が作ったのではないかと思うほどに完成されたタルトだった。

 

「うわぁ、良い香り!」

 

「え、何々?お菓子?私にもちょうだい!」

 

「俺も俺も!」

 

 その魔性の香りに誘われてか、近くにいた葉隠や芦戸、切島などを皮切りにそのタルトを要望する声が周りから上がると、砂藤は快く了承した。彼が持って来たタルトは10等分したものが2つ。ちゃんと20人分ある。そう、相澤の分まであるのだ。良い奴過ぎる。

 

「おう、一応人数分作ってきたから箱ごと回してくれ。で、藤原。どうだ?」

 

 砂藤がクーラーボックスごとタルトを渡している間に、妹紅は一口目を頬張っていた。サクサクとしたタルト生地と、しっとりとしているチーズのクリームの分量が絶妙で丁度良い。また、甘すぎないのも良かった。素直に美味しいと呼べる一品だ。

 無痛症故に唐辛子などの辛味をほとんど感じることが出来ない妹紅だが、その他の“味”は一応普通に識別出来る。このような甘い菓子ならば、常人と同じ味を感じることが出来た。

 

「…おいしいな、このタルト。形も綺麗に整っている。私もタルトを作ったことはあるが、型から取り出す時にタルト生地の端がポロポロ崩れてしまった経験がある」

 

 妹紅とて全く菓子作りをしない訳ではない。昔は姉たちに菓子の作り方を教えてもらいながらその作り方を覚え、最近では妹たちにそれを教えていた。特に誕生日用のケーキなどは手作りした方が安上がりだし、子どもたちも喜ぶ。その一環で、タルトも焼いたことがあったが…中々難しいモノだった。所詮は素人のホームクッキングでしかなく、砂藤のような菓子作りの技術は持っていないのである。

 なお、端が崩れたタルトは、ホイップクリームやフルーツなどでデコレーションして、崩れた所を隠せば綺麗に見せかけることが出来る。売り物としては邪道かもしれないが、こちとらホームメードだ。子どもが喜んでくれれば、それで良いのである。まぁ、綺麗に作れるに越したことは無いのだが。

 

「あー、そりゃ生地を混ぜ過ぎたんだろうな。砂糖や薄力粉を入れた時に混ぜすぎると空気が入って脆い生地になってしまうぜ。タルト生地を作る時は泡立て器なんかは使わずに、ゴムベラでサックリ混ぜ合わせるのがコツだ」

 

「なるほど、詳しいな」

 

 妹紅は頷きながら心の中でメモを取る。そういえば、火も包丁も使わないそのような混ぜ物は、ほとんど子どもたちに手伝ってもらっていた。キャッキャと喜び楽しみながら混ぜ合わせてくれるものだから、ついつい暖かく見守り続けてしまっていたようだ。思い返せば、アレは完全に混ぜ過ぎている。間違い無い。

 

「俺が詳しくなったのは個性柄ってやつだ。俺の『シュガードープ』は一定量の糖分を摂取することで、一時的に強力なパワーが得られるんだが、粉砂糖をそのまま口に入れるのはちょっとな。端から見れば、白い粉を舐めて妙に元気になってるヤベー奴にしか見えねぇ」

 

「それは…通報されかねない光景だな…」

 

 最悪『覚醒剤ヒーロー、トリップマン』とか呼ばれかねないし、ヒーローなのに警察から職質を受ける可能性もある。ある意味、心操以上にヴィラン向き個性だ。

 もちろん、砂藤はそんな誤解を受けない為に粉砂糖を持ち歩かないようにしている(粉砂糖を10gずつ小さな袋(パケ)に入れておけば、個性の発動時間などを把握しやすいのだが、そんなことをすればマジで職質不可避である)。

 持ち歩く糖分は、氷砂糖や飴などが主で、たまに羊羹などもポケットの中に忍ばせているらしい。また、体育祭の時は練乳を一気飲みして競技に備えていたという。……彼が最も警戒すべきはヴィランなどでは無く、糖尿病かもしれない。

 

「それに、どうせ口に入れるモンなら旨い方が良いと思ってよ。だから、そんな感じで菓子作りを続けていたら、いつの間にか習慣になっちまった。今じゃあ、毎週末作ってるぜ」

 

「へぇ、毎週か。それは凄いな。ヒーローになったら副業でパティシエでもやるつもりか?」

 

 雄英ヒーロー科は土曜も普通に授業が有る。休みは基本的に日曜だけだ。つまり彼は、休みの日は毎日菓子を作っているということである。それはもう趣味のレベルを超え、人生の一部ではないだろうか。だが、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味は強い。副業としても有力候補だろう。

 “副業”という言葉に面食らっていた砂藤だったが、すぐに納得したように何度か頷くと妹紅に笑いかけた。

 

「副業か、そんなこと考えたことも無かったな…。ただまぁ、パティシエなんて大それたモンは難しいかもしれねぇけどよ、『甘味ヒーロー、シュガーマン』の名に相応しい腕前くらいは持ちてぇと思ってるぜ!」

 

「良い目標だな。私も応援するよ」

 

 妹紅もニコリと笑った。気は優しくて力持ち、更に菓子作りがプロ並みとくれば、実に子ども受けしそうなヒーローの出来上がりである。是非ともプロヒーローになって華々しく活躍してほしいと妹紅は思う。きっと砂藤ならば、キッズアニメのアンパ○マンみたいなヒーローに成れるだろう。もしくは、ヴィジュアル的にキ○肉マンかもしれないが。

 

「おう、ありがとよ!藤原も菓子作りで分からねぇところがあったら何でも俺に聞いてくれよ。大体のことは答えられると思うぜ」

 

「ああ、その時は頼りにさせて貰おう」

 

 最早2人に当初のような空気感は無かった。妹紅も笑みを浮かべながら会話を続け、砂藤も最初の緊張は何処かに行ってしまったようだ。共通の話題があれば会話は弾むものとはいえ、ここまで妹紅が打ち解けるのも珍しい。性格的な相性が良かったのかもしれない。

 

「おいおいおい、ずいぶん楽しそうじゃねぇか、砂藤よぉ…」

 

「お、峰田。わざわざここまで来て、何か用か?」

 

 だが、親しげに会話を続ける2人の座席の後ろからヌゥッと峰田が現われた。どうやら後ろの座席に居た上鳴が峰田を持ち上げているようだ。上鳴が重そうにプルプル震えている。

 

「砂藤、てめぇ!お菓子作りで女子のハートをキャッチするなんて…!月謝を払いますから!その手管を御教授願いたい!」

 

「手管って言うなよ、人聞きが悪ぃ…」

 

 場所さえ有れば土下座でも何でもしたであろう峰田に、砂藤は苦言を呈する。そもそも、彼はナンパをする為に菓子作りを覚えた訳では無いのだから、そんなことを言われても困る。

 

「峰田くん!席は立つべからず!べからずなんだ!」

 

 結局、峰田は飯田にしつこく注意され、すごすごと自分の席へと戻って行く。その後もバス内はワイワイと騒がしいまま、予定通りの道のりを順調に進んでいくのであった。

 

 

 

「おい、ここで一旦休憩だ。お前ら一度降りろ」

 

「はーい!あれ、B組は?」

 

「つうか、何ここ?パーキングエリアじゃなくね?」

 

 バスはとある場所で止まった。相澤が降りるように通達すると、生徒たちは疑うこと無くそれに従う。外に出て、グッと伸びをして身体をほぐしながら辺りを見渡すと、そこは崖の上の空き地だった。確かに景色の良い場所ではあるが、公衆トイレも何も無い。ただ、普通車が一台止まっているだけだった。

 

「よーーう、イレイザー!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 突如、女性の声が聞こえた。妹紅たちがそちらを振り向くと、そこには2人の女性と小さな少年が1人。相澤が頭を下げて挨拶すると、猫っぽいコスチュームを着ている女性たちはニヤリと笑う。

 

『煌めく眼でロックオン!キュートにキャットにスティンガー!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!』

 

 ビシッとポーズと口上を決めたプッシーキャッツの2人、マンダレイとピクシーボブに対して、ポカンと呆けるA組の面々。いや、緑谷だけは興奮したように彼女等の事を口早に説明してくれた。彼女等は4人一組で連名事務所を構えるプロヒーロー集団『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』。山岳救助等に長け、キャリアは今年で12年。ヒーローランキングは32位というベテランヒーローたちだ。

 

「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ。お前ら、挨拶」

 

「「「よ、よろしくお願いします!」」」

 

 慌てて挨拶をするA組に、マンダレイは片手をヒラヒラと振りながら笑顔で応える。そして、その笑顔のままで遠くに見える山を指差した。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけど、あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

 

「遠ッ!?」

 

「え…?じゃあ、何でこんな半端な所に…」

 

「ハハ…、バスに戻ろうか…。な?早く戻ろうぜ?」

 

 カンの良い生徒は既に嫌な気配を感じ取っていた。目的地までの距離は目測で20キロほど。距離もさることながら、そこは完全な森林地帯である。舗装された道を行くのとは訳が違うのだ。

 

「今は午前9時30分。そうね、早ければ12時前後かしらん」

 

「私有地につき個性の使用は自由。だが、藤原と爆豪と轟。お前ら森を燃やさないように気をつけろ。轟、もしも草木に火がついたら、お前の氷で消火しろ。火の粉も残すなよ」

 

 マンダレイと相澤のその言葉で予感は確信に変わった。生徒たちは顔を青くしてバスへと駆け出す。

 

「戻ろう!」

 

「バスに戻れ!早く!」

 

「12時30分までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

「悪いね諸君。合宿はもう始まっている」

 

 突如として足下が蠢いた。生徒たちを包み込むかのように土が隆起すると、雪崩れのように崖下へと押し流していく。妹紅も咄嗟に炎翼を作り出そうとしたが…炎が出ない。相澤の『抹消』である。妹紅だけでなく、落ちていく生徒のほとんどを“見て”いるようだった。

 

「今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この“魔獣の森”を抜けて!」

 

「さぁて、私の土魔獣ちゃんたちの出番ね」

 

 ピクシーボブの個性『土流』。土を様々に操作出来る個性だ。能力自体はセメントスの土バージョンといったところであるが、彼女の場合はとにかく操作能力に長けていた。妹紅たちを土の雪崩で押し流したり、土をクッションにして高所からの落下を安全に受け止めるくらいは朝飯前。彼女の場合、土の人形を作り、それを操る事も出来るのだ。

 今回、ピクシーボブが作る土人形は魔獣型。木の枝や根、石などを骨組みに土を肉付けした戦闘用土人形だ。これをA組に絶え間なくぶつけて生徒たちの戦闘力と持久力を測るつもりである。

 

「ねぇ、でも空飛べる子たちが先に行っちゃわない?確か優勝者と準優勝者の子は空飛べたわよね?」

 

「問題ありません。アイツらなら、俺がわざわざ『抹消』を使った意味をすぐに察する筈です。それに、藤原はクラスメイトを置いて先に行くことはしないでしょうし、爆豪も…まぁ切島たちを見捨てるような事はしないと思います」

 

 鼻歌を歌いながら土魔獣を作り出すピクシーボブを尻目に、マンダレイが問いかけると相澤はそう返した。

 

「あら、良い子猫ちゃんたちじゃない。それにしても…無茶苦茶なスケジュールだね、イレイザー。早期に仮免を取らせる為とはいえ、やり過ぎるとオーバーワークになりかねないよ?」

 

「分かっています。しかし、死柄木の件もあり、生徒たちは何時ヴィランに襲われるか分かりません。自衛の為にもアイツらは無茶を乗り越えて強くならなければならないのです」

 

 仏頂面のまま答える相澤に、マンダレイは確かにそうだと納得の表情を見せた。無茶なスケジュールだからこそ、便利な個性が揃っている彼女たちプッシーキャッツが選ばれたのだと。

 

「ラグドールなら限界ギリギリを見極められるから、生徒たちが潰れるような事にはならないものね。…ん、キティたちが動き始めたわ。じゃあ、私は先に戻るよ。洸汰、行こう」

 

「分かりました。では、引き続き頼みます、ピクシーボブ」

 

「くぅー、お任せ!逆立ってきたぁ!」

 

 一体目の土魔獣は緑谷たちに瞬殺されたようだ。予想外の戦闘力にピクシーボブも張り合いが出て来たらしく、今度は巨大な土魔獣を作っている。一方、マンダレイと小さな少年は自分たちの宿泊施設『マタタビ荘』へと戻って行った。プロヒーローとしての雑務が残っているし、生徒たちの宿泊準備も整えておかなければならないのだ。

 そして、相澤は生徒の警備だ。生徒たちやその周辺が見渡せる高所に捕縛布で飛び移りながら見守り続けるのだ。更に、警備は相澤やプッシーキャッツの面々だけではない。

 

(教員は俺とブラドの2人だけだが、プッシーキャッツは4人。更に、藤原のストーカー対策で雇っていた4人のプロヒーローも今回の合宿の警備に導入している。計10人のプロヒーローによる警備…。過剰だとは思うが、余剰戦力を遊ばせておくほど余裕が有る訳でもないからな。存分に使わせてもらおう)

 

 根津校長が雇ったヒーローである以上、信頼度は十分にあるし、彼等の立ち振る舞いを見れば実力も容易に判断出来た。トップヒーロー級とはいかずとも、プロヒーローの平均的な実力を軽く上回る戦闘力を持っているのは間違い無い。彼等は今現在も生徒たちの周辺警備を行っている。

 問題は、何故これほどの実力者たちを4人も妹紅の護衛に回していたのか、である。ストーカー対策で雇ったというのは間違い無く嘘だろう。一体どんな化け物がストーカーをしていると言うのか。何か途轍もない悪意から彼女を守る為、と言われた方がよほど納得いく。

 

(個性次第では、どんな強情な奴からでも情報を聞き出すことが出来る。校長が俺たち現場の教員に何も伝えないのは情報漏洩を防ぐ為か…。だとすれば、俺たちは俺たちで出来る事をするしかないな。…念の為、少し広めに見回っておくか)

 

 相澤はそう判断し、己の気配を消す。そして、生徒たちを視界に収めつつも、周囲への警戒に動き出すのであった。

 

 

 

 

「あ~、疲れたぁ~!」

 

「B組も大変だったって言ってたよ。なんでも虎先生たちにボコボコにされながら森を突破したとか…」

 

「あっちもスパルタかぁ…。ウチたち明日から大丈夫かなぁ…」

 

「き、きっと大丈夫ですわ!そう思いましょう!」

 

 夜。妹紅たちは宿舎の風呂場にいた。結局、妹紅たちA組が宿舎に到着したのは夕方だった。魔獣の森の突破に8時間以上も要してしまい、その疲労は計り知れない。だというのに、相澤が“明日からの方がもっとキツいから覚悟しろ”と言うものだから、生徒たちは戦々恐々といった有様だった。

 

「それにしても…気持ちいいねぇ…」

 

「ホント、温泉あるなんてサイコー!」

 

 宿舎の風呂場は、まさかの温泉露天風呂だった。心身共にヘトヘトになった生徒たちは、その心地良さに蕩けていく。命の洗濯とは良く言ったものだ。

 しかし、そんな彼女たちに対して、妹紅はそれほど疲れていなかった。森の中では炎爪(デスパレートクロー)で十数体の土魔獣を焼き切ったくらいで、それ以外に個性は使っていなかったからだ(妹紅が疲れるほど個性を使っていれば、周囲一帯は灰燼と化していただろうが)。その為、長時間に及んだ地獄の森中進軍も、妹紅にとっては少しハードなハイキングみたいなもので、意外と楽しんでいた。

 

「……」

 

 ザブンと湯の音を鳴らして、妹紅が立ち上がる。そして、近くの岩に腰掛けると足だけを湯船に入れて、空を仰ぎ見た。山の中なだけはあって、星々が燦々と煌めいている。その星と月の光が妹紅の白い肌を銀色に輝かせていた。

 

「妹紅は本当に綺麗な白い肌だよねぇ。うわぁ、スベスベ!」

 

「三奈もとても綺麗じゃないか。羨ましい」

 

 星空を見ていた妹紅の隣に芦戸が腰掛けてきた。そして、そのままの流れで妹紅をギュッとハグする。肌荒れだろうが何だろうが、妹紅の『不死鳥』は全て治してしまうのだ。赤ん坊の如き玉質の肌は、それはそれは美しいだろう。これはもう、芦戸だって抱き付きたくなるのは仕方無いというものだ。

 一方、ハグされた妹紅も嫌がる素振りは全く無く、むしろ芦戸に頬を寄せていた。個性『酸』なだけはあって、彼女の肌の角質処理は完璧。シルクのような肌が温泉の効果でしっとりと保湿されていて、たまらなく肌触りが良い。ずっと触れていたいくらいだった。

 

「お二人とも身体を隠さないから、目のやり場に困りますわ…。ああ、いえ、嫌だという訳では無く、妖艶な姿に心を奪われてしまいそうで…」

 

 ただ、妹紅たちはこのやりとりを全裸でやっている。タオルで前を隠すことなく女子二人が身を寄せ合っているものだから、その光景は実に倒錯的だった。周りの女子たちの頬が少し紅く染まっているのは、温泉の湯加減だけではないのかもしれない。

 そもそも、妹紅は同性と風呂に入ることに慣れ過ぎていた。裸を見られても動じる事はなく、タオルを肩に掛けて脱衣所や洗い場を堂々と歩く姿は、中年親父並みの風格を醸し出している。片や、芦戸は無邪気な子どものようだ。恥ずかしげもなく、全身で温泉を楽しむタイプなのだ。つまり、これは服を身につけていないだけで、本人たちにとってはいつもの馴れ合いそのものだった。

 だが、そんな二人の甘い一時を邪魔する者が現われた。

 

「峰田くん、やめたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

 飯田の声が隣の男子湯から聞こえる。一体何が…と考えなくても、すぐに分かった。また、峰田が覗こうとしているのだろう。懲りない男である。

 

「やかましいんスよ!あんな会話聞かされて、男として黙ってられるか!壁とは越える為にある!Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)!」

 

「速っ!?校訓を汚すんじゃない!」

 

 男女の湯を隔てる壁を登る音がする。妹紅は身を挺して芦戸の裸体を隠すと、何時でも火の鳥を出せるように構えた。火傷させるつもりは無いが、少々驚かせねば峰田は懲りないだろう。嘴で奴の髪の毛(もぎもぎ)でも大袈裟に啄んでやろう、と妹紅は考えていた。

 しかし、妹紅が手を下さずとも、正義の鉄槌は下された。

 

「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」

 

「クソガキィイイィイ!?」

 

 マンダレイの従甥(いとこの子)で、彼女が現在預かっているという出水洸汰が現われて、正論と共に峰田を突き落とした。女子たちは歓声を上げ、男子はアホだろアイツ…といった表情を峰田に向けている。しかし、ここで悲劇は起こった。

 

「ああ、何てことだ!?飯田くんの顔面に峰田くんの尻が直撃した!」

 

 緑谷の悲痛な叫びが、壁を越えて聞こえてきた。その内容に耳郎が吹き出す。どうやら飯田はとんでもない不幸に見舞われたらしい。

 

「プフッ!どんな状況…!?ププ…!」

 

「飯田さんは不運だったようですわ…」

 

「ここでも覗こうとするなんて、やっぱり峰田ちゃんはサイテーね」

 

「アハハ!ありがと、洸汰くーん!」

 

 芦戸が洸汰に声をかけた。妹紅も手を振って彼を労う。飯田は残念だったが、峰田に対してはグッジョブだ。しかし、その声についつい振り返ってしまった洸汰は大いに驚く。いや、お前ら隠せよ!と叫びたかった。親戚のおばさん(マンダレイ)だって、まだ恥じらいを持っているというのに。

 

「わっ…あっ!?」

 

「危ない!」

 

 驚きのあまり洸汰はバランスを崩す。妹紅が慌てて声を上げたが、彼は男湯の方へと落ちてしまった。しかし、地面に激突した音は聞こえない。どうやら男子の誰かが彼をキャッチしてくれたようだった。

 

「大丈夫、何とか受け止めたよ!でも、気を失っているみたい。洸汰くんは僕がワイプシの所に連れてくよ」

 

「その声は緑谷か。それじゃあ頼んだ。私たちも後で様子を見に行こう」

 

 妹紅を始め、女子たちはホッと胸を撫で下ろした。雄英のヒーロー訓練を積んでいる峰田はともかく、まだ幼い洸汰が落下して地面に叩き付けられていたら、大怪我を負ってしまっていただろう。ナイスキャッチだ緑谷。

 そして、妹紅たちは入浴後に彼の様子を見に行ったが、その頃には既に洸汰は目を覚ましていた。女子たちが声をかける間もなく、彼は妹紅たちを見るや否や顔を真っ赤にして走り去ってしまったので直接話は出来なかったが、無事なのは間違い無い。その様子に妹紅たちはすっかりと安心して、女子部屋に向かうのであった。

 

 

 

「ラグドールが怯えている…?それも夕食時に俺の生徒(A組)を見た辺りから急に?マンダレイ、どういう事ですか?」

 

 ここは職員待機室。ピクシーボブと雇われプロヒーローたちの計5人は内外の警備に出かけているが、この部屋には残りの職員たちが待機している。いや、待機する予定だったのだが、今は相澤とブラドキング、そしてマンダレイしか居なかった。

 

「私にも良く分からないんだけどね。明日の個別訓練の為に、A組の生徒を『サーチ』してもらっていたの。そしたら急に顔を真っ青にして、声が出ないほど怯え始めて…。今、虎がラグドールの話を聞いているところなんだけど…虎!どうだった?」

 

 プッシーキャッツは4人一組のチームだ。マンダレイとピクシーボブの他に、ラグドールと虎と呼ばれるメンバーが居る。今日の昼間はB組生徒の相手を務めたラグドールと虎だが、明日からの訓練は組としての枠組みでは無く、個性系統の枠組みで行われる。そこで最も重要に成るのが『サーチ』の個性を持つラグドールだ。情報収集系の個性としては最高峰の能力であり、明日からの個性訓練におけるキーパーソンでもあった。

 

「大分落ち着いてきたが、詳しく聞き出すにはまだ少しかかりそうだ。だが、あの体育祭の優勝者…藤原妹紅が関係しているらしい。微かではあるが、震える声で彼女の名を呼んでいた」

 

 ラグドールの寝室から戻ってきた虎がそう語ると、ブラドキングは首を傾げた。マンダレイも何故そこで妹紅の名が出て来るのか分からない様子だった。

 

「藤原が?ふむ。イレイザー、何か心当たりはあるか?」

 

「……。ラグドールの『サーチ』。確か、個性に関する情報を“見る”ことが出来るんですよね?」

 

 相澤が眉間に皺を寄せながら聞くと、マンダレイは頷いて答えた。彼女等プッシーキャッツは学生時代からの仲だ。チームメンバーの個性は、己の個性と同じくらいの理解度を持っている。

 

「うん、『サーチ』発動中に一度でも視界に入れてしまえばOK。その後は100人までなら視界に入れずとも“見”続ける事が出来るわ。全く同じ個性なんて、そういないから居場所も判別可能で、追跡も容易。本人も知らないような個性情報だって、あの子にかかれば丸裸よ。ただし、個性に関する事以外は分からないわ」

 

「…では、藤原の蘇生回数でも見てしまいましたか。死んで『不死鳥』で生き返った回数を。すみません、俺のミスです。先にラグドールに伝えておくべきでした」

 

 相澤が頭をガシガシ掻きながら謝った。相澤には珍しく、これは彼の手落ちだった。警備に気を割き過ぎて、その可能性を失念していたのだ。恐らく、ラグドールは何も知らずして見てしまったのだろう。『不死鳥』に刻まれた地獄の傷跡を。

 

「蘇生回数…!?」

 

「なんと…!」

 

「俺は担任ではないから、校長から詳しい話を聞かされていないのだが…、そんなに酷いのか…?」

 

 妹紅の秘密を聞いたマンダレイと虎の反応は、ただただ唖然とするだけだった。一方、ブラドキングは雄英教師として、ある程度の事情は事前に聞いている。しかし、担任でもない彼には降りてくる情報に限りが有った。

 それでも、この強化合宿では相澤やプッシーキャッツだけでなく、ブラドキングも妹紅の指導に関わる機会も有るだろう。正しい情報が無ければ、正しい指導は行えない。故に、一定の情報開示権限を持つ相澤は彼等に話した。

 

藤原の保護者(ワーハクタク)が言うには、数千回は死んでいるとのことだ。そして、アイツは今まで個性伸ばし訓練など、一度もやった事は無いらしい。何故、藤原があれだけの火力を持つかと言うと…まぁ、そういう事だ」

 

「…ッ!」

 

「ぬぅ…」

 

 マンダレイは顔色悪く口元を押え、虎は顔を酷く顰めて唸り声を上げる。手の先が震える程に恐ろしい話だった。ラグドールがそれを見てしまったのだとしたら、あれほど怯えるのも無理はない。

 言葉が出ない2人に代わり、ブラドキングが言葉を続けた。

 

「よく正気を保てているものだな…。いや、未だに心が不安定であるが故に、期末試験時に除名処分の話が出たという訳か…」

 

「ああ、そうだ。プロヒーロー資格なんて、大学のヒーロー学部でも取得出来るんだ。今の時期にしっかり心の傷を癒し、大学でヒーローを目指すという道も有りだと俺は思っている。藤原は雄英在学中にプロに成る気満々だがな…」

 

 大学にもヒーロー科はあるし、社会人になってからでもプロ免許は取れる。相澤が妹紅に示した除名処分の条件も、別に悪意からでは無いのである。彼は一貫して生徒の為を思って行動を起こしている。ただ、多くを語らない性格である為、誤解されやすいだけだ。つまり、この相澤という男は、合理主義者という皮を被ったツンデレなのだ。

 

「マンダレイ、虎。お願いがあります」

 

「な、何かしら?」

 

 相澤がスッと頭を下げた。ポケットに突っ込んでいた手も出して、猫背も正している。いつもは無作法な彼が礼儀を示すものだから、何を頼まれるのだろうかとマンダレイは構えるが、相澤は気にせずに続けた。

 

「確かに、藤原の心中は未だに狂気が燻っています。しかし、それはアイツが望んだことでは無く、また、アイツが原因な訳でもありません。子は親と個性を選べないのです。運が悪かったという言葉だけで済ませるには、あまりにも残酷すぎる…。一言、ラグドールに伝えて頂けませんか。アイツのことは『不死鳥』としてでは無く、『藤原妹紅』として見てくれないか、と」

 

「…いいよ、分かった。ラグドールがこうなった以上、私たちも放っては置けないしね。ただし、藤原妹紅について色々聞かせてもらうよ。そして、これはピクシーボブにも伝える。明日からの個性訓練に関わってくるかもしれない事なんだから、聞いてもいいよね?」

 

 プッシーキャッツは四位一体だ。情報は共有する。それに、このままラグドールと妹紅がすれ違ったままであるのも忍びない。ラグドールは純真無垢だ。それ故に、妹紅の個性情報を見て恐怖し、憔悴してしまったが、きちんと説明すれば彼女だって理解してくれる。マンダレイはそう考えていた。

 

「まぁ、話せる範囲であれば…。まず、藤原の幼少期ですが――」

 

 相澤が語る。予想以上に過酷な内容にプッシーキャッツたちの精神力がゴリゴリ削られていくが、妹紅とラグドールの為にも彼女等は我慢して聞き続ける。教職員たちの夜はそうやって更けていくのだった。

 




 原作とは違い、プロヒーロー4名(男2女2)が生徒の護衛についてきています。保須事件以降、妹紅の護衛の為に根津校長が雇っていた4人をこちらに使い回している感じですね。そこそこ強いですがモブです。つまり、計10名のプロヒーローで40人の生徒を警備しています。これだけ警備が厳しければ襲撃なんてされへんやろ(慢心)。

次、意外と相性の良い砂藤くん
 裏表の無い性格である砂藤くんは、妹紅と相性が良い感じです。お菓子作りが趣味なのも好印象。なお、誰よりも子ども受けしそうな個性を持つ口田くんとも相性は良いハズなのですが、妹紅から話しかけることはあまり無いので、彼の方から話しかけないと距離は縮まりません。ただし、彼は無口なので…。訓練とかで一緒のチームになれば、会話出来る様になると思うので、それまではただのクラスメイトですね。

次、砂藤くんの個性『シュガードープ』
 糖分10gにつき3分間パワー5倍という個性。パワーの倍率とかが限界突破すれば、かなりの強個性になると思います。後、粉砂糖を鼻から吸ったり、水に溶かして静脈注射すれば経口摂取よりも個性の効果出そうな気がします(止まらぬ誤解)。他にも水分補給は炭酸抜いたコーラとかでやってそう。オイオイオイ、糖尿病で死ぬわ、あいつ。
 なお、アニメ版では粉砂糖?を普通に経口摂取していた模様。妹紅に炎熱耐性があるように、砂藤くんにも糖分に耐性が有ることを祈ります。

次、洸汰くん
 妹紅はまだ洸汰くんの過去を知りません。緑谷だけしか知りません。なので、「あの子は夏休みで、親戚のマンダレイの所に遊びに来てるのかな?」くらいにしか思っていません。近しい人にプロが居ると、ヒーローになることへの厳しさも良く分かるので、「だから、ヒーローに否定的なのかな?」って感じです。もう少し深く関われば、妹紅も何かしら察し始めますが…。

次、プロヒーロー免許
 公式のウルトラアーカイブには大学にもヒーロー科が有ると明記されており、普通科やサポート科、経営科の生徒でも大学のヒーロー科に進学することはあるみたいです。また、ヴィジランテ2巻では、資格が無くともサポート要員として現場に立つことは可能であり、資格は追々取れるとインゲニウムが発言していました。夢を諦めきれない若者も結構多そうですねぇこの世界。途中で心折れてジェントルみたいに成る奴も多いかも…。

次、ラグドールたちプッシーキャッツ
 SAN値チェックのお時間でした。また、プッシーキャッツの他の面々も相澤から話を聞いて、SAN値が減っています。おお、こわいこわい。
 ラグドールの『サーチ』は、特殊な条件下でしか発動出来ない個性持ちたちの救世主ですね。他人の血を舐めて発動する『凝血』とか、どんな経緯が有って気付いたんだよってレベルですし(親の個性から推測?)。ラグドールは、これを副業にするだけで食べて行けそう。
 ただ今回みたいに、見たくも無い個性情報を見せられることもあるかもと考えると、難儀な個性だなと思います。

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