もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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~深淵を覗く時、深淵もまたあなたを覗いているのだ~

 前話にてラグドールは妹紅の闇を覗いてしまい、己の心を深遠へと誘われてしまった…。
 そして、飯田は峰田のケツの穴という深淵を覗いてしまった。ならば、飯田を覗かんとする深淵とは一体何なのか……。




 あ、峰田のウ○コですか。そうですか。
 それでは本編をご覧下さい!(やけくそ)



もこたんと林間合宿 2

 合宿2日目の早朝。相澤の指示の元、A組の面々は近くの空き地に集められていた。早速、そこで相澤は入学初日に行ったソフトボール投げを爆豪に行わせる。濃密な一学期を思い出し、あれだけ苦労してきたのだから飛距離もさぞかし伸びているだろうと期待するクラスメイトたちであったが、結果は僅か数メートル伸びただけ。予想を遙かに下回る結果に皆が困惑する中、相澤は話を始めた。

 

「入学から約三ヶ月。様々な経験を経て、確かに君らは成長している。だが、それはあくまでも技術面や精神面。あとは多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。今日から君らの個性を伸ばす」

 

「個性を…伸ばす…?」

 

「そうだ。筋肉と同じで、個性も負荷をかけて使い続けることで成長する。そして、個性を伸ばしたらどうなるか。その結果がそこに居るだろ」

 

 生徒の多くが良く分からないといった表情を浮かべていると、相澤は説明と共に、クイッと顎で妹紅を示した。周りの視線が妹紅に集中する。そんな中、妹紅は静かに口を開いた。

 

「……知っていると思うが、私の保護者は元プロヒーローだ。私も幼い頃から個性を伸ばす訓練をしてきた」

 

 これはウソだ。妹紅の秘密は凄惨すぎて生徒には公開出来ない。故に、妹紅は前々から『お前の力は“慧音(ワーハクタク)に鍛えられてきたから”ということにするぞ』と相澤から伝えられており、慧音の同意も得ていた。

 妹紅としても、『殺されてきたから強くなれた』よりも『慧音先生に強くしてもらった』の方が遙かに体裁が良いので、一も二もなく承諾していたのである。

 

「ん?“私も”ってことは…」

 

「…俺も子どもの頃にやった。いや、やらされた」

 

 多くが妹紅の強さに納得する中、数人が疑問を呈すように轟を見る。すると、彼は僅かに苦々しい表情を浮かべながらもそう語ってくれた。轟にとって好ましい話では無いとクラスメイトも判断したのだろう。彼等も配慮してそれ以上聞くことは無かった。

 なお、爆豪だけは凶悪な笑顔を浮かべていた。心のどこかで敵わないと思っていた妹紅と轟の力の秘密。それが今、目の前にある。狂人もかくやという表情の笑みを浮かべる爆豪に周りのクラスメイトたちは一歩引いていた。

 

「分かるな?発動系個性の場合、ここまで伸びる。いや、これ以上伸びる可能性もある。それは発動型個性でない者たちも同じだ。個性を鍛えろ。鍛え続けて限界を超えろ。訓練法はプッシーキャッツの方々が助言してくれるから、それに従え。では、よろしくお願いします」

 

『煌めく眼でロックオン!ね、猫の手助けやって来る!どこからともなくやって来る…。キュートにキャットにスティンガー!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!』

 

 相澤が森の方に向かって頭を下げると、茂みから4人の男女が飛び出してきて生徒たちの目の前でポーズを決める。ワイプシの自己紹介フルバージョンだ。ただし、ラグドールだけはいつものキレが無い様子ではあったが。

 

「じゃあ、サラッと説明するよ。やるべきは“個性の限界突破”。許容上限のある発動型は上限の底上げ、異形型・その他複合型は個性に由来する器官・部位の更なる鍛錬が基本。もちろん、個性によって限界突破の訓練はそれぞれ違うわ。私たちはそのサポートをするって感じね」

 

 ラグドールの『サーチ』で各々の個性を理解し、ピクシーボブの『土流』で鍛錬の場を形成、マンダレイの『テレパス』で複数の人間へアドバイスを送るという流れである。また、肉体派の虎は、単純な個性を持つ生徒たちへのサポートに動くことになっていた。

 

「まずは緑谷!切島!尾白!我の元に来い!これより我ーズブートキャンプを行う!」

 

 緑谷は筋トレで身体を鍛えながら、合間合間に虎との近接戦闘訓練。切島は筋トレで筋力を上げと同時に、周りからぶん殴られることで『硬化』の硬度上げ。尾白は、二丁目拳銃のおかげで身体はかなり仕上がっているが、肝心の『尻尾』の強度がいまいちだ。そこで切島や岩(サンドバッグ)を殴り続けることで強度を上げていくとの事だった。もちろん、切島も尾白も虎の近接戦闘訓練を受けながらの特訓になる。

 

「「「は、はい…!分かりました!」」」

 

「違う!返事はsir Yes sir(サーイエッサー)だ!」

 

「「「サーイエッサー…?」」」

 

 呼び出しを喰らった3名が慌てて返事をすると、虎は睨みを利かせながら訂正させた。緑谷たちは首を傾げながら返答するが、その気の抜けた返事に虎の表情が一気に厳しいものになった。

 

「ふざけるな!大声出せ!タマ切り落としたか!」

 

「「「サ、サーイエッサー!!」」」

 

 いきなりの怒声に3人といわず、周りのクラスメイトの背筋までピンと伸びた。なんとも凄まじい迫力である。正に鬼教官だ。

 

「よぅし!まずは駆け足!我に着いてこい!」

 

「「「サーイエッサー!!」」」

 

 そう言って彼等は走り去っていった。いや、あれは連れ去られたと言った方が良いかもしれない。最早、残された生徒に出来ることは、彼等が無事に帰ってくることを祈るだけだ。

 

「うわぁ、メッチャ軍隊式じゃん…。こっわ…」

 

「あれ、ビリーじゃなくて、ハートマンじゃね?」

 

「軍曹違いだな」

 

 彼等を見送りながら、耳郎が渋面で呟いた。自由人(ロックンローラー)な彼女にとって、ああいうガッチガチな指導は苦手なのである。上鳴と瀬呂の会話を聞き流しながら、向こうの訓練に参加させられなくて良かった、と安心していると、ピクシーボブがニマニマと笑みを浮かべながら、彼女たちの顔を覗き込んできた。

 

「ん~?向こうはキツそうだなって思った?あっちじゃなくて良かったって思った?ねこねこねこ。虎の方は肉体的にしごかれるだけだから、まだ楽な方だよ。キッツいのはむしろこっち。さ、頑張ろうね!」

 

「……マジで?」

 

 その言葉を聞いて青ざめていく残されたクラスメイトたち。この後、ほとんどの生徒が悲鳴と奇声を上げるほどにツラい訓練を、耳郎もその身をもって経験するのであった。

 

 

 

 

 数分後、周りの生徒たちは次々に指示を与えられ、その場に残る生徒は妹紅のみとなっていた。だが、妹紅一人となった時から、ラグドールの様子がおかしい。ソワソワと落ち着きが無く、しきりに妹紅の方を盗み見てはサッと視線を戻すの繰り返しだった。

 

「あの、ラグドール先生。私はどうすれば…?」

 

「うにゃぁ…!ピ、ピクシーボブの所に…!」

 

 妹紅が指導を受ける為にラグドールに話しかけると、彼女は肩を跳ね上げて驚き、震える手でピクシーボブを指差した。その様子を不思議に思いながらも妹紅はピクシーボブの方を向く。彼女はにこやかな笑みを浮かべながらこちらへと歩いてきていた。

 

(うん、予想よりはマシな反応かな。この調子なら合宿が終わる前までには、ちゃんと会話出来るようになりそうだね)

 

 ピクシーボブの目線から見た今のラグドールの様子はそう悪くない。相澤の言葉が予想以上に届いたのだろうか。口がきけないほどに怯えていた昨日の夜を考えると、驚くほど妹紅に歩み寄れているはずだ。この様子ならば近いうちに彼女等の距離感も縮まるだろう。

 とりあえずは一安心。そういったところでピクシーボブはバトンを受け取った。最初から荒療治を行う必要はないのだから、今日の所は一言会話が出来ただけでも十分だろう。

 

「私と一緒に火の鳥の操作精度を上げていこう!こっちでやるよ、着いておいで!」

 

「操作精度ですか?この合宿では個性伸ばしの訓練を行うはずでは…?」

 

「それ以上火力を上げて、キミは人間火力発電所にでも成るつもり?」

 

 ピクシーボブと共に歩きながら妹紅がそう尋ねると、彼女は真顔で振り返って言った。既に妹紅の火力は凄まじいレベルにまで到達している。妹紅の課題は、やはりその個性の制御技術なのである。

 

「はっきり言って、キミの個性はもう十分に鍛えられているよ。後はその力を上手く操るだけ!火の鳥は私の土人形と似てる所があるらしいから、色々教えちゃうにゃん!」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 決めポーズを単独で決めておどけてみせるピクシーボブに、妹紅は頭を下げて礼を述べる。“真面目ねぇ”と笑みを浮かべながら彼女は懐から一枚の紙を取り出した。妹紅の個性の詳細が書かれたものだ。恐怖に怯えながらも、妹紅の力になってあげたいとラグドールがペンを取ったのだという。それをピクシーボブは時折頷きながら確認していく。

 

「ふむふむ、炎で形を作れるのは鳥だけなのね。でも、操作はマニュアルだけでなく、オートも可能。これは良いわね。操作の幅が広がるわ!うん、なるほど、なるほど。はいこれ、『サーチ』で読み取った『不死鳥』の詳細。自分の理解と齟齬が無いか確認なさい。確認終わったら燃やして処分してね」

 

 たとえば『体内の水を噴出する個性だと思っていたが、実は空気中の水分を液体に変換する個性だった』などのように、自分の個性を誤って理解している人間は多い。一般生活ならば小さな齟齬があっても何も影響無いだろうが、ヒーローとして個性を鍛える身であれば、それは死活問題だ。己の個性の本質を知らずして、その個性を真に鍛える事は出来ないのである。

 幸いにして、妹紅の個性は本人が理解していた通りの個性であった。以下はラグドールが書いた『不死鳥』の詳細だ。

 

――――――――――――――――

 藤原妹紅 1年A組 出席番号17番 個性『不死鳥』

・身体から発した炎を操る事が出来る。炎の使用には体力が必要となる。

・炎を鳥の形にすると、“火の鳥”として思うがまま操る事が出来る。火の鳥は炎でありながら物理性を持ち、簡単な命令を下す事も可能である。加えて、鳥の一部(翼や爪など)も炎で形を作ると物理性を持つ。

・炎熱への耐性有り。また、自分の発した炎を吸収することで体力を回復する事も可能である。ただし、自分の発した炎以外の火炎は操れず、吸収して回復することも出来ない。

・怪我をすると、その部位が燃え上がり再生する。致命傷であっても再生する。死んだ場合は蘇生する。

・炎の使用だけでなく、身体の再生や蘇生にも体力が必要となる。体力の無い状態で死んだ場合、完全に死ぬことは無いが、体力の無い状態で蘇る。ほぼ無力な状態となるので注意すること。

・個性を無効化されるなど、個性が発動出来ない状況下で死ぬと、本当に死亡するので注意すること。

・個性の限界突破は十分なので、現状においては火の鳥の操作精度向上を推奨する。(※要ピクシーボブ指導)

――――――――――――――――

 

 なお、このラグドールのメモ書きは、再生・死亡・蘇生についての文章の文字が歪んでいたり滲んでいたりして読みにくかったことを後述しておく。

 閑話休題。

 

 

「オート操作も可能となると、私が昔やってた訓練法だけじゃなく、違うのもやらないといけないね。私の土人形は獣型だけじゃなくてどんな形でも作れるけど、操作はマニュアルだけなのよ」

 

「複数体同時に襲われたのですが、マニュアル操作だけであれだけの数を…?」

 

 妹紅が読み終わったメモ書きを燃やしていると、訓練の大まかな内容を決めるために『土流』との違いをピクシーボブは語った。初日にA組を襲った土魔獣は全て彼女が意識的に操っていたものだ。命令を与えていれば勝手に動く妹紅のオート操作とは違う。つまり、ピクシーボブは何体もの土魔獣を同時に操っていたことになる。

 

「ふふん、集中すればもっと操れるわよ。私たちは山岳救助が得意分野だけど、中でも私は山中の行方不明者捜索を任される事が多いの。土人形の数が多いほど発見確率は高くなるし、捜索時間も短くなる。それはつまり、行方不明者の生存確率が高くなるってことよ!」

 

 ピクシーボブがグローブの肉球を妹紅にこれでもかと見せつけながら自慢げに語る。たまらず妹紅はその肉球をプニプニと触ってしまった。クセになりそうな柔らかさを堪能しながら、妹紅は疑問を投げかける。

 

「しかし、数を増やしたところで目の届く範囲でしか操作出来ないし、捜索も出来ないのでは?」

 

「その通り。何の装備(アイテム)も無かったら、だけどね。そこでコレ!」

 

 ピクシーボブが腰のポーチから取り出したのは小型のカメラだ。更に、空いた手で自前のバイザー(目を保護するシールド)を指差した。

 

「小型カメラ…。なるほど、カメラを土人形に持たせて、その映像をバイザーのディスプレイに映していたのですね」

 

「正解!直接見ながらの操作とはちょっと違う操作感覚だから、慣れが必要だけどね。もちろん、複数操作はマルチタスク能力が必須になってくるし、数が多くなるほど難しくなっていくよ。これも後で練習ね。バイザーは私の予備を使うものとして、耐炎熱性のカメラは後で八百万ちゃんに創ってもらいましょう」

 

 これを習得すれば、救助だけでなく戦闘においても優位に働く。カメラで敵を捉えている限り、遠距離攻撃を加え続けることが可能なのだ。索敵、個性観察、戦闘、足止め、追跡、拘束。相手から見えない所からこれら全てを行うことが可能で、たとえ相手が格上であっても、カメラの存在さえバレなければ永続的に相手に消耗を強いることが出来る。いや、カメラの存在がバレてもいい。後方から続々とカメラを送り込めば良いだけだ。

 この容赦の無い一方的な攻撃こそが、操作性の高い遠距離個性のエゲツナイ所である。

 

「ただし、キミの個性はオート操作も可能!だから、私とはちょっと違う操作方法が必要になってくる。理想はオート操作とマニュアル操作のいいとこ取り。今まではそれを“何となく”でやってきたかもしれないけど、今日からは意識してやっていこう!」

 

「分かりました」

 

 ピクシーボブの案内で妹紅が辿り着いた場所は高台の上。眼下には広場や森が広がり、訓練に励む生徒たちの姿も見える。訓練の大まかな流れが決まったところでピクシーボブが手を叩いた。グローブの肉球同士がぶつかり、ポムと可愛らしい音が鳴る。

 

「よーし、じゃあ火の鳥を10羽くらい出して。操作方法で切り替えながら、出来ること出来ないことをドンドン探っていくよ。自分の感覚で理解することが大事だからね。まずはマニュアル操作で動かしてみて」

 

「ええと…。あの私、マニュアルで細かく操作出来るのは5羽くらいが限界なのですが…」

 

 体育祭から2ヶ月と少し。妹紅も成長しているが、劇的なスピードとまではいかない。今は制御に集中して、ようやく5羽の火の鳥を扱えるようになった程度。妹紅がそのように伝えるが、ピクシーボブは笑みを湛えたままだ。

 そう、これは無理難題に近い。しかし、だから良いのだ。

 

「うん、知ってるよ。ラグドールから聞いたから。でも、やるよ。周りには生徒たちが居るから失敗しないようにね。森に火が着いたら山火事になっちゃうよ?あ、因みに私はある程度キミに教えたら、他の子の様子を見に行くからね。失敗しても炎を止める人は居ないよ」

 

「え、いや…え…!?」

 

 平然と言いのける彼女に対して、一瞬思考が止まる妹紅。ピクシーボブが居れば、失敗した時でも『土流』で周りの生徒は守れるし、すぐに消火出来る。しかし、失敗した時に彼女が居なければ…。そう考えて妹紅は緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。

 なお、妹紅には内緒だが、ピクシーボブが居ない時は相澤がコッソリと妹紅の姿が“見える”場所にスタンバイする予定である。そして、ピクシーボブと相澤の両名が居なくなる場合には、これとは別の安全な訓練をやらせるつもりだ。

 つまり、妹紅に背水の陣を意識させただけで、実際は安全なのである。

 

「手数が増えれば、それだけ戦力増強!マルチタスクも鍛えて損は無い!さぁ、ミスれない極限状態で限界を超えろ(プルス ウルトラ)!」

 

「えええ…!?」

 

 火力の限界突破が十分なら、今度は技術の限界突破だ。ピクシーボブが決めポーズを取りながらそう宣言すると、妹紅は非常に困惑した様子だったが、彼女はそんな妹紅をグイグイとリードしながら訓練を始めるのであった。

 

 

 

「材料は準備したよ。己で食う飯くらい己で作れ!カレー!」

 

「うぬら、手を抜くなよ…?全員で協力して作るのだ!」

 

 午後4時。夏なので太陽はまだ高いままだが、時間的には夕方だ。夕食はキャンプキッチンで生徒たちが自分で作らなければならない。妹紅以外は全員ヘロヘロになるまで疲れていることも考えると、調理時間は結構かかってしまうだろう。食べる時間は午後6時前後になるだろうから、そこそこ丁度良い時間かもしれない。

 

「確かに…。災害時など避難場所で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環…。他のヒーローと協力して料理をする事もあるかもしれない!さすが雄英、無駄がない!世界一旨いカレーを作ろう、皆!」

 

 ピクシーボブと虎が持って来た大量の食材を前にグッタリと肩を落とす生徒たちだが、飯田の鼓舞にノロノロと反応を示す。そうして料理の時間が始まった。

 

 

「カレーってさ、最初にタマネギが茶色になるまで炒めりゃいいんだっけ?」

 

「そんなイメージだよな」

 

「とりあえずタマネギ切って炒めるか?」

 

「素人が余計なことするんじゃねぇ!」

 

 切島と上鳴、瀬呂が大鍋の前でカレー作りの相談をしていると、爆豪がいきなり3人を怒鳴りつけた。とはいえ、彼等も爆豪の振る舞いには慣れたもので、驚く様子も見せずに振り返る。

 

「じゃあ、どうすんだよ?」

 

「そんぐらいテメェらで考えろ!」

 

「う~ん?」

 

 3人揃って頭を傾ける様子に、爆豪の額には青筋が浮かび始めていた。爆豪は才能マンだ。その才は料理にも発揮される。逆に、出来ない人間の気持ちは全く分からないし分かろうともしないので、こうやってモタモタされると無性に腹が立つのである。

 詳しく説明する気も一切無い爆豪が、もう全て自分1人でやってしまおうかと考えていた時だ。近くに居た妹紅が3人に助け船を出した。あまり調理場で騒がしくされると困るのだ。

 

「無難にカレールーの箱に書いてあるレシピで作ればいい」

 

「おお、藤原。箱に書いてあるレシピって、そんな単純でいいのか?」

 

「販売元のメーカーは基本的に“ルーの箱に書かれた作り方が一番美味しい”と推奨している。隠し味とかそういうのを入れるのは、個人の好みを把握してからでいいと思う」

 

 妹紅がテーブルに置いてあった市販ルーの箱を手に取ると、その裏面に記載されているカレーの作り方を切島たちに見せた。妹紅の登場に爆豪は嫌な顔をしていたが、茶々を入れて来ないところを見ると、彼もそのつもりでいたのだろう。

 カレールーでも何でもそうだが、商品に書かれているレシピというのは馬鹿にしてはならない。あれには販売しているメーカーが研究の末に見つけ出した、簡単で最も美味しいレシピを記載しているのだ。

 これには妹紅と一緒に様子を見に来ていた蛙吹も隣で同意していた。

 

「飴色になるまで炒めたタマネギはカレーを甘くするから、子どもに食べさせるのには向いているのよね。私も家で作る時は入れているわ。でも、今回みたいな皆で食べるような状況なら、スタンダードな作り方がベターなんじゃないかしら」

 

 飴色タマネギをカレーに加えれば、確かに甘くなり美味しくなったと感じるだろう。他にも果物のピューレを入れたりとか、チョコレートを一欠片入れたりとか、インスタントコーヒーを少量入れたりとか、カレーには隠し味要素が沢山ある。

 しかし、そもそも市販のカレールーには、それらの要素は既に入っており、恐ろしく高い水準で味のバランスを整えられているのだ。そこに何かを加えることはバランスを崩すことに他ならない。まぁ、味覚には個人差があるし、バランスが崩れていることが特徴となって“家庭の味”となるのだから、一概に良い悪いでは語れないのだが。

 

「ふん。おい、白髪女とカエル女。お前らはカレー担当しろ。俺は飯盒で米を炊く。クソ髪!アホ面!しょうゆ顔!テメェら、こっち手伝えや!」

 

「「「名前覚えろ!」」」

 

 爆豪はそう言って切島たちを率いていった。妹紅は知らなかったが、登山好きの爆豪は飯盒で米を炊くのも得意なのである。

 結局、残りの生徒でカレー作りとなった。料理が出来る妹紅と蛙吹、それと砂藤が皆に教えて回るという感じで調理を始めた。女子はともかく、男子のほとんどは料理初心者だったので、教えるのも一苦労だ。

 

「具材炒めるよ!もこた~ん、火ちょうだい!」

 

「ああ、分かった。じゃあ、まずはタマネギから炒めて、順にジャガイモ、ニンジン、肉を入れていってくれ」

 

「はぁい!わかりましたー!」

 

 葉隠の要請に妹紅は1羽の火の鳥を作り出し、それをかまどに向かわせた。火の鳥はかまどに潜り込むと、巣で卵を暖める親鳥の様に丸く座り込む。しかし、熱はしっかり放出しているので、上に置いている鍋からはサラダ油が熱されている音が鳴り、準備万端だ。

 鍋の前は熱いし、具材も多いので炒めるだけでも一苦労だが、皆で交代しながら具材を炒めていく。男女混じって和気藹々と交代しながらカレーを作っていく風景は正に青春。爆豪を手伝う3人が、上鳴を筆頭に“アッチが良かった…!”と涙を流して悔しがるほどだ。なお、峰田が時折ドヤ顔でこちらを見下してくるのが一番ムカついた、と彼等は後にそう語るのであった。

 

 

「…ジャガイモがかなり余っているな。タマネギとニンジンも少し余っているし…ポテトサラダでも作るか。ピクシーボブ先生、卵は余っていないでしょうか?」

 

 炒め終わったら、水を入れて具材を煮込んでいく。ここまで来たら煮込むのに多少の時間がかかるものの、作業そのものはほとんど終わりに近い。

 しかし、妹紅がテーブルに目を向けると、未だに大量の食材が残されていた。カレーライス一品だけというのも寂しいので、何かもう一品作ろうかな、と妹紅は考えるとピクシーボブに尋ねる。すると、彼女は簡単に了承してくれた。

 

「ポテサラ作るの?いいよ、卵はあっちの食料庫にあるわ。冷蔵庫の野菜室にキュウリとかミニトマトとかもあるから適当に使って良いよ。あ、そうだ!ついでにB組の分も作ってくれないかな?足りない材料と人手はB組から借りていいから」

 

「分かりました。では2人ほど手を借りたいと思います」

 

 B組の分も作ることになったが、20人分作るのも40人分作るのも同じ…いや、同じとはいかないが、少なくとも2組バラバラに作るよりは省力的なのは間違いない。それに、向こうの手も借りられるというのなら、こちらとしても文句はない。

 

「オッケー、お願いね。あと、ハムも入れちゃおっか。お肉用の冷蔵庫に500gくらいのボンレスハムが入ってるから、それ使いな。自家製で燻煙(スモーク)してるから美味しいよ。細かく切ってポテサラに入れると、食べる時にスモークの良い香りがフワッとして最高なの」

 

「わぁ、おいしそう!」

 

 味の想像をして麗日が満面の笑みを浮かべた。なんという事だろうか。高級ポテトサラダだ。スーパーのお総菜コーナーで198円(夕方以降は半額になり99円)で売られているポテトサラダとは訳が違う。高級ポテトサラダなのだ。

 

「では、私がB組に声をかけてきますわ。委員長の拳藤さんとは職場体験を共にした仲ですので」

 

「じゃあ、あたしと麗日で卵とか色々取ってくる」

 

「ああ、私は先に他の材料を調理しながら待ってるよ」

 

 八百万が拳藤へと話をつけに行っている間に、耳郎と麗日が材料を取りに行き、妹紅たちは早速調理を始めるのであった。

 

 

「やっぱ、ポテサラにリンゴとかレーズンは邪道だと思うんだよね」

 

「分かる」

 

 B組の取蔭の言葉に、麗日が仁王立ちして腕を組みながら大きく頷いて同意する。

 

「えー、リンゴ入ってても美味しいじゃん!」

 

「ん」

 

 一方で、こちらは芦戸とB組の小大だ。真っ赤なリンゴを手に取り、その美味しさを訴えている。

 

「別にどっちでもいいんだけど…」

 

「どっちもおいしいわ」

 

 そして、どっちでもいい(どうでもいい)派の多数が戦況を見守っていた。

 時を遡ること数分前、ポテトサラダも完成間近というところでピクシーボブが『リンゴもあるよ!』と大量のリンゴを持って来たのが発端だった。ポテトサラダにフルーツを入れる派と入れない派に分かれたのである。

 

「う~ん、どうしよう。よし、作り始めたのは妹紅だから、妹紅が決めちゃって!」

 

 決着がつかないので、葉隠の鶴の一声によって全てのジャッジは妹紅に委ねられた。それはそれで普通に困るのだが、仕方無く決める事にした。

 

「私が?そうだな…。苦手な人が居るなら入れないでおこう。それに今日のポテトサラダにはスモークされたハムが入っているから、フルーツを入れると変わった風味になってしまうかもしれない」

 

 味付けの段階で味見をしたが、予想以上に燻煙が香っていた。フレーバーとしては最高だったのだが、これにフルーツを加えるとなると風味のバランスが崩れてしまうだろう。もちろん、味付けでこのバランスを調整することは可能なのだが、いくら料理慣れしている妹紅と蛙吹といえども、プロの料理人ではないのだからそこまでのスキルは無いのである。

 

「う、たしかに…。じゃあ、このリンゴはどうする?」

 

「カットして食後のデザートだな」

 

 どうせポテトサラダに入りきらないほどの量があったのだ。デザートに丁度良いだろう。

 

「は~い。じゃあ、みんなで切ろう。お、妹紅、手早いね。しかもウサギちゃんカットだ!可愛い!」

 

「つい、いつものクセで…」

 

「いいよ、いいよ。私もウサギちゃんカットにしようっと」

 

 早速、妹紅がリンゴをカットしていく。ウサギの飾り切りだ。寺子屋の子どもたちが喜ぶので、いつもこの切り方だった。結局、葉隠も他の女子たちも真似したので、デザート用の大皿には大量のリンゴのウサギちゃんが並ぶのであった。

 

 

「ねぇ、今日の夜なんだけどさ。B組女子みんなでA組の部屋に行っていい?」

 

 お米も炊きあがり、カレーも完成。今はそれぞれの皿によそっている最中だ。こちらもポテトサラダの盛り付けも終わり、後はそれぞれのテーブルに持っていくだけという段階である。

 そんな時、取蔭が『今日の夜、女子だけで集まってみない?』と提案した。もちろんA組の女子としても大歓迎だ。

 

「おお~!全然OKだよ!みんなで女子会しよ、女子会!」

 

「お菓子も持っていくよ。な、唯」

 

「ん」

 

 A組の女子は7人。奇しくもB組の女子も同じく7人だ。きっと楽しい女子会になるだろう。葉隠や芦戸にはその確信があった。そう、この機に乗じて皆の恋愛事情を聞き出すのだ!

 

「それなら、こっちも色々準備して待ってるよ~!」

 

「うん。じゃあ、また後で。ポテサラありがとね」

 

 手伝ってくれた取蔭と小大を見送って、葉隠たちもポテトサラダとデザートのリンゴをA組のテーブルに持っていくのだった。

 




「あれ、ビリーじゃなくて、ハートマンじゃね?」「軍曹違いだな」
 ビリー隊長はアメリカ陸軍の元新兵教育インストラクター(練兵軍曹)で、映画『フルメタル・ジャケット』に登場するハートマンはアメリカ海兵隊の練兵軍曹という違い。
 緑谷くんたちに例のマラソンソングを歌わせたかったが、内容が余りにもヒドいのでカット。アレをヒーローの卵に歌わせてはいけない(使命感)

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