もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんの居ない肝試し 

 東京都葛飾区。ここに東京拘置所はある。そも、拘置所とは逮捕され、裁判によって刑が確定するまでの間に収容される施設だ。また、規模が大きい拘置所は死刑執行の施設という側面も持っており、死刑が確定した者もここに拘置される。そして、執行日が来たら地下にある刑場で死刑が執行されるのである。

 

「ワープで移動出来るのはここまでです、死柄木」

 

 時刻は20時を過ぎた頃。拘置所の建物の影に隠れるように出現した黒いモヤの中から、死柄木が歩み出てきた。更に黒霧も現われ、モヤをその身に戻すと死柄木に声をかける。

 

「ここは既に拘置所の敷地内。この壁の向こうは一般の犯罪者の収容部屋が有り、あの脳無(・・・・)が収容されている独房は、更に奥。先生から頂いた情報なので間違いは無いでしょう。…準備はよろしいですね?」

 

「分かってる。さっさとやるぞ。脳無出す準備しとけ」

 

 何の躊躇も無く、死柄木は五指で目の前の壁に触れた。分厚い壁に細かな亀裂が入り、すぐに砂のように崩れていく。その途端に拘置所全体から警報音が鳴り響いた。同時にヒーローや警察にも、この東京拘置所で何か異常事態が起きたことが通報されたに違いない。

 しかし、死柄木たちは、そんなことはどうでも良いとばかりに建物内に侵入した。

 

「な、なんだ!?誰だお前!?」

 

「おい、お前ら。逃がしてやるから、暴れろ」

 

「は!?え!?」

 

 崩壊した壁の先には8人ほどの男たちが居た。この部屋は雑居房といって、複数人が共同で生活する居室である。既に就寝時間だったらしいが、けたたましく鳴り響く警報音に飛び起きたのだろう。全員、布団の上でパニック状態になっていた。

 

「おい、聞いているのか?脱獄したいのなら、言うことを聞け」

 

「だ、脱獄!?いや、俺らそこまで悪いことやってねぇし、逃げたら刑がメッチャ重くなりそうだし…」

 

 拘置所では、個性犯罪者(ヴィラン)はより逃げにくい内側の方に拘置される。故に、外側は基本的に一般犯罪者が拘置されているのだ。つまり、ここに居る彼等のほとんどは軽い刑罰か執行猶予くらいで済む囚人ばかり。高いリスクを冒してまで逃げる必要が無いのである。

 まぁ、そもそも脱獄させてやるという死柄木の言葉自体、嘘なのだが。

 

「そうか。じゃあ死ね」

 

「ひ!?こ、殺し…!?」

 

 故に、死柄木は有無を言わさず近くに居た1人を塵に変えた。崩れていく仲間を見た男たちは、ここでようやく自分の命に危機が訪れていることに気が付いた。転げるように逃げて部屋の隅で縮こまり震える者、人の死を見た事で放心している者、その場で土下座して命乞いをする者まで居る。

 死柄木はそんな者たちを一瞥した後、塵へと変貌した人間のなれの果てを踏みにじりながら、こう言い放った。

 

「選べ。優しい刑務官たちを相手に暴れるか。それとも、ここで俺たちに殺されるか」

 

「ひぃ!わ、分かりました!暴れます!暴れますから殺さないでください!」

 

「お、俺たちも言うこと聞きます!ほ、本当です!」

 

 脅しは効果覿面のようで、彼等はすぐに従順になった。所詮は出来心で罪を犯してしまった者たちだ。ヴィランどころかチンピラですらないのだから、死柄木の威圧に逆らえる訳が無い。

 加えて、黒いモヤの中から次々に現われてくる脳無(バケモノ)たちが視界に入る。最早、彼等は生きた心地がしなかった。

 

「よし、お前たちは物分かりの良い奴らだな。壁や扉は俺たちが破壊するから、他の収容者たちを解放しながら騒ぎを起こせ。大人しくしようものなら、このバケモノたちがお前たちを殺す。他の奴等にもそう言え。ほら、さっさと行け」

 

「ひぃぃ!」

 

 黒霧が死柄木の手を『ワープゲート』で跳ばし、周囲の壁や檻に触れさせる。崩れていく壁の向こうでは、隣の雑居房から何が起きているのか分からない囚人たちが顔を覗かせていた。彼等への説明はさっきの囚人たちがしてくれるだろう。

 

「脳無ども。壁や建物を破壊しながら、ヒーローや刑務官たちを殺せ。暴れている囚人は殺すなよ」

 

「死柄木、あの脳無ではたぶん見分けられないと思いますよ。刑務所の受刑服と違って、拘置所の囚人って私服でも良いんですね…。初めて知りました」

 

 今回、拘置所襲撃に連れてきた脳無は白色。『下位脳無』と呼ばれている改造人間だが、他の脳無と比べたら失敗作と言っていい。頭も悪いし、正直に言うと雑魚である(それでも一般ヒーローに迫るくらいの強さはある)。

 実際、死柄木の命令も通じていなかったようで、脳無たちは“キャー?”と鳴きながら揃って頭を傾げていた。囚人たちの服装が統一されていたら『俺たちとこの服着ている奴以外は全員殺せ』で通じていただろうが、拘置所における服装は基本的に自由なので見た目はバラバラなのである。

 

「お前、ちゃんと調べとけよ…。あー、めんどくせぇ。じゃあ、もういいや。脳無ども、俺と黒霧(コイツ)以外全て壊して殺せ。…よし、これでいい」

 

 今度は“キャー”と納得した声を出して、下位脳無たちはあちこち散って襲撃を始めた。多くの脳無が刑務官ではなく囚人を襲っているのだが、それを見た囚人たちは暴れ方が足りないからだと勘違いして、更に必死になって暴れている。これはこれで良い混乱になるだろう。彼等がどんなに暴れても脳無の気が向けば襲われる訳なのだが、死柄木たちには関係ない事だ。

 

「行くぞ、黒霧」

 

「ええ」

 

 死柄木が走り出すと、黒霧も後に続いた。壁を壊しながら一直線にターゲットへと向かう。道中でも下位脳無をバラマキながら走っていると、制服を着た一団と出会ってしまった。拘置所の刑務官たちだ。

 

「こっちだ!おい、居たぞ!何処から脱走しやがったコイツ!」

 

「発見した!東棟の1階、D-4地点!」

 

「2人だ!内一人は異形型!」

 

 向かってくる刑務官は4人。どうやら死柄木たちを脱走者だと思っているようだった。恐らく、拘置所を襲撃されるという発想が無かったのだろう。きっと死刑囚だったムーンフィッシュが脱獄したことも脳裏にあるに違いない。それだけに、これ以上の拘置所内の不祥事は避けたいという焦りから、彼等は死柄木たちを捕えようと躍起になっていた。

 

「俺がやる」

 

 死柄木が姿勢を低くして、一気に駆け出した。死柄木は幼い頃からAFOの薫陶を受けて育ってきた生粋のヴィランである。ヒーローでもない、刑務官の数人程度では相手にもならなかった。

 

「うわあ!?うああ…!?」

 

「身体が!?身体が崩れッ…」

 

「あっ!?あああッ…」

 

 すれ違い様に五指で触れられた刑務官たちはボロボロと崩れていく。そんな彼等の断末魔にも振り返らず、死柄木たちはそのまま淡々と目的地へと向かっていった。遭遇した刑務官や職員は尽く死んでいく悪魔の進軍である。

 因みに、目的に向かう途中で『死柄木さん!?助けに来てくれたんですね!ありがとうございます!』と馴れ馴れしく話しかけてきた囚人が居たのだが、何かウザかったので塵にしている。殺した後で黒霧に聞いてみると、どうやら雄英のUSJ襲撃に参加していた雑魚ヴィランらしい。なんとも哀れな奴である。

 

「あの扉の先です。しかし、邪魔者がいるようですね」

 

 黒霧の視線の先には見るからに頑丈そうな扉があった。AFOの情報が正しければ、あの奥には目的の脳無が居るはずだ。

 しかし、その手前には派手なコスチュームに身を包んだ2名の男性ヒーローが居た。死柄木たちの狙いがバレたか、もしくは偶然そこで出会ってしまったかのどちらかだ。狙いが看破されていた場合は、罠を張られ待ち伏せされている可能性が高いので気をつけなければならない。

 

「む!?お前が脱走犯か!外ではなく内部へ逃げようとするとは馬鹿な奴め!」

 

「待て!コイツ、ヴィラン連合の死柄木弔だぞ!?脱走じゃない!侵入してきたんだ!」

 

 ヒーローの1人が的外れなことを言っているので、死柄木たちの狙いがバレていた訳では無いのだろう。つまり、(ブラフ)でなければ偶然の遭遇だ。

 

「周囲に罠は無し。ということは、遭遇は偶然かと。こういう施設はヒーローが何人か常駐しているものとはいえ、目的地の一歩手前で出会ってしまうとは不運ですね」

 

「運が悪いのはアイツらだろ。黒霧、やれ」

 

 ヴィランがヒーローを確実に倒す時にやるべきは一つ。即殺だ。相手に個性を使われる前に殺すのである。特に殺害という点に対して、死柄木の『崩壊』と黒霧の『ワープゲート』は非常に相性が良かった。

 まだヒーローたちとの距離がある中、死柄木の両手がモヤの中に沈む。その手が現われた場所はヒーローたちの真後ろだ。ヒタリ、と死柄木の手がその背中に触れる。次の瞬間、彼等の肉体の崩壊が始まった。

 これが死柄木と黒霧の、初見ではほぼ防げないであろう即殺の個性コンボである。

 

「しまった!触られ…」

 

「嫌だ!止めろッ!助け…」

 

「死柄木、この扉の向こうです」

 

 苦しみながら塵へと変わっていくヒーローたちを尻目に、死柄木たちは歩を進めた。頑丈な扉ですら死柄木の『崩壊』の前では薄紙のようなものだ。

 その部屋へと入ると、中には脳を剥き出しにした大男が1人。全身に拘束具を付けられ、更に金属製の椅子にキツく縛り付けられている。雄英のUSJで猛威を振るったあの脳無である。

 

「ありました。…ふむ、筋肉量が減っていますが、生きてはいるようですね。先生とドクターなら、このぐらい簡単に元に戻せるでしょう」

 

 脳無はこれまでの警察の取り調べでも全く反応を示さなかった。これは死柄木の声だけに反応するように設定されていたからである。

 また、食事を取る能力すら無いため衰弱死していてもおかしくは無かったが、流石にヒトの形をしている以上、死なせるのはマズいと警察は判断したのだろう。腕に刺された点滴チューブによって栄養を補給しているようだった。ただし、弱体化は多少ばかり進んでいるらしく、筋肉などは見るからに衰えている。しかし、このくらいは許容範囲だろう。

 

「起きろ、脳無。立て」

 

 死柄木が脳無の拘束具を壊すと、早速命令を下した。あのUSJ襲撃から約3ヶ月が経っており、久しぶりの命令になる。何かしらのバグが出ている可能性も考えていた死柄木たちだったが、何の問題も無く脳無は忠実に従った。

 

「大きな異常は無し。クエストクリアだ。黒霧、戻るぞ」

 

「分かりました。この脳無はドクターの研究室に送っておきますね。…さて、こちらは何事も無く終わりましたが、開闢行動隊の皆さんはどうなったでしょうか…」

 

 黒霧が展開した『ワープゲート』をくぐり、彼等はアジトであるバーに戻ってきた。

 早速、死柄木は椅子に腰掛けながら目の前のテーブルに足を投げ出している。そんな彼を横目で見ながら、黒霧は拉致実行部隊の状況を心配していた。

 

「さぁな。だが、プロヒーローならともかく、ガキに負けるような奴は要らん。そんな奴がいたら置いてこい。あ、おい黒霧。向こう行く前にジンジャーエールよこせ」

 

 死柄木は生徒に負けた者は切り捨てろと無慈悲にも言い放った。しかし、切り捨てるには惜しい者が居るのも確かだ。黒霧はグラスにジンジャーエールを注ぎつつ、死柄木に進言した

 

「トゥワイス、コンプレス、トガの3名だけは回収してもよろしいですか?替えの利かない個性持ちですので」

 

「あのイカレ女もかよ…。まぁいい、便利なのは違いない。お前の好きにしろ」

 

「感謝します、死柄木。では、行って参ります」

 

 黒霧は謝辞を述べながらグラスを死柄木の前に置いた。あの死柄木がよくもまぁ寛大になったものである。一昔前ならば、『3人中、2人もイカレてんじゃねぇか。死ね』くらいは言っていただろう。それに比べると素晴らしい成長だ。

 黒霧は『大人になりましたね、死柄木…!』と内心感動しつつ、開闢行動隊の元にワープするのであった。

 

 

 

(テツ)!誰か倒れている!あれは…A組の八百万!?」

 

 死柄木たちの拘置所襲撃とほぼ同時刻。ヴィラン連合の悪意渦巻く森の中で、B組の泡瀬洋雪と鉄哲徹鐵は茂みの中で倒れている人影を見つけていた。慌てて近くに寄ってみると、頭から血を流した八百万が意識無く地面に伏せている。彼等はすぐさま八百万に声をかけた。

 

「八百万!おい八百万!目を開けろ!八百万!」

 

「意識無し!呼吸はある!だが、血の量がやべぇ!?止血しねぇと!」

 

 人命救助はヒーローの本分だ。ヒーローとは人命救助に始まり、人命救助に終わると言っても過言では無い。はっきり言って、ヴィラン退治などは人命救助における一つの過程でしかないのだ。

 故に、ヒーロー科の彼等は1年生であっても応急処置の技術と知識は持ち合わせていた。前期のヒーロー基礎学の授業で、看護訓練はみっちりやってきたからだ。特にB組は、基礎を重視する担任(ブラドキング)の意向もあって、A組よりも看護訓練の時間を多く取っていた。繰り返し、繰り返し訓練を行い、夢でうなされてしまうほど学んだ後もなお訓練を続けてきたのである。

 もちろん、これには熱血漢の鉄哲ですら、『何故、ブラドキング先生は俺たちに戦闘訓練をやらせてくれないんだ…!?』という疑問が浮かんでくる時もあった。しかし、それでも『先生には先生なりの理由が有るはず!』と自分とクラスメイトを鼓舞しながらブラドキングの言いつけを守り、一切の手を抜くこと無く看護訓練に明け暮れてきていた。

 そして今回。それが功を奏した。患者の意識確認、呼吸確認、私服であっても持ち歩くようにしていた清潔なハンカチによる頭部出血の止血。頭が大パニックになっていても、身体が応急処置の流れを完璧に覚えていたのである。

 

「起きろ!八百万!」

 

「うう…」

 

「起きた!起きたぞ!昏睡スケールはⅡの20!」

 

 八百万の身体を揺さぶりながら(頭は揺らさないように気をつける)、大きな声で呼びかけると彼女は薄らと目を開けた。眼球の動きから意識がある事も分かる。

 泡瀬の言う昏睡スケールというのは、意識障害の尺度だ。Ⅰの1~3、Ⅱの10~30、Ⅲの100~300という9段階に分けられており、身体を揺さぶったり大きな声で呼びかけた時に開眼した際は、Ⅱ-20と呼ばれるスケールになる。9段階における5段階目だ。なお、これは明らかに危険な状況であり、早急に救急車を呼ばなければいけない値である。

 

「ぐ、うう…、一体…何が…?貴方たちはB組の…鉄哲さんと、泡瀬さん…?」

 

「八百万!大丈夫か!?ヴィランの襲撃だ!俺たちは逃げ遅れている奴等が居ないか探しながら避難していたんだが、毒ガスが広がってきたから迂回してきたんだ。そしたら倒れているお前を見つけて…。それより大丈夫か。俺たちの名前が分かるってことは、意識ははっきりしているようだが、直前の記憶はあるか?」

 

 八百万の背中と頭を支えつつ、ゆっくりと彼女の上体を起こした。本来ならば、頭部打撲の患者は寝かせたまま水平に保っておく方が良く、身体を起こすことは望ましくない。しかし、今はヴィランの襲撃から逃げなければならず、そんな事も言っていられない状況だった。

 

「私たちは…たしか、肝試し中に遭難者を見つけて…それから急に頭に衝撃が…私たち…?妹紅さん?妹紅さんは何処ですか!?ぐっ…!?」

 

「お、落ち着け。今、肩を貸してやる。藤原と一緒に居たのか?よし、分かった。テツ、辺りを探そう!」

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

 妹紅のことを思い出し、急に立ち上がろうとした八百万だったが、痛みのあまり膝をついてしまった。酷い痛みだ。包帯代わりに巻いたハンカチも既に大半が赤く染まっている。そんなケガ人に無理はさせまいと、慌てた泡瀬が肩を貸してくれた。

 そして、3人による妹紅の捜索が始まる。

 

(遭難者とヴィランの襲撃…タイミングが余りにも一致し過ぎている…!妹紅さん…どうか、ご無事で!)

 

 八百万は酷く悪い予感を抱いていた。タイミング的に考えて、あの遭難者の女児はヴィランであろう。もしくは、ヴィランが無垢な女児を拉致、脅迫して襲撃に利用したかである。

 しかし、何よりも問題なのは“ヴィランが妹紅の襲撃に子どもを使った”という点であった。妹紅が子ども好きだというのは、一般にも結構知られている。そこを狙ってきたということは“ヴィランは最初から妹紅に危害を加えるつもりで襲撃に来ている”ということだ。つまり、今最も危険なのは妹紅なのである。

 

「ん?あそこに何か落ちていないか…?」

 

「…ッ!?い、急いでそこへ!」

 

 月明かりしかない暗い森の中、携帯の明りを頼りに辺りを捜索していると鉄哲が訝しむ声を上げた。その声に八百万の脳裏に記憶が蘇る。この辺りは遭難者の女児を見つけた所だ。手掛かりがあるとしたら、この近辺に違いない。

 

「これは……うっ!?」

 

「おい、ウソ…だろ…?」

 

 その場へと近付いた時、泡瀬と鉄哲は思わず口と鼻を抑えた。何故なら、そこは酷く血生臭い匂いが漂っていたからである。

 彼等には信じたくないという気持ちしかなかった。地面に広がる赤黒い染みも、辺りに撒き散らかされた臓物も、全てが夢であって欲しいと思った。しかし、その光景が、その匂いが。彼等の五感にどうしようもなく現実を突きつけてくるのだ。

 そんな中、血溜まりに残された数本の白髪だけが月明かりの中で静かに輝いていた。

 

「ああ…!あああ…!妹紅さん…!そんな…妹紅さん…!」

 

「うぐっ!?…ゲェェ!」

 

 八百万が泡瀬の肩から滑り落ち、地面に倒れ込んでしまう。しかし、泡瀬にも彼女を助け起こすほどの余裕は無かった。足元に転がっていた2つの球。その1つと目が合って(・・・・・)しまった泡瀬は、転げるように近くの茂みに駆け寄り、そこで胃の中身を全て戻していたからだ。

 

「なんだよこれ…!なんだよ!なんでなんだよ!畜生!畜生!なんで…!」

 

 一方、鉄哲は地面に拳を叩き付けて悔しがっていた。誰よりも熱血漢で真っ直ぐな男だ。こんな光景は人一倍許せないだろう。

 

「ハァハァ、大丈夫…。まだ大丈夫な筈です…」

 

「何が大丈夫なんだよ八百万!いくら再生個性を持っていても、ここまで…!ここまでやられちまったら…!」

 

 広がる光景は絶望的。しかし、八百万が放った言葉には僅かな安堵が含まれていた。それに対し、鉄哲はつい語気を強めて反論してしまった。彼とて妹紅の無事を信じたい。しかし、1%の可能性をも否定する光景が目の前に広がっていたことが、鉄哲たちを精神的に追い詰めてしまっていた。

 つまるところ、鉄哲たちB組の面々は妹紅の個性の秘密を知らなかったのである。

 

「妹紅さんの『不死鳥』は、文字通り不死の個性です…。完全に殺されようとも生き返る個性…!最悪の状況は…真の最悪は、個性を封じられた妹紅さんの遺体がここに残されていることでした。しかし、ここに遺体が無いということは…、妹紅さんは生きている…!まだ希望はある…!」

 

「ふ、不死個性!?マジか、そんな個性が…!?だが、それなら…!」

 

「ペッペッ…!生きているのか…!?」

 

 八百万が打ち明けると、二人の顔にも僅かな光が灯った。生き返る個性…。はっきり言って眉唾物だ。蘇生個性なんて彼等は聞いた事が無い。それでもなお、八百万の言葉を信じたいという気持ちが強かった。

 

「う…クソ、気をつけろ。ここまで毒ガスが来やがった…!」

 

 鉄哲が顔を顰めて口元を手で押さえた。確かに良く見れば、辺りに薄らと白いモヤが漂ってきている。

 

「ハァハァ、ガスマスクを創ります。お使い下さい。く…!」

 

「おい、八百万!無茶すんな!」

 

 八百万は3つのガスマスクを創り出した。しかし、やはり辛かったのか、彼女は眉間に皺を寄せて頭を抑えている。それでもなお、八百万の瞳には強い意志が宿っていた。

 

「最悪の事態こそ…ハァハァ…最善の行動を…!A組の多くはスタート地点でワイプシの方々と一緒に居たはず…。ならば、毒ガスの中に取り残されたB組の皆さんを…!泡瀬さん、B組の待機場所を教えて下さい!」

 

「おい、その怪我で何するつもりだよ!?まだ血も止まってないんだぞ!」

 

 B組の生徒たちを助けに行こうとする八百万を泡瀬は止めた。確かに泡瀬たちもクラスメイトを助けに行きたい。しかし、彼女の怪我の状態は危険な領域にあるのだ。今の八百万は救助される側であっても、決して救助する側では無い。

 

「…八百万、お前は洋雪と一緒に施設に戻れ。B組の待機地点には…俺が行く!」

 

「テツ!?馬鹿!お前一人で行く気か!?」

 

「危険は承知だ!洋雪、八百万を頼んだぞ!」

 

 泡瀬に止められようとも救助に行こうとする八百万を押し留めたのは鉄哲だ。彼の決心は固く、その顔には覚悟が浮かんでいる。今にも毒ガスが充満する森の中へと飛び込もうとした鉄哲だったが、八百万はそれに待ったをかけた。

 

「お待ち下さい!ぐ…、ハァハァ、ガスマスクを大量に創りました…。行くのならば持っていって下さい…。鉄哲さん、どうかご無事で…!」

 

 最後まで助けになろうと、八百万は幾つものガスマスクを創り出す。だが、先ほどとは比較にならないほど顔色が悪くなっていた。創った数が多かっただけに、負担も大きすぎたのだ。最早、肩を借りるだけでは立つこともままならなくなった八百万を、泡瀬は背負った。

 

「ありがとな八百万!でも、危険なのはお前たちだって変わりねぇんだ。そっちも気をつけろよ!」

 

「クソ!死ぬなよ馬鹿テツ!死んだら承知しねぇぞ!」

 

 鉄哲は八百万に礼を言った後、一直線に森の中へと突っ込んでいった。個性『スティール』を持つ彼ならば、木の枝が飛び出している茂みすらも関係無く突っ切れるだろう。彼はガスマスクを落とさぬよう、そして壊さぬように気をつけながら走っていった。

 そして、残された八百万と泡瀬も、避難のために施設へと向かうのであった。

 




 その後、八百万・泡瀬ペアはネホヒャン脳無と遭遇し、原作ムーブへ。ただし、最初から怪我をしていたことで、原作よりも辺りへの警戒心アップ。八百万の頭への攻撃は何とか避けられました。八百万は追い込めば追い込むほどハイスペックになっていくので、ドンドン追い込んでいきましょう。
 一方、鉄哲も原作通りで、この後は拳藤と合流。マスタードとの戦闘に入ります。

 原作と違う点は、葉隠と耳郎がガスマスクを付けずに毒ガスの森の中で倒れているということ。ですが、原作でガスマスク無しで放置されていた回原クンと凡戸クンは、その後も障害無くピンピンしているので、彼女たちもたぶん大丈夫です。まぁ、目が覚めるまでちょっと時間がかかるかもしれませんが。
 何故、マスタードは致死性のガスを使わなかったのだろうと考えたのですが、恐らく彼は、万が一自分でガスを吸ってしまった場合のことを考えて、死んだり障害が残ったりするようなガスを使わなかったんだと思います。嫉妬深く見栄っ張りの小心者って感じですかね。

 死柄木「ガキに負けた奴は要らん」
 原作でマスキュラー、ムーンフィッシュ、マスタードが回収されなかった理由は、恐らく彼等の場所が分からず、黒霧の座標移動では回収出来なかったからではと考えられます。しかし、死柄木の性格からして、子どもに負けた奴等を切り捨てたとも思いました。まぁマスタード以外は脳無で代用出来るのでしゃーない(むしろ命令をきちんと聞く分、脳無の方が便利まで有る)。マスタードくんは馬鹿二人に巻き込まれて犠牲になったのだ…。
 なお、USJで爆豪に抑えつけられた黒霧としては、耳が痛い話である。

 麗日と梅雨ちゃんや、緑谷たち爆豪護衛隊などは次回で。今話はもこたん出ないです。いや、今話も一応もこたん(の肉片の一部)は出てるけど。

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