もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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 今話でついに神野編に突入です。


 因みに、現在はテ○東ですらアニメを中断して雄英襲撃と拘置所襲撃事件の特番を組んでいる状態となっており、ネット民は阿鼻叫喚です。


もこたんと雄英記者会見

 合宿襲撃から二日が経った。

 世間は雄英が再び襲撃された事、そして2人の拉致被害者が出てしまった事を繰り返し報道していた。特に女生徒であり、体育祭で一躍有名になった妹紅がヴィランに拉致されたという事実は、全国に酷く衝撃をもたらした。

 また、東京拘置所が襲撃されて大勢の死傷者が出てしまい、収容されていたヴィランが脱走したという報道も世間に更なる動揺を与えている。すなわち、ヴィラン連合は雄英、警察、政府*1、その全ての信頼を一夜にして地に堕としたのであった。

 

 報道が冷め止まぬ、その日の夕方。雄英は校内に記者会見の場を設け、謝罪会見を行うに至った。

 正装した根津、相澤、ブラドキングが大勢の記者の前に姿を現す。それだけでカメラのフラッシュが巻き起こった。

 

「この度、我々の不備からヒーロー科1年生26名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたことを謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 

 会見は生放送で全国放送されている。どのテレビ局も今は雄英一色だ。無論、テレビスタッフだけでなく、新聞社や週刊誌の記者たちも集まっており、数百人規模の記者会見となっていた。しかも、国内だけで無く、海外の記者も見受けられる。様々なイベントで使われてきた雄英の巨大ホールがこんな大事件の謝罪に使用される日が来ようとは…、まさに雄英の大失態であった。

 そんな中で3名がマスコミの前で揃って頭を下げると、先ほどを遙かに超えた大量のフラッシュが焚かれる。白い光が鋭く飛び交う中、たっぷり10秒ほど頭を下げてから会見は始まった。

 

「現在、ヒーロー及び警察による捜査中であるため詳細を申し上げることが出来ない場合もございますが、可能な限り説明させていただく所存です。まず、事件へと至った経緯ですが――」

 

 会見は粛々と進行していく。合宿所を選んだ経緯から襲撃時の状況、現在の対応など、丁寧に説明する根津だが、解決の糸口が見えてくる内容ではまるで無かった。埒があかない説明に微かに苛立ち始める記者たちだったが、根津はそれに気付かない振りを続けている。何故なら、これが雄英と警察の思惑だったからだ。

 根津はこの記者会見で嘘を口にしていない。嘘を吐いてはいないが、真実を全て語った訳でも無い。実際の所、ヴィラン連合の居場所はほぼ特定しており、後はどう突入するかという段階にあった。つまり、これはヴィラン連合を油断させる事が目的の記者会見だったのである。

 

 その後、一通りの説明が終わり、質疑応答の時間となった。謝罪会見において重要なのは、この質疑応答だ。問いに答えるという形は非常に分かりやすい為、知識の乏しい一般視聴者に好まれる。そして、どんな質問をするかは正に記者の腕の見せ所と言えた。

 司会と進行を担当していた雄英の職員がマスコミに問いかけると、ほとんど全員の記者たちが手を挙げる。彼等は“俺を、私を選べ!”と言わんばかりの表情で職員を睨むが、彼は一切気にする事無く適当に記者を選んだ。

 

「夕日新聞です。拉致されたと思われる藤原妹紅さんと爆豪勝己くんの安否は把握されているのでしょうか」

 

「現在、2人の安否は不明ですが、ヒーローと警察の協力体制を敷いて捜索を行っている最中です」

 

 最初に選んだ記者は実に馬鹿らしい質問を放った。拉致されてしまったのだから、こちらが妹紅たちの安否を確かめる術が無いのは彼等記者たちにも分かっているはず。それをわざわざ質問したのは、根津の口から雄英の失態を証言させたいという表われに他ならなかった。

 それから2つ、3つと質問に対応していくが、どれも似たような事しか聞いてこない。根津は時にマスコミが好みそうで、かつ言質を取られない文言を織り込みつつ答えていった。その辺りの言葉加減は、流石『ハイスペック』と言える見事な手際だ。

 

「NHAです。雄英高校は今年に入って4回もヴィランと接触していますが、生徒に被害が出るまでの間、各ご家庭にどのような説明をされていたのか。また、具体的にどのような対策を行ってきたかをお聞かせ下さい」

 

 次は大手も大手、公共放送のNHAである。他の有象無象と比べると質問もやはり鋭い。体育祭を開催していることから雄英の基本姿勢は把握しているはずなのに、それをここで言わせようとしているのだ。しかし、それでも根津は淡々と答えていった。

 

「周辺地域の警備強化。校内の防犯システムの再検討。更にフリーで活動しているプロヒーローを雄英の臨時職員として雇用することによって、“強い姿勢”で生徒の安全を保証する……と説明しておりました」

 

「守れておりませんが?」

 

「全て我々の不徳の致すところです。誠に申し訳ありませんでした」

 

 根津の謝罪の言葉と共に、再び3人で頭を下げた。“守れていない”。これだけはどんな理由を付けても言い逃れ出来ない事実だ。結局、NHAの記者はそこに話題を持って来たかったのだろう。

 その後、つけ込む隙はここかとばかりに他の記者からも質問が集中するが、やはり根津は堅牢だった。どうしても一定のラインからは崩せないのである。

 

「テレビ日本です。生徒の安全と仰りましたが、イレイザーヘッドさん。事件の最中、生徒たちに戦うように促したそうですね。その意図をお聞かせ下さい」

 

 根津は手強いと悟った記者たちは、次のターゲットを相澤へと変えた。相澤(イレイザーヘッド)がマスコミを苦手とすることは少し調べれば分かることだ。校長の根津よりも責任は軽いが、彼は拉致被害の生徒を出したA組の担任なのである。もしも失言すれば十分使える絵面になるだろうとの思惑だった。

 

「私どもが状況を把握出来なかった為、最悪の事態を避けるべくそう判断しました」

 

「最悪の状況とは?24名もの被害者と2名の拉致は最悪と言えませんか?」

 

「…私があの場で想定した“最悪”とは、生徒たちが成す術なく殺害されることでした」

 

 相澤は静かに答えた。生徒たちが居るはずの森が炎に包まれ、暗闇を照らしていくあの惨憺たる光景を、彼は一生忘れることは無いだろう。あの時、相澤は己の全てを捧げてでも生徒を守ろうとしたのだ。生徒たちへの戦闘許可もその為だ。教師やヒーローの資格はもちろん、命をも賭けて彼は生徒の救出に赴いていたのである。

 だが、寡黙な相澤は必要なこと以外は喋らなかった。ヒーローは結果が全てだ。被害者を出してしまったという結果がある以上、相澤はその責任を負うつもりでいた。彼はそういう男なのである。

 相澤と記者。その空いた間を補うように根津が言葉を続けた。

 

「被害の大半を占めた広範囲の無差別ガス攻撃。逮捕したヴィランの個性から催眠ガスの類だと判明しております。生徒たちの迅速な対応のおかげで全員命に別状はありませんでした。また、彼等彼女等のメンタルケアも行っておりますが、深刻な心的外傷などは今のところ見受けられません」

 

「不幸中の幸いだとでも?」

 

「未来が侵されることが“最悪”だと考えております」

 

「攫われた藤原さんや爆豪くんについても同じ事が言えますか?特に爆豪くんは体育祭で見せた粗暴さや表彰式に至るまでの態度など精神性の不安定さも散見されます。もし、そこに目をつけた上での拉致だとしたら?言葉巧みに彼を拐かし、悪の道に染まってしまったら?未来があると言い切れる根拠をお聞かせ下さい、イレイザーヘッドさん」

 

 記者は再び相澤を名指しで問いかけた。まるで爆豪が何時ヴィランに懐柔されてもおかしくない、そんな言い方だ。恐らく、攻撃的な質問で相澤から粗野な発言を引き出そうという魂胆なのだろう。それに気付いたブラトキングが視線で相澤を宥めようとするも、彼は無言で椅子から立ち上がり――頭を深々と下げた。

 

「彼の行動については私の不徳の致すところです。ただ、体育祭でのソレらは彼の理想の強さに起因しています。誰よりもトップヒーローを追い求め、もがいている。あれを見て隙と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると私は考えております」

 

 爆豪の両親を除いた大人の中で、彼の本質を最も理解しているのは間違いなく相澤だろう。自分の教え子を色眼鏡無しで見る彼の目には、爆豪が誰の背を追い、どんな思いを持っているかをハッキリと映し出されていたのだ。

 しかし、それは赤の他人にしてみれば、ただの感情論に過ぎない。記者たちの中に呆れたような空気が流れ、更に追及を深めようとした時、1人の女性記者が手を挙げた。

 

「すいません、私も質問してもよろしいですか?集瑛社の気月です」

 

 絶妙な間を狙い、その女性記者は直接質問を求めた。だが、質問者は会見を行う側が指名するというのが記者会見の暗黙の了解だ。質問者が我も我もと争っていてはスムーズな質疑応答が出来ないからである。

 故に、彼女の行いは明確なマナー違反だった。周りの記者たちも眉を顰めて表情を歪めている。しかし、誰もが彼女の行為を黙認していた。実はこの気月という女性は、報道業界では有名な人物であったのだ。

 

「まず始めに、私がお聞きしたいのは藤原妹紅さんが本当に拉致されたかという点です」

 

「……どういう意味でしょうか」

 

 相澤はこの時、ある種の悪寒を感じていた。気月は真面目な表情で質問しているのだが、彼女の目の奥には笑みが浮かんでいたのである。それはきっと気月の正面に居る相澤にしか分からない感覚だったであろう。

 そして、その感覚の通り、悪寒は現実となってしまった。

 

「藤原さんが襲撃されたと思われる現場には、大量の血痕と切り刻まれた肉片、更には内臓や眼球が散乱していたという情報を手に入れまして。大変凄惨な状況だったと聞き及んでおります」

 

「な…ッ!?」

 

 驚愕の声が漏れたのはブラドキングの口からだ。相澤は身構えていた為に声こそ出なかったが、その顔は動揺が隠しきれていなかった。しかし、最も衝撃を受けたのはマスコミたちだろう。一気に騒がしくなった会場のざわめきがそれを示していた。

 そもそも、妹紅拉致の現場状況は極秘事項になっている。当然、生徒たちはマスコミにそんなことを喋らないし、相澤たち教師陣も有り得ない。雇っていた4人のヒーローも根津の信頼厚いヒーローであるから違う。後は、現場に駆けつけた警察や消防、救急の人間。もしくはヴィラン連合の関係者くらいしか知らないはずであった。その中の誰かが彼女に情報を漏らしたか、何かしらの個性を不正に使用して情報を入手したかのどちらかだろう。

 

「それが本当なら、藤原さんは襲撃現場でヴィランに拷問され、殺害された。そして、遺体はどこかに遺棄された。そう考えられないでしょうか?」

 

「それは有り得ません。彼女は生きています」

 

 拷問、殺害、遺体、遺棄。気月はそういう単語をわざと強調して話していた。これは視聴者を引き込むための手法である。実際、あれ程ざわついていた周りの記者たちも、気月と相澤の言葉を一言一句聞き逃すまいと静まり返っていた。

 

「あら、現場状況については否定されないのですね。まぁ、それは置いておきましょう。では、藤原さんが生きているという根拠は何でしょうか?」

 

「彼女の個性には再生能力があります。また、ヴィランは神経毒を使用して生徒の無力化を謀ってきていました。これらの事からヴィランの目的は藤原妹紅の殺害ではなく、拉致だと考えられます」

 

「それは貴方の推測ですよね?それに致命傷をも治療出来る『再生』個性というのも、そうそうお目にかかれませんわ。切り刻まれた身体に、引き摺り出された内臓。致命傷と呼ぶことも憚られる怪我を藤原さんはその身に受けたのではないでしょうか。ただの『再生』個性ではとてもとても…。それでも生きていると断言出来る根拠は一体何でしょう?そう、たとえば…、『不死鳥』という個性がその名の通り不死の能力を持っている、などでしょうか?」

 

「…個性の詳細というのは、個人のプライバシーに関わることです。お答え出来ません」

 

 問いかける気月の顔は確信に満ちていた。相澤が誤魔化して答えても、彼女の表情に変わりは無い。むしろ“そう言うと思っていましたわ”といった感じで頷いていた。

 そんな気月の様子を見て、根津は脳内で考えを纏めていた。恐らく彼女は事前に妹紅の個性情報を握っていたのだろう。そして、そのスクープを大々的に表に出すタイミングを狙ってところ、偶然にも拉致事件が起きてしまった。必ず行われる記者会見の場がスクープを公にする絶好の機会だと判断して今ここに居るので無いかと、根津は推測した。

 だが、そうだとしたらマズいことになる。発表のタイミングを虎視眈々と狙っていたのだとしたら、その間にスクープのインパクトを大きくするため妹紅の事情を更に深く探っている可能性があったからだ。

 

「不死だと!?本当だったら、それだけでも世界を揺るがす一大スクープだぞ!?」

 

「まさか。そんなの有り得ないだろ。『再生』系個性の上位版ってところじゃないか?」

 

「いや、違うな。雄英は証拠も無く藤原妹紅が生きていると断言しちまったんだ。万が一、藤原妹紅が殺されていた際の備えで、ああ言っているんだろうよ。何かあればマスコミが勝手に個性を拡大解釈したと言えばいい。あの曖昧な回答は雄英が今後の批難を逃れるための詭弁だ」

 

 記者たちが再びざわついた瞬間を見計らって、根津は司会・進行の職員にアイコンタクトを送った。気月にこれ以上の発言をさせる訳にはいかない。職員はそれを受け取り、コクリと頷いた。

 

「では、藤原さんが生きて拉致されたと仮定しての質問です。先ほど、爆豪くんの精神性の不安定さに言及されていましたが、それは彼だけの話で済むのでしょうか。藤原さんも、その出自から非常に危うい精神性を持っていると思いますが?」

 

「申し訳ありませんが、質問はなるべく大勢の方からして頂きたいと思っておりますので、貴女の質問はここまでとさせて頂きます。他に質問がある方は挙手をお願いします」

 

 職員は気月の質問をバッサリと切った。だが、彼女の余裕の表情は変わらない。何故だと思っていると、すぐにその理由が分かった。他の記者たちが誰も手を挙げないのである。

 

「挙手をお願いします!…誰か質問は無いのですか!?」

 

 職員が慌てて挙手を求めるが、記者たちは苦虫を噛み潰したような表情で俯いていた。正直な話、気月のスクープを超えるような質問など、彼等は持ち合わせていないのだ。ここで月並みな質疑応答をしてしまえば、前の質問者との落差によって酷く間抜けな記者に成り果ててしまうだろう。

 また、この気月という女性は業界内では色々と黒い噂が絶えない人物だった。大手スポンサーや政治家に独自のコネがあり、彼女の邪魔をしようものなら上から圧力をかけられる。酷い時は左遷させられるなど、そういう噂があった。

 だが、そんな彼女も出世して、集瑛社の専務という地位に就いていた筈である。現場で見かけることもめっきり無くなったというのに、今日この日ばかりは此処に居る。それはつまり、部下に任せることが出来ないほどのスクープを持って来た、ということに違いなかった。

 結局のところ、他社の記者たちも彼女が得た情報に期待を寄せていたのである。

 

「どうやら私以外に質問のある方は居られないようですね。それでは続けさせて頂きます。藤原妹紅さん、推定(・・)15歳。誕生日は不明だそうで」

 

「推定?不明?どういう意味でしょうか」

 

 質問の意図が分からないとばかりに、根津は首を傾げて言う。実際、彼は本当に知らない。だが、代わりに憶測は出来ていた。

 妹紅の父親は、彼女の出生届すら役場に出さなかった男だ。そんな人間が妹紅の誕生日をわざわざ覚えているはずも無い。では、誰が妹紅の生年月日を決めたかというと…そんな愛情深い人物は1人しか思い浮かばなかったのである。

 

「ああ、根津さん。違いますの。私は今イレイザーヘッドさんにお伺いしていたのです。そうですよね、イレイザーヘッドさん?」

 

「…彼女にも誕生日はきちんと有ります」

 

 話術に自信がある気月とて、『ハイスペック』の根津を相手に口論するつもりは無い。無理矢理、彼の言葉を抑えつけて彼女は相澤に問い直した。次から根津が口を挟もうとも、恐らく彼女は無視して話を続けるだろう。それほど強引なやり方だった。

 残された相澤は、質問に対して無難に答える。だが、気月はそれに小さく謝罪するだけで、話を止める気は毛頭無かった。

 

「これは失礼しました。児童養護施設を営んでいるプロヒーロー、ワーハクタクに引き取られた月日を誕生日にしたんですって?名前も無かった彼女に『妹紅』と名付けたのもワーハクタクさんだと聞いています。とても感動的な話ですわ。そこからも分かるように、彼女の出自はとても特殊。傷害と恐喝事件の前科を持つ父親の元で生まれ、母親は不明。出生届も出されず、乳児期は父方の祖母に育てられたとか」

 

「何を…何を言っている…!」

 

 相澤が静かに怒りに声を上げる。強く握った拳からはミシリと骨が軋む音がした。有り得ない暴露だ。完全に個人の尊厳を踏みにじっている。彼女はそんな情報を世間が注目する場でぶちまけたのである。その憤りから、青白かったブラドキングの顔色も紅潮し、根津に至っては肉食獣の如き瞳で気月を睨んでいた。

 

「お三方とも、お怒りにならないで下さい。彼女を理解する為には必要な情報なのです。祖母は彼女を慈しんで育ててくれるも、すぐに病気で亡くなられてしまった。それが悲劇の始まりだったのです。母親はとっくに行方不明。父親は彼女の世話をすること無く、祖母の遺産を食いつぶしながら酒を飲み、毎日ギャンブル三昧。更に、彼女は酷い虐待も受けたとか。それこそ『不死鳥』が無ければ、本当に死んでしまうくらいの虐待を!」

 

「……」

 

「相澤くん!落ち着いて!」

 

 無言で立ち上がった相澤に気付いた根津は、慌てて彼を押し留めた。相澤が先ほどのように謝るために席を立った訳では無いのは誰の目からも明らかだ。今の彼なら気月をブン殴りはしないまでも、胸ぐらを掴むくらいはやりかねない。相澤の瞳はそれほどの怒りと深い悲しみを湛えていた。

 

「虐待は長年に渡って続きました。何年も、何年も…。しかし、ようやく終わりが訪れました。酒を飲んで泥酔した父親が他人に暴力を振るい、警察に逮捕された時に『自宅に娘が居るから早く家に帰してくれ』と心にも無いことを口走ったそうです。きっと逮捕されたくないが為に咄嗟に出た言い訳だったのでしょう。出生届が無いことから子どもなんて居るはず無いのにと警官が疑問に思いながらも、念の為その自宅を捜索したところ…、ゴミに溢れた部屋の隅に幼い彼女が倒れていたとのことです」

 

 気月は妹紅の悲劇を辛そうに語っていく。無論、それは表面だけだ。そもそも本当に可哀想だと思っていたら、こんな暴露話をするはずが無い。彼女の内心は、むしろ愉悦に満ちていると言っていいだろう。相澤たちはそれが一番腹立たしかった。

 

「つい先日、私はその警官から当時の話を聞くことが出来ました。発見時の妹紅さんはまるで人形の様で、目の焦点は定まらず、話しかけても反応しなかったそうです。かろうじて生きている様な状況で、酷く痩せていたことから警官はポケットにたまたま入っていた小さなキャンディを彼女に与えました。しかし、彼女は食べなかった。食べられなかった!当時の彼女は物を食べるという行動が理解出来なかったのです!…少なくとも『不死鳥』は餓死することはない。そうですね?」

 

「プライバシーに関わる事だ…!一体、アンタは何が言いたい…!」

 

 相澤は立ち上がったまま、苛立った声を出した。最早、こうなってしまっては言いたいことを言わせ、さっさと質問に答えて話題を変えてしまいたいのである。*2だと言うのに、彼女の質疑応答は遅々として進まない。どんなに相澤が促しても、気月は暖簾に腕押しという有様で己のペースを保っていた。

 

「私が言いたいこと?もちろん、先に申し上げた妹紅さんの精神性についてですわ。酷い虐待を受けて育った彼女の心はとても不安定。施設に引き取られた後も幾度となく自殺未遂を繰り返していたそうですね。中学校では、纏う雰囲気の恐ろしさのあまり誰も彼女に近寄ろうとしなかった、と当時のクラスメイトがインタビューに応えてくれましたわ。孤独を好み、声をかけると睨んでくる。機嫌を損なえば炎で焼かれるかもしれないから、みんな常に恐怖を感じていたと、そう話してくれました」

 

「それは誤解だ!藤原は…!アイツはただ人付き合いが苦手だっただけだ!」

 

「誤解?本当にそうでしょうか。クラスメイトの多くが彼女を恐れていたそうですよ。社会への不満が、両親への怨みが、そして人生の苦しみが彼女にそういった空気を纏わせたのでは?施設に移り住んだ後も、彼女は心療内科のクリニックに足繁く通っていたそうじゃないですか。メンタルケアが必要なほど彼女は世界を憎んでいた」

 

 確かに気月は妹紅の元クラスメイトを探し出し、取材を行っていた。そこで“当時の彼女は怖かった”“無口で声をかけると睨まれた”という話も実際に聞いたし、悪口を言う者すらも居た。だが同時に、“もっと話しかけてみれば良かった”“怖がらずに仲良くすれば良かった”という話も多々出ていたのである。

 しかし、気月はマイナスのイメージだけを抽出して、それが妹紅の本性かのように語った。更に、社会や親への不満や憎しみ云々は全て気月の推論であるにも関わらず、それを真実かのように語ることで世論を誘導しようとしていた。

 

「違う!通院は治療の為に!」

 

「あ、そうでした。治療の為でしたわ。大変失礼しました、勘違いしておりました。彼女は虐待による極度のストレスが原因で痛みを感じない病気、無痛症にかかってしまったそうですね。彼女の感情が酷く希薄なのも、それらが原因だとか。そのクリニックに勤めていた元スタッフの方が話してくれましたわ」

 

「…ッ!」

 

 やられた!と、相澤は己の短慮を悔やんだ。彼が“治療の為”と言ってしまったことで、これを見ていた視聴者は妹紅の病気を信じるに違いない。ましてや、その証拠が雄英体育祭の映像にも残されているのだ。最早、確信するレベルだろう。

 しかし、あそこで否定していなければ、妹紅が世界を恨んでいることになってしまう。たとえ、妹紅がそんな思いを1ミリも持っていなかったとしても、視聴者たちがそう認識してしまえば、存在しないはずの『妹紅の憎しみ』が世間に生み出されてしまうのである。それだけは避けなければならなかった。

 

「感覚を失い、感情を潰され、彼女はどれほど辛い人生を歩んで来たのでしょう…。彼女が一体何をしたというのでしょうか。『不死鳥』として産まれたことが罪咎だとでも?いいえ、持って生まれた個性が罪だなんてことは有り得ません!有ってはならないことなのです!」

 

 先ほどの主張から一変、気月は妹紅の擁護を始めた。その声に込められた感情は先程まで愉悦の滲んでいたものとは何かが違う。まるで本当に妹紅を愛し、憐れんでいるかのようにも聞こえたのである。

 だが、相澤たちがその違和感を覚える前に、ようやく記者会見が終わる時間が来た。根津が身に付けている腕時計が、本人に分かる程度にチカチカと光ったのである。それに気付いた根津がすかさず目で合図を送ると、司会進行の職員は小さく頷いた後に、声を大きく張り上げた。

 

「失礼ですが!貴女との質疑応答は建設的とは思えません!他の方々も質問が無いとの事でしたので、本日の記者会見はここまでとさせて頂きます!」

 

「ああ、お待ちになって。最後に一言だけ言わせて下さい。確かに妹紅さんは精神的な不安を抱えています。しかし、同時に無限大のヒーロー性も感じますわ。正しく次世代の英雄。そんな彼女がヴィラン連合如きに屈するはずが無い。私は心の底からそう信じておりますわ」

 

 最後にまた深々と一礼し、退出しようとする彼等の背に向けて、気月は言葉を投げかける。またも妹紅を擁護する内容ではあるが、声質には愉悦が戻っていた。きっとこの擁護の言葉は、妹紅を批難していた己を庇う為のものだろう。どこまでも抜け目ない女であった。

 一方、完全に気月の空気に呑まれていた記者たちは、退出していく相澤たちの後ろ姿を見て慌てて呼び止めたり、真実を問う言葉を投げかけていく。だが、先ほどの質疑応答で挙手していなかった以上、相澤たちが彼等に応える義理は無い。相澤たちは大騒ぎする記者たちと、それを宥める職員を残して粛々と退出して行った。

 

 無言のまま3人で廊下を歩き続け1分、そして2分。完全に記者から遠ざかったところで相澤の歩みが止まり――拳を壁に叩き付けた。

 

「…クソッ!クソッ!」

 

「止めろイレイザー!気持ちは分かるが、落ち着くんだ!」

 

 それはブラドキングが初めて見る相澤の激情だった。ブラドキングが慌てて止めに入ると、相澤も己の行動の無意味さを理解していたのだろう。ゆっくりと固めた拳を解いていく。そして、根津に問いかけた。

 

「ハァハァ…。校長…さっきの女記者がヴィラン連合の構成員である可能性は有りますか?余りにも藤原の過去に詳しすぎる…!」

 

「…可能性は限りなく低いだろうね。あの記者がヴィラン連合であれば、負の情報しか民衆に流そうとしないはずだ。しかし、話の主な流れは、藤原さんに同情を集めるものだった。“可哀想でしょう。世の中にはこんなに可哀想な経験をした人が居るのよ。それを取材してきた私は凄いでしょう?”と、そういった感じさ。ある意味、記者らしい記者とも言えるね」

 

 相澤が根津の『ハイスペック』に一縷の望みをかけて聞くも、答えはノー。あのような、いわゆる感動ポルノと呼ばれる手法はマスコミの得意分野だ。更に、己の主張の為ならば、彼等はどんな方法を使ってでも情報を集めてくる。

 気月も様々な手段を使って妹紅の情報を集めたのだろう。そうでなければ、幼い妹紅を見つけたという警官や、心療内科の元スタッフといった守秘義務が有る者たちから話を聞けるはずが無かった。

 結局のところ、マスコミというのはヴィランの悪意とはまた違った醜悪さを持っているのである。

 

「藤原さんの精神面の不安を酷く煽ったのは、“それは一体どういうことなんだ!?”と視聴者の興味を強く引きつける為だろう。後は、キミの冷静さを奪う為だったのだろうさ」

 

「…面目ありません」

 

「謝らなくていいのさ。あんなの怒らない方がおかしい。あの時、僕の顔は見たかい?自慢の前歯を剥き出しにして威嚇してやったのさ!」

 

 根津はプンスコと怒りながら言った。気持ちが歩調に影響したのか、歩くスピードも少しばかり速くなっている。

 

「ああいった煽りは特にゴシップ記者が得意する手段だけど…そういえば噂で聞いた事あるよ、あの気月という記者。確か十数年前は週刊誌の記者をやっていたはずさ。大衆に好まれる記事を書く一方で、随分と遠慮も配慮も無い取材を繰り返していたらしい」

 

「そうですか…。奴がどこから情報を得たかは非常に気になるところですが、ヴィラン連合の関係者で無いのでしたら、今は気にしている暇はありません。早々に2人の救出を試みなくては」

 

 相澤は廊下の突き当たりの扉を開いた。ここは雄英が所持するヘリコプターの格納庫。ヒーロー科の救助訓練に使用される防災ヘリから、治療で全国を飛び回るリカバリーガール専用のヘリまで。雄英は各種取りそろえていた。

 そして、相澤たちが乗り込むのはドクターヘリだ。患者の緊急を要するドクターヘリは、報道用ヘリなどとは一線を画する速度を持っており、病院なら何時着陸しても違和感は無い。相澤たちがマスコミやヴィラン連合に気取られず移動するには最適の乗り物だ。

 

「この雄英仕様のドクターヘリは最高時速400kmで移動出来る。雄英から連合のアジトが有ると思われる神奈川県神野区まで十数分で到着出来るスピードだよ。狭いけどコスチュームはヘリの中で着替えて欲しいのさ」

 

 すぐさまヘリに乗り込み、相澤とブラドキングはヒーローコスチュームに着替える。完全な戦闘準備だった。

 今頃、マスコミたちは妹紅のスクープを記事にするため、てんやわんやの大騒ぎだろう。しかし、同時にヘリがこっそりと飛び立つには絶好の機会でもある。このまま神野区の大型病院まで最高速度で飛び、そこから車で内密に設置された捜査本部まで向かう。そして、準備が出来次第、連合のアジトに突入という流れだった。

 

「皮肉な話だが、ヴィラン連合はあの記者会見を見て油断したはずさ。だから、僕たちはそこを狙う。雄英に残された生徒たちを守る為にも他の教員たちは動かせないから、神野に行ける教員はオールマイトと僕たち3人のみだけど…トップヒーローを始めとする多くのヒーローたちが極秘に集まってくれたのさ!」

 

 記者会見を終えてから30分も経たずして、相澤たちは捜査本部へと辿り着いた。その扉を開けた先には数多くのヒーローたちが居る。オールマイトに、エンデヴァー、ベストジーニスト、エッジショット、グラントリノ、ギャングオルカ、虎、シンリンカムイ、Mt.レディ、etc.…。集まったヒーローたるや、そうそうたる顔ぶれだった。加えて、警察の機動隊や特殊急襲部隊(SAT)も揃っている。

 しかし、これだけのヒーローと人員を集めるのには苦労も多かった。ヴィラン連合はおろか、マスコミやファンなど周囲の人間にもバレる訳にはいかない為、全ての人間の関心が集まる雄英の記者会見の時間を狙って集結したのである。

 つまり、彼等が集まるまでの間、雄英はどうしても記者会見を終わらせることは出来なかったのだ。気月に何もかも良いようにされてしまった理由がここにあった。

 

「…?」

 

 相澤たちが捜査本部へと足を踏み入れる。しかし、内部の空気が妙に重いことに気が付いた。いや、士気が高いのは見てとれる。オールマイトは力強く佇んでいるし、エンデヴァーは妙にやる気になっていた。エッジショットは忍具の準備に余念が無く、ベストジーニストも彼なりの精神集中法である身だしなみの整理に勤しんでいる。だが、だれも会話をしていない。部屋の中は非常に静かだったのだ。

 恐らく、彼等も先ほどの記者会見をテレビか何かで見ていたのだろうと相澤は思った。ならば、彼等の心情は妹紅への哀憫か、ヴィラン連合への怒りか。それとも相澤たち雄英への呆れか…。そうヒーローたちを見渡した相澤の視線は、1人の女性ヒーローの前でピタリと止まった。

 

「上白沢…」

 

 待機するヒーローたちに混じり、慧音は祈りを捧げるかのように目を瞑り、椅子に座していた。ムーンヒーロー、ワーハクタク。この時ばかりは引退を撤回し、爆豪と妹紅の救出作戦に参加していたのである。

 

「…根津校長、塚内刑事から救出作戦の概要は聞きました。細部の説明と最終確認をお願いします」

 

「分かったさ」

 

 慧音は相澤を見ることなく、根津に説明を促した。そもそも慧音は妹紅たちが拉致されたと聞くや否や、根津に連絡を取って救出作戦への参加を懇願していた。根津は当初、慧音の古傷を理由に断ったが、彼女は更に強く参加を懇望したのである。

 このままでは、慧音は1人でヴィラン連合を強襲しに行く可能性が有る*3と感じた根津は、最終的に彼女の参加を許可したのであった。

 

 

(き、気まずい…)

 

 ブラドキングは冷汗を額に浮かべてそう思った。捜査本部に並べられた椅子は人数分用意されてはいるものの、その空席は何故か慧音の周りだけだったのである。仕方無く、慧音の隣に座る2人だが、慧音と相澤の無言の空間が非常に気まずい。周りのヒーローたちも目を逸らす程だ。

 しかし、意外にも先に口を開いたのは、激怒していると思われた慧音の方からであった。

 

「…あの子の為に怒ってくれて、ありがとう」

 

「…ああ」

 

 慧音は視線を前に向けたまま、静かにそう呟いた。彼女に相澤たち雄英への怒りは一切無かったのである。怒りの矛先はヴィラン連合、そして己自身だった。

 

 慧音は誰よりも妹紅の側に居た。そして、誰よりも『不死鳥』の特異性を理解していた。であるのならば、妹紅を好奇の目に晒されるような真似をしてはならなかった、妹紅を有名にするべきではなかったのである。

 妹紅の雄英入学や体育祭での活躍などは、その最たるものだ。プロヒーロー資格なら他の高校のヒーロー科でも取れるし、大学や社会に出てからも取得は可能。低レベルのヒーロー教育が心配だと言うのならば、慧音自身が妹紅を教え導くことも出来たはずだ。

 だが、慧音はそれをしなかった。妹紅の“慧音の背を追いたい”という気持ちに甘えて、雄英の入学を勧めてしまい、体育祭を応援してしまった。妹紅を想うが故に、慧音は選択を誤った。その結果がコレである。これは雄英の責任などでは無い。雄英が合宿を実施しなかった場合、ヴィラン連合は妹紅の登下校、もしくは寺子屋そのものを襲撃していただろう。マスキュラーやムーンフィッシュなど、襲撃に来たヴィランのメンツを考えると、自分を含めた寺子屋の職員も子どもたちも全て殺された上で、妹紅を拉致されていたに違いない。全ては妹紅に雄英を勧めたが故に、だ。

 慧音はそんな己の思慮の浅さに、酷く責任を感じていた。

 

 そして、相澤にはそんな慧音の心中が痛いほど理解出来ていた。責任を感じているという点は相澤とて同じだ。しかし、同じ気持ちだからこそ分かるのだ。今、彼等がやるべき事は謝罪や後悔などでは無い。拉致された妹紅と爆豪の救出。ただそれだけを考えていれば良い。

 慧音と相澤は眼前を見据えながら、どちらともなく拳を差し出した。そして、お互い拳を全く見ずしてコンッとぶつけ合う。

 彼等は救出の決意を新たに、決戦に向けての準備を整えるのであった。

 

*1
拘置所は法務省の管轄である

*2
もちろん、相澤の答えは“個人のプライバシーに関わる事なのでお答え出来ません”だ。

*3
妹紅の居場所が分からずとも、慧音は妹紅が見つけるまでヴィラン連合が居そうな所にカチコミをかけ続けるバーサーカーとなるだろう




この記者会見で有り得たかもしれない未来

プレゼント・マイク「誰ガデー! 教師ニナッタトシデモ! オンナジオンナジヤオモデェー! ンァッ! ハッハッハッハー! このヒーロー社会ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン! アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン! コノヒホンァゥァゥ……アー! 雄英を……ウッ……ガエダイ!」

 会見をテレビで見た死柄木が笑い死にします。


 慧音、相澤、ブラドキングが神野にエントリーしました。また、根津校長も近場の捜査本部で警察のお偉いさんと共に指揮を執ります。ここで連合に裏をかかれて、雄英本校が襲撃されたら雄英が無くなるレベルの大失態ですが、妹紅の『不死鳥』がAFOに利用されたら日本が無くなるレベルの脅威なので選択肢は無いです。
 かといって、他の教員ヒーローたちを大きく動かせば、マスコミなどに露見する可能性が高くなるので会見に出席した3人を意識外の速攻で移動させる方法しか無いという…。


 地雷おばさん
 このSSを書く当初から、雄英の記者会見で妹紅の秘密をバラすプロットでした。その時はモブキャラの記者に暴露させるつもりでしたが、原作でドンピシャのキャラが出て来たのでキュリオスさんを採用。記者としては愉悦を感じていますが、解放軍の思想的には妹紅の事が大好きで仕方ありません。妹紅の過去を公で暴露したのも、世間に解放思想を密かに植え付ける一環だったりします。妹紅の境遇も強さも、解放軍の旗印にピッタリです。
 なので、ヒーローたちが妹紅の救助に失敗したら、今度は解放軍10万人が神野区に突撃してきます。あ~もう神野区がメチャクチャだよ。

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