もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

65 / 91
もこたん第二部
もこたんと仮免試験


 ヴィラン連合の首魁であるAFO(オール・フォー・ワン)の起こした事件、通称『神野区の悪夢』。この大事件は日本に大きな爪痕を残し、更にNo.1ヒーロー、オールマイト引退という出来事に人々は未だに動揺を隠せずにいた。

 一方で、現場から逃走した死柄木たちは完全に姿をくらまし、警察やヒーローは血眼になってその行方を追っていた。最早、ヴィラン連合は一介の犯罪者集団ではない。国を挙げて滅ぼすべき犯罪組織と化していた。

 

 そんな状況の中、雄英はヴィラン連合の襲撃で意識不明となっていた生徒たちが目を覚まし、重体だった生徒たちの怪我も完治したことを発表。同時に、セキュリティの強化と生徒の全寮化を公式に明らかにした。

 普段ならばマスコミたちが食いつきそうなネタだったものの、当然ながら今はそれどころではない。それだけオールマイトの引退は大きかったのだ。また、雄英の記者会見で気月という記者がやらかして(・・・・・)しまったのも大きい。彼女の暴露はプライバシー侵害の極みのようなものであり、そのせいで世論は完全に雄英と妹紅の擁護に傾いていた。マスコミとしては延焼を防ぐためにも、今は出来るだけ雄英批判を避けたかったのである。

 

 そして当事者である妹紅たち雄英ヒーロー科1年生はというと、クラスメイトと寮生活を送りながらヒーロー活動許可仮免許試験に向けて訓練を続けていた。訓練の密度は合宿時と同等のレベル。生徒たちは朝から夕方までハードな訓練をこなして、ヘロヘロになって寮へと戻って来るという日々を送っていた。

 

「うへぇ~、今日も疲れた~」

 

 その日。就寝の前にA組の女子たちは集まって雑談を交わしていた。ソファに深く沈み込んでダラけるのは、それだけキツい訓練を乗り越えた証ともいえるだろう。男子が入って来られない女子だけのエリアなので随分とラフな様子である。芦戸に至っては疲れ果ててデローンと妹紅に寄りかかっていた。

 

「でも、ついに明後日だね。仮免試験」

 

「相澤先生は、明日の訓練は軽めにして試験日に疲労が残らないようにしろと仰っていましたわ」

 

 芦戸の横に座っていた耳郎が少し緊張した面持ちで言うと、八百万が頷きながら応えた。

 彼女たちが雄英の寮へと移り住んでからおよそ2週間の時が経っている。目標としていた仮免試験が間近へと迫っていたのだ。

 

「じゃあ、明日は最後の調整ね。そういえば透ちゃんと妹紅ちゃんは新しいコスチュームを頼んでるって言っていたけど、もう届いたのかしら?」

 

「そうそう、新しいコスチューム!今日届いたんだよ!」

 

 蛙吹の言葉に葉隠が喜色の声を上げて反応する。

 相澤からは訓練と同時並行でコスチュームの改良も言い渡されていた。多くのクラスメイトが雄英の工房で改良を済ませる中、妹紅と葉隠は素材そのものから変更することにしていたのだ。

 

「特殊な技術が必要なせいで完成に時間がかかってしまったが、仮免試験に間に合って良かった。着てみたが、デザインは元のままで着心地も問題無かったしな」

 

「自身の毛髪を使った特殊素材で作られた個性に呼応するコスチュームですね。浅学ながら、私もお二人から話を聞くまで知りませんでしたわ」

 

 妹紅が説明すると、八百万が感嘆の声を上げた。博識な彼女だが、流石に繊維工学の最先端までは知らなかったらしい。故に、興味をそそられるのだろう。

 彼女の言う通り、この素材には個性の発動に呼応するという特徴があった。たとえば葉隠の『透明化』は異形系かつ常時発動型の複合個性だが、彼女がこの素材のコスチュームに触れた瞬間コスチュームが『透明化』する。

 つまるところ、これによって“葉隠のコスチューム全裸問題”が解決したのである。というか、危険な現場で常に全裸でいるのは普通に危ないので、妹紅は心底ホッとしていた。

 

「私も妹紅に教えてもらうまで全く知らなかったよ!教えてくれてありがとね、妹紅。夏はともかく、冬で裸はヤバいもん。寒さを気合いで乗り越えなきゃいけないとこだったよ」

 

「いや、気にするな。私もパワーローダー先生から教えてもらっただけだしな。私のコスチュームの場合は完全耐熱と再生機能が呼応される。今までのコスチュームに不満が有ったわけではないが、こちらの方が便利だ。なにせ破損しても勝手に再生されるから、修繕に出す必要がない」

 

 妹紅は『不死鳥』の性質上、継戦能力が非常に高い。その為、激戦を繰り広げると身体よりも先にコスチュームが駄目になってしまうのだ。そうすると、先の脳無戦のように全裸で戦闘ということになりかねない。ミッドナイトのようなお色気路線を走っているわけでもないのに、そんなところで人々に希望を与えてどうするんだという話である。*1

 パワーローダーの提案はそういった事情を考慮したものだったのだろう。また、B組の取蔭も『トカゲのしっぽ切り』という再生系の個性のため、この素材のコスチュームを導入したと妹紅は聞いていた。

 

「自動修復するコスチュームですか。大きな物を創る際にコスチュームが破れてしまうことがある私としては、羨ましい便利機能ですわ」

 

「いや、ヤオモモはヤオモモで個性使えばコスチューム作り直せるじゃん。自動じゃないかもしれないけれど十分便利だよ、ウチらからすれば」

 

 耳郎が八百万にツッコむと、皆がウンウンと頷いた。彼女の『創造』こそ、最も利便性の高い個性なのだ。それはクラスメイト全員が理解している。

 

「妹紅はサポートアイテムも新調してたよね。使い勝手はどんな感じ?」

 

「スタンガンにテーザー銃、スタングレネード、催涙ガス…。サポート科の発目に無理矢理渡されたものだったが、改めて確認すると中々悪くない。もんぺのポケットに隠せるくらい小型で耐熱性の物だが、威力は軍用級だしな」

 

「私もサポートアイテム使おうかとも考えたんだけど、まだ個性の方向性が定まってないから今のところは後回しにしてるんだよね~」

 

 妹紅に寄りかかっていた体勢から更にダラけきって、もはや膝枕状態で寝そべりながら芦戸も言う。今回の仮免試験、彼女は個性のみで乗り切るつもりらしい。

 一方、妹紅の新装備はというと、炎熱ダメージの効かない相手に効果を出すアイテムが主だ。炎という殺傷性の高い個性である以上、非殺傷の武器は持っていても損は無い。発目はそう理由を付けて妹紅にアイテムを渡したのである。

 無論、これは有名人となった妹紅を利用して宣伝しようとしている発目の策略なのだが、ここまで露骨だとむしろ清々しさすら感じてしまう程だった。

 

「軍用レベルとかガチ装備じゃん。それ仮免試験で使うの?」

 

「いや、たとえ試験で落ちようとも使うつもりはない。ヴィラン連合がまだ捕まっていない以上は出来るだけ手札を公開したくないからな。残念ながら発目の思い通りにはならなさそうだ」

 

 妹紅はフッと笑ってみせた。妹紅を相手する場合、ほとんどの者は『不死鳥』という超強個性を警戒するだろう。中には炎熱・再生対策をしてくる者も少なくないはずだ。実際、ヴィラン連合は偽の人質や毒という手段をもって妹紅を完封してみせた。

 故に、サポートアイテムを切り札の1つにするというのは悪い発想ではなかった。死柄木弔を始めとするヴィラン連合が闇に潜んでいる以上、警戒は常に必要なのだ。

 

「ねぇ聞いて聞いて、私の新装備も凄いよ!コスチュームと一緒に作ってもらった透明になる捕縛用ネットに、透明になる特殊警棒。透明ネットで動けなくなった相手を透明警棒で叩きのめすの!強そうでしょ!」

 

「アンタはアンタでガチ装備ね…」

 

「エグい戦術を思いついてしまったのね、透ちゃん」

 

 妹紅に次いで、葉隠が嬉々として新しいアイテムを紹介すると、耳郎たちの表情が引き攣った。個性がある意味完成しきっている彼女だからこそ、サポートアイテムは大いに活用出来るのだ。きっと葉隠は隠密特化の恐ろしいヒーローと化すだろう。そう断言できる一幕だった。

 

「さぁ皆さん、ノンカフェインのハーブティーを淹れましたわ。リラックス効果がありますので、これを飲んだら就寝いたしましょう。明日に、そして明後日の試験に備えないといけませんわ」

 

「わーい!ヤオモモ、いつもありがとー」

 

 その後、皆で軽い雑談を続けていると、八百万が人数分のお茶を持って来てくれた。彼女はよくこうやってティータイムを設けてくれる。いつもは紅茶なのだが、今日は就寝前ということもありハーブティーだった。当然ながら茶葉やハーブは超高級品であるし、八百万の技術もプロ級だ。香りだけでも蕩けそうになる。

 良い香りに包まれながらお茶を楽しみ、彼女たちは疲れた1日を締め括るのであった。

 

 

 

 そしてヒーロー活動許可仮免許試験の当日。妹紅たち1年A組は試験会場の国立多古場競技場に来ていた。既に試験会場には多くのバスが到着しており、試験を受けに来た学生たちで溢れている。また、会場の警備として配置されたのかプロヒーローらしき人物もチラホラ見えた。未来のヒーローを守る為に、公安委員会も色々と手を尽くしているのだろう。

 そうやって相澤はバスの中から周囲を見渡して問題がないことを確認すると、生徒たちに指示を出した。

 

「降りるぞ。まずは競技場に入って受付だ。その後、コスチュームに着替えて会場で試験の説明という流れになる。行くぞ、ついてこい」

 

「「「はい!」」」

 

 相澤を先頭にA組が動く。しかし、彼らは体育祭や事件で有名になった面々だ。目立たない筈がなく、彼らが歩を進める度に周囲のざわめきは大きくなっていった。

 

「おい、あれ見ろよ」

 

「雄英の制服だ…」

 

「雄英と会場が被ったか…!しかも、あの顔触れは…」

 

「1年のA組!ということは!」

 

「藤原妹紅だ!」

 

「マジ!?」

 

「か、かわいい!」

 

「なら、爆豪もいるか…」

 

「あの『不死鳥』と同じ試験場か…。戦闘で競う系の試験なら相手にしたくないな」

 

「うっぷ…テレビの映像思い出しちまった…」

 

「怖ぇ」

 

「ていうか、そもそもアイツらが拉致なんかされてなきゃ神野区は…」

 

「オールマイトの引退だって…」

 

 視線が加速度的に集まり、その声は妹紅たちにも聞こえてくる。驚愕、好奇、好意、警戒、恐怖、そして嫌悪。様々な感情の視線と声が注がれる中、妹紅たちは進んでいく。何も言わずとも勝手に人混みが割れていく様は、まるでモーゼの奇跡のようだった。

 

「やっぱ目立っちまうな。特に藤原は」

 

「……」

 

 轟が言うと、妹紅は無言で小さく頷く。しかし、仕方の無いことだと妹紅は思っていた。神野区の悪夢という責任から目を背けるつもりはなく、どんな批難でも受け入れる心積もりだったのだ。

 とはいえあの事件を客観的に見た場合、妹紅や爆豪は完全な被害者である。妹紅の抱く罪悪感はサバイバース・ギルト*2に近いものだろう。それを理解しているクラスメイトたちは、特に妹紅と仲の良い女子たちは心ない誹謗中傷に深く眉を顰めていた。

 

「ふん!まったく失礼しちゃうよ!気にしなくて良いんだからね妹紅!」

 

「そうですわ。妹紅さんは人々の命と己の身を守る為に戦ったのですから。あのような言葉に意味などありません」

 

 葉隠と八百万が鼻を鳴らして言った。彼女たちも被害者(妹紅)を批判する人間が極一部なのは分かっているが、それでも友人として腹が立たない訳がないのだ。

 そして、そんな想いを持っている者は雄英関係者以外にも存在していた。

 

「正にその通りである!」

 

「おわっ!?だ、誰だ!?」

 

 同意する声が横から突然響いた。近くに居た切島が思わず驚いてしまうほどの大声だ。声の主はキッと鋭い視線を切島に向けると、堂々と名乗りを上げた。

 

「私は肉倉精児だ!」

 

「いやホントに誰!?」

 

 切島渾身のツッコミが炸裂するが、当の本人はそんなこと眼中にないといった様子である。彼の視界に入っている人物はただ1人。妹紅だけだった。

 

「藤原妹紅殿!あの神野区での死闘!この士傑高校2年の肉倉精児、猛烈に感動した!有象無象(にせもの)たちが何を言おうとも、あれこそがヒーローの有るべき真の姿!貴女は本物のヒーローだ!」

 

 細い目をキラキラと輝かせながら、肉倉は人目を憚らず叫んだ。固く握り締めた拳を己の胸に沿えて満面の笑みを浮かべるその姿は、正に狂信者。興奮のあまり瞳孔もガン開きしていた。

 これには突然有象無象(にせもの)呼ばわりされたことで肉倉を睨もうとした他校の生徒たちも、顔を背けるしかなかった。身に宿す熱量があまりにも違いすぎたのである。妹紅本人ですら、ちょっと顔を背けそうになったので彼らの気持ちは良く分かった。

 そして、そんな肉倉を追うようにして更に士傑の男子がやって来た。

 

「肉倉先輩!急に走り出してどうしちゃったんですか?あ、もしや雄英高校!?凄い!自分、雄英高校大好きっス!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス!よろしくお願いします!」

 

「イナサ!まだ私が妹紅殿と話している途中である!」

 

「そんな!?自分も『不死鳥』とお話ししたいっス!」

 

 イナサと呼ばれる長身の男子は雄英を見るや否や激烈にテンションを上げ、肉倉以上の声量で挨拶をしてのけた。その挨拶で地面に額を叩きつけるほど深く頭を下げたものだから、血がダラダラと流れて顔を紅く染めていく。それだけでも十分に怖い光景なのだが、彼の流血を見ても肉倉が一切動揺しないのもかなり怖い。これが士傑の日常なのだろうか。だとしたら相当ヤバい高校である。

 

「な、なんだこのテンションが高すぎる人たちは!?」

 

「飯田と切島を足して二乗したような人が2人も…!おい待て、また士傑の人が来たぞ!?」

 

 上鳴と瀬呂が彼らに(おのの)いて皆の心中を吐露していると、更にもう1人やってきた。今度は士傑の女子だ。既に士傑男子2人でお腹一杯だから、もう勘弁してくれという妹紅たちの願い空しく、この女子も中々にブッ飛んでいた。

 

「私もお話しオケ?わー、轟君イケメン。ていうか、もこたんがマジイケメンで驚愕。白イケメンが眼福でヤバ驚嘆~」

 

「な、何を言っているのか全然分かりませんわ…!?もしや未知の言語でしょうか…!?」

 

「落ち着いてヤオモモ!ギリギリ日本語だよ!」

 

 単語は聞き取れている筈なのに脳が理解をしてくれない。そんな謎の現象に、八百万の頭は破壊される寸前である。加えて彼女は轟や妹紅に連絡先を押し付けて逆ナンをしてくる相当な自由人だった。

 それからの彼ら士傑3人衆は非常に騒がしく、中でもイナサはずっと興奮しているせいで血が止まらない。流石に頭部からの出血が続くとマズいので、妹紅が止血しようとすると“血スか!?平気っス!好きっス血!”という訳の分からない理由で断られた。意味不明である。彼の脳はもう手遅れなのかもしれないと、妹紅は心の中で彼に向かって静かに合掌した。

 

「肉倉、イナサ、ケミィ!お前たち何を…本当に何をしている!?雄英の方々、申し訳ありません。我々の後輩やクラスメイトたちが大変失礼しました…。行くぞ、お前たち!イナサは早く止血しろ馬鹿者」

 

 そんなこんなで妹紅たちが大いに混乱していると、慌ててやってきた士傑の一団が彼らを回収していった。リーダーだと思われる毛深い男子生徒は大変苦労しているようで、胃の辺りを片手で押さえている。

 そんな彼を妹紅たちが不憫の目で見送っていると、相澤がポツリと呟いた。先ほど流血男子の名前である。

 

「夜嵐イナサ、か」

 

「先生、知ってるんですか?」

 

「ああ。嫌なのと同じ会場になってしまったな…」

 

 芦戸が問うと、相澤はそう言った。夜嵐イナサは昨年度の推薦入試をトップの成績で合格したにもかかわらず、なぜか雄英入学を辞退した男子なのだという。つまり、入試時期の段階で彼の実力は轟以上だったということだ。

 強力なライバルの出現に警戒心を高めつつ歩を進めていると、再び他校から声をかけられた。ただし、今度は妹紅たちに向けられたものではない。相澤に対してのものだった。

 

「イレイザー?イレイザーじゃないか!テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだな!結婚しようぜ!」

 

「わぁ!」

 

「しない。相変わらず絡みづらいな、ジョーク」

 

 ジョークと呼ばれた女性ヒーローの冗談に、相澤が嫌そうに顔を顰めた。どうやら古い友人のようだが、彼としてはあまり会いたくなかった相手のようだ。

 疲れたように溜息を吐く相澤の一方で、担任教師の唐突な恋の予感に葉隠や芦戸がテンションを上げている。まさかA組の恋バナ一番手が相澤になるとは、彼女たちだって思いもよらなかっただろう。

 因みに、ヒーローオタクの緑谷は彼女たち以上にテンションを上げていた。彼によると彼女はスマイルヒーロー、Ms.ジョーク。個性『爆笑』により、近くの人を強制的に笑わせて思考や行動などを鈍らせるのだが、その個性を使った彼女のヴィラン退治は狂気に満ちているのだという。誰に聞かれたわけでもなく、そう解説してくれた緑谷は実に良い笑顔をしていた。

 

「何だジョーク、お前の高校(とこ)も多古場か」

 

「そうそう、おいで皆!雄英だよ!」

 

 そう言ってジョークは自分の受け持っているクラスの生徒を呼んだ。傑物学園高校2年2組。それが彼女の受け持つ生徒たちだ。人数は8人と少ないが、彼らを紹介するジョークの顔は自信に満ちていた。

 

「おお、本物じゃないか!」

 

「すごいよ、すごいよ!テレビで見た人ばっかり!わぁ、本物のもこたんだぁ!握手して下さい~!」

 

「やっぱり有名人はオーラが違うよ。1年生で仮免試験に来てるし、さすがやることが違うんだね」

 

 傑物の生徒たちは熱狂も嫌悪もない、むしろ一般人的な反応だ。彼らのリーダーである真堂という男子生徒も爽やかに挨拶を交わしており印象が良い。爆豪だけは“顔と台詞が合ってねぇんだよ”と吐き捨てて拒否していたが、他のA組の者たちは傑物の生徒たちに好感を持っていた。

 

「アレだな。なんかホッとする」

 

「うん、士傑が濃すぎた」

 

「俺たちA組も濃いメンツだと思っていたけどよ、上には上が居るんだって思い知らされたぜ…。凄ぇな士傑…」

 

 士傑はヤバい。先ほどのやり取りを傑物の生徒たちにも話してみると、彼らもドン引きしていた。やはりこれが普通の反応なのだ。

 そうして彼らと軽く雑談を交わした後に別れ、妹紅たちは受付を済まして更衣室でコスチュームに着替えた。そして大部屋に案内されると、そこには既に多くの受験生が居た。更に、後からも次々に生徒たちが案内され、予定時間には1500人程度の受験生が集められた。

 

『えー…ではアレです。仮免のヤツをやります。あー…僕はヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠です。仕事が忙しくて碌に寝れない…!人手が足りてない…!眠たい…!そんな信条の下、ご説明させていただきます』

 

 なんとも締まりのない流れで試験の説明が始まった。

 過労死寸前の目良は、スピード重視の勝ち抜け演習を行うと言い放ち、条件達成者先着100名を第一試験の合格者とすると説明した。つまり、第一試験だけでも15倍以上の倍率である。例年の合格率5割とは余りにもかけ離れている。これには受験生たちから異論が上がるも当然ながら基準が覆るはずもなく、目良はすぐに演習内容とルールの説明に入った。

 第一試験の内容は『的当て』。受験生は3つのターゲットを身に着け、6つのボールを携帯する。相手が身に着けているターゲットにボールを当て、3つ全てに当てられた者は脱落。逆に、3つ目を当てた者が撃破したことになり、2人撃破した者から先着100名が合格というルールだった。

 

「先着で合格なら同校で潰し合いは無い…!むしろ、手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋…!皆、あまり離れず一塊で行こう!」

 

 試験開始1分前。試験場となる地形が公開されると、試験の厳しさと自分たち雄英生徒に置かれている状況のマズさに気付いた緑谷はクラスメイトたちにそう提案した。なにせ自分たちは体育祭によって個性はおろか戦闘スタイルや弱点まで割れているのだ。間違いなく集中して狙われるだろうという予感があった。

 

「フザけろ、遠足じゃねぇんだよ」

 

「バッカ、待て待て!?」

 

「爆豪!?おい、待てよ!?」

 

「俺も。大所帯じゃ却って力を発揮出来ねぇ」

 

 しかし、ここで唯我独尊の爆豪とマイペース轟が集団から離脱。その際、切島と上鳴が爆豪を引き留めようとするが失敗してしまい、そのまま追いかけていってしまった。この時点でA組の戦力は激減であるが、彼らに更なる追い打ちをかける出来事が起こった。

 

「……」

 

「む、どうしたんだ藤原君!?」

 

「藤原さんまで!?ま、待って藤原さん!これじゃ戦力が…!」

 

 妹紅が彼らに背を向けて無言で歩き出したのだ。これにはA組の大半が驚いた。基本的に妹紅は寡黙だが、協調性自体は非常に高い。それが、まさかこの大一番で単独行動を取り始めるとは誰も思っていなかった。

 慌てて妹紅を引き留めようとする飯田と緑谷だったが、妹紅は振り返りもしない。しかし、妹紅は一瞬だけ歩を止めると、静かに一言だけ呟いた。

 

「皆、信じている」

 

「…!」

 

 ただそれだけを言い残すと妹紅は歩き去っていった。遠ざかっていく妹紅の後ろ姿に彼女の覚悟を感じ取り、残された者たちは声をかけることが出来ない。

 そんな状況の中、真っ先に腹を括ったのは女子たちだった。

 

「…よし、やろう」

 

「だね。ウチらもこのまま妹紅のおんぶに抱っこになるつもりなんて無いし」

 

「とーぜん!」

 

「その通りよ、響香ちゃん」

 

「ええ、私たちだけでも問題ありませんわ」

 

「ふふん。私は元からそのつもりだったよ!」

 

 麗日、耳郎、芦戸、蛙吹、八百万、葉隠。彼女たち6人に焦りはなく、むしろ笑みさえ浮かべていた。当然だ。妹紅の力に成りたいと思っているのに、その彼女の力を借りるなど本末転倒であるからだ。

 それに、そもそも仮免試験はプロヒーローとしてやっていける実力があるかどうかを見極める場である。コミュニケーション能力や連携力などといった要素は確かに重要かもしれないが、圧倒的強者の力を借りて何の苦労もなく合格したところで、それは己の為になるのだろうか。ヒーローとして誇れるのだろうか。少なくとも、彼女たちの出した答えは明らかだった。

 

「女子たち気合い入ってるな…!」

 

「フッ、俺たちも負けていられん」

 

「うおお!オイラもやってやるぜ!かかって来いや、エロコスチュームの女どもォ!」

 

「なんでエロコス限定なんだよ…。ていうかこの試験、俺の『テープ』とお前の『もぎもぎ』が重要になってくるだろ。気合い入れていこーぜ」

 

 女子たちに触発されて尾白と常闇が奮起する。更に、峰田は峰田なりに大いに発奮しており、瀬呂も緊張をほぐしながら試験に備えていた。

 

「ようし、羊羹を練乳で流し込んで糖分のチャージ完了だぜ!」

 

「む、既に囲まれているな。これは初動が肝心になってくるだろう」

 

(この競技場、沢山のハトが住み着いているみたい。上手くいけば相手を混乱させられるかも…)

 

 また、砂藤は糖分の塊である羊羹を、糖分の流体である練乳で流し込むという荒業を披露し、筋肉を躍動させていた。それにしても業務用練乳チューブを水筒代わりに常飲するとは末恐ろしい男である。その間に障子は周囲の情報を収集。口田も自分が為すべき事を模索していた。

 皆、気力は完全に高まっている。正しくベストコンディションだった。

 

「A組の委員長として、インゲニウムを継ぐ者として、俺はやるぞ!さぁ、緑谷君!」

 

 最後に飯田が誓いを掲げて、緑谷に声をかけた。皆の言う通りだ。今まで辛い訓練に耐えてきたのは誰かの力に頼る為ではない。理想のヒーローに成るためなのだ。

 無論、それは緑谷が一番分かっている。“オールマイトのようなヒーローに成りたい”。誰よりも何よりも難しい目標を掲げて努力してきた少年だ。こんなところで折れる筈がないのだ。

 

「うん!皆、締まって行こう!」

 

 誰よりも大声で緑谷は気合いを入れた。この試験で雄英が狙われるのは間違い無い。しかし、そんな障害など自分たちの目標と比べれば実に些細なものだ。越えられないわけがない。

 A組の面々は相手を見据えながら、堂々と試験場に立つのであった。

 

*1
なお、かつてミッドナイトは法で規制されるほど露出の激しいコスチュームを着用しており、世の男どもに大きな希望と活力を与えていた

*2
大きな事件、事故、災害などに遭い周囲の人々が亡くなる中で自分が奇跡的に助かったことに対して感じてしまう罪悪感のこと




ヒロアカ原作で青山君が色々有りましたね。
このSSでは青山君居ないので、どうしようか悩んでいますが、まぁ何とかなると思います。何とかならなかったら、しれっと青山君を増やしておきます。

でも、葉隠ちゃんの素顔が可愛かったから全てヨシ!


 次、現見ケミィ
原作に比べてヒーロー側の警戒心が高く、妹紅を拉致した『変身』個性は特に警戒されていることが分かりきっているので、流石にトガちゃん不参加です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。