雄英高校ヒーロー科の時間割はなかなかハードだ。雄英は国立高校だが、一貫して学校週6日制を導入しており、基本的な休業日は日曜のみとなっている。授業日は毎日7限目まで(土曜のみ6限目まで)授業が有り、週2回は授業時間が実習と演習に割り当てられる。
主なカリキュラムとしては国語や数学、英語などの学習科目が必修となっており、一般教養や専門教育学などもある。そしてやはり一番目立つ科目は、ヒーロー科限定科目のヒーロー基礎学であろう。これは戦闘訓練や看護訓練、ヒーロー教養などヒーローの素地を形成していく為の授業であり、単位数も最も多い。
雄英高校、2日目
午前中は必修科目である普通の授業が行われる。この授業を行う教師たちですらプロヒーローの面々なのだから、雄英には驚かされる。プレゼント・マイクの普通な英語の授業を終えて、お昼休みに入る。学食へと向かう生徒が多い中、妹紅は弁当を広げる。
定番の卵焼きにウインナー、更に鶏つくね、きんぴらごぼう、ゆでブロッコリー、ミニトマト、ポテトサラダ。ご飯の上には小ぶりな梅干しが1つ乗っている。妹紅のお弁当には昨日の夕食の残りも有れば、今朝自分で作ったおかずも入っていた。
そもそも寺子屋での料理当番は交代制だ。妹紅もある程度の料理ならば楽に作る事が出来るし、弁当は皆の朝食を作る片手間にあり合わせのおかずを入れればいいだけなので手間はかからない。
……決して、学食に行くお金が無い、という訳では無い。慧音は寺子屋の子供たちに年齢に合った小遣いを毎月渡しているし、妹紅も貰っていた。ただ、その金を学食で使う気は無いというだけであった。
そもそも空腹という感覚が分からない妹紅にとって、一人だけの食事は栄養補給を目的とした作業に近いモノだった。
15分ほどで食べ終わり、弁当箱をカバンに戻す。代わりに出すのは本だ。休み時間はまだ30分以上残っている。これは妹紅が中学生の時から変わらない、いつもの昼休みの過ごし方だった。
だが、このままではいけない、と妹紅は思う。
(もう既に打ち解けて、楽しげに会話しているクラスメイトたちもいる・・・誰でもいい、誰か私にも話しかけてくれないだろうか…いや、違う!私から話しかけなきゃいけないんだ!)
読んでいた本から顔を上げ、周りを見渡すが、人は少ない。多くのクラスメイトは学食へと行っていた。残っているのは弁当を持ってきていた者くらいだ。妹紅の近くに席がある生徒は……
前方、出席番号16番、爆豪勝己。意外にも弁当派。
(…いや、コイツは無理…会話出来る気がしない。難易度が高すぎる……)
右隣、出席番号12番、瀬呂範太。学食派の為、空席。
(隣は…名前はセロ……だったかな?『テープ』の個性を持った男子…駄目だ、個性は思い出せるけど、顔が思い出せない……)
後方、出席番号18番、緑谷出久。学食派の為、空席。しかし、有力候補のひとつ。
(麗日と緑谷、彼らならば比較的話しかけやすい。よし、後ろの席の緑谷が戻ってきたら話しかけてみよう!)
それまでは待機と自分に言い聞かせて、また本を読みなおす。十数分後、緑谷は学食から戻ってきて自分の席に座った。その気配を妹紅は感じ取っていた。
(! 戻ってきた。よぅし、話しかけよう…ちょっと待って、何を話せばいいの?話題、話題…午後からあるオールマイトのヒーロー基礎学についてとか?……いや待て、それよりまずはトイレに行こう)
が、妹紅、緊張の余りトイレが近くなりタイミングを逃す。そして、トイレから戻った後も、なかなか話しかける事が出来ない。そうこうしている内に予鈴が鳴ってしまう。
(よ、予鈴!後5分でヒーロー基礎学始まっちゃう!話題、話題を……あっ!…よし、いくぞ!)
覚悟を決めて妹紅は振り返り、『…緑谷…』と声を出す。緊張したせいか顔が強張る。
だが、緊張で顔が強張ったのは話しかけられた緑谷も同じだ。彼は今までの人生で女子に話しかけられた事など数える程しか無い(嘲笑された事なら何度もあるが)。
そして、話しかけてきたこの女子とは少し会話をした事が有るとはいえども、いつも無表情で感情が読めない人物だった。
しかし、決して性格の悪い人では無いと緑谷は確信している。入試で大怪我をしたときは、他の受験生が遠巻きに見る中、彼女はリカバリーガールが来るまで緑谷の面倒を見てくれた。
おそらくは無口で感情を表に出したがらない人だけど、とてもいい人なんじゃないか、と緑谷は思っていた。そんな彼女が目付きを鋭くして、わざわざ自分に話しかけてきた事に驚いた。
「ふ、藤原さん?なな、何?」
「午前の授業は…すまなかったな……私のリボンのせいで前の黒板が見にくかっただろう……」
妹紅は頭の大きなリボンを指で弾きながら言う。『せんせー、藤原さんのリボンで前の黒板が見えません』。中学時代によく言われた言葉だ。だから妹紅の席はいつも後ろだった。しかし、このリボンはどうしようもないのだ。
「そ、そんな事無かったよ。黒板はちゃんと見えていたから、だ、大丈夫だよ。あ、でも、僕の後ろの席の峰田君はどうだろう?っていうより峰田君は僕の後ろで黒板見えてる?」
首をぶんぶん横に振って問題ない事を主張する緑谷。その緑谷は後ろの席の峰田に疑問を投げかける。昨日の個性把握テストでドンケツ1、2フィニッシュだった2人は、席が近い事もあって少しだけ仲が良くなっていた。
「オイラかい?フッ、見えていたさ、しっかりとな。覚えている……この曇り無き眼に焼き付いているぜ!」
峰田の顔は輝いていた。まさか黒板の、授業の内容を一字一句覚えている、という意味なのだろうか?だとすれば、なんという学問への思い、なんという教師への
「…そうか。それならば良かった。私としてもせめて授業中くらいは外しておきたいのだが……」
そう言いながら妹紅はシュルリと頭のリボンを解いて手に取る。すると、頭のリボンがあった場所から小さな炎がメラリと上がった。
「わ!燃えた!?」
目の前の女子の頭が燃えている光景に緑谷は大きな声で驚いた。その大きな声で既に着席していたクラスメイトの視線も妹紅に集まる。
数秒で炎が収まると、そこには全く同じデザインの新しいリボンがあった。もちろん、前のリボンは未だ妹紅が手に持っているので、別物である事に間違いはない。
「外しても勝手に再生してしまうんだ…
これには注目していたクラスメイトたちも驚いた。特に驚いたのは、妹紅に直接話しかけられた緑谷、自身も炎の個性を持つ轟、そして『創造』の個性を持つ八百万である。緑谷は独り言でブツブツブツブツと、轟は無言で妹紅の個性を考察する。
その中で比較的社交性の高い八百万だけが妹紅に問いかけた。
「藤原さん。貴方の個性は『炎』かと思っておりましたが、違うようですね。『炎で物を作る』個性、そして鳥や翼など、炎で作ったモノは操る事が可能…といったところでしょうか?」
「…ん、いや、そういう個性では無い……そうだな、言っておこう、私の個性」
妹紅は雄英で個性を隠す気はなかった。相手は同じヒーロー科の、それもクラスメイトであるし、5月の雄英体育祭で良い成績を残そうと思うのならば、日本中に自分の個性が知れ渡るだろう。だが、それでいいのだ。
雄英生徒からすると、体育祭はスカウト目的のビッグチャンスだ。だが、慧音が言うには、『雄英体育祭とは実力を持ったヒーロー志望の子供たちが、着実に育ってきている事を国民にアピールするための場』というのが本来の目的なのだという。
故に、雄英では自分の個性を存分にアピールするつもりであった。そのような点からも、そして会話が続いてちょっと嬉しいという点からも、妹紅は自分の個性の説明をしようした。
「私の個性は『ふ――」
瞬間、本鈴と共に教室のドアが力強く開いた。
「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!」
ドアから現れたのはオールマイト。筋骨隆々な逞しい身体、力強く跳ね上がった二つの前髪、威風堂々とした佇まい、そして鳥肌がたってしまう程の異なった画風。教室は一気に沸き立ったが、余りのタイミングの悪さに妹紅のテンションは下がった。
「オールマイトだ!すげぇや、本当に先生やっているんだな!」
意気揚々と教壇に立ったオールマイトは、今日の課題が書かれたプレートを力強く突き出す。そこには『BATTLE』と書いてあった。
「早速だが、今日はコレ!戦闘訓練!!そしてそいつに伴って・・・こちら!入学前に送ってもらった『個性届け』と『要望』に沿ってあつらえた…
教室の壁が迫り出して、
「着替えたら、順次グラウンドβに集まるんだ!」
「はーい!!」
女子更衣室でコスチュームに着替えつつ、八百万は妹紅に声をかける。
「藤原さん、先ほどは個性について聞き逃してしまいましたが……いえ、集中すべきは今から始まる戦闘訓練ですわね。今度、時間があるときにお聞かせ下さい」
「…ああ、そうだな」
その言葉に妹紅はホッとする。つまり、また今度お話ししようね、という事だ。素直に嬉しかった。また、女子更衣室では各々のコスチュームについて意見が飛び交っていた。
「な、なんかパツパツスーツになってる…」
「ね!考えた奴絶対エロ親父だよー…って!や、八百万それ!恥ずかしくないの!?さすがにそれ返品可のレベルだよ!」
「いえ、注文通りですわ。むしろ注文より隠されているくらい…」
麗日、芦戸、八百万がコスチュームについて話し合っている。八百万が言うには、『創造』で服を破らずモノを生み出すために、露出が多い方が良いのだという。
また、麗日は妹紅のコスチュームにも注目した。
「藤原さんはカッターシャツに…もんぺ?それも注文通りなの?」
「ああ、大体は注文通りだ…これで服を気にする事なく炎が使える……」
上は白のカッターシャツで、下は赤いもんぺに似たズボンをサスペンダーで吊っている。赤いもんぺの各所には護符のような模様がある。サポート会社へは生地の素材や要望を伝えていただけであったが、結果的に高性能なコスチュームが完成した。
配色や模様はデザイナーに任せていたが、悪くないと妹紅は思う。
各々がコスチュームに着替え、戦闘訓練が行われるグラウンドβへと向かった。オールマイトの言葉が彼等の脳裏に蘇る。
『格好から入るってのも大切な事だぜ少年少女。自覚するのだ!今日から自分は…ヒーローなんだと!!』
ここのもこたん、何でわざわざ大きなリボンをつけてるんだろう?と自分で書いていて疑問に思った結果、それも再生するから、という事に決定。
更にもこたん、体育祭でも個性を存分にアピールする事に決定した模様。ヒーロー側はオールマイトですらAFOは死んでいると思っているから仕方ないね。