もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんVS超常解放戦線 1

 3月下旬。その日は快晴であった。今年は暖かい日が続き、4月を待たずして桜も満開といった様子である。

 そんなピクニック日和の正午頃。和歌山県群訝市の山林の中に雄英高校ヒーロー科1年生たちの姿があった。

 

「な、なぁ。今日のインターンってさ、やっぱ変だよな?こんな山の中で一体なにが始まるんだよ…」

 

 上鳴が不安げに周囲を見渡しながら呟いた。しかし、皆からの確かな返答はない。ここに居る誰もがその答えを持ち合わせていなかったからだ。

 

 今回のインターン遠征。その指示は数日前から各ヒーロー事務所を通して生徒たちに来ていた。全員が同じ日程のインターンだったので少し疑問もあったが、まだ経験の浅い彼らはそういうこともあるのかと流していた。

 だが、当日になると観光バスに偽装された車両に乗せられて早朝から出発。インターンだというのに各ヒーロー事務所ではなく学校ごとで行動すると聞いて疑問は更に深まった。

 彼ら雄英1年生を引率する教員はセメントスとミッドナイト。生徒たちは2人に状況を尋ねるが、彼らも守秘義務があり現段階では何も話せないとしか言えない。というよりもプロヒーローである教員らであっても詳しい状況はまだ公安から伝えられていなかったのである。

 しかし、2人はプロとしての経験からその予感を強く覚えていた。公安から要請された『ヒーロー科全生徒の実地要請研修実施』。すなわちヒーローの学徒動員。その前代未聞の備えは今日のためなのだと察していたのである。

 そして和歌山県群訝市の山間に予定時刻通り到着。車両から下車後、速やかに森の中に潜伏。生徒たちはその場で待機となり、プロヒーローであるミッドナイトとセメントスは作戦本部へと赴いていった。

 

「別の現場に行っている連中も心配だよな…」

 

「A組もか?B組も9人が別現場に行っている」

 

「こっちは7人行ってるよ。妹紅にいたっては昨日から泊まり込みのインターンに行ったきりだし。大丈夫かなぁ…」

 

 彼らの気がかりはまだある。この群訝にA組B組の全員が来ている訳ではなく、半数近くが別の現場にも赴いているのだ。しかも、妹紅も前日からエンデヴァー事務所のインターンに行っていて未だ帰って来ていない。それらも彼らの不安を煽る一因となっていた。

 

「なんかヒーローの数さ。待機している間にずいぶんと多くなってきたね」

 

「多いどころか、ここから見えているだけでも100人近くは居るぜ」

 

「詳しい状況は分かりませんが、一区画でこれほどの人数が居るということは全体で数千人規模のヒーローが集まっているのではないでしょうか…」

 

 静かに、しかし着々とヒーローの数が増えていく。同時に空気が張り詰めていくのを生徒たちも肌で感じていた。彼らプロヒーローやサイドキックたち一人一人が緊張している。その雰囲気を感じ取ってしまったのだ。

 生徒たちが一様に困惑と不安の表情で辺りを見ていると、木陰から音もなくミッドナイトが現れる。生徒たちは一瞬ビクリと肩を震わせたが、彼女だと分かると安堵の表情を見せた。

 

「ここにいる雄英高校一年A組12名、B組11名。こっちに集まりなさい」

 

「ミッドナイト先生!」

 

「ミッナイ先生」

 

「先生!一体なにが…!?」

 

「大丈夫よ。全部説明するから落ち着きなさい」

 

 作戦本部で情報の開示と作戦指示を受けてきたミッドナイトが生徒たちを落ち着かせると、今回のインターン遠征の目的についての説明を始めた。

 

 

 

「ヴィラン連合が率いる超常解放戦線…!?しかも、構成員11万人以上でプロヒーローも多数…!?」

 

「そんなメチャクチャな!?なんで急にこんなことに!?」

 

「力を信奉する解放軍と死柄木の力が噛み合ってしまったの。強大な力を手にした今、死柄木たちは最短で目的を達成するつもりでいるらしいわ」

 

「し、死柄木たちの目的…?」

 

 元々ヴィラン連合はオールマイトの殺害を掲げていた。だが、標的のオールマイトは神野区の事件で力を使い果たし引退。同時に影の首魁だったAFOは逮捕された。その後の連合は死穢八斎會や福岡の事件で顔を見せるも詳細は不明。彼らの目的は謎に包まれていたが、今回それが判明したのだとミッドナイトは口にした。

 

「現行制度の破壊――すなわちヒーローの殲滅」

 

「なっ…!?」

 

「じょ、冗談ですよね…?オールマイトが引退したとはいえ、ヒーロー飽和社会って言われている今の時代にそんなこと出来るわけが…」

 

 冗談だと、冗談であってほしいと願うような口調で上鳴が聞き返す。上鳴だけでなく誰もが同じ表情だ。しかし、ミッドナイトの深刻な顔つきは変わらない。それを見て生徒たちは否が応でも理解してしまった。

 

「マジ…なんスね…」

 

「ええ。公安はそう判断しているし、敵の情報を聞いた限り私たちもその可能性は高いと思ったわ。でも、そうさせないために今ここに私たちが居るの。そして、貴方たちもね」

 

「……ッ!!」

 

 なまじ今日は学校単位の団体行動をしていたせいで学生気分になっていたのかもしれない。だが本来、学生だろうがインターンだろうがコスチュームを纏った時点でその者はヒーローなのである。そこにプロもアマも年齢さえも関係ない。それがヒーローとしての覚悟だ。

 ミッドナイトの言葉に、彼らは緊張の面持ちを残しつつも強い意志をその瞳に宿す。元々、彼らの実力はインターン生とは思えぬほど高く、戦う準備もできていた。あとは覚悟だけ。そして今、その覚悟が出来(しゅったい)した。

 

「良い顔するじゃない。心配の必要はなさそうね」

 

「おう!」

 

「も、もちろんだぜ…!」

 

「今までの訓練とインターンの経験を思い出せば大丈夫!」

 

「ま、日常でいきなり発生するヴィラン犯罪に比べたら、心の準備をする時間があるこっちの方がむしろマシってモンでしょ」

 

 ミッドナイトがニッと笑いかけると彼らは実に前向きな反応を見せてくれた。熱血漢な鉄哲のように拳を掲げて気合を示す者もいれば、峰田のように怖がりながらも胸を張って強がる者もいる。また、芦戸のように元気で前向きな者もいるし、骨抜のように飄々と事態を受け入れる柔軟な者もいた。

 多少の差はあれども全員が腹をくくった一端のヒーロー。彼らがここに居る。前線の任務に赴くミッドナイトとしてもそれは心強い限りであった。

 

「それでは、これより作戦の概要とあなたたちの任務を説明します。よく聞きなさい。まず敵の数。先ほどは11万人以上と言いましたが、それはシンパを含めた全構成員の総数であって、今日の群訝山荘で行われる定例会議にその全てが来ている訳ではありません。ここで相対する敵は1万7千人程度が予想されており、建物の収容人数を考えるとどんなに多くとも2万人ほど。残りの構成員たちは各地の拠点でヒーローによる包囲が敷かれているわ」

 

 ミッドナイトが手持ちの地図を広げると周りから生徒たちが覗き込む。航空写真地図だ。中央には大きな屋敷が映っており、その周囲に様々な情報が記載されていた。これらは全て潜入活動中のホークスよりもたらされた情報である。それを基に今回の作戦が立案されていた。

 

「それでも2万弱も集まってるノコ…!?」

 

「数もさることながら、本拠地の会議に現地出席できるということはそれなりの地位の構成員ということでもありますわね…」

 

「その通りよ。だからこそ1人としてこの群訝山荘から逃がす訳にはいかないの。必ず全員捕まえるわ」

 

 2万人弱。しかも、ただの雑魚ヴィランではない。11万の内の2万人ということは、普段は各員それぞれが5人~10人程度を束ねる班長のような立ち位置か、それ以上の者たちなのだろう。彼らの教義が強者を是とするものであることを考えると、彼ら一般兵ですら中々の強敵であると思われた。

 

「でも、幹部連中は『泥ワープ』で逃げちゃいませんか?」

 

「『泥ワープ』の発動者は判明したそうよ。蛇腔病院に居る脳無研究者と思われる人物の近くに居るらしいわ。死柄木と一緒にね。ソチラはエンデヴァーやミルコ、クラスト、リューキュウ、ウォッシュたちトップヒーローが中心になって掃討作戦を実行します。雄英教師からはイレイザー、マイク、13号、エクトプラズムが参加しているわ。脳無たちとの戦闘を考えて、周辺地区の人々の避難誘導にプロヒーローやインターン生が出向いているわね」

 

「先生たちや他の皆も…!」

 

「つまり群訝山荘、蛇腔病院、各地拠点の全てに奇襲を仕掛ける同時進行作戦ということか…!」

 

 一番の懸念である『泥ワープ』。これがあるとヒーローは最早どうにもならない。ヴィランを捕縛しても意味がなく、対処法が『相手を殺害する』しかなくなるからだ。だが、それもネタは割れた。それ故の同時進行作戦だった。

 なお、これはミッドナイトも知らぬことだが、公安本部でもリ・デストロ(トゥワイスの『2倍』による分身体)をターゲットとした作戦も予定されていた。

 

「概要は理解したわね?次はこの群訝山荘における作戦を説明するわ。基本的にインターン生には後衛の包囲任務に就いてもらいます。ただし、多人数との戦闘に相性の良い一部の生徒…藤原妹紅さんには前衛での特別任務を要請しており、既に本人の了承を得ています」

 

「妹紅が…!」

 

「そりゃあ心強いぜ!」

 

 生徒たちの中で小さな歓声が上がる。

 以前の妹紅VS心操AB組の模擬戦でもそうだったのだが、妹紅は多人数戦闘に圧倒的有利が取れるのだ。この場に姿が無かったため蛇腔病院側の任務に就いたのか思っていたが、どうやら群訝山荘側に居るとのこと。彼女の大規模範囲攻撃をその身で経験したことのある生徒たちにとっては、数千のプロヒーローよりも頼りになる情報であった。

 

「さて、それでは群訝山荘における敵の脅威と掃討作戦について説明するわ。まず―――」

 

 

 

 

 

 生徒たちに説明が終わり、ミッドナイトも作戦遂行の所定位置に就いた頃。他のヒーローたちも準備は整い、後は作戦開始の合図を待つばかりだった。

 それは群訝山荘の遥か上空、高度千メートルで待機している妹紅も同じであった。

 

「……」

 

 もんぺのポケットに手を突っ込み俯く。妹紅は静かに、まるで立ったまま寝ているのかと思うほどの深い瞑想に耽っていた。戦闘中のルーティンとしては隙だらけで望ましくない動作だが、今回ばかりはそれが許される。この群訝山荘における作戦の要は妹紅だ。彼女の集中力を高めることは本作戦において最重要事項だった。

 

「……」

 

「予定している作戦開始時刻まで残り10分。妹紅ちゃん、準備はどうだい?」

 

 妹紅の隣に立つメキシカンなコスチュームを着たプロヒーロー、マジェスティックがそのように声をかけた。彼の個性は『マホウ』。リング状のエネルギーを自在に操る個性であり、彼も妹紅もそのリングの上に立っていた。

 妹紅は瞑想に入る前に『10分前になったら教えてください』とマジェスティックに頼んでおり、彼は時間通りに伝達してくれたのである。妹紅は凛然とした様子でゆっくりと開眼した。

 

「体力、気力、体調、集中力。万全の状態です。炎を節約しながら戦えば24時間程度の戦闘の継続が可能だと思います」

 

「ヒュウ!流石あの百ちゃんと切奈ちゃんが太鼓判を押す女の子だ。サポートは任せてくれ!」

 

 この一連の大作戦。妹紅は前日から公安から知らされていた。しかも、かなりの詳細まで聞かされている。インターン生とはいえ既に妹紅は大きな戦力であり、解放戦線(ヴィラン)の仲間ではないという絶対の確信があった。だからこそ公安はこの日の為に学徒動員ともいえる方針を取っていたのである。

 そこから妹紅は準備に入った。適度に事件を解決して通常のインターンを装いつつも体力を温存。しっかり食事と睡眠を取って完璧なコンディションに仕上げた。

 更に、妹紅の専属サポート要員として魔法ヒーロー、マジェスティックが割り当てられた。普段は軽薄な伊達男といった具合の彼だが、実際はヒーローランキングトップ10にも入ったことがある本物の実力者である*1

 インターンでは八百万や取蔭を受け入れており、彼自身の人当たりも良い。今回の彼の任務は悪く言うと学生のサイドキックを務めるようなものだが一切の不満も口にせず、妹紅のサポートに全力を尽くすことを誓言するほどだ。今も妹紅が炎翼で僅かでも消耗しないように『マホウ』のリングに乗せるなど手厚い補助をしていた。

 

「よろしくお願いします。…ところでマジェスティック」

 

「ん?なんだい?」

 

「死柄木の命令がなければ動かないという巨人ヴィラン。詳しい情報はありませんか?」

 

 深い瞑想の中で妙に引っかかったものが一つあった。

 元々、妹紅はとあるヴィランを探していた。それは何年も前、まだ現役だった慧音(ワーハクタク)を襲撃し、大怪我を負わせてヒーロー引退へと追い込んだヴィランである。

 当時のヒーローニュースの記事によると犯人は巨人のようなヴィランだったらしい。犯行後はその巨体を消して逃亡したことからマウントレディのような発動型の『巨大化』個性なのだろうと思われる。事件の詳細は慧音に聞けば分かるのかもしれないが、彼女の心情を考えると妹紅はどうしても聞けないでいた。

 

「奴について?構わないよ。対象の異名は『歩く災害』。泥花市では身長20メートル程度を確認。しかし、それが上限であるかどうかは不明。塚内警部やグラントリノというヒーローの証言では目測で30メートル近くあったとあるから、もっとデカくなると考えた方がいいね。山の一部を吹き飛ばすほどのパワーと、攻撃が一切通じない頑強さ。泥花市では解放軍の大軍をアリのように蹴散らしたらしい。ここまでは?」

 

「聞き及んでいます」

 

 マジェスティックの説明に妹紅は小さく頷いた。

 その巨人ヴィランはかなりの強さを誇るのだろう。妹紅が気になったのは正にその点についてだ。単なる『巨大化』個性のヴィランにあの慧音が負けるはずがない。敵が強ければ強いほど犯人であるという疑いが強くなっていくのだ。

 更にマジェスティックは続けた。

 

「直接交戦したグラントリノは“ただの『巨大化』個性ではなく、間違いなく増強型の個性を複数所持している”という報告を上げており、ホークスも“個性複数所持の可能性極めて高し”との暗号をよこしている。非常に危険なヴィランではあるものの、死柄木の命令がなければ動かないとされるため本作戦での優先度は低いと判断された。可能な限り刺激せず、作戦終盤においてミッドナイトの『眠り香』で眠らせて拘束する予定だ。万が一、『干渉個性無効』などの個性を所持していた場合、炎で酸欠にする、エッジショットが体内から仕留める、麻酔薬を使用するなどの手段で戦うことになる。以上が俺の知っている奴に関する情報だ。目新しい内容はあったかい?」

 

「…いえ」

 

 妹紅は淡々とした様子で首を横に振った。やはりトッププロとて開示されている情報レベルは彼女と同等のようである。というよりもインターン生ながらにトッププロと同じ扱いを受けている妹紅がおかしいのだが。

 

「何か不安要素があるなら本部の公安に問い合わせてみようか?」

 

 そう言葉をかけるマジェスティックではあったが、同時に公安からの返答は期待できないだろうとも予想していた。他に情報を所持しているならミーティングの段階で既に伝えられているはずだし、今は作戦開始の直前だ。そんな状況ではない。

 無論、それは妹紅も理解していた。

 

「いえ、問題ありません。不確定要素が少し気になっただけなので。それに…」

 

「それに?」

 

()()だとしても、()()でなかったとしても抵抗するヴィランは倒します。それだけですから」

 

 妹紅は極めて冷静に言い放った。

 実のところ妹紅が犯人の巨人ヴィランに向ける感情は非常に複雑だ。慧音を襲撃して大怪我を負わせたことは許せない。しかし、プロヒーローを引退したからこそ彼女は寺子屋を開いた訳であり、妹紅と出会う遠因にもなっているのだ。

 きっと慧音本人ならば『怪我の功名だな!』と笑い飛ばすのだろうが、妹紅にとってはそう簡単に割り切れるものではない。慧音のことが大好きだからこその複雑な心境だった。

 

 だからこそ、である。妹紅は『どちらでも構わない』と判断した。奴が犯人だとしてもヒーローは私情でヴィランを裁けないし、妹紅もそのつもりはない。そもそも奴が本当に事件の犯人なのかどうかは適切に調べてみなければ分からない。戦闘中に問い詰める気もない。そんな暇があれば炎で焼いている。

 ならば結局、そのヴィランが慧音襲撃の犯人であろうとなかろうと妹紅のやるべきことは変わらない。作戦通り正確に冷静に敵を倒す。それだけだった。

 

「…オーケー。それなら予定通りに進めよう。予定時刻の3分前になった。太陽を背にしながら高度を500メートルまで下げるよ。俺はキミの炎の邪魔にならないよう少し距離を取るが、常にサポートできる位置に居る。いつでも頼ってくれ」

 

「ありがとうございます、マジェスティック」

 

 巨人ヴィランに何か因縁でもあるのだろうかとマジェスティックは僅かな疑問を抱いたが、そこを追及して妹紅の集中力を乱すことはできない。幸いにも今の妹紅に動揺や憎悪などの様子は見られず実に淡々としていた。先ほど妹紅が口にした『万全の状態』であることに嘘はないのだろう。作戦実行に支障なしとマジェスティックは判断して所定の位置に就いた。

 

 

 

 そして、作戦開始の予定時刻――

 

『デトネラット社開発偽装依頼作戦、公安本部にて開始。同時刻を以て全作戦を開始せよ』

 

『了解。蛇腔総合病院突入作戦を開始する』

 

『了解。蛇腔病院周辺地区の避難活動を開始する』

 

『了解。各地支部の掃討作戦および、解放シンパの捕縛作戦を開始する』

 

『りょーかい。群訝山荘掃討作戦を開始しますよっと』

 

 始まった。軽い口調で作戦本部に返答したマジェスティックはそのまま妹紅に顔を向けると、微笑みながら力強く頷いてみせた。

 

「よぅし、作戦開始だ!頼んだよ、妹紅ちゃん!」

 

「はい。『火の鳥-鳳翼天翔-』」

 

 その瞬間。妹紅の全身から莫大な炎が噴き出した。炎は大小さまざまなサイズの火の鳥を無数に生み出していく。形を成した鳥たちは正しく妹紅の意志を具現化した炎だ。それらが群訝山荘の上空を侵食し始めていた。

 

「前衛のヒーロー!決して突出するなよ!火の鳥は指定エリア内の人間全てを攻撃するように設定されている!防衛ラインを維持しつつ、突破してきたヴィランを撃破し確保せよ!」

 

 地上のヒーローたちのリーダー、No.4ヒーローのエッジショットが皆に注意を促した。

 自動操作で飛ばしている火の鳥に相手がヴィランであるかヒーローであるかの判断など出来やしない。故に、周囲をヒーローで完全包囲をしながら放たれる問答無用の広範囲殲滅攻撃。これこそが群訝山荘掃討作戦におけるヒーロー側の初手だった。

 

「と、突出するも何も…」

 

「空が燃えていく…!」

 

「本当に1人の人間が出せる規模の攻撃なのか、これは!?」

 

 その光景は壮絶であり圧倒的であった。500メートル上空を赤く染めていく火の鳥の群れは地上から見ると太陽が落ちてきたかのようである。たとえ功名心にかられるヒーローが居たとしても、この範囲内に潜り込んで抜け駆けするような馬鹿な真似はしないだろう。

 そんなざわめくヒーローたちの中でセメントスが真剣な面持ちで空を睨み続ける。そしてタイミングを見計らって彼は動いた。

 

「火の鳥が空に満ちた!では、開けます!」

 

 館の前の広大なロータリーをルネサンス様式で美しく舗装していたことが敵にとってアダとなった。セメントスは最大範囲で個性『セメント』を発動。コンクリートで舗装されていたロータリーから館内部の基礎材や柱材、壁材のコンクリートにまで個性を浸透させていく。

 そこから最大出力だ。セメントスは四角い頭部に青筋が浮き出るほど全力でコンクリートを操り、正面から館を割りにかかった。木材はおろか、鉄筋コンクリートの鉄筋すら断ち割るほどのパワーを込めてコンクリートが(うね)る。

 そして、ついに館はバキバキと大きな音を立てながら正面からパックリと割れた。

 

 

 

「くそッ!やりやがった!ホークスめ!最悪だ!くそッ!会議は中止だ!遊撃連隊(ヴァイオレット)人海戦術隊(ブラック)は前へ!支援連隊(ブラウン)も出ろ!ヒーロー共が来るぞ!攻撃に警戒しろ!」

 

 ヒーローの奇襲に真っ先に気が付いたのは情報防衛を担うスケプティックであった。ホークスにつけられていた監視デバイスが全て破壊されたことで、スケプティックのノートパソコンから警告音が鳴り響いたのである。

 これまでホークスに裏切りの予兆は全くなかった。だから油断していた。この警告音の直後に屋敷の全てが停電。非常時用の自家発電装置は稼働せず、電力が遮断されたことで屋敷内の防衛装置も全て停止。携帯電話すら繋がらず圏外となり、一般的なネットワークなどは全て遮断されてしまった。

 唯一の例外はF・G・I(フィールグッドインク)社が飛ばしている人工衛星による衛星通信くらいだろう。スケプティックだけでなく、トランペットやリ・デストロら最高幹部も万が一に備えて衛星電話は常時携行している……のだが、現在彼らは地下神殿の議事堂に居た。衛星通信は障害物に弱く、地下での使用など論外だ。地下に繋ぐ専用電線は停電で使えない。

 すなわち、彼らは地下と地上で分断されたのであった。

 

情報連隊(カーマイン)の移動系異能持ちは地下の議事堂へ伝令に行け!地下のリ・デストロに状況をお伝えしろ!技術者は停電の復旧だ!急げ!」

 

「やられたな、Mr.スケプティック。切り替えていこう」

 

 スケプティックが命令を叫ぶ。そんな彼にニヤリとした笑いを向けながら外へと歩いていく男が現れた。開闢行動支援連隊で副隊長を務めている壮年の男だ。彼の個性は『増電』。受けた電気を一瞬で数百倍、数千倍に増やして放つことができる個性であり、勝ち組と呼ばれる電気系個性の中でも大当たりの部類に入る個性の持ち主だった。

 なお、彼に停電の復旧は出来ない。『増電』では機器に過負荷を与えてブッ壊してしまうのが目に見えていた。

 

「死柄木など待つからこうなる。始めてしまえばよろしいのだ」

 

 電撃で火をつけた咥えタバコを吹かしながら副隊長の男は意気揚々と歩く。彼は常日頃から己の個性こそが最強にして至高と誇示しており、事実かなりの強者だった。攻撃力・制圧力という点においては旧解放軍の中でもリ・デストロ、外典に次ぐNo.3の実力者だといえるだろう。

 そんな男が割れて開かれていく館の中を堂々と闊歩する。その実力を信頼する彼の部下たちも一切の恐れを抱かずにその後ろに続いた。

 そして館の壁がセメントスによって完全に取り除かれ、砂埃が晴れた時。自信満々だった彼らの表情は驚愕に歪んだ。

 

「今、ここより解放を―――なッ!?」

 

 その異常な明るさに全員すぐに気がついた。上を見ると空が真っ赤に焼けているのだ。夕焼けなんて可愛いものではない。赤い空が悍ましいほどに蠢いており、それらが滝のように降ってきていた。

 

「な、なんだ!?この空は!?」

 

「あれは…炎だ!火の鳥だ!まさか来ているのか!?」

 

「藤原妹紅…!」

 

 彼らが恐怖と困惑と衝撃が入り混じった声で叫ぶ中、火の鳥の勢いは更に増していく。今や群訝山荘の空は妹紅の炎で支配されていた。

 

「く、来る!」

 

「俺たちの方に…!」

 

 作戦開始からおよそ1分が経過。まずは火の鳥の第一波が地上に到達した。妹紅が自動操作の火の鳥たちに与えた第一の命令は『範囲内で抵抗する人間を攻撃すること』である。これは火の鳥の近くに居る相手から優先的に適用される。

 そのため火の鳥たちの最初の標的は、先頭を切って館から出てきてしまった『増電』の男とその部下たちだった。

 

「ふ、副隊長!電撃で火の鳥の撃破を!」

 

「馬鹿者!炎に電撃など効くものか!むしろ周囲の火の鳥に通電してしまい、近くに居る我が同士たちが感電して……あっ…」

 

 『増電』の男はそこまで答えて自ら悟ってしまった。

 対人戦ならば無類の強さを誇るだろう。機械が相手ならば瞬時に破壊してしまえるだろう。しかし炎が相手では、炎そのものが相手ではどうしようもないではないか。これまで勝ち組だの最強だのと散々持て囃されてきた己の個性『増電』が、解放を捧げる運命の決戦で無用の長物と化してしまった。怒りと無力さに震える彼の口から火のついたタバコがポロリと落ちた。

 

「前方から火の鳥の群れが…!」

 

「副隊長!指示を、指示を下さい!」

 

「…ッ!」

 

 部下の必死の要請に男は我に返る。まだだ。まだ手は残っている。炎に電撃が効かないというのならば、そんなもの最初から相手にしなければ良いのだ。

 

「森に突入する!」

 

「も、森へ!?しかし、森には恐らくヒーローが大量に…!」

 

「だからこそだ!この規模の攻撃は味方をも巻き込む!故にヒーロー共が待ち構える森に火の鳥は絶対に来ない!相手が人間(ヒーロー)ならば我が『増電』は絶対に負けん!行くぞ、前方から来る火の鳥の群れを掻い潜れ!」

 

 元より電撃でヒーロー共を薙ぎ払うつもりでいたのだ。奴らが何人いようと火の鳥を相手にするよりよっぽどマシである。そう考えて身を低くしながら走り出した瞬間、視界外の真上から飛んできた火の鳥が彼の頭部に着弾した。

 

「が…ッ!?上からだと…!?」

 

「す、既に囲まれています!」

 

 頭に直撃したが、彼は大火傷を負った訳でもなく軽傷だった。火の鳥の一羽一羽は相手を殺さぬように低火力で作られている。それは妹紅の体力の節約も兼ねていた。

 しかし、同時に無数の火の鳥を作り出せるということでもあり、前方ばかりに注意を向けていた彼らは別方向から襲来する火の鳥に気づいていなかったのである。

 そして、ダメージで足が鈍ったところに前方から迫って来ていた火の鳥の群れが襲い掛かってきた。

 

「…くそ」

 

 『増電』の男は最後に悪態を吐く。回避は無理だ。何より災害のような炎を前にして心が折れてしまっていた。

 そもそも火の鳥に対応できない時点で彼は詰んでいたのだ。たとえ頭部へのダメージが無かったとしても突破は不可能だっただろう。運良く第1波を突破出来たとしても第2波、第3波の火の鳥が既に地上に到着しており、それも突破しなければならない状況にあった。

 

 つまり、セメントスはそうなるようタイミングを合わせて館を割っていたのだ。タイミングが早ければ火の鳥が満ちる前に森へと突入してしまう敵がいたかもしれない。遅ければ赤い上空の異変に気付かれて態勢を整えられてしまい奇襲が失敗していたかもしれない。

 セメントスはベストなタイミングで館を割ってみせたのだった。

 

「俺の異能で防御を!」

 

「無理だ!館に一時撤退した方がいい!」

 

「火の鳥を避けて…ダ、ダメだ!僅かな隙間すらッ…うあああ!」

 

 そして火の鳥の群れは『増電』の男とその部下たちに襲い掛かる。個性で守りを固めた者も、逃げようとした者も、素早い動きで避けようとした者も。辿る運命は同じだ。

 彼らは一様に赤い群れの中に呑み込まれていくのであった。

 

*1
恐らく、この軽薄キャラさえ見直せばランキング常連になれるだろう




※焼かれた彼らは全身にヤケドを負ったかもしれませんが、死に至るほどではないです。誓って殺しはやってません!


各地の位置関係(単行本29巻のセリフや36巻の戦局地図、ヒロアカ原画展などより)

雄英高校 静岡県垢離里市1-2(浜松市辺りっぽい)
群訝山荘 和歌山県群訝市(大阪に近いようなので和歌山の県北辺り?)
蛇腔病院 京都府蛇腔市(群訝山荘から北に80km。群訝から直進した場合、大阪を縦に突っ切る形になる)

もちろん垢離里市や群訝市、蛇腔市などはヒロアカ内での名称であり、リアルでは存在しません。
ちなみに、連合のアジトがあった神野区は神奈川県の横浜市辺り。
仮免試験を受けた多古場競技場は静岡県の静岡市辺り。
異能解放軍の泥花市は愛知県尾張旭市(街並みのモデル元)らしいです。
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