『もこたん、聞こえるかい?』
「マジェスティック。ホークスの容体は…?」
群訝山荘の上空、高度100メートルにて。リ・デストロたちに向けて火の鳥を放ちまくっていた妹紅の元に無線が入った。相手は先ほど別れたマジェスティックである。妹紅が状況を尋ねると彼はすぐに答えた。
『救護所で応急処置中だ。すぐにドクターヘリでセントラル病院に緊急搬送される。最先端かつ最高峰の病院だ。大丈夫、ホークスは必ず助かる。そちらの状況は?』
「こちらの思惑通り、解放軍幹部の外典が挑発に乗りました。まもなく接敵します。撃破次第、エッジショットの援護に向かいます」
『オーケー、外典はかなりの強敵だ。俺はキミの邪魔にならない位置で待機する。サポートが必要な時はいつでも言ってくれ』
「はい、よろしくお願いします」
無線越しにそう礼を述べる妹紅の眼下には、氷竜に乗って一直線に向かってくる外典の姿があった。それを確認した妹紅は火の鳥を放ちながら更に高度を上げていく。いわゆる退き撃ちだ。そこそこ程度のヴィランならば、これだけで手も足も出せなくなる戦法である。
しかし、外典はこれを容易に突破して妹紅に迫りつつあった。
『ああ、それと蛇腔側から連絡があった。『泥ワープ』脳無の残骸らしきものが発見されたそうだ。敵幹部たちが転送される様子もないし、どうやら知らないうちに破壊できて…っと外典が来そうだね』
「はい。では、また後で」
無線にそう返しながら妹紅は火の鳥を混ぜた炎の弾幕を再び放った。しかし、やはり外典は容易に炎を破りコチラへと向かってくる。妹紅は更に高度を上げて距離を取った。
「おのれ藤原妹紅!リ・デストロさえ狙わなければ和解の道はまだあったのだ!」
「……」
外典が迫る。彼は怒りに任せて喚いているようだが、妹紅の頭は『国家転覆を狙うテロリストが何言ってんだ?』というツッコミで一杯だった。
ちなみに、妹紅とて頭ごなしに彼らを否定している訳ではない。敵を知るためにも妹紅は初代デストロが執筆したという『異能解放戦線』を読んでいた。つまり、彼らの主張を理解した上で断固として否定しているのだ。
まず、彼らの主義は『
初代デストロはそこに異能解放思想をブッ込んだのだろう。『己が持つ能力の行使は人間として当然の権利であり、現行制度による抑圧は是正されなければならない』という考え方を付与していた。まぁ、ここまでは妹紅も分かる。個性の無許可行使が原則禁じられている現代ではあるが、他人に迷惑をかけない程度の個性行使は多少お目溢しされているからだ。考え方としてはむしろ身近ともいえた。
だが、その後がおかしい。『異能解放戦線』の記述によると、その際の社会的地位は異能(個性)の強さが直結すると続くのだ。急に弱肉強食の世界だ。いきなり流れが変わったので妹紅はどこか読み間違えたのかと思って何度も読み直したが、全然そんなことはなかった。ナイアガラの滝ばりの急転直下である。
その時点で本を読む妹紅の目は半分死んでいたが、その後は『開放せよ!』の決まり文句からのテロ・テロ・テロのオンパレードである。もう妹紅は頭を抱えるしかなかった。彼らの目指す未来は世紀末世界の修羅の国か何かなのだろうか。頭がヒャッハー過ぎる。
なお、冬に再出版されたというこの本が10万部超えのベストセラーになったと聞いて妹紅は耳を疑ったが、よく考えてみると解放戦線の構成員は11万人以上らしいので一般人にはほとんど売れていないのかもしれない。*1
そういう訳で、妹紅としては解放主義に与する道など最初から存在しないのである。
妹紅は無言のまま炎を外典にぶつけた。とはいえ単純な炎の放出である。その程度では外典の氷竜は貫けず、軽々と防御されてしまった。
「無駄だ。山荘の水道を止めていたようだが、それで僕の『氷操』の対策をしたつもりか?馬鹿め、山林の地下貯水量を舐めるなよ」
実は作戦開始の直前、ホークスの事前工作により山荘の水道や井水は止められていた。それは大勢の敵に対して熱による攻撃を効果的にするためと、もう一つ。外典の氷の供給を封じるためであった。なぜなら彼の『氷操』は氷を操るだけでなく、氷の温度すらも操る。氷で水を冷やすことで限りなく武器を増やすことができるのだ。
水道の遮断はその対策の一つだったが、外典はそれを嘲笑うかのように語った。山林(森林)土壌はスポンジに例えられるほどの保水力がある。故に晴天が続く日であっても山の湧水は枯れず、渓流は流れ続けるのだ。そして既に外典は周辺の泉や渓流、更には山の地下水脈にまで己の氷を送り込み、ほぼ無限に氷を増産できる態勢に入っていたのである。
「藤原妹紅!神野区で見せたあの獄炎を、福岡で放ったあの巨大な火の鳥をさっさと出すがいい!貴様の全力の『不死鳥』を僕の『氷操』が貫いてやる!」
「……」
外典が憤怒の表情で叫ぶ。彼にとって個性(異能)の強さこそが生きる価値だ。だからこそ妹紅の『不死鳥』には一定の敬意を示していたのだが、解放思想を受け入れないのならば話は別。リ・デストロを攻撃した罪深さを悔いたまま死ぬがいいと言わんばかりに氷竜で突っ込んできた。
だが、妹紅は全く動じずに突進を避けると更に高度を上げる。そして、またも炎を放った。
「この程度の炎、無駄だと何度言わせれば気が済むんだ?もういい、さっさと氷漬けにしてやる。これ以上逃げられると思うなよ」
「このくらいの高さでいいか…」
逃げ続ける妹紅。そんな彼女に外典は苛立ちを通り越して呆れすら感じてきていた。
しかし、およそ高度300メートルほどでポツリと呟いた妹紅が動きを止める。そして迫って来る外典を冷徹に見下ろしながら爆炎を放った。凄まじい炎である。一瞬で外典の視界を全て赤く染め上げるほどであった。
「ようやく全力を出したか!上等だ!」
だが、外典にとっては望むところである。巨大な氷竜で己を守りながら爆炎を恐れずに突っ込んできた。そして氷が炎を貫く。氷竜は外側が溶かされ蒸発するも悠然と形を保ち、その中心で氷を操る外典も無事だった。
そんな彼の様子を見て、妹紅は小さく頷いた。
「うん、もっと強くしても良いみたいだな」
「なに…?」
それは非常に単純な話だった。先ほど放った炎、それは妹紅の全力ではなかったのだ。『パゼストバイフェニックス』や『フジヤマヴォルケイノ』が出力100%だとしたら、精々が50%ほどの炎。しかし、それでも標準的なヴィランが相手ならば一瞬で炭の塊にしてしまうほどの火力があり、それを捌いてみせた外典は流石と言えるだろう。
故に、外典の健在を確認した妹紅は再び炎を放った。今度は強めに力を込めて80%ほど。恐ろしいことにこの時点でエンデヴァーの『赫灼熱拳』の火力を超えている。それを妹紅は広範囲に放射してみせた。
「く…!おのれ、舐めるなァ!!」
地獄の火炎に外典の顔が歪む。しかし、リ・デストロの為にも逃走はありえない。外典は氷の温度を全力で操り、絶対零度の氷竜を作り出した。面制圧で放たれた妹紅の炎に対して彼は一点集中での突破を図ったのだ。
氷竜が炎の中を矢のように切り裂いていく。常軌を逸する火力に氷は溶けた瞬間に蒸発していくものの、それでもなお外典は突き進む。そして、その果てに彼は突破を果たした。
「チッ、氷竜の大部分が蒸発したか…!だが、氷など幾らでも創り出せる!終わりだ藤原妹紅!」
「…確かに終わりだな」
「なんだと?」
ついに外典と対峙する妹紅。だが、妹紅はむしろ安堵していた。何故なら彼をここまで誘導した時点で彼女の勝利がほぼ確定していたからである。その口調に外典は眉を顰めていた。
確かに外典の『氷操』は強い。個性の覚醒も果たしている。人生の全てを費やし只管に個性を鍛えてきたのだろう。
しかし――『氷操』には明確な弱点が存在していた。それは外典自身が氷を生み出している訳ではないということだ。すなわち、外典の氷には『水を冷やして氷にする』→『氷を操って必要な場所まで移動させる』という過程が必要なのである。轟の『半冷半燃』のように、その場に氷をドン!という訳にはいかないのだ。
つまるところ、この『氷操』を攻略するにはこのどちらかを潰せばいいだけの話だった。『水源を潰す』か『氷の輸送を潰す』か、のどちらかである。今回の場合だと前者はダメだ。この地における水源は山林。流石に一つの山を土壌内部ごと焼き尽くす訳にはいかなかった*2。
選択肢は必然的に後者になる。そのために妹紅は徹底的にリ・デストロを狙うことで外典を挑発し、上空へと誘導した。後は地上から上空までの間で氷の輸送を遮断すればいい。妹紅はその布石も既に打っていた。
「馬鹿な、氷の補給が全て断たれただと!?…まさか先ほどの炎か!」
妹紅が外典本人を狙わず広範囲に炎を放っていた理由がコレだった。外典が炎を突き抜けた後も、その炎は残り続けて氷の輸送を遮る防護壁となっていたのである。ここから氷を補給するにはこの赫灼熱拳レベルの炎の壁を越えなければならない。妹紅を目の前にしながら遠隔操作でそれを成さなければならないのだ。それはほぼ不可能といえるものだった。
(水源から隔離さえしてしまえば、轟の
「おのれ…!」
先ほどと比べて遥かに弱く、明らかに手加減されている炎が放たれた。馬鹿にするなと叫びたくなるほどの弱火だが、氷の大部分を失った今の外典にそんな余裕はない。身を守ることだけで精一杯だ。
そして外典は気づいてしまった。彼は策略に嵌められたから負けつつある訳ではない。妹紅は外典を殺さぬため、そして地上のヒーローや解放戦士たちを巻き込まぬためにわざわざ策略に嵌めたのだ。人命を無視していいのならば、外典だけでなく解放戦線2万人全員を妹紅は初手で焼き殺せていただろう。たとえ地下神殿に篭っていようとも構わず蒸し焼きだ。
ヒーローだからやらないだけで、やろうと思えば妹紅は出来る。すなわち最初から手加減された戦いだった訳であり、その上で簡単にあしらわれたのである。それは個性至上主義である外典のプライドを圧し折るに十分な理由であった。
「うッ…ぐ…ッ!」
ヒーローに損害を与える、という点に着眼すると外典は妹紅に挑むべきではなかった。彼女を無視して一般ヒーローを蹂躙していれば大損害を与えられていただろう。しかし、解放戦線側に高戦力かつ空中機動が可能な戦士は外典しか存在しないのである。彼が相手をしなければ妹紅によって解放戦線は負ける。
つまり、外典には『妹紅を避けてヒーローたちに多少の損害を与えるも確実に敗北する』か『妹紅の撃破に一縷の望みをかけて巻き返しを図る』という二択しかなかったのである。
故に、組織が勝利する可能性をかけて後者の選択肢を選んだ外典の判断は正しい。ただし、戦力差の見積もりが甘く、妹紅に全く歯が立たなかった。
これは、ただそれだけの話だった。
「今のはちょっと抑え過ぎたか。今度はもう少し強めに…」
「…か…は…」
「あ、落ちた。少し焼き過ぎたか?中途半端に防御されると手加減が難しいんだよな…」
氷を全て失い外典は敗れた。全身に火傷を負い白目を剥いて落下していく。そんな様子を見ながら妹紅はやり過ぎちゃったという感じで眉間に皺を寄せていた。
正直な話、氷補給の対策さえしてしまえば外典の攻略は楽である。念のため妹紅は目潰し用に細かく刻んだ自身の髪の毛をポケット一杯に詰めていたのだが、それを使う必要もなかった。余裕の勝利であった。
「すみませんマジェスティック。外典の救出と拘束をお願いしてもいいですか?私はリ・デストロを焼いてきます」
『ハイ、よろこんで!』
(こ、こえ~ッ!!最近のJK超こえ~ッ!)
妹紅の要請にマジェスティックは背筋を正して応じた。
外典の本来の実力は
「『忍法 千枚通し』。チッ、堅いな」
「どうしたのかね?随分とヌルいではないかNo.4!」
地上ではエッジショットとリ・デストロが激闘を繰り広げていた。エッジショットは個性『紙肢』により身体を薄く細く引き伸ばしながら戦うも、『ストレス』の黒いエネルギーを全身に纏いながら戦うリ・デストロの肉体には中々刺さらない。
一方で、リ・デストロは一撃必殺の攻撃を繰り出すもエッジショットは『紙肢』で見事に避けている。そんな一進一退の攻防が繰り広げられている場に妹紅は参戦した。
「『デスパレートクロウ』。義足の破壊を確認」
「ぬぅッ!?馬鹿な、この僅かな時間で外典が負けたというのか!?だがッ!」
リ・デストロの死角から忍び寄った妹紅が炎爪で彼の義足を焼き切った。妹紅に敵わぬまでも外典ならば相応に耐えるであろうと思っていたリ・デストロは、予想だにしていなかった奇襲に義足を失いバランスを崩す。
しかし、彼はすぐさま立ち上がった。個性『ストレス』で自らの義足を作り出したのである。
「黒いエネルギーを固めて足の代わりに…。器用だな」
「上空ならともかく、攻撃の届く距離にさえ居るのならば幾らでも戦いようはある。死柄木から聞いたぞ。『不死鳥』の蘇生にはかなりの体力を必要とし、しまいには動けなくなるとな。ならば何度でも死ぬがいい藤原妹紅!」
挟み撃ちの形となったが、攻撃力の低いエッジショットは敵ではない。というよりも妹紅の存在が脅威過ぎると見たリ・デストロは彼に背を向けて彼女と対峙した。
妹紅が接近戦を挑んでくるのならばリ・デストロにも勝算はある。AFOが神野区で妹紅にそうしたように、炎ごと彼女を吹き飛ばしてしまえばよいのである。そして彼女が復帰する度にそれを繰り返して殺し続ける。一方で、妹紅が空へ逃げて遠距離攻撃に徹するのであれば、森へ突入してヒーローたちとの乱戦に持ち込むつもりだ。
リ・デストロの脳裏にはそのようなプランが出来上がっていた。
「『ストレス100% 負荷――ゴホッ!?」
だが、それがいけなかった。戦場でNo.4ヒーローから意識を外すなど、ましてや背を見せるなど自殺行為も甚だしい。リ・デストロが妹紅に向けて必殺技を繰り出そうとした瞬間、彼の身体は背中から貫かれたのである。
「『忍法・穿孔螺旋貫手』。肺に穴を空け、更に内部から脊髄の神経を圧迫することで四肢を麻痺させた。お前はもう動けん。諦めろ」
「なぜ刺さっ…!?貴様…騙したな…!」
「虚を見せ、実を奪う。それもまた忍法だ」
そう言ってエッジショットはビシッと印を結ぶ忍者ポーズを決めた。彼の攻撃力不足は最初からブラフだったのである。正直なところ、彼らが
しかし、リ・デストロは追い詰めれば追い詰めるほど『ストレス』を溜めて力を増やしていく危険性があり、不測の事態も有り得る。妹紅の外典戦は短時間で済むだろうと予想していたエッジショットは、この瞬間の為にあえて牙を隠していたのであった。
「がッ…!はッ…!…ぬぅォおおオオ!」
「なおも抵抗するか。ならば眠っていてもらおう」
「ぐ…!だが…
身体は動かないものの纏った『ストレス』を動かすことで戦闘を試みようとするリ・デストロであったが、エッジショットにより首の頸動脈を内部から締められた。彼の意識は深い闇の中に落ちていく。
だが、その最中。地面に横たわる彼の身体は地中から伝わる振動を感知していた。その理由を察したリ・デストロは僅かに口角を上げて何事かを呟く。そして全てを王に託し、解放思想の指導者は倒れるのであった。
「こちらエッジショット。リ・デストロの撃破を確認した。マジェスティック、外典の身柄と共にリ・デストロを後方拠点へ押送してくれ。もこたんはその護衛だ。残党の狂信者たちは死に物狂いで取り返しに来るだろう。十分に用心せよ。俺は残存の幹部らを捜索し、仕留めに行く。……マジェスティック、聞こえているか?」
エッジショットが撃破報告を行う。リ・デストロを倒したことで解放戦士たちが取るであろう動きは二つ。心が折れて戦意を失うか、激昂して遮二無二に突っ込んでくるかのどちらかだ。特に飛行可能な個性を持つ戦士たちはリ・デストロを取り返しに突撃してくる可能性がある。その点に関しての注意喚起だったのだが、何故かマジェスティックからの返事がない。
エッジショットが眉を顰めつつ何度か呼びかけていると、ようやく彼から応答があった。しかし、その声は非常に焦った様子のものであった。
『エッジショット!マズいことになった!蛇腔がやられた!公安本部からも応答がない!恐らく本部もやられた!』
「なに!?」
その時、妹紅はハッとして地面に手を当てた。揺れている。
「エッジショット、地面が揺れています!」
「歩く災害が動いたか…!死柄木は目覚めてしまったようだな…。だが、まずはこの巨人を止めねばなるまい。リ・デストロはコチラで受け持つ。もこたん行けるか?」
「はい、先に向かいます」
揺れは一瞬止まった後にリズムよく響き始めた。原因は明白だ。巨人が走り出したのだ。妹紅はリ・デストロの身柄をエッジショットに託し、巨人を追うために空を飛んだ。
「セメントス、マウントレディ、巨人の足止めを!もこたんが追いつくまでの時間を稼げ!」
『了解!』
『言われなくても!』
エッジショットの命令に無線の先のセメントスとマウントレディが叫ぶ。特にマウントレディは要だ。巨人には巨人を。彼女が群訝山荘に配置されたのは正にこの時の為だと言っても過言ではない。マウントレディは気合を入れて敵巨人を待ち受けるのであった。
もこたん「公安本部が壊滅したらしいですよ」
ホークス「フフフ…残念だったな解放戦線め。お前たちが落とした公安本部は、実はただの我々の総司令部だ。ワハハハ」
もこたん「ちょっと何言ってるか分かんないです」