『効いたわね。『眠り香』による巨人の昏睡を確認。専用
「了解しました。では、私は逃げた連合メンバーを探します」
歩く災害ギガントマキアはミッドナイトの個性によって鎮静化された。休憩と監視を兼ねていた妹紅はその報を聞いて動き出す。逃走した連合メンバーはまだ周辺に潜伏している筈だ。今からそれを炙り出さなければならない。
「索敵班、現段階の情報を頼む」
『現在捜索中。だが、こちらの包囲網を抜けられた様子はない。『圧縮』に警戒しつつ包囲を維持し、捜索を継続する』
「了解。
『既に感知系個性のプロヒーローに応援を要請しているよ。でも、敵もそろそろ動くはず。気をつけて!』
障子と葉隠が返答をよこした。包囲網はA組B組の生徒たちと近くに居たプロヒーロー複数名で構成されている。更に障子や耳郎、宍田らによって索敵も行われていたが、逃走した連合メンバーはまだ発見できていなかった。
ここで彼らが警戒していたのはMr.コンプレスの『圧縮』である。ビー玉サイズまで縮んだ状態で草むらにでも潜伏されたら発見はかなり難しいものになるだろう。下手に包囲網を狭めると潜伏を見逃してしまい逃走を許してしまうことになる。
しかし、逆を言うと『圧縮』状態ではその場から動くことができないため、包囲網を動かさずに維持さえしていれば彼らは逃げられない。後は感知系のヒーローの到着を待てば良いだけだ。無論、そのくらいは連合メンバーも理解しているはずなので、彼らも潜伏が通じないと判断すると強行突破を図るだろう。その行動を今この瞬間に起こされてもおかしくはない。その警戒を葉隠は促していた。
「了解。どこにでも急行できるよう私は包囲の中心辺りで飛行を……いや、トガを発見した。交戦に移る」
妹紅は炎翼で森から現れたトガを発見した。姿は妹紅に『変身』しており、服装はボロボロで血だらけになった雄英の体操服を着ている。やはり妹紅を拉致したタイミングで大量の血を奪っていたのだろう。血液のストック切れは期待しない方が良さそうだ。
そのままトガは妹紅に向かって来て彼女に話しかけてきた。
「もこたん。ねぇ、聞いて。私は…」
「トガヒミコ、貴様だけはこの手で捕まえたいと思っていた」
数羽の火の鳥を携えて語りかけるトガに対して、妹紅は数百羽の火の鳥を周囲に展開しながら相対する。妹紅はこのまま上下左右前後から火の鳥をぶつけ、物量で制圧するつもりである。
そんな妹紅の動きに、トガは慌てて声を上げた。
「待って!私は話がしたいの!」
「……。…それなら抵抗するな。火の鳥を消してゆっくりと降下しろ。地上に降りて『変身』を解け」
一瞬、コイツは何を言っているのかと妹紅は呆けた。そんな意識の隙を狙ってくるのかとも思ったが、そういう素振りもない。
元より、妹紅はトガに強い怒りを抱いていた。八百万や麗日など大切な友人たちを襲って怪我を負わせ、更には無垢の子どもの血を拉致作戦に利用してその尊い命を犠牲にした。挙句に彼らの首領であるAFOは神野区で何千人もの人々の命を奪った。許せるはずがない。妹紅自身、拉致された責任を感じるが故に余計に許せない。
しかし、凶悪ヴィランといえども大人しく投降を望むのでならば、ヒーローや警察官は怒りを抑えてでも受け入れる必要がある。妹紅の噛みしめた奥歯がパキリとヒビ割れて、すぐに再生した。そんな怒りを理性で抑えつけて妹紅は有利な位置に移動しつつ、僅かに震える指をトガに向けて言った。
「10秒だ。10秒待つ。まずは火の鳥を消して投降の意志を示せ。炎翼以外の炎を使うな」
「そうじゃない!ここで話をしたいの!」
だが、違う。トガは自首したい訳ではないのだ。仲間だったトゥワイスがヒーローに殺されたからといって、そこに恐怖を覚えた訳ではない。ただ、
「話は投降した後だ。もう一度警告する、炎翼以外の炎を使うな」
「ねぇッ、お願いだから聞いてよッ!!」
しかし、妹紅には伝わらない。ヴィランを前にして捕まえず話だけを聞くという発想がそもそも妹紅には無い。そんなことをして逃げられでもしたら後の被害者が増えるだけだからだ。
そのため、“話がしたい?分かった、じゃあ身柄を確保した後で聞くね”というのが妹紅のスタンスであり、トガへの対応である。一連の大捕り物を片付けた後でなら妹紅も真摯に対応するし、トガの犯行が冤罪であったり他の連合メンバーに強要されて仕方なくやっていたことなら彼女の力になってやりたいとも思う。
あるいは己がやってきた凶行に罪の意識が芽生え、良心に従って自ら捕まることを望んでいるというのであれば、彼女の自首という行動を妹紅は尊重する。犯した罪咎は消えないが己の罪を認めて刑罰を受けながら心から贖罪することで、もしかしたら被害者遺族から赦しが得られるかもしれない。
故に、ここでトガが大人しく投降すればそれでよし。そうでないのならば何かしらの理由がある。『不死鳥』になったトガが妹紅を相手にしている理由。きっと、それは恐らく…。
『ほ、報告!荼毘が飛んで逃げた!方向は蛇腔方面!かなり速い!私の『トカゲのしっぽ切り』じゃ全然追いつけない!』
「時間稼ぎ、か。そんなところだと思っていたさ」
取蔭からの報告を受けても妹紅に動揺はなかった。最初から奇襲目的か時間稼ぎのどちらかではないかと考えていたからだ。
それでも、もしかしたら…。もしかしたらトゥワイスという身近な人間を失ったことでトガは初めて人命の尊さに触れたのではないかと、本当に改心して罪を償うつもりになったんじゃないかと、妹紅は心の隅で僅かに期待していたのだ。
だが、そんなことはなかった。トゥワイスを失ったことに酷い悲しさと喪失感を覚えたものの、トガはこれまでの殺人を悔いている訳ではなかった。“ただ、妹紅に話を聞きたいだけ”。今のトガの目的は単純にそれだけだったのだ。その為、もしも近くに『変身』しやすそうな老婆でも居たら、トガは何の躊躇もなく血を奪って殺していただろう。
トガはそういう考え方をしており、逆に妹紅にはそれが全く理解できない。懇切丁寧に説明されて“ああ、そういう思考しているからこういう犯行をしたのか”と何とか理解ができたとしても、納得や共感など妹紅にはできないに違いない。彼女らは根本的な思想があまりにもかけ離れすぎていたのだ。
「残念だよ、トガヒミコ。…10秒だ」
「違うの!私は本当にもこたんと――ギぃッ!?」
妹紅はこれ以上ないほどの無表情を浮かべてトガを見下ろす。そのまま炎で手元を隠しながら、ポケットに詰め込んでいた細かな髪の毛をサラサラと零し落とした。
トガに与えた10秒という貴重な時間。妹紅はこれを捨てた訳ではない。僅かに期待はしていたが信用などは一切していなかったのだから、どう転んでもいいように妹紅は最初から手を打っていた。トガに時間を与えると同時に、完全優位を取れる彼女の真上へと妹紅は移動していたのである。
(なんでッ!?この目潰し、炎で焼き消せない!?)
トガは何が目に入ったか分からなかった。異物など視認できていない内に目に激痛が走ったからだ。ガラスの粉末か何かだと当たりをつけて目から炎を放って焼き払おうとするも、異物が焼ける様子はない。反射的に目を擦れば更に激痛が広がり、『不死鳥』の再生で治る様子もなかった。
「それなら…ッ!」
「眼球を抉り出して再生する、だろ?分かってるよ、私もそうするだろうから。だから、させない」
「……ッ!?」
眼球を抉り出そうと両手で顔を覆っていたトガに対して、妹紅は火の鳥を殺到させた。大量の火の鳥でトガの両腕ごと頭部を拘束したのである。火の鳥は次々と集まっていき、ついにはトガの全身を覆ってしまった。
(腕どころか全身が動かせない!なら、炎の放出で!…ダメ、引きはがせない!このままだと窒息する!)
火の鳥たちの中心に閉じ込められたトガ。『不死鳥』の特性で熱は問題ない。しかし、無酸素状態で拘束されたのはマズイ。死ぬ気で呼吸を止めても2~3分程度が限界、一度でも息を吸おうものならその瞬間に失神してしまう。
つまり、トガはミスを犯したのだ。彼女は『不死鳥』同士なら決定打はないと考えていた。あるとすれば打撃。つまり接近戦であり、それさえ対策していれば引き分けに持ち込んで会話をすることができると考えていた。しかし、それは大きな間違いだった。妹紅にだけは『不死鳥』で挑んではならなかったのだ。
妹紅は己の個性が最強だなんて微塵も思っていない。人間である以上、藤原妹紅の弱点は大量にあり、それを最も把握しているのは彼女本人なのである。そんな妹紅に『不死鳥』で挑んだとしてもトガが勝てる見込みなど無く、更には『不死鳥』の練度で遥かに劣っているのだから勝負にすらならない。
故に、トガがこの窮地を抜け出すには他の一手が必要だ。『不死鳥』の力に依らない何か別の一手が。
「トガちゃん!うおッ、アチチ!」
「ぷはっ!ミスター!」
トガのポケットが大きく弾けて、囲っていた火の鳥たちの一部が僅かに崩れた。コンプレスが『圧縮』から現れて空間ごと周囲の火の鳥を押しのけたからだ。その隙を縫った彼は早業で火の鳥たちを『圧縮』していく。そしてコンプレスは全身に火傷を負いながらもトガを救い出してみせた。
「やはり居たかMr.コンプレス。お前の『圧縮』はとても怖い」
「くっそ、予想してましたってか!道理で殴りに来ねぇ訳だ!トガちゃん、上空はダメだ!森の中へ!」
妹紅は当初からコンプレスを警戒していた。個性自体はトガや荼毘の方が遥かに強力だが、コンプレスは己の個性をよく理解しており他者の行動もよく見ているからだ。加えてマジシャンであり怪盗ヴィランであるが故か、人の意表を突くことにも長けている。それが非常に厄介だった。このトガとの交戦も、むやみに接近戦を仕掛けていればコンプレスの奇襲で『圧縮』されていただろう。
それほど警戒に値するヴィランだったが、妹紅は今の攻防で彼の右腕を中心に全身へと火傷を負わせていた。戦闘力半減とまではいかないが、かなりのダメージを与えたはずである。これで彼が『二倍』で作られた分身体でないことが分かった。そうであれば、このトガも分身体ではなく本人だと見ていいだろう。
「森に落ちたか。だが、木々に紛れたところで逃げ切れる訳が……は?」
妹紅は落下していく2人を追う。しかし次の刹那、妹紅は己の目を疑った。間違いなく視界に捉えていたはずのトガとコンプレスの姿が忽然と消えたのである。
(消えた、あの一瞬で!?『圧縮』で2人同時に隠れたのか!?それともトガの『変身』で別の個性を!?)
妹紅の顔に驚愕と焦りの色が浮かぶ。まずはコンプレスの『圧縮』、次にトガの『変身』という手段を妹紅は思い浮かべたが、事実はそのどちらでもなかった。
これは個性に依らないトガの技術。相手の
なお、コンプレスは再び自分を『圧縮』することで、トガに持ち運んでもらっていた。
「トガとコンプレスを見失った!索敵班、今すぐ周囲を探ってくれ!」
『こちら
『東の
『妹紅の位置から北に30メートル先!誰かが走って遠ざかっていってる!』
妹紅はすぐに援護を要請する。直後、バラけて配置されている索敵個性持ちの中でも、聴覚に特化している耳郎がアンノウンを捉えた。
トガのミスディレクションは微細で複雑な技術だ。そのため同時に仕掛けられる相手は少人数に限定され、更に感知系統の個性持ちにはかかりにくい。そのため耳郎の『イヤホンジャック』は誤魔化せなかったのである。
「
『足音からして女が1人…いや、急に足音が1人増えた!たぶん男!しかも、女の方の足音が男っぽい感じに変わった!距離40メートル…速い!もう50メートル以上!』
「間違いなく『圧縮』と『変身』だな。すぐに向かう。イヤホンも捕捉を続けながら追ってくれ」
耳郎からの情報を聞くに“実は勝手な行動をしているヒーローでした!”というパターンはないだろう。トガとコンプレスと見て間違いない。しかも、『変身』を使って何かしようとしているようである。猛スピードで妹紅から離れて行っていることから、彼らが逃走を始めたという可能性も高かった。
『ケヒヒ、俺たちの待機位置が近い』
『足止めは任せろ』
「分かった。だが、炎を使ってくるぞ。気をつけてくれ
包囲している中での逃亡だ。どの方向に逃げようとも誰かが居る。敵が逃げた先で最も配置が近かったヒーローは黒色と常闇だ。妹紅は彼らに注意を促しつつも、自身もトガたちを追うのであった。
(トガちゃん、どう?)
(仁くんの『二倍』は…使えません。ごめんなさい、ミスター。私のワガママに巻き込んでしまって…火傷までこんなに…)
トゥワイスに『変身』したトガと、自らの『圧縮』を解除して出て来たコンプレスは身をかがめて森の中を疾走していた。『不死鳥』単独では妹紅に勝てない。だから『二倍』を発動させなければ勝機はないのだが、トゥワイスに姿を変えてもトガは彼の個性を使えないでいた。
足りない。まだ何かが足りないのだ。その何かを見つけなければトガは『二倍』を使えないだろう。そんな朧げな感覚がトガを苦しめていた。
(大丈夫、大丈夫。このまま見つからないよう静かに川まで走ろう。そして自分たちの身体を『圧縮』して川に流す。入水する瞬間さえ見られなければそう簡単には探しきれないはずだし、今日の夜は大雨が降る予報だ。川の流量も増えるだろうから、明日の明け方には捜査の手が伸びていない海にまで流れつくよ)
身体は火傷でボロボロだろうにコンプレスは痛む様子すら微塵も見せずにトガを励ました。
逃げる手段ならば有る。『圧縮』するとビー玉のように小さくなり、外からも中身は見えなくなるのだ*2。だから自分たちを『圧縮』した後は川の流れに委ねれば良いだけだった。
(もう少しだ!このまま川に…おわッ!?)
(ミスター!?)
普段から解放戦線が拠点としている山だ。周辺の地形は頭に入っている。
しかし、あと少しで川に辿り着くというところでコンプレスが転んだ。火傷を負った身体だとしても軽業師であるコンプレスらしからぬミスである。その原因は明らかだった。
(ご、ごめん!木の根か何かに足を引っかけてしま……黒い手!?)
「ケヒヒ、逃がさないぜ」
木の影から黒い手が伸びていた。コンプレスの白いブーツを掴んでいた
「追手のヒーローか!なんだコレ、俺のズボンと同化しやがった!?離れろよッ!」
「ミスター、私が焼きます!」
「やってみろよ。俺は相手の身体の中に潜り込める『潜入』の個性だぜ。それとも仲間ごと焼き殺すか?やっぱヴィランは薄情だなァ」
その個性の説明は正確ではなかった。だが、黒色は陰謀ヒーローを名乗るほどの策謀家だ。相手に嘘を吐くことも煽ることも、それが必要であればノリノリでやる。その効果は十分にあり、トガは妹紅に『変身』して炎を纏うもコンプレスに向けてそれを放てずにいた。
「この…ッ!ヒーローォォッ!」
「え、めっちゃキレるじゃん…。怖…」
「クソ、俺の背中に隠れんな!つーか、テメェさては服とか地面とかそういうのにしか溶け込めねぇ個性だな!?服ごと『圧縮』してやる!」
「おっとバレたか。今から本気で隠れるから、お前の服のどこに潜んでいるのか当ててみな」
知らずしてトガの地雷を思いっきり踏んでしまった黒色は、予想外の怒気に思わず素で引いてしまう。一方で、コンプレスは黒色の個性は身体の中に侵入するようなモノではなく、もっと表面的なものに影響を与えるタイプではないかと考えを巡らせていた。
その推測も正解には程遠いが、黒い服ごと『圧縮』されてしまうと黒色も閉じ込められてしまうのは事実である。もちろん影があればコンプレスの皮膚にだって溶け込めるが、炎で照らされてしまうとソコから弾き出されてしまうため居座ることは危険だろう。特に『圧縮』されて敵の人質になってしまうことだけは避けたかった。
いずれにしても黒色は己の仕事を既に成していた。程よい頃合いだと判断した彼は大嘘を吐いた後、コンプレス自身の影を伝って暗い森の中へとコッソリ戻っていく。直後、トガたちの背後の茂みから影の怪物が殴りかかってきた。
「あっぶねぇ!」
「きゃッ!?」
寸前で勘付いたコンプレスがトガを突き飛ばした。2人は左右に別れて転がり、彼らが直前まで居た場所には怪物の拳が振り下ろされる。激しいパンチの衝撃波でコンプレとトガは更に転がった。
回避した先で慌てて顔を上げると、彼らの前には薄暗い森で巨大化した怪物『ダークシャドウ』が激怒の面持ちで待ち構えていた。
『ウオオオオ!!貴様等ダナ!アノ夜、友ヲ攫ッタ連中ハ!』
「心を静めろダークシャドウ。怒りに委ねた攻撃は命中率が落ちる。心に憤怒を宿しつつも、冷静に状況を見極めろ」
意思を持つ常闇の個性『ダークシャドウ』はこれ以上なく怒っていた。障子や緑谷、麗日など多くのクラスメイトを痛めつけられた挙句、爆豪と妹紅を攫っていった憎きヴィランたち。彼にとってクラスの男子たちは舎弟(?)であるし、妹紅を始めとする女子陣からはよく撫でられたりして可愛がってもらっている。
そんな友人たちを傷つけられた。許せるはずがない。しかし、常闇に諭されたダークシャドウは激しい怒りを抱きつつも無暗に暴れることはせず、刺し殺すような視線でヴィランたちを睨みつけていた。
「おいおい、ムーンフィッシュを瞬殺した影のバケモンじゃねぇか…!だが、弱点は知っているぜ!トガちゃん、炎を!」
「了解です、ミスター」
生粋の殺人鬼ムーンフィッシュを一方的に蹂躙した暴力の塊『ダークシャドウ』。その個性を持つ雄英生徒、常闇 踏影。合宿襲撃の際においては、綿密に計画されていた拉致作戦を崩さぬようアドリブで事を起こすのは控えたコンプレスであったが、欲を言うと彼も爆豪と一緒に攫ってしまいたかったほどの人材である。
その際、暴走した『ダークシャドウ』を光で鎮圧する姿も目撃していたコンプレスは影の怪物が光に弱いことを知った。雄英体育祭でも妹紅の炎を前に何も出来ずに敗退していたので間違いないだろう。炎ならばトガの『不死鳥』で幾らでも出せる。
そうしてトガが炎を放とうとしたその時であった。
「『ハートビートサラウンド』」
「うぐッ!?」
「なんだッ!?」
突如として見えない衝撃波がトガの頭部を襲った。音速かつ不可視の一撃。耳郎による爆音攻撃である。両耳から血が垂れていることから鼓膜の損傷が確認できた。2,3歩よろめいているので三半規管にもダメージが入っているのだろう。
一方で、コンプレスは無事だった。耳郎はサポートアイテムの指向性スピーカーでトガを狙い撃ちしており、コンプレスには大きな音が鳴った程度にしか感じられなかったのである。
「トガの頭部に命中。んー、距離があって失神まではいかなかったか。でも、耳は潰した。妹紅と同じなら戦闘に復帰するまで後3秒ほど」
木の陰から半身を乗り出して攻撃を放った耳郎はそんな状況を無線に向かって報告すると、すぐに森の中に姿を消した。後のことは皆に任せれば良い。むしろ索敵能力のある耳郎はヴィランたちの再びの逃走に備えるために適度な距離をおいて身を潜めることにした。
「トガちゃん、大丈夫か!?」
「耳をやられました…!何も聞こえませんミスター…!炎も上手く練れない…!でも、すぐに再生するはずです!」
耳鳴りが激しく何も聞こえない状況の中、慌てるコンプレスの様子から推測してトガは返答した。まだ足元が揺れる感覚がある。しかし、それも徐々に落ち着いていっており、炎が纏まっていく感覚も取り戻しかけていた。そのおかげで襲い来るダークシャドウをギリギリ牽制できている。
これで数秒もすれば普段通りといかないまでも、ある程度の炎は使えるようになるだろう。しかし、妹紅を相手に戦闘訓練を積んできたA組B組の面々がこんな隙を簡単に逃すはずがなかった。
「では、分断いたしましょう。『
「今度はなんだよ!?ツル!?」
「どんな個性であっても『不死鳥』と連携されるのは非常に厄介だと訓練で身に染みていますので。貴方の相手は私たちです」
「くそ…!」
トガとコンプレスの間から無数の茨が隆起して巨大な壁が形成された。塩崎の個性『ツル』である。飛翔系の個性でなければ越えられないほどの高さがあり、何よりもこの茨の壁は塩崎の意志で動く。彼女を倒さない限りは回り込むことも不可能。たとえ『圧縮』で壁に穴を空けようとも瞬時に塞がれてしまい、むしろ突破しようとするコンプレスを絡め取ってしまうだろう。
植物でありながら鉄以上に鉄壁。その上で塩崎自身とダークシャドウを相手にコンプレスは1人で戦闘しなければならない。仮面の下の彼の表情は今まで以上に苦々しいものになっていた。
「ツルなんて炎で簡単に…ッ、がァッ!?」
「私と戦いながら、か?」
一方で、トガならば『不死鳥』で難なくツルを燃やし尽くせる。故に、それをさせる訳にはいかない。茨の壁を燃やそうとするトガを上空から迫ってきていた妹紅が死角から蹴り飛ばした。
「もご…だん…ッ!」
「ここで終わりにしよう、トガヒミコ」
頭部を狙った蹴りであったが、頭は寸前で避けられてしまいトガの右肩および鎖骨周辺の骨を砕くだけであった。だからこそ、妹紅は追撃の手を緩めない。蹴り飛ばされた先で片膝をついて再生の炎を灯すトガに、妹紅は容赦なく迫る。
ヴィラン連合のトガヒミコとMr.コンプレス。この2人のヴィラン人生に終焉の時が近づいてきていた。
トガちゃん「お話しましょう」
妹紅「自首したいのか。仕方ない、受け入れよう」
トガちゃん「いや、そうじゃなくてお話したいだけですよ?」
妹紅「つまり、自首して懺悔したいってことだろ?」
トガちゃん「え?」
妹紅「え?」
限界の環境の中で、自分の欲求に従って自由に生きるヴィランを選んだトガと、何度も死を繰り返しながらもヒーローを選んだ妹紅。そんな二人です。
原作では緑谷への恋愛感情を共感することで麗日を意識するようになっていったトガですが、このSSのトガは妹紅の死なない個性に一目惚れのような感じで一方的に妹紅を好きになっているだけです。なので、理解が深まれば深まるほどトガは妹紅のことが嫌いになっていくと思います。
そして妹紅は元からトガが嫌いです。駄目みたいですね…。