11番浮遊島に位置する黄金妖精を専門とする施療院にフェイクは来ていた。
両腕の病気の進行が予定していたよりも早いため、医者の診断を仰ぐ必要があるとナイグラートが判断したためだ。
「腕で痺れているところはないかい?」
巨体の体に白衣を纏い、穏やかな目をした単眼鬼の医者はフェイクに尋ねる。
「指の先に少しだけ……」
「手をぐー、ぱーできるかい?」
「できますけど、ぐーは形が歪になります」
単眼鬼の医者はカルテとフェイクの手を交互に見比べて、うねり声を出す。
「病気の進行があまりに早い。このペースだと半年後には腕の細胞は壊死し始めるだろうね」
ナイグラートの顔が数年前と同じように青ざめる。
「つまり、半年後には切断ですか?」
「まあ……そうなるだろうね」
悲痛な面持ちで単眼鬼の医者は言う。
フェイクは腕に目をやる。肌の色は白く、細いけれども病気とは思えないほど生気のある腕だ。この腕が半年後には無くなる。覚悟はしていたが、改めて宣言されると少し悲しいものだと思う。
「君は腕を切断した後はどうするつもりだい?」
「どうする、といいますと?」
「兵士を続けるのかどうかさ」
フェイクは先天性の腕の病気を患っている。日ごとに病状は悪化していき、最終的には腕の細胞は壊死し、切断を余儀なくされる不治の病だ。そのためフェイクは握力が極端に低い。ドアを開けるなどの日常生活を送ることはできるけれど、剣を持って戦場に出ることはできない。
黄金妖精であるフェイクの役目は、人間種が作った人造奇蹟である遺跡兵装と呼ばれる聖剣を扱い<獣>と戦うことだ。<十七種の獣>はすべて空を飛ぶことができない。故に地上が滅ぼされた後、五百年もの間、浮遊大陸群は浮き続けることができた。
しかし、<六番目の獣>は自身は地上にいながら浮遊大陸群を攻撃することが可能であった。<六番目の獣>の能力は『ちぎれて増えること』と『高速で育つこと』の二つである。自身の体を数えきれない程細かく千切り、風に飛ばす。ふわふわと風に揺られて舞う<六番目の獣>の破片のほとんどは浮遊大陸群には辿り着かない。けれど偶然どこかの浮遊島に到着すると、その場で急速に成長し、島を取り込んで壊してしまう。
当然、浮遊大陸群にも対策があり、<獣>ほどの干渉力の大きい存在が浮遊島に辿り着く際には、その前に戦術予知に引っかかる。強力なかけらほど早く予知が可能であり、対策や準備を行うことができる。
フェイクは同年代の妖精兵が命を懸けて<六番目の獣>と戦う中、後方で帰りを待つことしかできないことに負い目を感じている。
<獣>と戦いたい。
姉たちのように大切なものを己の力で守りたい。
守られる側ではなく、守る側になりたい。
<獣>に対抗するには遺跡兵装の力が必要不可欠である。だが剣の柄を握りしめても、するすると滑ってしまうフェイクの握力では遺跡兵装を扱えない。
フェイクの心に蠢くそれらの願望が叶うことはないのだ。
「切断後は義手を付けて生活してもらうことになるとは思うが、義手で剣を振るうことは不可能。君がこのまま軍の名簿上だけの兵士を続けたとしても、行きつく先は対処不能なサイズの<六番目の獣>の破片が浮遊島に辿り着いた際に、妖精郷の門を開き自爆するという末路だ。主治医として体にハンデを抱える君が戦場に向かうのを良しとはできない、だからこの機に軍を退役しないか? 僕が君は妖精兵としての務めを果たせないということをカルテに書けば、君は晴れて退役だ。どうだろうか? 妖精種は短命だ、僕はハンデのある君には穏やかな余生を暮らす権利があると思う」
単眼鬼の医者はそう言い終えると、穏やかな笑みをフェイクに向ける。
彼の言い分はもっともである。ハンデのあるものはそのハンデに甘える権利がある。医者として、一人の大人として、フェイクのことを本心から同情しての言葉だというのが切実にフェイクには伝わっていた。
けれどフェイクはその厚意に甘えはしない。
「もし、僕が退役したとしましょう。では僕の代わりに妖精郷の門を開くのは誰になるのでしょうか……? きっと妖精倉庫の誰かですよね。そうなれば、僕はきっとその子の命の上に生き永らえている自分を許せないでしょう。本来死ぬべきだった僕の代わりに誰かが死んでしまうことに僕は耐えられないんです。僕たちの先輩は今の世代のために門を開き死んでいきました。“妖精郷の門を開いて、浮遊島を死守せよ”。そんな命令が軍から下った時に、僕は漸く憧れだった先輩の後を追えるんです。役立たずだった僕が、次の世代にできる唯一のことなんです。僕たちは消耗品の兵器です。先生、兵器に同情はしてはいけません」
フェイクの言葉に単眼鬼の医者はやれやれと肩をすくめる。
「本当に君はぶれないね。義手の工房への紹介状を書いておくから、後でナイグラートさんから受け取ってくれ。それと一つ訂正しておくと、君は兵器である前に一人の子供だ。大人が不憫な子供を同情するのは当たり前のことだよ。それが兵器であってもね」
単眼鬼の医者の笑顔はフェイクには眩しかった。
□■□■□■□■
11番浮遊島、コリナディルーチェ市。
黄金妖精を専門とする施療院のあるその街は四百年の歴史を持ち、浮遊大陸群の都市の中で最も古い。
街を様々な種族が行きかい、疎まれがちな“徴無し”もぽつりぽつりと見える。
「飛行艇の出航まで時間はまだあるし、街で買い物しない?」
ナイグラートは目を輝かせ僕に提案する。
「何か欲しいものでもあるの?」
「特にはないんだけど……ほら、こんな都会には滅多に来れないからあてもなくぶらぶらしたいなーと思ったの」
ぶらぶらと。なるほど。嫌だな、面倒くさい。
「疲れたから僕は飛行艇で休憩したいな」
ナイグラートの顔が曇る。
「フェイクは私とは一緒に歩きたくないのね……」
「いやいや、そんなこと言ってないから!」
「でも私と街を散策してくれないんでしょう?」
上目遣いにナイグラートは僕を見る。身長差のせいで正確には見下げているのだけれども。
僕はこの目に弱い。ナイグラートは僕の中での立ち位置は『母』だ。『母』であるのだけれどもナイグラートは童顔なため、ふとした拍子に見せる表情は同世代の『異性』に通じるところがある。
異性の上目遣いに強い男なんているだろうか、いやいるまい。
だから僕に残された選択肢はナイグラートの提案に首肯する他なくなってしまう。
「……分かった付いていくよ」
「ふふ、ありがとう。それじゃあお腹も減ったことだし、どこかでお昼ご飯食べましょうか」
足取り軽く石畳を進んでいくナイグラート。
「何が食べたい?」
「」
「あら、案外フェイクも食通ね」
「前に来た時に食べてとても美味しかったから。ナイグラートこそ食べたことがあるような口ぶりだけど?」
「学生時代にはここへよく遊びに来たもの」
包み羊はコリナディルーチェの名物だ。揚げた羊肉と刻んだ芋をたっぷりの大葉野菜で包んだものであり、香辛料の刺激的な匂いが食欲をそそり、ボリュームもそれなりにあるので観光客に人気の食べ物である。
ナイグラートは路傍に止まった台車型の屋台に向かい、包み羊を両手に持って帰ってくる。
「はい! ご所望の包み羊よ」
「ああ、ありがとう」
近くにあったベンチに僕とナイグラートは腰かける。
包み羊を受け取り、一口噛り付く。
美味い。味付けは濃いのだが、酸味の効いた香辛料と大葉野菜が後味をすっきりとさせて非常に食べやすい。四百年間市民に愛されてきただけあるな。
「美味しい?」
「美味しい」
「私の手料理よりも?」
「ナイグラートの作る肉料理の方が美味しいよ」
「そう? 何だか照れるわね」
ナイグラートは喰人鬼の末裔だ。種族的な欲求を昇華するため、肉に人並ならない執着を注ぐ喰人鬼の作るものより美味しい肉料理を僕は食べたことない。味付け、焼き加減、盛り付け、その全てがすばらしいのだ。包み羊はとても美味しい、けれどナイグラートの肉料理と比べるとどうしても劣る。食べ慣れていないからそう思うだけかもしれないが。
包み羊を食べ終えた僕らは港湾区画のそばにある交易広場へと向かう。そこでは定期市が催されていて、歴史を感じさせる古びたテントが軒並みしていた。
「このネックレス、ネフレンへのお土産にどうかしら?」
アクセサリーを並べている屋台の前で、ナイグラートが灰色の宝石を埋め込んだネックレスを手に取る。
「いいと思うよ。なんかそのネックレス、ネフレンって感じがするからね」
「じゃあ、これはどう?」
枯草色の猫を模ったヘアピン。
「それはアイセアに?」
「ええ、きっと似合うと思うの」
「髪色と同色なのは気になるけど、僕も似合うと思う」
蒼色のイヤリング。
ナイグラートはそれを悲しそうに見つめる。
「それはクトリ姉さんに?」
「ええ……あの娘は小さい頃、私のイヤリングを羨ましそうに見ていたの」
「……そうなんだ」
クトリ・ノタ・セニオリスは<六番目の獣>を撃退するために妖精郷の門を開くことが決まっている。分かりやすく言えば、自爆での死が決まっているということだ。
妖精とは死んだことを理解することができない子供の魂が具現化したものだという。
生まれた時から死んでいる矛盾した存在。それが妖精だ。
死んでいるのため生命力を持たない妖精は理論上、魔力を際限なく熾すことができる。極限まで熾された魔力を体内でコントロールすることなどできるはずもなく、肉体ごと弾けて、全てを吹き飛ばす。その力は凄まじく、白の光に飲まれたものはチリ一つ残らず消え去る。
特大サイズの<六番目の獣>の浮遊島上陸が戦闘予知に引っかかったのは半年前。
浮遊島で<六番目の獣>の成長を許し、手が付けられなくなってしまうことは浮遊大陸群の滅亡を意味する。サイズに比例して<六番目の獣>は強くなる。特大サイズの<六番目の獣>を吹き飛ばすほどの瞬間火力を求める軍の意向のもとで、高い妖精としての素質を持つクトリの妖精郷の門を開くことが決定したのだ。
ナイグラートが手に持つ、蒼色のイヤリングは陽光の光を受け、眩い光沢を出している。
クトリはこのイヤリングを受け取り、どう思うのだろうか。死ぬ未来はすぐそこまで来ている。その彼女にこれをプレゼントすることは、はたして彼女を苦しめてしまうのではないだろうか。
おしゃれをしたかった。
恋をしたかった。
大人になりたかった。
そんな些細な願いが彼女の胸の中で再燃し、この世への未練を思い起こしてしまうのではないのだろうか。
三つのアクセサリーの会計を終え、袋を腕にかけてナイグラートと共に歩く。
ナイグラートは満足そうに微笑んでおり、足取りは行きと同じように軽い。
飛行艇が見え、もう少しだとフェイクは嘆息する。
既に足が痛い。日頃から家に籠らず、運動していればよかった。
「ねえ、フェイク」
ナイグラートは前を向いたまま、語り掛けるようにフェイクの名を呼ぶ。
「ん」
「あなたは私のもとからいなくならないでね」
穏やかなはずのその声は、ナイグラートの心からの叫びに聞こえた。