終末の景色と追悼の愛   作:『あなた』

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3.ヴィレム・クメシュ第二位呪器技官

 11番浮遊島から飛行艇に揺られて丸一日、フェイクとナイグラートは68番浮遊島の港湾区画に帰ってきていた。飛行艇内で仮眠を取ってはいたのだが、長旅の疲れはそう簡単に癒されるものでもなく悲鳴を上げる体に鞭を振るって、オルランドリ商会第四倉庫と看板が差す方角へと歩き始める。

 

「すっかり帰りが遅くなってしまったな」

「風の影響で到着予定時刻より遅れたものね」

 

 暗い森の小道。街灯はない。足元に注意を向ける。

 

「この道も整備して欲しいな。これじゃあうちのチビたちを夜に外を出歩かせることなんてできないよ」

 

 思わずぼやく。

 それを聞いてナイグラートが笑う。

 

「フェイクもすっかりお兄さんね」

「僕はもう十三歳だ。いつまでも子供じゃないんだよ」

「私からすればまだまだ可愛い息子よ」

「子ども扱いするのはやめてくれ!」

「あら? こんなに小さいのに大人だなんてお母さんは認めないわよ?」

 

 頭を撫でられる。悔しいけれど、ホッとしてしまう自分がいる。顔に出せばナイグラートが喜ぶから不満そうな顔をしておくけれど。

 

「どうしてフェイクはこんなに可愛いのかしらね。うりうりー」

 

 ほっぺをつままれ、上下に引っ張られる。

 完全におもちゃだな‥‥。

 勘に触るので、手を振り払ってナイグラートと距離を置く。

 

「もう、恥ずかしがりやさんなんだから! お母さんにもっと甘えなさいよ!」

 

 両手をわきわきとしながら迫って来るナイグラート。

 顔が怖い。どうして捕食対称を見る目で僕を見るんだ!? やめろ! 僕に近づくな!

 

「何してるんっすか‥‥」

 

 呆れた声が明後日の方から聞こえた。

 僕とナイグラートの動きが止まり、声の方へ振り向く。枯草色の髪の少女がこちらをじっとりとした目で眺めている。

 

「アイセア……」

「もしかして迎えにきてくれたのかしら?」

「そうっすけど……なんか凄く後悔してるっす」

 

 はあ、とアイセアが深いため息をつく。

 

「新しい倉庫の管理者が来るのって明日っすよね? こんなところで道草食わず、すぐに帰って受け入れの準備をしなくていいんっすか?」

「道草じゃないわ。親子間のコミュニケーションの一環よ」

「そうっすか。とりあえず帰りを急ぐっすよ。皆、フェイクの腕のことを心配してるっすからね」

「腕の検診ということは伏せていたんだけどな‥‥どうしてばれているんだ?」

「簡単な話っすよ。フェイクがナイグラートと二人で出かけることなんて、そんな理由でもなければありえないっすから。反抗期の少年は気難しいっすからね」

「人を反抗期の子供扱いするな‥‥」

「私から見れば、フェイクはまだまだ子どもっすよ」

「む」

 

 一歳しか違わないはずのアイセアに、ナイグラートと同じことを言われるとは心が痛い。自分的にはナイグラートに反抗している気はないのだが、第三者の目にはそう映っているのだろうか。非常に納得がいかない。

 

「クトリ姉さんならまだしも、アイセアにそんな風に言われるのは心外だな」

「はいはい、可愛い弟の文句は聞きながすっすよ」

 

 アイセアはフェイクに背を向けると、ひらひらと手を振りながら倉庫へと歩き出す。

 一方的に言っておいて反論を受け付けないのは如何なものか。ついでに言えば僕たちのやり取りを見て、ふふふと笑っているナイグラートにも無性に腹が立つが、文句を言っても受け流されるだけなので黙って倉庫へと歩くしかなかった。

 

 

 

「「「おかえりなさーい!!」」」

 

 妖精倉庫に着いた僕たちを待っていたのは、倉庫の住人一同による玄関での出迎えだった。時間が時間なので年少組の中には、既にうとうととしている子もいた。

 

「おかえり、フェイク―」

「フェイクー元気か―!?」

「あ、あの……腕は大丈夫でしたか?」

「ふむ、疲れが溜まってるみたいだな」

 

 翠、桜、橙、紫の髪をした幼い少女たちが、一斉にフェイクに話しかける。

 翠――ティアットは素直に。

 桜――コロンは快活に。

 橙――ラキシュは健気に。

 紫――パ二バルは神妙に。

 髪色と同じように、色とりどりの個性を醸して。

 当然、どこぞの聖人ではないフェイクに複数の言葉を同時に解する能力は備わっていない。そのため、彼女たちが何を言ったのか全く聞き取れなかった。

 

「一斉に言われたら分からないよ。もう一度言ってくれるかな?」

 

 しまった、と思う。もう一度だけではなく、一人ずつと付け足さないとまた同じことになる。

 

「一人ず――

 

 間に合わなかった。

 

「おかえり、フェイク―」

「フェイクー? 元気か―!?」

「ええと……腕はどうでしたか?」

「ふむ、ナイグラート(ママ)との二泊三日の旅は楽しかったか?」

 

 やはり同時に言われらたら分からない。一人を除いてだが。

 

「おい、パ二バル。君は言い換えただろ」

「おや、まさかばれるとはな」

「君だけあからさまに長さが違うから」

 

どうしてばれないと思ったんだ。ティアットたちが言い終わった後も話を終えれてなかったじゃないか。

 僕のツッコミに満足したのか、パ二バルは目を瞑って何度も頷く。

 

「やはり、フェイクが一番だな」

 

 桜色が共感を示す。

 

「なんだパ二バル今頃知ったのか!? フェイクは私の中で一番だぞ! クトリもアイセアもネフレンも皆一番だぞ!」

 

 橙色が困惑する。

 

「パ二バル、あんまりフェイクさんを困らしたらダメだよ‥‥」

 

 翠色が尋ねる。

 

「フェイク、ところで腕はどうだったの?」

「……問題ないってさ」

 

 嘘をつく。本当のこと、つまり半年後には切断の必要があるなんてことは言わない。言って彼女たちの不安をいたずらに煽りたくないのと、改めて言葉にすると不安になってしまいそうだから。

 

「そっかー、ならよかったね! 早く病気を治して遊ぼうね!」

「……ああ」

 

 ティアットの屈託のない笑みが心を締め付ける。罪悪感が湧き出るが、必要な嘘だと胸の中で黙殺する。

 

「ほらほら、フェイクは疲れてるっすから散るっすよ」

 

 感情の機微を読んでくれたのか、アイセアが助け舟を出してくれた。

 

「助った」

「顔に出てるっす。最近のフェイクは何だかいい意味で人間くさいっすね」

 

 にはは、と薄っぺらい笑顔。

 その笑顔にああ、と一言返してアイセアがチビたちを相手にしている間にフェイクは漆喰の壁の廊下を進み、自室へと向かう。

 

 自室の前に到着し、ドアノブに手をかけ部屋に入る。

 

「……おかえり」

「へ?」

 

 ネフレンが何食わぬ顔で椅子に座り、本を読んでいた。僕を一瞥すると、開いていた本を閉じ、こちらに振り返る。

 

「もしかして僕、部屋間違えた?」

「ううん、ここはフェイクのお部屋……」

「えっと‥‥ならどうしてネフレンがいるの?」

「玄関は皆が出迎える準備してた。そこだと二人でゆっくりと話せないだろうけど、フェイクの部屋にいればできる」

 

 至極当然のようにネフレンは言う。

 

「腕……どうだった?」

「あー、……大丈夫だったよ」

「嘘……その顔は大丈夫な顔じゃない」

「流石にばれちゃうか…………腕、半年後には切断だってさ」

 

 ネフレンのジト目が見開く。

 

「前の検診では数年はもつって‥‥」

「病気の進行が早いらしい。まあ、でもこれでこの不便な腕と離れられるなら僕からすれば好都合だけどね」

 

 元からあるようでないような腕だ。失ったところで現状と大差はない。どうせ何も変わらないんだ。

 

「嘘は良くない……フェイクは嘘をつくのが凄くへた。本当は腕が無くなるのが怖い」 

「僕が? 腕が無くなるのが怖いって? 死ぬ覚悟を決めている僕が、たかが腕ごときを失うことを怖がると本気で思ってるの?」

「うん……だって顔、泣きそうだから」

 

 ネフレンに指摘され、部屋の壁にかけてある鏡を見る。そこには檸檬色の髪をした童顔の少年が、今にも泣きそうな顔をしているのが映っていた。

 目と目が合い、思わず息を飲む。

 

「はは‥‥情けない顔だな」

 

 自虐的な笑みが自然と零れる。

 

「情けなくなんてない‥‥それが当たり前の反応。フェイクは自分の気持ちに素直になった方がいい。そうすればもっと楽になる」

 

 ネフレンはそう言うと、椅子から立ち上がり本を手に取って僕の横をするりと通り抜ける。

 

「話、聞けて良かった。フェイクは疲れてるだろうから私は早めに退散する。これからのこと、しっかりと向き合って考えてみて……」

 

「……分かった」

 

 ネフレンは僕の返事にふわりと微笑むと、ドアを閉じた。

 一人残された部屋で、ネフレンの言葉が何度も頭の中で反芻する。

 

「素直じゃない……か」

 

 独り言。

 それが誰に向けて発したものなのかは自分でも分からなかった。

 

 

 

 

□■□■□■□■

 

 

 

 

 妖精倉庫はオルランドリ商会の所有する倉庫を、浮遊島を守るために結成された護翼軍の秘密兵器を保有する場所である。ここでいう秘密兵器とは、対<獣>戦において必須となる僕たち黄金妖精のことである。妖精は非常に危険な存在だ。街の中で不用意に魔力を暴走させれば、甚大な被害をもたらす。そのため、このように68番浮遊島という辺鄙な島に一か所に集められている。集めるだけでは安全性に保障がないからだろう、オルランドリ商会からはナイグラート、護翼軍から位官相当の兵士が管理者として派遣されている。

 ナイグラートは倉庫内の家事全般に加え、護翼軍との連絡係をしており妖精たちの母親的存在となっているが、護翼軍の位官は形だけの管理者であり、妖精たちとの接点はほとんどない。初日に管理者として就任した、と妖精倉庫に儀礼上訪れ、それからは任期中に一切来ることはない。良く言えば放任主義、悪く言えば無関心な態度を示している。

 

 フェイクが68番浮遊島に帰ってきた次の日は、倉庫の管理者が変わる日だった。新しい管理者の人となり、妖精倉庫という小さな世界ではその話題でもちきりである。

 

「どんな人かなー? 優しい人だといいなー」

「私はどんなやつだってかまわないぜ!」

「怖くない人だといいんですけどね……」

 

 夕食中、ティアット、コロン、ラキシュの話声が聞こえた。

 

「どんな人だろうとどうせ初日以外は会うことがないから、あんまり気にしなくていいぞ」

「えー……フェイクは夢がないんだから」

「ティアットじゃなくて、ラキシュに言ったんだがな」

「わ、私ですか!?」

「ちょっと! どういうことよそれ!」

 

ティアットが頬を膨らませる。

「言葉のままだよ。そういえば、パ二バルは何処にいるんだ? いつもは君たちと行動しているのに、今日は姿が見えないようだけど」

 

 食堂を見渡しても、紫色の髪は見当たらない。

 

「あれ? さっきまで一緒にいたんだけどな‥‥剣の練習にでも行ったのかな?」

「流石に食事前には行かないと思うけど……」

「いや、パ二バルならありえるわ。 ちょっと外を見てくるね」

 

 そう言って椅子を引いて立ちあがろうとするティアットを、僕は先に立ち上がり手で制する。

 

「僕が行くよ。ちょうど食べ終わったところだし」

 

 トレーを傾けて、空になった食器を見せる。

 

「あ、ありがとう」

 

 軽く微笑んでティアットへの返事にする。それからトレーを洗面台に置き、食堂を後にした。

 

 

 

 日はとうに沈み切り、辺りはすっかり暗い。

 

「おーい、パ二バル―ーどこだーー?」

 

 倉庫のすぐ前で声を出し、耳を澄ませてみるが返事は帰ってこない。

 いったい何処へ行ったのだろうか。剣の練習ならそれほど遠くまで行くことはないだろうし……。

 ふと頭の中に“最悪”なシナリオが思いつく。

 剣技を磨いていたパ二バルは、足元さえ覚束ない暗闇の中で何らかの原因で怪我を負い痛みに呻いている。

 パ二バルには放浪癖があるとはいえ、食事の時間まで帰ってこないというのはあまりに不自然な話だった。しかし、これだと合点がいく。いってしまう。

 背筋に冷ややかな汗が流れる。

 

「パ二バル! 何処にいるんだ! 返事をしてくれ!」

 

 港湾区画の方へ駆けながら大声でパ二バルを呼ぶ。

 意識があれば返事は返ってくる、けれど意識がなければこの暗闇では見つけようがない。

 

「たうりゃああ!」

 

 裂帛と言うには可愛すぎる声が前から聞こえた。

 普段なら悲鳴とは到底思わないその声に、血の上り切った脳は瞬間的に反応してしまう。

 

「パ二バルっ!」

 

 魔力を熾し、羽を広げる。

 節々に痛みが走るが気にせず前方へと体を預け、一気に飛び立つ。

 

 声の方へ距離を詰めると、そこには沼地に掛けた橋があった。

 沼地に倒れる男、それに乗る木刀を持ったパ二バル。そしてランプを持ち、こちらを驚いた顔をして見つめるクトリ。

 

「え……?」

 

 状況が理解できず、気の抜けた声が出る。

 

「ふぇ、フェイク!? そんなに切羽詰まってどうしたの?」

「パ二バルは‥‥無事なのか?」

「無事っていうか、なんというか‥‥とりあえずは無事だと思う」

「そうか……ならよかった」

 

 緊張した体から力が抜け、その場にへたり込む。魔力を急に熾したためだろう、力が入らない。

 

「話が終わったなら、お二人さん。助けてもらってもいいか‥‥」

 

 パ二バルに乗られた男はそんな呻き声を上げた。

 

 

 

□■□■□■□■

 

 

 

 

パ二バルに襲われた(らしい)男は、ヴィレム・クメシュ第二位呪器技官と名乗った。つまりは彼こそが、妖精倉庫に来る新任の管理者だったらしい。 黒い髪に、黒い目。顔立ちは良くもなければ悪くもなくいたって平凡。覇気のない雰囲気に、人好きのする笑顔は軍人というより商人といった方が納得がいく。

「二位呪器技官殿、先ほどの身内の失礼大変失礼しました」

 

 泥を落とし、服を着替えたヴィレムに念のため頭を下げておく。

 彼の人柄はまだ分からない。下手に恨みを買って、倉庫についてあれこれ口を出されたら面倒だからだ。

 

「いや、お前が気にすることじゃねえよ。ええと、フェイク……? だっけか。幼いのにしっかりとしてるな」

 

 ヴィレムは柔和な笑みを浮かべる。

 

「身に余るご厚意、ありがとうございます」

「そんなに、堅苦しくならなくていいんだぞ。俺は軍人だが、軍人になったのはつい先日だ」

「そうよ、ヴィレムにそんなに気を使わなくていいわよ」

 

 ヴィレムの笑みが引きつる。

 会話に入ってきたのは、妖精倉庫の母親的存在であるナイグラート。

 

「久しぶりね、ヴィレム」

「どうしてお前がここに……」

「どうしてと言われても、ここが私の職場だからよ」

「マジかよ‥‥」

 

 絶句するヴィレム。

 二人はどうやら顔見知りのようらしい。

「ナイグラートは二位呪器技官殿と知り合いなの?」

「知り合いというより、昔はお互いを求めあった仲と言えばいいのかしら?」

「おいおい、子供の前で艶めかしい言い方をするなよ。 そして俺は一方的に求められていた側だ」 

 

 先ほどから僕を子供扱いするのを止めて欲しい。

 新しい管理者が、まさかナイグラートの片思いの相手だったとはやりにくいな。どうせ明日の朝早くに、68番浮遊島からは立ち去るのだろうがそれまで気まずい雰囲気が倉庫内に流れるのは勘弁だ。

 

「そうでしたか。では子供の僕は失礼させてもらいます。……あのナイグラート、動けないんだけど……」

 

 面倒ごとに巻き込まれたくないため、部屋から脱出しようとする僕の肩をナイグラートは摑まえる。

 

「子ども扱いされたからってすねちゃって、本当に可愛いいんだから。まあ、待ちなさい。さっきは思わせぶりな言い方をしたけれど、実際はあなたが想像しているような関係じゃ私たちはないわ」

「ナイグラートの片思いの相手じゃないの?」

「食欲的には片思いと言っていいわね」

 

 ヴィレムの顔が更に引きつる。

 どうやら彼はナイグラートの被害者だったようだ。

 喰人種の末裔であるナイグラートは、肉に対して異常な執着心を持つ。それは僕たちに対しても向けられており、事あるごとに捕食者としての顔を覗かせる為妖精倉庫の子供たちと、68番浮遊島の彼女を知る人物からは非常に恐れられている。

 

「止めてくれ。お前はいつも冗談というが、俺にはそれが冗談には聞こえない」

「ふふ、そりゃあ心から一口だけでも食べてみたいと思っているからよ」

 

 ヴィレムの顔がとうとう青ざめる。

 流石にやりすぎだ。

 

「ナイグラート、二位呪器技官殿を怖がらせすぎだよ」

「だって反応がいいから……ね?」

「ね? じゃないよ。それで、僕をここに呼び出した理由は何なの? 二位呪器技官殿へのお披露目、ではまさかないよね」

 

 話を変える。

 僕たちがいるこの部屋はナイグラートの部屋だ。職場としても使っており、デスクの上には書類が積み上げられている。

 

「そのまさかよ。紹介するわね、私の息子のフェイク・ティア・ハルジオンよ。どうやらヴィレムを随分と警戒しているようだけど、敵意はないから安心してね」

 

 上品そうな笑みを浮かべて、ナイグラートはそんなことを言う。

   

「……改めましてフェイク・ティア・ハルジオンです。よろしくお願いします。では、僕はここらで失礼しま――ナイグラート、肩を掴む手を放して。お願いだから」

 

 ナイグラートの僕の肩を掴む力が強まる。

 二位呪器技官には悪いが、おもちゃにされそうな予感を第六感が感じ取っているので、この部屋から出たい。

 

「フェイク、話は終わってないわ。お披露目というのはあなたの腕のことよ」

「腕……? 二位呪器技官殿は医者なのですか?」

「違うが‥‥」

「らしいけれど?」

「先天性の前腕細胞の壊死。といえばヴィレムなら何か思い当たることはないかしら?」

 

 ヴィレムは思惑顔を浮かべる。

 

魔力(ヴェネノム)中毒……それも前腕においてのみ魔力を鎮静化できない場合に起こる特例……」

「魔力中毒?」

「魔力を扱う種族ならば、体内中に微量の魔力が常に流れている。正常な場合、その魔力が体内に溜まることはない。しかし、稀にだが魔力の発散ができない者がいる。そのような場合、魔力が昂ることでその部位の体機能は停止してしまい壊死し始める」

「……魔力中毒の解決策は?」

 

 ナイグラートの声が微かに震えている。

 

「経穴を刺激して下準備をした後、筋肉の凝りをほぐすような感覚で、魔力の凝りをほぐせばいいはずだ」

「つまり治す手段はあるということ……?」

「そうなるな。専門的な知識と技術は必要だが、生憎俺はそれを携えているからな」

「……フェイクの腕を診察してもらってもいいかしら?」

 

 僕は右腕をヴィレムに差し出す。

 ヴィレムは腕を一目見て、それからゆっくりと触れた。

 

「典型的な魔力中毒。それも酷く悪化している。完治までには時間がかかるが、治せないことはない」

 

 ヴィレムは強く断言した。

 腕を下ろし、僕とナイグラートはしばし呆然とする。

 腕が治る。諦めていた腕が不治と言われた腕が、治る。

 すぐには理解できなかった。

 ナイグラートと目を合わせる。

 

「治る……腕が治るんだって‥‥よかった、本当によかったわね」

 

 ナイグラートの済んだ瞳から涙が流れる。

 肩を震わせ、僕を抱き寄せる。

 

「よかった……よかった……」

 

 片言のようにナイグラートは何度も繰り返して言う。

 

「二位呪器技官殿……ありがとうございます」

 

 僕の声も震えている。口を強くつぐみ涙が出ないようにするが耐え切れず零れ出す。

 

 体を寄せ合い、泣く母と子。

 それを見て、ヴィレムは人好きのする笑顔を見せていた。

 

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